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第12話 ロアリング・フレイム

「より正確に言うならば、またこの三国で同盟を結びませんか?」


 妖しく微笑むシャルロットの言葉が庭園を沈黙させた。


「断固として拒否する!!」

「こればかりはダインに同意する。巻き添えで聖教会に断罪されるのは御免だ」

「えぇ、そうでしょう。当然の反応です。魔族と契約した国と同盟を結ぶなんて嫌だ。私も皆様と同じ立場であれば同じことを思い、同じ選択をしたと思います」


 両者とも否定的な反応を示すことを予想していたようで、シャルロットは平静を崩ない。


「しかし皆様、聖教会の方針をご存じないようですね?」


 シャルロットは微笑むのを止め、声音を少し低くした。


「方針だと?」

「えぇ。公にはされていませんが、過去の事例からその傾向を推測することは可能です」


 タイミングを見計らったようにセバスが庭園から徒歩で立ち去った。グラムは横目で流し見たが、特に気にせずシャルロットの言葉に耳を傾ける。


「例えば四百年前。国王が魔族と契約したと噂されている国がありました。結果的にその噂は根拠のないデマでしたが、噂を聞きつけた聖教会はロクな調査も行わずに"浄罪の劫火(ホーリーフレイム)"を発動し、国ごと国王を断罪しました」


 話を聞き、帝国が焼き払われる光景を想像したルミナスは顔色を悪くする。同じくガビルも不吉な予感を覚え、眉間に皺を寄せる。


「そこから歳月は流れて三百年前。魔族と契約したベリアルという国が浄罪の劫火(ホーリーフレイム)によって断罪されました。しかしながら時の教皇バルゼノン二世は非常に疑り深く、ベリアルと深い親交があった計六ヵ国も同罪であるとして"浄罪の劫火"を実行しています」


 今度はシグルドが険しい表情を浮かべる番だった。ベリアルの話が出た途端にその余裕の態度が陰りを見せ始める。


「"疑わしきは罰する"……それが聖教会のやり方です。今はここまで無差別ではありませんが、一度でも疑われてしまえばお終いであることに変わりはありません」


 シャルロットが微笑みを深くした刹那、グラムの背中に漆黒の翼が飛び出した。


 バサと音を立てて広げられた翼の黒、そこに広がる無数の黄色い瞳に見つめられたそのとき、ルミナスの背からもまた蝶のような翼が飛び出した。


「…………え?」


 それはルミナスの意志によるものではない。

 

 翼は、人間と姿形が全く同じである魔族を見分ける唯一の要素。戦闘時や飛行時以外は体内に圧縮されてしまわれているそれを露出させることは、自分が魔族であることを知らしめることと同義である。


 それをルミナスは、シグルド達の前でやってしまった。グラムの魔力にあてられ、先の戦闘で刻み込まれた恐怖が刺激されたことで生存本能が作動し、その翼が意志に関わらず飛び出したのだ。


「……ほぉ?」


 眉を上げるシグルドの声に、ルミナスは苦し気に顔を歪める。ガビルは忌々しそうにグラムを睨むが、グラムはどこ吹く風と言った態度で翼をゆっくりと体内へしまった。


「うっかりお伝えするのを忘れていましたが、この会談は大臣たちの転写魔法で記録しています。もしも()()()()()()でこの記録が疑い深い聖教会に知られてしまったら…………数日後の地図には随分白が増えていることでしょうね」


 シャルロットの口から、さらなる爆弾が投下された。


「くっ……!」

「ハハハ!! これは見事に一本取られてしまったな!」


 拳を握りしめて悔やむガビルに対し、シグルドは呵呵大笑。追い詰められている状況はガビルと同じであるにもかかわらず、全く動揺していない。


「だが、聖教会の取り決めではこうとも定められているぞ? [魔族及びその契約者と遭遇した者は、聖教会への通報及び逃亡が困難な場合に限り、自己を守るために攻撃を行うことを許可する]とな」

 

