セタンタ グリンバーナ城『謁見。そして大ピンチ』
大分紹介が遅くなってしまったが、俺たちが今いる国について説明しておこうと思う。
グリンバーナ王国。
それが、ルード大陸における南側、ファティスからフィーブ、ラスティアまでの街を内包する一つの国家の名称である。名称であるのだが、魔王軍の台頭により他大陸との交流がほぼ断絶状態にあるこの世界では国という概念は機能を果たしておらず、人々にあまり定着していないばかりか、その名称も広まってはいない。
せいぜい、王都セタンタには王様がいる。と、大衆にとってはその程度の認識であった。
「間もなく到着だぞ!」
先頭を歩くレオンが声を上げる。一行はいよいよセタンタに到着しようとしていた。
……の、だが。
「……ミーナちゃん、大丈夫?」
「────ぇ?ぁ、は、はい、大丈夫、です」
ウィズに声を掛けられ、咄嗟に大丈夫だと返す俺。そう。本当は彼女の言う通り大丈夫ではなかったのだ。
何かちょっとだるいなー。と思ったのが昨日のこと。ただ、無視しようと思えば出来てしまうレベルだったので放置していたのだが、違和感は次第に鈍痛へと変わり、今では歩くのもしんどい状態になってしまったのである。
(お腹がぐるぐるする……なんか悪いものでも食べたかなぁ……?あ~、憧れのセタンタに着いたってのに……!まさかこんな最悪な状態とは……)
宿に入ったら何とかしよう。ため息を吐きながらそう決心する。
そうして俺のセタンタ冒険は、謎の腹痛と共にスタートしたのである。
「まずはこのまま王城に向かうぞ。全員で行く以上、宿に荷物を残すのは危険だからな」
だよねー!
無念。いきなり計画が頓挫してしまった。
そんなこんなで街の入り口が見えてくれば、そこに二人の男の姿があった。立派な甲冑を着込んでそこに立つのは、門番を任されている傭兵だ。
「そこの一団、止まれぃ!」
「貴様ら何者か!」
妙に芝居掛かった口調でこちらの素性を伺う二人。このご時世である。街に怪しい存在を入れないことが彼らの使命なのだ。
「──我ら、勇者レオンとその一行!カーズ王から謁見の命を受けて参った!これを!」
二人の問い掛けに応えるように、レオンが声高に口にしながら懐から羊皮紙を取り出した。
それは、フィーブを訪れた王の使者が置いていったという書状である。ちなみにゲームでは、レオンが竜の里から帰るとそのタイミングで使者が現れて書状を渡してくれるのだ。
「勇者レオンだと!?」
「貴様らが!!?」
大層驚いた様子の二人であったが、渡された書状へと懐の魔石を近付けた。
すると、魔石の魔力に反応して、ぼう、と書状そのものが緑色に輝いたのである。更に驚きの声を上げる二人。
「こっ!これは!」
「本物である!」
手紙の一件でも解説したが、このようにルード大陸においては紙に魔力を込める技術が発達しており、それによってこのように偽造不可能な証明書としても利用することが出来るのである。
輝く書状を見て、その紙に込められた魔力が王室の物だと理解したのだろう。門番二人は顔を見合わせると、
「しっ、失礼した!」
「ようこそセタンタへ!」
と門の両隣の定位置へと戻り、敬礼した。
「よし、ひさしぶりのセタンタだ。行くぞ」
レオンに率いられ、その後ろを付いていく俺たち。
その中でもウィズ、俺、リューカの三人は門番二人にお礼を言って通り過ぎた訳だが。
ウィズ
「良かった。ありがとうございます」
「いや凄ッ、あ、いや!」
「おっ、お気をつけて!」
俺
「ありがとうございます」
「ああ」
「うむ」
リューカ
「無事に入れて良かったですわ。お二方、どうもありがとうございます」
「ンンッ!デッッッッ!!?」
「アッッ、デッッ!!ありがとうございますッ!!」
…………おいお前ら。
突っ込みたい気持ちはヤマヤマだが、体調がそれどころではないのでスルーすることに。
