第七話
何とか彼女達と行動を共にすることが出来たわけだけど。
今、僕は後悔の海に呑みこまれている。
荷物持ちとして彼女達に着いていくことを、いいかな、と思っていた昔が懐かしい。まだほんの数時間前だけど。
「ちょ、ちょっと、早いです」
この荷物がまたとても重い。何キロとかわからないけど、リュックで背負った状態でもとても疲れる。こんな重い物を彼女達は背負っていたのか。そりゃあ荷物持ちも欲しくなるよ。
「これくらいで根を上げないで」
そして、僕は恥ずかしながら、女の子の手を初めて握ってたりする。
山の中にあの温泉はあったらしい。丁度、エアポケットの様に開けている所に僕は落ちてきたという事になる。
当然、僕は山の中を歩くなんて経験があるわけなく、まともに進める事ができるわけがなく、嬉し恥ずかしながら、メルさんに手を引っ張られ、山中を進んでいる。
女の子の手って、柔らかい。
「つまり、この世界は大きな四つの国があると」
「うん、そうだよー」
しんどい思いで山の中を歩きながら、僕は彼女達にこの世界の事を聞いていたりする。
何も知らない事を怪しまれはしたけれど、空から落ちた際のショックで記憶が飛んでるとか何とかって言い訳をして乗り切った。いや、実際、記憶なんて殆ど残ってないから嘘ではないんだけど。
「帝国ライン、商業国モンテル、神国ヴェンダー、王国インテライズ。他にも細々した国はあるけど、この四つを知ってたら、怪しまれることはねーよ」
この四つの国の名前は頭に入れておこう。
「皆さんはどの国の出身なんですか?」
「私達はインテライズ」
皆、同じ国の出身か。
「にしても、シュジンの格好は変わってんな」
レインさんの言葉にある通り、この国には黒髪が少ないらしい。いや、僕は黒髪だったと思うけど。
当然の如く、学ランなんてものはないらしい。
「まあ、言うならば、僕の国の民族衣装ってものです」
「でも、こんな素材見た事無いなぁ。何かすべすべしてる」
カグラさん、僕の体に触れないでください。くすぐったいです。
「でよー、やっぱ、シュジンも願い事とかあんのか?」
「願い事?」
何故に、願い事?
「いや、私達を助けに来たってだけでもないんだろ?魔王を倒せば、神様が願い事を叶えてくれるって話を知ってるから、私達を助けようと思ったんだろ?」
そんな話は初耳だ。あの神様はどこまで情報が適当なんだ。
「そんな話は初めて聞きました。知らなかったです」
「じゃあ、純粋に私達を助けに来た?」
メルさんが手をぎゅっと握ってくる。純粋に、というわけではないけど、ここは肯定をしておこう。
「はい。僕は貴方達を助ける必要があります。少なくとも、僕は願い云々で助けに来たわけじゃありません」
知らなかったし。
「…ま、まあ、今んとこ、荷物持ちとしては役に立ってるしな。信じてやんよ」
それはどうも。
「じゃあ、皆も何か願い事とかあるんですか?」
僕の願い事は一つしかない。それは、叶えられるものなら叶えたい。
「私は大金持ちかなー」
「…大金持ちですか」
カグラさんはまた現実的な願いを持っている事で。
「私は平穏無事に暮らせればいいや」
レインさんはまた老人っぽい事を言ってるな。
「私は、家族が欲しい」
メルさん、結構重い願い事ですね。
いや、でも君は女の子なんだから、家族は作ろうと思えば―――
「コウは私の家族になってくれる?」
何て、少し下世話な妄想を繰り広げていると、メルさんから問いかけられた。
家族になれる、か。急な話だな。まだ出会って数時間なのに。
それはつまりプロポーズ?
