プロローグ
聖女――それは人類の希望だった。彼女の祈りで癒せない傷も病もなく、人々はその奇跡にひれ伏し、敬愛と崇拝を捧げていた。
一方、竜――それは人類の友だった。かつて人は竜の大きな背に乗り、彼らと共に空を駆けた。竜は完成された種であり、人々は畏敬の念を抱きながらも、対等な関係を築いていた。
しかし、千年前。竜族は突如、人類に牙を剥いた。
幾千万もの魔物を従え、人類の七割を滅ぼした。
そして、竜王は言った。
「聖女の首で手打ちにしてやろう。三日だけ待ってやる。」
人々は話し合った。
人類の光である聖女を差し出すことはできない。しかし、拒めば人類は滅びる。
議論が白熱する中、聖女は穏やかに口を開いた。
「私が死んで人類が助かるのならば、喜んで命を捧げましょう。私が生き残って皆が滅ぶのならば、後を追いましょう。」
――――――
約束の日。
人々は竜王の前に跪いた。
「人間ども、決断はどうした?」
竜王の問いかけに応えるように、聖女が人々の中から歩み出る。
彼女は真っ直ぐに竜王を見据えていた。
聖女が静かに口を開く。
「私はこ......」
瞬間、彼女の首が体から離れた。
鮮血が弧を描き、竜王の鋭い鉤爪に滴る。
「これで終いだ。今後、この世界を支配するのは我ら竜族。人間などという下等種が、竜と対等であるなど二度と思い上がるな。」
轟音が響く。 大地が裂け、竜族の乗る大地が浮かび上がる。 それは悠然と、はるか上空へと昇っていく。
「さらばだ。」
竜たちは口から豪炎を吐き出し、空を舞った。 ただ一匹、竜王だけが、瞬きもせずに聖女の亡骸を見つめていた。