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セタンタ 『終幕。旅立ちの日と勇者の歌』

挿絵(By みてみん)

「よくやってくれたな。勇者レオン一行」


 戦いが終わって一時間後、まだ熱も冷めやらぬ前に、俺たちは報告も兼ねて王城へと出向いていた。


「襲撃の報は届いておってな。近衛騎士団を動かさねばならぬと考えた次の瞬間、事態は解決したときた。お前たちがいてくれて、心の底から良かったと思ったぞ」

「勿体なきお言葉」


 恭しく頭を下げるレオン。続く形で頭を垂れる俺たちであったが、奴等に狙われた自覚のある俺としては、そもそもこのセタンタ襲撃そのものが自分のせいな気がしているので何とも心が痛い。


「して、この後はどうするつもりだ?」


 王であるカーズからそう問われて、レオンは「はい」と頷いた。


「奴等の一人は仕留めましたが、二人には逃げられました。目撃情報を集ったところ、草原を抜けてブゼル方面へと向かったとのこと。即刻後を追う所存です」

「ふむ……」


 レオンの言葉に思案する様子を見せた後、しかし王は、「それは出来まい」と口にした。


「な、何故でしょうか……?」

「お主らに救われた者は多い。皆礼をしたくてウズウズしているだろう。そういう者たちの期待に答えるのも、勇者の努めであろう? 第一、貴様は良かろうとも、連れの女たちが疲弊しておるぞ。今日のところはゆっくりと休め」

「──かしこまりました」


 王にそう言われてしまえば従わざるを得ない。と、いうことで俺たちはキングにもう一泊して、翌朝セタンタを出発することとなった。


「……王様の言う通りだった。皆、すまん。どうにも気持ちが急いていたらしい」

「大丈夫よ」


 皆に頭を下げるレオンに、ウィズが笑顔でそう返した。


「気持ちは分かるもの。……ただ、今のまま追い掛けても満足には戦えないから、休息は助かるわね」

「分かった。じゃあ明日の朝まで自由時間とする。皆それぞれ鋭気を養うように」

「「はーい」」


 と、いう訳で思わぬ所で時間が出来たので、俺はキングの部屋でくつろいでいた。


「……あ、そうだサラに手紙出そ。手紙」


 セタンタに来てから実に色々あった。それをフィーブにいる友達に報告しなければ。と考えたのである。


「ええと、拝啓サラ・ラグリア様……、と……」


 手紙を書いている間時間があるので、他のメンバーについて話しておこうか。


 まずバレナ。彼女はブラウン商会のイレーネさんのお見舞いに行っている。

 イレーネさんはあの後商会ではなく、彼女が暮らしているというセタンタの宿舎に搬送された。意識は無事に戻ったらしく、本人は大丈夫だと言っているが、大事を取って数日は自宅待機なのだとか。バレナは話し相手にでもなっているのだろうか。


 リューカはというと、ブラウン商会にてりんごのお菓子を振る舞われている。

 ダニエルが彼女に色々と話を聞きたいらしく、大量のりんごで釣ったのだ。なんか扱いがペットとかのそれに近いような気がしないでもないが。


 ウィズ姉は、ヴィクトールに誘われて宮廷魔導師団の本部に出向いている。なんでも彼らはウィズが子供の頃の知り合いなのだとか。……知り合いと言えば、アラクラもウィズの昔馴染みだったらしい。世間は狭い。を地で行っているかのようだ。──しかし。


その割には、設定もイベントもないんだよなぁ……。


 なのである。ウィズとアラクラが幼馴染みだというのなら、アラクラとの戦いの最中にイベントの一つも発生して良さそうなものなのだが、何もないどころか設定資料集にすら一言も言及がないのだ。故に、アラクラ、ヴィクトールとウィズが旧知などという話を俺は、今初めて知ったのである。製作者め。


(……そっちはまぁ、いいか。問題はもう一人の方だ)


