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セタンタ 聖堂 『決戦セタンタ ~その2~』

挿絵(By みてみん)

 突然現れた謎の男。彼が去り際に残した言葉は、俺を焦燥へと駆り立てた。俺の心は今正に、大混乱していると言えよう。


──南信彦君──


 何しろ、つまるところあの男の存在は、俺以外にもこの世界に紛れ込んだ人間がいるという証明に他ならないからだ。

 しかし何故ミーナが南信彦(俺)だと分かったんだ?掲示板で本名など明かしたことはなかった気がするが。……いや、クエハー公式カルトクイズ大会等では名前出したりもしてたな……。その上でローブの話なんかもしていたような気もする。コアなクエハーファンなら気付いてもおかしくない……のかもしれない…………。

…………いややっぱりおかしいな?


俺がそのままならともかく、これだけ姿が変わっているのに気付くのは明らかにおかしい。さては──


「上位ランカーか……!」


 ランカーとは、俺の中で勝手にランク付けされたクエハー好き連中のこと。中でもクエハーに人生を捧げる程の熱量を持った愛すべきアホ共を、上位ランカーと呼んでいるのだ。関連書籍のフルコンプリートなど当然のこと。イベントには全て参加し、僅かな情報も漏らさず、常にクエハーの研鑽を怠らない。そんな異常者どもが、俺を含めて少なくとも五人は存在しているのである。

 あの魑魅魍魎跋扈するクエハースレッドの常連、上位ランカーどもならば、俺の講演内容から俺の正体に気付いてもおかしくはない。推察力とか何か色々バグった奴らだったし。しかしだとすると誰だ?小太り軍曹かデブナショフか。はたまたリュカたんラブ助か。しかし誰であってもイベントで会った時はあんな慇懃無礼な態度は取っていなかったような気がするがなぁ。クエハー世界に来たことで気が大きくなってしまったとか?ままあり得るなあ。俺も今は馴染んじゃってるけど、クエハーファンにとっちゃ夢のような場所だもんなぁここ。


 しかしまあ、それならそれでもっと話を聞いておくんだった。あいつらと話したいことなんてごまんとあるのに。

 レオンのパーティーに入って旅をしているなんて言ったら羨ましがるだろうか?何にしても、楽しい時間になることは間違いなかっただろう。

 そんなことを後悔しつつ、俺は男が口にしていた忠告を思い返した。


──次の講演だが、見知った顔に注意することだな──


 見知った顔。レオンたちのことだろうか?

しかしそれ以外には思い当たる節もなく、ぼんやりと考えていた俺は実際に次の講演にて男の言葉を理解することとなる。


 観客席を観察していた折、そこに知っている顔を見付けたからだ。


(あれは、──アラクラ!?……そういうことか……!)


 一人で静かに座っている紫髪のおさげの女。地味な服装で周囲に溶け込んでいるようだが、俺の目は誤魔化せない。間違いなくそこにいるのは、イケゴニアが一人アラクラだろう。見知った顔、とは彼女のことで良さそうだ。


「…………」


 俺が知る彼女のキャラクターからしても、素直に講演を楽しみに来た──訳ではないのだろう。アラクラがここにいる以上、誰かの命が狙われていることは間違いないと見ていい。


(どうしてセタンタに……?ここでの邂逅はミセリアだけのはず……)


 クエハーでは、レオンはセタンタ元市長のモンゼランドを暗殺から護ったことでイケゴニアに目をつけられることとなる。そして夜襲を掛けたミセリアを返り討ちにしたことで敵と認識され、プゼルでの小競り合いを経てスーイエで全面対決することとなるのだ。

 それが、今セタンタにアラクラがいて、動きを見せているのは完全に予想外なのである。


「……でも、何とかしなくちゃな」


 しかし、ゲームのルートとは別の道を辿ることがあるということは、サラを助けられたこと、シュバルツの襲撃で十二分に理解している。だったら対処するまでだと俺は気持ちを切り替えた。幸いなことにアラクラ(向こう)は俺が正体を気付いているということを知らない。今なら先手を打つことも可能だろう。

