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ある勇者の話

作者: 篝 灯
掲載日:2026/01/29

はじめましての方、はじめまして。

そうでない方は超超お久しぶりです。篝です。


しばらくの間小説を書いていませんでしたが、これからまた始めたいと思います。

とりあえずリハビリがてら、短編から。


感想お待ちしています。

ブックマーク、評価いただけると嬉しいです。

「これは、僕の友人の話なんだけど……」


 その日に酒場で出会って、少し一緒に飲んでいた男が唐突に語り始めた。

 男の見た目は若かった。多分20代前半から半ばくらい。程よく筋肉がついているが顔は少しやつれて見えた。

 このあたりで見ない服装だから旅人だと思うが持ち物は少ない。腰に一本の剣を携え、少しの荷物を持ってこの酒場に入ってきた。

 男とは、特に決まった話をしていたわけではない。

 男が来たときにはすでにもう俺は少し酒が入っていたから、あとから来たその男に絡んで脈絡もなく俺の仕事の愚痴や、逃げて行った女の話、街のはずれにあるイイコトをしてくれる店の話をした。

 話をしたと言っても喋っていたのは俺だけだ。正直、無視されていると思っていた。

 だから、それまで黙って聞くだけだった男が突然話し始めたことに少し驚いていた。




 これは、僕の友人の話なんだけど。

 そいつは勇者をやっててさ。国の依頼で強い魔物の討伐や、悪事を働く魔族の討伐なんかを仕事にしてるんだ。

 いろいろな人に感謝されて、尊敬されて、かなりの大金がもらえる。危ないことは多いけど、やりがいのある仕事さ。

 街を歩けばそこかしこから黄色い歓声が飛んでくる。最初こそ恥ずかしかったけど、そのうち慣れて、手を振り返すようになっていた。



 少しして、王都にいた勇者に魔族討伐の依頼があった。少し遠くの村から依頼だった。

 依頼の内容は簡単に言ってしまえば『魔族に搾取されている。備蓄用の食料を奪われ、村の若い女の多くが攫われた』みたいな、そんな感じだった。何人か騎士を向かわせたけど、帰ってこなかったらしい。

 勇者はすぐに馬を走らせて村に向かった。


 村につくと、ちょうど子供が魔族に首をつかまれていた。

 勇者は、その魔族を殺した。

 子供は助かった。聞けば少年の姉が連れ去られていて、それを抗議していたらしい。


 村長の案内でその村に来ていた魔族たちの根城へ行った。

 村の若い女たちが裸同然で縛られ鎖に繋がれ衰弱していた。

 勇者はその光景を見て激高して、その場にいた魔族を五人殺した。

 女たちは数人がすでに死んでいて、生きていた女の拘束を解いた。衰弱のひどい者も何人かいたので運び出すために村の男たちを呼びに行った。



 戻ると、助けたはずの女たちの何人かが死んでいた。

 ――自殺だった。



 村長は感謝してくれていたけど、帰り際、勇者は言われたそうだ。

 「なんでもっと早く助けにきてくれなかったの?」って。助けた少年から。泣きながら。

 勇者は少年に謝ることしかできなかった。


 それから、間に合わないことが増えていった。

 国の端まで勇者の力のうわさが流れていたからか、遠くからの依頼が増えたからだ。

 遠ければ遠いほど、依頼が届くのが遅れる。依頼が届くのが遅れれば、間に合わなくなることも多くなる。当たり前のことだった。


 北のほうにある街からほぼ同時期にいくつかの依頼があった。

 勇者はすぐに向かった。

 到着したその日に、何人も人間を殺した魔物を討伐した。

 次の日、子供を攫った魔族を殺した。子供は助からなかった。

 その次の日も魔物の討伐だった。先に出発していた討伐隊のおかげもあって魔物は弱っていた。けれど討伐隊は全滅だった。

 その次の日も、魔族を二人殺した。でも一人に逃げられた。


 次の日は、地獄のような一日だった。

 勇者がその街にしばらく留まっているという話をどこからか聞いたのか、逃げた魔族から伝わったのかわからない。

 二十人ほどの魔族が、その街に攻めて来た。

 早朝だったこともあって避難が遅れて、多くの人が戦いに巻き込まれて、死んだ。


 戦いが終わった後、勇者はその街の住人から石を投げられた。


 ――お前が街にいたから、奴らが来た。

 ――お前のせいだ。


 と。


 そのあと勇者は王都へ帰った。どこをどう通って帰ったのか、わからない。多分、来た時よりも帰りのほうが時間がかかったと思う。

 帰った先、王都で向けられる視線は、いつもと違った。

 風に飛ばされてきた新聞の記事を見た。


 『北部で魔族と勇者が交戦 大規模な被害

  勇者は何をしていたのか』


 勇者は、逃げるように王都を出た。


 それから勇者は休むことなく魔物と魔族を殺して回った。依頼に目を通すことはなくなって、依頼があってもなくても、目につく怪物は片端から殺した。

 誰かからの感謝も罵倒も、もうどうでもよくなった。

 当然、疲労は溜まっていた。けれど眠れなかった。

 酒に強くもないくせに酒を飲むようになった。余計なことを考えなくて済むから。酒を飲めば少しだけは眠れるから。


 勇者の最終的な仕事は、魔王を殺すことだ。

 それが終わって初めて、ゆっくり休めるんだ。

 けれど、きっとそれは果たされないで終わるだろう。

 どこかで、誰に知られることもなく、勇者は死ぬと思う。


 勇者が死んだことに、人々はしばらく気づかないだろう。

 気づかないまま、彼への依頼ばかりが溜まっていって、そうしてようやく勇者の死を悟る。死体は見つからないだろうけど、それでも、死んだことだけははっきりとわかる。


 勇者の死を知ったとき、誰か、泣いてくれるだろうか。

 泣いてくれると、いいなあ。


 ……ああ、そうだ。何かの縁だから、今日は僕に奢らせて。

 もしもまた会うことがあったら、続きを話すよ。

 最後まで聞いてくれてありがとう。



 男はそう言って、少し多めに金を置いておぼつかない足取りで出て行った。それでも話の最後は、すっきりとした声音だった。

 俺は途中から相槌を返すこともなく机に突っ伏して聞いていた。けれど、どうやら寝ているとは思われていなかったらしい。よかった。

 酒のせいだ。顔を上げていられなかった。男の顔を見ることができなかった。

 また会うことがあったらとは言ってはいたけれど、きっともう会うことはないのだろう。

 勇者が死んだとき、ほかの誰も泣かなくても、きっと俺だけは泣くだろうと思った。

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