◆◆◆◆◆
そうして俺たちは遂にセタンタへと足を踏み入れた。
人、人、人。見渡す限りの人。目の前には、人の波と言わんばかりの光景が広がっていた。デルニロの支配から解放されたフィーブも相当な活気だと思ったのだが、セタンタの活気はその比ではない。
「いつ来てもこの街は賑やかだな」
レオンが微笑みながらそう口にする。
王都セタンタ。ルード大陸にて唯一魔王軍の侵攻に拮抗しているグリンバーナ王国の首都にして、王国の中心に位置する街である。
その軍事力は高く、屈強な前衛である近衛騎士団と、広範囲な魔法攻撃の後衛、宮廷魔導師団の会わせ技によって、あらゆる外敵をはね除けてきたのである。それは魔王軍も例外ではなく、何度と襲撃はあったものの、隣街であるファティスが壊滅的な打撃を受ける中でセタンタは健在であり続けた。
その証明が、目の前を行き交う人々の姿なのだろう。これまで訪れたどの街にも少なからずあった緊張感が、ここにはない。皆真の意味での自由を謳歌しているのである。
さて、話を俺たちに戻すと。
「で、だ。俺はさっきも言った通り、このまま全員で王城に向かおうと思ってる。何か異論のある奴いるか?」
レオンの提案は正しい。余計な行動をして、勇者パーティが城に行く前に遊んでた。なんて噂の一つも立てられてしまったら非常に外聞が悪いからだ。だから異論なし。が正解なのだろうが。
「……ミーナ?」
小さく手を上げる俺の姿がそこにあった。
「あ、あの……、おトイレ、行きたくて……」
身を縮こまらせながら消え入るように口にする俺に、あー。とレオン。
「そりゃすまん。そうだな。みんなも先にトイレに行っておこうか。確か近くに公園があった筈だな」
クエハーの世界にも公衆トイレという概念は存在している。ゲームにおいては使う必要がまるでないのだが、それでも公園等には必ずトイレが設置されているという力の入れ様であった。
そうこうしている間にも腹はゴロゴロと待ったなしである。どうやら本格的に腹を壊したらしい。慌ててトイレへと駆け込む俺は、眉をひそめてこちらをじっと見ていたウィズの姿に気付かなかった。
女性用トイレに入ると、下着を下ろして座り込む。
(ぅ~、危なかったぁ~。でも間一髪間に合っ──)
安堵しようとしたそこで、俺は自身の下着に付いた赤黒い染みに目が点になった。
(────)
以前、この世界のキッチン周りなどは現代同様の快適さであるとさらっと解説したが、ここで、クエハー世界のトイレ事情について説明させて頂こう。
この世界でのトイレは、元の世界のそれとは違った独特の仕組みになっている。まず排便をした後、スイッチを捻ることにより、水の魔石を利用した排水が行われる。
流された水と汚物は混ざり合い、地下の下水庫へと蓄えられることとなる。
そこで各街に在中している清掃魔法使いたちが日毎にローテーションを組んで、汚水へ浄化魔法を掛けるのだ。
規定量の浄化魔法を帯びた汚水は真水へと変化し、そしてその水は人々の生活水として利用されているのである。げっ、と思うかもしれないが、浄化されたそれは本当にただの真水だし、それが人々の生活を豊かにしているのなら、必要なことなのだろう。俺は特に気にしてない。
(…………)
とまあ気の利いた雑学を披露した俺だったが、現実逃避したところで目の前の現実は変わっていなかった。さぁ、と血の気が引いていく。
下痢!?ど、どどどどうしよう、人としての尊厳が……、何より三枚しかない貴重なパンツが。……って、え……?
逸る心を抑えてそれを観察すると、どうやら違うらしいことが分かった。そこに付着していたのは、円上に広がる黒っぽい染みだったのだ。
「……こ、これ、血?」
思わず声が漏れる。それはどう見ても血の跡だった。えっ、血便??俺死ぬの??
