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セタンタ 聖堂 『ミーナの講演会(後)』

挿絵(By みてみん)

「たっだいま~!」

「お。お疲れさん」

「ふふ。いよいよわたくしの番ですわね」


 準備室に戻ってきたスルーズを迎えたのはバレナとリューカ、そして。


「楽しそうだなぁ。俺もかぼちゃスッて切りたかった」


 講演中のミーナを覗いているレオンであった。実は彼もずっと部屋の中にいたのである。

 では何故発言していなかったのか?それは。


「いつまでも拗ねてんじゃねーよ。いくらテメーの出番がねーからって」


 これである。講演の手伝いを頼まれている他の面々と違って、レオンとバレナは待機を命じられているのだ。


「俺だって何かしたかったのに……」

「ダメって釘刺されたろ」

「ぐう……」


 俺も何かやりたい!と騒ぐレオンに、ミーナは「ダメ」ときっぱり口にした。


──お前は有名すぎんだ。出ていったら勇者レオンだとバレちゃうだろ──


「何がダメなんだろ?むしろ勇者パーティーだって分かった方が盛り上がるんじゃねえの?」

「あのなァ」


 隣ではリューカが、よいしょ、と水槽を持ち上げている。


「あら?とっとっとっとっと……」


 想像以上の重さに少しよろめくと、暴れた水がばしゃ、とその場に溢れた。


「あーあーリューさん大丈夫?」

「あらあらあら?どうしましょう」

「いいから行けよ。ここで時間食うんじゃねえ」

「わ、分かりましたわ」


 そう口にするとえっちらおっちらリューカは出ていった。

 はー、とため息を吐き出した後で、目線をレオンへと戻すバレナ。


「アイツは世界学者としてあそこに立ってんだ。勇者パーティーの一員だからじゃねえのよ。だからその知名度で盛り上げんのは違えだろ。本人だってそれが嫌だから、お前は待機させてるんだろうが」

「そういうもんか」

「――フン。まるで大道芸だな」


 そんな二人の会話に言葉を被せたのは、部屋の隅で椅子に腰掛けているモグリフであった。二人の視線を受けて、更に続けるモグリフ。


「魔法の実演とは。知名度を使おうが使うまいが、邪道であることには変わりないわい」

「あ?」


 目を鋭くして凄むバレナをレオンが制する。そんな二人の様子をまるで意に介することなく、モグリフは言葉を続けていく。


「だが、まあ。この声を聞くだけでも盛り上がっとるのは分かるわ。……フン。退屈な話の後だから余計だろうよ」


 口では色々と言いつつも、やはりその実力は認めざるを得ないのだろう。悪態をつきながらも、モグリフは、


「ま。初めてにしては上出来すぎるくらいじゃて」


 と結論を口にした。


「……けっ。誉めるか貶すかどっちかにしろっての」


 これ以上モグリフ相手にわざわざ構うこともない。バレナは鼻白んだ様子で鼻を鳴らすと、リューカが溢した水を拭かんと目を向けて──、


そこでピチピチと跳ねている魚の姿を目の当たりにした。


「ぉ──────」


 水溜まりの上でもがくように暴れているそれは、確かミーナがラギーゼとか呼んでいた淡水魚。その最後の生き残りである。


「おわーッ!?魚ーッッ!!」


 そしてバレナの叫びが控え室に響き、モグリフは「なんじゃ騒々しい」と嘆息するのだった。


◆◆◆◆◆


「リュ、リュリュリュリュ、リューカおまっ……、おまっ!」

「?どうかなさいまして?」


 どん、と卓上に水槽を置くと、空の水槽を指さしながらぶるぶると震える俺の姿を見てリューカは首を捻った。


「さ、さかなっ、魚!」

「魚?そりゃ我慢しましたもの。ここにちゃあんと────あら?いませんわね?」


 危うく講義が失敗に終わるか否かという瀬戸際で、控え室からドドドドド!と走ってくる姿があった。


「ほい魚お待ち!」


 まるでアメリカンフットボールの選手が如く、走り込むと腕に抱えた二十センチ程の魚を水槽にぶち込むのはバレナであった。間違いなくラギーゼの無事な様を確認し、安堵に胸を撫で下ろす俺。


