セタンタ 聖堂 『決戦セタンタ ~その4~』
遠い遠い記憶。まだ母が生きていた頃、沢山の有望な子供たちが魔法を習いに領主の館を訪れた。しかし何故か、長続きする子はほとんどいない。母が首を傾げる中、月に数度と回数は少ないが通い続けてくれる子が一人だけ居た。
「ウィスタリアおねえちゃん!」
元気で可愛らしい呼び声に、分厚い魔導書を読んでいたウィズは顔を上げる。琥珀色の瞳に肩まで伸ばされた綺麗な紫紺の髪をみとめて、ウィズは微笑んだ。
「ララちゃん。今日も早いわね」
ウィズの言葉に、ララと呼ばれた少女は嬉しくて堪らないと言うように笑った。
「今日、いよいよ魔法の実践練習なの!楽しみで待ち切れなくって……」
聡明で芯が強く、それでいて天真爛漫なララがウィズは好きだった。琥珀色の切れ長の瞳を期待に輝かせているララにくすりと笑って、ウィズは小さな可愛らしい包み紙を可愛い妹弟子のてのひらに置いた。
初めて見たものに目をまあるくするララに、ウィズは囁いた。
「ミルクキャラメルよ。お母さまには内緒ね?」
初めて魔法を使うお祝い、とウィズが微笑むと、くすぐったそうに、大切な宝物を眺めるようにララがうっとりとした。
「わぁ……アリシア先生にはないしょなの?」
「そう。二人だけの秘密」
そう言って、二人でくすくすと笑い合う。
幸せだった。まるで妹が出来たみたいで。あたたかな陽射しの差し込む昼下がりの部屋で、この時間がこれからも続いてゆくと当たり前に思っていた。
その日を最後に、ララは屋敷を訪れなくなった。どうしても気になって母に尋ねると、アリシアは顔を曇らせた。
――ララの住んでいた集落は何者かに襲われ、住民は皆殺しにされたのだと言う。
「魔王軍じゃないか、っていう声もあってね。ステンシアも危険なんじゃないかって、みんな不安に駆られているわ。……どうして、あんないい子が……」
言葉が出なかった。
それが、二人の時間の唐突な終わり。今の時代には珍しくない、けれど少女の心に影を落とすには十分なできごと。
その何年か後にウィズも故郷を追われることになり、二人は二度と再会できない筈だった。
綺麗な思い出が思い出のままで終わることを赦されないなんて、誰も想像さえ出来なかっただろう。
◇◇◇◇◇
「馬鹿な!アリシア先生……、アリシアも娘も、魔王軍に殺されたと聞いた!ステンシアは滅びたのでしょう!?」
激昂するように声を張り上げるアラクラに、ウィズは魔法の障壁を展開させたまま頷いた。
「ええ、そうよ。滅びたわ。私だけが、お母さまや皆に助けられて生き残ったの」
「なっ……」
「ララちゃんこそ。襲われて、山間の集落は壊滅したって……」
逆に問うようなウィズの言葉に、アラクラはギり、と歯噛みした。
「したわ。私だけが生き残った。みっともなく、奴等の仲間になって生き延びたのよ」
暗殺者が敵対者と語り合うなど、あってはならないことだ。特に厳格にイケゴニアの掟を守ってきたアラクラにとって、このような禁を破る行動は初めてであり、ウィズの存在はそれほどにショックだったのであろう。
「く……っ」
一方のウィズは、アラクラとの短いやり取りで、彼女の素性を概ね理解していた。
集落を壊滅させたのはイケゴニアだったのだ。そして経緯は分からないがアラクラはその中で唯一生き残り、奴等の仲間として連れ去られた。そこに自由などなく、彼女は生き延びる為に彼ら(イケゴニア)を選ぶしかなかったのだ。
ウィズは身震いした。もしその立場が自分だったらと考えたのだ。もしあの時点で魔王軍に見つかり連れ去られていたら──。
それは恐らく、死よりも恐ろしい結果となっていただろう。
「そこをどいて。私が用があるのはそっちの女よ!」
「させない」
ウィズ越しに、壇上のミーナへと目を向けるアラクラ。狙われた張本人は、リューカに守られる形で未だ壇上に立っていた。
(どうして逃げないの……?狙われていることは理解した筈。ならば、何故?それに──)
ちらりと観客席にも目を向けるアラクラ。
先程まで百人はいたかというそこには誰もいない。