 そろそろ起きているだろう。俺は書き終えた手紙を便箋にしまうと、サラから貰ったマジックストーンをそこにごしごしと擦り付けた。


「ほい、フィーブまで行っといで」


 そうして窓の外に便箋を放り投げると、それはまるで意思を持った生き物の様に一直線に飛んでいくのだった。


(──ふう)


 そうして用事を終えた俺が足を運んだのは、スルーズが寝泊まりしている部屋であった。


「失礼します。……スルーズ、起きてるかー?」

「お、ミーちん。やほー」


 ノックをしながら声を掛けると、中からはのんびりとした返事が聞こえてきた。ほっと胸を撫で下ろすと、俺は室内へと足を踏み入れる。


「おつかれ。もう大丈夫なん?」

「ん。お陰様で、動けるようにはなったよ」


 スルーズは、リバイブを使った後でその場から動けなくなり、馬車に乗せられてやっとのことで宿に戻ったのだ。

 はー、やれやれ。と嘆息しながら俺はスルーズへと目を向ける。

 ベッドから半身起こした状態で小さく微笑んでいるスルーズは、普段の酒豪っぷりが嘘のようにか弱い少女に見えた。

 手近な椅子に腰を落とすと、俺は口を開く。


「……で、スルーズ。単刀直入に聞くんだけどさ」

「うん」

「リバイブのこと、分かってて使ってんのか?」


 リバイブは、設定資料集には術者の寿命を大きく減らすと書いている魔法だ。この世界はゲームではないが、俺が知るクエハーから逸脱していないのもまた事実なのだ。特に設定資料集に書かれていることは信憑性が高く、これまで外れたことがない。そんな設定資料集がそう謳っている魔法なのだ。心配になるのも当然だろう。


「ん~……」


 俺の言葉を受けて困ったように笑顔を浮かべると、スルーズは小さく鼻を鳴らした。


「参ったな。それも知ってるんだ」

「っ!」


 その返答は、俺の推察が外れていないことを示している。一瞬で頭が沸騰し、気付けば俺はスルーズの首元を掴み上げていた。


「分かってて、お前は!」

「じゃあ、見殺すの?」

「っ」


 嘘偽りを許さない真っ直ぐな瞳が、正面から俺を見つめる。


「イレーネ──レーちゃんは、出血多量だった。普通の回復手段ではどうにもならなかった。だから、諦めて見殺しにすれば良かった?」

「それは……」


 その言い方は、卑怯だ。

 スルーズがあの場でイレーネを救わなかったとしても、責める人間はいなかっただろう。けれど、スルーズはそうしなかった。……出来なかった。


「あーしの命をちょっぴり削って、誰かの命が助かるならさ、それっていい事じゃん」

「いいことじゃ、ないよ……」


 何故か目に溜まった涙を拭いながら、俺は溢すようにそう呟いた。


「優しいね。キミは」


 スルーズが、目を細めながらそんなことを言う。……どこが優しい。優しいもんか。


「優しいよ。私の為に泣いてくれてるもの」

「……お前が、言うのかよ」


 憤りを抑え切れず、語気を強めて俺はそう口にした。


「イレーネは数日前に少し名を知った程度の相手だったろ。それを救う為に寿命を削ったお前が!」

「それでも、他人じゃないよ」

「けど……!」

「あーしだって、誰彼構わずって訳じゃないし」


 くしゃりと笑顔を浮かべながらそう口にするスルーズに、俺は二の句を告げることが出来ず押し黙った。ふふん。と楽しそうに続けるスルーズ。


「そういうのはもうやめたんよ。だから、自分の手の伸ばせる範囲の相手だけ、ね。──ミーちんの言いたいことも分かるよ。あーしも、これからはちゃんとタイミングを考えるつもり。使命を果たせないと困るし」

