第五話
目が覚めたら有り得ない浮遊感が体を包んでいた。
流石に、ここから始めるのは飽きてきた。さっさと翼を出して、さっさと大の字になろう。
頭の中に青いロボットの秘密道具である「アレ」を思い浮かべる。
程なくして、手の中に二対の翼が現れた。
すぐにそれをお腹と背中に宛がい、風を全身で感じる。
最高だ。これを味わう事が出来なくなるのは、残念だけど、もう、空から落ちるのは飽きてきた。僕は新たな刺激を求めている。
「―――――!!」
そして、叫び声。
この声は僕を殺した少女達の一人が発したものだろう。僕は彼女達を助けないといけない。
そして、ふぁっさぁ、とした感覚がして、僕は地面に降り立った。
「セーブ」
とにかく今はセーブする。
セーブ、と呟いた瞬間、頭にずきりとした痛みが走る。痛みはすぐに収まった。
これがセーブをするということか。痛みが走るのは嫌だけど、何の感覚もないのも不安になってくる。ここは我慢するしかない。
次に服を想像する。想像する服は学生服。何で学生服がぱっと頭に思い浮かんだのかはわからない。元いた世界では学生だったのかもしれない。
胸に不思議な温かさが満ちたかと思うと、手の中に服が現れた。
急いで手で触って確認してみる。
それは、確かに学生服、いわゆる学ランというものだった。
「何で学ランは普通に現れるんだ…」
その辺の因果関係が不思議でしょうがない。アバウトな能力だから、で説明できてしまうけど。
けど、今は能力について考えている暇はない。すぐに着なければ、また殺されてしまう。
「本当だってば!この辺に人が落ちてきたの!」
「カグラの言うことは信じるけどよー。もう死んでんじゃねーのか?」
「一応行ってみるべき」
ほら。彼女達が来た。
下着を生み出すことを忘れていたけど、そんなことをしていたら、彼女達はここに来てしまう。
すぐに学ランに袖を通す。案外スムーズに着れた。着なれていると言う事は、僕は本当に学生だったのかもしれない。
「ほら!やっぱり!」
「お、生きてんじゃん」
「有り得ない。怪我もしてない」
よかった。何とか間に合った。悲鳴も罵声も浴びせかけられるようなことはなかった。これで彼女達からいきなり、ブスリ、はないだろう。
僕は一安心して、溜め息をついた。
「てめー、ここで何やってんだ」
安心して溜め息をついたんだけど、どうも友好的な感じはしない。
それもそうか。空から落ちてきた人間が無傷で立っていれば不審に思う。
まずは、弁明だな。
「いや、僕は決して怪しい者ではありません」
このセリフは怪しい人間が使う常套句だったような気がする。これは失敗したかもしれない。
彼女達が警戒しているのが、びしばしと肌に突き刺さる。
「本当に怪しくない人間はそんな言い方しない」
声が発せられる位置からして、一番背の低い子がもっともな事を言う。
この子の声も可愛らしいな。神様の様に甘ったるい感じじゃなくて、爽やかさを感じさせる甘さだ。素晴らしい。
まあ、確かに今の僕は限りなく怪しい。正直、言い訳が思い浮かばない。
「それに、ここは女湯ですよ。どうして男の貴方がここにいるんですかぁ?」
今度は三人のうち、中間の背の女の子が僕に問いかける。
この子の声は何て言うんだろう。
何かおっとりしてて、安心感を覚える。甘い感じではないけど、かわいい声だと思う。素晴らしい。
って、そんなことより、今、女湯って言った?
