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セタンタ ブラウン商会『幼馴染二人』

挿絵(By みてみん)

「話って、なんだよ」

「勿論、ミーナさんのことだよ」


 商品保管室内にて、椅子に腰掛けたままダニエルはそう口にした。フレンドリーとは言えない空気が二人の間に流れるも、意に介した様子もなく彼はこう告げた。


「彼女は嘘をついている。ラスティア出身っていうのも、世界学者も、──全部、嘘なんだよ」


◆◆◆◆◆


 目の前の少女は、自身のことをソフィアだと名乗った。


はてソフィア……?その名前、何処かで聞いたような……。


 クエハー知識を思い出そうにも、すぐには出てこない。恐らくゲーム本編ではなく、設定資料集などで名前だけ見た。等のような話だと思うのだが……。


ソフィアなんて名前は沢山居そうだし、関係ないのかな……。


 そう思って周囲へと目を向けると、様々な器具が視界に飛び込んできた。

 あちこちに置かれた作り掛けの何かに、壁に貼られた設計図。どうやらここは、研究室か何かのようだ。……と、


「あれ……。涼しい……」


 室内なのに冷たい風が吹いていることに気が付いて、ふとそう呟いた。現代では当たり前のことだが、クエハー世界ではあり得なかったことだ。


「あ、うん。そだよ」


 俺の言葉に気怠そうに頭を掻いた後で、ソフィアは壁を指差した。


「あれは魔動冷風器。一応は王城や貴族の屋敷でしかお目に掛かれない代物っていうか…」

「ええ?凄いね!?ど、どうしてここにそんなものが?」

「えと、あれは、私のおばあちゃんが作ったヤツなのよ。ロザリア・ノースウインド。知らない?結構有名人なんだけど…」


ノースウインド……?


 またしても何処かで聞いたような単語が現れ、俺は首を捻った。ノースウインド、ノースウインド……。発明品……、魔動器具……。


────!


「ともかく、だから試作品がここにあるって訳、分かった?」

「ソフィア、ソフィア・ノースウインド!?」

「ぅえ!?あ、う、うん。そうだけど」

「発明家のソフィア・ノースウインド!魔動冷蔵庫、魔動掃除機の開発者の!発明家のソフィア!」


 苗字まで含めて、俺はその存在を完全に思い出していた。クエハー設定資料集に書かれた、様々な魔動器具の開発者として書かれていた名前だったのだ。

 なるほど。それで顔じゃなくて名前だけが引っ掛かったのか。


「魔動ソージキ?それはちょっと分かんないけど、魔動冷蔵庫は確かに私の作ったものだよ。……でもまだ販売もしてないのによく知ってるね?」


 成る程。現時点ではまだ掃除機は考案されていないのか。それでも間違いなく、目の前にいるのは資料集に名のあったソフィア本人なのだろう。こんなに若い女の子だとは思ってもいなかったけど。


「あ、えっと、私もその、魔動器具とか見るの好きだから、色々調べてて名前を知ったっていう、か……」


──嘘吐き──


 ダニエルにああ言われて尚、息を吸うように嘘をついてしまう自身に、ずきりと胸が傷んだ。咄嗟に話を変えるべく俺は口を開く。


「──えっと、これ、風と水の魔石の組み合わせ?氷ではないよね?」

「えっ!?」


 ソフィアは驚いたように目を丸くした。どうやら俺の問いが意外だったらしい。


「分かるの!?みんな大体、氷の魔石だと思うのに」

「そりゃだって、ソフィアもソフィアのおばあ様も多分、魔動器具は量産化を見据えて開発してるんでしょ?そうしたら、稀少な氷の魔石を使うのは割に合わないもの」


 以前も話題に出た魔石だが、魔力を持った生物の体内で生成される魔石は、火、水、土、風、氷、の五つが自然界に存在している。

 ゲームでも魔石はモンスターを倒すとそこそこの確率で手に入り、魔法玉やポーション、その他様々なアイテムの原料として必要不可欠なものに設定されている。

 その中でも氷の魔石は稀少品として扱われている。これは純粋に氷の魔石を落とす氷属性のモンスターが少ないこと、そして落とす確率も低いことが理由である。

 その代わり氷属性の魔法は強力なものが多く、氷の魔石を集めればより強い魔法玉を作ることが出来る。……まあ、クエハーでは別のイベントで必要になるからと、必死に集めさせられる訳だが。


