セタンタの宿屋 キング亭『レオンの歌をつくろう ~その4~』
そんなこんなを経て二時間後、歌詞はかなり完成に近付いていた。──いたのだが。
「……なんかもう一味欲しいんだよね。何かが足りないって言うかさ」
ダニエルがぽつりと溢すと、ミーナもうんうんと頷いた。
「もう一声行けそうですよねぇ」
「そなの?かなり良いと思うんだけど」
「それはそうなんだけどね」
呟きながら、眼前の羊皮紙へとミーナは目を落とす。三人で書きなぐったものを清書したそこには、レオンを称える歌詞が綴られていた。
「どんなピンチな時だって、絆の力で乗り越えていこう。人々の笑顔を守るため──。ここがね、ちょっと弱いかなって」
「え~?そうかな~」
「うーん……」
煮詰まってはいるのだが、ダニエルの言う通りもう一味何かが必要、といった具合だ。
しかし散々頭を働かせた後なので、三人ともかなりの疲弊が見て取れた。このまま無理に詰めても良いものは生み出せないだろう。
袋小路に入り掛けたそんな時、バタンと大きな音がして応接室のドアが開かれた。
「会長、こんな夜中に何してるんすか……?」
今の今まで仕事をしていたのだろう。仁王立ちになったルーカスの顔には疲労が濃く刻まれていた。
ダニエルが慌てて立ち上がる。
「あ。ルーカスごめ……いやまだ仕事してたの?駄目って言ったよね」
「会長こそ今日の商談の契約書、まだ貰ってないっすけど?」
「あっ」
ルーカスの指摘にしょんぼりとダニエルが謝る。
「ごめん……」
と言うか仕事が残っているのに歌作りに付き合ってくれていたらしい。……ほんとにレオン好きだなこの人。
ルーカスは肩を竦めると、手を差し出した。
「仕方ないっすねぇ……ほら、貸して下さい」
「うん……ありがとうルーカス」
素直に書類を差し出すダニエル。そこで、ルーカスは初めて他の女子の存在に気付いた。
「うわっまだ居たんすかエールの人。ミーナさんも」
「あ、どうも。先程はタオルありがとうございました」
「エールの人て。ミーちんよりこっちにはお邪魔してるんですけどねぇ?」
ぺこりと頭を下げるミーナとは対照的に頬を膨らませるスルーズ。そんな彼女の言葉を受けてルーカスは「そっすね」と同意した。
「邪魔してますからね、仕事の。そりゃ名前も覚える気になりません」
「えー!!!」
「ルーカスは人の名前覚えるのが苦手なんじゃない?僕の名前もしばらく覚えて貰えなかったし」
そんな二人の会話に割って入ったのはダニエルであった。当時、ルーカスのいる商店にダニエルが新人として入った時、サミュエル君と呼ばれたという話を披露すると、スルーズは爆笑し、ルーカスは真っ赤になった。
「ちょ、会長!……あれは頭が回ってなかっただけと言うか…!とにかくいいでしょ今そんな話は!……で、皆さんいつまでいるつもりなんすか」
「え?そりゃあ傑作が完成するまでに決まってんじゃん!」
ルーカスの話題逸らしにのんびり答えるスルーズ。
いぇーいとスルーズは深夜テンションだったが、ルーカスの不穏な空気を察したミーナは冷や汗をかきながら慌てて解説を添えた。
「ちょっスルーズ……えっと、実は今勇者を讃える歌をダニエルさんと作ってまして……あと少しで完成しそうなんですがそのあと少しが中々決まらなくてですね」
ミーナの説明に、ルーカスはじとーっと責めるような視線をダニエルに向けた。
「会長……明日朝一でヘミングウェイ商会との商談入ってましたよね?」
「う」
覚えてはいたのだろう。気まずそうに目を逸らしたダニエルに、ルーカスは溜め息を吐いた。
「しょうがないっすねぇ……特別ですよ?」
そう言ってルーカスは退出すると、しばらくして戻ってきた。お盆で運ばれてきたのは果たして、湯気の立つ三杯の薫り高いコーヒーだった。洒落たアンティークのカップはダニエルの趣味だろうか。シュガーポットとミルクまで添えてある。
「どうせ休憩も取らずにぶっ通しでやってたんでしょう?そんな疲れた頭にはこれっすよ」
トントン、と頭を指で叩いて茶目っ気たっぷりにルーカスが言う。しかし、酒場では滅多に出てこない高級な飲み物に反応したのは意外な人物であった。
「コーヒー、ですか」
恐る恐る、といった様子でミーナがカップに手を掛ける。ふわりと立ち昇る香りと蒸気を確かめた後で、彼女はほう、と小さく息を吐き出した。
「ミルクは、使ってないんですね」
深淵のように黒いそれを覗き込みながらミーナが言う。ルーカスは、ふふん。と鼻を鳴らした。