「はい皆さんこちらです!押さないで順番に!」
入り口付近ではブラウン商会のメンバーであるオリバーが、観客たちの避難誘導に務めている。アラクラが壇上に上がってから今に至るまで二分弱。あまりに手際が良すぎる。
(本当に襲撃はバレていて、対策されていたのね……)
彼女の思った通り、事前にアラクラの襲撃を予期していたミーナたちは、公演を行いながらウィズの風魔法によって、ウィズの声をアラクラを除く観客席に届けていたのだ。
その内容は、お尋ね者が観客席に居る。そいつを壇上に呼ぶので、その隙に皆は静かに避難してほしい。というもの。騒げば標的になり兼ねないと告げると、皆一様に無言で退避を始めていた。後は見ての通り、たまたま来ていたオリバーが避難誘導係りを仰せつかり、無事に観客たちは教会からの脱出に成功したというわけだ。
「こっちは全員避難しました!俺も逃げますんで、誰か良ければ今度デートして下さいね~」
そう口にして返事を待たず姿を消したオリバーに感謝の念を抱きつつ、ウィズは声を張り上げる。
「全員無事よ!ミーナちゃん、早く逃げて!」
「────はいっ!」
そしてその声を聞いて初めて、ミーナは控え室へと駆けていく。成る程。とアラクラはその行動の意図を理解して息を吐き出した。
(観客どもを逃がす為に、自身が囮となって私の注目を引き付けたっていうの……?)
その志の高さには敬意を表する所存だが、それが付け入る隙を生んだことも確かだ。アラクラは視線をウィズへと戻すと、自身の腕に力を込めた。
「はぁッ!」
「な──っ」
バギバギッ!
流石アリシアの娘。一瞬で、という訳にはいかなかったが、それでもその腕の刃は障壁に派手な亀裂を走らせると、数秒後にはそれをバラバラに砕いていた。砕けた障壁がキラキラと輝く魔力となって消えていく。
そのまま腕を振り下ろすアラクラであったが、そこにウィズはいなかった。亀裂が走った時点で障壁を捨て、飛び退いていたのだ。
「ここはわたくしたちが通しませんわよ!」
ウィズを庇うように半歩前へ進みながら、リューカが力強く告げる。しかしその隣に立つウィズもまた、リューカ同様に半歩乗り出していた。驚くリューカにちらりと目配せした後で、ウィズはアラクラへと言葉を掛ける。
「ララちゃん、……どうしても、戦わないことは出来ないの?」
「…………」
「殆どの知り合いは、あの襲撃でいなくなってしまった。だから、嬉しかったのよ。貴女に会えて」
「………………っ」
俯くアラクラ。ぎり、と音が響く程に歯噛みした後で、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「ララ……。そんな奴はもう死んだわ。私は――アラクラ(死の使い)よ」
その目には、一切の感情が込もっていなかった。アラクラはここに来て、イケゴニアのアラクラへとスイッチを完全に切り替えたのだ。今の彼女なら、例え両親が生きて目の前に現れたとしても一切の躊躇いなく殺すだろう。
「任務を遂行する。邪魔をするなら、貴女たちから始末するまで」
そうして、自身の両腕を真上に突き上げた。
「ララちゃんっ」
「ウィズさん、来ますわよ!悪いけれど、命を奪うつもりで戦わなければアレは危険ですわ!」
リューカの警告と同時に、アラクラが両腕を勢いよく振り下ろす。そしてステップを踏みながらその腕を小気味良く揺らし、左の刃を前方へと突き出す。静と動、メリハリのある動きはまるで、舞を舞っているかのようである。
「この動きは……」
ウィズがぽつりと漏らす。これこそがアラクラがイケゴニアで培った戦闘方法。その名も戦闘舞踊であった。
「──くっ」
舞うような動きで近付くアラクラは、次にどう動くか予測が付かない──悪い意味で動きの読めぬ相手であった。それは、これまで数多くの敵と戦ってきて戦闘経験値の高いウィズとリューカの二人が翻弄されていることからも見て取れるだろう。
「はあッ!」
大振りに放たれたリューカの斧は、必要最小限の動きで回避されていた。それも、舞踊の一部であるかのような動きで、である。そして反す刃が彼女の露出した胸を切り裂いた。