「……ホントによく知ってるね……」


 俺の言葉を聞いて驚いた顔を浮かべるソフィア。……いや、さっきからずっと驚いた顔を浮かべている気はするが。


「……じゃあさ、ミーナ、ちょっと見てもらっていい?……歩ける?」

「え?あ、うん……」


 ソフィアに促されベッドから降りると、俺が連れてこられたのは今正に稼働中の魔動冷風器の前であった。……涼しい。


「これ、改良点とか思い付く?……どんな小さな点でもいいからさ」

「え?そんな……」


 完成しているこれ程の逸品に、ケチを付けられる筈もないと思うのだが。ファンとしてはクエハー世界で後に普及すると言われていた魔動器具をこんなにじっくり見ても良いんですか?天国かな?といった感じだ。


「ほわー、すっげ」


 見た目は、横向きの長方形。外観は現代のエアコンとかなり似てる。……内部構造が見たくて堪らないのだが、言ったらソフィアもノリノリでこの場で解体作業を始めて結果としてとんでもないことを起こしかねないのでやめておこう。


 調子に乗って観察していた俺だったが、一つだけ気付いたことはあった。


あー。風が当たる位置は固定なんだな。


 そりゃそうであろう。横長に開けられた排出口から、冷風を外に送るという主目的をクリアしているのだから問題はない。現代のエアコンだって、風向きを変えるのは小手先の技術によるものなのだから。


「ふむふむ」

「何か気付いた?」

「え?いや、大したことじゃないよ」


 指摘なぞおこがましい。この世界で一からエアコンという概念を生み出したソフィアのおばあ様が偉いのであって、現代知識をたまたま持っているだけの俺が口出しするのは違うだろう。そう思って言葉を濁そうとしたのだが……。


「どんな些細なことでもいいからさ。ね、お願い」


 そう言われてしまっては仕方がない。恐る恐るではあるが俺はこう口にした。


「気付いたことというか提案なんだけど、あのさ。ここに仕切り板を二重で付けたら、ある程度風の向きを操れるんじゃない、かなって……」


 自分で言っていてどんどん自信がなくなっていく辺りがなんとも俺らしい。そんな俺の言葉を、目を丸くして聞いていたソフィアだったが、


「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って待って!」


 とバタバタ走って行ったかと思いきや、羊皮紙とペンを持って戻ってきた。


「こっ、これ!これに描いて!簡単な図面でいいから!」

「え、う、うん」


 言われるがままに、三面図をそこに書き込んでいく。確かエアコンは、奥にある左右に動く仕切り板と、手前にある上下に動く仕切り板の二種類を組み合わせることによって風向きを制御していた筈だ。

