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セタンタ 聖堂 『決戦セタンタ ~その1~』

挿絵(By みてみん)

 グリンバーナ王国の首都にして王のお膝元であるセタンタには、当然王を守護する様々な機関が存在する。王立騎士団を初めとする武力集団に加え、宮廷魔導師団もその一つだ。

 彼らは高レベルの魔法使いたちで構成された──言わば魔法のスペシャリストとも呼ぶべき集団であり、物理攻撃の通じ難い魔物などの相手は専ら彼らの役割である。

 そんな宮廷魔導師団の宿舎にて、その日、ある噂が話題となっていた。


「師団長、知ってます?例の噂」


 書類仕事に手を付けながらそんなことを口にするのは、まだ十六歳である新米のセドリックであった。ざんぎりに切られた金髪が物語る通りの大雑把な性格をした青年セドリックだが、若輩ながら卓越した魔法センスを買われて入団した若者でもあった。


「噂?噂なんぞそこいら中に転がってるだろうが。もう少し具体的に言え」


 そんなセドリックに声を掛けられ、師団長と呼ばれた黒髪の男が嘆息した。ヴィクトール・シュタイン。三十四歳にしてセタンタ宮廷魔導師団の第三二四代目団長を努め、曲者揃いの魔導師団を纏めている凄腕の男である。


「ああすみません師団長。モグリフのじいさんの話ですよ。若い女の弟子がいたとかいう」

「それならちらりと聞いたが……。そいつがどうしたんだ」


 弟子の話ならヴィクトールも知っている。しかし部下がこうして息巻いている以上、ただの噂話以上の何かがあるのだろうが。


「その弟子の講演が先日あったらしいんですが、その内容が中々に凄かったって話で」

「セドリック。その勿体ぶるのをやめたらどうだ。いい加減に結論を話せ」


 ヴィクトールが中々本題に入ってくれない部下を叱りつけると、言われたセドリックは不服そうに口を尖らせた。


「すみません。性分なものでして。……あ、いや」


 じろり、と見られて肩をすくめるセドリック。それを「御託はいいから話せ」という意思表示だと理解すると、彼は観念して口を開いた。


「講演は魔法についての内容だったらしいんですが、その内容が面白くてですね。なんでも、包丁を強化してカボチャを切ったり」

「なんだそれ。そんなの意外でもなんでもないだろ」

「師団長。途中で口挟まないで下さいます?」

「ぐ……すまん」


 普段は従順な部下なのだが、話したい内容を抱えたセドリックはこうしてヴィクトールにさえ食って掛かる程に強気になったりする。言い争っても面倒だということは身に染みて理解しているので、ヴィクトールは素直に引き下がった。第一、今回はセドリックの言い分も尤もだ。


「んっ、それでですけど、他にもですね?マジカルボムで水中の魚を気絶させて楽に取ったり、あと色んな魔法を組み合わせてなんかカッコいい感じなことしてたとか」

「…………」


 セドリックの話は実にふわふわとしている。いや、彼自身の体験でなく伝聞だから仕方ないのかもしれないが、そこまで聞いても息巻いて話すような内容にはヴィクトールには感じられなかった。

 しかし話し終わるまでは大人しくしていようと彼が待っていると、セドリックは目を細めて口を開いた。


「というのは前振りでして。講演は大聖堂で行われたらしいんですけど、なんでもその講演中ずっと、最後尾の席まで風魔法で声を直接届けていたらしいですよ」

「馬鹿言え。出来るかそんなこと」


 黙っているつもりだったがつい口を出してしまい、ヴィクトールはしまったと顔を歪めた。

 しかしその反応は期待の範囲内だったらしく、セドリックはニヤリと笑みを浮かべた。


「師団長。いえそれがですね?この話は本当らしいんですよ。講演を聞いた複数人が証言してるみたいで。中には自分にだけ声を届けられた。なんてヤロウもいましてね。そいつ、すっかりその弟子のファンになっちまったとかで、ファンクラブも立ち上げるって」