なわけないか。
僕に兄的な役割を求めているのか。別にそれくらい、いくらでもやってあげるよ。神様にも言われたしね。君達を幸せにしろって。
「本当の家族にはなれないけど、兄だと思ってください、メルさん。かなり頼りないけど」
まあ、でも、本当の家族にはなれない事は伝えておかないと。僕とメルさんは血が繋がっていない。血の繋がりが家族の証だなんて言わないけど、この生き返りが終われば、消えてしまう関係だ。なら、あまり依存するのも、されるのもよくない。
「……コウお兄ちゃん」
うん。前言撤回。本当の家族になってもいいかも。
何て、メル―呼び捨てでいいと言われた―に手を握られながら、馬鹿な事を考えていると、何処かで、枝が折れる音がした。
「……今の聞こえましたか?」
「何がだよ」
「何処かで枝が折れる音がしました。敵かなんかじゃないですか?」
「山の中で枝が折れるなんてよくある事だろ。いちいちそんな事に気を張ってたら、持たねーよ」
それもそうだけど。僕は用心深い性格なんだ。彼女達が気付かない所に、特に音に関しては、僕が気を使えばいい。
あ、そう言えば、まだセーブしてない。危なかった。また、温泉からやり直す事になったら面倒だ。すぐにセーブしよう。
「セーブ」
小さくセーブの言葉を呟く。一瞬の頭痛。
「お兄ちゃん?」
メルが僕の呟きに反応して手を強く握る。
「何でもないよ」
さて、僕はこれからどうなるのかな。
辺りに神経を尖らしながら、山の中を進んでいくけど、特に何があるというわけではなかった。魔物らしきものも出てこない。出てきてもらっても困るけど。
ただ、移動が疲れる。本当に荷物が重い。
僕がひいはあ言いながら彼女達に着いていくものだから、彼女達には逆に気を使わせている。何度か休憩を挟んでもらってるけど、しんどい。
正直、もう面倒になってきた。
足とかパンパンだし、肩は紐が食い込んで痛い。足の裏は皮が剥けてるだろうし。
あ、ちなみに靴は彼女達が着替えに行っている間に、スニーカーを出した。
最初にスニーカーを出した時、コップが出てきた。意味がわからなかった。
彼女達に僕の能力を伝えるかどうかは、まだ迷ってる。
生き返りについては絶対に言えないけど、『心の中の物を生み出す能力』(以下、能力とする)を伝えないでおこうかと思ってる。
それを当てにされても困る。『能力』はワンクッションを置かなければ、使い物にならない。彼女達が僕の『能力』を知って、そればかりに頼られても困る。
いや、彼女達がそんな簡単に僕の『能力』を当てにするとは思えないけど、こういう反則的な武器があるという考えが心に住みつくと、もしもの時はそれに頼ればいいと考えてしまう。
それは出来れば避けたい事だ。他人の力を頼らなければ生きていけない僕が言えた義理ではないけど、ぎりぎりまでは自分自身の力でどうにかしたほうがいい。
いや、逆か。他人の力を借りないと生きていけない僕だからこそ、言える。自分自身の力で、どうにかするという事は、とても尊い。
「今日はここまでにしとくか。日も暮れてきたしな」
レインさんが声を上げると、メルは立ち止った。
同時に僕も立ち止まる事になる。
「今日中に山を抜けたかったんだけど、足の遅い奴が一人いるからなぁ」
レインさんの皮肉が聞こえてくるけど、そんなものは聞き流す。
その程度の皮肉なんて、僕には効かない。
「もう、夜なんですか?」
「ううん、まだ夕暮れってとこだよ。でも、すぐに暗くなるから、今日はここで野営しちゃおうってこと」
「そうなんですか」
やっと、この荷物を下ろせる。きつかった。重かった。
肩をぐにぐに揉んでいると、カグラさんから声を掛けられた。
「ねー、シュジン君。ちょっといいかな?」
「何ですか?」
「あの時の翼、ちょっとでいいから触らせてくれないかな。本当に、ちょっとだけでいいから」
ああ、そう言えば、アレ、どうしたかな。どっかに捨ててきちゃったか。
ん?でも、落ちてたらカグラさんが気付きそうなものだけど。
まあ、いいか。それくらいなら、お安い御用だ。
「いいですよ。ちょっと待っててください」
痛む足の裏を気遣いながら、そろりそろりと地面を確認しながら、茂みに入って行く。
翼を出す所を見られても困る。
ちくちくと肌に草やら何やらが刺さる感覚がした所で、僕は心の中に青いロボットのアレを思い浮かべた。
手に翼の感触。さくっと出せる。お手軽だけど、使いにくい『能力』。
「―――ぁ」
と、僕はどさりと音を立てて倒れた。
何が起きた?
首元が熱い。何かが急速に失われていく感覚。体は冷たくなり、四肢は僕の命令を聞こうとしない。
僕の喉に何かが食らいついている。ぐちゃぐちゃと音を立てている。
咀嚼する音が僕の耳朶を震わす。
気持ち悪い。何かに食われている感覚も、咀嚼される音も気持ち悪い。
痛みは、あまり感じない。リアリティがない。
ああ、僕、死ぬのか。
何て、他人事の様に考えながら、ブラックアウト。
目が覚めたら床に寝そべっていた。
「………」
何が起きたんだ?よくわからない。
僕は殺されたのか?誰に?何に?
考えてもわからない。神様に聞いた方が早い。
「神様、僕は殺されたんですか?」
「うむ」
「何に、ですか?」
「魔物じゃ」
魔物、か。失念していた。一度も魔物が現れなかったから、油断していた。
そうなんだよ。あの世界は異世界なんだ。少なくとも、僕の住んでいた世界には魔物なんていなかったはず。僕にとっては自動車とかでも脅威なのに、魔物とか。
それに、もう六回死んでいる。残りは二十九回。
これは、無理じゃなかろうか。
こんな簡単に死んでしまうのに、魔王なんて倒せるのか?
