セタンタの宿屋 キング亭『レオンの歌をつくろう ~その2~』
いつの間にか日が暮れて、時刻は夕方。定時で帰る受付嬢のイレーネも帰ったあと、暮れなずむセタンタの町に一人佇むピンクゴールドの髪の少女が居た。セタンタの中心街の中でも商店が立ち並ぶ閑静な町並みに、ブラウン商会はある。夕焼けに染まるレンガ造りの瀟洒な建物を見上げながら、ぽつりとスルーズは呟いた。
「柄にもないこと言っちゃったなぁ……あとでみーちんに謝らないと」
いつものように明るい調子で謝れば、ミーナはきっといつも通りに返してくれるだろう。あの子は何だかんだいつも周りに気を遣っていて、出自は偽っているかもしれないけど心の底からいい子なのだ。たまにクエハー愛とやらが暴走するけど。
そう。ミーナは物語の中の自分たちが好き過ぎるのだ。勿論、それ自体は悪いことではない。慕ってくれるのは純粋に嬉しいし、頼られると我ながらいつもより張り切ってしまう。何故か他のみんなはあんまり頼って来ないので。
でも、それは。厳密に言えば今此処に居る自分を慕ってくれている訳ではないと感じることがある。ミーナが思っているほど、きっと自分は強くも優しくもない。ミーナが当初よりパーティーに馴染んできたのもあってつい、思ったことをそのまま言い返してしまった。
「宣教師たるもの常に心は凪いだ水面のようであれ、なのになぁ」
まだまだ未熟な自分に溜め息が出てしまう。
そんな風に油断していたからだろう。背後から響いた声に、スルーズは飛び上がった。
「こんな所で何してるの?」
「ぴゃっ」
あまりに驚いて変な声が出てしまった。振り返ると黒い癖毛に優しげな緑の目をした小柄な青年が目を丸くして、その後ふっと相好を崩した。
「ふふっ、ごめん驚かせちゃったね。でもうちの商会の前でこんな時間に立ち尽くしてるの危ないよ?そろそろセタンタも酔っ払いが歩き始める時間だからね」
商会の主であるダニエル・ブラウンはくすくす笑ってそう言った。
「うちに用なんでしょ?もう夕方は冷えるし、良かったら入って」
気さくにそう迎え入れてくれるダニエルに、スルーズは珍しく何も言えずにこくりと頷くと後に続いた。
一歩足を踏み入れると、嬉しそうなルーカスの声が響いた。
「あっ会長!おかえりなさ――」
そう言いかけて、後ろに続いた人物にルーカスのテンションが氷点下まで下がった。
「ただいま、ルーカス」
いつも通りにこにこと挨拶するダニエルにおかえりなさいと笑顔で返した後、ルーカスは眉をひそめてスルーズの方を見た。
「もうエール飲みに来たんすか?」
「ちっ違うよ?」
いつもの調子が出ずにびくりと答えたスルーズに、ダニエルが目を瞬かせた。
「え、違うの?」
「会長さんまでっ……?!」
当たり前のように首を傾げるダニエルに、スルーズは衝撃を受けた。
「そりゃ出されたら飲むけどっ……!!」
「やっぱり飲みに来たんじゃないすか」
「違うもんーーっ!!」
自分は何か誤解されているんじゃないかと言う焦りで言葉を重ねるが、ルーカスは取り付くしまもない。
「そーいう副会長さんは何で定時過ぎてるのにいつも居るんだよーっ!」
「ここは俺の家っすからね」
どや顔で答えるルーカスに、ダニエルが呆れ顔で突っ込む。
「いや、ここ職場だから。ルーカスはそろそろ仕事上がって」
「そ、そんな……どうしてそんな酷いこと言うんすか……!」
衝撃を受けたように言葉を返すルーカスだが、ダニエルは別に酷いことは言っていない。ブラウン商会は受付嬢を始めルーカスを除いてほぼ定時上がりのホワイトな商会なのである。名前はブラウンだけど。
「だからさ、経理の手が足りないなら人を雇うから……」
「え、やです」
「……ルーカス、人見知りも程々にしなよ……」
話し込んでいる二人に、スルーズは笑ってしまった。
「仲良いねぇ」
「えっそう??あ、ごめんね。すぐエール出すから」
ダニエルが慌てて応接間の方へスルーズを案内する。
「じゃあルーカスは上がってね。明日は僕も一緒に経理やるから」
振り返りながらそう言って微笑むと、ダニエルとスルーズは事務室を後にした。
「いや~さっきはごめんね」