恐ろしき現実を前に、俺の頭はぐるぐると混乱していた。血便ってどういう時に出るんだっけ?なんかヤバイ病気とか……。
ちらりとトイレの脇へと目を向けると、カゴの中にはトウモロコシの葉が沢山積まれていた。当然だが紙が貴重品なこの世界にトイレットペーパーはない。
「…………」
葉っぱで尻を拭くと、しかしそこには何もなかった。ますますもって気味が悪い。
……なんかの病気かな。スルーズに治して貰えるのかな……。駄目だったらどうしよう。……いいや。後で、後で考えよう。
とりあえず葉っぱを一枚仕込んでおくくらいしか、現状出来ることはないだろう。俺は暗く沈んだ気持ちのまま、トイレを後にするのだった。
◆◆◆◆◆
グリンバーナ城。それこそがセタンタにそびえ立つ王国のシンボルであり、魔王軍に脅かされる人類の希望──最後の砦でもある。
城は深い堀と高い塀に囲まれており、唯一の通り道である跳ね橋には四人の兵士がついて常に周囲を警戒している。そしてその兵士も練度の高い強者揃いとくれば、仮に王城を狙う賊がいたとしても城に近付くことすら困難であろうことは予想に難くない。
そんな城の中を、俺たちは歩いていた。
「お、おい。あれが例の……」
「強いのか……?」
「馬鹿よせ。不死身の魔神すら殺したという話だぞ」
「ひぃっ」
遠巻きにこちらを眺める兵士たちの呟きを聞き流しながら、レオンを筆頭に俺たちは玉座へと真っ直ぐに進んでいく。ちなみに体調、精神ともに絶不調な俺は最後尾だ。
くそ~、悔しい……。王城に行けるのなんて最初で最後の機会だろうに……。
ゲームでは何度も出入り可能な王城だが、現実世界でそんなことをすれば即拿捕からの打ち首獄門は免れまい。と、すると入れるのはこうやって王に召喚された時か、はたまた魔王を討伐した後くらいであろう。そんな未来の話をしても仕方がないので、実質これが最初で最後だと思っても間違いはない。
そんな状況をまるで楽しめない己に嫌気もさそうというもの。浮かない顔のまま、俺はとぼとぼと皆の後ろを歩いていく。
しばらく進むと、明るく広い空間に出た。居並ぶ兵士たちも壮観な、ここが謁見の間であろう。やはりゲームで見下ろすのと正面から見るのとでは印象がまるで違う。左右の兵士たちもまるで彫像のようにピシッと立ち並んでおり、先程のような無駄口を叩く者は一人としていない。
此処こそが、王の御前なのだ。
そうして進んだ俺たちは、とうとう対面することとなる。
(グリンバーナ王国国王、カーズ……!)