「んまっ。バレナさんたら、お魚を盗んでいましたの?いけませんわよ?」

「テメェが落としたんだよアホボケデカ女!!」

「んまぁ!」


 魚を水槽にリリースすると、リューカに悪態をついて控え室に戻っていくバレナ。リューカもぷんすかと憤っているが、恐らくバレナが言っていることが正しいんだろうな。と理解して俺は講義を先に進めることにした。


「はい、という訳で、こちらに魚の入った水槽を用意しました。まあこれは水槽なので、やろうと思えば中の魚を捕まえることは可能だと思いますが、例えばこれが川の中、海の中だとすれば、魚を捕まえることは容易ではありません。例え居場所が分かっていても、魚は岩影に隠れていたり逃げてしまったりと、釣り上げることは一苦労です」


 クエハー世界にも釣りはある。何なら釣りのミニゲームも存在する。ひたすら待って、魚が餌に食い付いたら釣り上げるというシンプルなものだが中々奥が深く、幻の魚を釣り上げる為に一時間以上ひたすら釣りだけしていたこともあるくらいだ。


「そこで、次はとある魔法を使用します。ウィズさん、お願いします」

「ええ。これね。ええと、んっん……、【マジカルボム~】」


かわいい。


 ウィズがそう言いながら取り出したものは、魔法玉であった。中にマジカルボムが仕込まれたそれは、俺が竜の里に行く際に渡されたものと同様のものだ。……というか、俺が練習時にふざけてやった取り出し方を一生懸命真似してくれてるんだが。可愛いの塊か?

 とにかく、魔法玉を皆に見えるように掲げると、俺は説明を始める。


「はい、皆様見えますでしょうか?これは魔法玉といいまして、中に魔法が一つ仕込まれています。魔法使いが作成することの出来るアイテムであり、使用すると誰であってもその魔法を体験出来るという優れもの。魔法を覚えて頂くことが一番だとは思うのですが、もしも時間がなかったり、どうしても苦手だけど魔法は使ってみたい。という方は、こういったアイテムを使用して頂くことも一つだと思います」


魔法玉の存在に、観客席も色めき立った。そんな便利なものがあるなら、魔法なんて覚えなくてもいいじゃん。とでも考えているのかもしれないが、一つ釘を刺しておかねば。


「ちなみに、こちらは一回使いきりで、お値段は銀貨三枚程です」


 観客席からは、あー……という落胆の声が広がる。銀貨三枚は、元の世界で言う三千円ほど。物価も似たようなこの世界において決して高すぎる額ではないのだが、一回使いきりの使い捨て品に出すには勿体ない値段だろう。

 ま、世の中そんな美味い話はないのだ。


「魔法玉は、宮廷魔導師団の本拠や、魔道具屋などで買うことが出来ますので、もしお買い求めの方はそちらにどうぞ。……さて、話が逸れてしまいましたが、今回はこちらのマジカルボムを使用致します!

 ちなみに、この魔法は大きな音と激しい光が出る──言わばこけおどしの魔法でして。戦闘においては主に相手を怯ませる為に使用されるものなんです。それを水中で使うとどうなるか……」


 言いながら、俺は水槽の周囲を黒い布で覆っていく。何故って?そりゃ勿論。


「光が強いので、眩しいのが苦手な方は目をつぶっていて下さいね。いきますよ。三、二、一……それっ」


 玉の封印を解くと、時間を見計らって俺はそれを水槽の中へと投げ込んだ。直後──、


どん!