「ミルクコーヒーもいいっすけど、風味が変わりますからね。まずはこちらから。美味しさは保証しますよ」
「むむむ……」
逡巡していたミーナだったが、意を決してちびりと口をつけた。
「あっま……!?お、おいしい~!」
次の瞬間、彼女は脳天まで突き抜けるが如き甘さに頬を押さえて感嘆の声を上げていた。
「こっ、これ、お砂糖……!?」
「そっす。砂糖をふんだんに入れた、その名もルーカスコーヒーっす」
「おいしー」
その表情を見るに、本当に気に入ったようだ。一方のスルーズは常識を超えた甘さに眉根を寄せ、ダニエルも呆れたように嘆息している。
「風味って。ルーカス、いつも言ってるけどこれ砂糖の味しかしないじゃん。砂糖の風味だよ。入れすぎだよ砂糖高いのに」
「そ、そうそう。砂糖高いですよね?ど、どうやってこんなに?」
ルード大陸にも砂糖は存在する。しかし難しい製法故に希少品であり、主に貴族たちの嗜好品という側面が強いとされているのだ。
ミーナの問いには、ドヤ顔のルーカスに代わってダニエルが答えた。
「安く仕入れてる、とかじゃないんだよ。ルーカスは給料の大半を砂糖の仕入れに費やしてるから……」
「な、なるほど……。ありがとうございます。こんな美味しいコーヒー久し振りで……」
「え~……」
ダニエルが信じられないものを見る目でミーナを見ていたが、彼女の方はお構いなしにコーヒーを堪能している。
ラグリア牧場で振る舞ってもらったボルブの蜜入りコーヒーも大層美味しかったのだが、ミーナにとってはこの砂糖たっぷりのコーヒーこそが至高のようだ。
「おっと。まだ感動するのは早いっすよ。ここにですね……」
そう言うが早いかルーカスは横に添えてあったミルクポットから少量をコーヒーに注いでみせた。
「はい。こちらがルーカスミルクコーヒーっす!」
「うんまぁ~い!!」
甘い砂糖入りのブラックコーヒーも美味しかったが、ミルクを混ぜると更に優しい味へと変化する。舌鼓を打つミーナにダニエルはやれやれ。と息を吐き出した。
「ルーカス。もうその辺で。お陰で助かったよ」
「いえいえ。俺に出来ることがあれば何でも」
「そう?じゃあ一緒に歌詞考えてくれない?」
「何でも──は、しませんが、応援してますよ。それじゃあ仕事に戻りますね!」
有無を言わさず事務室に逃げ帰ったルーカスを見送ると、ダニエルは鼻を鳴らした。
「……まあ、いいか。それじゃあもう一踏ん張り……」
「飲まないならコーヒーちょーだい!」
「えー?んー、まあいいけど。ミーちん飲み過ぎじゃね?眠れなくなっちゃうよ」
「常にエール飲み過ぎる人には言われたくないし」
「てっ、適量だい!」
ダニエルは鼻を鳴らした。
「二人とも、やるよー」
「あ、はーい!」
「やるっしぇ~」
そんなこんなでコーヒーブレイクを挟みつつ、歌詞作りは再開された。とは言っても殆ど完成しており、最後の一味を決めかねているところなのだが。
「とりあえず一から歌詞を読み返してみる。ミーナさんは候補を書いた紙を並べてみて」
「はいっ」
てきぱきと作業を進めている二人をじっと眺めていたスルーズだったが、何を思ってか「ふふ」と笑いを溢していた。
「スルーズさん?」
「どしたの?」
「いやさー」
揃って頭に疑問符を貼り付けている二人に笑いながら、スルーズは手をパタパタ扇いで口を開いた。
「当初は心配になるくらいの喧嘩してたのに、今じゃ息ピッタリなんだもん」
「そんなことないけど?」
「全然そんなことないって!」
全力で否定した後で顔を見合わせると、それはそれで腹が立つのかフン、と背ける二人。
「あはは。息ピッタリ!勇者サマの為だからかな?」
「……まあ、レオンに変な歌を贈る訳にはいかないからね。そこは否定するつもりはないかな」
「うんうん」
首を縦に振る二人に、スルーズも納得して頷いた。この二人がそりが合わないのは、結局の所どちらもレオンが好きすぎるからだろう。同族嫌悪?というやつに近いのかもしれない。
「ま、何にしても喧嘩してるよりずっといいよ。今の二人、まるで背中を預ける戦友みたいだし」
そうけらけら笑いながら言った後で、スルーズは二人からの反応がないことに気が付いた。
それどころか、二人揃ってじっとスルーズを見つめている。
「………………だ」
「…………ほえ……?」
「「それだーッッ!」」
◆◆◆◆◆
そうして遂に、レオンを称える歌詞が完成した。
燃え上がれ! 心の剣よ!