立派な白髭を蓄え、数多の装飾がきらめく厚手の装束を身に付けた初老の男が、壇上の椅子からこちらを見下ろしていた。いくら調子が悪いとはいえ、俺が見間違う筈もない。彼こそがこの国の王、カーズ四世ことカーズ王だ。
「勇者レオンとその一行。ここに」
王を前にそれだけ口にすると、レオンは恭しくその場に片膝をついた。俺たちも倣ってその場に膝をつく。
……うわ。なんかお尻が濡れてる感じがするよ~。もうやだ~。
「久しいな。勇者レオン」
俺たちを見下ろしたまま、王であるカーズは静かに口を開いた。
「フィーブでの主らの活躍は聞いておる。憎き魔神を打ち倒したその活躍、見事であった」
王の隣には、王妃であるアバンナが座っており、二人の両脇を固めるように大臣や宰相が鎮座している。
「ありがとうございます」
そんなすわ恐ろしい空間の中で、顔を上げて王へと目を向けると、レオンはうっすら微笑みこう返した。
「俺一人では無理でした。ここにいる皆の力があっての勝利です」
「なるほどな」
良い感じに話が進んでるぞ。ゲームではこの王とのやり取りでフラグが立ち、それによってブゼルへの道中を塞いでいた大岩が撤去され、進めるようになるのである。
「──だが、私はお前に聞かねばならんことがある」
が、そこで急に眉根を寄せるとカーズは訝しむような目をレオンへと向けてこう続けた。
「件のフィーブだが、突然ドラゴンが現れ魔神討伐に協力したそうだな?……誠か?」
「…………事実です。あの竜の活躍も、魔神討伐になくてはならなかった」
横でリューカが、ふんすふんすと得意気に鼻を鳴らしている。
「ほう。竜を使役するとは流石は勇者レオン。……ならば聞くが」
そこまで口にして言葉を区切ると、目を鋭く細めてカーズは再度口を開く。
「その竜はどこで手に入れたものだ?詳しく聞かせてくれ」
うんうん。この会話の流れはゲームのままだな。ならこの後のレオンの返答は──。
「お疑いのようですのでハッキリとお答えします。かの竜は、一年前俺が遺跡で出会い、見逃した個体です」
「……私がお前にソリッドハートの名をくれてやったのは、お前が凶悪な竜を退治した功績を汲んでのものだ。勇者に任命したのも同様だ。その根幹に嘘があったと貴様は申すのか」
重々しく響く声で、カーズはレオンへと問い掛ける。あまりの迫力、あまりの圧に、分かっていても手が震える。
僅かでも返答を間違えれば全員この場で処刑されてもおかしくない緊迫感がそこにあった。何故って今口を開いている相手は、それを出来る権力を持っているのだから。
「いえ。嘘はありません」
そんな空気の中で、しかしレオンはしれっと言ってのけた。
「俺は、ここに呼び出されたあの時はっきり言いました。自分は倒していない。と」
しかしレオンが一人でドラゴンと対峙したこと、その後ドラゴンが神殿から消えたことなどが傭兵部隊から報告され、何故かレオンが討伐したことになってしまった。件の拒否も謙遜だと取られて、偉大な功績を成した殊勝な若者──皆が求めるヒーローがそこに誕生してしまったのである。
「貴様……」
「では王、貴方は俺を勇者に任命したことを悔いているのですか?間違いだったと」
王相手にここまでの口を叩けるのはレオンくらいか。大丈夫だと分かっている筈の俺ですらハラハラしているのだから、他のみんなの焦燥はこの比ではないだろう。
二人の視線がぶつかり合う。どちらも目を逸らすことのないまま時間が流れ、ややあって口を開いたのは、王であるカーズの方だった。
「ふっ。相変わらず口の減らない奴だ。当然、私の采配に間違いなどないとも。此度のお前の活躍が何よりの証明であろうが」
「ありがたき御言葉」
「よい。それよりも、だ」
例え竜退治が間違いであろうと、魔王軍の秘密兵器たる魔神を打倒して見せたレオンはその時点で十分に勇者としての資質を示したと言えるだろう。
礼を述べようとするレオンを遮って、王はニヤリ、と口の端をつり上げた。
「つまりその時見逃したドラゴンが貴様の眷属となり、魔神討伐に力を貸したと言うのだな?」
