第一話 1人の少年
リミル村は、テガット大陸北部に位置する、四方を山に囲まれた小さな村である。美しい自然に囲まれたこの村の人々は、決して裕福ではなかったが、皆幸せに暮らしていた。
その理由の一つは、魔物の襲撃の恐れがないことにある。
他の村々では魔物の襲撃を恐れ、村の周囲に堀と高い塀を築き、入口や物見櫓に人を常駐させるのが一般的だった。
しかし、リミル村は遥かに高く聳え立つ山々に守られ、魔物が越えることは不可能だったため、防衛設備を設置する必要がなかった。
実際、過去100年間、一度も魔物の襲撃を受けたことはなく、人々は安心して暮らしていた。
フマレンは、リミル村で生まれた好奇心旺盛で活発な少年だった。幼い頃から物語に登場する騎士に憧れ、道端の木の棒を振り回して遊ぶ、ごく普通の子供だった。彼の元気さに、村人たちが振り回されることもしばしばあった。
彼には二人の幼馴染がいた。フィメルとソルである。
フィメルもフマレンと同じく活発な少女だった。金髪のなめらかなその髪は見た者を魅了するが、青い目に宿る光からただのか弱い女子ではないことが窺える。実際、村長の娘である彼女は、次期村長として必要な教育を父親から受けていたが、それに反発し、家族の目を盗んで外へ出かけることが多かった。
一方、ソルは気弱でおどおどした性格の少年だった。平凡な家庭に生まれた一人息子の彼は、おかっぱの白髪を目元まで伸ばしていた。かつて、そのことを揶揄う子供たちからフィメルとフマレンに庇ってもらった(暴力的解決)ことが、三人との出会いだった。
三人はいつも一緒に行動していた。ある時は川で魚釣りをし、またある時は森で虫取りをした。
フマレンが調子に乗って無茶をする。それにフィメルが便乗する。そしてソルが止めようとするも、勢いに押されて最終的には二人に付き合う。
それが彼らのお決まりのパターンだった。
ーーーーーー
フマレンの10歳の誕生日を迎えた日、彼には両親から一本の木剣が贈られた。
鍔と柄頭にワンポイントの装飾が施されたその剣は、父親が半年かけて手掛けた逸品であった。
「騎士になりたいのならば、神聖国ドラグナにある国立剣術学院で剣を学びなさい。」
父親からそう言われた時、フマレンは歓喜のあまり飛び上がった。
その日から明確に、騎士になることが彼の夢となった。
ーーーーーー
次の日、村を見渡せる丘の上でフマレンは素振りをしていた。
その時初めて剣を握ったが、まるで握りに手が吸い付くようであった。
(これなら、いくら降っても疲れないぞ!!)
そう思っていた時、後ろから声がした。
「おーい、フマレン!」
振り返ると、そこにはフィメルとソルがいた。ソルは息を切らせている。
「ソル、なんで疲れてるの?」
「それは...」
「こいつ、ホント体力ないのよねー。ちょっと走っただけなのにさ。」
フィメルが茶化すように割って入る。
「なんだよ〜。急に『競争よ!!』とか言ってさ。そりゃないよ〜。」
ソルは不満顔だ。
フィメルが鼻で笑い、フマレンに向き直る。
「それよりアンタ、今日呼び出したのってもしかして...」
「そう!!!!!!!」
フマレンが大きな声で答える。
「この木剣、見てよ!!」
剣を前に出すと、二人は興味津々にジロジロと覗き込む。
「昨日父ちゃんにもらったんだ〜。いいでしょー。」
「すごく綺麗だ。研ぎ澄まされているよ。」
「確かに、これすごく丁寧に作り込まれているわね。どこで買ったのかしら。」
「これ実は、父ちゃんの手作りなんだよ。すごいでしょー。」
「「え!!!」」
二人は驚いてさらに覗き込む。
「この模様とかすごい複雑だよ。お父さん、器用なんだね。」
ソルは感嘆した声を漏らした。
一通り談笑した後、三人は丘に座って村を見下ろしていた。爽やかな風が心地いい。鳥のさえずりと、草花や木々の葉が擦れる微かな音が耳に届く。
村の人々は、今日も変わらない。畑を耕す若者、木の実を採取する女子供、遊んでいる人たち。
フマレンはこの景色が好きだった。しかし、それと同時に、この村の人々のように変わり映えのない毎日を過ごしたくないと思っていた。
(自分は、この村で一生を終えたりはしない。国立剣術学院に入って、国王を守る騎士になるんだ。)
