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セタンタ 聖堂 『決戦セタンタ ~その6~』

挿絵(By みてみん)

「さて、この方についてなのですが」


 ヒールで多少なりとも傷を癒したその後で、リューカはアラクラを見下ろしながらそう口にした。「そうね」とウィズも隣で頷いている。


「私たちに出来ることはここまでよ。後は騎士団の方に処遇を委ねましょう。……一応、縛っておいた方がいいかしら」

「──ですわね」


 控え室にあった適当なロープを手にアラクラへと手を伸ばすリューカであったが。


「──っ!」


 突然ウィズを掴むと、横っ跳びにその場を飛び退いていた。


「ひゃっ!?リュ、リューカちゃん?何を──」


 その言葉とほぼ同時に、今まで彼女らがいた場所に何かが墜落する。一瞬黒い塊に見えたそれは、黒い装束を纏ったヒトのようであった。


「躱されたか。やるね」


 短剣を手に立ち上がったその影は、ミセリアであった。この場にミーナがいれば話が進んだのだろうが、ミセリアと対面のない二人からすれば、新手の登場としか映らないだろう。

 そして状況は事実、その通りなのだ。唯一違うとすれば、本人に戦うつもりがないことだろうか。


「キミらと今ここでやり合うつもりはないよ。ただしアラクラは回収させてもらう」

「そんな勝手な──」


 掴み掛かろうとするリューカであったが次の瞬間、軽い爆発音と共にその場に多量の煙が撒き散らされていた。


「くっ!煙幕!?」


 なんとか煙を掻き分けるリューカであったが、時既にミセリアとアラクラの姿はその場から消えている。


「しまった……!」

「入り口が開いているわ。追いましょう」


 恐らく通常の出入り口から逃げたのだろう。追って外へと飛び出す二人であったが、そこで目の当たりにしたものは、ミセリア以上に驚くべきものであった。


「え?あ、あれは……」

「なんですの……?あれは……?」


 遠巻きに見える巨獣の姿に思わず声が出る。それは、遥か遠くにいるであろうに姿が視認出来る程に巨大な生き物のようであった。ドラゴン化したリューカと同等レベルの大きさであろうか。もしそんな生物が滅茶苦茶に暴れれば、街にどれだけの被害が出るか分かったものではないだろう。


「……リューカちゃん」

「──ええ」


 そして二人は顔を見合わせると、大きく頷いた。


◆◆◆◆◆


「はぁ……、は、ぁ……」


 件の場所にて、バレナは満身創痍な姿で荒い呼吸を繰り返していた。

 眼前には膨れ上がり、先程以上の巨体と化した怪物、マタンゴアの姿がある。


「……くそっ、なんっ、なんだコイツ……」


 巨大な敵を相手にした時、徒手空拳を主体としたバレナの戦法は相性が悪いのだ。しかしそれでも、バレナはやるべき手は打っている。


「ブゴォォォォ!!」

「ぐうぅぅッ!?」


前肢による強烈な一撃が迫り、バレナはすんでの所で回避する。爪が眼前を通り抜けると同時に空気が裂かれ、ごう、と風が吹き抜けた。


「なん、でだよ……」


 ちぃ、と舌打つと、バレナは声を荒げる。


「なんで正確にこっちを狙えるんだよ!」


 マタンゴアの両目は潰れている。バレナがこれまでにおける地道な攻撃で潰したのだ。

 どんなに体が大きかろうと、戦いの最中に両目を失えば再起不能は免れない。例え気力で戦いを続けようとも、相手に正確な攻撃を放つことは不可能な筈だ。

 それが何故かこの巨獣は、両目がある時と寸分違わぬ速度、精度の攻撃を繰り出しているのだ。バレナが焦るのも無理のない話だろう。


「があッ!?」


 爪は回避したものの、反対の手に打ちすえられてバレナは吹き飛んだ。

 ゴロゴロと転がった後で跳ねるように飛び起きると、むせ込みながら敵を睨み付けるバレナ。


(潮時、か?)