「し、使命……?」


 急に新しいワードを差し込まれ、困惑しながら俺がそう繰り返すと、


「うん。使命。子供の頃にね、女神アリア様から仰せつかったの」


 とスルーズは人差し指を唇に当てながらそう口にした。全く未知の話に、思わず耳を傾けてしまう。


「……どんな内容?」

「ええと……、う~ん……」


 俺の言葉に、腕を組んで言い淀むスルーズ。話してもいいかどうか葛藤しているらしい。


「ま、いいか!」


 ややあって彼女は、話してもいいという結論に至ったようだ。小さく頷くとスルーズは口を開いた。


「ある日、孤児院で過ごしてたあーしに、女神様が声を掛けてきたんよ。天啓ってやつなのかな?『貴女は十六歳になったら旅に出て、勇者の一行に加わるのです。その為の力を授けます』ってさ」

「──え?」


その為の力……?それって……。


「そ。あーしのこの神聖魔法も怪力も、女神様から授けられたものなのよね。なんか急に重いものも持てるようになってたし」

「えええ!?」


 驚愕が、口をついて飛び出した。原作ゲームのスルーズは、異世界の戦乙女が転生した、という存在だった筈だ。この世界の彼女がそうでないことは、これまでの語らいで聞き及んでいたのだが。


 それにしたって全くの後付けとはたまげた。


「女神様は言ったんよ。『勇者に協力し、知恵者を魔王の元に送ることが貴女の使命』って。ずっとうぃうぃのことだと思ってたんだけどさ」


 こちらをじぃっと見つめながらスルーズが言う。


「ミーちんだったんだね」

「──なんだよ。それ」


 頭を掻きながら俺は吐き捨てるようにそう口にした。

 女神アリアが俺を魔王の元に行かせようとしてるってことか?それ。

 突然訳も分からずクエハー世界に送り込まれ、俺は勝手に自身の使命を決めていたけれど。

 そこに女神の意思が介在しているというのなら、やはり女神本人と会って話を聞かなければならないだろう。


「……もういい?あーしこの後予定あってさ」


 スルーズが、上目使いにこちらを見上げてくる。ぐぬ、美少女め。


「お前、そんな状態で予定とか……。何すんだよ?」

「それは秘密です」

「……そうかい。じゃあ最後に一つだけ聞かせて」

「なに?」


 俺がそう口にすると、琥珀色の瞳がこちらを見据えた。出来れば聞きたくはない。しかし、聞いておかなければならない。俺が今から聞かんとしていることは、そういう内容なのだ。


「今まで何回使ったの。リバイブ」


 イレーネに行使したスルーズの手際は、妙に手慣れていた。初めてのそれではないように見えたのだ。

 俺の思い違いならいいのだけれど。


「えー?」


 俺にそう問われたスルーズは困ったように笑うと、小さな声でこう呟いた。


「十回から先は覚えてないよ」


◆◆◆◆◆


 翌朝になって。いよいよ長かったセタンタ滞在も終わりを迎える刻が来たのだが。


「なんでこんな所来たんだよ」


 バレナが小声と共にレオンを小突くと、「仕方ないだろ」とレオンは口を尖らせた。


「ダニエルにここに来てくれって言われたんだからよ」


 俺たちは何故か、街の中央広場に足を運んでいた。昨日の今日で猛獣たちとの戦闘の爪痕がそこかしこに残っているその場所には、今は大勢の町人が集っており、俺たちに称賛の声を送ってくれている。