「あぐッ!?」
「リューカちゃ──」
言葉が止まる。躍りながら伸ばされた左の刃が、その形状を細く鋭く伸ばしてウィズの肩口を貫いていた。アラクラはウィズを見てすらいない。実に自然な流れで、間合いの外だと思っていた位置から攻撃されたのだ。
「っあ!」
刃の腕が引き抜かれると、ウィズはその場に膝をついた。
「ウィズさんっ! こ、のぉぉぉッ!!」
リューカが今度は横に向けた斧を力任せに振り回した。彼女の得意の回転切りだ。これならばアラクラの躍りでも避けることは出来ないだろう。
そう考えたリューカの目の前で、アラクラの姿がフッと消えた。
「え────」
回転を終えたリューカの眼前。斧の上にアラクラは立っていた。同時に、クロスさせた両腕の刃がリューカの首を挟み込むように伸ばされていた。まるでハサミのように、首を刈り取ろうと狙っていたのである。
「ぐっ、うッ!!」
リューカはそこから逃れる為に、自身の武器を手放さざるを得なかった。飛び退くと同時に、バチンッ!とハサミが閉じられる。
瞬時に判断したお陰で、ダメージは首の皮一枚で済んだようだ。
「……やりにくい、ですわね……」
「──ええ……」
リューカもウィズも、ここまで追い詰められたことは初めてなのだ。二人は血を流しながら、アラクラを見つめていた。
◆◆◆◆◆
「はっ、は、は、は……」
ウィズとリューカの二人を残し、俺は、一人走っていた。
教会の裏口から外に出て、セタンタの裏路地を駆ける。アラクラの狙いが俺だというので、なるべく距離を稼がなければいけないのだ。
「でもっ、なんでっ! オレ、なんだよっ!?」
思わず疑問が口をついて出る。そもそもが俺のいるこの世界の勇者パーティーは未だイケゴニアと接点を持ってはいない筈なのだ。少なくとも俺が加入してからは、先日のミセリア襲撃まではイケゴニアのイの字もなかった。
もし俺が拾われる前に何かしらあったのだとしても、益々俺が狙われている理由からは遠ざかるだろう。
「……教えてあげようか?」
頭上からそんな声が響いて、俺はその場に急停止していた。
近くの木の上にでもいたのか、数瞬の後に眼前に降り立ったのは俺がよく知る人物で。
「ミセリア!」
「……あまり堂々と暗殺者の名前を呼ぶものじゃないよ」
ぬらり、とした殺気を向けられて、うっと言葉に詰まる。デビュロの名で揺らがせたとはいえ、決して優位に立てた訳ではない。彼女との絶対的な実力差が埋まった訳ではないのだ。ミセリアさえ復讐を呑み込む腹積もりになってしまえば、俺など簡単に始末されてしまうだろう。
「……ごめん。それで、今は何の用?律儀に声を掛けてくれたんだから、殺す気ではないと思いたいけど」
「さっき言った通りだよ。疑問に答えてあげるって言ったんだ。……その代わり、ボクから聞きたいこともあるけどね」
視線が交錯する。元より拒否するつもりも権利もない。
「分かった」
俺が一言そう口にすると、ミセリアは満足そうに頷いた。
「うん。いいね」
そうしてこちらを見据えて小さく鼻を鳴らすと、彼女は再度口を開く。
「お前が狙われている理由は簡単だよ。ミラリスの予言が外れたんだ。その原因がお前だとミラリスが進言して、主がその排除に乗った。ただ。それだけだ」
伏し目がちにそう告げるミセリア。口を開こうとする俺を遮るように、ミセリアは言葉を続ける。
「お前は主の名を知っていた。……ボクの知る限り、イケゴニア以外で主の名を知り生きているものはいないんだ。……だから、お前の言葉は信じるに値する」
「…………」
「その上で聞きたいんだ。ミラリスの進言、とボクは言った。けれど、本来ならば主はそれに乗るような人間じゃない。勇者パーティーと争うリスクがどれ程のものか分かっているからだ。魔神の時、衝突を避ける為にフィーブから撤退する判断を下したのは主だ。実際ボクがフィーブに向かった時、争いは避けろと主は言っていたんだ。だがその後主は急にミラリスの提案を受け入れ、お前たちと真っ向から戦う流れになってしまった。ボクは……、そうだね。主の心変わりの理由を知りたい」