 ちらり、と背後のイレーネに目を向ける。

 イケゴニアの男に斬られて数分。簡素な止血しか出来ていない彼女の顔色は、青白くなり始めていた。


「──っ、くそ!」


 イレーネを連れて撤退するという選択肢もあった。だがしかしバレナは、この危険な場所に彼女もろとも残る選択をした。この場でイレーネを守りながら戦うことを選んだのだ。

 一つは、この怪物を野放しに出来ないということ。戦う相手がいなくなれば、マタンゴアはその巨体で街にどれだけの被害をもたらすか分からない。


 そしてもう一つは純粋に、この場にいた方が彼女が助かる確率が高いと判断したからだ。


「ぐぉんのぉぉぉッ!!」


 マタンゴアの追撃を、バレナは渾身の力で受け止めていた。

 肩口に深く爪が刺さるも意に介さず、持てる全力でその前肢を捻る。


「ゴォォォォォッッ!!」


 バランスを崩すと、マタンゴアはゆっくりとその場に倒れ込んだ。その体躯故に、倒れるだけで粉塵が舞い、地響きが起きる。


「ざまあ、見やがれ……!」


 言いながら、バレナもその場に崩れ落ちた。これまで何度となく怪物と打ち合い続け、とうにその体は限界を迎えていたのだ。


(流石に、やべぇな……)


 額に玉のような汗を浮かべて深く息を吐き出すバレナ。しかし彼女は、現状に対してどこかで安堵していたとも言えるだろう。

 何しろあの巨体だ。倒れただけで相応のダメージを受けることは確実であろう。

そして、一度倒してしまえば起き上がることは容易ではない。

 この大チャンスに追撃が出来ないことは勿体ないが、それでもいくらかの休憩は──、


「…………は?」


 眼前に広がる光景に、バレナは思わず間の抜けた声を口にしていた。


「ブゴルギョォォォ!グルルガアァァァ!!」


 悲鳴とも咆哮とも分からぬ叫び声を上げて、マタンゴアが起き上がったのである。──いや、起き上がったという表現は相応しくないだろう。


 それは、実におぞましい光景であった。横倒しになったマタンゴアの下からボゴボゴと音を立てて白い肉の塊のようなものが生み出されると、それが爆発的に増え、まるで支えのように横倒しの巨体を立ち上がらせたのである。そして体の左側面から生えるその白い塊は、マタンゴアが起き上がった後であれよと体の半分を覆う白い塊の中に吸収されていた。


「え?──は?」


 思考が追い付かない。今倒した筈の相手が、間を開けず立ち上がってしまった。対して己は無防備を晒しており、今からでは防御も回避もままならないだろう。


「ブゴォォォォォ」


 マタンゴアが前肢を振るう。バレナはそれをいち早く察知した。したのだが、彼女の体は動いてはくれなかった。


(──くそっ)


 流石にこれは助からないとバレナも理解した。せめてイレーネだけでも逃がしたかったのだが、それも不可能であろう。バレナはただ、迫り来る攻撃を見つめ──、


「ゴブォォォォォ!!!」


 横合いからの攻撃を受けて体勢を崩したマタンゴアの一撃は、バレナを逸れて空中に空振りしていた。


「──え?」


 驚いて見上げるバレナ。そこにいたのは。


「いいぞ!次だ!第二陣、放て!」

「「はっ!」」


 ヴィクトールと十数名の部下たち。──宮廷魔導師団の姿であった。へへ、と小さく笑うバレナ。そんな彼女の元へ、ヴィクトールが駆け付ける。


「一人で戦わせてすまなかった。これより我らも参戦させてもらう」

「ありがてぇ。……一人、回復出来るやつをよこしてくれ。そっちに重傷のやつがいる」

「──分かった」


 その短いやり取りで状況を理解したヴィクトールは、ヒールを使える部下を二人ほど呼び寄せると、バレナとイレーネの二人へとあてがった。


「あんたも回復がいるだろう。ヒールしか出来んが我慢してくれ。よし、陣営交代だ!」


 それだけ告げると、ヴィクトールは指示を出しながら戦線へと戻っていく。宮廷魔導師たちはヴィクトールの指揮の元、絶え間ない連携攻撃によってマタンゴア相手に善戦している様子であった。