 俺は控え室に戻ると、小声で皆に打診することにした。


「みんな、聞いてほしい。観客席にイケゴニアのやつがいる。紫髪の女だ」


 ざわ。と、俺の言葉によってその場に激震が走った。


「んだと?イケゴニア……!?」


 その名を聞いて、バレナの瞳が闘志に燃えた。リベンジの機会を狙っていたのだろうか。


「……それで、どうするつもりだ?ドンパチするのか?」

「いや、いきなり騒ぎを起こすのは駄目だ。多分、街に被害が出る」

「なんだと?」

「考えがあるんだ」


 バレナとレオンの発言を受けて俺は首を横に振ると、考えていたことを口にする。


「講演まではあと三十分。勿論、先手は打つよ。万が一普通に講演を聞きに来てくれていたなら気の毒だけれど、そうでなくても彼らは暗殺者であり、価千金の賞金首だ。拿捕する理由には事欠かない。……それに、オレの考えが正しければ奴らは街を巻き込むつもりだ。放っては置けない」

「……それで、方法は?」


 真剣な顔のウィズに見つめられ、俺は頷くと口を開いた。


「分かった。手短に説明すると──」


◆◆◆◆◆


「大変です、師団長!」


宮廷魔導師団の本部に慌ただしい声が響いたのは、ミーナが動き出して二十分程経った午後二時のこと。


「ティーンか。どうした騒々しい」


 眉根を寄せてそう口にするヴィクトールに、団のメンバーにして中級魔導師であるティーン・メイジャーは慌てた様子で繰り返した。


「大変なんです!」

「それは分かった。内容を話せと言っている」

「あ、そうでしたね」


 言われて、すん、と落ち着くと、ティーンは再度口を開いた。


「来客です。ブラウン商会のダニエルさんが、師団長に緊急の話があるとか」

「緊急って、アポないんでしょ?じゃあ追い返していいんじゃないですか?」


 雑務をこなしながらそう口にするのは新人のセドリック。彼の言う通り、宮廷魔導師団においては、基本的にアポイントメントのない来客は相手にしないことにしているのだ。そうでなければ、セタンタでも王立騎士団と並ぶ最大戦力を便利に使おうという人間は後を立たないだろう。