 炸裂音と共に布を貫通する光が溢れ、油断していた観客たちは顔をしかめた。繰り返すようだけどちゃんと許可は取ってるからな。


「すみません。それで水槽の中がどうなっているかと言いますと──」


 言いながら布を外すと、これまで元気に泳いでいた筈のラギーゼがプカプカと水面に浮いている光景がそこにはあった。


「ご覧の通り。間近で音と光を浴びた魚はショックで気絶してしまうのです」

「「おお……」」

「後はそれを――」

「このように致しますわ」


 俺の言葉よりも早くリューカが魚を掴み上げると、それを棒で突き刺した。


「えっ」


 予定じゃ、気絶したラギーゼをみんなに見せて終わりだったんだが?おい?何を──、


「あ~」


 そして俺が疑問に思うよりも早く、リューカは棒を掲げて口を開けると、魚目掛けて火を吹き掛けたのである。


ゴォォォォ!と勢いのある火炎放射に巻かれて、ラギーゼはあっという間に香ばしい匂いを醸し出す焼き魚へと変わり果てていた。


「えっ」

「はー、んむっ」


 それを口に放り込むと、リューカはバリバリと音を立てて丸かじりにしてしまった。


「んまぁ~!これは美味ですわぁ……!生も美味しかったですが、焼くと絶品ですのねぇ……!」


 恍惚とした表情の彼女に観客たちも、何より俺も呆気に取られていたが、はっと我に返ってそれぞれ口を開いた。


「……い、今口から火を吐いたような……」

「あ、ああ……。俺にもそう見え――」

「ごっほん!え、ええと!魔法!そう魔法です!火の魔法!使いこなすとこんなことも出来るようになっちゃうんです!」

「え?いえミーナ、今のはわたくしのブレス……」

「魔法です!はいリューカさんありがとうございました~!」

「ええ?ちょっ……」

「はい持って帰って」


 これ以上ボロを出される前に、有無を言わさずリューカに水槽を持たせて控え室へと追い返した。後には呆れ顔をしたウィズと、肩で荒い息をする俺の二人が壇上に残される。


「ええと……、とまあこのように、今のは楽に魚を捕る為の手段です。魚と言えばジークスですが、近年海が荒れている影響や幽霊船の騒動もあり、魚が警戒していて船を出してもなかなか捕れないそうです。幽霊船は勇者たちが何とかしたそうですが。それでも海は戻りきっておらず、現状、漁師も殆どが漁をやめてしまっているままだとのこと。現在市場に出回っている魚は一部の釣り好きによる気まぐれの産物である為に、極端に流通がないのです。今回使用したラギーゼも、それはそれは高かったので……」


 そんな事情がある故、ミニゲームで釣った魚はモノにもよるが結構高く買い取って貰えるのである。金策においては実は一番有用だったり。


「んっ、ん……。話を戻しますと、つまりこういった方法を漁に取り入れれば、効率が上がるのではないか。という提案ですね。魚のいるであろうポイントにこの魔法を行使することで、海底に隠れた魚たちをまとめて捕ることが出来るかもしれない。漁師関係の方がいましたら、是非記憶に留めて頂けますと幸いです」


 そう口にした後で、俺は苦笑するとこう付け加える。


「……身近で使える魔法、というテーマからは少しずれちゃいましたかね?すみません」


 一昨日突貫で考え、練習時間も一日足らずともなればどうしても万全とはいかず。練習の際に「これ身近で使える魔法とは違くね?」と思わなくもなかったが、もう止めようがなかったのである。よって多少の粗は致し方なし!……と、思ってもらえると、嬉しいです。はい。


「では満を持して、三番目の魔法の実演を行いたいと思います!ウィズさん、準備をお願いします」

「ええ。もう出来てるわよ」

「ふえっ」


 どうやら今のドタバタの間に魔法の詠唱を終えていたらしい。これからやってもらおうという事柄の難易度の高さを思えば、ウィズの魔法使いとしての力量の高さに、ただただ感心するばかりである。


「で、では皆様ご覧ください!この講義におけるメインディッシュ!これより魔法の重ね掛けによる効果をお見せ致しましょう!」

「【ダークネス】【マジカルスチーム】【ホーリー・ライト】」


 俺の呼び掛けに合わせて、ウィズが準備出来ていた魔法を次々と発動させる。闇魔法【ダークネス】にて壇上が暗闇に包まれ、水魔法の【マジカルスチーム】にて蒸気の塊が床一面にもうもうと広がり、光魔法【ホーリー・ライト】がその中心部のみを照らす。

 これこそが、俺の考えたコンボ魔法の真髄である。


「【マジカルボム】」


 そうしてダメ押しにウィズが、威力を弱く調節した【マジカルボム】を放つと、まるでその場に雷が落ちたかのようなフラッシュと轟きが広がった。

 魔法の発動に合わせて後方へと下がっていた俺は、その中を真っ直ぐに進み、光に照らされた真下へと躍り出る。そして。


「私はミーナ。知恵を授けし者……!」


 マジカルボムの閃光とともに、腕をクロスさせたかっこいいポーズが決まったのだった。

 うーんかっこいい!!!!!