ミセリアの長い話を聞き終えて、俺の疑問は一つだけだった。
「……ごめん、聞きたいことがあるんだけど」
「それは認めない。何故お前が襲われるのかについては話した。質問は互いに一つだけ──」
「ごめん。どうしても聞きたいんだ……!」
「っ!?」
俺の勢いに圧されてか、ミセリアが一歩後退さる。
「な、なに?」
「根本的な話なんだけど……」
ミセリアの言葉の中に、看過出来ぬものがあったのだ。それを解消しなければ、恐らく俺は彼女の疑問に答えることが出来ない。
そして俺は口を開き、その疑問を口にした。
「────ミラリスって、誰……?」
◆◆◆◆◆
その男は、スーイエにある洋館の最奥にて、玉座を思わせる造りの良い大椅子に腰掛けていた。
灰色掛かった黒髪をアップバングにしている男の顔は一見若そうに見えるが、年季と共に刻まれたシワが、彼が決して若くないことを物語っていた。
「てめぇがイケゴニアの親玉か!」
指を突き付けて叫ぶバレナ。男は、「親玉、親玉ね……」と呟くと、わざとらしく嘆息してみせた。
「品性がない者はこれだから困る。その敬称は、私を表すのにまったく不適当だよ」
「あんだと?」
「じゃあ何なのさ?」
「親玉ではない。親なのだ。彼らイケゴニアの父こそ、このフィルマなのだよ」
言われても今一つピンと来ていないバレナとスルーズ。二人に冷ややかな視線を送った後で、フィルマと名乗った男はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「我らイケゴニアは、一つの大きな家族でね。死んだデビュロ、お前たちが殺したアラクラ、ファルクス、ワールト……、そこにいるミセリアも含めて、固い絆に結ばれた六人の家族だったのだよ。……まあ、今はもう二人になってしまったがね。ミセリア、もう楽しんだだろう?戻ってきなさい」
びくり、とフィルマの言葉にミセリアは身を竦める。
「家族……?冗談言わないで」
深い感情を見せることなく淡々と語るフィルマに、次に噛み付いたのはウィズであった。
「選別し、弱者を切り捨て、逃げられない状況に追い詰めて無理矢理傍に囲っているだけじゃない!貴方のそれを、家族だなんて認めない!」
「そうかね。ともすれば君らを新しい家族に迎えても良かったのだけど」
「冗談じゃねえ」
「絶対にお断りですわ!」
「────ああ、そうだ」
バレナ、リューカの言葉に重ねるようにレオンが声を出す。フィルマを正面に見据えて、彼は怒りに燃えていた。
「お前のそれは家族ごっこですらない。他ならぬお前自身が、一番家族を信じてないのだろうが」
レオンの言葉に、フィルマはふっ、と自嘲するように笑って見せた。
「もう失いたくなかったんだ。だから強い者を求めた。
もう裏切られたくなかったんだ。だから何者にも負けぬ家族を求めた」
目を細めると、フィルマは氷のように冷たい眼差しをレオンへと向ける。無感情の中に僅かな怒りと侮蔑を混じらせて、「だが、死んだ」と口にした。
「死んでしまった。彼らは私を裏切ったんだ。──だから、もう彼らに興味はないよ。私はまた、私を裏切らない家族を探すだけさ」
「お前さえいればやり直せると、そう言いたいのか」
「ああ。私こそがイケゴニアだ。私がいればイケゴニアは永遠に不滅だとも」
「そうかい」
それだけ言って小さく息を吐き出すと、レオンは鞘から剣を抜きながらフィルマを見据え、口を開いた。
「じゃあイケゴニアは終わりだ。俺が──俺たちが、お前もろともここで滅ぼす」
「────出来るものなら」
こうして両者は激突し、勇者パーティーとイケゴニアの最後の戦いは幕を開けたのである。
~クエスト・オブ・ハート~第五章 決戦イケゴニアより抜粋
◆◆◆◆◆
「私が知っていイケゴニアに、ミラリスという名前のメンバーはいなかった。間違いなく、イケゴニアの家族は全部で六人だった」
「な、何言ってる。お前がミラリスを知らないだけだろう?」