 仕切りを動かすのはリモコンによる遠隔操作だが、電気が発達していないこの世界でそれは難しいだろう。なので、手動操作による仕切り板の連動を提案させて貰うこととした。

 具体的には、外部に飛び出た二本のレバーを押し込んだり引いたりすることで、内部の仕切り板を動かそうという仕組みである。


「────む、む……」


 何処から取り出したのか眼鏡を掛けると、一心不乱に図を見つめるソフィア。そういえば王立図書館にいたモブも眼鏡掛けてたし、クエハー世界って眼鏡があるんよな。

 ややあって、彼女は口を開いた。


「これさ、このレバー。押したり引いたりする動き以外にも出来る?えと、例えば前後に動かすような動きとか」

「……えっと?」

「や、ほら。こういう冷風器って、高い所に取り付けた方が効果が高いじゃない?そうすると、押し込む操作は難しいから、下から棒で何とか出来たら楽かなって」

「ああ、成る程!出来るよ!そうしたらこの辺りに溝を作って、歯車を入れてあげれば……」

「ああ、そっか!」


 ひとしきりはしゃいだ後で、ソフィアは「ごめん」と恐縮した。


「ごめんね急に捲し立てたりして。今までこんな風に魔動器具について話せる相手、そんなにいなかったからさ」

「いや、こちらこそごめん。差し出がましいこと言っちゃって」

「いや、これ面白いよ」


 ソフィアは、笑顔を消して真面目な顔を作ると、小さく頷いてそう口にした。


「うちのおばあちゃんが言ってたんだけどさ。発明家は、面白いものを思い付くことが一番大事なんだって。私はミーナの考えたこれ、実現できたら凄く面白いと思う」


……嬉しいけど、俺のアイデアじゃないんだよ~。


 他人の手柄で高評価を受けることに、罪悪感がない訳ではない。しかしここでそれは違うとゴネても面倒なことになるだけである。

 結果、俺は「あはは」と苦笑するだけに留めておいた。


「はー、夢が広がるわぁ。ねね、ミーナさ、何処住み?もしあれなら共同で何か開発しちゃわない?」

「え、ええ?」


なにこの子すっごいグイグイ来るんですけど!?


 ここで一つ補足をさせて貰おう。

 ミーナを相当気に入ったのか、有無を言わさず仲間に勧誘し始めるソフィア。この姿を見たら社交的にしか見えないのだが、実のところこんな衝動的な行動を取るのは本当に始めてのことであり、普段の内向的かつ排他的──いわゆるコミュ症な姿を見ているダニエルが今のソフィアを見たら、驚きのあまりにひっくり返るであろう程には特殊な光景なのであった。

 補足終わり。


「そう言って貰えるのは嬉しいんだけど、実は旅の途中でさ。セタンタにもちょっと寄っただけなんだよ」

「そっか~」


 俺の返事に落胆した素振りを見せると、ソフィアは「そういえば」と首を傾げた。


「ミーナ、うちの商会の入り口の所にいたけど、何か用事だったの?……あ、急ぎだったらごめんね!?私つい楽しくなっちゃって」

「あ、えっと、それは……」


 聞かれてしまっては話す他ないと、俺は事情をソフィアへと説明した。


「……と、いうわけなの」

「──いや~、おっどろいたわ」


 俺の言葉を受けて、開いた口が塞がらないといった様子のソフィア。まあ、無理もないだろう。


「あはは、こんなのが勇者パーティなんて驚くよね」

「いや、それは別に。驚いたのはその後の方よ。まさかあの温厚な会長がそんな事するなんて……」

「え、そっち?」


 じゃあ何?俺へのあの態度はよっぽどのイレギュラーってこと!?な、なんで~?