 が。


「……よし、通してくれ。俺が出る」

「師団長!?」


 予想外なヴィクトールの言葉に、セドリックは目を見開いた。


「どういうことです!?」

「どうもこうも、あそこは特別なんだよ」


 そう口にしてヴィクトールは鼻を鳴らす。


「大変懇意にしている得意先でな。ほら、魔導冷蔵庫あるだろ?あれもブラウン商会から買ったものなんだぞ」

「そうなんです!?あれ便利ですよねぇ。夏も食材を冷やせるから、腐りにくくて助かります」

「そうだな。まあ、あとはそれ以外にもあそこにゃ借りがあるからな。──よし、出るか」


 支度を整えたヴィクトールは、来客を迎えるべく応接室へと出向いていった。残されたセドリックが、ティーンへと耳打ちする。


「あの、先輩。借りって何のことです?」

「はは……、まあ、色々あってなぁ」


 問われたティーンは、乾いた笑みを浮かべると明後日の方向を見上げて頬を掻いた。


「俺のせいで宮廷魔導師団の危機だったところを救ってもらったんだ。俺にとっちゃ救世主みたいなもんだ」

「先輩のせいで?初耳です」

「そこは掘り下げてくれるな」

「あ、はい……」


 そして舞台は応接室へと移る。


「待たせたな」

「あ、ヴィクトールさん。その節はどうも」


 そこで待っていたダニエルともう一人は、ヴィクトールの姿を見ると頭を下げた。「いや」とヴィクトール。


「世話になったのはこちらの方だ。……で、今日は何の用件だ?……こちらは?」


 用件もさることながら、ダニエルが連れてきたもう一人も気になる。ヴィクトールの言葉を受けてダニエルが微笑んだ。


「ああ。紹介しますヴィクトールさん。こちら、友人のレオン・ソリッドハート。勇者レオンといったほうが分かりやすいですかね?」

「どうも」

「ああ。なるほど勇者レオン。……勇者レオン!?」


 納得したように頷いたヴィクトールであったが、直後に驚きのあまり素頓狂な声を上げてしまった。


「勇者レオンって、あの勇者か?魔王討伐の旅をしているという……

「はい。その勇者です」


 笑顔を貼り付けたままそれだけ告げると、ダニエルは再度頭を下げた。


「ヴィクトールさん。無礼とは承知の上ですが。急な押し掛け、すみませんでした」


 横目に見て、レオンも合わせて頭を下げる。「お、おお」とヴィクトール。


「そうだった。用件はなんなんだ?勇者を連れてくるとは、余程のことと見えるが」

「はい。単刀直入に言いましょう。セタンタに、イケゴニアが出ました」

「なにッ!?」


 思わず声を上擦らせるヴィクトール。イケゴニアは、彼ら宮廷魔導師団が頭を悩ませている案件の一つなのだ。


「イケゴニア!あの暗殺集団の連中か!誰か殺されたのか?」

「いいえ。まだ被害は出ておりません」

「なら何故分かった」

「こちらの勇者とその仲間たちは、イケゴニアに目を付けられておりまして。何度か交戦しているので彼らの顔が分かるんだそうです。……だよね?レオン」

「え?あ、ああ……」


 ダニエルの言葉を受けてレオンは頷いた。うむむ……。と唸るヴィクトール。


「それは間違いのない話だろうな。つまりコトを起こす前の奴等を見付けたと。そいつは確かに緊急の話だ。奴らは一級のお尋ね者だからな。事実ならば俺たちが動くべき案件だ。……場所は?」

「……レオン」

「──中央教会だ。だが、ヴィクトールさんといったか。あんたらには街の警護を頼みたい」

「なに?何故だ」


 訝しんだ様子のヴィクトールに、レオンが言う。


「これまで戦って見てきた奴等のやり口の中には、襲撃時に町に魔物を放って混乱させ、その隙に逃げるというものもあった。今回それをされたら、どれ程の被害が出るか分からない。連中の相手は俺たちがするから、魔物の襲撃に備えて欲しいんだ」

「ぬぬぬ……。町中に魔物、だと……?」


 レオンの言葉に、ヴィクトールは苦虫を噛み潰した様に表情を歪ませた。それが本当ならば、確かに宮廷魔導師団が動いて然るべき事態だと言えよう。

 しかし。


「それで、だ。お前たち、今の話に確証はあるのか?魔物が出るという確かな証拠は」


 つとめて冷静に、ヴィクトールはそう口にした。


「そ、それは……」

「ならば無理だ。結局の所それは憶測だ。俺達は王国を衛る宮廷魔導師団。不確かな情報で動く訳にはいかん」


 ヴィクトールは首を縦には振らなかった。彼とて団員の人生を預かる身。確証の持てない与太話に団員を巻き込むことは出来ないのである。

 そんなヴィクトールの反応を受けて、レオンは静かに燃え上がった。


「ヴィクトールさん。これは冗談でもなんでもないんだ。宮廷魔導師団を動かすことに関しては俺が責任を取る。だから頼む!あんたらの力がいるんだよ!死人が出てからじゃ遅いんだ!」

