セタンタ ブラウン商会『セタンタクイズ王決定戦!(前)』
「ぱんぱかぱ~ん!始まりました世界学者二人による世紀の対決!セタンタクイズ王決定戦!!!果たして勝利の栄光を掴むのはどちらだ!?実況はオリバーと」
「解説のスルーズです」
「この二人でお送りしたいと思います。会場は、ソフィアさんのラボからお届けさせて頂いております」
「……いやなんでここなのよ?」
「おやソフィアさん。すみませんね。急に使える会場が他になかったものでして……。おっと!両者激しいにらみ合いが始まっている!スルーズさん、これは?」
「戦いはもう始まっている……。そういうことでしょう……」
「…………いや」
ダニエルは眉間にシワを寄せると、訝しんだ目をオリバーへと向けた。
「なにしてんのオリバー」
「え?何って、そりゃ実況解説ごっこですが?……あ、会長もやります?」
「やらない。変な気回さなくていいから」
深くため息を吐き出すダニエル。「あのねえ」と前置いた後で彼はこう続けた。
「モグリフ教授は忙しい中来てくれてるの。あんまり茶化すようなことしないで。しかも……」
ちらりとスルーズへと目を向けるダニエルであったが、すぐにその視線を戻すと口を開く。
「スルーズさんまで巻き込んで。駄目だよホントそういうの」
「あ、いや会長これは」
「なにさ?」
「ごめんねぇ」
モゴモゴしているオリバーに代わって、ダニエルに声を掛けたのはスルーズであった。驚くダニエルに、申し訳なさそうに苦笑するスルーズ。
「あーしから誘ったんよー。オリバーくん。だから彼は悪くないと言うか……」
「そ、そうなの?」
こくこくと頷くオリバー。しばしの思案の後、ダニエルは嘆息した。
「うーん。じゃああまり羽目を外しすぎないようにね」
「え?いいの?よっ、会長さん太っ腹っ!」
「えー!?会長俺の時と態度が違くないです!?」
何やら騒いでいるオリバーはさておき、バチバチに火花を散らすミーナとモグリフの前にダニエルは足を運んだ。
「馬鹿騒ぎしおって。早く始めんかい」
「どうもすみません。すぐに始めますので」
鼻を鳴らしているモグリフに軽く頭を下げると、ダニエルは皆の前で改めて自己紹介した。
「どうも。今回の対決の審判を務めさせて頂きます。ダニエル・ブラウンです。それでは、今一度此度の対決におけるルールを説明しますね」
そう口にすると、ダニエルは幾重にも重なった羊皮紙の束を取り出す。
「今回はお二人とも読み書きが出来るとのことでしたので、こういった趣向にしてみました」
束の中から一枚の羊皮紙を手元に寄せると、ダニエルは太いペンで何やら書き込んでいく。そうして書き終わった後でその羊皮紙を裏返すと、彼はこう続けた。
「さて二人に問題です。僕が会長を務めるこの商会の名前はなんでしょう?」
「ブラウン商会!……うぐッ」
手を上げて元気よく声を出したレオンが、バレナにどつかれている。ダニエルも苦笑した。
「ありがとね。……とにかく、今回は中立の立場として、こう見えて大陸中をあちこち回った僕が、お二人に様々な街の問題を出します。それを聞いたお二人は、制限時間三分の間にそちらの羊皮紙に回答を書き込んで頂く。そうして出揃いましたら、僕が答え合わせをする」
口にしながらダニエルは手元の羊皮紙を裏返して皆に見せ付けた。そこには大きく、ブラウン商会、と書かれている。
「なんぞこんな金にもならんことに無駄な手間を掛けおって。ワシらはともかく、貴様は口で言えば良かろうが」
「公平を期すためですよ、ミスターモグリフ。何せ僕は貴方が勝ったら大講堂を抑えると確約した身。もし口頭の解答では、二人の意見が割れた際にミーナさんに答えを寄せる危険性があるでしょう?それを避ける為です」
「──フン。貴様がそんなタマか。短い付き合いだろうがそれくらいはワシにも分かるわい」
ダニエルの言葉にモグリフは鼻白んだ。
「まあ、分かった。そういうことならそれで良いわ」
モグリフの言葉を受けて満足したように頷くとダニエル。
「それでは、世界学者対決を始めます。問題は全五問。勿論正解の多い方の勝ちとします。それでは……!」
『さあ!いよいよ二人の対決が始まります!栄えある第一問目は!?』
いよいよ戦いが始まる兆しを見せ、オリバーの実況もヒートアップする。
ダニエルはやれやれ、と思いつつ、手元の羊皮紙に文字を書き込むと口を開いた。
「……それでは第一問。スーイエにある宿屋、イズマの宿。そこでしか食べることの出来ない一風変わった看板メニューは?」
「…………っ」
「────フン」
「それでは三分間、スタート!」
そう口にすると同時に、ダニエルは懐から出した砂時計をひっくり返した。それをスタートの合図として、ミーナとモグリフは一斉に羊皮紙に文字を書き始める。そして
「書いたぞ」