「眷属というのは語弊があります。彼女とは友人になったんです。魔神との戦いで俺たちが危機に陥った時、友として助けに来てくれた。それだけのことです」
「ふうむ……」
レオンの言葉に唸るカーズ。周囲の兵士たちは直立したまま、(メスだったのか……)(メスだったんだ……)と、地味に驚いている。顎に手を当てて思案する素振りを見せた後で、カーズは再度笑みを浮かべると、
「ここに呼び立てることは可能か?」
王様、ドラゴン見たいの!?あ、あれ?ゲームだとさっきのやり取りで終わってたと思うんだけど……。
しかしながら、何度も言うようにここは似ているがゲームの中ではない生きた世界だ。レ、レオンはなんて返すんだろう?これまで以上の緊張に襲われながらレオンの背を見つめる。他の四人だってそうだろう。特にリューカはあわあわしている様子が伝わってくる。
そうして皆の視線を一身に集めながら、レオンはカーズへ面と向かうと口を開いた。
「それは、恐らく可能でしょう」
「ほう!」
「しかしながら、やめた方が宜しいかと」
「なに?何故だ」
理由を知りたいカーズに、レオンは続けてこう口にする。
「外からセタンタの街へ、それも王城へドラゴンが飛来したとあれば、城下の人々は大混乱に陥るでしょう。かといって、彼女を見せ物にするようなことは、俺も彼女も望んではいない。最悪、竜族を敵に回しかねません」
「む、むむう……」
「この街に危機が迫ったなら、その時は間違いなく力を貸してくれるでしょう。それで宜しいではありませんか」
「むうっ。それは、まあ、そう、だな。……お前の言う通りだとも。……ああ、納得したぞ。……うむ……。しかしなぁ……、いや、そうか……」
あまり納得していなそうな様子で自身に言い聞かせるように何度も繰り返すカーズ。それを半目で眺めていたレオンであったが、ややあってため息を吐き出すと、「あの」と口を開いた。
「王よ。貴方に個人的にお伝えしたい話があるのですが、人払いをしては頂けませんか」
「なに?私と、お前たちのみにしろということか?」
「はい」
「なりませんぞ国王様」
突然のレオンの提案に驚くカーズであったが、そこに第三者が口を挟んできた。これまで黙して語らずを貫いてきた大臣のウーノである。
サンタクロースのようにもさもさと生える立派な白髭が特徴の、老賢人といった風貌が特徴の男であり、立派な髭とは対照的に髪は一本残らず失われている。
「ウーノ」
「王よ。なりませぬ。貴方様に何かあれば、それはこの国の終焉を意味するのですぞ?少しでも危険と思しき事柄を許す訳にはまいりません」
ウーノの言うことは正論である。今カーズ王に一大事があれば、それこそ国を揺るがす騒動へと発展するだろう。もしそんな最中に魔王軍の攻撃を受ければ、今度こそセタンタが落とされてしまうかもしれない。……そうなれば、世界の終わりだ。
「ふむ」
目を鋭くして思案すると、カーズはウーノへと目を向ける。
「ウーノ。私に何かあるとは、具体的にどういうことだ?そこな勇者が私を襲うとでも言うのか?」
「い、いえそれは……、いや、万一にないとも言い切れませんぞ。勇者に化けた賊ということも」
咄嗟の言葉であったが、確かにあり得ないとは言いきれない。何しろ写真技術のない世界なのだ。一度だけ勇者の顔を見た人間がいたとして、次に会った時にその顔を完全に覚えているかと言われると、それは難しいだろう。何しろヒトの記憶ほどあやふやで不確かなものはないのだから。
故に、大臣の心配も間違いではないだろう。
……ただしそれは、ここが剣と魔法の世界でなかったら、の話だ。
「ウーノ。何をとち狂っておる。勇者登録をした水晶で本人確認は済ませているだろうが」
なのである。手紙の件でも説明したが、この世界は一人一人の魔力の形が(元の世界でいう指紋の様に)違っており、それを利用して証明書の発行や本人確認などが行われている。魔力の判別は一瞬で出来るため、元の世界より本人であることの証明は楽であると言えるのかもしれない。