 その様を眺めて、また、ヒールによって傷を癒されているイレーネを見て、バレナは今度こそ安堵の息を吐き出す。


「ったく、受付嬢のくせに無茶してんじゃねえよ。傷が残ったらどうすんだっつうの」


 これこそが、バレナが望んだ状況であった。イレーネを抱えて撤退した所で、街がこの様では医者を探して治療を受けることさえ難しいだろう。それならばいっそ、目立つシンボルである巨獣と戦い続けていればいい。そうすれば、回復魔法を覚えている誰かが駆け付けてくれるだろう。と、バレナはそう考えたのである。

 まあ尤も、彼女が想定していたのはエール大好きな知人なのであったが。


「ゴブルグォォォォォ!!!」

「うわあぁぁぁ!!」


 と、宮廷魔導師団の第二陣より悲鳴が聞こえた。魔法の波状攻撃によってマタンゴアをからめ取っていた筈の彼らだが、隙をついた一撃を受けて一部が崩されてしまったのだ。


「第一陣!交代だ!崩れた穴を埋めろ!」

「し、しかし……!うわぁぁ!」


 これが練習ならば、ヴィクトールの言葉通りに動くことはさほどく苦もなく出来たろう。

 しかし彼らは間近で仲間がやられる瞬間を見てしまった。巨大な前肢で弾き飛ばされ、叩き潰される様を目撃してしまったのだ。分かっていても、冷静な判断なぞ出来ようもない。


「おい!落ち着け!」

「わあぁぁぁ!!」


闇雲にファイアーボールの魔法を乱射する。そうした恐怖は近い者たちからあれよと伝搬し、総崩れを起こさんとしていた。


「ち。第一陣、攻撃開始だ!」

「……は、はい!」


 ヴィクトールの指揮の元、待機していた宮廷魔導師団メンバーたちが攻撃を開始する。しかし少なからず彼らにも恐怖は広がり始めている。マタンゴアが魔法を受けながらも反撃し始めたため、少しずつ切り崩され始めたのだ。

 いつ自身がやられてもおかしくない状況下では、ベストパフォーマンスなど期待するべくもない。

 また、そうでなくとも彼らの波状攻撃は、眼前の巨獣を仕留める決定打とはなれていなかった。理由は簡単。


(これでも手数が足りんか……!)


 ヴィクトールが歯噛みする。宮廷魔導師団の総攻撃であってもマタンゴアはその動きを止めずに攻撃を続け、逆に蹴散らされた魔導師たちが一人、また一人とその数を減らしていた。

 そもそもが、セタンタの誇る最大戦力による総攻撃だったのだ。それで仕留め切れていない時点で、宮廷魔導師団の勝ち目は薄いのだ。マタンゴアが、セタンタの想定を上回る強敵であるとも言えるだろうか。


「団長!このままでは……!」

「ええい怯むな!我らが退けばこいつは貴様らの家族を襲う!何としてもここで仕留めよ!炎止め!これより第二作戦に移る!」


 ヴィクトールが声を張り上げる。そうして自ら規範となるべく前線に立つと、彼は描き貯めた魔法陣を一気に解き放った。


「燃やしても効果がないのならば、この場に釘付けにしてくれる!【アイシクルランス】!」


 その数、二十程。氷で作られた槍を相手に向けて射出する、宮廷魔導師団の中でもヴィクトールしか扱うことの出来ない中級魔法である。


「ブォォォッッ!!」


 氷の槍が降り注ぎその体に突き刺されば、マタンゴアも悲鳴に似た叫び声を上げて身を捩るしかない。ヴィクトールの攻撃に合わせて、部下たちも氷魔法による一斉攻撃を開始する。


