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第二話

 目が覚めるとあり得ない浮遊感が体を包んでいた。

「え、えええぇぇぇぇ!!!」

 もう隕石もなんのそのってくらいのスピードで。落下運動は僕の意識とは何の関係もなく、動き続けている。重力ってすごいと場違いな感想を抱いてしまった。

 何故、僕は空を飛んでいるのか。いや、飛んでるのではなくて、落ちているのだけど。

 何故、こうなったのか。昨日は―――

「……あれ?」

 昨日、僕は何をしていた?

 思いだすことができなかった。昨日。一日前。昨夜。懸命に頭の中を絞っても、何も出てこない。自分が何者なのかを理解はしている。だけどそれだけ。どの様に生きて、何を為してきたのか。何も思いだすことが出来ない。いや、例え思い出せても、地面に向かって真っ逆様って状況は変わらないけど。

 というより、目が覚めたら落ちているって状況はどうなのか。風とかごうごう言ってるし。ていうか寒いし。

「…寒い?」

 どうして寒い?高い所にいるから寒いとか、風が当たって寒いとかそんなものじゃなくて、こう文字通り身を切るような寒さが全身を襲ってるんですけど。

 とりあえず体を触ってみる。そして気付いてしまった。

「僕、全裸じゃん…」

 そう。全裸。裸体。まっぱ。全部同じ意味だけど、とにかく衣類的な物は何も身につけていない。下着とかもう何それ、ってくらい全裸。

 そりゃあ寒いはずだよ。全裸でいたら寒いに決まってる。それで今落ちてるわけだし。なんて言うか、もうあり得ない。全裸で落下って。どういう奇跡なんだ。こんなあり得ない奇跡なんて起きてほしくなかった。奇跡って基本あり得ないものだけど。

「どうしよう……」

 そう。今は現状把握とか今この状況を嘆くとかの前に、これからどうするか、ということ。このまま落ち続ければ、確実にくちゃって感じで死んでしまう。ただでさえ、死にたくないのに、こんなあり得ない状況で、何もわからずに死んでしまうのはできるだけ避けたい。いや、できれば絶対に。

 そこまで考えて、自分が結構冷静な事に気がついた。普通の人ならもっとパニックに陥ってもおかしくはない。けど、僕は結構冷静に考えている。まあリアリティがないって言ってしまえるこの状況。パニックとか超越してるのかも。

「…どうしようもない、かな……」

 冷静でいれば助かるってわけでもない。正直さっきの避けるって思いはすぐになりを潜めて、もう既に諦めが全身を支配しています。僕は諦めがいい人間なので。

 いや、待てよ。もしかしたら何かしらの超能力的なモノが目覚めているということはないだろうか。目が覚めたら空を落ちているという現在。こういうのは、ほら、あれだ。あり得ない状況にはあり得ない能力が付き物だろう。早速試してみよう。

「ふんっ!ぐぐぐ……!」

 とりあえず、かめ○め波を試してみた。小さい頃誰もがやったことはあるだろうあのポーズ。今、僕は 恐らく背中から落ちているから、空に向かって例のポーズを向けている事になる。

だけど、僕の手の中に力の波動を感じることはできなかった。思い切り、全身の気という気を手に集めているのに何も感じない。かめは○波は無理なのか。じゃあ他のを試してみよう。

「とお!」

 次は、ス○イダーマン。例のあの手の形だ。何度も手を振って糸的なモノを出そうとしてみるけど、手首あたりから何かが出たって事はなかった。

 ス○イダーマンも無理。じゃあ次だ。

「トレース・オン」

 今度は投影だ。魔力っぽいモノを手に集めてみたけど、何かが投影される事もなかった。投影が使えたらかなりテンション上がったのに。

 無理なモノは仕方ない。次だ。

「カットバックドロップターン!」

 いや、無理だけどね。体もろくに動かせないし。

 ていうか、もう脱線してるよね。落ちてるとか助かるとかどうでもよくなってきたし。このまま死ぬのも、まあ、仕方ないんじゃない?助かりようがないし。もし、神様みたいなのがいたら助けてくれるだろうし。神様なんていないけど。