「なら、そのミラリスがいつ加入したのか。それだけでも教えて」
「それをお前に話す義理はない」
「じゃあ話さなくてもいいよ。ミセリアは思い出せる?」
俺の言葉を受けて、ミセリアはやれやれ、とため息を吐き出した。
「まったく、何の意味があるんだか……。そんなの当たり前だろ?ミラリスは────」
そこまで言い掛けて、ミセリアの体が固まった。
「ミラリス、は……」
「どうしたの?」
「なん──で……?」
急に要領を得なくなったミセリアに、俺は思い当たる節を口にした。
「……もしかして、いつから居るのか分からないとか?」
「!」
彼女の目が見開かれる。どうして分かるのかというミセリアに、俺は、やっぱりか……と呟いた。
それならば、ゲームの展開から逸脱してこのタイミングでイケゴニアが襲撃してきたことにも納得がいく。
「さっき言っていたフィルマが変わったってやつ、多分そのミラリスが原因だと思う」
「……ミラリス、が……?」
「うん。どうやったのかは分からないけれど。そのミラリスって奴が、イケゴニアに潜り込んであたかも家族の一人だったかのように周囲の認識を弄り、私たち勇者パーティーとイケゴニアが争うように仕向けた張本人だと思う」
俺の知らない新メンバーというだけならそこまで問題はなかった。しかし、ミセリアが他のメンバーの詳細を知らないというのはあり得ないことだ。まして加入の時期すら不鮮明とあっては、これはもう捨て置ける状況ではないだろう。
「ミセリア。よく聞いて。……ミラリスっていう奴の正体は分からない。けれどその目的はハッキリしてる。イケゴニアと勇者パーティーの共倒れだ」
「そん、な……。そんなわけ……ない」
否定を口にしつつも、ミセリアは目に見えて狼狽していた。恐らくミラリスは、そんな疑問さえ抱けない程自然にイケゴニアに溶け込んでいたのだろう。
しかし、ややあってミセリアは観念したように俯いた。
「主も、ファルクスも様子がおかしかった。急に勇者たちを全滅させろと言い出して、勇者と戦いたいと言い出して、普通じゃないとは思っていたんだ」
「ミセリア……」
「もし主に何か出来るのなら、それはイケゴニア内部にいる誰かだとも考えた。……けれど、そうか。ミラリスが……」
少なからず目を掛けてはいたのだろう。どこか落胆したような声色のミセリアを見つめ、俺は口を開く。
「……そのミラリスが勇者パーティーを狙うというのなら、それはオレたちの敵なんだ。ミセリア。オレたちはミラリスと戦うよ」
「ぐっ……、例え、そうだとしても……! もうボクたちは動き出してしまった。もう、止められないんだよ……!お前の仲間たちだって無事じゃいられない!アラクラ、ファルクス、二人はお前が考えているより強いんだ。今頃はもう、お前の仲間は全員二人に倒されているかもしれない」
吐き捨てるようにそう強く口にすると、ミセリアはこちらを強く睨んで詰め寄ってきた。
「それにお前、そんな余裕な態度を見せて、ボクに殺されないとでも思ってるの?」
その手にした短剣を見せ付け、そう口にする。「そうだね」と俺は頷いた。
「殺すなら何も言わずに即やってるでしょ。そうやって脅すの、殺す気はないって言ってるようなもんじゃん」
「お前……!」
ここまで煽れば、少しは斬られることを覚悟する俺。しかしそうしてでも、ミセリア相手には強気で対応する必要があると俺は考えていた。
もしも下手に出てしまえば、デビュロの件さえ命惜しさの出任せと判断されかねず、より我が身を危険に晒す危険性があるのだ。
再び互いの視線がぶつかりあった後、先に引いたのはミセリアの方だった。
「――はぁ……。この場で殺すような短絡行動はしないよ。……ただ、お前。本当に仲間が心配じゃないの?」
俺が一向に焦る様子を見せないので、気になって仕方がないのだろう。短剣を腰に戻しながらこちらを見据えるミセリアに、俺は首を横に振って答えた。
「心配してないなんてことはないよ。ただ、ミセリア。分かっていないのは君の方だ」
「……なんだと?」
「アラクラ、ファルクス。彼らが強いことは勿論知ってる。でもその上で」