「……………………」


 水を打ったように静まり返る観客席。あ、そっか。ちゃんとコンセプトを伝えないと理解出来ないよね。


「──かっこいいでしょ?」

「……………………」


 ドヤっとした顔でそう伝えるも、観客席は静まったままであった。──あれ?これ俺やらかした?

 そう思って改めて思い直して見ると、……うん。これ身近な魔法でも何でもないな?



 はい。スルーズです。ミーちんに代わって解説するね。つまりどういうことかというと、たった一日で初めての講演内容を決めさせられたミーちんは、大分限界だったんよ。深夜テンションでノリと心の赴くままに決めちゃった結果がこれなのさ……!解説終わり!



「……ぁ、えっと、その……」


 何とか今のことをなかったことに出来ないかと声を出す俺だったが、それと同時に観客席からも声が聞こえてきた。


「うおおおおおおッッ!!」

「かっけえぇぇぇぇ!!!」

「ぇ……?えっ……?」


 割れんばかりの歓声に包まれて、俺は困惑を隠せなかった。つ、通じたの……かな?

 観客席は、女性陣は呆れ気味だが、男性陣がスタンディングオベーションするかの如く大絶賛していた。……そ、そうだよな?みんなかっこいいポーズ好きだよな?良かった~!


◆◆◆◆◆


その頃のレオン。


「うぉぉぉぉぉぉかっけえぇぇぇぇ!!?な、なんだあれ!?俺の為の魔法じゃねぇか!!!」※違います

「なあバレナおい!!なんだよあれかっこよすぎだろずりー!!」

「あーそうだなかっこいいな(棒読み)」

「くっそくっそ!!ミーナめ~!!」


◆◆◆◆◆


「おっ!俺にも!俺にもやらせてくれ!」

「俺も!俺もだ!」

「いや俺だ!」


 ノリの良いセタンタ男たちが、我こそはと挙手する。そのあまりの勢いに、俺はたじたじになっていた。


「いや、その……、うう……」


 ちらり、と横のウィズへと目を向ける。ウィズは少し思案した後で、こくり、と頷いた。


「わっ、分かりました!それじゃあやりましょう!やりたい方は順番にお並び下さい!」

「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」


 異様な盛り上がりを見せ、さながらアイドルの握手会場の如き熱気を放ち始める教会。

 俺は、諸々の許可取っといて良かったなぁ。と苦笑するのであった。


◆◆◆◆◆


「ぐぎぎいぃぃ!!観客にもやらせるだとォォォォ」

「いーだだだだだ!!やめろ勇者固めは!」

「んまぁ!バレナさんったら勇者様にくっついてはしたない!」

「アタシは被害者だァっっっっ!!!」


◆◆◆◆◆


「全ての木は俺が斬り倒す……!木こりのジャック!」


ドォォォン!


「いよ!カッコいいぞジャック!」

「全部切り倒すなー!」


 闇の中に差し込む一筋の光に照らされた木こりが、雷鳴轟く中で己の腕を斧に見立てたポーズを取る。


「うちのパンに酔いしれな!我こそはパン屋のブレッド!!」


ドォォォン!


 闇の中に差し込む一筋の光に照らされたパン屋が、雷鳴轟く中で両手にパンのカゴを持ち上げるポーズを取る。


「美味いぞブレッド~!」

「もうちょい安くしてくれ~!」


 おおブレッドだ。セタンタの中央通りにパン屋を構える小太りの青年で、ゲームにおいてもその腕は確からしく、セタンタにある彼の屋で売られるパンは他に比べて回復量が若干多い。明言はされていないのだが、クエハーはその僅かな回復量の差で美味しさの優劣を表現している節がある。と俺は思っている。

 しかしこれで十五人目。流石にもう終わらせないと三十分を越えてしまう。何なら二回目に並ぼうとしてる奴もいるし。どんだけ好きなんだカッコいい名乗り。


「はい!これで終わりです!ここまで!」


 いい加減に打ち切ろうと俺が声を上げると、


「俺も頼む……!どうしてもやりたいんだ!」


 との悲痛な声が聞こえてきた。いや気持ちは分かるけどね?