魔導冷蔵庫から冷えたエールを取り出しながらダニエルが苦笑する。
「ん?何が?」
冷えたジョッキとエールを見つめて、ワクワクしながらスルーズは答える。
既に心をエールに持っていかれているスルーズに、ダニエルは思わず笑ってしまった。
「いやさ、残業はルーカスの癖みたいなところもあるんだけどさ……その、僕がルーカスの余計な仕事を増やしてるせいであって」
講演会とか、とぼそりと呟いてうなだれるダニエルにスルーズは目を瞬かせる。……睫毛、長いなとダニエルは思った。レオンもだが美形は何をしていても様になるからちょっと羨ましい。
「だからさ、その……ルーカスが疲れて態度悪いのは僕のせいだから、あんまり悪く思わないでもらえると嬉しいなって」
言い募るダニエルに、ふふっとスルーズは笑った。
「気にしてないよー?副会長さん、なんか裏表なくて面白いし」
スルーズの言葉にダニエルは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「わかる??ルーカス面白いんだよ~!酔った時の言動も面白いんだけど、一緒に仕事してるとやってみたいこと何でも出来ちゃいそうな気持ちになるんだ」
『しょーがないっすねー』とか言いながら何でも出来ちゃうんだよルーカスは!とダニエルはにこにこ自慢した。
「ぶっ……イントネーションすっごい似てるねぇ」
物真似がツボに入ってけらけらスルーズが笑う。上機嫌で鼻唄を歌いながら、ダニエルはエールを注いでくれた。泡まで綺麗だ。これは中々の職人技では?流石商人である。
「それじゃ、お待ちかねのエールでございます」
ダニエルが恭しくエールのジョッキを差し出すとスルーズはエールと同じ琥珀色の瞳をきらきらさせた。
「やったーっ!しかも冷え冷えだ~」
嬉しそうなスルーズの様子に、ダニエルは目を細めた。
「それでは……勇者パーティーとブラウン商会の益々の発展を願いまして、乾杯」
「魔導冷蔵庫サイコーかんぱーいっ!!」
真面目なダニエルの音頭に対するスルーズの囃し立てのギャップがすごい。でも心の底から喜んでくるのが伝わってきて、ダニエルも釣られて笑ってしまう。
「何それも~!……ソフィアに伝えてあげよ」
くすくす笑っているダニエルをよそに、スルーズは幸せそうに冷えたエールを飲み下した。
「ぷっはぁーこれだよこれ!エール最高……」
ふにゃあ、と琥珀色の瞳が多幸感に蕩けている。ダニエルもエールを一口飲んで、美味しそうに目を閉じた。しばらく沈黙が落ちる。
「……そう言えば、エール飲みに来たんじゃないんだっけ。どんな用事?」
良い気分に浸っていたスルーズは、ダニエルの問いかけにエールの世界から慌てて帰ってきて言葉を探した。
「え?エール飲みに来たんじゃなかったっけ……あ、違った!そうそう、実は会長さんに折り入ってお訊きしたい話がありまして」
「え、僕に?セタンタのこととか?……いやそれ、ミーナさんの方が詳しそうだよね」
自分で言って苦笑するダニエルに、スルーズはいつもの調子を取り戻して勢い込んで話し始めた。
「それも訊きたいけどね、セタンタの美味しい酒場情報とか!あ~今すぐ知りたいなそれ。でも今日は真面目な話だから我慢我慢。会長さんが一番詳しいと思って」
指を立てて、満面の笑顔でスルーズが言う。
「勇者サマのことについて訊きたいんだよね!」
しかし、スルーズの言葉にそれまで穏やかに聴いていたダニエルの顔が急に曇った。むっとして考え込んでいる。
それに気付いて、あれ?とスルーズは焦った。
「えっと、その……勇者サマを讃える公式ソングを作って酒場とかで歌おうかなーと思いまして……ホラ、おひねりとか貰えたらパーティーの運営資金やあーしのエール代にもなるし……だ、駄目だった……かな……」
尻すぼみに恐る恐る言ってみたスルーズは、立ち上がったダニエルに驚いた。
「えっレオンを讃える歌?!何それ最高じゃん!待って待って、全面協力する!もう作曲家は押さえたの?」
喜色満面でにこにこし出したダニエルに、別の意味で気圧されてスルーズは目をぱちくりさせた。
「あり……?勇者サマのこと訊かれるの、嫌だったりしたのでは……??」