「ああ、死ぬのか…」

 思えば大した人生じゃなかったな。だって全ての記憶が空から落ちている記憶な訳だし。生後十数分ってところか。短い人生だ。短すぎて笑えてくる。

「ははは…」

 いや、かなり面白いんじゃないか。気付いたら空から落ちて、そのまま死にました。これ、友達に話したらウケそうだ。死んだら、誰彼構わずに話してやろう。天国があるかどうかはわからないけど、死後の世界くらいはあってほしい。

 そう言えば僕の両親はどうなんだろうか。僕ぐらいの年なら、まだ二人とも健在だろう。いきなり息子がいなくなって、見つかったらぺしゃんこの死体。悲しむというより驚くよな。僕だったら驚く。

 何にせよ、助からない事は確実。少しでも希望があればもっと意地汚く足掻いて、足掻いて、足掻きぬくのに。

「あーあ。もっと楽しく行きたかったなぁ…」

 無理なものはしょうがない。百%即死だし、もう流れに身を任せてみるか。




「って、ちょっと待った」



 そういえば、これ、二回目だ。思い出した。僕は同じ事を繰り返している。もう、既に一回死んでる。

 正直かなり萎えていたから、やりたくないとぼかして伝えたんだった。そうしたら、神様に怒鳴られて、体の力が急に抜けていって、目が覚めたらまた落ちている。

 有り得ない。何考えてるんだあの神様。何でこの状況から始めるんだ。どうしようもないじゃん。どう考えても、また墜落死。三十五回のうち、二回をムダにしてしまったじゃないか。「くそっ」

 僕らしくない悪態をついてもしょうがないと思う。こんなムダなことをして、意味があるのか。

 とにかく、もう一度何かやってみるしかない。

「つぇいっ!」

 何かしらの気合いを発してみる。しかし、落下は止まらない。ちょっと焦る。チャンスは最大限に活かさいと。ただでさえ回数が少ないんだから。

「うりゃっ」

 背中から落ちているのを、全身の力の全てを総動員して、腹ばいの体勢になる。

「うりゃりゃりゃ」

 そして、泳いでみる。クロールで手足を必死にばたつかせる。

 ふと思ったんだけど、端からみたらかなり滑稽な姿じゃないか、僕。全裸の男が落ちながら、手足を必死にばたつかせる。かなりシュールだ。僕が他人の立場だったら、見て見ぬ振りをする。

「はあ、はあ…ムリだ…」

 疲れた。もうムリ。今回は諦めよう。ていうか、ムリってわかってたのに、僕は何で必死にやっていたんだ、馬鹿馬鹿しい。なにもかもが面倒になった。

 ならば、思い切り手足を伸ばして大の字になるしかないでしょう。

「おお〜」

 何度やっても、気持ちいいね。局所に風が当たって非常に気持ちいい。癖になりそうだ。露出癖のある人の気持ちがわかった気がする。こんだけ気持ちいいなら、そりゃ出したくもなるよ。露出癖の人、今まで変態と思ってしまってごめんなさい。僕は今度こそ貴方達の仲間になります。全裸最高。