ふと、フマレンは横を見る。フィメルとソルは仲良く話している。
二人の笑顔が好きなのも、また事実だ。
「なあなあ、今夜さ、村を抜け出さね?そんであの山の頂上まで行くの。どう?」
フマレンがおもむろ口を開いた。指差した先には、リミル村の周りで最も急峻なデカデ山がある。
「なにそれ、面白そうじゃない!もちろんいいわよ!」
「や、やめときなよ。そんなことしたら、また怒られちゃうよ。」
「アンタ、ほんとに男なの??そんな軟弱者じゃ、将来結婚できないわよ。」
ソルは顔を赤らめる。
「な、なんだよ!!もちろん僕も行くよ。そんなことこわがるもんか。て言うか、そっちこそもっとお...おしとやか?になったほうがいいんじゃないの!?そんなんじゃ、お嫁に行けないよ。」
「なに、アンタ知らないの?私は村長の娘。お嫁に行く必要はないの、誰かがお婿に来てくれればいいのよ。」
フィメルが得意げに笑う。
ソルの顔はさらに赤くなった。
「も...もういい!帰る!光陰の刻頃に、村の入り口に行くから。じゃね!!」
ソルはいきりたって帰って行った。
フィメルとフマレンは顔を見合わせて、笑った。
それから、またしばらく話し込んだ後、村の入り口を通り抜けるソルを二人は見つけた。
まだ怒っているのか、丘の上から見ても顔がやや赤い。
フマレンが笑っていると、フィメルがぽつりと口を開いた。
「アタシ、さ。。好きなのよね、ソルのこと。」
「え...」
フィメルはソルを優しく見つめている。
「なんでなのかしらね。あんな根性なしなのに。なんか、ここぞって時に頼りになるような気がするのよね。」
「いいじゃん、それ!!めっちゃお似合いだよ。」
「そうかしら...」
フィメルの顔には、不安と後悔の色が映っていた。
「アタシ、アイツにずっとちょっかいばかりかけてきたわ。アタシ、嫌われているんじゃ...」
「そんなことない!!全然、そんなことない!!あいつさ、確かにお前にいっつも怒っちゃうけど、でもさ、なんか、お前のこと好きだと思うぞ。じゃないと、さ、こんなに一緒に遊ばないだろ!」
フマレンは友人の恋路を応援したかった。
というのも、実はフマレンは数日前にソルから恋愛相談を受けていたのだ。
「なあ、フマレン...。フィメルのこと、どう思っている?」
夜、丘の上でソルはフマレンにぶっきらぼうに聞いた。
「え?どうって...。気の強いヤツ。あいつこの前、俺に口喧嘩で負けそうになったら手を出してきたんだぜ?どうよこのガサツさ。あいつ、多分一生結婚出来ないぜ。」
そう言って、フマレンはあーはっはっは!と大きく笑った。
ソルは、月明かりの下でもわかるほどに赤面していた。白髪が良く映える。
「僕、さ。フィメル、好きだよ。いつもちょっかいかけてくるけど、それも嬉しい感じ。」
「はっはっは...え?!!ゲホッゲホッ」
フマレンは驚いてむせてしまった。
「ゲホッ...。」
咳が治り、落ち着いた頃、深呼吸して、フマレンはソルの目を見据えた。
「...本気か?」
「...本気。」
「........。」
「........。」
「「...あははは!!」」
「なんだよー。お前、好きだったのかあいつのこと!!いやでも、そんな気はしてたんだよな。だって、お前どれだけイジられてもいつも一緒に遊んでくれるし、お前ならあいつのガサツなところも受け止められるんじゃね?」
「あはは。そうだね。」
「俺、応援しているからな。お幸せに。ヒューヒュー!」
拙い口笛で、ソルを煽った。
「うん。ありがとう。」
ソルははっきりとした口調で答える。
なるほど、ソルは気骨のあるやつだとフマレンは思った。
このことはフマレンしか知らないが、もはやフィメルの恋が成就することは確定だと理解していたのだ。
「でもぅ...。」
フィメルは不安げな声色をあげている。
目には涙が浮かんでいた。
「おい、なんで泣いてんだよ!!大丈夫だって。安心しろ!」
「でも...でもぉ......!!」
ポロポロと涙が頬を伝っている。
フマレンは少し考えた後、頭をぽりぽりとかいて言った。
「じゃあ、あの山の頂上でソルにその気持ち伝えてみろよ。ロマンチックだと思うぜ。」
フィメルは泣き止み、あっけにとられた表情でフマレンをみた。
