セタンタの宿屋 キング亭『レオンの歌をつくろう ~その1~』
迷探偵ギャル宣教師スルーズが大活躍した翌日のこと。キング亭のロビーに俺とスルーズの姿があった。
「そーいやさー、ミーくんが読んだ物語の勇者サマってどんな感じだったん?」
エール片手に唐突な質問を投げかけてきたスルーズに俺は渋面を浮かべる。ミーくん言うな。
「あん?酔ってんのかよ?もう部屋帰って寝たら??」
友情を込めて冷たく微笑んでやると、まるで堪えてない様子でスルーズがひらひらと手を振って否定する。
「いやいや酔ってないよ?あーしこう見えてワクだからさぁ、空気に酔ってるだけ」
でもこれ意外と真面目な話だから!とスルーズはふふんと胸を張った。
「勇者サマの歌を作って、あーしが酒場で歌って伝説を広めようかなってね!」
「ほーん?」
「つまりさー……」
詳しく聞いたことによると、フィーブでバレナのほうが勇者として囃されている現状をレオン自身が面白く思っていないこともあり、よっしゃそれなら勇者レオンを称える歌を作っちゃおう!ということらしい。
なるほどそれなら納得だ。手伝う価値もあるだろう。
「そーだなぁ」
遠くを見上げるように首をもたげると、俺は小さく息を吐き出して口を開いた。
「勇者レオンはさ。希望なんだ。オレたちプレイヤー……読み手は、最初から彼が勇者だと知ってる。魔王を倒して世界を救う存在だと知ってるんだ。その上で、彼の旅路を追い掛けるんだよ」
俺たちの世界じゃ当たり前のことだが、ゲームプレイヤーってのは皆そういうもんなんだ。
不思議そうな顔でこちらを見つめるスルーズに、俺はくすりとしながら続けた。
「オレが知ってるレオンは、もう王様から勇者に任命された後でさ。ファティスを出てエルムの森に行くところから始まるんだ。彼の師匠に決意を語った後で、森の魔物たちを──」
「あ、ごめんそれ長くなる?もっとかいつまんで欲しいんだけど」
「お前が語れっつったんだろーが」
話の腰を折られてぶう。と頬を膨らませた後、「はは」と苦笑した。
「レオンはね、絶対に諦めなかったんだ。どんな苦難にも、窮地にも耐えて、平和を掴んだんだよ。本当に強くて、かっこよくてさ。オレのヒーローだった」
ゲームの中のレオンを思い出して、ため息を吐くように俺はそう呟いた。そして、
「けど実際に会ったあいつはさ、ちょっと抜けてるところもあって、一生懸命無理してることも知って、完璧なヒーローじゃなかったんだなって、分かったんだ。彼は一人の人間で、優しくて強い人で。……やっぱりかっこよかったんだ」
「ミーちん……?」
「あ、今のは違うな!?なしなし!!関係ないから!」
話がゲームから逸れるところだった。セーフセーフ……!