「―――――!!」

「ん?」

 あれ、今、誰かの叫び声が―――




 目が覚めたら床に寝そべっていた。

「………」

 いや、まあ死んだわけだけど。そして、ここに戻ってきたわけだけど。

 こんな簡単に死んでしまっていいのか。というより、どうして神様はあの状況から始めたのか。

 理由云々は後で聞くにして、まずは謝罪をしてもらわねば。

「…神様、僕に何か言うことはありませんか?」

「随分と早い帰りじゃのう」


「……他には?」

「お主、最後の方は恍惚としておらんかったか?」

 見てたのか。これは恥ずかしい所を見られたな。顔に血が集まってきているのを感じる。

 じゃなくて、

「とりあえず謝ってください」

「何でわしが謝らないといかんのじゃ」

 全く悪気のないその声に、ちょっとイラついた。

「何で、落ちる所から始めるんですか。ちゃんと地面に着いた所から始めてくださいよ」

 おかげで、僕の少ない寿命回数が減ってしまった。

「それは、わしには無理じゃ」

「……はあ?」

「言ったじゃろ。お主の召喚は、言わば事故じゃ。わしはあの世界に干渉することはできん。じゃから、お主が生き返る場所も決められん」

 絶句。つまり、僕はどうにかして、全裸フリーフォールで墜落死を避けないといけないのか。

「無理だ…」

 絶対に。あの状態からどうやって生き延びろと。

 下手したら、空から落ちて死亡、という状況を打破できずに寿命回数を使い切ってしまうかもしれない。いや、確実に使い切る。あんなのどうにかできるわけない。

 僕のやる気が底辺に着こうか、というのに神様も気付いたのか、神様は慌てた感じで、驚きの言葉を口にした。

「ま、まあ、確かにあの状況では、少し、厳しいのう。本当はこんな事もぎりぎりなんじゃが…。特別じゃ。わしが能力を授けてやろう」

 能力?

「…何ですか、その能力って」

 この神様の事だ。どうせ、握力が強くなるとか、そんな感じの、あまり意味のないものだろう。

 期待はしないことにする。

「うむ、聞いて驚け。何と……!」

 神様はそう言って間を持たせる。

 正直、かなりうざい。

「心なかに描いた物を実際に作り出す能力じゃ!」

 どどんっ、と効果音でも付きそうな、自慢げな声。 それにしても、語呂悪いな。もっとすっきりまとめられないのか。せめて、『心の中の物を生み出す能力』くらいにできないのか。

 できないだろうな。神様って馬鹿だと思うし。

 いや、それよりも。

「…かなり反則的な能力じゃないですか」

 何、それ。そんな能力があるなら、最初から渡してくれればいいのに。

「って、何でさっきはそのまま生き返らせたんですか。僕、死に損ですよ」

 そうだ。それがあれば、僕の寿命回数をムダにすることはなかった。

「いや、さっきはお主のうじうじした態度にカッときての」

 ふざけんな。何がカッときてだ。それに、まだ謝ってもらってない。そんな理由なら、尚更謝ってもらわないと。

「とりあえず謝ってください」

「だから、なんでじゃ」

「何でもです。謝ってもらうまで、何度でも言いますよ」

「嫌じゃ。わしは謝らん」

「謝ってください」

「嫌じゃ」

 あー、本当に欝陶しいガキだな。

「謝ってくれなかったら、後三十三回、全部何もしないで死にますよ」

 寿命回数を使い切ったらどうなるんだろ。やっぱり死ぬのかな。まあ、どうでもいいか。せっかくチートな能力が手に入るんだし、今はそんなネガティブなこと考えると、やる気がなくなりそうだ。

「なっ…!わ、わかった!謝る!謝るから、それだけはやめるんじゃ!」

 予想以上にうろたえたな。そんなに時間がないんだろうか。

 ん?ちょっと待て。何かおかしくないか?

 だって―――

「すまなかった!お願いじゃからそんなことはしないでくれ!なんなら、頭だって下げてやる!じゃから…!」

「い、いや、そこまでしなくていいですよ。お詫びの言葉をもらいたかっただけですし…」

 何か引っ掛かった気がしたんだけど、神様があまりに切羽詰まった声で謝るものだから、それはどこか彼方に飛んでしまった。





 良心が激しく痛め付けられるような神様の謝罪ももらったし、生き返るか。「神様、その心の中の物を生み出す能力をください」

「う、うむ、わかった。では、目を閉じよ」

 言われたままに目を閉じる。

「えいっ」

 何かえらく雑な掛け声が聞こえたかと思うと、胸の辺りが温かくなった。不思議な感覚だ。何だかすごく安心する。

 ほんわりとした温もりを持つ胸に手を添える。けれど、手に温かみは感じなかった。

「これでその能力が手に入ったんですか?」

「そうじゃ。それで後はお主の思うがままじゃ。早速生き返るか?」

「はい、お願いします」

「うむ」

 神様が頷いたように同意すると、さっき感じた虚脱感が体を襲う。非常に気分が悪くなる。だけど、すぐに僕は思考を手放した。

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