「ここ、女湯なんですか?」
「見てわかんねーのかよ」
そして、僕を殺した子が質問に答えてくれる。たぶん一番背が高い。
この子の声は、何て言うか、綺麗だ。透き通るような感じ。女の子特有の高さを持ち合わせていながら、カッコよさを感じる。素晴らしい。
さっきから、声の分析ばかりしているけど、もしかしたら僕は本当に変態なのかもしれない。
いや、今は自己嫌悪に陥る前に状況を把握しないと。
地面のごつごつした感じから、僕は岩場の上に立っている。この湿気はお風呂のものか。何かを突き破るような感触はなかったから、岩場の温泉ってとこだろう。
先程、殺されたのも文句は言えないのかもしれない。全裸で女湯に登場。うん。間違いなく変態だ。
でも、一番背の高い子は温泉にまで剣を持ち込んでいるのか。物騒だな。
「で、てめーは何モンなんだよ」
そう、問いかけられて、答えに窮する。どう答えてればいいのか。
「えっと、僕は…その」
「はっきりしねー奴だな。とりあえず名前は」
名前。名前ならある。
「主人 公です」
「主人 公?変わった名前だな。で、主人、てめーは女湯で何やってんだ」
よく考えてみると、ここは女湯だ。当然、僕の目の前にいる女の子達は全裸、もしくはバスタオルを体に巻いているような、非常に際どい格好をしているはずだ。
くそっ。これほど神様に恨みを持った事はない。
「おい!主人!聞いてんのか!」
「うわっ」
僕が彼女達の裸体を妄想して、神様に呪いを送っていると、背の高い女の子から大声で呼びかけられた。少しびっくりした。
「いや、聞いてます。主人が姓で、公が名前です」
いや、焦って全く関係ない事を口走ってしまった。
「んなことは聞いてねーよ!だ・か・ら!てめーはここで何してんのかって聞いてんだ!」
「何してるって…あの、見てませんでしたか?僕、空から落ちてきたんですけど…」
何も思いつかない。なら、全てを包み隠さずに話すしかない。
「あ、私は見たよー。そういや、何で生きてるの?」
「あ、これがクッション代わりになったんで」
僕はそう言いながら、足元に落ちている翼を拾って、見せる。
「わっ。翼だ!ねぇ、ちょっと貸して!」
「カグラ、気をつけて」
「大丈夫だよー」
声のする方に翼を伸ばす。
「あれ?あの…いや、何でもありません」
中間の背の子が戸惑った様な声を上げるけど、翼はすぐに取られてしまった。
「わー!すごぉい!ふわふわのふさふさ!」
そうだろう。そいつは僕の相棒になるかもしれない奴なのだ。
「一つ貸して」
一番背の低い子が中間の子に翼を渡すよう求める。
「いいよー」
「……気持ちいい」
そうだろう。そいつは頬ずりしても気持ちいいんだぜ。
「だー!てめーら何やってんだ!こんな怪しい奴の前で気ぃ抜くな!」
辺りにそこはかとなくやんわりとした空気が満ちつつあるのを、背の高い子が阻止する。まあ、当たり前だよね。
「空から落ちて来たって信じられるか!本当の事を言え!あたしらを狙って来たんだろ!」
狙う?狙うってどういう意味なんだろ。
「ぎゃっ!」
その意味を聞こうとした時、中間の子が悲鳴を上げる。そのまま、どさりと音を立て倒れこんだようだ。
「何がっ!」
背の高い子が慌てたように声を上げる。程なくして、何かが落ちるような音がして、また何かが倒れるような音がした。
「メル!?」
背の高い子が未だ慌てたようにしている。僕には何が起きているのかわからない。
「がっ…はぁ…!」
そして背の高い子が断末魔のようなものを上げた後、何かが倒れるような音がした。
「ははっ、助かったぜ、坊主」
男の声。背は僕より高い。
「お前のおかげで隙が突けた。感謝してるぜ」
男が何かを言っている。
「でもなぁ、見られたからにはただでは済ませれねぇんだよなぁ」
僕の顔に掛かっているのは生温かい液体。何だ?もしかして、これは―――
「まあ、運が悪かったと思ってくれや」
ブラックアウト。
目が覚めたら床に寝そべっていた。
「………」
一体何が起きたんだろう。女の子達が倒れる様な音がした。その後に男が僕の前に立ったらしくて、僕に話しかけてきた。そして、気付いたらココにいる。
殺されたのか?僕も彼女達も。
僕の顔に掛かっていたモノは背の高い子の血?
何故、彼女達は殺されてしまった?
僕のせい?
男の言葉を信じるなら、僕が彼女達の隙になったことになる。意味が分からない。
「……神様、彼女達は殺されたんですか?」
「…うむ」
「……そうですか」
やはり殺されたのか。
そう言えば背の高い子が狙うとかどうとか言っていたな。彼女達は誰かに狙われているのか?何故?
疑問ばかり浮かんでくる。
だって、そうだろう?
彼女達は魔王を討伐するために旅をしているんじゃないのか。魔王と言えば、人類の敵ってイメージがある。つまりは彼女達は魔王を撃退する英雄って事になる。英雄が命を狙われる?わからない。
「神様、どうして彼女達は殺されたんですか?」
「それは……実際に彼女らから聞いたほうが早いじゃろ」
「でも、話なんか聞いていたら殺されちゃいますよ」
「そこはお主が考えて回避すればよいじゃろ」
考えてって。僕にどうしろと。僕に出来る事なんて何にもないだろう。
「そんなこと言われても…」
「意気地のない男じゃな。もうよいか?生き返らすぞ」
「あ、ちょ、ちょっと待って――」
ブラックアウト。