「こら待て話を逸らすな」


 しかしそこまで言われても、ヴィクトールは疑いの眼差しを解こうとはしなかった。セドリックが口にした内容がどれだけ荒唐無稽か、誰よりも分かっているからである。


「セドリック、いくらお前が話好きだからといってそんな話を信じるわけにはいかん。俺たち宮廷魔導師団の中でそれを出来る奴はいるか?俺だって無理だぞそんなこと」

「え?出来ないんですか?発想していなかっただけで、やろうと思えば出来るんじゃ」

「セドリック」


 楽観的なことを口にする部下に、呆れたような声を出すヴィクトール。


「風魔法で声を届けること自体は修練を積めば可能だろう。俺も、お前でもな。だが大聖堂の全員にだと?馬鹿げている。そんなもの、どれだけ緻密な制御が必要だと思っているんだ?魔法陣だって一つじゃ足らん。──不可能なんだよ」

「ええええッ!?」

「話した言葉を大聖堂の全員に届けるには、人数分の風魔法を同時に展開させ、それを喋る限り永久に続けるということだぞ?どれだけ話していたのかは知らんが、必要な魔法陣の数は五千じゃ効かんだろう」

「げげえ~!?」


 ヴィクトールの説明を受けて、セドリックも目を白黒とさせていた。何故って、当然だろう。


「そんなのウチらどころか、人間に出来ることじゃないじゃないですか!」


 なのである。ヴィクトールも嘆息しながら同意するが──、


「だから与太話だって言ってるだろうが。そんなこと出来る奴なんざ────、…………いや、一人いたな」


 不意を突かれたように目を開いた後で、ぽつりと溢すように彼は呟いていた。


「え?だって人間技じゃないって」

「いたんだよ。あの人ならやってのけるって人間が。……アリシア・ヴォウ・ロレーヌ。俺の師匠だった女性ヒトだ」


 感慨深い様子で鼻を鳴らしながらそう口にするヴィクトールの姿を、セドリックはもの珍し気に眺めていた。師団長である彼がそのような態度を取るのは珍しいことなのだ。


「……いたってことは、その」

「もう死んだよ。十年以上前に、魔王軍の襲撃でな」

「……そーでしたか。すみません」

「この世界じゃありふれた話だ。今更どうこう言うことでもないさ。……それより、さっきの話は冗談でも身内贔屓でもないぞ?アリシア師匠ならそれだけのことは出来る。まだまだ魔法陣作成すらおぼつかない見習いの俺に、あの人はこう言ってのけたからな」


 ふう。と息を吐き出すと、ヴィクトールは在りし日のアリシアの言葉を思い出していた。


◇◇◇◇◇


「ヴィクトール。魔法の行使には魔法陣が必要なのは話したでしょう?あれは正確ではなかったわね。魔法陣そのものが必要なのではないのよ」


 アリシアはふわりとした自身の金色の髪を撫でつけると、柔らかい口調でヴィクトールへと語り掛けた。青い宝石のような瞳に見つめられ、ヴィクトールは照れたように顔を背けながら口を尖らせた。


「魔法陣そのものが必要じゃない……?それはどういうことですか?これまでの教えと矛盾します」

「描く、は描くのだけれどね。それが現実のものである必要はない。私たちの頭が魔方陣を描くプロセスを認識出来れば、マナはそれに応えてくれるの。……つまりね、ヴィクトール。魔法陣は頭の中で描いたっていいのよ」

「……おっしゃってる意味が分かりません」

「そうね。口で言われただけじゃ分からないわよね。……ちょっと見ててね」


 そう言うが早いかアリシアが目を閉じて両手を自身の体の前に寄せると、そこに魔力の光が立ち昇った。


「!」


 そこから先は、あまりの驚きにヴィクトールは息をすることさえ忘れて見入っていた。

 空中に炎の球が次々と浮かび上がり、現れては消えていく。凡そ百は越えるであろう火の玉が、ロウソクが灯る室内を暁に照らし出したのである。


「ぅ、ぁ、ぁ……」

「こんな感じね。手で描くのならば数秒に一発が限度の魔法だって、頭の中で魔法陣を描くことが出来るなら高速で出すことも、複数を同時に出すことも──それこそ何種類もの違う魔法を並列で出すことだって出来るのよ?」