「それに、お前がずっとその調子だと気持ち悪いんだよ。お前が泣いてるのなんて俺、見たことなかったぞ。」
「ふ...ふふ........。」
フィメルが俯いて小さく笑う。
「あーはっはっは!!!」
フィメルは急に立ち上がったと思うと、目を擦って両手を腰に当てた。
「その案、採用よ。いい考えだわ。アイツがアタシの告白を受け入れないわけないし。そうと決まれば、準備しなきゃ。ありがと、フマレン!」
そういうとフィメルは村へと金色の髪を揺らして駆け出して行った。
フマレンにはフィメルが急に走り出した理由がわからなかった。
(準備ってなんだろう?まあ、フィメルが元の調子に戻って良かった。)
ーーーーー
その後、フマレンは家に帰り、水浴びをしてから両親と食卓を囲んだ。
剣の振り心地が驚くほど良かったこと、手に小さなまめができたこと。その日あった様々なことを両親に生き生きと語った。
「フマレンなら、きっと将来は魔物から人々を守る立派な騎士になれるぞ。その調子で頑張るんだ。16歳になったら、国立剣術学院の入学試験を受けるといい。それまでは鍛錬を怠るなよ。」
父の言葉に、フマレンは誇らしさを感じると同時に、不満も覚えた。
(今でも魔物くらい倒せるのに。)
ーーーーー
深夜、ベッドの上でフマレンは窓の外に浮かぶ月々を眺めていた。
いつもは光の月と陰の月が並んで夜空に浮かび上がる。しかしごく稀に、これらの月は重なり合うことがある。その時刻は、”光陰の刻”と呼ばれ、古くから災いの前兆とされていた。
(そんな災い、騎士の俺がバッタバッタと薙ぎ倒してやる!)
フマレンはそう意気込みながら、頭の中で魔物を倒す想像をして時間を潰していた。
やがて、二つの月はゆっくりと重なった。
村の入り口には木造のアーチがかけられている。
アーチの下には、すでにフィメルとソルが待っていた。
「ちょっと、あんた、呼び出しておいて最後に来るってどういうことよ!」
「フィメル、声が大きすぎるよ...!!」
「めんごめんご、そんじゃ、行こうか!」
フマレンは悠然と歩き出す。
他の二人も後ろからついて歩く。
「父上の目を潜り抜けて家を出るのはめちゃくちゃ大変だったのよ。それなのにアンタときたら、遅刻ってどういうことよ遅刻って!」
「いやー。戦ってたからな。」
(頭の中で)
フマレンは心の中でそう呟いきながら、軽い謝罪をした。
フィメルは納得いかないような顔をしながらも、ソルがなだめる。
「...まあ、別にいいじゃん。フマレンの遅刻癖は今に始まったことじゃないし。」
「ソル、ありがとーん。」
「...まあいいわよ。」
「ありがとーん。」
「...それよりさ、その剣は持っていくの?重いんじゃない?」
ソルがフマレンの手に握られた木剣を見つめて言う。
「いやいや、どれだけ重かろうとも剣は騎士の命。いつ何時も肌身離さずに持っておくものなんだよ。」
フマレンは得意げに語る。
「カッコいい...!!ねえ、その剣、僕にも持たせてよ。」
「いやだよ!これは俺の命なんだぞ。そうやすやすと貸せるかよ。」
「そんなこと言わずに〜。」
二人の押し問答を見て、フィメルはため息をついた。
「男って...ほんとガキ!!」
ーーーーー
どれほど歩いただろうか。もう三人とも疲れ果ててしまった。
山は思った以上に高く、傾斜も急だったため、なだらかな道を探すべく、ぐるりと山の向かいまで歩いていた。
もちろん、山を超えた先に魔物の脅威が潜んでいることは三人とも承知していた。
しかし魔物の生息地とリミル村との間には何座もの山がそびえていたため、一山越えた程度ではまだ魔物はいないだろうと判断したのだった。
念の為に、フィメルを守るように男子二人が前を歩いていた。
「「「はぁ〜〜。」」」
三人同時に大きなため息をつく。
前を歩いていたフマレンとソルは、互いに顔を見合わせる。
「日の出までになだらかな道を見つけられなかったら帰ろう」
フマレンがそう言うと、ソルはコクっと頷いた。
すると、突然、前方の茂みが揺れた。
フマレンはソルとフィメルを庇うように剣を構えて前に出る。
「な...何かいるのか!出てこい!」
声は震えていた。
月明かりだけでは暗すぎてよく見えない。
依然として茂みはガサガサと揺れ続けていた。
フマレンが一歩茂みに近づいた時。。。
バサッ!!