「出来ました!」
「うっそ早っ!?」
ものの十秒程度で、二人は同時に書き上げた宣言をする。周囲が驚くのも無理はないだろう。
『なんという爆速ーっっ!!二人とも凄まじいですね!?解説のスルーズさん、どう思われますか?』
『早く書くだけならあーしでも出来ます。問題は、合っているかどうかですよ』
『なるほどそれは確かに』
「……そ、それじゃあ出揃ったことだし、二人とも回答を見せてもらえるかな?……まさかこんな早いとは……」
驚いているのはダニエルも同様であった。そうして彼に促され、ミーナとモグリフは羊皮紙を裏返すと、皆に見せるように持ち上げる。そこには、同様の言葉が書かれていた。
【ダイダラスの朝日焼き】
『おっとォ!二人とも同じ答え!これは……ダイダラスの朝日焼き??ご存じですか?スルーズさん』
『やー、知りませんねぇ。エールの種類ならなんとなく分かるんですけどねー』
毒にも薬にもならない会話が繰り広げられている隣で、ダニエルは自身の羊皮紙へと手を掛けた。
「それでは、正解を発表します!」
そうしてそれを裏返すと、そこにはハッキリと【ダイダラスの朝日焼き】と書かれている。
「ダイダラスの朝日焼き!両者共に正解です!」
「おぉぉぉぉぉ!」
「いいぞミーナ!」
「やるじゃねーか!」
一瞬で客席がヒートアップする。ミーナの勝利を信じるレオンたちも嬉しそうだ。喝采を浴びるミーナも、どこか照れ臭そうに頬を掻いている。
「ええと、思った以上に早かったな。砂時計戻さなきゃ。……じゃあ第二問を──」
「ちょっと待った!」
思わぬ爆速進行に焦りながらダニエルが次の羊皮紙を用意していると、そこに外野から待ったの声が掛かった。手を上げているのはレオンだ。
「え?な、なに?レオン。僕のやり方おかしかった?」
「いや、そうじゃなくてよ」
いよいよ慌てるダニエルに、レオンは言う。
「ダイダラスの朝日焼きって、どんな感じのやつなんだ?」
「え?あ、そういう?なんだ良かった……」
どうやらレオンに駄目出しされている訳ではないと理解して、ダニエルは胸を撫で下ろした。「えっとね……」と答えようとして、はた、と考え込むと、次いで彼はこう口にする。
「じゃあ折角だからお二人に説明してもらいたいと思います」
「えっ」
まさか話を振られるとは思っていなかったらしく、驚くミーナ。隣のモグリフはフン、と鼻を鳴らした。
「小娘。貴様が説明しろ」
「ええ……?」
「ワシは当然知っておるが、貴様はどうなのだ?世界学者を名乗ろうなどと大言を吐いておきながら、よもや名前だけしか知らぬ訳ではあるまい?」
あからさまな挑発を受けて、むー。と不満気なミーナであったが、すぐに気を取り直したようで口を開いた。
「ダイダラスの朝日焼きは、ダイダラスという名前の魚を使った焼き物です。ブゼルとスーイエの間にある、ナテン湖に生息している大型の淡水魚で、旬は秋口。つまり今この時期は脂が乗っていて美味しいです。……で、ダイダラスの朝日焼きは、黒こげになるまで焼いたダイダラスの頭を皿の真ん中にどかんと乗せて出される料理です。上からスプーンで叩くと焦げた表皮が削げ落ちて、黄金色に輝く身が現れる。それを日の出に例えて、その名がついたそうです。……これで、いいですか?」
その解説に、その場の誰もが言葉を失っていた。ややあって、バレナがぼそりと、「あいつすげーな……」と口にする。
「──うん。完璧な解答ありがとう。教授も、宜しいですか?」
「まあ、よく知っていると褒めてやるわい」
ダニエルに話を振られ、モグリフはぶっきらぼうにそう口にした。
「ただし、一つだけ抜かったな小娘」
「────え?」
「ダイダラスの旬は、秋だけではない。やつらは年に二回産卵をするからな。春にもまたその身に脂を乗せるのよ」
それは知らなかったのか、ミーナは口元を押さえて大変に驚いた様子であった。純粋に感心した顔を見せた後で、世界学者としての格の違いを見せ付けられたことが気に食わなかったのか、ぐぬぬ。と悔し顔を見せていた。
「──と、いうことらしいよ。レオン、分かった?」
「ああ。旨そうだってことは分かった」
「あのねぇ」
長々とした説明のほとんどが頭に入っているのか微妙な親友の受け答えにガクッとしつつ、ダニエルはふふっと微笑むと、
「むちゃくちゃ旨いよ?レオンなら秋のダイダラスが好みなんじゃないかな」
と笑っていた。
「あの!わたくしも!!!!食べたいのですが!!!!!?どこ、どこにありますの!!!???」
元気な竜の子は、趣旨をよく理解していなかった。
「それじゃあ次、いきましょう。──スレイさん。準備はいい?」
「お待たせしました。こちらでよろしいですか?」
リューカはさておき、ダニエルの呼び掛けを受けて研究所の奥から背の高い細身の男が姿を現した。今までレオンたちの前にはいなかった新顔である。