 言葉を失うヴィクトールとは対照的にアリシアは上機嫌な様子で自身の技について解説した。そして話しながら、ハッとしたように口元を押さえた。


「そうだわ。貴方もこれが出来るように訓練しましょうか。大丈夫。心の中で寸分の狂いなく魔方陣が描けるようになるまで描き続けるだけだから」


 良い提案を思い付いた。とでも言いたげなアリシアの様子を見て目を二、三度しぱしぱとさせると、ヴィクトールは全力で首を横に振った。


「自分はまだ身に付けていない魔法が星の数程あります故。それらの基礎を疎かにするわけにはいきません」

「そう。残念ね」


 アリシアはそれを受けると、本当に残念そうに苦笑するのであった。


◇◇◇◇◇


「まあ言ってしまえば全力で逃げた訳だが。あの人の基準で鍛練なぞしたら命が幾つあっても足らん」

「……はー。そんな人が……。俺、師団長が最強の魔法使いだと思ってましたけど、上には上がいるんですねえ。じゃあ今回の講演に出ていたのはそのレベルの魔法使いだったと?」


 感心したように息を吐き出すセドリックに、ヴィクトールは「馬鹿言え」と繰り返した。


「あんなのがゴロゴロいてたまるか。確かに俺はあの人の弟子だったが、完璧に期待に応えられていた訳じゃない。のらりくらりと逃げてもいたしな。鬼のアリシアのしごきに完璧についていけたのなんざ、彼女の娘くらいのもんだったんだぞ。その娘も襲撃で死んでる以上、お前のそれはどう考えても与太話だ。残念ながらな」

「ちぇー。そういうもんですか。面白くねーですね現実ってやつぁ」


 口を尖らせて吐き出すセドリックに、ヴィクトールはやれやれと頭を押さえて呟いた。


「……まあ、そういうもんだ」


 しかし、口ではそう呟きつつも、その眉は訝しんだようにひそめられたままであった。


(ああは言ったが、俺は死に目に会えた訳じゃない。……まさか師匠が……?──いや、あり得んな……)


 可能性の一つに目を向けるも、それはないと断じてヴィクトールは鼻を鳴らした。


「ほれ、雑談は終わりだ。手を動かせ」

「へーい」


 そうして、彼の心に若干の引っ掛かりを残したまま、その話題は終わりを迎えるのであった。


◆◆◆◆◆


さて、そんなこんなで宮廷魔導師団が盛り上がっていることなどつゆ知らず、ソフィアと俺の二人は彼女の研究室にいた。ちなみに今は、レオンの歌を作り上げた翌日である。……なんか毎日ブラウン商会に出入りしてる気がする。


「ええ!?スライムナプキン承認されたの!?」

「しっ。大きな声出さないの」

「あっ、ごめん」


 ブラウン商会に隣接するソフィアのラボにて、驚く俺にソフィアが人差し指を口元に当てて牽制する。ラボに二人きりでは周囲に聞かれようもないと思うのだが、彼女曰く研究者にとって情報漏洩こそが最も警戒すべき事態なのだとか。


「されたはされた。けどそのままじゃなくて、いくつか条件が出たカタチではあるかな」


◇◇◇◇◇


「……っていう商品なんだけど」

「うーん」


 ソフィアが説明を終えると、ダニエルは腕を組んで唸った。


「いいと思うけど──いや、男の僕が判断を下すのはフェアじゃないな。イレーネ、女性の目線でこれどう思う?」

「私、ですか?そうですね……」


 話を振られたイレーネは、ふむ。と考え込んだ後で口を開いた。


「正直これは画期的で是非使いたいですね。魔物を使用する嫌悪感を差し引いても、あの不快感が減るのなら歓迎です」

「そうなんだ?」

「はい。同じ様に考える女性は多いかと。そうしたら凄いことですよこれは。世界の半分に売れる可能性があるということですからね」

「なるほど」


 イレーネの説明を受けて、ダニエルが唸る。彼女の太鼓判が押されたならば間違いないということらしい。


「うん。それなら採用だ」

「よっしゃ……!」

「ただし」

「へ?」

「売り出すには条件がある」


 そこまで口にして厳しい表情を浮かべると、ダニエルは人差し指を立てると同時に条件を提示した。


「このままじゃあまりにシンプルすぎて売れないよ。例えば一つずつに商会紋を押すとか、一目でうちの商品だと分かる差別化がほしい」

「え~、なんで~?」

「なんたって死んでるとはいえ魔物を使うんだ。それでこんなに簡単に作れるのなら、当然模倣品を作る奴は出てくるでしょ。……もしそのスライムが死んでいなかったらどうなると思う……?」