こほん。と咳払いをすると、俺は口元に手を当てる。
「これは、まだみんなには内緒にしてほしいんだけど、オレの知ってる物語ではさ?魔王は不老不死なんだ」
「……へ?」
「だから今までは誰にも倒すことが出来なかったんだけど、レオンが道中で手に入れた特殊なアイテムを使うことで一時的に不老不死を打ち消して、魔王を倒すんだよ」
まあこれはあくまでゲームの話で、ゲーム故のおつかい要素であり、この世界でもそのルールが必要かどうかは分からない。けれど。
「そして倒した結果、魔王は不老不死の呪いをレオンに移すんだ。……まあ言葉の通り、レオンが不老不死になっちゃうってこと」
そう口にして、俺は鼻を鳴らした。ま、そんなことさせるつもりはねーけどな。
「え、いやマジかー予想以上にすごい情報来ちゃったな……普通に対外的な勇者サマの有名な伝説や描かれ方を知りたかっただけなんだけど」
驚いた~と言う様子でスルーズは目を瞬かせた。びっくりはするけど動じない辺りがやはりスルーズである。メンタルが強い。
「そりゃ、魔王を倒す逸材なんだ。かっこよく、強く描かれるなんて当然だろ?ばったばったと敵を薙ぎ払うレオン。火の魔法と剣の腕は随一で、ギルディアだって敵わない。――でもさそういう強さだけじゃなくて」
ほう、と息を吐きだしながら、俺は呟くように言葉を続ける。
「倒したら不老不死になることを事前に分かってて、それでもレオンはやってのけたんだ。自分より、世界を取った。やっぱり、世界で一番強い人なんだよ。彼は」
自分に出来るか?そう言われたら、絶対無理だろうなと俺は思う。多分誰かの身代わりに犠牲になる道を選ぶなんて、俺には出来ないと思う。どれだけ口で大言を吐いても、土壇場で体が竦んでしまうだろう。
ふと、絶体絶命の場面で自分よりも強い相手に啖呵を切った少女のことを思い出した。
――汚れる?汚れるっていうのはね。魂が濁ることを言うの。私に決してそれはない。どれだけ身体と心を犯されようとも、この魂が汚れることは決してない。――――やってみろッッ!――
「――あー、そーだった。オレはさ。お前のことだって尊敬してるんだぞ。……スルーズ」
「えー?なぁにー?急にデレ期来ちゃった??」
「うっさいな!撤回すんぞ」
「あっははは」
こうして駄弁っているとしょうもないのだが、一緒に居ると不意に本当にあのスルーズなんだなと思う瞬間がある。いつも陽気で、しょうもなくて、でもその裏で実は優しかったりさりげなく気を遣ってくれたりする。
まぁ勿論、本気でしょーもない時も多々あるのだが。
「うーん。どうしよっかなぁ……」
スルーズは話を聞いてからウンウン唸っては手帳にぐりぐりとよくわからない図形を描きなぐっていた。あー、あれこっちの世界でもみんなやるんだな。
しばらくエールを傾けつつスルーズは悩んでいたようだが、美味しそうに最後の一滴を飲み干すと立ち上がった。
「よっしゃ、そうと決まれば行くか」
「またウィズ姉にエール冷やさせるの?もうやめろよ怒られるぞ」
「このタイミングでんなことするかい!」
常日頃からウィズにエールを冷やさせては好感度を下げ続けているスルーズである。またやるつもりかと俺が忠告すると、ちが~う!と憤慨した。
「そりゃあエールのおかわりはいつだってしたいし、うぃうぃの冷やしてくれたエールは天上の飲み物だけれども!そこまで浅ましくないよ??」
「えー?じゃあ」
「つまりさ」
ぐっと握りこぶしにスルーズは力を込めてニッと笑った。
「こういう時は、勇者レオンをよく知ってるパーティー全員に伝説を聞いてみるのが一番じゃね?ってコト!」
「お、おお……。思いのほかマトモだ」
スルーズの提案に納得しつつ、不覚にもわくわくしてしまう。
「あーしはいつだってまともですぅ」
「はいはい。……それで、誰の所から行く?」
「そりゃあ勿論、勇者サマの伝説のはじまりと言えばあの子っしょ」
そんな思わせぶりなことを言いながら、手帳とペンに加えて何処から出したのか探偵っぽい帽子を被ったスルーズ。そして彼女は不敵に微笑むのだった。
◆◆◆◆◆
――と、言う訳で。
「勇者サマの歌を作りたいから協力してほしいんだよー!お願いっリューさん!!」
「それでわたくしの所に?光栄ですわ」
ふんすっ、と景気よく鼻を鳴らしながらオレたちの前に仁王立ちしているのはご存じ竜の子リューカその人である。
「それで?何を話せば良いのかしら」
「そりゃもう。勇者サマについてだよ~。勇者レオンの伝説を聞きたいのサ」
「ふむん。そういうことでしたら……」
腕を組んでどっかと腰を据えると、リューカは彼女の幼少期から、レオンとの出会い──そして再会に至るまでを仔細に話し始めた。……この辺は、エピソードオブリューカで語られてる部分だな。
「つまり勇者様はわたくしの全て!全てを捧げてもいいと思える相手でしてよっ」
鼻息荒くそう豪語した後で、リューカはふっと微笑んで見せた。
「誇らしいんですの。彼が。そして、そんな彼と共にある自分も、とても誇らしい気持ちになりますの」
ひゃ~めっっちゃノロケてきたぁあ。こう、リューカは純真で表現がストレートだから何か照れるな。
「ふんふん、なるへそ」
そんでスルーズはそのノリ逆に凄いな??
