第八話
生き返っても、違和感はなくならない。
当然だ。何もわからないのだから。彼女達は何のために魔王を倒すんだ。
命令?それとも、願いのため?
彼女達の様子からして、願いを叶えるために動いているのは、たぶん確定だろう。本気で信じている声だった。
でも、魔王を倒すと願い事が叶うなら、国だけでなく、個人でも無謀な挑戦をしそうなものだ。
あ、でもその話は聞いていない。彼女達に他に魔王を倒そうとしている人間がいるか聞く事から始めよう。
「お兄ちゃん?」
メルが僕の呟きに反応して手を強く握る。
「何でもないよ」
さて、これから、疑問を解決しようかな。
辺りに神経を尖らせながら、山の中を進んでいく。
前回と同様に何があるってわけでもない。荷物は重いし、魔物も出てこない。
僕はひいはあ言いながら進んでいくものだから、彼女達に気を使わせているのも変わらない。
面倒になってくるのも変わらない。
でも、疑問に思っている事は解決しておきたい。
「そう言えば、みなさん以外でも魔王を倒そうとしている人はいるんですか?」
この事が、何でここまでもやもやするのかわからない。別に、そんなに重要な事には見えないけど、何かがおかしい気がしている。
だって、何か変じゃないか。他人に命令されてやる事と自らやる事は、真逆だ。なのに、彼女達は自らやっているように思える。
「んー、いないと思うな」
「…いないんですか?」
「うん、そうだよ。魔王を倒すなんて普通の人は考えないよ」
いない。彼女の他には魔王を倒そうとする人はいない。
やっぱり変だ。
「でも、魔王を倒せば、願いが叶えられるんですよね?それなら、欲張りな人間が魔王を倒そうとしませんか?」
「あー、その事」
「その事?」
レインさんが僕の質問に反応してくれた。
「いや、その話な、あんまり有名じゃねーんだわ」
「…どういう意味ですか?」
「願い事の話は、かなりの重要機密らしい。命令してきた王国のじじい達がそう言ってた」
国の重鎮達がそう言っていたなら、そうなのだろう。
でも、秘密にする必要あるのか?
公開すれば、邪魔な存在を誰かが消してくれる可能性が跳ねあがるのに。
「秘密を知らない奴は魔王を倒しても何の得もないって思ってるわけだ。だから、お前が私達を助けるって言った時、願い事の事を知ってると思った」
「そうなんですか」
しっくりこないな。
秘密にする理由がわからない。
「お兄ちゃん、不機嫌?」
眉間に皺が寄ってしまったのか、メルが僕の事を心配してきた。
「ん、別に不機嫌じゃないよ」
頭を撫でようと、手を伸ばす。僕の手は一瞬だけ空を彷徨ったけど、すぐにメルの髪の毛の感触が手に伝わってきた。
なでなでと、可愛がるように頭を撫でる。何となくだけど、気持ちよさそうにしている雰囲気が伝わってくる。
「……ん」
メルは僕の手に頭をぐりぐりと押し付けてきた。
可愛い妹だ。
「今日はここまでにしておくか。日も暮れてきたしな」
レインさんが声を上げると、メルは立ち止った。
同時に僕も立ち止まる事になる。
「今日中に山を抜けたかったんだけど、足の遅い奴が一人いるからなぁ」
レインさんの皮肉が聞こえてくるけど、そんなものは聞き流す。
その程度の皮肉、僕には通用しない。
「あー、疲れた。こんなに歩いたのは久しぶりかも」
呟いて、重い荷物を下ろして、肩を揉む。
確か、この後、カグラさんから翼をほしいって言われるんだっけ。でも、あの翼はどこに消えてしまったんだろう。落ちてたらカグラさんが気付くと思うんだけど。
「ねーシュジン君。ちょっといいかな?」
「いいですよ」