 地味にショックを受けている俺をよそに、ソフィアは納得したように嘆息した。


「まあ会長はともかく、それじゃあ引き留める訳にはいかないね。残念」

「え、あ、ご、ごめんね……」

「じゃさ、ミーナ今困ってることない?」


 と、何かを閃いたようにその表情を輝かせると、ソフィアは口を開いた。


「もし滞在中に間に合えば、なんだけど、私に出来ることなら協力するよ!」

「え?ありがと!」


 忙しいだろうにそんなことを言ってくれる彼女に、感謝しかない。ここまで話をした感じからして、俺が口にするような嘘や社交辞令ではないだろう。


困ってること……、困ってることか……。


 考えた末、俺は静かに口を開いた。


「一つだけあるんだ。良かったら、聞いて貰える?」


◆◆◆◆◆


「……って、話さ」

「ん」


 ダニエルの話を聞き終えて、レオンは短くそう口にした。思案するような素振りもなく、目を細めてダニエルを見つめている。


「──で?」

「で?じゃないだろ!?彼女の素性は全部でたらめだって言ったんだ!君たちをずっと騙しているんだよ?」

「そか。お前が言うならそうなんだろうな」

「だから危険だって言ってるんだ!彼女は絶対に何かの思惑があって君に近付いて、懐に入り込んだんだ。それを分かっているなら、このまま置いておくのは不味いって」

「けど、ミーナは俺たちにとっちゃ命の恩人なんだよ。あいつがいなかったら、エルムの森で俺たちはギルディア相手に全滅してたんだ。──全滅だ。……仇も取れずに、な」


 噛み締めるようにレオンはそう繰り返す。それを受けて、今度はダニエルが目を細めた。


「……その話、ミーナさんもしてたけど、どういう経緯なのさ」

「エルムの深層でミーナと出会った後、ギルディアが襲撃してきてな……」


 ぽつり、と溢すようにレオンはその話を始める。彼とミーナが出会った時の事だ。


「魔王から賜ったとかいう防御魔法の前に、俺たちは手も足も出なかった。あわや全滅、という場面で、ミーナがその防御魔法の攻略法を知っていてな。何とかなったんだ」

「……ちょっと聞いただけだけどさ。……その話、おかしいと思わないの?」

「あ?」


 眉間に皺を作ると、相変わらず目を細めたままダニエルが鋭く指摘した。


「だって一介の町娘がさ、魔王軍の秘蔵魔法の攻略方法を知ってるって、普通じゃないでしょ。世界学者とか関係ない。そんなの人類が知れる事じゃないんだよ」

「…………」

「……ねえレオン。君は確かに考えなしな所もあるけど、仲間の命を預かる身として、常に危険を判断して動いてきた筈だ。僕の知るレオンならね。……その上で聞くけど、まったく、おかしいと思わなかったの?」

「嫌な言い方しやがって。……そりゃ、思ったさ。思うくらいはする」

「でも、仲間に入れたんでしょ。なんで?」


 分からない、と頭を押さえるダニエルに、レオンは深く椅子に座り直すと鼻を鳴らした。彼にしては珍しく、苛立っているジェスチャーである。


「ノリが合った。そして彼女の知識はこの先の旅に有用だとも思った。だから勧誘した。……それだけだ」

「……正直僕は彼女のこと、魔王軍の関係者じゃないかと疑ってる」


 そんなレオンを相手に一歩も引くことなく、ダニエルは言ってのけた。

 勇者に、お前の仲間は怪しいのではないかと問うているのである。いくら親友であろうとも、いや、親友だからこそ。余程の覚悟がなければ出来ないことだろう。


「さっきの話だって、君の懐に入る為のマッチポンプと考えれば自然だ。そうだろう?」


 重々しくそう告げるダニエルに、しかしレオンは冷ややかな目を向けて嘆息した。


「お前らしくないな。結論ありきで、正しい判断が出来てねえ」

「は?何が──」

「じゃあ聞くが、魔王軍の関係者が俺たちを騙して近付いて、その目的は何だ?」

「……そんなの決まってるじゃんか。魔王軍に仇なす勇者パーティの全滅────ぁっ」


 言い掛けて、何かに気付いたようにダニエルはあっと声を上げていた。フン、と鼻を鳴らすレオン。


「気付いたな?そうだ。俺たちの殲滅が目的なら、あの場で何もする必要はなかったんだよ。そうすりゃ俺たちは望み通りに全滅してたんだ。それを助けちまってる以上、あいつは敵じゃねえ。……これ以上の話は必要か?」

「ぐ、ぅ……」


 確かにそう言われてしまえば、今までの推測は一気にひっくり返る。それでもダニエルは、「なら、どうして」と噛み付いた。


「どうして嘘をついたりなんてするんだ。敵でないのなら、共に戦う仲間を騙して平気でいるなんて──」

「それ以上侮辱するな」

「っ」


 レオンから今まで見たこともないような冷たい目を向けられて、ダニエルは思わず息を飲んで身震いしていた。


「生きるために嘘つかなきゃなんねえ時なんて、いくらでもあるだろ。みんながみんな、俺やお前みたいに恵まれた環境にいる訳じゃねえんだぞ」

「……それは……」


 レオンは自身を、恵まれた環境だと口にした。ギルディアによって両親を殺された彼はダニエルの母であるローザに引き取られ、ダニエルと兄弟同然に育てられた。ローザはかなりの裁縫の腕前があり、女だてらに稼いでいた為、二人が生活に困ることはなかったのだ。レオンもまた、自身がここまで生きて来られたのはローザのお陰だと理解しているのである。


