第四話
目が覚めたら有り得ない浮遊感が体を包んでいた。
もう、少し飽きてきた。この始まり方もこれで最後にしないといけない。しかし、神様の言葉を信じてはいない。逆転の発想だかなんだか言っていたけど、たぶんそんな上手くいかないと思う。
だからと言って頼るべき物がこの能力しかないから、頼らざるを得ない。このジレンマわかってもらえるだろうか。わかってもらえるなら、あの神様に呪いを込めてほしい。わかってもらえなくても、あの神様に呪いを込めてほしい。
まあ、神様に対する不平不満はクリアした後に。
今は生き延びる事だけを考えよう。
胸の中に、竹でできた「アレ」を思い浮かべる。次に「アレ」がこの世界に出て来るように命じる。不思議な暖かさが僕を満たし、手の中に翼が現れた。
「………」
いや、確かに翼が現れたけど。手の中にあるふさふさの感触。フォルムは羽だと思われる。
うん。翼だね。二対の翼、翼。神様の言う通りだ。逆転の発想で翼が現れた。信じていなかったけど、その点では神様に謝らないといけないかもしれない。
だけど、手の中に現れるってのはどうよ。翼って言ったら、普通背中に生えるものなんじゃないか?
それが両手に握られている。
「…使えねー」
使えないにも程がある。翼も能力も。
何?これでどうしろと。
手で羽ばたいてみる?無駄だと思うけど試してみるか。
翼を持って手で羽ばたいてみる。ばさばさと音を立てて、重力に抵抗する。
でも、それだけ。
空を飛んだりすることもなく、ただ落ち続けている。
「………」
わかってたけどね。期待もしてなかったけどね。
だけど、胸の中に広がるこの寂しさや悲しみはなんだろう。何だか泣いてしまいそうだ。
「あー、もうめんど」
一気に脱力してしまった。生き延びる気がなくなってしまった。このまま死んでしまおう。死んだら神様に文句を言ってやる。
もう、大の字になるしかない。
一つの翼をお腹に押し当て右手で抑える。もう一つの翼を背中に押し当て離れないようにする。手触りが尋常ではないくらい素晴らしいのだ。全身に包まれていると物凄い。手を広げる開放感は得られないけど、これはそれ以上に気持ちいい。
局所に風が当たる感覚と翼のふわふわ感が絶妙だ。たまんない。癖になってしまいそうだ。
何か、どんどん普通じゃなくなってる気がするけど、まあ、いいか。これほどの快感を味わえるなら普通じゃなくてもいい。
「―――――!!」
「ん?」
あれ、今、誰かの叫び声が―――
今度は、目が覚めて、床に寝そべってるということはなかった。
今までなら、このまま地面に直撃して死んでいた。けれど、僕はたぶん死んでいない。
直撃する瞬間、背中に敷いた翼が、ふぁっさぁ、としたかと思うと、衝撃はなにもなく着陸した。
「…生きてる?」
手で地面を触ってみる。ごつごつとした感触。恐らく岩場に僕は着陸した。若干じめじめしている。
「使えるじゃん」
この翼。
まさか、クッションのような役割をしてくれるとは思わなかった。翼としての役割は果たしていないけど、手触りとクッションをしてくれるだけで十分かもしれない。寝るときはこいつを抱いて寝よう。
「とりあえずセーブするか」
と口に出して気付いた。
「セーブのやり方教えてもらってないじゃん……」
どこまでもアバウトな神様だ。やり方がわからなかったら意味がないじゃないか。
いや、でも、あのアバウトな神様だから適当にやればできるか。
でも、どうやれば?
心の中で「セーブ」とでも思えばいいのか?
まあ、いいや。とにかく、色々やってみよう。
「本当だってば!この辺に人が落ちてきたの!」
「カグラの言うことは信じるけどよー。もう死んでんじゃねーのか?」
「一応行ってみるべき」
僕がセーブのやり方を色々と試してみようとした時、三人の女の子の声と、バタバタした足音が聞こえてきた。きぬ擦れの音とかしてないけど、どうしてだろう。
音がどんどん近付いている事と彼女達の言葉からすると僕の方へ向かって来ているのか。
今、僕は胡座をかいて座っている。こちらに来ているとわかっているのに、座って待つとうのは失礼だ。右側から聞こえてくる足音へ、立ちながら体を向けた。
「ほら!やっぱりって、きゃああああ!」
「なっ!変態しかいねーじゃねーか!」
「気持ち悪い」
彼女達が僕の間近に来たかとと思うと、急に悲鳴と罵声を浴びせられた。
それにしても変態。僕の他にも人がいるのか。さぞかし変態ちっくな格好をしているんだろう。
「てめー、何モンだ!」
あれ。何だか僕に向かって声を掛けられている。声を遮るような感じはなかったから、僕の後ろに変態がいるのか。
「黙ってんじゃねーよ!裸で何やってんだ!」
裸。
「あっ!」
そう言えば、僕は一糸纏わぬ姿だった。当たり前のように裸で過ごしていたから、気付かなかった。
これは、まずい。いくら露出の快感を覚えたからと言っても、女性の前で全裸はやばい。神様は別だけど。
「おい!答えろ!」
男っぽい口調の子が僕に向かって言うと、金属の擦れるような音がした。ちょうど、鞘から剣を抜くような。
「あ、いや、僕は…」
やばい。名前とか思い出せない。裸でいることも答えられない。
実は全裸で空から落ちて来ましたと言っても、混乱しているだろう彼女達が聞いてくれるとは思えない。
どうしよう。