「つまり、巷では竜を退治して追い払った勇者として勇者サマは知られてるけど、実際の所は竜と心を通わせた勇者であったと」
意外と綺麗な字で手帳にまとめた内容を書き付けている。
「どこから話したら良いのか――。竜からヒトの姿になった後、わたくしは別の町――レイヴンの女騎士団長に拾われて、お世話になっていましたの」
「ほえ?」
ふとリューカが口を開く。驚く俺たちに彼女が語り出したのは、エピソードオブリューカの続きの物語だ。
一年ほどとある王国の女騎士団長に拾われて鍛えられたリューカだったが、いよいよ「探し人を訪ねて行きます!お世話になりましたわ!」と騎士団を離れることに。
その後は持ち前の勘と嗅覚を頼りに記憶の中のレオンの匂いを追いかけて、時間をかけて地道に後をついてくるリューカ。彼女がレオンを見つけたのは、リューカが旅を始めて半年が過ぎたある日のことだった。
フォスターの商店街で買い出しをしてるレオンを見たリューカ。数分言葉を失っていた彼女だったが、
「見、見、見つけましたわ!!!!」
とバカでかい声をその場で張り上げたのである。二人は一躍注目を浴びることに。
理由のわからないレオン、ようやくの再会で感極まるリューカ。しかし理由のわからないレオン。
「ようやく見つけましたの…!!」
と手を取ろうとしたとき、駆けつけたもう一人の誰かがリューカの顔面を盛大に蹴り飛ばした。
「な、な、なにやってやがんだテメエ!!!」
「あいたぁぁ!?んぐ……この匂い…どこかで?」
鼻を押さえて顔をしかめるリューカ。彼女は小さいころに遊んだ――というか乱暴だったバレナのことを匂いで記憶していたのである。
「ちょっと、邪魔しないでくださいます?」
「そりゃこっちのセリフだよ。急に現れてなにもんだ?敵か?敵だな?」
正しく一触即発な二人であったが、それを止めたのはレオンであった。
「ちょ、ちょっと待った!二人ともやめろ!――と、とにかく聞いてくれ」
「あ、は、はい」
「おいレオン、こんなヤツ――」
「バレナ」
「……ちっ」
バレナを後方に下げると、レオンは改めてリューカに向き直り、こう告げた。
「俺たち……いや、俺は君のことを知らない。人違いだと思うが、君はどこかで俺を知ったのか?出来れば事情を話してほしいんだが」
「え、いえ、あの、それは……」
リューカは己の正体を明かしてはならないと女団長からもキツく言われていた。故に、レオン相手であっても事情を話すわけにはいかないのである。
もじもじしているリューカに、とりあえず慕う気持ちはありがたいが、先を急ぐから悪いな…!とレオンたちは行ってしまった。悪態をついて去っていったバレナは許せなかったが、それはそれとして、きゅーん、と気落ちするリューカ。
その後傷心の中商店街のリンゴを食べ尽くして、大半の路銀を失うことになるとは本人も思ってもいなかったのだが。
なんとなしに、その夜にはトボトボ街を出るリューカ。
しかし、本人も気づかないうちにレオンの匂いを追っていたのだろう。街を出た山あいで彼女は、マウントウルフの群れに襲われているレオンとバレナの二人を発見したのだ。二人に対して敵は十匹以上。しかもマウントウルフは群れを巧みに操って獲物を追い詰める狡猾なハンター集団なのだ。流石の二人もこれには苦戦を強いられており、負けることはないだろうが、そのままであれば深手を負わされてしまうかもしれない。
「――――ええ。ええ!」
少し思い悩むも、意を決したリューカ。
丘の上から咆哮をあげ、怯むマウントウルフの群れに丘の上から飛び降りると、彼女は地面にクレーターを作る勢いで着地した。
驚く二人と十数匹の大狼。しかしレオンにとってはありがたい加勢である。勢いづいた彼を含めた三人がマウントウルフの群れを蹴散らすのにそう時間は掛からなかった。そして。
「そういえば君は――さっきの……」
「あ、テメエまた……!追いかけて来やがったのか!」