僕が戦う必要が無いにしても、何か、こう、余波みたいなもので死んでしまいそうだ。
「神様、やっぱり無理じゃないですか?どう考えても、お荷物にしかならないと思います」
「何度も何度もしつこい奴じゃな。お主しかいないのだから、お主がやるしかないんじゃ」
「でも、明らかに彼女達の足を引っ張てたじゃないですか、僕。雑用、荷物持ちとして彼女達に着いていっても、僕には最低限の自衛すら出来ませんよ」
「…今回、お主が死んだのは、彼女等から勝手に離れたからじゃろ」
「そりゃそうですけど…でも、安易にあの『能力』を彼女達に教えるわけにもいかないでしょう」
「教えても、構わないじゃろう。彼女等はお主の『能力』を当てにする事はないと思うぞ」
「例えそうだとしても、僕に無駄に期待されても困るんです。実際、この『能力』ってあんまり使えないし」
「……」
あ、黙っちゃった。酷い事言っちゃったかな。
ま、いいか。神様だし。
「ところで、神様」
「…」
無視か。機嫌を損ねてしまったか。
「偉大な神様」
「っ」
「ちょーすごい神様」
「っ!」
「卑しい人間の質問に答えていただけないでしょうか、神様の中の神様」
「………しょうがないのぅ…何じゃ」
やっぱり、馬鹿だな、この神様。
「彼女達が言ってたんですけど、魔王を倒したら神様が願い事を叶えてくれるって本当ですか?」
「本当じゃ。魔王を倒すなんて真似をするんじゃからな。それくらいの報酬は当然じゃろう」
「…それって…貴方が、叶えてくれるんですか?」
もし、この神様が叶えてくれるなら、僕はこんな生き返りに挑戦する必要ないんじゃないのか。
願い事を叶えられるくらいの力があるんだから、彼女達を助ける力くらいあるだろうし。
「違う。わしが出来ればよかったが、残念ながら、わしには出来ん。何度も言っておるじゃろう。わしはあの世界に干渉は出来んのじゃ」
そう言えば、そんな事言ってたな。
「貴方じゃないとしたら、どこの神様が叶えてくれるんですか?」
「実際には神様という訳じゃないんじゃが……、彼女等は便宜的に神様と呼んでいるだけで、魔王を倒せば、願いが叶うと信じているだけじゃ」
「え?それじゃあ、魔王を倒しても願いが叶えられるという確証がないじゃないですか」
「いや、確証はある。願いは確かに叶えられる。それはわしが知っている」
「―――そうなんですか」
何か、違和感があるな。この感じ、前にもあった。
神様は知っていると言った。知っている、と。
「……神様、貴方は知っていると言いましたよね。それって、前にも魔王が倒されたって事ですか?」
「……」
黙った。何だ。何かがおかしい。神様は何かを隠している。
前にも違和感を感じたんだ。ヒントは今までのやり取りに隠されている。もう一度、神様の言葉を思い返してみよう。
神様は彼女達の不遇を知っていた。それを可哀相だと思っている。そして、彼女達に魔王討伐の命令が下った。
――――――命令?
彼女達は願い事を叶えるために、魔王を討伐しようとしているんじゃないのか?それなのに、命令されて、魔王の討伐に向かっている。
それはどういう事だ?
自分達のために、魔王を討伐しようとしているんじゃないのか?
それとも、命令されて魔王の討伐に向かっているのか?
何だ?何か、とても重要な事に気付きそうな気がする。
「…神様、彼女達は、命令されて、魔王の討伐に向かっているんですよね?」
「……うむ」
「それは、本当ですか?」
「―――本当じゃ」
神様は暗い声で答えてくれた。たぶん、命令されて、魔王討伐に向かっているというのは本当だろう。
じゃあ、何がおかしいんだ?
命令されて、魔王の討伐に向かう彼女達。そして、魔王を倒して願い事を叶えようとしている彼女達。
何か、おかしい。
だって、彼女達は、命令されて、と言うよりは、願い事を叶えるため、といった感じだった。
願い事が叶えられるのなら、国の重鎮達が黙っていないはずだ。それを敢えて彼女達に命令した。
自分達に魔王を倒せる力がないとわかっていただけなのかもしれない。
彼女達にしか、魔王は倒す事が出来ない、という事なのかもしれない。
いや、でも、彼女達は隙を突かれて、殺された事がある。
隙を突けば、彼女達を殺す事が出来る人間がいるのだから、そこで魔王討伐を彼女達に命令する必要があるのか?
考えても、答えは出てこない。違和感は未だ僕の体の中に蟠っている。
情報量が少ない。
僕は彼女達の事を殆ど知らない。正直、彼女達を助けるのは面倒だ。
でも、このもやもやをそのままにするのは気持ちが悪い。
どちらにしろ、彼女達を助けないと、僕は寿命の回数分は生き返らないといけない。
なら、ここで考えても仕方がない。神様は答えてくれそうな感じはしないし。
「…神様、とりあえず、僕を生き返らせてください」
「……わかった」
そして、ブラックアウト。