「「【ブリザド】!」」


 ここでマタンゴアを氷付けに出来れば、実質的な勝利であろう。確かな手応えを確認し、追撃の魔法陣錬成を始めるヴィクトールであったが、


「駄目だ!逃げろ!」


 バレナの声がその場に響き、ハッとして顔を上げていた。そしてヴィクトールはそれを見てしまう。


「ヴゴォォォォォォ!!」


 氷の杭を体中に突き刺したまま、マタンゴアは滅茶苦茶に暴れていた。そして、あれよという間に氷がその姿を消していく。誰もが眼前の光景を理解出来ぬまま、怪物は自身を囲んで魔法を行使している宮廷魔導師団を次々に払い飛ばしていく。


「なんだと!?皆、離れ、ぐうっ!?」


 指示を飛ばすヴィクトールも、ついにその巨大な前肢による一撃を受けて弾き飛ばされてしまう。

 そしてこの時点で、満足に動ける宮廷魔導師団の数は僅か数人にまで減っていた。


「ゴォォォォォッッ!!」


 動きを阻害する邪魔がなくなり、マタンゴアが行動を開始する。


「くそっ!」


 それを見上げることしか出来ず、唇を噛み締めるヴィクトール。


「ここはアタシが食い止める!だから全員下がれ!」


 逆に前線に飛び出そうとバレナが立ち上がったその時。


「なん……だ?」


 空が暗くなった。

 バレナもヴィクトールも、残った宮廷魔導師たちも一様に空を見上げる。


「なっ──」


 初めに“それ”に気付いたのはヴィクトールであった。魔法陣だ。空を埋め尽くさんばかりの魔法陣がそこに広がっていたのだ。

 千に届くであろう魔法陣の中心には、巨大な竜が浮かんでいる。

 理解が追い付かない。リアクションさえままならず、しかしヴィクトールは数秒後に訪れるであろう己の死を覚悟した。


「【アイシクルランス】!」


 その声を、聞くまでは。


 轟きと共に、それこそ空を埋め尽くす雨と見紛う氷の槍が生み出されると、轟音を伴って一斉に打ち出された。

 そしてその全てが、マタンゴアへと降り注いだのである。まるで氷柱による爆撃が如く。ヴィクトール以下その場の全員が、その光景をただただ眺めることしか出来ずにいた。


(これは──。これは現実なのか?どれだけの時間を掛ければこんな芸当が出来る?三日三晩魔法陣の錬成を続けてもこれは……、いや、そもそも発動前の魔法陣を保てるのは十分が限度だ。物理的に、出来る筈が──)


 そこまで考えて、彼の脳裏に懐かしい人の言葉が浮かんできた。そうだ、あの時彼女は、なんと言ったんだったか。


──魔法の可能性って、無限大なのよヴィクトール──


 手で描くのなら数秒に一発が限度の魔法でも、頭の中で魔法陣を描くことが出来るなら複数同時に――それも大量に出すことも可能なのだと、かつての師であるアリシアは語り、実際に大量の魔法を展開して見せた。

 あれから研鑽を積んだ自負のあるヴィクトールでも、未だ自身があの日のアリシアに及ぶとは到底思えずにいた。しかし、眼前のこれはどう見ても、あの日の彼女を遥かに凌駕している。


「アリシア……、あんたなのか……?」


 思わずそんな呟きが漏れていた。故郷ステンシアが魔王軍に襲撃されて、殿に立って皆を逃がそうとしたアリシアが死んだと聞かされた時の無念を思い出す。

 あの時程己の無力を恨んだことはなかっただろう。もっと真摯に魔法を教わっていればと後悔もした。今の宮廷魔導師団長としてのヴィクトールがあるのは、そんな慚愧の念に堪えない程の衝動があったからだろう。