切羽詰まって、訳もわからず一歩踏み出してしまった。たぶんそれがいけなかった。
「ひっ」
「こっちに来て何するつもりだ!」
「…」
なんかすごい怯えてる。剣を構えているだろう女の子以外、後ずさったようだ。
「いや、別に何も…」
僕はそう言い、意味もなく手を伸ばし、彼女達に近付いて行く。そして、これが決め手となった。
「てめー!」
男っぽい口調の女の子がそう言うや否や、お腹に何かが突き通ったような感覚がした。
「ごふっ…」
それはすぐに灼熱のような熱を持ち、激痛に変わる。口内には血の味が充満し、咳とともにそれを吐き出す。
「な、何で…」
立っているのが辛くなり、膝を着き、そのまま俯せに倒れてしまう。手は刺された所に当てられていたので、ごつごつとした地面に直接、顔をぶつけてしまう。痛みとショック、そして急速に失われていく血のせいで何も考えられない。僕が倒れている上で、彼女達が何か言っているけど、僕の意識はまもなくブラックアウトした。
目が覚めたら床に寝そべっていた。
「人間ってのはさ…裸で生まれて、裸で死ぬものなんだ……」
僕は心からの呟きを漏らす。
そうなのだ。
人間は、何も纏わずに生まれて、死んでいくんだ。
なのに、裸でいるから殺すというのはどうかと思う。
「女の子に全裸で近付けば殺されても文句は言えんじゃろう」
神様は何か言っているし。
「でも、それだけで殺すってのは物騒じゃないですか?」
そんなことで殺されてしまってはたまらない。
「そうかもしれんが、彼女達に至っては仕方がないのう」
「仕方がないって…」
「彼女達は辛い人生を送ってきたのじゃ。人間不信になっておるのかもな」
「……随分、あの子達の事知ってるんですね」
まさか――
「当然じゃ」
神様が助けてくれって言った子達は――
「お主に助けてもらうのは彼女達じゃからな。知っているに決まっておるだろう」
やっぱり。
「何で僕を殺した人を助けないといけないんですか」
冗談じゃない。
「そう言うな。彼女達は優しい子じゃ。今回の件はお主が悪い」
「そうかもしれませんけど、気は進みません」
僕が悪くても、自分を殺した人間を助けようとは思えない。
「そんなことを言っても、お主はやるしかないんじゃ。ぶーぶー文句ばっかり言わずにわしに従わんか」
「何ですか、その言い方。何もしないで終えてもいいんですよ」
「…」
「…」
僕も神様も黙り込む。結構気まずい。
どれだけ沈黙の時間が経ったか。不意に、神様は溜め息をついた。
「わかった。頼む。頼むから彼女達を助けてやってくれ。心からの頼みじゃ」
神様は真摯に、心を込めて言う。
僕は少し驚いた。あの神様が真面目に頼んでいる。もしかしたら頭も下げているかもしれない。
そこまでやらせて無下にするってのも悪い。
「…わかりました」
「…本当か?」
「本当です」
しょうがない。
「ところで、神様。セーブってどうやるんですか?」
結局試す暇なく殺されてしまった。
「口に出してセーブと言えばよい」
「それだけでいいんですか?」
「うむ」
そうか。結構簡単なんだな。それを言い忘れる神様も神様だけど。
とりあえず、次は地面に着陸したら、すぐにセーブしよう。もう空から落ちるのはめんどくさい。
「あ。あと名前を思いだせないんですけど。神様、僕の名前知ってます?」
向こうの世界でやっていくなら、名前くらいないと何かと面倒だ。
「知らんな。何なら、わしが考えてやろうか?」
「結構です」
神様のネーミングセンスだとろくな名前をつけられそうにない。
例えば、五郎太 浪衛門、とか、七氏 奈奈氏、とか。
「脇役 三太でどうじゃ?」
やっぱり人の話を聞かない奴だ。ネーミングも最悪だし。
「カッコ悪すぎです。せめて、準主役 一郎とかがいいです」
脇役って。
「むぅ…。ならば、益洲 虎ん辞洲太は?カッコイイじゃろ」
何でそこまで脇役にこだわるんだ。僕には脇役がふさわしいって言いたいのか。
「駄目です。もっと、こう…主役になれそうな名前がいいです」
「主役になりそうな名前のう…。お主には似合わなそうじゃが…」
はっきり言いやがった、この野郎。
「そうじゃの…就職 決まった蔵は?」
「ありえません。主役と就職は関係ないじゃないですか」
「そんなことはないぞ。就職するということは、その人間の人生の主人公になるということじゃからな」
主人公。それだ。
「神様、今、いい事言いましたね」
「そうか?まあ、わしは何と言っても神様じゃからな!じゃあ、お主の名前は就職 決まった蔵に決定じゃ!」
「いえ、そういう意味じゃなくてですね」
この神様は本当に馬鹿なのかもしれない。就職 決まった蔵でOKするわけないだろうに。
「主人 公」
「ん?」
「主人 公にします。僕の名前」
主人公。素晴らしいじゃないか。
彼女達が主役かもしれないけど、これは僕の物語だ。なら、主人公は僕しかいない。
「そんな名前より、就職 決まった蔵のほうがよいと思うのじゃが…」
「いえ、主人 公にします。神様も言ったじゃないですか。人生の主人公になるって。僕の人生の主人公は僕だけです」
うん。少し前向きになれた。この名前なら何だかやれる気がする。
やる気が萎える前に生き返らせてもらおう。
「神様、生き返らせてください」
「むぅ…しかし…」
「神様」
「…わかった。生き返らすぞ」
「はい」
僕は意識を手放した。