「ありがとう勇者様ー!!」

「あんたらのお陰で助かったよ!!」

「お嬢ちゃん随分とでっかいねぇ……!こりゃ魔物も一捻りだねぇ」

「誰か一人、息子の嫁にどうだい?」


 称賛に混じって好き勝手なことを言っている者もいるが、総じて好意的に俺たちのことを受け入れてくれているようだ。

 そんな中央広間には、市民だけでなく見知った顔も多い。

 宮廷魔導師団、駐屯騎士団、何やら楽器を持った一団、そこに混じってお馴染みブラウン商会の面々(イレーネを除く)の姿もある。


「レオン!来てくれてありがとう」


 レオンの姿を見付けてか、ダニエルがぱぁっと表情を輝かせると小さく手を振った。


「言われたから来たけどよ、ダニエル。こりゃ何の集まりだ?」


 方やレオンは訝しげに眉根を寄せている。意図も分からず大勢に囲まれているのだから無理もない。俺は、楽器を持った集団を見てちょっと思うところがない訳でもないのだが……。


「勇者レオン・ソリッドハート殿とお見受けする」


 そんなレオンの元に近付くと、恭しく膝をついて一挨拶する一人の男の姿があった。


「──貴方は?」

「駐屯騎士団の団長を務める、ザフィーだ。此度の貴殿の活躍に、心から敬意と感謝を。貴殿らがいなければ、俺たちはセタンタを守れなかったかもしれない……」

「我々もそうだ。街の守り杖などと自負していながらあの体たらく。反省の至りだ。感謝する」


 そこにヴィクトールも参加して、膝をつくと頭を垂れた。

 そんな二人の姿を見ると、同じように膝をつき、レオンは口を開いた。


「頭を上げて下さい。騎士団長殿、魔導師団長殿」

「む……」「ぬ……」


「共にこの街を守るために戦った身。誰であれ、そこに違いはありません。貴方たちもまた、敬意を払うに値します」

「…………う」

「…………む」


 ザフィーとヴィクトールはゆっくり立ち上がると、互いに顔を見合わせ「んふんっ……」と示し会わせたように咳払いした。


「大した男だな、君は」


 同じく立ち上がったレオンへと目を向けると、ヴィクトールが言う。


「命を懸けてフィーブとセタンタを救ったのだ。もっと傲慢であっても誰も文句は言えないだろうに。──勇者と呼ばれるだけのことはある」

「買い被りですよ。ヴィクトール師団長」


 称賛の言葉を受けて、笑顔を見せながらレオンが言う。


「それが俺の使命であり、それを果たしているだけに過ぎません。それに、俺一人の功績ではなく、頼れる仲間がいてこそです。功績というのなら、彼女らにこそ相応しい」


 そう口にするレオンに、ザフィーとヴィクトールは再度顔を見合わせると、小さく頷いた。


「なるほど分かった。ダニエル会長が推すだけのことはある」

「ならばこそ、我らも気持ちよく貴殿らを送り出せるというもの」

「え?なんでダニエル……?」


 そこでダニエルの名が出る理由が分からず首を捻るレオンだったが、そんな勇者の疑問は見越してか、間髪入れずにダニエルが歩み出た。


「この街を救ってくれた勇者様に、ささやかな贈り物があります。セタンタを代表して、なんていうのはおこがましくて嫌だったんだけど、王様から宮廷楽団を借り受けちゃったからにはそうも言ってられないからね」

「???」


 さっぱり状況が飲み込めていなさそうなレオンはさて置いて、ダニエルは王お抱えであるセタンタ宮廷楽団へと向き直ると、ぺこりと頭を下げた。


いや、宮廷楽団て。目的は分かるけどそこまでするか?フツー。


「どうも」


 ダニエルの言葉を受け取ると、楽団の指揮者である男は頭を下げた。


「セタンタ宮廷楽団の指揮者を努めさせて頂く、キースです。本日はどうぞ宜しくお願いします」


 そしてキースの言葉に合わせるように、楽団の前に数人の人間が歩み出る。皆、セタンタで名の知れた吟遊詩人たちだ。俺もゲームで見たことあるし間違いない。


「初めまして。吟遊詩人のモロッカです。本日は宜しくお願い致します」

「ガーディオだ。宜しく頼む」

「ビルクです。宜しくお願いします」

「スルーズです。宜しくお願い致します」


 そして彼らは整列すると、

「おいちょっと待て左のやつ。なんか見覚えがあるぞ」

「ぎくーっ」

「何やってんだスルーズ」


 しれっと吟遊詩人たちの中に紛れていたのは、名探偵ギャル宣教師我らがスルーズであった。レオンからじと目を向けられたスルーズは、しかしにゃははと笑うと、


「まあまあ落ち着いて。とりあえず見ててよ」


 実に余裕の佇まいである。……というかアイツ、昨日ぶっ倒れてたよな……?