 アリシアが掲げた灯を絶やさない為に、彼は苦難の道を選んだのだ。


 空を見上げて、ヴィクトールは思う。

 これ程の芸当が可能なのは、生き延びて更に研鑽を積んだアリシア自身なのではないか、と。

 もしそうなら、それはどれ程の──、


「ごめんなさい!遅くなって!」

「────!」


 地に降り立った竜の背からふわりと飛び降りるその姿を目の当たりにして、ヴィクトールは息を飲んだ。アリシアではない。鮮やかな金色ではなく、焦げ茶色の髪をなびかせるその女は、彼の記憶のアリシアとは別人だ。しかし、その碧い瞳も柔らかな物腰も、どこか彼女に似ている。


「ウィズ!助かった!」


 バレナが彼女にそう声を掛ける。どうやら焦げ茶色の髪の女も、勇者パーティーのメンバーらしい。しかしウィズ、ウィズか……。どこかで……。


──聞いてヴィクトール、ウィズったらね──


「っ!ぁ!?」


 その時、まるで体を電流が走ったかのようにヴィクトールは目を見開いていた。


(そうだウィズ、ウィズだ!アリシアがいつも天才だと溢していた一人娘!ステンシア襲撃以降名を聞くことがなかった為に死んだものと思っていたが、そうか、生きていたのか……)


 ヴィクトールは直接ウィズと会ったことは、ウィズが子供だった時にアリシアに連れられてきた一度だけしかない。ただ、常日頃からアリシアが褒めているので、彼女の修行について行けるヤバイ娘なのだろうとは思っていた。


(まあ、これを見れば嫌でも納得せざるを得ん、な)


 己の存在など紙屑同然に吹き飛んでしまいそうな程、彼女はアリシアの魔法を体言した存在であった。

 アリシアが教えてくれた娘の名は確か。


「ウィスタリアか……!」

「師団長、これなら……!」

「流石の奴もひとたまりもないかと」


 ウィズの一撃は、見るものの度肝を抜くと同時に、安堵を与えるものでもあった。これならば確実に仕留められただろうと万人に認めさせる説得力を持った一撃であったと言えるだろう。しかし。


「ぎゃあ~ん!!」


 リューカの声にハッとして、皆が視線を戻す。氷の槍によって大地に串刺しにされた筈のマタンゴアだったが、その体から噴出した白い塊が氷を包むと、それを瞬時に溶かしてしまったのである。先程ヴィクトールの氷柱を消してしまったのも、恐らく同じ方法によるものだろう。そうしてマタンゴアは自由を取り戻すと、四つ足に力を込めてその場にゆっくりと身を起こしていた。


「こいつ……、不死身か……?」


 誰ともなしに、そんな呟きが思わず口をついて出た。動き出そうとするマタンゴアに、果敢に組み付くのはリューカである。


「ぎゃうッッ!!」


 長い首を相手に絡め、体重を掛けて押し潰す。マタンゴアの動きが阻害されているその隙に、バレナがウィズへと駆け寄った。


「なんなんだコイツ……!?ウィズ、もう一発いけるか?さっきの」

「……ごめんなさい。無理なの。移動中の時間があったから出来たことだし、何より今ので魔力が三分の一を切ってしまったから……」

「──失礼。宮廷魔導師団長のヴィクトールだ。助太刀感謝する」


 そんな二人の会話に横から入ったのはヴィクトールであった。

 ウィズも表情を引き締めると、「勇者パーティーのウィズです」と頭を下げる。


「色々と聞きたいことはあるが、今はあの怪物の討伐を優先させるべきだろうな。あー、それで、だが」


 マタンゴアを見た後でウィズ、バレナへと交互に目を向けると、最後にドラゴンに視線を移してヴィクトールはオホン、とわざとらしく咳き込んだ。


「話し合う前に一つ確認しておきたい。あの竜は君らの仲間なのか?」


 確かに、知らないものからすればリューカの存在は降って湧いたドラゴンなのだ。驚かない方がどうかしている。ヴィクトールの言葉に目を丸くするウィズであったが、ふっと微笑むと頷いた。


