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第六話

 何なんだあの神様。説明もなしに生き返らせるなんて。僕に出来る事なんてたかが知れてるだろう。神様だってそれはわかっているはずだ。僕には、常人より出来る事が少ない。

 大体面倒な事をするのは嫌いなんだ。何事もなく、無意味に生きるしかないと思っていたのに、こんなトンデモな状況に追いやられてる。

 よく考えてみれば、僕は異世界とやらに来ている。それって結構凄い事なんじゃないのか。僕は異世界がよく見えていないので、取り乱す事もないし、狂ったりしない。

 主人公なんて名乗っているけど、主人公が持っている様なモノは何一つない。力も、知識も、勇気もない。まず、それ以上に必要最低限なモノさえ持っていない。

 意味がない。僕がこの世界に飛ばされた意味がない。為せる事はほとんどないし、覚えてないけど為したこともほとんどなかっただろう。

 彼女達を幸せに出来るわけがない。僕自身の幸せがわかっていないんだから、他人を幸せに出来るはずがない。

 

 なんて、頭の中でぐちぐち文句を言っても、状況が良くなるってわけでもない。とりあえずは学ランを出そう。それから、僕と彼女達を殺した男をどうするかだな。

 男の言葉からすると、僕が原因らしい。正直、よくわからない。僕がいると彼女達が殺されてしまう。僕が隙になっている。


「本当だってば!この辺に人が落ちてきたの!」

「カグラの言うことは信じるけどよー。もう死んでんじゃねーのか?」

「一応行ってみるべき」


 彼女達が来た。

 さて、今回は怪しまれないように振舞わないと。




「ほら!やっぱり!」

「お、生きてんじゃん」

「有り得ない。怪我もしてない」

 まずはこちらに敵意がない事を示そう。両手を上げて、自己紹介ってところだろうか。

「見ていたと思うんですけど、僕は空から落ちてきました」

 話の主導権はこちらが握る。

「それは見てましたけど…どうして無事なんですか?」

「この翼が僕を助けてくれました」

 僕はそう言って翼を見せる。前回ではこれを彼女―カグラだっただろうか―に渡してしまった。それが隙になるかどうかはわからないが、この翼は手触りがハンパない。

 隙までとはいかなくとも、気が抜けてしまう事は確実だ。

「わっ。翼だ!ねぇ、ちょっと貸して!」

 やっぱり、そう来るか。でも渡せない。これが、原因の一つなら。

「悪いんですけど、それは出来ません。この翼が僕を助けてくれた、いわば、命の恩人です。おいそれと他人に渡せません」

 印象は悪くなるけど、こればかりはしょうがない。この場を乗り切ったらいくらでももふもふさせてあげよう。

「えー、ケチ!少しくらいいいじゃない!」

「駄目です」

「ちょっとだけだから!ね、お願い!」

「いくら頼まれても無理です」

「…ふーんだ!いいもんね!レインちゃん、もう行こう!」

 む、彼女達の機嫌を損ねてしまったか。だけど、この場に留まり続けているよりは、危険性は少ないだろう。

 いや、待てよ。僕は彼女達に着いていかなければならない。この場であまりに悪い印象を持たれると、ついていくことすら難しくなる。

 だからと言って、油断をさせていいのか。

 わからない。

「待てって、カグラ。こいつが何者なのか調べといたほうがいいんじゃねーのか?」

 背の高い子―レインって言うのか―が、カグラさんを呼び止める。

 この場を去らせるのか、留まらせるのか。僕はどちらを選択させればいいのか。




「とりあえず、てめーは女湯で何やってんだ」

「だから、空から落ちてきた所がたまたま女湯だったって話です」

「それで説明出来ていると思ってんのか?」

「いや、思ってませんけど。でも、事実なんだからしょうがないじゃないですか」

「…胸糞の悪い奴だな。大体、人と話すときくらい目を見て話せよ!」

 その言葉は、僕にとって大きな苦痛をもたらす。

「すいません、体質的に人の目が見れないんです」

 まあ、性格的に見れないって所もあるけど。

「でも、僕は悪さをしようと思ってここに来たわけじゃありません。いや、むしろ、貴方達を助けにきたんです」

「はあ!?何言ってんだ、お前!頭おかしいのか!?」

 初対面でそんな事を言われたら、そうなるよな。でも、しょうがなく、止むに止まれず、僕は君達を助けなければならない。

「別にどう思われてもかまいません。でも、今言った事は、嘘偽りない事実です」

 僕は彼女達と話しながらも、意識は耳に向けている。もし、あの男が何処かに潜んでいるなら、動こうとしたなら、音がするはずだ。