「ミーナは、何も持たずにエルムの深域にいた。あんな禁止区域に装備も持たずに入るやつの理由なんて一つしかねえ。金の為だ。落ちてるジュエルベアーの宝石を集めて金を得る為に、危険な探索に勤しむんだよ。故郷も素性も言えないってんなら、追われてるか、身を落とした元貴族令嬢とかかもしれねえ。もしかしたら、魔王軍を追われた奴なのかもな。分かんねえよそんなこと。……わかんねえけど、言えないものを無理に聞き出そうなんて思わねえよ」

「……そう、か」

「まーだ納得いかねー顔してよー。お前そんなに気にするくらいなら、パーティに入ってりゃ良かったじゃねえか」

「そっ、それがっ!」


 レオンの言葉に、思わずダニエルはその場に立ち上がって声を張り上げていた。


「それが出来たら苦労はしないんだよ!……君の力になりたいとは思ったさ!思った!何度も思ったよ!今だって思ってる!」


 だけど、と言葉を詰まらせた後でダニエルは俯いた。


「それが無理だと分かってるから、僕たちは今こうして別々の道を歩いてるんじゃないか……」

「ダニエル……」

「君と並んで傭兵になろうとして、それは無理だと悟った。レオンのパーティにいても、僕は武力で助けになれない。足手まといになってレオンが死んだら一生自分を許せないし、守られるだけなんて嫌だ。悔しいに決まってるだろ。なら、僕は僕の出来ることをやるしか──」

「ダニエル」


 強く訴えるような声にダニエルは顔を上げ、そして親友の顔を見た。真剣な、しかし何処か寂しさを感じさせるその表情に、思わず言葉が詰まる。

 レオンは、静かに、はっきりと口にした。


「強いとか弱いとか、関係ねえんだよ。……本当は、俺さ。……お前に一緒に来て貰いたかった」

「っ」

「だって、そうだろ?どんな場所だって、お前と一緒なら楽しかったんだからさ」


 ダニエルは、明後日の方向へと顔を向けていた。その言葉は反則だ。気を抜けば、込み上げる想いが滴となって流れ落ちてしまいそうだった。


「そっか」


 回らぬ頭で、動かぬ口で、それでも彼は言葉を紡ぐ。


「──それでも僕は、多分この道を選んだと思う」

「……だよな。俺もそれで良かったと思う。お前に怪我とかされたら嫌だしな」


 あっけらかんとしたレオンの返しにポカンとしていたダニエルだったが、ややあって「なにそれ」と吹き出した。


「さっきの流れはなんだったのさ」

「別に。おかしなことは言ってねえよ。俺個人の願望はさて置いて、結果はこうなったし、これで良かったって話だ」


 蒼い瞳に不敵な笑みを浮かべてレオンはそう断言した。まったく、これだから敵わない。とダニエルは吐息を漏らす。

 ……そうしてしばらく笑った後、静かにダニエルがこぼした。


「僕さ、護衛付けないで旅しただけで、母さんに泣かれたんだ。死んだら一生許さないって」


 ダニエルの言葉に、レオンがくしゃりと顔を歪める。


「そりゃ、まあそうだろ。大事な一人息子が危ないことしてたらそりゃ怒るって」


 ダニエルの父であるデイビットは、旅に出てる途中で魔物に襲われて死んだのだとレオンは聞いている。ローザと暮らした日々を思い出して呟くレオンに、ダニエルは眉をひそめた。