「さ、勇者パーティーの皆様はこちらの席へどうぞ」


 と、吟遊詩人たちの挨拶が終わると同時に、ブラウン商会のオリバーが俺らを広間の中央へと誘導した。見るとそこには、どこから運んできたのか高級そうな六脚の椅子が並べられている。


「いいんですか?」

「是非是非!」

「むむ……」


 未だピンときていないようだが、レオンが椅子に腰を落とすと、俺を含めて他の四人も着席した。


「まあ。ふかふかですわ?このお椅子」


 確かにふかふかだ。座席部分に低反発チックな素材が使われているかのように、座った所が沈み込んで驚く。

 まあ、今は椅子に騒いでいるべき場面ではないとは思うが。


「────では、失礼します」


 そんな俺たちの様子を見ていたらしいキースが、す……、と片手を上げた。それを合図としてその場が徐々に静まると、そしてそれはいよいよ始まった。


 ヴァイオリンの軽快な音色が響くと、それが徐々に荘厳さを増していく。


「!」


 成る程どうやら音楽を聴かせてくれるらしい。と、レオンはそう判断したのだろう。

「おお」と感嘆の声を上げている。


ククク馬鹿め。今から流れる歌に咽び泣くがいいわ!


 バイオリンの演奏が盛り上がりの最高潮を迎えたそこで、その声は響いた。


『燃え上ーがれー!心のツルギよー!』


「!?」


 吟遊詩人たちだけではない。ザフィー率いる駐屯騎士団、ヴィクトール率いる宮廷魔導師団、その全員が声を揃えて歌い始めたのである。レオンたちも皆驚いているが、俺もこれには驚かされた。


『闇を切り裂く光の勇者~、レーオーン!』


「ぇっ……、俺……?」


 余程驚いたのだろう。レオンは思わず声を漏らしていた。

 そう、これは先日、スルーズとダニエルと俺との三人で作り上げた歌詞に曲をつけたものだ。

 いやしかし、なんというか。


かっけぇぇぇぇ!!?


 出だしから熱すぎる。というかみんなで歌うなんて聞いてないんですが!?


『全てを奪われた、幼きあの日。魔王の影が世界を覆う』


 流石に全員参加はサビだけのようで、メロに入ると吟遊詩人たちが静かに歌い出した。


「俺のっ……俺の歌だ……!」


 隣に目を向けると、レオンが泣いていた。そりゃ嬉しいよな。こんな歌貰えたら。


『選定の剣を高く掲げ、運命に選ばれし英雄は立つ』


「……選定の剣?」

「選定の剣……?」


 ウィズとバレナが揃って小さく呟くと、眉を潜めている。そんなもんあったか?と言いたいのだろう。勿論ない。スルーズが考えた創作だからな。そんな創作パートに我らが勇者は。


「かっけー……。なんか抜いたような気がしてきた……。剪定の剣、いいな……」


 この始末。いや、喜んでくれているのだから良いのだけれども。


『強きをくじき 弱きを助け、君にその手を差し伸べる。涙を拭いて一緒に進もう

さあ戦いの時がきた!』


 いや、なんというクオリティだろうか。歌詞を作った時からいい歌だとは思っていたが、曲がつくことで良さが倍──十倍にも跳ね上がっているような感覚だ。


『試練の道は果てしなく、森を抜け遺跡の深く。海を越え全てを乗り越え、進んでいこう!』


というかこれ、この時代の歌じゃなくない?