「申し訳ありませんが、これ以上はお時間……が……」


 言葉が詰まる。目の前にいたのは、血の涙を流したレオンだった。


「どうじでも、やりだいので……!!」

「……………………じゃ、じゃあ彼で最後ですからね!!」

「────ッッ!!」


 あまりにも哀れな姿だったので、いたたまれず許可を出してしまった。俺がOKすると拳を固め、何やら声にならない声を上げて喜んでいるレオン。そんっっっっなにやりたかったのか。なんというか可愛いヤツめ。


「……じゃ、じゃあどうぞ~」

「よしッ!」


 壇上に駆け上がった後、所定の位置にスタンバイするレオン。俺はウィズと顔を見合わせると、強く頷いた。


ぶわッッ!


 これまで以上の煙がその場に立ち込めた後、それを切り裂くように剣が突き出される。


かっっっっこよっ──じゃなかったマジかコイツ!?剣出しやがった……!


「むぅんッ!」


 そしてその剣が霧を切り裂くと、その場に一人の影が姿を見せる。


パアァァァァ……


 まるで雲間から差す月明かりのような一筋の光に照らされて、その姿がそこに映し出された。青く輝く剣を手にした彼の名は。


「俺が、勇者レオンだあぁぁぁァァァッ!!」

「んなあっっ!?」


かっっっ、いやっ名乗ッ!?このヤロウ名乗りやがっ……!!


「レオン……?」

「勇者レオンって言ったか……?」

「まさか本物か……?」


 流石に有名すぎるその名に、周囲の観客もざわめき始める。


……まずい……!


「セタンタに来たなんて話お前聞いてた……?」

「いや……でも今のは――」

「ふぁーッ!勇者レオンっぽーい!!すごい!ソックリデスネ!!」


 おかしな騒ぎが起きる前に俺はその場で声を張り上げていた。きゃあきゃあ騒ぐ俺に、怪訝そうに眉根を寄せるレオン。


「……何言ってんだ。俺は本物のレオン──」

「はい勇者レオンのそっくりさんでした~!ありがとう、ございましたぁッッ」

「なんだよ急に……うわ力強っ!?ええ……?」


 笑顔でそう告げながら、文句を言っているレオンを強引に控え室へと追いやった。こういうのは熱気が残っているうちに強引に進めてしまった方が良いのだ。


「はい、ということで、魔法の楽しさを皆様にも体験して頂けたかな?なんて思いますので。少々急ではありますが、これで私の講義は終わりとさせて頂ければと思います。ご清聴、ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げると、会場からは一際大きな拍手の音が鳴り響いた。一応は俺の講義は成功したということで良いのだろうか。


「いや~、初めて講義っての聞いたけど、おもしれーな」

「いやこれいつものモグリフ爺のとは全然違うからな。前半みたいなのがずっと続くんだぞ。普段から金出して聞いてる連中はすげーよ」

「まじかよ」


えー?モグリフ教授の話を聞き放題なんだぞ?最高じゃない?


 などと考えつつも自身の講義を良かったと言われて、ちょっぴり頬が弛んでしまう俺なのである。


「まあ世界学者っぽくはなかったけどな」


うぐぐっ……。それはそう。


 学者の講義というよりアトラクションだなって、俺も後になって思ったけどさー。もうどうにもならなかったというか……。


「え、ええと、講義内容などにつきまして、質問がありましたらお願いします」


 初めての講義にいつまでもふわふわ受かれている訳にもいかない。ということで教授同様、速やかに講義後の質問タイムに移行することとする。

 まあ言っても、教授の素晴らしい演説と違ってこんな体験ツアーみたいな講義に質問があるとも思えないのだが──、


「あ、すみません。質問宜しいでしょうか?」


 あったわ。いったいどんな人間がそんな酔狂なことをするのかと顔を向けて、


「うぇっ」


 思わず変な声を上げてしまった。

 ──しかしまあ、無理もないだろう。何故って質問をしたのが、


「ブラウン商会をやっている、ダニエル・ブラウンです」


 だったのだから。いやなんでここにいるのよ。……ってか最初から全部聞かれてたとか恥ずか死ぬんだが?


「今日は素晴らしい講演をありがとうございました。特に最後に名乗った人は、よく似合っていてかっこ良かったですね」

「あ、ありがとうございます。伝えておきます……」


 相変わらずレオンが大好きなご様子だが、ここまでは挨拶みたいなもの。一体どんな質問が飛んでくるのだろうか?

