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フォスターの酒場『祝賀会で大乱闘!』

挿絵(By みてみん)

「っは~!」


 気付けば俺は、ガヤガヤと騒がしい店内にいた。

やれ何匹獲物を狩っただの、惚れた女にコナ掛けるだの、果ては酔っぱらって喧嘩を始める者までいる始末。お世辞にも治安が良いとは言えないその場所は、地元民の集まる酒場である。

 そう。俺たちは今、エルムの森の隣にある小さな町、フォスターの酒場にいるのだ。


 魔王軍幹部との激闘を終えたその後、祝賀会プラス俺の歓迎会を行うとのことで皆でここまで移動してきたのだが……。


「ぷっはぁ~!」

「あの、スルーズさん?もうそんなに飲んで大丈夫なんです?……っていうか聖職者が飲んで大丈夫なんです?」


 店に着いてからというもの、まだろくに腰も落ち着けぬうちからパーティ内で一番酒と縁遠い役職に見えるスルーズが浴びるように酒を飲み始めたのである。

 そう。今回の冒頭から飲んでいるのは彼女ただ一人だ。


「だーいじょうぶだってぇ。神様も?ほら汝湯水の如く酒を飲むべし。とか言ってたし」

「ホントに!?ホントに言ってた!?」


 スルーズの発言に突っ込みを入れる俺であったが、周囲の無反応さを見るとこれが当たり前のことなのだろうと引き下がり、逆に騒いでしまった気恥ずかしさから顔を反らしながら席に着いた。


「やー、めでたい!それじゃあミーナちゃんに乾杯っ」

「いやまだレオン来てねーだろうがよ……」

「あ、そう?まあ細かいこと気にしない気にしないっ」

「本当にエールの事となるとダメですわねこの人……」

「あは~」


 仲間たちからすら呆れられているスルーズの酒好きについては、クエハー内でも一応の言及はある。

 ……といってもただ一度だけある酒場でのイベント時に、

「スルーズはよく飲むからな」

「ホントに聖職者かよ?」

「失礼な~」

みたいな軽いやり取りが挟まれていただけだったので、ここまでの酒豪だったとは思ってもいなかったのだが。


「おねーさんエール!エール追加でーっ!」


 エールとは、現代でいうビールのようなものだと思ってもらえればいいだろう。一人勝手に盛り上がっているスルーズはさておき、俺は然り気無くテーブルに着いている一堂へと目を向けた。

 長身の女騎士リューカ。

 今は戦闘時とは違い兜を脱いでおり、その印象はこれまでの彼女とはがらりと変わっていた。

 金髪に緑色のメッシュが入ったふわりとした前髪は実に女性らしく、腰まで掛かる長い後ろ髪は三つ編みにされ、一本の太いおさげにまとめられている。

 そして前髪と耳の間からは、立派な二本の角が後ろに向かって伸びている。これは竜から人に姿を変える際に上手く隠せなかったものらしく、レオンたちとの初対面時に彼らに驚かれたものの「角が生えてる地方からきた」との苦しい言い訳をレオンが信じてくれたので、なんだかんだとそのままにして今に至っているという訳である。

 印象が柔らかくなったといっても、それでも二メートルを誇る彼女の体躯は目を引く要素ではある。あるのだが、しかしこの酒場においてはそこまで目立つものでもないらしい。

 というのも、流石魔物の出るエルムの森の隣町だけあって、魔物退治で腕を鳴らすような体格の良い大男達が酒場に集まっているのだ。──まあ、流石に立ち上がれば注目されてしまうのだろうが、大人しく座っている今の彼女について揶揄するような声は聞こえない。

 まあそれでも全く注目されていないという訳でもないのだが、それは別の理由によるものだろう。それについては後述する。


 次に視界に入ってきたのは、退屈そうにテーブルに頭を乗せるバレナの姿であった。

 ツンツンと尖った黒髪が特徴の彼女は、そのショートヘアが示すように普段から男勝りな口調をしており、性格も大人しいほうではなく、どちらかというと喧嘩っ早い。

 だがパーティ内においての彼女は非常に空気の読める常識人であり、口は悪いけど何だかんだと面倒見が良いのもまた、彼女なのである。


「レオン、まだかしら」


 脚をもじもじとさせながらそう口にしているのは、魔法使いのウィズである。初対面であるエルムの森では、自信無さげな困り顔が目立っていた彼女だが、普段は頼れるお姉さんとしての顔をよく見せているキャラクターである。しかし結局のところ、あの自信のない困り顔が彼女の本質であり、普段はキャラを作っていたということが彼女のルートに入ると判明するのだが。