明らかにJ-POPだよね?熱血系アニソンだよね?


 まあ、水道や料理は現代日本水準のクエハー世界だもんな。歌も現代水準だったとしてもおかしくないか。


いや待って、そんなこと考えてる場合じゃないって。だってこの後はサビ──、


『走れ! 勇者レオン! 熱きBrave Heart 燃やせ! 仲間と共に 未来を切り開け!』


かっっっっっ、


『輝け必殺! 閃光剣! 正義の剣が光を放つ』


かっけぇぇぇぇっっっっ!!

うあああああああ!かっけぇぇぇぇ!!!


 歌から放たれる熱気、あまりの格好良さに、俺は思わず席から立ち上がっていた。

 だってそうだろ?レオンのキャラソンなんだぞ!?それがこんな、大演奏だぞ!?ヤバイだろこんなん……。元の世界で売ってたら即買いして毎日聴くわ!


『レオン! レオン! 勝利を掴め!!』


 ワンフレーズごとに燃え上がる程の熱と感動が押し寄せ、気付けば俺の目からは涙が流れていた。横を見ると、レオンも全く同じように立ち上がって滂沱の涙を流している。


「あっ、ひゅ……、かっ、かっっっ……」


 どうやらあまりのかっこよさと喜びで言葉さえなくしてしまったらしい。呻き声のような声にならない声を上げている。……まあ、自分のためにこんな最高の歌作って貰えたら、そりゃこうもなる。


──勇者様に歌を作りたい──


 思えばスルーズのそんな小さな想いからスタートしたことが、随分と大きくなったものだ。


──良かったなぁ。本当に。


 懸命に歌う彼女を眺めると、俺は泣きながら、ふふ、と微笑むのであった。


『光の彼方へ──Fly High!!』


挿絵(By みてみん)


◆◆◆◆◆


「全く。騒々しい催しじゃったわ」


 終わった後で、モグリフ教授が声を掛けてきた。


「あ!教授!来てくれたんですか!」


 レオンが泣き濡れて役に立たないので、俺が応対する。デビュー講演以来一切顔を合わせていなかっただけに、ここで会えたことは喜ばしい限りであった。


「フン。まがりなりにもこの街を救った連中の出立となれば、ワシとて素直に見送るわ」

「ありがとうございます」


 俺が頭を下げると、教授は「フン」と鼻を鳴らした。


「貴様の講演、全て聞いていたが悪くなかったぞ。折角このワシが認めたのだ。他所の町の連中も驚かせてやれ」

「ぇっ」


 これには俺も驚かされた。何しろ出会ってからこっち、つっけんどんな態度を崩さなかったモグリフ教授である。それがこんな素直に激励の言葉を送ってくれるとは思わず、驚きのあまり間の抜けた声を上げてしまった。っていうか、全て聞いてたって、え? え?


「それでは、達者でな」

「あっ、きょ、教授!モグリフ教授!」


 言うだけ言って去っていこうとする背中を慌てて追い掛けると、俺は声を投げ掛ける。


「む」

「あの、ありがとうございましたっ!!」


 彼のお陰で、ただの嘘であった俺の世界学者が真実になったのだ。お礼はいくら言っても足りないくらいだろう。それに、


「教授と知識対決出来たこと、講演会に出させて頂いたこと。どれも最高の思い出です!本当に、本当にありがとうございました!!」


 本当に楽しかったのだ。クエハーカルトクイズ対決なんて、まるで夢のような時間だった。紆余曲折あったセタンタ滞在だったが、終わってみればフィーブに負けることのない思い出の街となっていた。