「あ、あの……その……」
バツが悪く去っていこうとするリューカ。しかし助けられた形になったレオンがそれを許すはずもなく。
「待ってくれ。君は恩人だ。君さえよければ、もう一度、話を聞かせてもらえないか?」
「!――――は、は、はい!」
詳しく語ることは出来ないが、それでも。もう忘れているかもしれないが自分はその昔レオンに助けられたのだと熱く語り、仲間に加わりたい、助けになりたいのだリューカは口にした。
「――と、いうことらしい。さっきの強さを見るに実力も申し分ないし、何より俺たちの恩人だ。バレナ、どう思う?」
「意地の悪い聞き方しやがって。お前がいいんなら異論はねえよ」
「――うん。二人とも異論はないよ。改めて、君の名前を教えてほしい。……まだ名前も聞いてなかったからな。恥ずかしい限りだけど」
「――――っ、リュ、リューカ。リューカ・ゴラードですわ!!!」
「こうしてわたくしは、勇者様のパーティーになったんですの」
「はー」
「なんというか、壮大だねえ。あーし初めて聞いたわ」
リューカの話を聞き終えて、俺とスルーズは揃って感嘆の声を上げていた。
「いやー、やっぱりレオンはいいやつだなぁ」
「ミーちんはそればっかだな」
「あんだよ」
「まーまー。とりま!リューさんありがとね!!!」
「ありがと。助かったよ」
「お役に立てたなら良かったですわ。ふんすっ」
そうしてリューカに礼を告げると、俺たちは一緒に部屋を出ることに。
「まぁ竜を倒したって言うと王道でわかりやすいけど、リューさん実際良い子だかんね!
その方が勇者サマもいい奴だってわかるし、さっき聞いた通り仲良し路線で行こうっと」
「……あのさ、スルーズ」
「んー?」
リューカの部屋を後にしてしばらく歩いた頃だろうか。俺はメモをまとめているスルーズに、こっそりと耳打ちした。
「……レオンは王様から公式に『邪悪な竜を追い払ったから』勇者に任命されてるんだろ?違うこと歌ったら大変なことになったりしない?罰されたりとか」
何せ勇者は名誉が大事だ。不祥事なんてことになり減給になったら元も子もない。それに対して、スルーズはあっけらかんと笑った。
「あっはは、ミーちんは心配症だねぇ。ナイナイ、王様そんなに暇じゃないから」
それにさ、と琥珀色の瞳を細めてスルーズが微笑む。そして彼女は歩きながらぽつぽつと語り始めた。
「やっぱり悔しいじゃん?リューさんや勇者サマが誤解されてるの」
「ん……」
「歌って回るうちに、人から人へと伝わる内に話が変わっちゃったり、尾ひれが付いて大袈裟になるのはよくあることだよ?まぁ、今回もいつの間にか間違って伝わっちゃったと言うことで一つ、大目に見てもらおうよ」
内緒、と言うようにしーっと唇の前で指を立てて笑うスルーズは可憐で、悔しいけど様になる美少女だった。こういうとこ、ほんと要領いいよなぁ……聖職者なのに。
「それで、次は誰に訊きに行くんだ?」
時間はまだまだ昼下がりだ。昼からエール飲んでたのかよ、と言うツッコミには全面同意する。
まぁ、ルード大陸はお酒に強い人が多く、アルコール度数の低いエールはお酒と言うよりしゅわしゅわするジュースに近い感覚のようだ。そうは言っても勇者パーティーで昼からあんなに呑んでる奴はスルーズくらいだが。
俺の質問に、得意げにスルーズは答えた。
「ふっふー、当然、名探偵ギャル宣教師スルーズちゃんは聡明なので次の考えは決まってます」
「それ気に入ってんの?」
と言うかあんな目に遭っておいてまだその名を名乗るとはいい度胸である。嫌いじゃないけど。
◆◆◆◆◆
「というわけで来たよぉ!うぃうぃ~!」
じゃじゃーん!とファンファーレでも背後に鳴らしていそうな元気の良さで俺たちが次に訪れたのは、ウィズ姉の部屋である。
「あら、スルーズさん……今日何杯目?もうエールは控えた方がいいんじゃないかしら」