 ダニエルの説明を受けて、あっと口元を押さえるソフィア。彼女にも会長の言わんとしていることが理解出来たようだ。


「もし事故が起きたら、見分けがつかなければ当然それは目立って売り出したウチの責任になる。怪我があっただけでも大打撃、死人なんて出そうものなら、商会取り潰しだってあっておかしくないでしょ?」

「うぐ……」

「そういうリスクから守るための自衛だと思ってよ。ウチの商品は安全安心ってことにしたいからね」


 ダニエルの言い分は正論であり、いちいち尤もだ。ソフィアは「は~い」と承認しつつ、頭を悩ませるのだった。


◇◇◇◇◇


「確実に死んでいるかどうかの判別方法と、ブラウン商会のものだと分かる差別化をすること。これが条件ね」

「ははあなるほど。やっぱりあの人はやり手だねぇ」


 ダニエルの言うリスク低減は、現代社会においても商売人にとっては実に重要な事柄だ。手間とコストの兼ね合いがあるので慎重にならざるを得ないが、それでも打てる手を打つことは大事なことだ。コスパが悪ければ当然利益は少ないが、それでも安全面を優先出来るのはダニエルの優れた点であろう。流石、後にルード大陸のシェア四割を誇る大商会になるのも頷ける。


「それで、当てはあるの?」

「商会の印は、そのまんま商会紋の版画にしようと思うのよね。他でも使いたいだろうから、頼めばすぐ出来るかな。こっちはそれでオッケー。だから問題はもう一つだね」

「スライムが死んでるかどうかの判別方法ってやつね」

「そそ。というわけで世界学者様の知恵をお貸し下さらないですこと?」

「ええ。よろしくってよ」


 急にお嬢様と化した後で、俺たちは顔を見合わせて笑い合う。ややあって少し落ち着くと、「うーん」と俺は首を捻った。


「でも俺なんかに聞かずとも、ソフィアなら分かると思うんだけどな」

「え?なんで?」


 聞けば納得する筈なので、恐らく失念しているのだろう。俺は人差し指を立てると説明する。


「本題の前に、スライムの生態から説明するね。スライムの狩りは基本待ち伏せ。なので生態として暗くてじめじめした場所にいることが多いんだ。何故かっていうと──」

「……乾燥を避けるため?」

「そ。正解。何日も獲物が掛からずとも乾燥しない場所を住み処に選ぶと言われてるんだよね。……ただ、何にでも例外はあって、元の場所が時間経過で日差しに変わってしまう場所だった。とか、間抜けな個体だったとか様々だけど、時折生きたまま干上がってしまうスライムもいるんだって」

「そうなんだ」


 この辺は、設定資料集のスライムページに余談として書かれていたものだ。……こうして活用する日がこようとは思ってもいなかったけれど。


「で、見分け方なんだけど」


 そこまで話した上で、俺は改めて口を開いた。いよいよ本題である。


「あのさ。魔石を調べれば良くない?スライムだって魔力を持った生物である以上、死ねばその魔力は魔石に置き換わって別物になるわけでしょ」

「あ、そっか」


 実にシンプルな回答であった。魔石を調べ、あれば死んだスライム。なければ生きているスライム。それだけの話なのだ。


「かー!私としたことがこんな単純な見落としを……!」

「だよねー」


 一般人ならば知らない人間もいるかもしれないが、研究の為に魔石を集めているソフィアならば、魔物と魔石の関係は熟知しているだろう。それだけに気付けなかったことが相当悔しいようだ。