「僕からもお願いします。ヴィクトールさん」

「――頼む」


 二人の真剣な眼差しがヴィクトールを見据える。レオンが頭を下げると、ヴィクトールは眉根を寄せ、あからさまに嫌そうな顔をした。


「待て待て待て勇者が気安く頭なんて下げるな」


 頭を下げるレオンに苦言を呈した後で、ヴィクトールは更にこう付け加える。


「それで断ったなら、俺は、いやセタンタ宮廷魔導師団そのものが、勇者の頼みを断ったことになっちまうだろうが。不名誉を撒き散らされるのは御免だ」

「……だとしたらどうすりゃいいんだ?俺はあんたに頼みたいんだ」

「そもそもが、勇者というやつを俺は信用していない」

「っ」


 そもそもが話を聞くに値しないと言うのか。それでも、と食い下がるレオンをヴィクトールは「落ち着け」と制した。


「話は終いまで聞くもんだ。勇者に関わらず、俺は肩書きというやつを信頼していなくてな。アンタだ。レオン・ソリッドハートと言ったか。アンタを知りたい」

「俺を……」

「好きな魔法はなんだ?」

「へ?」


 何を聞かれるのかと思いきや、実にフレンドリーな質問が飛び出してレオンは目を丸くした。隣ではダニエルがくつくつと笑っている。


「どんな魔法が好きかを知れば、ソイツの人となりは大体分かる。ちなみにそこで笑っているダニエル会長は、なんか光る魔法だとか何とか要領を得なかったぞ。よく分からない人物ってことだな」

「ちょっとヴィクトールさん」

「まあその話は置いておいて、だ。お前はどうなんだ?レオン。……言ってみろ」

「なるほどそういうものか。……うん。そうだな」


 顎に手を当てて思案すると、レオンは小さく頷いた。


「ファイアーだ。」

「火の初級魔法だな。何故だ?」

「俺が使える唯一の魔法ということもあるが──」


 言いながらレオンはその場で青白く輝く剣を抜いた。ダニエルとヴィクトールが揃って目を見張る中で、レオンの手にした一振りは、灼熱を纏って赤く染まっていく。


「コイツに火を纏わせて戦うのが、スゲーかっこいいからだな!」

「うわ!ほんとに燃えてる!かっこいい~!!」

「おいおいウチを燃やすなよ!?」

「分かってるって」


 そう口にしてさっと剣を振ると、燃える剣身は一瞬にして元の青白い輝きを取り戻していた。

はしゃぐダニエルを隣にして、レオンは「ふう」と息を吐き出す。


「で、判定は?」

「おう。文句なしだ気に入った。馬鹿みたいで最高だったぞ。男はこうでなくちゃな。よし、アンタの頼み、宮廷魔導師団が引き受けた」


 間髪入れずに返ってきたヴィクトールの言葉に目をしぱしぱとさせていたレオンだったが、ややあって、ぶっ、と噴き出した。


「はは。なんだそりゃ。そんなんでいいのか?」

「おう。馬鹿にしたもんじゃないぞ?俺は今までコイツで見誤ったことはない。それとも不服か?」

「いや。申し分ないどころか百人──千人力だ。本当に助かるよ。ありがとう」

「ふ。礼は終わってからだ。忙しくなるだろうからな」


 そうしてレオンとヴィクトールは固い握手を交わす。それを見て満足そうに頷きながらダニエルは、さっきの燃える剣、商会内でも見せてくれないかなぁ。なんなら技を使ってもらって……などと物騒なことを考えているのだった。


◆◆◆◆◆


 始まってしまった。回り出した水車が止まることのないように、最早後戻りは出来ない。行くしかないのだと、アラクラは自身にそう言い聞かせた。ファルクスが勇者パーティーに攻撃を仕掛けた時点で戦いは始まってしまったのだ。この争いは彼らかイケゴニア、どちらかが滅ぶまで治まることはないだろう。


(私は、私に出来ることをするのみ、よね)


 アラクラ本人としては、最初から勇者パーティーと争うことに乗り気ではなかった。ミラリスの予知が狂ったということで手を出す流れになったのだが、戦闘のプロである勇者一向と戦うことはデメリットの方が大きいのではないかと思っていたからだ。