 だがまあ。質問を見据えて、今回使用した魔法やラギーゼなどの詳細については何度も練習しているのだ。驚きはしたが、そこまで緊張することもないだろう。

 そんなことを考えていた俺に、ダニエルはこう口にした。


「いやぁ、ミーナさんって世界学者見習いなんですよね?今回の内容とは関係ないんですけど、聞きたいことがありまして。──一般にはあまり知られていないジュエルベアーの生態なんてありましたら、是非お聞かせ願いたい」


ないわー。それはないわー。

……こいっつ──!本当に関係ない内容聞いてきやがった……!


 先日の謝罪はなんだったのか。というレベルの嫌がらせにしか見えないのだが、だからといってここで拒否すれば、いよいよ世界学者なのか疑わしい存在になってしまう。

 俺は浚巡した後で、「分かりました」と大きく、そしてゆっくりと口を開いた。ジュエルベアー、ジュエルベアーね。大丈夫、大丈夫だ。


「えー、ジュエルベアーの名前の由来にもなっている背中の宝石ですが、こちらが高値で取り引きされているのは有名な話だと思います。ですが、そもそもこの宝石は何のためにあるのか、これは意外と知られていないことだと思います」


 ゆっくりと語り出すと、ざわざわしていた観客たちもいつの間にか静まっていた。俺はダニエルから目を離すと、客席をぐるりと見渡して言葉を続けていく。


「実はこの宝石には細かい隙間が木の根のように空いており、そこに本体にとって必要な栄養素が貯えられているんです。背中の宝石も、この栄養素が結晶化したものだと言われています。これらは本体が狩りをしたり逃げたりと瞬発力を発揮する場面でのエネルギーとして使用される他、病気等不測の事態で本体が動けない時に、本体に栄養を送る役割も持っているのです。故に、背中の宝石はジュエルベアーにとっての生命線であり、何かの事故で宝石を失ってしまった個体は、他の個体と比べて寿命が極端に短くなるそうです。

また、カップルにおいてもその宝石がより大きい雄がモテると言われています。

宝石は自然に抜け落ちて生え変わることはありません。同じ宝石を、一生に渡って生やし続けるのです。故に宝石を狙った人間による乱獲を危険視する声もありましたが、ジュエルベアーは人間より遥かに強い生物であり大抵の密猟者は返り討ちに遭うので問題はなさそうです。

ジュエルベアー同士では宝石の大きさが重要視されますが、人間にとっては栄養を通すための筋が美しい放射状に入っているものが好まれ、愛好家の間では特に高い値で取り引きされているそうです」


 ゆっくりと言葉を連ねた後で、俺はふう、と一息つくとダニエルへと顔を戻した。


「……こんなところで如何でしょうか?」

「……いや、驚いたな。本当にこんな色々出てくるとは。──うん。これで大丈夫です。ありがとう」


「お前、知ってた?」

「馬鹿。知るわけねえだろ。やっぱ世界学者ってなぁすげえな」

「うちの娘くらいの歳なのに大したもんだよ。うちのなんてゴロゴロしてばっかりで……」

「ジュエルベアーの宝石、私も欲しいわぁ」

「ジュエルベアーなんかに出会ったら一瞬でひき肉にされちまうっての」


 神妙な顔で礼を口にするダニエルに、周囲も感心したように再びざわざわと騒ぎ出す。どうも今のジュエルベアー語りでもそれなりに俺のことを評価してくれたらしい。


──今回の講義じゃ世界学者らしいこと全然言わなかったからな。……ひょっとしてダニエルは、それを見越してあんな質問を?


──まあ、だとしても感謝の気持ちとかこれっぽっちも沸かないんだが……。


 ああそうだ。と俺は思い出して付け加えた。


「言い忘れていました。ジュエルベアーの糞は強烈な臭いを発するので、決して人に投げ付けてはいけませんからね。ねっ、ダニエルさん」

「ぶッ!?」


 不意打ちだった故か、ダニエルは思わずその場で噴き出していた。


残念だったなぁ!レオンから聞いて知ってるんだよウンコ爆弾のことはよぉ!!