焦げ茶色の綺麗なロングヘアーに、優しげな蒼の瞳。睫毛まで艶やかなウィズ姉は、おしとやかにスルーズをたしなめた。ほらみろ言われてやんの。
「ちょっうぃうぃ?!違うよ??確かにうぃうぃの冷やしてくれたエールは天上の飲み物だけども!今回は別件!真面目な話なの~」
「あら、ごめんなさいね。そうね、ミーナちゃんも一緒だものね」
ごきげんようミーナちゃん、とお嬢様のように上品に挨拶されて慌てて俺も会釈する。
「は、はい!監視役ですので!」
「おい。あーし一人だと信じてくれないんかい」
あと監視役って何だおいコラ。スルーズがそんな形相でこちらを見てきているような気がしないでもないが知らん知らーん。
「こういう訳でウィズさんにもご協力いただけたらと……」
出来る限り懇切丁寧に俺が口にすると、ウィズが小さく頷いた。
「私で役に立てるなら……リューカちゃんみたいに詳しい話は出来ないけど、それでも良ければ喜んで協力するわ」
「すごく助かります……!」
「……あれ、あーしと対応違い過ぎない??――――ま、いいけど」
しかし彼女の目的は歌に出来る勇者レオンの情報を集めること。気を取り直してスルーズが手帳とペンを取り出すと、ウィズが長い睫毛を伏せて語り始めた。
「パーティーに参加するきっかけはね、危ない所をレオンに助けてもらったからなの」
当時のことを思い出したのか、ぎゅっとウィズが手を握り締めた。
「冒険者ギルドの紹介で臨時パーティーを組んだメンバーに、魔封じの首輪を付けられてしまって……お母さまの形見の植物図鑑を燃やされそうになったのを助けてくれたのよ」
聞いただけでも酷い話だ。これはウィズが仲間に加わるエピソードで必ず出てくるシーンなのだが、実は貞操の危機でもある。
男メンバーに粉をかけられたのを断って、そいつを慕っていた女メンバーからはやっかまれ、ギルドでの依頼を達成した直後に寝込みを襲われたと言うのがゲーム内でのシナリオだ。ウィズに何一つ非はない。
しかしウィズはそこまでは口にせず、やんわりと必要な部分だけ語ってくれた。
「私ね、故郷を魔王軍に焼かれているから、今持っているもの以外何も形見がないの。だから、レオンが自分のことのように怒って助けてくれたのが何より嬉しくて……救われる気がした」
レオンも故郷ファティスを魔王軍に襲撃され、生家を焼かれている。偶然無事だった隣家のブラウン家に引き取られたものの、両親のよすがは墓以外には残っていなかった筈だ。……だからだろうか。
「レオンはね、自分は別に優しくないって言ってた。単に揉めてるだけなら見ないふりして通り過ぎてたって」
思い出して、しんみりしたのだろう。泣き笑いのように、ウィズが切なく微笑む。
「充分優しいわよね。ミーナちゃんもそう思うでしょ?」
その言葉に、エルムの森で迷いなく助けてくれたレオンの背中を思い出す。
「はい……私も、そう思います」
そう答えて、二人で笑い合った。ウィズはいつも優しい。こんな俺にも優しくしてくれる。それは彼女から見れば天涯孤独という身の上同士だからかもしれないし、パーティー加入の流れに共感してくれたからかもしれない。
けれど、この過酷なルード大陸において当たり前に人に優しくできるのは得難いことなのだと、改めて身に染みた。
「えっと……話が少しずれちゃったわね。勇者としてのレオンの話」
ウィズがこほんと咳払いする。
「私ね……正式にパーティーに加入する前に、『勇者になるって決めた時、怖くなかった?』って訊いたことがあるの」
核心に触れる話に、思わず俺たちも聞き入る。
「私は、怖かったから。自分よりずっとずっと強い魔法使いだったお母さまが、魔王軍幹部になす術もなく殺されて。自分は絶対、魔王軍には勝てないって思ってた」
絶対に勝ち目の無い戦いに、それでも勝機を諦めずに立ち向かえる人がどれだけいるだろう。
「そうしたらね……『怖いよ、未だに。でも、俺が断ったせいで他の誰かが勇者になって死ぬのはもっと怖かったから』ってレオンは言ったの」
