1.ロード開始
「覚えてらっしゃい! わたくしは何度でもあなたを…!」
『白い学生服を真っ赤に染めて女の右半身がちぎれた。黒い獣たちは動かなくなった女に詰め寄り、その残った肉を食す。
そのおぞましい光景にリリィは思わず口を抑えた。』
「大丈夫だよリリィ。まずはここから生きて帰ることを考えよう。」
『アランはリリィの腰を抱き、獣に向かって剣を構えた。
女の肉を食い尽くした獣はまだ満足しないのか、次の獲物を捉えるようにアランたちを睨みつけた。アランは襲いかかってきた獣の首を落とし、無事魔の森から生還した。
そして、邪魔者が居なくなったアランはリリィと幸せに暮らしました。』
「めでたしめでたし…ね、こんなグロくてどこがめでたいのよ!」
エンドロールが流れるテレビ画面を眺めながらコントローラーを置いて、食べかけのチョコレートを口に放り込んだ。友達に借りたゲームを一気にやりこんでしまい、せっかくの休日が潰れてしまった。テンポも良く、イラストも綺麗で、最初は面白かったのにラストはこんな胸糞展開だなんて。
菜々はため息をついて時計に目をやった。
「うわっ、もうこんな時間。お風呂入らなきゃ」
日付が変わったのを見て慌てて立ち上がり、風呂場へ向かう、その途中。
「ひでぶっ!」
ゲーム機のコードに足をひっかけ、派手に転倒した。棚の角に頭を打ちつけ、コンセントが引っこ抜けた。ブチ、と切れるテレビ画面をぼやける視界で眺めながら、菜々は静かに目を閉じた。
──対象者発見。ロードを開始します。
「……ズ、マリーズ!」
「あ、え?」
「マリーズ、どうしたの?」
目の前には知らない美少年。十二、三歳ぐらいだろうか。金のサラサラな髪に、夜空のような青い瞳。日本人として生きてきた彼女にそんな美少年と知り合う機会などなかった。
困惑する彼女に向かって少年は、相も変わらず「マリーズ」と呼びかけていた。
(マリーズ…? だれ?)
聞き覚えのあるようなないような曖昧な名前に彼女は戸惑いながら周囲を見渡す。隣に座る少年の他にも人がいた。少年と同じ髪色の男性。少年と同じ瞳の色をした若々しい女性。そしてクラシカルなメイド姿の女性と、執事のような初老の男性。
二人にも周りにも見覚えはなかった。
──記憶の同期を開始。最初のセーブデータに移行します。
誰だろうと戸惑っていると頭の中に誰かの記憶が流れ込んだ。
それは、マリーズ・ガエル・マントノン。彼女が直前までやっていた乙女ゲームの悪役の記憶。女王様のように我儘で、強欲な女。想い人が婚約したのをきっかけに国の禁忌である悪魔との契りを経て、国を滅ぼそうとする女。
「マリーズ?」
返事をしないで固まっている妹を心配して何度も声をかける兄のクロヴィス。ゲームの中の彼は、将来を誓い合った婚約者をマリーズのせいで失うことになる。
悪魔との契約するのに若い女性が何人も犠牲になったと書かれていた。そのうちの一人がクロヴィスの婚約者イヴェットだった。ゲームの中で冷たい目を向けていた兄が心配そうにこちらを見ている。
自分の手のひらは小さく、可愛らしいフリフリのピンク色のドレスを着ていた。見慣れない豪華な部屋で、長いテーブルを囲い、食事をとっているところだろうか。銀食器には綺麗に盛り付けられたサラダがあった。
現代日本で暮らしていた人間の部屋にこんなものがあるはずがない。明らかに日本ではない人、部屋、食事。
──記憶の同期完了。
つまり、彼女はマリーズ・ガエル・マントノンになってしまったのだ。