「何言ってるの?」


 緑の瞳に強い光を宿してダニエルは言った。


「レオンも同じだよ?レオンが死んだって母さん絶対許さないし、大泣きするよ。ファティスが水浸しになるくらいの大洪水だ」

「そりゃ大げさ――とも、言い切れねーな。ローザさんそういう人だし」

「そうだよ。レオンだって家族なんだから!母さんいつも言ってたでしょ」

「――ああ、言ってたな」


 ダニエルの言葉に、ローザの口癖を思い出してレオンは呟いた。同じ言葉が口をついて出る。


「「うちのご飯を食べたらうちの子」」


 そう異口同音に言って、二人は笑った。


「本当にさ……お人好しだよな。ローザさんも……お前もさ」


 少し泣きそうになったのを誤魔化すようにそうひとりごちたレオンに、ダニエルが言い募る。


「僕は違うけど……、そう思うならさ、ファティスに寄った時は母さんにちゃんと顔見せてよね」

「セタンタにずっと居るお前に言われたくねーな」


 子供みたいにムッとしながらレオンが言い返すと、涼しい顔でダニエルは微笑んだ。


「僕はちゃんと冬至祭には帰ってるし、寄る度に顔出してるよ?」


 ぐっと詰まるレオンに、ダニエルは少年のように笑った。子供の頃のように、いつの間にかひとしきり笑い合って。ダニエルはぽつりと言った。


「レオンの部屋、いつでもすぐ泊まれるようにそのままにしてあるから。家族だろ?」


 レオンが勇者になると、本人の口からではなく王都の掲示板で知った日。あの日の悔しさを忘れることはきっと一生無いと、ダニエルは思う。相談さえしてもらえなかった自分の無力さを今でも許してはいない。けれど、レオンなら絶対そうするだろうなと言うことは理解できた。

 レオンは誰より優しいから。他人が自分の身代わりになるくらいなら、黙って苦難を背負って何も言わずに平気なふりをして笑うのだ。本当は、死の恐怖を誰より知っているのに。それでも、他の誰かが家族を失うよりはと勇気を振り絞って死地に立つ。レオンは、そういう奴なのだ。ダニエルはそれを子供の頃から嫌というほど見てきて、理解している。