「ん。でもありがと。これでなんとかなりそうよ」

「良かった~!売れるといいねえ」


 自分も関わったものだけあって、心の底から応援したい気持ちで俺はそう口にした。


「せっかくミーナに協力してもらったんだもん、絶対売ってみせるよ……! 打倒、『ナイアス魔道具店』ってね!」

「干しスライムで!?」

「そう、干しスライムで」


 大真面目に頷くソフィア。数秒後、二人で堪え切れずに噴き出して笑ってしまった。しかしふとソフィアの言葉に引っ掛かりを覚えて俺は尋ねた。


「ナイアス魔道具店……。確か……ナイアスってもう存在しない町、だったよね?」


 ナイアスとは、十年前に魔王軍の侵攻で滅びた町の名前だ。グリンバーナ王国の北部にあり、確かウィズが故郷のステンシアを焼け出された後、一年程滞在していたと設定資料集に記載されていたような気がする。


「よく知ってるねー。ナイアス魔道具店はブゼルって片田舎にある魔道具屋なんだけど……なんでも、店主がナイアスからプゼルに亡命してきたらしくてさ。故郷の名前を残したいとかでそんなややこしい名前なんだよね。でも、重要なのはそこじゃなくてさ」


 ふんす、と鼻息荒くソフィアはのたまわった。


「そこの店主のテオってやつがさー、いっつも私のこと子供扱いするんだよね!「成長期なんだからちゃんと寝ろ」とかさぁ! 九つしか違わないし、私だって立派な成人だっての!」


 何でも、仕入れでセタンタに来るとちょいちょい素材の取り合いになったりするらしい。だから魔導冷蔵庫に干しスライムでぎゃふんと言わせてやりたいんだよねー、とソフィアは熱く語った。――うん。そりゃあ九歳下なら子供扱いするでしょうよ。っていうか普通に心配してくれてるしいい人だと思うよテオさん。睡眠大事だから。ほんっと。

 人間誰しもおじさんおばさんになるんだよ。と温かい目を向けていたらソフィアに気味悪がられた。


 しばらくそうして他愛もない話をしたりとまったりする二人であったが、ややあって。


「そういえばミーナ。聞いたよ。一日に三回講演するんだって?」


 と、ソフィアが尋ねてきた。


「うん。そうなんだ」

「なんでまた無茶な……。日を分けた方が良くない?」

「そう思うでしょ?でも聖堂の貸出し料金で考えると、一日三時間で三日借りるよりもまる一日借りて三回講演した方が安上がりなんだよねー」

「ふーん。そー」


 気のない返事をした後で、ソフィアは口を尖らせた。


「……ミーナさ。今楽しいんでしょ」

「うぐ……。わ、分かっちゃう?」


 そう。楽しいのだ。中年になり、独りを楽しんでいたつもりだったが、この世界に来て、他者とずっと関わって。大変なことも多い──むしろ大変なことしかない気もするのだが、俺はそれを楽しいと感じていた。

 そして好きで好きで仕方ないクエハー知識を、大勢が関心を持って聞いてくれている現状は俺にとって最高でしかない。夢中になるのもむべなるかな。といったところだ。

 一匹狼を気取っていたが、本当は他人ヒトと関わりたかったんだろうなあ。と、この体になってしみじみ思う。馬鹿だよね。


「何にせよ、倒れるまでのめり込んじゃダメだからね。経験談として言っておくけど」

「えっ、経験談?」

「私の話は掘り下げなくていいの。とにかく分かった?」

「う、うん。」


 ソフィアの圧に押されてつい頷いてしまったが、気になるなぁ。

 自分のこと研究馬鹿だって言ってたもんな。ぶっ倒れるまでのめり込むの、分かるよ。体調崩すぐらいクエハー頑張ったあの日が懐かしいや。

 それを聞いたらソフィアは「一緒にすんな」と憤慨するのだろうか。案外一緒に楽しく実況してくれそうだな。なんて思いつつ、俺は講演内容にも思いを馳せた。


「あ、そうだ。魔石で思い出したんだけど」

「わっ!?な、なに?」


 急に思い立った俺の言葉に面食らって、ソフィアは目をぱちぱちと瞬かせた。

 俺は小さく息を吸うと、口を開く。


「ちょっとね、もし良ければ売って貰いたいものがあるんだけど」


◆◆◆◆◆


「と、いう訳でして、この世界にはまだまだ謎が隠されているのだと私は考えているのです」


 三日後、俺はセタンタにある教会の一室にいた。

 モグリフ教授の知名度を借りられない今回からは、先日のような大講堂を借りる訳にはいかないと小規模な部屋で三回講演をする決断に至った訳なのだが。


……いやー、舐めてたなこれは。まさかセタンタ人がこれほど娯楽に飢えていたとは。


 当初用意していた座席などは一瞬で埋まり、部屋から人が溢れている。本日既に二回目の講演だが、ウィズの魔法支援がなければざわめく室内に声を届けるだけで一苦労だっただろう。