そう言って静かに、けれど美しい花が先結ぶようにウィズは微笑んだ。
「だからね。私も頑張りたいって思った。いつか……もっと私も強くなって、今度は私がレオンのことを助けたいって」
「そっかぁ。かっこいいねぇ。勇者サマらしいや」
ペンを走らせながらうんうん、と頷くスルーズに、流石の俺も小さく嘆息した。どうも軽いんだよなコイツ。
「今のウィズ姉の話聞いて、もっとこう何かないの?」
「えー?そりゃ大変だなぁ。とは思うけども」
「いいのよミーナちゃん」
そんな二人のやり取りに言葉を挟むと、ウィズはふふ、と微笑んだ。
「スルーズさんにコメントは期待してないから」
「 」
見事にストレートパンチが入ったようで、言われたスルーズは開いた口が塞がっていない様子であった。ちょっと可哀想かもしれないと思いつつ、俺は「ありがとうございます」とウィズ姉に頭を下げるのだった。
「なあ、スルーズ、その――」
さて、二人目の話も聞き終えて。とぼとぼと帰路を辿るスルーズに声をかけた。エールの件は自業自得とは言え、そこまで情けがない訳ではない。のだが。直後スルーズはぐん、と顔を上げて拳を突き上げたのである。
「よぉおっっしゃあすべてを忘れて次行くぞ次!ついてこいみーちん!」
「いや、すげーいいこと言ってくれたんだし忘れちゃ駄目だろ」
とんでもない女だ。ちょこっとでも心配して損した。
それはそれとして、突き進むスルーズに慌てて小走りでついていく俺なのであった。
◆◆◆◆◆
「あ?レオンについてだぁ?」
場面変わって。急に話を振られて当然困惑しているのだろうが、バレナは眉根を寄せて鼻を鳴らすと、軽く俯いた後で俺たちへと目を向けた。
「冗談とか面白おかしく……とかじゃねえんだよな?」
「うん。真面目な話」
「そーいうの苦手なんだよなぁ」
やるせない気持ちをぶつけるように自身の頭をがりがりと掻くと、バレナは深くため息を吐き出した。
「それどーしても言わなきゃダメか?」
「リューカは熱く語ってくれたけど」
「そりゃアイツはそうだろうよ。……でもなぁ」
「そういえばさー」
何とも煮え切らない態度のバレナ。このままでは埒が明かない。と、ここまで彼女への対応を俺任せにしていたスルーズが動いた。
「バレっちはさぁ……フィーブで『投擲の勇者バレナ』って歌が流行ってるの知ってた?」
「は!?何だそりゃ」
目をぱちくりさせるバレナに、スルーズは言った。
「シャイなバレっちはもてはやされる度に逃げてたから知らないだろうけど……バレっちが剛力無双で山のような大岩を投げて、デルニロをぶっ潰したって歌だよ」
「なんじゃその歌。尾ひれが付くにも程があるだろ」
「んとね。オーオーバレナ、投擲の勇者、その息吹は大地を」
「やめろ歌うな」
バレナは有無を言わさぬ迫力でスルーズの頭を掴み上げていた。
「い、いたひ……」
「レオンに聞かれたらどーすんだ!アイツフィーブでの評判地味に気にしてんだからな?また勇者固めされっかもしんねえだろ!」
「勇者固めってそんなにキツいの?」
「地味な痛みがずっと続くからな。なんかこう、体と精神両方に来るんだよ。恐ろしい技を開発したもんだぜ……」
言いながらぶるると身を震わせるバレナ。なるほど。と俺は小さく頷いた。
「まあその。だからだよ。勇者レオンの歌が広まればレオンだって喜ぶでしょ。それでみんなから話を聞いて、レオンの歌を作ろうとしてんの」
「なるほど。そりゃ納得だ」
話を聞いて俊巡した後、バレナは小さく息を吐き出した。
「そういうことなら、協力させて貰うわ」
「は、はなじで……」
「レオンの話だったよな。ええと……」
そうしてバレナは自身の知るレオンについて語り始めた。
「アイツは、勇者レオンはやっぱすげぇ奴なんだよ。誰もがやれねぇことに挑んでさ。泣き言一つ言いやしねーんだ。絶対に逃げたりもしねえ。そういうとこ、昔から変わんねーんだよな」
