第8話 パンがないならゴミを食べます!
「お腹すいたよぉ……」
治療院を退院したわたしは、ホームレス生活を余儀なくされていた。
その理由はシンプル。
手持ちのお金がなかった。
当然リーフダムには身寄りがないため、まず住むところを確保しなければならない。
だけど宿屋に泊まるにも部屋を借りるにも、兎にも角にもお金が必要。
わたしの手元にあったすずめの涙くらいのお小遣いじゃ到底足りない。
なんとかしてお金を稼ぐ必要があった。
だからわたしはどこかのお店で雇ってもらうために、片っ端からリーフダムのお店にかけあって回ることにした。
だけど、そこでもわたしの前にスキルの問題が立ちはだかる。
道具屋、武器屋、防具屋、魔道具屋、喫茶店、酒場、宿屋……etc。
どこに行っても、まず聞かれるのはスキルのこと。
だけどスキル《ゴミ》の名前を出したら採用されないのは分かりきってるし、そもそもわたし自身がスキルの効果を理解していないのだ。
だからスキルについてうまく説明できない。
アタフタしているうちに、お店の人の表情はどんどん怪訝なものになっていき、そのまま面接は終了。
「申し訳ないが、あなたのことを採用することはできません」
どこも似たような反応で、結局どこのお店にも雇ってもらうことはできなかった。
この世界でスキルは絶対。
あらためてそのことを突きつけられる。
同時にわたしは思い知るのだ。
スキル《ゴミ》の呪いは、たとえミュルグレイス家から逃げ出したって、たとえこの世界の果てまで行ったところでつきまとうものなんだって。
気がつけば、治療院を退院して一週間が経過していた。
その間わたしは職にありつくどころか一銭たりともお金を稼ぐことができなかった。
「どうしよう……」
正直、わたしは途方に暮れていた。
***
今日も今日とて、お金を稼ぐ方法を見つけられないまま時間だけがいたずらに過ぎてゆく。
気がつけば日が暮れようとしていた。
わたしが今歩いているところはリーフダムの目抜き通り。
辺りは、一日の仕事を終え家路につこうとする人たちで、ごった返していた。
雑踏の中を、一人トボトボとあてもなく歩く。
朝から何も食べていなかったわたしの歩幅は、自然と小さくなっていた。
「おなかすいたよぉ……ひもじいよお……」
道端に立ち止まって上着のポケットをゴソゴソとまさぐる。
入っていたのは銅硬貨が数枚だけ。
「やばいなぁ……いよいよ黒パンすら買えないよ……ははっ……笑える……」
実家を追い出されても。
高いところから突き落とされても。
巨大モンスターに襲われても。
その度に命拾いしてきた悪運の強いわたしだけど、生き物である以上は寄る空腹には抗えない。
食べること、すなわち生きること。
メシを食わねば人は生きていけない。
「ケーキ、フルーツの山盛り、クリームたっぷりのパフェ、チョコバナナ、フルーツサンド、アイスクリーム……ああ、もうっ! 食べ物のこと考えたら余計にお腹がすいちゃったじゃん!」
空腹のあまりわたしの思考回路はショート寸前。
もうダメ……
思わずその場にへたり込みそうになったとき。
すんすん。
どこからともなくいい匂いが漂ってきた。
「食べ物の匂い……?」
香ばしい匂いがわたしの鼻腔をくすぐる。
どうやらそれは路地裏の方から漂っているらしい。
匂いに釣られるようにフラフラと路地裏に入っていく。
そこにあったのは酒場だった。
半オープンになった店先からは中の様子がよく見えて、そこでは何人もの人たちが樽ジョッキを片手に楽しそうに語り合っていた。
「じゅるる……おいしそう……」
テーブルの上には山盛りの骨つき肉や、チーズの盛り合わせなど、色とりどりの料理がところ狭しと並べられている。
匂いのもとはどうやらこのお店だったらしい。
その匂いがわたしの空っぽのお腹をダイレクトに刺激する。
「うぎゅう〜、お肉なんてもう……何年食べてないんだろう……」
お腹がぐぅ〜っと大きい音を立てた。
空腹と疲労でわたしの身体は限界に近い。
「だ、ダメだ……このままここに居たら、食い逃げとかよからぬことを企ててしまいそうだ……」
その前に早く立ち去ろう。
そう思って踵を返そうとしたとき、お店の勝手口から両手に大きなゴミ袋を抱えた店員さんが出てきた。
店員さんは、その袋をポイポイっとゴミ捨て場に投げ捨てた後、慌ただしく店内に戻っていった。
その一部始終を見つめていたわたしの足は、自分の意志とは無関係に、フラフラ〜っとゴミ捨て場まで吸い寄せられていく。
辺りをキョロキョロと確認。
大丈夫。わたし以外、誰もいない。
「ハァハァ……ゴミなら……捨てたものなら……ちょっと拝借しても……オーケーだよね……?」
ブツブツと呟きながら、わたしはゴミ袋の結び目を解いていく。きっとその目は、獲物を目の前にしたハイエナみたいに血走っていることだろう。