 しかしウィズと言えばやはり、あの大爆乳に触れない訳にはいかないだろう。魔法使いの装束から溢れんばかりに自己主張しているそのバストには、どれだけお世話になったのか分からない。今だって、彼女の顔よりどうしてもそちらに目が行ってしまう。

ああ、これを好き放題に出来たウィズルートのレオンが羨ましい……。


「っは~!さいっこ~!」


 そして俺は、相変わらず一人飲み続けているスルーズへと視線を戻した。彼女についてはそういえば森で紹介出来ていなかったな。

 宣教師スルーズ。長いストレートな金髪をお団子にまとめている褐色美少女。神の教えを世に広めるという目的でレオンチームに加わった少女だが、自由奔放で生粋の酒好きであり、残念ながらとても宣教師には見えない。

 しかし、見えないどころかその正体は人間ではなく、死者の魂をヴァルハラへと導く戦乙女であったりする。天界の教えはどうなっているのか。

 ゲームでは高潔なレオンの魂に触れたことで彼に惚れ込み、彼を綺麗なまま英霊として死なせたいと考えており、レオンの障害になりそうな相手の排除は積極的に行っていた。(他ヒロインの邪魔をしていたのもその為)

 ただし物語終盤では、どんなことがあろうとレオンの魂は揺るがないと結論を出しており、魔王城の決戦においては死んだ他のヒロインたちの魂をヴァルハラに連れていく為に自ら肉体の枷を捨て、この世から姿を消す。(のでどのルートにおいても最後の三人には残っている)

 そんな彼女とのルートは、魔王と相討ちになったレオンと、そして死んだヒロインたちの魂をスルーズがヴァルハラに連れていくというもの。

 天界でハーレムエンドを迎えるという、良いんだか悪いんだか賛否両論のものであった。俺はまあ好きだけど。


 そんなヒロインたちをしげしげと眺めながら、俺は改めてこの幸せな光景を噛み締めていた。

 ……やっぱヒロイン張るだけあって、みんな顔が良いなあ。

 このテーブルに関して言えば、俺を除いて絶世の美女たちの集会場といった所だろうか。

 その証拠に、リューカの紹介の際にもちらりと触れたが、このテーブルは今、結構な注目の的であり、周囲の男たちが酒を飲みながらもちらちらとこちらを窺っている様子が、遠巻きにでも伝わってくるぐらいなのだ。

 いや、男たちよ。分かる。分かるぞその気持ち……!そりゃこんな女子チームが酒場に現れるなんてあり得ないもんな。砂漠のオアシス、地獄に仏──は、ちょっと違うか。

 とにかくこんな美女揃い、見ない方が失礼ってもんだ。まあ今は俺が独占させてもらうけどな。


 そんな勝手なモノローグと共に俺がふふん、と鼻を鳴らしていると、


「すまんみんな。遅くなった」


 と、すまなそうな顔をした主人公、レオンが姿を見せた。


「おせーんだよ。見ろスルーズの奴、勝手に出来上がっちまったじゃねーか」

「はは。すまない。店主との話が長引いちまってな」

「あの人は勇者様がいようといなかろうと関係ない気もしますが……」


 なんだかんだとレオンの登場で色めき立つテーブル内と、なんだ野郎連れかよと色目から怨嗟の眼差しへと変わる周囲。気持ちは分かるんだけどな。


「とにかく。今日はミーナの加入と、あのムカつくギルディアに吠え面かかせてやった喜びを兼ねての祝賀会だ!じゃんじゃん食べて飲んでくれ!」


 そうして、周囲の反応などどこ吹く風。レオンの挨拶と共に美味しそうな料理とエールがテーブル狭しと運ばれてきたのだった。

 いやー。クエハー内の料理はどれも旨そうだったからなぁ。正直楽しみだったんだよなー。


「いただきまーす!」


 ゲームにおいての酒場は、先程紹介した程度のイベントしかなく、それ以外は情報収集の為に一度だけ立ち寄る場でしかない。それ故こうして酒場で盛り上がるシーンが体験出来るのは、ファン冥利に尽きるというものだ。

 イベントがないということは、特に語られることもないということであり、恐らくこれはつつがなく終わるのだろう。




 ────そう思っていた時期が、俺にもありました。


 ◆◆◆◆◆


 飲み食いが始まってから三十分後。

 俺たちは寒空の下に立たされていた。


「てめぇのせいだぞデカ女!」

「にゃ、にゃんですの!失礼なお方ですわね!」

「うう……。どうしてこんなことに……」

「いや、うぃうぃのせいだからね……」


 責任を擦り付け合う女子たちを眺めて、なんでこんなことになったんだっけなぁ。と俺はぼんやり思い返していた。

 そうだ。あれは食事が始まって十分程のこと……。



 一番最初にやらかしたのは、他ならぬ俺であった。

 スルーズにエールを勧められ、日頃の晩酌のノリで煽ったのだが、どうやらこちらの世界での少女の体が酒に慣れていなかったらしい。瞬く間に酔いが回って気持ち悪くなり、トイレでスルーズに介抱される羽目になってしまった。