過去を思い返すように、バレナはしみじみと口にする。
「野菜泥棒事件のことは知ってるか?」
「レオンから聞いたから、一応」
「そか。じゃあ違う話だな。……風車小屋事件……違うな。ダニエル頭爆発事件……これも違うな……。あ、そうだファティス肝試しん時だ!」
「ファティス肝試し?」
何やら聞こえた面白そうな事件についてはスルーして、俺は小首を傾げた。世界学者などと名乗ってしまうほどにはあらゆるクエハー知識に自信のある俺だったが、意外と過去のことは知らないこともあるのだ。
「ええとあれは九歳の──」
「あ、ちょっとストップ」
「あん?」
話し出そうとするバレナに水を差すカタチになるが、俺は訝しむ彼女の腕を指差した。
「それ、それ。離してあげて」
「あ、やべ」
どうやら忘れられていたらしい。ずっと顔面を掴まれたままだったスルーズはやっと解放されてその場にへたり込んだ。
「あーいたたた……。頭が二つになるかと思った」
「わりぃわりぃ」
「それで、そのファティス肝試しってのは?」
えっ、あーし痛い目に遭ったのにこれで終わり!?なんて驚愕の表情を浮かべるスルーズは二人に華麗にスルーズ……スルーされ、そしてバレナは話し始めた。
「九歳の時、ファティスで肝試し大会が開かれたんだよ。大人はお化け役で、子供らが怖がる役、みたいな」
「バレっちって、お化け苦手じゃなかった?」
「ん。こん時はまだ平気だったな。怖いもの知らずだったとも言えるが」
当時を振り返るように明後日の方向へと目を向けながら、バレナは話を続けていく。
「実際、大人のお化けなんて大したことなくてさ。アタシは大口叩いてバカにしてたんだけど。……実際出たんだこれが」
「……お化けが?」
「そ。遠くに誰かいるのが見えたから、他の子供かと思って近付いたらさ。目から血を流した首だけの何かが、ぼうっと浮いてたんだわ。それで、目があってさ」
顔をしかめながらバレナが言う。「ゲギャギャギャギャッッ!!」とこの世のものとも思えない金切り声と共に、宙に浮いた頭が近付いて来る光景は、彼女にトラウマを植え付けるには十分すぎるものだったろう。
「そりゃ大パニックよ。自分でも何がどうなったか覚えてないんだけどよ。気付いたら知らねー森の中にいるわ漏らしてるわで。もう散々だよな」
「森って、エルムの森?」
「多分な。お化けは恐ろしいし、一人になったのが寂しくて怖くてさ。ぴーぴー泣いてたんだよ。自分でも情けねーとは思ったけど、どうしようもなかったんだ」
このまま家にも帰れないんじゃないか。不安に押し潰されそうになったバレナがいよいよ大声を上げ始めると、そこに人影が現れた。
「「よ。バレナ。お前はえーな。追い付くのがやっとだったわ」なーんて言ってさ。アイツが──レオンが来たんだよ。アタシのこと、追っ掛けてきたんだって」
ふう、と息を吐き出すと、バレナは目線を下げて俺とスルーズの二人へと向ける。
「その後はまあ、レオンに川に落とされたり色々して帰ったんだけど。まあそんなところで──」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや」
流石にその雑なまとめ方には突っ込みも出るだろう。同時に苦言を呈する聞き役二人。
「川に落とされたって何さ」
「いい話じゃなかったの?」
「いや、いい話だぞ」
頬を掻きながら、バレナは若干照れたように口にした。
「アタシがさ、帰りたくないって言ったんだよ。漏らしちゃったって言ったじゃん?恥ずかしくてよ。大口叩いたのに、みんなに会わせる顔がないって思ったんだろうな」
ガキだったからよ。そう苦笑するバレナは、頭を掻いた後で再度口を開いた。
「そしたらアイツ、いきなり川に飛び込んだんだぜ?川遊びしてたってことにすりゃわかんねーだろ。とか言ってよ。夜だってのに川でばか騒ぎしてさ。勿論すげー怒られたんだけど……」
(ほら!来いよバレナ!)