スルーズの指摘に、ダニエルは一拍置いた後苦笑いした。
「いや、レオンを喜ばせるものを作る為、なら大歓迎なんだけどさ……ほら、レオンモテるからさ」
当時のことを思い出したのであろう。げんなりしたような顔でダニエルはぼやいた。
「レオンのこと好きって女の子がそれこそ何人も何人も何故か僕を呼び出して訊くんだよ。
『レオンくんってどんな女の子がタイプなの?』って」
そんなの自分で直接訊けばいいのにさ、とダニエルは鼻を鳴らした。確かにレオンは顔が良い上に性格も良い。今のパーティーのハーレムのような状況を見ても、ファティスにいた時分のモテっぷりは想像に難くない。
「そりゃあさぁ、わかるよ?レオンはとにかくかっこいいし明るくて強くて優しい上に足も速いしさ。僕も大好きだし、自慢の親友だけど……僕が喋ったせいで誰をひいきしたとかこじれたら死ぬほど嫌だしさ」
……足が速いって関係あるかなとスルーズは少し気になったが、ダニエルの尤もな話になるほどねと合点がいった。死んだような目をして、ダニエルが続ける。
「こう言っちゃなんだけどさ……パーティーほぼ全員レオンのこと好きなのかなーって思ったからさ。そういう修羅場には一切関わりたくないなって」
身も蓋もないダニエルの指摘に、スルーズは噴き出した。……よく見てらっしゃる。
「んー、それはあーしの口からは何とも言えないけど……今回はそういうのじゃないから安心して下されば」
スルーズがそうとりなすと、ダニエルは笑った。
「だよね。そうと決まったら最高の歌にしないと!あ、お金も出すよ勿論」
もう頭の中で計画を進めているらしいダニエルは緑の瞳をきらきらさせて早口で語った。
「あ、待てよそうなると……ファティグマの歌も作らなきゃいけないよね」
真面目な顔で呟くダニエルに、
「あ、うん……それは別にいいかな」
とスルーズはやんわりと断った。
「えー?そうかなぁ。まぁそれは別で進めるとして、まずは作曲家に作詞家、オーケストラの手配が必要だよね」
飴色の革の手帳を開いて、決定事項のように書き付けてゆくダニエルにスルーズは仰天した。
「いやそんなんいらないよ!?酒場であーしが歌うだけだからね!?」
自認としては、宣教師ながら軽く歌えるよ。といった程度のスルーズなのである。オーケストラなんぞ召喚された日にゃ恥ずかしさのあまりに死んでしまいかねない。
「えっそういう計画だったの?……スルーズさん、そんなに歌得意なんだ!」
きょとんとした後、ダニエルは無邪気に目を輝かせた。手帳の記述を修正し出したのでちらりと覗くと、「レオンの歌はスルーズさんが歌って世界に広める」「ファティグマの歌は壮大な方がいいからオーケストラを要検討。歌手はオーディションか」と教科書のような綺麗な字で書いてあった。……水面下でファティグマの歌の計画練ってる。まあそれはどうでもいいとして、何だかそんなに期待されるとこそばゆい。現状を正確に把握してもらう必要があるだろう。
「じゃあちょっち歌うからね。んっん……」
そう言ったものの、歌うべき曲すら考えていなかったことに気付いたスルーズ。しかしここで時間を掛ける訳にもいかないと、頭にパッと思い付いた歌を歌うことにした。
投擲の勇者
作詞:フィーブの酔っぱらい
作曲:フィーブの吟遊詩人
オーオーバレナ 投擲の勇者
その息吹は大地を癒し
その一撃は魔神を穿つ
人々を救いたもう勇敢なりし男
街を襲いし邪悪な魔神
嘆く人々食い殺す
絶望に埋まるフィーブの街に
投擲の勇者舞い降りた
巨大な竜を従えて
巨大な岩をも投げ飛ばす
オーオーバレナ 投擲の勇者
オーオーバレナ 伝説の英雄よ
「──とまぁ、こんな感じです。……どう?」
スルーズが歌い終わって向き直ると、ダニエルは惚けたようにこちらを見つめていた。
「……天使?」
「いやいやいや。違うよ?」
即座に笑顔で否定するスルーズに、はっとしてダニエルは慌てて顔を伏せた。
「あ、ご、ごめん……そう、レオンの歌のことだったよね」
思わずそう呟いた後、ダニエルは何かを考え込むように首を傾げた。