 だが、フィルマからの命が下ってしまったなら仕方がない。そうするより他に道はなくなってしまった。


「……………………」


 そしてアラクラは観客として講演会に紛れ込み、機を狙っていた。ターゲット一人ならば力押しも出来ただろうが、彼女の側には常に勇者パーティーの他の人間がいる。ならば慎重にタイミングを狙う必要があるだろう。……幸い彼女の講演には、観客を巻き込んだ実演があると聞く。ならばその時こそが狙い目だろう。

 そう判断し、アラクラは自身の手首を撫でながらターゲット──ミーナへと目を向けるのだった。


◆◆◆◆◆


「みなさんこんにちは!世界学者を名乗らせて頂いているミーナと申します」


 アラクラの思惑はさておき、講演会はスタートした。


「本日は魔法の効果についての話をさせて頂ければと思います。魔法って、恐ろしいものもありますが、とても美しいものも多いんですよ」


 ミーナの言葉に、アラクラは顔を上げた。

魔法は美しいのだと教えてくれた誰かのシルエットが、ふと鎌首をもたげたのだ。しかし、その顔は黒塗りで分からない。


(……もう、顔も思い出せないのね。──いえ、私としたことが一瞬でも感傷に浸るなんて)


 しかしそこは暗殺のプロ。次の瞬間には冷静さを取り戻している。

 そうしてどこか懐かしくも己を律してアラクラは講演会に挑む。そんな彼女に好機が訪れたのは、始まって三十分程経った頃だろうか。


「それでは、実演してみたいと思います。」


 対にミーナが実演を提案したのだ。後は、不自然にならないように立候補するのみ。

 タイミングとしては二人目辺りが良いだろうか。そのつもりで身構えるアラクラだったのだが。


「あ、じゃあこっちから選んじゃいますね。一人目は、そこのおねーさん!」


 ミーナに指を指され、アラクラは内心で驚いていた。まさかいきなり指名されるとは。

 自身のことがバレている訳ではないだろう。ならばこれは偶然降って湧いたチャンスであると言える。計画の形は多少変わったが、やるべきことに変更はない。


(自分から死神を引き当てるとは、運がないのね)


 そうしてアラクラは壇上へと上げられることとなる。


「では今からこのお姉さんに魔法を体験して頂くことになります!大掛かりになるので皆さんは下がって下さいね!」


 ミーナは壇上の舞台袖近くにいる。まだ少し距離が遠い。暗殺するならば、もう少し近付かなければ。実演が終わったら、挨拶する素振りで距離を詰めれば不自然ではないだろう。

 そんなアラクラの計画は、しかしこれから起こる実演によって無惨に砕かれることとなる。


「ウィズ姉、お願いします!」

「【サイトバインド】!」


 勇者パーティーの一人である魔法使いの女の掛け声と同時に、アラクラの体を光の輪が包んだ。


「──!」


 そして、次の瞬間その光はきつく巻かれた鎖のように彼女の体を捕縛したのである。

 実演の一部なのかと一瞬は考えたアラクラも、自身が嵌められたことを瞬時に理解した。同時にミーナが叫ぶ。


「イケゴニアが一人アラクラ!ここで貴女を拘束します!」


 正体がバレていた?……まさかミセリアか?襲撃を仕掛けた振りをして私たちを売った──、いや、そうするメリットがない。とすれば、ミーナがイケゴニアのことを事前に知っていたと見るべきだろう。あのミセリアが失敗したこと、ミラリスの計画が狂ったこと、……やはりお父様の言うように、この女は始末すべき厄介な敵だったということなのか。アラクラの脳裏を、様々な可能性が瞬時に駆け抜ける。


「ぐ、く……」


 巻き付いた魔法は強力で、自身の力では抜け出せそうにもない。こうなってしまえば、計画も何もあったものではないだろう。しかしこれまでの経験から、彼女は取るべき行動を一つに定めていた。