「ぐ、ぬぬ。しっ、しかし!例えば勇者本人が貴方のお命を狙うやもしれませんぞ!金目当てとか」
「は?」
「あ?」
「ひぃっ!?ほ、ほれ見たことか!なんと狂暴な……!」
二の句を告げるも、バレナとスルーズの二人から睨まれて縮こまるウーノ。それでも口の減らない彼にバレナが立ち上がろうとするも、
「……レオン」
腕だけでそれを制したのはレオンであった。
「──では大臣。一つ尋ねさせて貰いたいのですが」
「……な、なんだ」
周囲をぐるりと見渡した後、ウーノへと視線を戻すとレオンはその目をぎらりと光らせた。
「今この場で俺が王を襲ったなら、俺を抑えられると仰るつもりですか?」
「そ、それは──」
何しろ不死の魔神を倒したと称されている男である。実際はレオンの剣技でデルニロを倒した訳ではないのだが、竜の里で巨大氷を切り裂いた彼の腕前は本物だ。恐らくこの城でレオンに勝てる人間はいないだろう。
「む、むむむむむ……」
皆、それが分かっているのだろう。勇者に挑まなければならない局面を想像してか、玉座の間がざわめきに包まれていく。
「静粛にせよ」
それを鎮めたのはカーズであった。王の一声によって、一瞬でその場に静寂が訪れていた。
「ウーノよ。レオンの言う通りだ。ここにこやつ以上の剣士はおらぬ。ならば何人いようと詮無きことよ。……分かるな?」
「……く、ぬ。そう、ですな。……アバンナ様は、それで宜しいので?」
言い負かされたウーノは、最後に王妃へと話題を振った。長い金髪をシニヨンにまとめて銀のティアラに飾られた彼女は、微動だにせず椅子に座っている姿も相まってまるで人形のようであった。
透き通るような青い瞳がウーノへと向けられると、アバンナはゆっくりと口を開いた。
「私が止める理由はありません」
それはまるで小さな鈴のような、か細いがよく通る声であった。彼女の言葉を聞くと、渋っていたウーノも漸く折れたらしい。
「出来るだけお早く頼みますぞ勇者どの。これでは心臓がいくつあっても足らん」
そう口にして、王妃を先頭に兵士たちを連れ立って玉座の間から出ていった。後にはレオンたちと、
「して、どのような話だ?人払いとは穏やかではないが」
国王カーズが残されるのみであった。
「そうですね……」
言いながら、周囲の気配を探るレオン。どうやら本当に人払いされていることを確認すると、小さく頷いて口を開いた。
「リューカ、お願い出来るか?」
「──いいんですの?」
その短いやり取りだけで、レオンの言わんとしていることを理解したらしい。驚くリューカに、レオンが小さく頷いた。
「ああ、頼む」
「分かりましたわ」
そうしてリューカは一人立ち上がると皆から離れ、部屋の中央へと歩いていく。
「何をするつもりだ?」
カーズの問い掛けに微笑みで返すと、リューカの体が光を放ち、そして──。
「────な、なんとぉ!?」
グリーンドラゴンがその場に姿を現したのである。あまりの驚愕に、声を上ずらせてその場に立ち上がるカーズ。
「そこな娘がドラゴンに!?ゆっ、勇者よ!これは如何なることか!?」
「人が竜になったのではありません。国王陛下。その逆です。竜が人間の姿になった。それが彼女なのです」
「なに!そんなことが……」
開いた口が塞がらないとはこのことであろう。しかし、それでもカーズは一応の体裁を取り繕うと、「う、うむ」と頷いた。
「その様な摩訶不思議には驚くばかりだが、なるほどフィーブの救助に一役買った竜というのは、そなたで間違いなさそうだの。……では──」
「陛下」
「──む」
カーズを真っ直ぐに見つめながら、レオンが言う。
「良いのですよ。好きに見て、触れて。──その為の人払いです」
「────成る程そうか!ふぉほほ!考えたのう勇者レオン!」
「ええ。ここには陛下のことを咎める者も、言いふらす者もおりません故」
「こうしちゃおれん!」
今の今まで威厳を持って座っていた姿が嘘のように、さながらオモチャを見つけた子供の如くカーズはリューカへと駆け寄っていた。その目を輝かせて、伝説の生き物と称されたドラゴンに夢中である。