 しかし、こうして聞いてもらえるのは本当に嬉しいし、やりがいがある。世界学者様々だな。


「ではここで一つ実例を。皆様は、ハーブが調合出来ることをご存じでしょうか?」


 言いながら、俺は鞄の中から二つのハーブを取り出した。グリーンハーブとレッドハーブの二つだ。

 俺の話を聞いて、訝しんだように首を捻る観客たち。そりゃ当然だろう。ハーブの調合など、薬剤師でなくとも少しかじった人間ならば出来て当たり前だからだ。しかし、俺が言いたいのはそういうことではない。俺がこの世界で発見した、特有の現象についての話なのだ。


「勿論、この二つを粉にして調合することは可能でしょう。しかし、今回お見せするのは皆様が知る調合とは少し違います。こちらのハーブ二つに特殊な精製液を振り掛けて、それぞれを隣接する程近付けますと──」


 論より証拠。俺が実験を始めると、ざわめいていた観客たちが途端に静まり返った。起き始めた現象に目を奪われたからだ。


「な、なんだ……?」


 耐えきれず、一人が呟く。それはそうだろう。何故って二つのハーブが、みるみる互いを吸収して一体化を始めたからだ。

 あれよという間に赤と緑のハーブは姿を消し、青いハーブがそこに現れていた。


「な、なんだ今の……?」

「見たか?ハーブがするすると吸い込まれたぞ……?」

「なんかこええな……」


……何度見ても慣れないよなぁこれ。


 うんうん。と観客の声に頷く俺は、眼前のハーブへと目を落とした。

 クエハーには、組み合わせる、というコマンドがある。恐らく様々な素材を組み合わせて上位アイテムや装備を作り出すことを想定されたものだと思うのだが、開発側が飽きたのか、それとも容量や納期の問題か、組み合わせを活用して生み出せるものは僅か三種類しか存在しない。それも、


「こうした同化現象を起こすものは、他には三色のオーブがあると言われています。こちらは実際に勇者パーティーが合体したものを使用してフィーブに仇なす魔神を封印したそうですが、それを確認する術は残念ながらありません」


 なのである。貴重な三種類のうちの一種類は、攻略に必須な三色オーブなのだ。これによって組み合わせるコマンドは一応本編で必須となっており、辛うじて死に機能の汚名を免れていると言えるだろうか。


「さて、それでは本日の目玉!より凄い合体をお見せしましょう!」


 そう口にして俺が取り出したものは、丈の長い外套──いわゆるローブと呼ばれるものであった。


「こちらが、新米魔法使いがよく使う、模範的なローブ。そしてこちらがそれよりも上質な【神秘のローブ】と呼ばれるものとなります」


ハンガーに掛けられた二着のローブを両手にすると、俺はそれを皆に見えるように持ち上げた。

 左手の模範ローブは、カーキ色をした装飾のない地味なものだ。お値段は銅貨六枚。

 これといった特色はないが、強いて言うならどこの町でも低価格でお手軽に買える。というのが特徴だろうか。

 右手に持つ神秘のローブは、ここセタンタとフォスターの町で売られている、こちらも初級ローブである。黒い外套の袖や裾などに白い刺繍が刻まれており、お値段は銀貨一枚。ゲームでは耐久力の向上以外に、魔力が僅かに上がるおまけが付いていたりする。

 話を聞いている人間ならば、もう何となく察してはいるだろう。そう。そのまさかだ。


「同じようにこちらにも精製液を振り掛けて、近付けますと──」


ぐにょり。


 まるで一着がもう一着に引き寄せられるように動き始めると、二つのローブは互いに沈み込むように混ざり始める。そしてあれよという間にそのシルエットが縮めば、そこには一着の新しいローブが誕生していた。