うさぎが茂みから飛び出してきた。
フマレンはびっくりして尻もちをついた。
「はは...なんだ、うさぎかよ。怖がらせやがって。」
安堵の笑みを浮かべた、その瞬間....。
グサッ
「キャーーーーーーーー!!」
「グァ..!!カハッ!」
背後から何かを貫く気持ち悪い音。
フィメルの叫び声。
ソルの微かな悲鳴。
急いで振り返ると、そこには何かで腹を貫かれたソルが立っていた。
フィメルはソルの横で地面にへたり込んでいる。腰が抜けて、失禁しているようだった。
ソルの背後には人影が見える。ソルと同じような背格好で、フマレンからはよく見えない。
しかしその相手を、その魔物をフマレンは物語を通してよく知っていた。
「ワッシャーーーーーーー!!!」
それが大きな声で叫ぶ。
フマレンは恐ろしくて声が出せなかった。
(なんでこんなところに..いや、それよりもソルを助けなきゃ......!!)
しかし、足に力が入らなかった。立てない。膝が小刻みに震え、地に縛りつけられたように感じた。
「な...な.......!!」
フマレンには事態が理解できていた。
魔物は背後から闇討ちしてきたのだ。木剣を持ったフマレンは前方にいて、後方は警戒していなかった。
そこをつけ込まれた。
(今一番にすべきことはソルの救出。その後に二人の安全確保。なのに...。)
未だ、足は震え続けている。
(怖い、いやだ。ソル、その腹、大丈夫なのか??早く助けなきゃ。なのに、なのに........足が動かない...!!)
「うっ...!!」
魔物はおもむろに武器をソルの体から引き抜いた。ソルの体がくず折れる。
月明かりに照らされたその肌は気味が悪いほどに緑色の光沢を放ち、腐臭が漂っていた。小柄だが、見た目とは裏腹に成人男性ほどの力を持つ。黄色い眼光を鋭く放ちながら、生気のない顔を横たわったソルに向ける。
こびりついたような、なんとも無機質な笑みを浮かべていた。
ゴブリンだ。
物語の中でしか見たことがなかった恐怖の存在。
ゴブリンが手にもっていたものは木の棒の先を鋭く加工した粗末な槍であった。しかし、それは生身の人体を貫くのに十分なものであった。槍の先からは、ソルの血が滴っている。
動けないでいるフマレンには、ただただ思考することしかできなかった。
ゴブリンの持つものを分析することよりも先にするべきことがあるはずなのに。
ゴブリンが槍を振り上げた。
ソルにトドメを刺そうとしている。
「ソル!!!」
フィメルが咄嗟にソルを庇うように覆い被さった。
ーーグシャッ。
フィメルの首に槍が深々と突き刺さった。ゆっくりと、しかし無慈悲に棒は引き抜かれる。
信じられないほど大量の血が溢れ出す。
フィメルの体は数度痙攣した後、動かなくなった。
「う、う、、、、うわーーーー!!」
ソルは大きな声で叫んだ。白かった髪が、真紅に染まっている。
「殺してやる、殺してやる!!!このクソ野郎!!」
ゴブリンは、依然としてニヤニヤと笑っていた。
「シャーーーーー!!」
その叫び声を聞いた瞬間、フマレンの意識は恐怖に飲み込まれた。
ーーーーー
気づけばフマレンは平原に立っていた。
見渡す限り山もない。ただただ広い平原の真ん中で、ただ立ち尽くしていた。
後ろに気配を感じて振り返る。
そこには、ソルとフィメルが立っていた。
「えっ。」
フマレンは情けない声を出して二人をぽかんと見つめる。
二人とも、柔らかく微笑んでいる。
「お別れだ。」
ソルは優しくいった。
「三人で過ごした時間、本当に楽しかったよ。ありがとう。」
すると突然、フィメルが泣き出した。
ソルが横から背中をさする。
「僕たちは、お別れだ。」
ソルの言葉をフマレンは理解できない。
「な、何を...言っているんだ??お別れ??どう言うことだよ、おい!!」
フマレンが二人に近づこうとしたその時、地面が割れた。
フマレンと二人の間に亀裂が入り、それは徐々に大きくなった。
みるみる間に、もはや飛んでも届かない距離に二人は行ってしまった。
「ずっと、向こうでお前を見ているからな!!」
ソルとフィメルは手を振ってきた。
フマレンは、手を振りかえすことしかできなかった。
ーーーーー
「....はっ!!」
フマレンが目を開けると、美しい青空が広がっていた。
爽やかな風が心地いい。鳥のさえずりが、丘での記憶を思い起こさせる。
(丘...あの後、山に登ろうって話になって、、、はっ!!)