スレイ、と呼ばれた彼に手渡された羊皮紙に目を通すと、うん。これこれ。とダニエルは満足そうに頷いた。
「では、第二問を始めます」
さらさら、と次の羊皮紙に解答を書き込んだ後で、ダニエルはスレイから渡された羊皮紙を皆に見えるように掲げてみせた。
そこには黒光りする角を頭に付けた、金色の一つ目の怪物が赤い花畑に立っている。という奇怪な絵が描かれている。
怪物は先が二又に分かれた立派な長い角を持ち、その体も黒光りする装甲に覆われている。我々の世界で例えるなら、カブトムシ人間とでも言ったところか。
「問題は、この絵に写っている魔物と植物の名前をそれぞれ答えてもらう、というものです。制限時間は三分間。それではお願いします!」
ダニエルが砂時計をひっくり返すと、ミーナとモグリフの二人はすぐに羊皮紙に向かった。
観客席ではレオンが、「あー!あいつ知ってるぞ!」と騒いでまたもバレナからどつかれている。
「……けど、アタシも見たことあるかも」
「森にいただろ。なんか大人しくしてたけど」
「んなこた分かってるんだよ!花の方だ。なんか見覚えねぇか……?」
「見覚え……?ん……、そういや、昔どこかで……」
「書けました」
「書けたぞ」
「早いんだよもー!」
レオンとバレナがやり取りしている十秒ほどの時間で、またも二人は回答を書き上げていた。のダニエルとしてはもう少し悩んでもらいたい所なのだが、まるで回答スピードを競い合っているかのように、二人共譲る様子はなさそうだ。
「……じゃあ、二人とも回答を見せて貰えますか?」
不承不承といった様子でダニエルが口にすると、ミーナとモグリフは羊皮紙を持ち上げる。そこにはそれぞれ、こう書かれていた。
ミーナ【ゴラグレスがフージャの花畑に立っているところ】
モグリフ【ゴラグレス 赤フージャ】
書き方の違いはあれど、またも同じ答えである。
『おっと!またも速攻!しかも同じ回答です!これは……!?』
『両者の実力が拮抗しているということでしょう……!』
「……では、正解を発表します」
そうしてダニエルが羊皮紙を持ち上げると、そこには、ゴラグレス、フージャの花、と書かれていた。
「──両者正解……!」
ワッと歓声が起きる。今度はレオンに追究されるよりも早く、ダニエルが二人に呼び掛ける。
「では、これらについて説明を頂けますか?」
「言われているぞ小娘」
モグリフに話を投げられて、ミーナが頬を膨らませる。そのまま解説を始めるのかと思いきや、
「へえ。教授は詳しくご存知ないんですね。それじゃあ仕方ないので解説させて頂きますけれど」
彼女にしては珍しい挑発台詞に、レオンは「おー」と感嘆の声を上げていた。ミーナが我慢する質であることはこれまでの付き合いでよく知っている彼だけに、彼女の知る“偉い人”であろうモグリフに噛み付いたことが、何とも嬉しかったのだ。
(あいつもちゃんと自己主張出来るんだな。……世界学者の分野だから、か?)
「ワシを挑発か?生意気な。──フン」
一方で苦虫を噛み潰したようなモグリフであったが、ダニエルへとちらりと目を向けた後で、ため息と共に観念した。ここは自身が解説すべきという空気を感じ取ったのだろう。
「ゴラグレスは、エルムの森に生息する魔物だ。単独で行動し、草食で大人しい生態で、滅多なことでは暴れることはない。が、別の魔物──マドゥザルがこのゴラグレスの生息域に縄張りを作っており、そいつに操られて集団で暴走するケースもある。……フージャの花は、特に説明する必要もないのだが……。ファティス近辺に咲いておった花よ。ただ年々数を減らし、魔王軍襲撃で焼き尽くされた後は殆どが消えちまったらしいがな」
説明を終えると、モグリフはミーナへと目を向けた。
「……これで満足か?」
「あ、はい!完璧です。……すみませんでした。教授の解説が聞きたくて……」
「フン。謝るな。今は勝負をしている敵同士であろうが。挑発など戦略の一部でしかないわい。……それとも、負けを認めたくなったのか?」
「──絶対に負けません」
そこは一歩も退くつもりはないらしい。ミーナの様子にモグリフは、「かかか」と笑っていた。それは彼が、ブラウン商会に姿を見せてから初めての笑顔であった。
「フージャか……」
モグリフの説明を聞いて、バレナは小さく呟いた。
「バレナちゃん、知ってるの?」
そう訊ねるのはウィズである。「名前は初めて知ったけどな」とバレナは苦笑した。
「思い出したよ。ガキの頃、あの赤い花を見たんだ。なんか、懐かしくなっちまってよ」
「──そうなの。私は図鑑でしか見たことがないから、少し羨ましいわ」
そんなやり取りを前に、ダニエルは砂時計の砂が落ちきるのを確認すると、
「じゃあ、次に行きましょうか」
と微笑んだ。