「あの時の翼、ちょっとでいいから触らせてくれないかな。本当に、ちょっとだけでいいから」
どうしようか。この後、茂みに行って翼を出すと魔物に殺される。
ここは断っておいた方がいいのか。
ここで渡さなくとも、どこかの街で隠れて出せばいい。
「悪いんですけど、ここでは無理です。街に着いたら、あれはあげますから、我慢してくれませんか?」
「えっ、くれるの?」
「はい、あげます。もう必要はないんで」
「やったー!あれにもふもふしてみたかったんだー!ありがとう、シュジン君」
「いえ、お礼を言われる程の事でも…」
やたらと喜ぶな、カグラさん。そんなに欲しかったんだろうか。
「お兄ちゃん、私も」
メルが僕の腕を掴みながら、催促をする。
「うん、いいよ。メルにもあげる」
「……」
メルは無言で僕の腕にすり寄ってくる。まったく、可愛い奴め。
「後でくれんなら、何であの時触らせなかったんだよ」
レインさんがむくれたように、悪態をつく。
それを言われては、返答に困る。彼女達を殺そうとしていた奴が近くにいたから、と答えられないし、上手い言い訳が思い付かない。
どうしよう。何てごまかそう。
「……レインさんも欲しいんですか?」
もう、何も思いつかないから、適当な事でごまかすしかない。
「は?べ、べべ、別に私は欲しくねーよ!バカシュジン!」
「いたっ!」
レインさんに頭をはたかれた。結構、いや、かなり痛い。どんだけ力があるんだ、この人。
「大体、あの翼はどこにしまってんだ?お前は何も持っていないように見えるぞ」
痛い所を突かれた。
僕は丸腰だ。やばいな。この話題はまずいぞ。ぼくの『能力』がばれてしまう、ということはないだろうけど、怪しまれそうだ。
「さっきはお前を連れていくことをオッケーしたけどよ、私はお前の事を信じてるわけじゃねーぞ!もし、私達に何かしようとしたら、殺すからな!」
物騒な事を言っているけど、レインさんはそれを実行した人だから、単なる脅しではないとわかる。
やっぱり、信頼関係を築けたわけじゃないのか。カグラさんとメルは割と友好的なのに。
「ま、まあまあ、レインちゃん。シュジン君にそんなこと出来ると思う?出来ても、返り討ちだよ」
カグラさん、酷いです。いや、事実ですけども。
「お兄ちゃんはそんな事しない」
メル、君は最高だ。頭を撫でてあげよう。
「とにかく!てめーは外で寝ろよ!私達のテントの中に入ってきたら、マジで殺す!」
野宿が決定した。
「セーブ」
星空を見ながら、ってのがこの場では合うんだろうけど、残念ながら僕には無理だ。
今、僕は項垂れて、体育座りをしている。
あの後、彼女達がテントを設営しているのを、僕は側で何をするわけでもなく、呆けていた。だって、僕が手伝っても邪魔になるだけだし。
それで、ご飯を食べて、僕を除いて彼女達が少し雑談をして、テントの中に入っていってしまった。
そして、僕は本当に野宿をしなければならない。
「…何で僕がこんな目に」
お尻が痛い。地面に直接座ってるから、ごつごつしてる感触がダイレクトに伝わる。
そして、山の中は結構寒い。学ランを肌着なしに着ているだけだから、寒さがハンパない。
こんな思いをしてまで、彼女達を助ける必要はあるのか?
面倒だ。
「…あ、『能力』があった」
寒いなら、何かを出せばいいじゃないか。
とりあえず、何か下に着る物を出さないと。
頭の中に、TシャツとYシャツを思い浮かべる。二個一編に出来るかどうかはわからないけど、今、この場で試してみても支障はない。
もうお馴染みの感触の後、出てきた物は―――
「…TシャツとYシャツ」
もしかして、服はワンクッションを置かなくても出てくるのか?