 赤を基調にして、黒と金色の装飾が入った、中々に高価そうな見た目のローブである。


「はい。ご覧の通り、二着のローブが一つになりました」

「うおぉぉぉ!?」

「なんっっだ今の?」

「こわっ」


 手元に誕生したそれは、中級である【破魔のローブ】である。そこそこの防御性能に加えてそこそこの魔力向上も見込める中盤必須の防具だ。

 品物としてはデルニロ撃破後にフィーブの街で売られているものであり、お値段は銀貨五枚。同様のタイミングでセタンタでも扱うようになるので、一応この街でも購入することは可能だぞ。

 通常プレイではデルニロを倒すまで入手することは不可能だが、この組み合わせの裏技を使えば序盤からこの強力防具をウィズとスルーズに装備させることが出来るため、タイムアタックに拘らなければ中盤までサクサク進めることも可能だ。


「魔法でもこんなこと出来ねーぞ?」

「大丈夫なやつなのか?」

「あ、あれ結構高いやつだぞ……。この技を使えりゃ俺も……」


 先程以上のとんでも現象を目の当たりにして、大騒ぎになる一同。それらが落ち着くのを待ってから、俺はゆっくり口を開いた。


「皆様驚かれましたでしょうか?これが、この世界に眠る不思議の一つです。ですが、ただくっ付けただけではダメですよ。こちらの精製液が掛かっていることが重要でして」


 オーブには必要ないのだが、残り二種の合成には精製液を振り掛ける必要がある。ならばそれを説明して欲しいのだろうが。


「精製液につきましては秘密ということで。皆様がこの技を使ってしまったら、魔道具屋さんが潰れてしまいますからね」


 そこは語らないことにしてあるのだ。俺は世界の不思議現象を見せたいだけで、詐欺師の講習会がしたい訳じゃないからな。


「ご安心を。私も講習の為にやっているだけで、これらを売ったりはしませんからね」

「……まあ、それじゃあしゃーねーか」

「だな。しっかし、気味の悪い現象だぜ」


 観客たちはブーブー言いつつも、俺の意思を汲んでくれたようだ。小さく微笑んで頷くと、俺は改めて室内をぐるりと見渡した。


「と、いうわけで。今回の講義はここまでとなります!質問などありましたら挙手をお願いします」


 まとめに入ってそう告げると、室内の観客たちは互いに顔を見合わせ、しかし押し黙っていた。誰か何か言うかな?と気にしつつ、しかし聞くことは特にないというムーブだろう。俺にも覚えがある。


「特にないのでしたらこれで────」


 二回目も無事に終わった。俺が若干の安堵に胸を撫で下ろしたその時、すっ、と室内の最奥で、誰かの手が挙げられた。


マジか。質問あるんか。


「あ、どうぞ」


 俺の声と同時に、室内の視線が手を挙げた主へと集まる。

 男、だろうか。顔を隠すフードのようにケープをまとっており、詳しい姿は分からない。しかし何となく全体的なシルエットから、俺はそれが男性だと思っていた。


「素晴らしい講義をありがとうございます」


 口を開くと、それはやはり男であった。……ん。なんだ、この声。……どこかで。


「簡単なご質問なのですが、よろしいでしょうか?」

「あ……、は、はい。どうぞ」


 男の声に何処か違和感を感じる俺であったが、それは他ならぬ男によってかき消された。俺が慌てて続きを促すと、男はほう、と息を吐き、そして。


「実に驚くべき現象でしたが、ミーナ、さん?はどうしてお気付きになられたのですか?」


 と口にした。


「確かになぁ……?」

「こんなこと思い付くか?」

「いや……無理だよなぁ……」


 なるほどそれは当然の疑問だ。こんな衝撃の事実、普通に生きてきて思い付くものでもないだろう。

 だからこそ、焦る必要もない。何故って俺は何度も質疑応答のリハーサルをしてきたのだ。この返答だって、勿論想定内だ。


「それにつきましては、実は私の父が精製液の研究をしていたのですが、ある日並べていたハーブに溢してしまい、その後でハーブが合体していることに気付いたそうで、それで様々なものに精製液を掛けて実験していたのです。今は私が引き継いでおり、新たに発見したものが、こちらのローブだったのです」