 俺の言葉に「フン」と鼻を鳴らすと、モグリフ教授は振り返ることなく去っていった。代わりに姿を見せたのは。


「ミーナぁぁぁ!」

「ソフィア!」


 何やら大荷物を抱えてやって来たソフィアであった。


「それ、なに?」

「なにって、そりゃ勿論干しスライムよ。ちゃんと商会紋入ってるから。五十枚あるからね」

「ごじゅっっっ」


 開いたナップザックの中身は、ぎっしりと詰められた青白いスライムの成れの果てであった。四角く切られ薄く伸されたそれではあるが、それにしても五十枚は多すぎる。


「ナップザックスライムしか入んなくなっちゃう……。に、二十枚くらいじゃダメ?」

「ダメダメ。生理舐めてるとまた痛い目に会うよ!ほら入る入る!」

「ぎゃー!裂けちゃう!」


 しょーもない言い争いをした後で、顔を見合わせると俺たちはどちらともなく笑っていた。


「しょーがないなぁ。いってらっしゃい。またいつでも遊びに来ていいからね」


 そう口にした後下がろうとして、ふと、そういえば、とソフィアは首を傾げた。


「勇者のヒト、どったの?」


 彼女の視線の先には、泣き疲れてどんよりとうちひしがれた様子のレオンの姿がある。


「ああ。もうさっきの曲のロスに陥っててさ。スルーズが歌うって言ったんだけど、二度と同じのは聞けないって絶望してんの」


気持ちは痛いほど分かるがな!俺だってまた聞きたいよレオンの歌!!


「はー。そういう。じゃ、ミーナ、元気でね!! 手紙頂戴ねー!」

「うん。ソフィアも元気で。色々ありがとうね」

「っす」


 と、次に顔を見せたのはルーカスだった。


「会長からこれ、勇者さんに渡すよう言われまして」

「これは……」


 ルーカスが手渡してきたそれは、銀色に光るブローチであった。あれこれ、どこかで見覚えが……


「音を保存する魔道具っす。ここに、()()()()()()()()()()()()()()

「な、ほ、本当か!?」

「わっ!?」


 俺が反応するよりも早く、まるで突進する勢いでレオンがかぶり付いて来た。驚く俺とルーカス。


「――レオン」


 と、そんなレオンに反応するのは、近くで成り行きを見守っていたダニエルであった。ダニエルはレオンに向けて右手の親指を立てると、微笑を浮かべてこう言ったのだ。


「本当だよ!本当!」

「うぉぉぉぉ!! ファティグマのやつだ!! 間違いないやつ!!!」


 余程嬉しかったのだろう。ルーカスの手を取ると、レオンはそれをぶんぶんと上下に振って喜びを伝える。


「ありがとうありがとう!ルーカスくん!」

「いえ、礼には及びません。俺は会長から言われたことを実行しただけなので」


 と、良いことを言っているようなのだが、その声は随分と遠い。

見ると、五メートル程離れた位置にルーカスがいた。


……はっや。一瞬でどこまで逃げるんだあの人。


「さて、もう行くんだね」


 そんなルーカスはさておき、彼が下がると同時にダニエルが前に出て来た。「ああ」とレオン。

 ちらりと目を向けると、前方ではオリバーがスルーズやリューカ相手にナンパしていたり、ヴィクトールとウィズが別れの挨拶をしているようだ。

 ダニエルが口を開く。


「当たり前のことしか言えなくて申し訳ないけれど、旅の無事を祈ってるよ。必ず、みんなで帰ってきてね」


 爽やかに微笑みを浮かべるダニエルの表情は、俺たちが初めてブラウン商会を訪れた時と同じものだ。しかし今の彼の笑顔は、その時とはまるで違う爽やかさに満ち溢れていた。


「ああ、この次の土産話はきっとすげえからよ。期待しててくれ」

「ふふ。うん、期待してる」


 そうして幼馴染み二人は笑顔と共に拳をぶつけ合う。と、


「混ぜろよ。アタシも」


 そこに横からもう一つの拳がぶつかった。


「──バレナ」

「こうして三人が集まるのはガキん時以来だな。ま、色々あったからよ」


 けっけっと笑うバレナに、ダニエルも「そうだね」と柔らかく口にした。


「終わったらさ、またうちに遊びに来なよ。母さんも喜ぶよ」

「ああ、そーだな」

「また食べきれないくらい料理出してくれるんだろうなぁ」


 ゲームには出てこないのだが、ファティスに暮らすダニエルの母ローザは、レオンにとっての育ての親でもあるらしい。大変な料理上手なのだと以前レオンから聞いたことがある。