いや、でもスニーカーはワンクッションを置いていたな。
他に何かを試してみよう。
とりあえず、セーラー服から。理由は聞かないで。頭の中に浮かんできただけなんです。
「―――出てきた」
セーラー服なんて、触った事無いけど、これはセーラー服だ。スカートあるし。
じゃあ、次は靴だ。
適当にスニーカーを思い浮かべる
「―――コップ」
何故、コップ。なんだこの因果関係。意味がわからない。
まあ、よくわからないけど、服に関してはワンクッションを置かずに済む。それはありがたい事だ、と思う。
TシャツとYシャツを着てもまだ寒い。毛布が欲しい。
でも、彼女達が起きてきた時に毛布があったら怪しまれるな。
起きる前に、何処かに捨てればいいのか。いや、彼女達が起きる時間はわからない。やたらと早かったりしたら、まずい。
「―――っ!」
ぺきり、と枝の折れる音がした。
それだけじゃない。何かが近付いてくる音もする。出来る限り音を消して歩いているつもりみたいだけど、静寂が支配しているこの状況で、僕の耳をごまかせはしない。
と、カッコつけてみても、僕に出来る事はない。僕の視界は暗闇が支配しているから、対応できない。
彼女達を起こして、どうにかしてもらおう。
でも、テントの中に入った瞬間、ぶすりなんて事が起きるんじゃ。
レインさんは本気で僕を殺せる人だ。テントの中に何かが侵入してきた気配で目を覚ましかねない。
「―――ぁ」
何て、逡巡しているうちに僕は四肢をだらんとして、地面に仰向けに倒れこんでしまった。
首元が熱い。何かが急速に失われていく感覚。体は冷たくなり、四肢は僕の命令を聞こうとしない。
僕の喉に何かが食らいついている。ぐちゃぐちゃと音を立てている。
咀嚼する音が僕の耳朶を震わす。
気持ち悪い。何かに食われている感覚も、咀嚼される音も気持ち悪い。
痛みは、あまり感じない。リアリティがない。
ああ、僕、死ぬのか。
何て、他人事の様に考えながら、ブラックアウト。
目が覚めたら床に寝そべっていた。
何か、しょうもない死に方だな。死に方が前々回と同じだ。つまりは同じ魔物に殺されたのか。
これで、七回目。後、二十八回。
「…お主、やる気あるのか?」
神様が、また呆れたように僕に文句を言ってくる。
「ありませんよ。嫌々やってるんですから」
そんな事、今更聞く様な事でもないだろう。
「…ふぅ、頼むからやる気を出してくれ。彼女達を助ける事ができるのはお主しかいないのじゃ」
「別に、僕じゃなくても、あの世界の誰かが彼女達を助けてくれるかもしれないじゃないですか」
「それはない。お主しか助けられる可能性は無い」
僕しか、助けられない。
神様は、僕にしか助けられないと言う。
「…いやにはっきりと断言しますね、神様。ちょっと前から気になってたんですけど、何か隠してないですか?」
神様の言う事には、何かしらの違和感が付き纏う。
それがわからないから、気持ち悪い。
「……」
返答は無い。神様は黙り込む。
「都合が悪くなったら黙るんですか?そんな不誠実な対応で、僕にやる気を出せ、と言われても」
誠実な対応を示してこそ、誰かに頼みごとを出来るものじゃないのか。
「……」
「どうなんですか?何か隠してますよね。黙ってないで、話してください」
「……」
神様は黙ったまま。
僕の苛立ちは積もっていく。言えない事を僕にどうにかしろ、なんて無責任にも程がある。
「……話が、前後しているのじゃ」
しばらくの沈黙の後、神様はぽつりと零した。
「…は?」
「後は、嘘が真実になる」
意味のわからない言葉に続いて、意味のわからない言葉。神様は絞り出す様に言う。
「これだけしか言えん。いや、これ以上言いたくない」
心底、嫌そうに、また、少し後悔しているかのように言葉を紡ぐ。
「誠実じゃないのはわかっておる。でも、これだけは言えん」
自分が不誠実だと理解しておきながら、言えない。
「だが、頼めるのはお主だけなのじゃ。頼むから、彼女達を助けてくれ」
自分を責めるように、真摯な言葉で僕に頼んでくる。
「…わかりました。そこまで言うなら、ちゃんとやります」
何度も同じ事を言っているけど、僕はやらないといけない立場にある。神様の一存で、僕はあの世界に生き返らないといけない。
「本当か?」
「本当です。でも、いつかは話してください。彼女達を助けた後でもいいし、失敗した後でもいい。それだけは約束してください」
「…わかった。約束する」
話が前後している。嘘が真実になる。
この言葉が何を意味するのかはわからない。僕の貧弱な脳みそでは理解しきれない。
やらないといけない立場にあるんだから、やらないといけない。
実は、少しだけ誇らしい気持ちもあるのは否定できない。
僕にしか出来ない。
冷静に考えてみると、それって結構凄い事なんじゃないのか。
僕だけ。僕は誰かに必要とされている。こんな僕でも誰かの力になれる。
ならば、少しだけでも、やる気を出さないと。
そう言えば、彼女達も、雑用としてだけど、僕を頼ってくれた。
「神様、生き返らせてください」
「うむ」
ぐちぐち悩むのは、悪い癖だ。
少しくらいやる気をだしてやってもいい。
そして、お馴染みの感覚の後、ブラックアウト。