 だからこそ。繋ぎ止めなければいけないと思っていた。

 レオンは自分にとって最高の親友で、絶対に守りたい家族だから。


「……そっか」


 二人の間に沈黙が落ちる。肯定も否定もしないレオンの誠実さと不器用さに、ダニエルは苦笑いした。


「まったく、レオンは相変わらずだね。でも、前より元気そうで良かった」


 バレナもついてるしね、と言い添えるとレオンはんー、と照れ臭そうに頭をかいた。


「まあ、前より騒がしくはなったよな。休んでる暇もねえし」


 一時期の思い詰めたような表情ではなく飄々とそう言い切るレオンに、ダニエルは目を細めた。


「……そうだね。どうあれ今レオンは勇者で、僕は商会の会長だ。それぞれの場所で、お互いにやるべきことを頑張るしかないってことか」


 互いの顔を見た後で、レオンはニッと笑みを浮かべる。ダニエルにとってそれは、子供の時以来久しぶりに見た彼の表情だった。


「そうだ。俺はこのセタンタで頑張ってるお前のことを、誰より信じてる。ダニエルなら大丈夫だって」


 だから。と繋いで、レオンは恐らく彼が一番言いたかったであろう言葉を口にした。


「お前も俺のこと、ちゃんと信じてくれよ。──親友」


 その言葉に一瞬目を見張ったダニエルだったが、すぐにそれを細めると嘆息した。


「…………はー。もーさー、そんなこと言われたら信じるしかないじゃん……!レオンってほんっとずるいよね」

「ずるくて結構。うちの仲間を虐めたお前が悪い」

「いやあれは……、いや、そうだね。僕が悪かったよ……」


 小さく項垂れながらそう口にするダニエル。話がミーナのことに戻ったところで、彼はレオンへ「そういえば」と声を掛けた。


「随分と信頼してるんだね。ミーナさんのこと」

「いやあいつといるとスゲー楽しいからさー。昔お前と遊んでた時を思い出すっつーか。必殺技会議とか楽しくてさ」

「昔ってそんな──って、必殺技会議!?なにそれ!?」

「そりゃ文字通り必殺技を決めるんだよ。これで誕生したスゲー必殺技もあるんだぜ?猛虎昇龍撃とか」

「えー!?なにそれなにそれ!?めちゃくちゃ気になるんだけど!!」

「だろー?あいつとは気が合うんだよなー」

「いや、必殺技……、ま、いいか後で。……気が合うって、じゃあ……、ファティグマも?」

「あ、いや、それは分かってもらえなかった……」

「ふ。まだまだだね。ファティグマの良さが分かんないなんて」


 ふふんと何故か得意気なダニエルに、レオンも朗らかに笑っていた。


「……お前、やっと昔の顔に戻ったな」

「────え?」


 レオンに言われて初めて、ダニエルはずっと自身が険しい表情を浮かべていたことに気が付いた。同時に、この親友との語らいでそれが解消された、ということにも。


「……そっか~。僕そんな怖い顔してたか~。ショックだよ。レオンと会うの楽しみにしてたのにさー」

「ホントだよホント。びっくりしたぞ。そもそもなんであんなにミーナのこと警戒してたんだ?会ってもいないのに」

「(今さりげなくファティグマの決め台詞口にしたな)そ、それは……、だってなんかレオンの手紙がやたら浮かれてたからさー。心配にもなるっていうか……。あ、そういえばまた文面の書き文字が今までと違ったんだけど!何人に代筆させてるのレオンは。僕ある程度は教えたよね?」

「いっぺんに言われても分かんねーって。あれはミーナに書いてもらったんだ」

「え」


 今度こそ目を丸くしたダニエルが、信じられないといった表情をレオンに向ける。いや、実際信じられなかったのだが。


「え!?あの内容本人に書かせたの!?いや、それはあまりに酷くない……?」

「なんで?褒めてるんだぞ?」

「いや、だからだけど……、まあ、いいか。僕が気にする話でもないし……」


 ふー、と深く息を吐き出した後でダニエルは、改めてレオンへと顔を向けた。


「はあ、分かった。僕の負けだよ。僕だってレオンのことは信じてるし。……ミーナさんにはちゃんと謝らないと」

「ん。じゃあ戻ろうぜ。互いのリーダーが不在なんだ。みんな心配してるだろうしな」

「そうだね」


 そう言って互いに笑い合うと、二人は保管室を後にする。事務室にはルーカスが一人仕事をしており、皆はまだ応接室にいるのだという。待たせたことで、さぞやきもきしているだろうと思っていたのだが──。


「おー、すまん。みんな、お待た……」


「バレナさん!も、もう一回!もう一回お願いします!」

「ったく、しょうがねーなー。じゃあもう一回だけ。デルニロを倒した時のレオンの真似『うぉぉぉ!これでとどめだあぁぁぁ!!あー!?折れたあぁぁぁぁァァァァ!!?そんなあぁぁぁ!!あひいぃぃぃィィィ!!!』」

「だっははははははは!!!」

「あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!もうサイコー!!」

「………………ぶふっ……」

「もう!駄目よバレナちゃんそういうの……」

「美味しいですわ美味しいですわ!」


 スルーズとオリバーが笑い転げ、イレーネすら顔を背けながら笑っている。苦言を呈するのはウィズのみで、リューカは我関せず一人でアップルパイを食べまくっている。その中心で皆を沸かしていたバレナだったが、


「よ~し、そしたらもう一丁、今度はもう少し前のレオン……を…………、あ」


 そのタイミングで、入り口に立つレオンとダニエルの二人と目が合った。


「ようバレナ。随分と楽しそうだなぁ?」

「なにバレナ。レオンのこと馬鹿にしてたの?僕にも聞かせて欲しいなぁ?」

「ぁ、ぃゃその……。よし、今日はお開きということで。じゃあな」


 目が笑っていない二人から逃げようとするバレナであったが、勿論そうは問屋が卸さず。


「逃げんなおらぁぁぁ!」

「しぎゃあぁぁぁ!?」


 きっちりレオンに成敗されたのだった。


「因果応報ですわね。はぁ、おいしひ……」

「リューカちゃんは食べ過ぎ」

「キュウン……」



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