「え、いや……ちょっと待って。歌声が綺麗過ぎてうっかりしたけど聞き捨てならないこと言ってなかった?投擲の勇者バレナ?……勇者!?確かにバレナの石投げは凄いけど」
ダニエルがむーっとして、子供っぽく不服そうにじと目で言う。
「勇者はレオンでしょ。あとドラゴンが慕ってるのもレオン」
リューカとやらがあの頃のドラゴンだとしたら、バレナとはケンカばかりしていたように思う。主にりんごのことで。
「んっんっ。まあそうなんだけどさ」
わざとらしく咳払いをした後でスルーズは頬杖をつくと、上目使いにこう口にした。
「それには理由があるのよね」
「理由?」
「ん。じゃあちょっと長くなっちゃうかもだけど、話しちゃおうか。フィーブでのみんなの大活躍!」
「えっ、いいの!?あ、いやでもそんなタダで……」
スルーズの言葉にダニエルは身を乗り出して色めき立ったが、自身を抑えて居住まいを正した。
嬉しいを通り越して、料金を払わずに聞いてもいいのですかといった姿勢にスルーズは苦笑する。
「いいのいいの。こういうのはヒトに話してナンボだからねっ」
「わぁ!嬉しいなぁ。あ!じゃあルーカスも呼んでくる!絶対聞きたい筈だから」
「え。いや……」
それはどうだろうか?今までのルーカスの態度を思い返して引き留めようとするスルーズだったが、ダニエルは思い立つままに勢い込んで出ていってしまった。
そして十数秒後にとぼとぼと帰ってきた。
「仕事が忙しいんだって」
「あー、うん」
でしょうね。と思ったが優しいスルーズは口には出さなかった。
「そんじゃま、気を取り直して話すと致しましょう!勇者レオンの冒険、激闘フィーブ編!」
「わー!」
そうしてスルーズは、レオンたちが魔神デルニロからフィーブを解放するに到る物語を話し始めるのだった。
◆◆◆◆◆
魔神の卑劣な罠。月に一度、家族が殺される恐怖。生け贄を差し出しさえすれば町は無事で済むという薄暗い絶望。見た目以上に人々の心が荒んでゆくフィーブの町。
圧倒的な劣勢からの死力を尽くした逆転に、聴き終わったダニエルは感嘆のため息を吐いた。
「そんなことが……と言うか目立ってないだけでレオン滅茶苦茶頑張ってるじゃん」
魔神をも騙したレオン決死の怯える演技が目に浮かんだのだろう。
「それにしても折れた剣って、大事に使ってたなけなしの相棒だろ?まったく……みんなの命が懸かってるからって無茶するなぁ」
苦笑した後、ダニエルは気まずそうに咳払いした。
「あと、その……ミーナさんが見かけによらず相当命懸けの無茶をするってのもわかった。……悪かったよ、君の友達を疑ったりして」
と、ちょっと決まり悪そうにダニエルはスルーズに目を向ける。
「えっへへ」
言われてスルーズはニカッと笑みを浮かべてみせた。
「嘘ついてるのも本当だし、無茶して頑張ってるのも本当。でも前にも言ったけど、悪い子じゃないからさ」
大事なことなので二回言いました。と笑顔のスルーズに、ダニエルもつられて笑みを溢す。
「みたい、だね」
話を聞くに、本当にミーナはレオンやパーティーの皆が好きらしい。疑いから入ったダニエルも、そこは納得せざるを得なかった。
「あ、それでね?」
若干湿っぽくなり掛けた空気を仕切り直すように声を上擦らせながら、スルーズが口を開いた。
「話は戻るんだけど、あんな歌が作られてみんながバレっちを勇者っていうもんだから勇者サマが拗ねちゃって。それもあって歌を作ろうと思ったの」
スルーズの言葉に、ダニエルがくすくすと笑う。
「拗ねてるレオン、目に浮かぶなぁ。そっかぁそれじゃあレオンが喜ぶようなかっこいい歌を作ってあげなきゃね!」
やる気が漲ったのであろう、真面目かつ良い表情をしてダニエルが尋ねる。
「もちろん必殺技名は入れる予定だよね?レオンが一番気に入ってる技がいいと思うんだけど、どれにしようか」
「えっ、ひ、必殺技??」
ダニエルの言葉に面食らうスルーズ。要するに【メガヒール】のような技の名前ということだろうが。
「あー、そういえば勇者サマも何か言ってたような……。でもハッキリとは覚えてないんだよね……」
「そうなの?でもレオンに聞いちゃったらサプライズにならないしなぁ」