フマレンは飛び起きた。周囲を見渡す。
まず目の前に入って来たのは、目に木剣を刺し込まれたゴブリンの死骸だ。大の字に横たわりながら、腐臭を漂わせている。
そしてそのすぐ横では、ソルがフマレンに背を向けるように座っていた。手にはフィメルを抱いている。
「おい....ソル?」
返事はない。
「おい。おいって!」
駆け寄る。横からソルの顔を覗き込んだ。
「ひっ...!!」
ソルの頬の肉が裂けている。また、その腹には木の棒が突き刺さっていた。
フィメルの首の骨は剥き出しになっている。
すでに二人の周囲に虫がたかっていた。
「あ....あう..あ。。あ」
フマレンは動けなかった。
恐怖、ショック、嫌悪感。
何かわからないものが心を支配していった。
「う.....うあう....あーーーーーー!!!」
フマレンはその場に泣き崩れた。
受け入れられなかった。なんで。どうして。
なんでこうなったのか。決まっている。もしゴブリンの襲撃に気付いた時すぐに動けていたら。自分がフィメルの後ろに立っていたら。
そもそも、二人を山登りに誘ったりしなければ。
ーーーーー
それからのフマレンの記憶は、曖昧だ。
どうにかして村に帰ったあと、大人たちに大人たちに色々言われたが、ソルとフィメルに起こったことを説明できなかった。
次の日には、ソルとフィメルの葬式が執り行われた。
神父のいないこのリミル村では村長がその役目を担う。
棺の周りを村人たちが囲み、皆沈んだ面持ちをしている。
二人の棺を眺めながらフマレンは茫然自失となっていた。誰の声も聞こえない。何も感じない。自分が立っているのか座っているのか、はたまた寝ているのかもわからない。
ただ、喪失感。
何かが終わった。そして、二度と始まらないような。
その引き金を引いたのは、自分自身。
親友を見殺しにした。その事実はフマレンにとって、自分を攻撃するのに十分なものだった。
(俺の...俺の.......せいだ....。)
涙は出ない。出す資格すらない。
ーーーーー
それからどれほど経っただろうか。
フマレンはやっと、ベッドに寝たきりの生活から脱することができた。
リビングへ向かう。
ドアを開けると、母親が台所で朝食を作っている。父親は机で頭を抱えていた。
「...おはよう。」
呟くようにフマレンは言った。
すると両親は振り向き、フマレンを驚くような目で見た。
「マル...よかった。」
母親は、ポロポロと涙を流す。
「心配したのよ....もう起きれないんじゃないかと....。本当に....。」
母親は台所からフマレンのところまで行こうとしたところを、父親に止められた。
「待て!!」
「あなた....。」
父親はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりとフマレンの前まできた。
息が荒い。呼吸も浅い。そして、どこか辛そうな父親を見て、フマレンはどうすればいいかわからなかった。
パシンッッ!!
父親はフマレンの頬を、強く鋭く叩いた。
「あなたっ!!」
母親が泣き叫ぶ。
父親はハッとして、フマレンに何度も何度も謝罪した。
フマレンとその家族は村での居場所をなくした。
ソルとフィメルの家族からはもちろん、他の村民全員から疎まれるようになった。
村を出ることも考えたが、そんなお金も人脈もない。
そこで、件の二人の葬式のあと、父親は村長に土下座して村に居させてもらうように頼んだ。
その時、村長は渋々、村外れの森の中にある古い古屋に住むことを許してくれた。
それ以来、父親は毎日木を切り、母親は毎日薬草や木の実を採集して暮らしている。
父親は、半泣きになりながらそのことをフマレンに説明した。
フマレンの心は耐えられなかった。
ーーーーー
それから、改めて村長に家族全員で土下座したが許してもらえなかった。
村長の家に行く道中、村民は一家に石や砂を何度も何度も投げた。
父母は、子供を守るように泣きながら歩いた。
フマレンが目をやると、そこにはソルの両親が立っていた。二人とも、泣いている。ソルの父の手には大きな石があった。
「お前のせいだ。お前の....。おまえのせいだーーーー!!」
そういうと、その石を思い切り投げつけてきた。
「ウッ...。」
フマレンの腹に直撃し、フマレンは尻餅をついた。
だが両親はフマレンの腕を無理やり引っ張り上げ、そそくさと村長の家まで歩いて行った。
「オマエのセイダ」
その家族の言葉が、フマレンの耳から離れなかった。
ーーーーー
そうして、50年の月日が流れた。