「はい、そうです。師団長様。頼もしい、私たちの仲間ですよ」

「ヴィクトールで構わない。……そうか。それならいいんだ。で、だ。今はその仲間が抑えてくれているが、今後の奴への対応を相談したい。炎も氷も奴には効果がなかった。宮廷魔導師団で動けるのは俺とあと二人だけだ。これからの攻撃は何一つ無駄には出来ないだろう」


 そう前置いた上で、ヴィクトールはウィズを真っ直ぐに見つめると力強く頭を下げた。


「勝手なことを言って申し訳ないが、師団長として頼む。ウィズ、といったか。君が指示を出してくれ。間違いなく、この中で一番の魔法使いは君だ。なら、君に合わせた方が間違いなく勝率が高い。──頼む」

「そ、そんな。頭を上げて下さいヴィクトールさん」


 困った様に首を捻ると、ウィズは言う。


「このパーティーに入るまで、私はずっと一人で生きてきた者です。それもまだ日が浅く……。他者を指揮することに掛けて、貴方に及ぶべくもありません」


 その言葉に謙遜はない。ウィズは本気でそう思って口にしていた。それでも、と彼女は続ける。


「それでも私如きの判断を頼って頂けるというのでしたら、奴の──あの怪物の前肢にブリザドをお願いします」

「ブリザド?氷の低級魔法のアレをか?……いや、分かった」


 ヴィクトールも、彼の信念からウィズの判断を信じているのだ。今更そこに疑問を挟むような間抜けはしない。ヴィクトールは二人の部下に内容を伝えると、自身もまた魔法の行使に向けた態勢へと移行した。

 その様を横目にして、ウィズは小さく頷く。


「リューカちゃん!離れて!」

「ぎゃう!!!」


 ウィズの声で、マタンゴアに組み付いていたリューカが飛び退いた。同時にウィズが、彼女の魔法を発動させる。


「【アクアボール】!」


 声と共に、水の塊がマタンゴアの両前肢へとぶつかった。ばしゃりと音がしてその前肢が濡らされる。それ自体にダメージはない。しかしヴィクトールは、ウィズの狙いを理解して声を張り上げた。


「今だ!【ブリザド】!」


 ヴィクトールと同時に、二人の部下、そして他ならぬウィズ自身も時間差で生み出したブリザドの魔法を行使する。

 激しい凍結魔法と化したブリザドは地面の水を凍らせ、そしてそれに連なるマタンゴアの前肢をも凍らせていた。


「ゴブルオォォ!!?」


 脚が動かせず叫び声を上げるマタンゴアだが、彼にとってはこの手の凍結は既に対処済みな事柄だ。

 先程と同様に白い塊が氷を包むと、それをじゅわじゅわと溶かし始める。


「やはり溶かされるぞ。どうするんだ?」

「続けてください。溶かされた上からまた凍らせます!」

「しかしそれでは堂々巡りだぞ!?魔力を減らして、時間稼ぎにしかならん!」

「構いません!」


 力強くそう宣言すると、ウィズは次いで口を開いた。


「ここに来る途中、リューカちゃんの背中から私、見たんです。彼がこちらに向かっているの。だから──」

「彼?いったい何の──」


 ヴィクトールの言葉が途切れるよりも早く、その場に一陣の風が駆け抜けた。それは皆の視線が追い付かぬ速度で巨獣へと向かうと、凍り付いたその脚を一閃して吹き飛ばす。たったの一瞬で、両前肢を失ったマタンゴアはその場に崩れ落ちていた。

 そうしてその風はその場に足を止めると、「よっ」と皆に挨拶した。


「悪い。遅くなっちまった」

「「レオン!」」ぎゃうん!」


 バレナ、ウィズ、そしてリューカの声が重なる。青く輝く剣を軽く回して、勇者レオンがついに戦列に加わったのである。

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