いつの間にかレオンへのサプライズプレゼントということになっているらしい。噴き出しそうになるのを堪えると、スルーズは「そーだ」と手を打った。
「友達にめっちゃ詳しい娘がいるよ」
「ミーナさんでしょ」
「う、うん。ダメ?」
伏し目がちにそう告げられ、ダニエルはうぐ、と言葉を詰まらせた。別に駄目な理由があるわけでもない。思案した後で彼は、
「うん。じゃあそれについては任せよっか」
と頷いた。スルーズも、「そうだね」と同意する。
「だから会長さんには、子供の頃のエピソードとか、旅に出る前の勇者サマの人となりとかを教えてほしいんだよね」
スルーズの言葉を受けて、ダニエルは考え込んだ。
「そうだね……と言ってもレオンは元々特別な子供じゃなかったよ」
懐かしむようにダニエルは緑の瞳を細めた。遠い日のレオンの笑顔が脳裏に浮かぶ。
「町で一番強い剣術師範のお父さんと、嘘みたいに綺麗で優しいお母さんがいてさ」
いたずらっぽく笑うクレストと、愛情深くレオンに様々なことを教えているフィオナを覚えている。まるで昨日のことのように。
「当たり前に家族が大好きで、お父さんから剣術を教わったり、僕と一緒にいたずらして笑ったり、やんちゃし過ぎてお母さんに叱られたり……」
そう。当たり前に家族に愛し愛される幸せな子供だったのだ。魔王軍の襲撃さえなければ。
「とにかくやんちゃで明るい元気な子供だったのにさ……魔王軍の襲撃でご両親を亡くして家も焼かれて。うちに引き取られてからは考え込むように剣術にばかり打ち込むようになった。それで成人したらすぐ、傭兵になって……あとは君たちの方がよく知ってるんじゃないかな?」
切なそうにダニエルは苦笑いした。
「レオンはさ、言わないんだよね。ものすごく強くて当たり前に優しいから……自分が辛い時ほど無口になるし、何も言わないで辛い役目を引き受けたりする。だからさ、勇者になった時も誰にも相談しなかった。……僕が頼りなかっただけかもしれないけどさ」
そうひとりごちた後、スルーズに目を向けて微笑んだ。
「だからさ。この前久々に会って安心した。子供の頃みたいにまた明るくて元気なレオンに戻ってたから」
パーティーメンバーと飲んで食べて笑うレオンは、子供の頃みたいに楽しそうだった。きっとレオンにとって、家族のような気の置けないパーティーなのだろう。
「そっか。幼馴染にそう言ってもらえるなら、勇者サマは大丈夫だね」
本当に言わない人だからさー。とスルーズは苦笑する。
「ずっと張り詰めた感じで危うかったからさ。あんな風に楽しそうなの、ここ一か月の話なんだよね」
「そうなんだ?」
「うん。多分あの子のおかげ。だから何度も言うけど、本当に感謝してるのよ」
ふー、と息を吐きだした後で、空気が湿っぽくなってしまったことを気にしたのだろう。
「あ、それより歌詞!歌詞考えなきゃね!」
とスルーズは表情を解して微笑んだ。
「歌詞、歌詞かぁ……レオンを喜ばせるならかっこいい歌詞で、必殺技名を絶対に入れなきゃだよね」
難しい顔をした後、何を思ったかダニエルは強気に微笑んだ。
「投擲の勇者に余裕で勝てる名曲にしよう」
大人しそうに見えて、実はダニエルは相当の負けず嫌いだった。
「ちなみにスルーズさんは、今のところどういう内容を入れようと思ってるの?」
「んとね。とりあえずみんなからエピソードは貰ったから、それを勇者サマを主軸にした客観的な視点で見た歌詞にしたいんよね。勇者レオンはこんなことをしたんだよっていう。でも、子供の頃の彼はどうだったかってのも大事だと思って……」
ふんふん、と興味深げに聞くダニエルに、スルーズは笑って結論を口にした。
「まあ要するに全部盛りなのです」
スルーズのざっくりとした計画にダニエルは頷きつつ、スルーズの書き付けを見せてもらった。
「なるほどね。ドラゴン本人からの証言は強いな。バレナの話は人柄の点ではいいけど、エピソードとしては歌には使えないかな……ふふ、でも懐かしいなエルムの森の肝試し」
緑の瞳をふっと和らげてダニエルが微笑む。
「会長さんも参加してたんだ?肝試し」
「――そうだね」
遠くを見つめてふっと吐息をつくと、「うーん」とダニエルは腕を組んで思案する様子を見せた。