……ま、多少はスッキリもしたし、これくらいで勘弁してやらぁ。


「あ、あはは……、それは参考になるなぁ……」


 苦笑しながら表情を引きつらせるダニエルを余所に、会場は笑いに包まれる。やはり娯楽が少ないだけあってか、みんな笑いの沸点が低いのかしら。


「えっと、じゃあ他に質問は──」

「もういいじゃろ」


 次の質問を伺おうとした俺だったが、横合いからの声がそれを制した。驚いて顔を向けると、鼻白んだような表情を作るモグリフ教授の姿があった。


「あ……」

「──教授」


 俺とダニエルの二人が同時に反応する。モグリフ教授は鼻を鳴らすと、会場を一瞥した後ちらりとこちらに目を向けた。先に頭を下げて挨拶したのはダニエルである。


「いやーモグリフ教授。今日はありがとうございました。大変素晴らしい講義でした」

「フン。白々しい真似はよせ。仕掛人の分際で」

「ええ?そんな……。何を仰いますやら」

「会場の皆もよく聞いておけよ。今回この広い講堂を使えたのは、この男が金を出したからだ。誰しも名前くらいは聞いたことがあるだろう、ブラウン商会の会長だ。ダニエル・ブラウン。商売がしたい奴は顔を売っておいて損はないぞ」

「ちょ、ちょっと教授」


 困惑するダニエルであったが、観客たちは「ブラウン商会……?あの?」とざわめいていた。


「凄い地図売ってるとこだろ?」

「それよりマダムローザの服でしょ。あれなんて他の大陸から商人が買いに来てるって噂よ?」

「元町長のモンゼランドが絶賛してたよな」

「~~~」


 口々に絶賛されて、ダニエルはくすぐったそうに頭を掻いていた。


「教授~……」

「フン。嘘ではないのだから良かろうが。……まったく余計なことばかりしおって。デカイ講堂で話したい、なんて口にしたのはただの与太であろうに」


 俺が知る話ではないのだが、モグリフ教授がダニエルに冗談ついでに「いつか大きな講堂で講義したい」みたいな話をしたのだろう。当然当人は冗談のつもりだったのだが、それをこうしてダニエルが叶えてしまった、というわけだ。恐らく。


「まったく、貴様には気軽に冗談も言えん」


 モグリフ教授はそう吐き捨てた後で、


「しかしまあ、このような場所で話せるのは確かに気持ちが良いわな……。――ありがとうよ」


 と、小さな本心を口にした。


「……教授が素直に称賛するなんて珍しいですね。何か悪いものでも食べたんじゃ」

「真剣な目で心配するのはやめんかアホタレ!……ええい。貴様はもうよいわ!」


 ダニエルに絡んでいるとひたすら調子が崩されることに気付いてか、モグリフ教授はふい、とその目をダニエルから逸らすと、観客たちの方へと声を掛けた。


「ほれ。終わるぞ。お前たちもいい加減に静まれぃ」


 随分と雑な呼び掛けだ。しかしモグリフ教授がそう口にすると騒いでいた観客たちはぴたりと会話を止め、その場はあっという間に静寂に包まれたのである。……流石の貫禄。これは俺が逆立ちしても出来ることじゃないだろうな。


「さて皆の衆、こいつの話はどうだった?」


 静寂に包まれた教会の中で、モグリフ教授は俺の横に立つと、俺の頭に手を乗せてそう口にした。びく、と反応して思わず背筋が伸びてしまう。


──いやいやいや。いいじゃん聞かなくて。なんとなく終わればいいじゃん。嫌だよ微妙だったとか面と向かって言われたら泣いちゃうよ。あとなんか気を使われるのも嫌だし。


 そんな俺のめんどくさい心の声など知る由もなく。観客たちは互いに顔を見合わせると一瞬の間をあけて、


「最高だった!」


 と口にした。――ええ、ほんとぉ?