 僕の耳は、常人より優れている。

「レイン、別にこいつは敵にはならない」

「メル、何言ってんだ。こういう無害そうな奴に限って危ないんだよ」

「例え、襲ってきても相手にならない。凄い弱そう」

 背の小さい子―メル―がまた、酷い事を言う。確かに僕は見た目弱そうに見えるけど、そして、それは純然たる事実だけれども、そんなはっきり言わなくともいいじゃないか。

「ねー、もう行こうよ。こんなケチンボさんはほっといてさー」

 そして、カグラさんも酷い事を言う。

 そんなに翼に触りたかったのか。

そんなにこの翼は綺麗なのか。

「……はあ、わかったよ。もう行こう。メルの言う通り、こいつは敵にはならないしな」

 まずいな。彼女達と共に過ごす事が出来なくなるぞ。

 ここで声を掛けた所で、立ち止まってくれるとは限らない。

いきなり詰みか。

 どうしようか。「待って」と声を掛けてもその先に続く言葉がない。助けに来たと言っても、信憑性がない。

 そして、僕は女湯にいる事から、とてつもなく怪しい。

 いや、言うなら、空から落ちてきたって時点でもうアウトだ。何が空から落ちてきた、だ。

 あの神様。難易度を更に高くしやがって。

「……べー!」

 カグラさんがあっかんべーをしているのだろう。また子供っぽい事をしている。

 

 その時、ふと、何処かから、砂利を踏む音がした。


「危ない!!」

「うわっ、いきなり何を……っ!」

 僕の言葉が届いたかどうかはわからない。でも、確かに金属同士が響く音がした。

 それはレインさんが持っていた剣と、男が持っていた剣が弾きあった証拠。わからなくとも、それだけは理解が出来た。

「ちっ…カグラ、メル!下がってろ!こいつは私がやる!」

 そんな言葉と共に、金属音が増した。





「……ふぅ、危なかった…」

 そして、三十秒もしないうちに、金属音は止んだ。

 よかった。この場で彼女達が死ぬ事は無くなった。それにしても、よくわからなかったけど、レインさんは強いのか。

 前回は何も出来ずに殺されてしまってけど、油断していなければ、強い。

 これなら、本当に僕は何もしなくてもいいのかもしれない。

 カグラさんもメルさんも強いんだろう。神様の言う通りなのか。

 その辺には人の死体が転がっている。別に人が死んだからといって僕にはリアリティがない。怖くもないし、気持ち悪くもない。遠い世界で起きた出来事のようなものだ。

「不本意だけどよ。助かった、ありがとう」

 そしてレインさんから感謝の言葉。別に、感謝される程の事でもない。僕は自分自身のために、声を掛けた。彼女達のため、という訳ではない。

「別に、構いません。それより、僕の言葉は信じてくれましたか?」

「私達を助けに来たってことか?」

「はい」

「……まあ、助けられたのは、事実だしな…」

 という事は、信じてくれた、という事でいいのだろうか。

「お礼はいりません。その代わりに、僕を貴方達の旅に同行させてください」

「は?お前、やっぱり頭がおかしいのか?私達は魔王を倒すために旅してんだぞ。わかるか?魔王だぞ、魔王。お前がいた所で戦力にはなんねーよ」

「そんな事わかってます。でも、僕には特殊な能力が備わっています。助けになるかどうかはわからないんですけど、力になれることはあります」

 『心の中の物を生み出す能力』、制限つきだけど、死んでもやり直せる能力。これは大きな武器になる。

 彼女達が命を狙われる理由はわからない。世界を、人間を救う英雄が、人間に殺されようとする。それは悲しい事だ。僕は当事者じゃないからどうでもいいけど、同情もしないけど、辛い事だと思う。

「無理に、とは言いません。ただでさえ、僕は普通の人より劣ってる部分がある。正直、お荷物になる事の方が多いと思います。でも、僕は貴方達を助けないといけない。これは権利じゃなくて、義務なんです。しなければならない事です。僕の事を少しでも可哀相な人間だと思うのなら、連れて行ってください」

 本当は可哀相な人と言われると、腹が立つ。僕は可哀相な人間ではない。たまたま、持っているべきモノがなくなってしまっただけだ。

 それは急激に訪れた。覚悟も何もなかった。

「怪しく思うだろうし、信じられないと思います。僕だって、いきなり現れた奴がこんな事言ってきたら、怪しみます。けど、僕は貴方達を助けないといけない。これだけはどうしようもない事実なんです。僕の言う事全てを信じてくれなんて言いません。でも、僕は貴方達に害を与えるつもりはありません。それだけは信じてください」