目を細めて、手を差し出したレオンの笑顔を思い出すと、バレナは頬を掻きながらふっ、と微笑んだ。
「ったく。バカみてぇだよな」
◆◆◆◆◆
「……ありゃなんも言えんわ。ごちそうさまって感じ」
バレナの部屋から撤退しながら、スルーズはため息混じりにそう呟いた。うんうん。と同意する俺。
「いやしかし、あれは乙女の顔だったな。分かっちゃいたけど、バレナもやっぱレオンのこと好きなんだなぁ」
「そりゃまあ、そうだろうねえ」
先程のバレナの顔を思い出しながら二人でそう語り合う。ふと、思い立って俺はスルーズに尋ねた。
「とりあえず、歌は出来そうなの?」
俺も含めて四人に話を聞いたのだから十分だろう。そう告げると、スルーズはうーんと腕組みして答えた。
「あと一人、話を聞いてみようとは思ってるよ。ああ、それはこっちでやるから、ミーちんは大丈夫。色々ありがとね付き合ってもらっちゃって」
じゃ。と片手を上げて立ち去ろうとするスルーズに、「待て待て待て待て」と俺。
「勝手に終わらせんな。まだ話はあんだよ」
「えー?何の話さー?」
「お前の話を聞いてないぞオレ」
色々と他者の話は聞いて回ったが、スルーズ本人は未だに何も語ってはいないのだ。以前も彼女に素性を聞いたことがあったが、はぐらかされたまま今に到っている。
「お前はどうなんだよ?レオンのこと。出会いとかもさ」
「えーそれ必要ー?」
「ああ。聞きたいよ」
いつものノリで茶化そうとするスルーズであったが、俺にじっと見つめられているのに気付いてか自身の頬に触れると、「参ったな」と呟いた。
「えと……、うん……、そうだね……。あーしの話か……」
困ったように目を泳がせると、苦笑しながらスルーズは言う。
「……ごめん。あーしさ、みんなみたいなの、何もないんだよ」
「スルーズ……?」
「小さい頃から孤児院にいてさ。みんなと一緒に普通に育って、ある日女神アリア様からお告げがあったの。『勇者レオンに協力し、私の元に来るのです』って。だから、それに従ってるだけ。本当に、他にはないんだよ」
乾いたような笑みを浮かべてスルーズは言う。
「ミーちんが、いつだったか聞かせてくれたでしょ。ゲームの中にいるスルーズのこと。ムードメーカーもこなせる、強く気高い戦乙女。……でも、多分私は彼女とは違う。似てるだけの紛い物。だって私には、何もないんだもの」
「──いきなりどうしたんだよ?何もないなんて」
「ごめんね。ほら、面白い話じゃなかったでしょ?じゃ、あーし行くわ」
「あ、おい!」
口早にそれだけ告げると、背を向けてスルーズは去ってしまった。
後には、眉根を寄せた俺がただ一人、その場に残されるだけであった。