 シグルドは反撃と言わんばかりに口を開く。


「つまりこの状況、俺には大義名分があるわけだ」


 デュラン優勢かと思われた場の流れはみるみるうちに不穏へ突入し、張り詰めた弓のような緊迫が訪れる。ここにきて初めて、シャルロットの顔から微笑みが消えた。


「したがって────」


 やがてその瞬間はやってくる。


「ヨーム」

「御意」


 シグルドの声音が氷点下まで下がる。主の命を受けたヨームは、今度こそ大剣を引き抜いた。


「排除する」

「ッ!」


 その矛先が最初に狙った相手は、ヨームから一番近い場所にいたルミナスだった。ヨームは目にも止まらぬ速度でルミナスの背後を取ると、その大剣を躊躇うことなく振り下ろし、ガビル諸共ルミナスを両断しようとした。

  

「甘いですわ!!」

 

 ルミナスはその細い腕でヨームの振り下ろしを受け止めて見せた。その隙を突いてガビルは席を立ち、二人から距離を取った。シャルロットとシグルドも同様にして、席を立って戦闘から離れた。


「これでも魔族の端くれ! ベオウルフの駄犬如きに遅れは取りませんわ!!」


 侮るなかれ、魔族の身体能力。例えその腕が細くても、振るえば一度ひとたび岩が砕ける。


「ならばお前は哀れだな。その駄犬に今から殺されるのだから」


 ヨームが力を込めた途端、拮抗していた鍔迫り合いが一気にヨーム優勢に傾いた。それはヨームの膂力が魔族をも凌駕することを意味している。


「こんの…………!」

 

 力で叶わぬことを察したルミナスは横へ飛び退き、鍔迫り合いがら離脱した。


 押し返す力が消えたことで大剣は凄まじい速度で振り下ろされ、前方に残されたテーブルを一刀両断した。


 そしてルミナスが距離を取ったことにより、ヨームに最も近い場所にいる人間がシャルロットになった。


「……」

 

 これによりヨームの矛先がシャルロットに向けられた。


「!」


 ヨームの無感情な殺意を感じ取ったシャルロットは息を呑んだ。その場に立ち尽くすしか出来なくなり、それを見たグラムは舌打ちをして前に出た。


「来るか、"破天荒"」


 ヨームはグラムの登場に怯まない。グラムごとシャルロットを切り伏せる勢いで大剣を振り抜いた。


「!」


 その最中、ヨームは振り抜いた大剣を強引に引き戻して己の背後を薙ぎ払った。ヨームの背後に忍び寄っていたセバスは後ろへ飛び退いて薙ぎ払いを躱す。


「見抜かれるか。やはり私も老いたものだ」


 セバスは嘆息と共に憂いを吐き出した。


「曲者」

「曲者ではありません。私はセバス・アンデルセン、デュラン家専属の執事でございます。以後お見知りおきを」


 セバスは名乗りを上げながらその特徴的なレイピアを構えなおした。


「……ヨーム」


 ヨームもまたそれに則り、名乗りを上げた。


「俺はヨーム。剣士のヨーム」


 ヨームは右手の大剣を逆手に持ち直し、その手を頬の高さまで持ち上げると左手を刀身の根元に伸ばして指を突き立てる。


 ────刀身に刻まれた竜の紋章が赤い輝きを取り戻した。


「かつては"竜狩り"と呼ばれていた」


 突き立てた指から火の粉がパチパチと音を立てて噴き始める。突き立てる力が強まるほど勢いは激しくなり、やがて炎に変化する。


「今はもう、世に竜はいない。俺が全て殺した」


 "竜狩り"のヨーム。


 ベオウルフの英雄が、固有魔法を発動させた。

 

「しかし彼らは死んでいない。俺の中に生きている。彼らの荒ぶる魂が、その熱が、今も絶えず俺の中で燻っている。故に────」


 突き立てた指の爪が封印の紋章を引き裂いたとき、荒ぶる炎が刀身の殻を突き破って飛び出した。


 その灼熱が雲を焦がし、空を喰らい、大地に降り注いだとき。


 竜の息吹は蘇る。


「『竜たちはここにいる(ドラゴンズウィル)』」


 剣が炎に包まれたとき、王国に古の咆哮が轟いた。

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