「言ってもいいのかなー。さっきの話のバレナが驚いたってお化け、多分僕なんだよね」
「えっ!?」
「バレナがお化けなんて大したことないなんて、馬鹿にするようなこと吹聴して歩いてたから、ちょっと本気で脅かしたらどうなるのか試してみたくなっちゃってさ」
目を丸くするスルーズに、当時の様子を思い返しながらダニエルは苦笑する。
「黒い服に葉っぱを沢山つけた服を母さんに作ってもらってさ。……っていうか頼んでないのに作ってきてさ。それで同じような草むらに入ってると、頭しか見えないって寸法でね。後はこう演技力で――って、ごめんごめん!また脱線しちゃった」
き、気になるーーっ!確かに本題に入った方がいいのだが、滅茶苦茶気になることさらりと流してくるなこの人……とスルーズは思ったが、これは真面目な相談なのだ。
「う、うん……すごーく気になるからゆっくり聴きたい所だけど歌早く作りたいもんね」
自分を納得させるように言うスルーズに、ダニエルは楽しそうに笑った。
「だよね。勇者パーティーだからいつまでも一つの町に滞在はできないだろうし。……何より、完成した歌を聴いたレオンの反応とか絶対見たい」
ダニエルはスルーズの書き付けを几帳面な字でさらさらと書き写すと、こう提案した。
「じゃあ役割分担しよう。
僕はセタンタで一番実力がある音楽家に依頼して歌を作ってもらう算段をつける。スルーズさんはミーナさんに必殺技の名前を訊いて、レオンの現在の情報をまとめて僕に伝えてもらう。
で、最終的なイメージを契約した音楽家に二人で伝えよう。完成した歌を先にレオン以外のパーティーメンバーに聴いてもらって、違和感がある所があれば修正。
最終稿が出来たらレオンの好きそうな酒場を貸し切りにしてスルーズさんが歌ってお披露目。ーーこんな所でどうかな?」
「うおう……、な、なんか物凄くちゃんとしてるね……!?」
「当たり前でしょー。勇者レオンの歌だよ?永遠に歌い継がれることになるのは確定してるんだから、生半可なものなんて作れないでしょ」
「う、うん……」
ダニエルの勢いに気圧されて、スルーズは頷いた。彼の言う通り、それならば最高の歌が出来上がるだろう。
「分かった。じゃあすぐミーちんに確認してくる!」
「うん。僕も途中になってる仕事を片付けたらすぐ動くよ」
「えっ、仕事途中なのに時間割いてくれたの!?」
目を丸くするスルーズに、ダニエルは頬を掻きながら「あ、いや……」と目を逸らした。
「まあそんな大変なものでもないからね。気にしないでよ」
何にしても、あまりに人の良い行動であることには代わりない。スルーズは改めて礼を告げると、商会を後にするのだった。
◆◆◆◆◆
「必殺技……。別にいいけどさ」
キング亭一階の広間。テーブルを挟んで椅子に腰掛けたミーナは、鼻白んだ様子で息を吐き出した。
「一番凄い音楽家が作った音楽で、一番凄い音楽家が作った歌詞を歌うんだろ。それ、俺たちの歌って言えんの?」
「い、いや、でもさ。勇者サマの歌だよ?ずっと残るものだし、やっぱ良いものにした方が」
「それを判断するのはレオンだろ。そんでオレたちの知るあいつは!絶対にオレたちが作った歌詞の方が喜ぶだろうが!」
「ぐぬうぅぅ……!」
「お前がさ、レオンに作ってやりたいと思ったのが始まりなんだろ?だったらさ。どんなトンチキソングだろうが、歌詞もお前が作るべきだよ」
ダニエルの言葉だって間違ってはいない。頑張る勇者のためにより良いものを作ろうとするのは正しいことだ。
しかし一方で、ミーナの言うことも間違っていないとスルーズは思う。確かに彼女たちの知るレオンならば、見知らぬ吟遊詩人の作った歌よりもパーティーメンバーの歌を喜ぶだろう。
「ぅぬぅぅぅぅ……!」
二人の正論に挟まれて、スルーズは段々腹を立て始めていた。
(なんっであーしが怒られなきゃならないんだ。このレオンガチ勢どもが~!)
「……分かった」
「だろ?だったら」
「じゃあミーちんも来て。商会。もう三人で話そ」
「え゛」
有無を言わさぬ勢いでその腕を掴むと、
「待ってやだ!あそこはやだあぁぁぁ!!」
嫌がる彼女を引きずって連れ立つのであった。