「──なるほど。ありがとうございました」


 俺の想定済みの返しを受けると、男は素直に礼を言って引き下がった。……良かった~。


 こちらのエピソード。勿論全て真っ赤な嘘である。

 オーブは言わずもがな。ハーブについては攻略本に記載があるのだが、ローブについては恐らく最初に発見したのは俺だと思われる。本当はある日の晩トイレにて、ハーブとオーブがくっつくなら、ローブもくっつくんじゃね?駄洒落的に。みたいな馬鹿馬鹿しい想像をしてしまっただけなのだ。そして試してみたら、本当に出来てしまったのだ。何考えてんだ製作者。

 しかもこれ、初級ローブ同士を組み合わせて中級ローブ、中級ローブ同士を組み合わせて上級ローブが産み出せてしまうというトンデモ。本当に何考えてんだ製作者。

 更に精製液は、水の魔石を砕いたものらしくスライムから低確率でドロップするアイテムなのだ。今回の公演用にソフィアから水の魔石を沢山買ったのもその為だ。つまり何が言いたいかというと、ゲームではその気になれば、最初のセタンタ滞在の時点でウィズ、まだ加入していないスルーズに準最強の防具を用意することが可能となってしまったということなのである。本当の本当に何考えてry

 当然、こんな事態が発覚した当時のクエハースレはもうお祭り騒ぎになった。低レベル縛りプレイの救世主やらなんやら、攻略難易度に多大な影響を与えたとさえ言われている。俺が唯一周囲に自慢出来ることだと言えよう。


 そんな大事でありながら、RTAには組み込めなかったこともあってか俺自身はあまり利用しておらず、この世界に来た後はあまりに慌ただしい事態に巻き込まれたということもあり、俺はこの事実をすっかり失念していた。

 思い出したのは、講義内容に頭を悩ませていたつい最近のことだ。


 ローブを用意できたらもっとデルニロ戦も楽になったのだろうか?……いや、それは違うだろう。ローブがあった所で、皆の頑張りがなければあの勝利は掴めなかった。それだけだ。


「改めまして。ご清聴ありがとうございました」


 そんなこんなで拍手の中、俺の本日二回目の講演は終了の運びとなるのだった。


◆◆◆◆◆


 片付けを済ませると、次の講演に向けて控え室に戻ろうとする俺であったが、その眼前に先程の布を被った男が立っていた。


「あの……、何か……?」


 若干の警戒を込めてそう口にすると、男はふっ、と息を吐き出すように笑う。


「いえ。とても楽しかったので、改めてお礼をと思いまして」

「そ、そうですか?それは良かったです。ありがとうございます」


 空気感に若干の気持ち悪さを感じつつ、褒めて貰えることは悪いことではないので、当たり障りのないお礼を返す。それで終わりにしたかったのだが、男は一向に俺の進路から退く気配がない。


「……あの」

「それにしても、父親の研究か。なるほどなるほど」

「……あのっ」


 いい加減に声を上げても許されるだろう。男の態度に強く返そうとする俺であったが、そんな俺の言葉を遮るように、男はこう口にした。


「実は夜中のトイレで考え付いてたりして」

「────ぇ」


 驚きのあまりに、その場の空気が停止する。なんで、コイツ、そんなことを。

 思考を巡らせるべきなのに、頭が真っ白になって何も考えられない。ただただ、彼の発言がぐるぐるとリフレインするのみである。


コイツは、誰なんだ……?


「ぇっ、と……」


 ハッキリと否定すべき、もしくは軽く受け流すべき場面であるにも関わらず、俺は何も言うことが出来なかった。口をぱくぱくとさせたまま、その場に固まっていたのだ。


「────ふっ」


 ややあって、男が小さく噴き出した。


「はは。冗談ですよ。冗談」

「ぁ、そ、そうですか……」


 男の言葉に一々踊らされているとは理解していても、俺はどうしようもなく安堵を覚えてしまう。弛緩した空気の中で胸を撫で下ろす俺の姿を眺めてか、男は次いでこんなことを口にした。


「一つ、忠告をば。この次の講演、見知った顔にご注意を。それではまた。────南信彦君」

「────」


 今度こそ、時間が止まった。それだけ口にして去り行く男の背を、俺はただ眺めることしか出来なかった。

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