 捲し立てるように、言葉を紡いでいく。ここで、信頼関係を築けるとは思っていない。とりあえず、どうにかして彼女達に着いていかないといけない。それからでも、信頼関係は築いていける。

「だから、そういう話をする時は、ちゃんと人の目を見て―――」

「―――レインちゃん」

 レインさんはそういう礼儀とかマナーを気にする性格のようだ。

 と、まあ、どうでもいい事を考えながらレインさんの言葉を聞いていると、カグラさんがレインさんの言葉を遮った。そして、ひそひそ話。

 話の内容は見当つくけど、別に、ひそひそ話しなくてもいいのに。面と向かって言われても、気にしたりしない。逆にはっきり言われた方が、小気味いい。だからと言って全く気を使われないのも、気分が悪いけど。

「あー、なんつーか、悪い」

「別に、気にしてません」

 カグラさんは気付いていたのか。そう言えば、前回も気付いていたな。


「じゃあさ、さっきは何で敵の事がわかったんだ?」

 二回目だから、と答えても怪しまれるだけだろう。

「砂利を踏む音が聞こえたんです」

「…私は聞こえなかったけど……カグラとメルは?」

 二人は否定したのだろう。レインさんが言葉を続けた。

「まあ、お前の耳が優れてんのはわかったけどよ。砂利を踏む音がしただけで、敵とわかるか?」

「……」

 確かに、言われてみればそうだな。砂利を踏む音がしただけなら、動物かなんかと思うのが関の山だ。

 まあ、でも、こんな時はご都合主義な言葉で乗り切ろう。

「さっきも言ったじゃないですか。僕は貴方達を助けるために来たんです。貴方達に敵意があるものくらいわかります」

 こんな言葉で、納得してくれるわけがない。けど、この言葉で押し切ろう。


「―――そうか。と言う事らしい。こいつは私達を助けに来たんだとよ」

 それでも、レインさんは納得した。してくれた。心なしか、嬉しそうだ。声が弾んでいる。

 何がそんなに嬉しいんだろう。僕なんかが味方になったって大した戦力にもならないのに。

「うん、よかったね」

 よかったのか。本当によかったのか。

 僕にはわからない。僕は、そんなに彼女達を喜ばせる様な事を言ったのか。

「……信じられる?」

 メルさん。僕の事は信じなくてもいい。でも、僕の義務は信じてくれ。僕は君達を助けないといけない。それだけは信じてくれ。

「わかった。信じる」

 メルさんも納得してくれた。何でだろう。彼女たちなら僕の助けなど必要としていないはずなのに。僕の助けが必要ないくらい強いはずなのに。

「ま、まあ、お前を連れて行ってやってもいいけどよ。お前は何が出来るんだ?」

「…何も出来ません。強いて言うなら、応援でしょうか」

 情けないことだけど、こればっかりはしょうがない。

「応援って…使えねーな」

 レインさんもはっきりと物を言う人だ。

「でもでも、応援があるとないじゃ全然違うよー!私は応援があってもいいと思うな」

 ありがとう、カグラさん。貴方には、後であの翼を進呈します。

「マッサージとか出来る?」

 メルさん、マッサージくらいなら出来るけど、僕が君達にやったらセクハラにはならないでしょうか。いや、やらしてくれるなら、いくらでもやりますけど。

「しょうがねーな、お前は雑用、または荷物持ちな。それだけやってくれたら、私達の負担は軽くなるしな。二人もそれでいいか?」

「異議なーし!」

「異議なし」

「よっしゃ!じゃあ、行くか!私達は着替えてくるから、お前はそこで待ってろ」

「はい」

 そう言って彼女達は僕から遠ざかって行く。

 足音は湿っている。肌には湯気が纏わりつく。

 学ランはべたべたしているだろう。少し不愉快だ。代わりの学ランを出そうと思えばいくらでも出せるのだろうけど、面倒な事には変わりない。

「そう言えばさ」

 レインさんが立ち止って僕に問いかける。

 気持ちの悪い湿気だけれども、僕は少し気分がよかった。

 誰かに必要とされたことは、もうなくなっていた。助けを必要とする事は多くあったけど。

 だけど、彼女達は僕を必要としてくれた。雑用でも、荷物持ちでも、関係ない。

「お前の名前、聞いてなかったな。何て言うんだ?」

 だから、僕は少し胸を張って、こう答える事が出来るんだ。

「主人 公です」


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