「いやぁ、美人弟子っていうからどんなもんかと見に来たけどよ。そんな前情報とか関係なく楽しめたぜ」

「最初のカボチャ切りみたいなのをもっと聞きたかったわね」

「いやあ、年甲斐もなく暴れた暴れた。楽しかったわ」


 彼らの言葉には、嘘もおべっかもないように感じる。俺は、こみ上げるものを感じて胸に手を当てていた。

 盛り上がっているのは実感していても、やはりどこか、本当に皆が楽しめているのか不安に思う気持ちが心のどこかにあったのだ。だからこそ、目の前でこう言って貰えたことが、純粋に嬉しかった。


「みっ、みなさま、あり、ありがとうございますっ……」


 必死にそう絞り出すと、同時に涙が目に溜まっていく。


「わた、私、そう言って貰えたの初めてで、うれ、じいでずぅ~」


ああ、駄目だめっちゃ泣くってこんなん。会社のプレゼンでも学会の発表でもこんな風に言ってもらったことないもんよー。


 隣のモグリフ教授はそんな俺を冷ややかに眺めていたが、フン、と鼻を鳴らすと再度口を開いた。


「ミーミー泣きよってみっともない。いいか小娘。貴様は世界学者の卵などと名乗っているようだが、それはもうやめろ」

「えっ」


 青天の霹靂。寝耳に水。教授のとんでも発言に驚いて、俺の涙も引っ込んでしまった。そ、それはどういう……?


「分からんのか。お前は今日から世界学者を名乗れと、そう言ったのだ。フン、生意気な小娘だが、それを認めさせるだけのことはした。それだけよ。なあ、皆の衆」


 モグリフ教授の呼び掛けに、観客たちからも拍手が起こる。


「そーだぞ!立派な世界学者だ!」

「これからもああいう楽しい講義を聞かせてくれよな!」

「ぶっちゃけじいさんのより良かっ……、あ、いや、教授の次に良かったぜー!」

「ぶえぇぇぇぇ!」


 いよいよ感極まって顔を手で覆う俺。その肩に、そっと手が添えられた。


「──頑張ったわね」

「あぅ、ウィズねぇ~」


 これまで押し黙っていたウィズが、ふっと微笑んで抱きしめてくれた。思わず彼女に縋り付いてしまう俺。

 本当に彼女はいつも俺のことを気に掛けてくれるし、包んでくれる。彼女に抱き締められると、すごく暖かくて安らかな気持ちになるのだ。包容力ってのは、きっとこういうことを言うんだろうな。


「んっんっ」


 しかし背後から誰かの咳払いが聞こえて、慌てて俺はウィズから離れた。そして同時に振り向くと、そこには見知った姿が見える。


「お取り込み中ごめんね」

「ソフィア!来てたの!?」


 そこにいたのは照れたように頬を掻くソフィアであった。実に二日ぶりだ。驚く俺に、まあね。と彼女は言う。


「どうしても聞きたかったから会長に頼み込んでさー。社会勉強って名目で会長に許可貰ったんだけど……」


 言いながら、ダニエルへと目を向けるソフィア。


「いるし。なんかフッツーにいるし。最初難色を示してたのは誰でしたっけねぇ?」

「……僕は何一つ意見は変えてないよ?そりゃ僕はこの場所を提供した手前、見に行く義務があったし、めんどくさがりのソフィアが世界学者の講義を聞きたいなんて急に言い出すのは変だからね。……最初から正直に言ってくれれば普通に許可は出したんだけどさ」

「ぐむ~……」


 相変わらず嘘が嫌いなご様子。頬を膨らませて立腹を表現していたソフィアであったが、はっ、としてこちらに体を向けた。


「会長と喋ってる場合じゃなかった!ミーナめっちゃ良かったよ!!」

「えへへ。ありがとう。ソフィアにアドバイス貰ったおかげだよ」


 俯きがちに照れる俺に、ソフィアはこんなことを口にした。


「そりゃ良かった。――で、ミーナはさ、初めての講義、どうだった?」

「えっと……うまく言えないんだけど」


 皆に手伝って貰い、ドタバタと慌ただしかった俺の講義は終わった。今から口にする言葉は、今回の〆であり、偽りざる俺の気持ちだ。

 嘘ばかりな俺だが、これだけは。心からの本心を言わせて貰うよ。


「めっっっっっちゃ!楽しかったぁ!!」


 ――と、いうわけで南信彦ことミーナ。晴れて世界学者になりました。


 ご清聴。ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
つまり、スーパーな戦隊の登場成りきりセットみたいなものか。 いいなぁ(´・ω・`) 男は皆少年の心を持っているのだ!
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