ふふ。と笑顔を作ると、俺はミセリアにこう告げるのだった。
「俺の仲間は、彼らよりも強いよ」
◆◆◆◆◆
「なんっだぁ? ありゃ……」
レオンがそれに気付いたのは、彼が猛獣たちを蹴散らしながら走っていた時のことであった。
呟きと共に見上げた先には、バレナの元に現れた巨獣マタンゴアの姿がある。
すぐにそこに向かおうとするレオンだったが、
「待てっ」
そこで横合いから待ったが掛けられた。
「……誰だ」
「……その佇まい。その身のこなし。貴様只者ではないなっ!」
最早市民の殆どは家に避難した無人の町の真ん中で。元気に声を響かせる筋骨粒々な男がそこにいた。
「俺はレオン。……お前は?」
「俺はイケゴニアのファルクスだ。──そうかお前がレオンか……!ようやく、ようやく会えたぞっ!」
この時を待ちわびたのだ。とファルクスは言う。
「貴様と一対一の勝負を所望する!」
興奮したように告げるファルクスとは対照的に、レオンは終始冷めていた。冷ややかな目で、眼前の熱い男を観察している。
「ファルクスと言ったか。バレナが随分と世話になったな」
「バレナ……?ああ、あの男女か。確かに根性は大したものだったが、俺の敵ではなかったな。所詮女では男には勝てん!」
「そうかい」
「む。そういえばその女は、俺が用意した魔獣と戦っていたな。ほれ、あそこに見えるヤツだ」
遠巻きに見える巨獣を示唆してファルクスが言う。
レオンは細めた目を、ガハハと笑うファルクスへと向けたまま、小さく息を吐き出した。
「やっぱりこの騒ぎはお前らか。──どういうつもりだ? うちのブレーンがいなかったら、大勢死ぬところだったんだぞ?」
宮廷魔導師団が配備されていなければ。駐屯騎士団が臨戦態勢を整えていなければ。
レオンが街を巡って猛獣たちを討伐していなければ、いったい市民にどれ程の被害が出たか分からない。
「イケゴニアってのは、目的のためなら大量殺戮も厭わないっていうのか?」
「はっ」
レオンの問い掛けを、ファルクスは鼻で笑った。
「そんなことは俺の知ったことではないっ! 今の俺の考えることは、成すべきことは、貴様を全力で倒すこと!それだけだぁッ!!」
「そうか……」
身構えるファルクス。しかしレオンは腰に剣をぶら下げたまま、ファルクスへ向かってゆっくりと歩き出した。そして静かに口を開く。
「あいにくだが周囲には誰もいない。……不運だったな」
「不運?何を言っている?誰の邪魔も入らず貴様と雌雄を決することが出来る、最高のシチュエーションではないか!」
興奮気味に捲し立てると、ファルクスは背中から彼の獲物である鎌を取って両手に構えた。
「貴様相手に出し惜しみはなしだ!無数に暴れる魔力の刃!かわせるものなら────!」
そうしてファルクスの周囲に風が吹き荒れ、魔力が渦を巻く。イレーネに放った時のそれよりも更に多くの透明な刃が生み出され、そして──。
一陣の風が吹き抜けた。
「むうっ!?」
突風に驚くファルクス。その風は彼が起こしたものではない。顔をしかめた彼が目線を戻すと、なんとそこにレオンの姿はなかった。
「なにッ!? 奴め何処に!?」
「……バレナの所に行かなきゃな」
「!」
背後から聞こえた声に振り向くと、そこには背を向けたままのレオンの姿があった。
「いつの間にそこに!? しかし、間抜けめ!今こそが俺を殺す千載一遇の──、む────、お……?」
違和感を感じた時には、全てが終わった後だった。振り返ったファルクスの首が、ずる、と胴体からずれて地面に落下したのだ。
そして遅れて首の断面が血を噴き上げると、まるで糸の切れた人形の様に胴体がその場に崩れ落ちた。
「言ったろ。不運だった、と」
ゆっくり振り返ると、ファルクスだったものを見下ろしてレオンが呟く。その目には、相手に対する敬意など微塵も含まれてはいない。
「誰も見ていないんなら、お前を殺すことに何の躊躇もない。ムカついてんだよ。こっちは」
それだけ言い放つと、レオンは踵を反してその場を後にするのだった。