ゴミ袋の中には、わたしの見込みどおり、パンやお肉、チーズなどが入っていた。
もちろんゴミなのだから、その全部が食べ残しなのだけど、今のわたしにはキラキラと光るお宝の山に見える。
わたしはその中からまだ食べられそうなモノを選びとり、両手いっぱいに抱えると、ダッシュでその場から逃げ出した。
「ハァ、ハァ……! わ、笑いたければ笑いなさい!」
こちとら背に腹はかえられない。
飢え死にするくらいなら、ゴミを漁ってでも生き延びてやる。
「パンがないならゴミを食べればいいんじゃい!」
わたしは某マリーアントワネットに、助走つけてぶん殴られてもおかしくないセリフを叫びながら、リーフダムの街中を疾走した。
***
街中を全力疾走して、わたしはリーフダムの中央を流れる川にかけられた水道橋のたもとまでたどり着いた。
ここは家のないわたしが、とりあえず雨風を凌ぐための寝床として利用している場所だった。
雨はともかく風をしのげているかと言われると、全然ダメなんだけど……
とにかく、わたしは抱えてきた食べ物をドサッと地面に下ろす。
そしてパンッと両手を合わせた。
「いただきます……!」
わたしの命を繋いでくれるモノを前にして、まず口にしたのは感謝の言葉。
そして早速食べ物に手を伸ばした。
最初に選んだのは骨つき肉……の食べ残し。
食べ残しといえど半分くらいはお肉が残ってる。
(クソ、贅沢な食べ方をしやがって……まあ、おかげでわたしがありつけるんだけどさ……)
とかなんとか考えながら、ガブッと勢いよくかじりつく。
途端に、脳ミソまで貫くような旨味が口いっぱいに広がった。
「う……うンまぁ〜い!」
思わず大声で叫ぶ。
冷めていたし、ちょっと硬かったけどそんなの全然気にならない。
舌にダイレクトに伝わるお肉の旨みは、極限の腹ペコ状態のわたしにとって最高の贅沢。
正直、ミュルグレイス家で食べたどんな高級ディナーよりも美味しく感じた。
空腹は最高のスパイスということなのかな。
次に手を伸ばしたのはチーズの塊だ。
端っこが少しカビてるのはご愛嬌。
「オーケーオーケー、だってブルーチーズだって青カビなわけじゃん?」
というわけで、躊躇なくカビごといただきます。
「うえ〜ん、これも美味しいよぉ〜〜〜!」
口いっぱいに広がるは、チーズの濃厚な風味。
冗談抜きに涙が出るくらいに美味しかった。
しばらく夢中になって、ネズミみたいにかじりつく。
そして手に伸ばしたのは黒パンだ。
これは食べ残しというより古くなってしまったモノだろう。
手触りがカチカチになっていた。
だけど今のわたしにとってパンの硬さなんて、ただの食べ応えですよ。
大丈夫だ、問題ない。
わたしは黒パンにガブっとかぶりついた。
「うーん、美味しい……いや、さすがにこれは味はイマイチだね」
カチカチに固まった黒パンは、やっぱり美味しくなかった。
だけど贅沢は言わない。
このパンがわたしの血肉になって、わたしの命を明日へと繋いでくれるんだから。
わたしは手に持ったパンを見てしみじみ思う。
大丈夫。わたしはキミを残さず全部食べるよ――
そしてポツリと口ずさんだ。
「キミはゴミなんかじゃないんだからね?」
その瞬間。
異変が起きた。
パァアアアアアアッ!
「きゃっ――!?」
手に持ったパンが光り輝いたのだ。
突然の出来事にパニックになるわたし。
パンを放り出して、尻もちをついてしまう。
「え!? なになに!? なにコレ!?」
地べたに落ちたパンはそのまま数秒間キラキラと輝き続けて、やがてその光を失った。
「な、なに……? 一体なんだったの……?」
わたしは恐る恐るパンに手を伸ばし拾いあげる。
手のひらの上の黒パンをまじまじと見るわたし。
「……え? これって……?」
わたしはとある違和感に気づいた。
黒パンを恐るおそる鼻先に近づける。
すんすん。
匂いを嗅ぐと焼いた小麦の香ばしい香りが鼻をくすぐった。
そのまま、ひと口かじってみる。
「……!? やわらか……!?」
なんということでしょう。
さっきまでカチカチだった黒パンは、ふんわり柔らかもっちもち、まるで焼きたてのパンに早変わりしていたのだ!
「これって……どういうこと……!?」
黒パンが突然、焼きたてパンに早変わりした。
そんな摩訶不思議な現象を目の当たりにして、わたしはただ戸惑いの声を上げるしかなかった。
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ステータス
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ミユル(本名:フレデリカ・ミュルグレイス)
性別/女
称号/ゴミ令嬢、ソロ討伐、ホームレス
好き/クー、食べもの全般
嫌い/虫
スキル/ゴミ《効果》不明
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