闇を切り裂く光の勇者──レオン!!
全てを奪われた幼きあの日
魔王の影が世界を覆う
選定の剣を高く掲げ
運命に選ばれし英雄は立つ
強きをくじき 弱きを助け
君にその手を差し伸べる
涙を拭いて 一緒に進もう
さあ戦いの時がきた!
試練の道は果てしなく
森を抜け 遺跡の深く 海の果て
全てを乗り超え 進んで行こう
走れ! 勇者レオン!
熱きBrave Heart 燃やせ!
仲間と共に 未来を切り開け!
輝け必殺!閃光剣!
正義の剣が光を放つ
レオン! レオン! 勝利を掴め!!
光の彼方へ──Fly High!!
幽霊船の謎を解き明かし
亡霊どもを打ち払う
どんなピンチな時だって
絆の力で乗り越えていこう
背中を預け、共に戦う
人々の笑顔を守るため
弱音を吐かず 前だけ向いて
大決戦の時が来た!
どんな絶望が襲おうとも
決して足を止めはしない
旅の果てに最高の未来を信じて──
叫べ! 勇者レオン!
不屈のBrave Heart 燃やせ!
世界の希望を背負って立て!
今だ必殺 勇者固め!
魔王軍もやっつけろ
レオン! レオン! 明日へ進め!!
勝利の空へ──Fly High!!
傷ついた夜も 孤独な朝も
仲間がいたからここまで来れた
今、すべての想いをこの一撃に──!
行くぞ! 勇者レオン!!
最強のBrave Heart 燃やせ!!
平和の時代をその手で掴め!
行くぞ 猛虎昇龍撃!
輝く剣が明日を照らす
レオン! レオン! 伝説となれ!!
無限の彼方へ──Fly High Forever
Brave Heart Leon!!
勇者レオン 永遠に──!!
「ぁ、あまりに良すぎる……!」
ダニエルが目頭を押さえている。ミーナもうんうんと頷いた。
「最高の歌詞が出来た……!」
「良かったねえ。じゃあ、これをあーしがいい感じに歌って」
「待って」
完成を喜ぶ三人であったが、スルーズの発言に待ったを掛けたのは、意外にもダニエルであった。
「やっぱりこれ、個人で歌わせるのは勿体ないよ。ちゃんと作曲して楽団に演奏させるべきだと思う」
「えっ」
ダニエルの言葉にそうだそうだと同意するミーナ。彼女も同じ見解のようだ。
「というわけで僕が作曲家と楽団の都合を付けておくから。完成したらリハーサルしよう」
「えええええ!」
そうして有無を言わさぬトントン拍子で話が纏まってしまった。
ひとまず歌詞は完成したということで、今日の集まり自体はお開きになることに。
「遅くなっちゃってごめんね。二人とも、僕が送っていくから」
「大丈夫だよ~。あーし強いし」
こちらから押し掛けた身として送ってもらうのは忍びない。そう考えるスルーズに、ダニエルは口を尖らせた。
「そうだとしても、余計なトラブルに遭うのはイヤでしょ?夜に女の子二人が歩いていたら、変な奴が寄ってくるかもしれないし」
「セタンタって治安良くないんですか?」
ミーナが尋ねた。王様のお膝元でもあるし、犯罪の取り締まりにはどこよりも気を使っている印象があったのだろう。
「そりゃ、他の街よりはいいさ。王立騎士団や宮廷魔導師団が街を護りつつ治安維持にも貢献しているからね。それでも、セタンタは自由恋愛都市の異名を持つくらいこと色恋沙汰に関しては寛容な街だ。その手の男女のトラブルは尽きないんだよ」
「ははぁ。なるほど」
「僕も縁あって王立騎士団にも宮廷魔導師団にも声を掛けることは出来る立場ではあるけど、それだって後手の話ではあるからね」
結局余計なトラブルは避けるのが一番。とダニエルは結論を口にした。そこまで言われては仕方がないので、二人も送って貰うことに。
時間は夜の十一時を回っている。なんとまだ仕事をしていたルーカスにお礼を告げると、三人はキング亭までの帰路に着くことになるのだが──。
◆◆◆◆◆
「そこでファティグマは言ったんだ。『おいおいぼうや。嘘はいけないぜ?』その言葉を引き金に、魔物の群れが一斉に襲い掛かる!けれどファティグマはその刀を横に構えると、真一文字にそれを振るった。『鏖殺撃滅残!(おうさつげきめつざん)』魔物の群れは一瞬で塵と化し……」
「へーすごいなー」
光の消えた目で心のない相づちを返すスルーズ。その横で冷静になったミーナは一人、考えていた。
(……あの歌を楽団に演奏させるのマジ?)
マジです。
長くなりましたが歌作りはこれでおしまいです!