「……動けない……か。参ったわね。それで、どうして私のことを知っていたのかしら」


 諦めたように弛緩し、アラクラは息を吐き出した。最早抵抗は無意味だと悟ったのだろうか。その言葉を受けて、ミーナが口を開く。


「リューカ!思いっきり叩きのめしちゃって!彼女の両腕は魔力さえ切り裂く刃物になるから!」

「────なッ、こ、この女ッ!」


 魔法で拘束された所で、アラクラには脱出の術があった。ならばこそ、ギリギリまで粘って情報を得る──もしくは、ミーナが油断して近付いてくれたなら一息に首を落とすつもりだったのだ。

 ところがそれさえも読まれて潰された。ミーナの言葉と同時に、その脇を風のように巨躯が駆け抜ける。


「待ってましたわっ!ずぇいッッ!!」


 走り込んだリューカはアラクラの正面に躍り出ると、その身体に似合ったこれまた巨大な斧──バトルアックスを渾身の力で振り下ろした。


「く、うぅぅぅッッ!!」


 様子を伺うなどと言っている場合ではない。久しく命の危険を感じて、リューカが迫るのと同時にアラクラは動き出していた。

その両腕が魔力を纏った刃に変化すると、自身に巻き付いた魔力の輪をいとも容易く切り裂いたのだ。

 拘束魔法はその一撃で消滅し、自由になったアラクラは瞬時にその場を飛び退いた。──と、同時に振り下ろされたバトルアックスが轟音とともに壇上の床を突き破り、木材を巻き上げた。


「あらあら、ド派手にやっちゃって。みんなの教会が台無しね」


 軽口を叩きながら、しかしアラクラは緊張に唇を噛み締めた。

 同業者と争った時でさえ、ここまで追い詰められたことはなかった。それも、話し合いの余地すらなく、一切の躊躇もなく、ノータイムで命を奪いに来たのだ。いかに強くとも魔王を倒して人間を救おうなんて酔狂な連中だ。付け入る隙はあると踏んだのだが、その認識は改めなければならないらしい。


「教会を利用する大勢が困ることになるわね。可哀想に」


 意味はないと理解しつつも、アラクラは軽口を続けて出方を伺う。そしてリューカはバトルアックスを床から引き抜くと、


「そそそそそ、そうなんですの!?」


 はわわわわ!と分かりやすく狼狽した。


「──は?」


 これには焚き付けた当人であるアラクラも困惑する。


「わ、わたくしなんてことを……」

「リューカ今それどころじゃないから!」


 演技かとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。今全力で相手を殺そうとしていた奴が、何故施設の破壊如きでうろたえているのかは分からないが、好機であることは間違いない。それを理解した次の瞬間、弾けるようにアラクラはその場を飛び出していた。


「────ッ!」


 動揺しているリューカが意識を迎撃に切り替える一瞬の隙をついて、彼女の身体をすり抜ける。狙いは当然、未だこの場に残るミーナだ。


「っ!しま……」

「任せて!【ライトニングプロテクション】!」


 振るわれた腕の前に割り込んだのは、ウィズであった。彼女の言葉と共に光の壁がその眼前に現れ、アラクラの腕を受け止めたのだ。驚いたのはアラクラである。


(なんなのコイツ……!?魔方陣を描いている素振りもなかったの──に────)


 思考が途中で止まる。その顔を間近で見た瞬間、アラクラの脳裏にかつての記憶が映像となって呼び起こされていた。そうだ。この顔を私は知っている。


「──アリ…シア、せんせい」

「え?」


 ぽつりと呟きが溢れる。それを受けて、今度はウィズが困惑していた。


「……どうして、お母様の名を……?」


 そうだ。アリシアがいる訳ない。彼女は死んだのだ。それに生きていたとして、かつてと同じ顔でここにいる訳がない。あれから十二年経っているのに。それに彼女の髪は、眩しい程の金色だった筈だ。


――お母様の、名――?今、そう言ったの……?


 お母様。母。アリシアを母と呼ぶ人物を、アラクラは一人だけ知っている。よく、知っている。

 至近距離でぶつかり合ったそのままで、ぽつりと言葉が溢れた。


「──ウィスタリア、おねえちゃん……?」

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