「おお!体表はこうなっておるのか……!むうっまるで岩のような……、さ、触っても良いのか……?」
「ぎゃう」
「うぉっ!?か、彼女はなんと?」
ひょい、と首を伸ばして声を上げるリューカに驚くカーズ。問われてレオンはリューカの目を見ると、
「触ってもいいそうですよ」
と笑い掛けた。「おおお!」とカーズ。
「これはこれは!全てが固いかと思いきや、少し弾力がある部分もあるのだな!ここは……、はあぁこれはすごい!」
「キュウゥン……」
「陛下。少し恥ずかしいそうです」
「あっ、すまぬ。私としたことが婦女子の身体をべたべたと……。申し訳ない……」
とかくハイテンションな国王の姿に、当然ながらパーティメンバーも困惑気味だ。眉根を寄せながらレオンの側に寄るバレナもその一人である。
「……オイ。なんだありゃ。本当に同一人物か?」
「バレナ。俺たちはもう馴れちまってるが、そもそもドラゴンは伝説の生き物なんだぞ?見たいに決まってるだろ。ロマンだぞ」
「そぉかぁ?」
そうなのだ。ドラゴンは男のロマンなのだ。普段なら俺も全力で同意しているところなのだが、お腹ぐるぐるでそれどころではないのだ。なんか口調もおかしいのだ。
「きゃうきゃう」
「こ、今度はなんと……?」
「……ふむふむ。何なら背中に乗りますか、とのことです」
「どぉほほほっ!?そ、そんなことが許されるのか!?」
「大丈夫です。俺も乗りましたし」
「なんとズルいぞ貴様!」
ハイテンションな男子に戻ってしまった王様は、ウィズの魔法の後押しを受けてリューカの背に乗ったり尻尾にしがみついて振り回されたりとドラゴンライドを滅茶苦茶堪能した。彼の名誉の為にもこれ以上の詳細は省くが、童心に返って最高に楽しんだ彼はフィーブを救ったレオン一行を褒め称え、「口止め料だ」と笑いながら資金援助まで約束してくれたのだった。
「いやしかし最高の体験であった。姫――スージーのやつめに話したら大層羨ましがるであろう。表面は繕っているが、誰に似たのか大変にお転婆でな」
「……分かっているとは思いますが、くれぐれもご内密に……」
「あ、ああ。勿論だとも……ゴホン」
◆◆◆◆◆
そんなこんなで王との会談は大成功に終わったわけだが、相も変わらず俺は不調なままであった。
自身は重い病気かもしれない。すぐにでもスルーズに相談すべきなのだろうが、下のことという気恥ずかしさもあって、何となく言い出せずにいた。自分としては、タイミングを図っている、との理由付けなのだが。
「ミーナちゃん、どうかしたの?」
と、そんな折りに俺に話し掛けてくれたのは、ウィズであった。「ぇっ」と俺。
「ぃ、ぃぇ、何も……」
「嘘。凄く調子悪そうよ。隠さないで」
実に周りをよく見ていてくれている。こういう時に頼りになるのが、彼女──ウィズという女性なのだ。思わず目に涙が浮かぶ。
「……ウィズさん、あの、じ、実は────」
そこまで気を使わせてしまったのだ、今更内容を隠す必要もないだろう。
そう思って俺は、自身の体調不良について思いきって相談してみることにした。
「──って感じで……」
「ふんふん」
俺の話を真剣に聞いてくれた後で、ウィズは口元に手を当てがうとこう口にした。
「それは、生理とは別ってことよね?」
「え?」
「え?」
生、理……?
耳にしたことはあれど、己とは一生縁のないであろう言葉が振り掛かり目が点になる。同時に、がくりと足の力が抜けるのを感じていた。
「あ、れ……?」
「ミーナちゃん!?」
何故だろう。声が凄く遠くに感じる。
生理。――ウィズの口にしたそれこそが、自身が初めて体験することとなる女性の体の摩訶不思議。それを実感するその前に、俺の意識はずぶずぶと沼底へと沈んでいくのであった。
ちなみに、スージーというのは十八歳になるグリンバーナ王国の姫の名前である。
ゲーム開発者がヒロインの一人にしようと画策していたが、既にヒロイン飽和状態であったために共同開発者から怒られ、やむなく断念したらしい。(攻略本ゲーム開発者コラムより)