「二人ともさ、死なないでよ」


 ダニエルが、二人へと目を向けながら小さく呟いた。その言葉自体は、先程のものと同意だ。しかし先の発言がブラウン商会長としてのものならば、これは二人の幼馴染みとしてのものなのだろう。


 レオンとバレナの二人は互いに顔を見合わせると、不敵に笑ってみせた。


「当たり前だっつうの。ダニエルこそ、しっかりやれよ?俺たちが帰ってきた時に商会がなかったら喜ぶもんも喜べねえ」

「そんなことあるわけないでしょ。部下の命を預かってるんだ。粉骨砕身頑張るよ」


 お互い軽口を叩き合うと、三人は笑いながら拳を離す。俺には分からない、幼馴染みだけの絆がそこにはあるように見えた。


……いいなあ。


「あ、そういや」


 ふと、思い付いたようにバレナが口を開く。


「……イレーネには宜しく言っておいてくれ。次に会う時にまた話そうってよ」


 それは、ここにはいないイレーネへの伝言であった。小さく息を吐き出すと、「うん。分かった」とダニエル。


「じゃあ、もう行くな」


 それだけ告げるとレオンは片手を上げ、ダニエルへと背を向ける。


「みんな、名残惜しいだろうけど、もう出発するぞ!」


「お、お待ちになってくださいまし!」

「ヴィクトールさん、本当にありがとうございました。それではこれで……」

「じゃあまたエール飲み行くかんね~!」


 その声を受けて、リューカが、ウィズが、スルーズが、バレナがレオンの元へと集まっていく。……俺も行かなきゃ。


「ミーナさん」


 そう思って歩き出そうとしたところで、突然呼び止められた。


「えっ?」


 声の主はダニエルであった。俺が驚いて固まっていると、ゆっくりと近付いたダニエルが、そっと耳打ちする。


「僕の親友をよろしくね。──世界学者さん」

「!」


 慌てて離れて目を向けると、ダニエルは至って普通な様子で、「気を付けてね」と手を振っている。


……最後まで食えないやつ……!


 最初に俺をビビらせた耳打ちをここでもう一度持ってくるというのが実に性格の悪さを表している。

 俺はむっと口を閉じると、鼻を鳴らしながら彼の横を通り過ぎた。


「……当たり前です」


 みんなを、レオンを守る。それはこの旅における俺の目的であり、決意だ。今更言われるまでもないのだ。


「じゃあ!また!」


 そうして俺たちはいよいよ、セタンタに別れを告げる。

 皆に見送られながら、何度か振り返って手を振ると、


 遂に背を向けて歩き出した。


「次の目的地は、昨日口にした通り。奴等が向かったであろうブゼルだ。みんな、気を引き締めろよ」


 レオンがそう呼び掛け、皆が頷く。

 次なる冒険へと、俺たちは進むのだ。


◆◆◆◆◆


 その日の夜。


『燃え上ーがれー!心のツルギよー!』

「うるせぇ!何回聴きゃ気が済むんだテメェは!」

「レオン?いい加減にして頂戴」

「勇者サマ流石にないわー」

「レオン。気持ちは分かるけど限度ってもんがあるだろ」


「……ご、ごめん……」


 十八回目の勇者の歌を流そうとしたレオンは、女子たちにボコボコに怒られて謝るのであった。

 リューカはすやすやと寝ていた。


「すぴー」

「いやお前は寝れんのかいッッ」

<セタンタ編、完!>

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