 バレナは若い奴に無理矢理飲ませるな、とスルーズを叱っていたのだが、当のスルーズは「ごめんごめん~」あまり気にしていない様子だった。

 本当に酒が入ると全然違うなこの人。


 そうこうして俺が戻ってきたのが、始まってから二十分後のこと。テーブルでは、バレナがエールを飲み、ウィズがワインをちびちびと飲んでいる他、リューカは酒も飲まずにテーブルの料理をひたすら食べていた。


「リューカさんは飲まないんですか?」


 今思えば、この時の俺の一言が全ての元凶だったのだ。


 言われたリューカは「んぐぐっ」と食べ途中のマッシュポテトを喉に詰まらせ掛け、慌てて水で流し込んだ。


「わっ、わたくしは騎士です。騎士足るもの、如何なる時も気は抜かず、自らを律さねばなりません。……けほっ、飲酒などもっての他です」


 騎士である彼女の姿は誰よりも見てきた俺である。納得の説明に「成る程」と頷き掛けたその時、横合いから茶々を入れたのはバレナであった。


「オイ、新入りにしれっと嘘教えてんじゃねーぞデカ女。だいたいそれだけバカスカ食ってて何が自分を律してるだ」

「まあ失礼な!食べ盛りなんです!大体嘘など言っていませんわよ!」


 リューカが大食漢なのは彼女が竜族である故なのだが、この頃は仲間にすら正体を隠している為に大食らい扱いされてしまっているのである。まあ正体を隠すことを選択したのは彼女自身なので、仕方ないことではあるのだが。

 嘘など言っていないと息巻くリューカに、呆れた様子で鼻を鳴らすバレナ。


「そりゃてめぇは覚えてねぇだろうよ。前の町で酔っぱらって店内で暴れて、出禁になったことなんてな!」

「んまぁなんて言い掛かりを!お酒など飲んでもなんともありませんわよ!」


 売り言葉に買い言葉とは正にこのこと。気付いた時にはリューカはテーブルにあるエールの大ジョッキを勢いよく飲み干してしまったのである。


「ばっ!?何してんだこのバカ!」

「ぅえぇ?べつりよっへらへんわよぉ?」


子供でも分かる酩酊ぶり。エールを飲んだリューカは一瞬で耳まで真っ赤にすると、呂律の回らぬへべれけ状態になってしまっていた。


「りゅ、リューカさぁん!?」

「やめろミーナ!ソイツに近寄んじゃねぇ!」


 フラフラして今にも倒れそうなリューカを心配する俺を、しかしバレナが必死の形相で引き留める。

 なんか彼女、今日一番ヤバそうな顔してるんだが?ギルディアの時もそんな顔はしてなかったじゃん?どんだけ?


「で、でも別に何も壊したりはしていませんよ?暴れるような素振りも……」

「分かってねーんだオメーは。今のアイツは核爆弾の不発弾なんだよ!何のショックで爆発すっか分かんねぇぞ!」

「ひぇっ!?」


 あまりにも物騒な言い回しに、思わず手を引っ込めてしまった。し、しかしまあいくらなんでもこの危機的状況で爆弾目掛けて火を投げ込むようなことは起きないだろう……。



 そう思っていた時期が俺にもありました。(泣)


 実のところウィズは下戸である。飲めないのだが、『勇者レオンに介抱されたい』『あわよくばそのままお持ち帰りされちゃったり?』などという下心から、飲めもしない酒に手を出し、すぐに酔って当のレオンにセクハラを働いていたのである。


「レオン、私酔っちゃったみたい……」


 等としおらしい言葉を口にしながらレオンの腕を掴むと、自身の爆乳をそこに押し付ける。


 そんな光景が、核爆弾だなんだと騒ぎ立てている横で繰り広げられたのである。

 そちらへ目を向け、固まる一同。


 ────そして。


「ぇっえっひなのはだめれすのぉ~っっ!!」


 呂律の回らぬセリフと共にリューカがテーブルに力強く腕を叩きつけると、


「へ?――くきゅっ!」


 テーブルはその場で粉砕されて床に叩き付けられたウィズが轟沈。同時に吹き飛んだテーブルの上の空き皿が、バレナの顔面へと命中した。


「ごがッッ」


 無理矢理天を仰がされたバレナであったが、ゆっくりと頭を下げると、「ふっ」と笑った。


「てめぇぶっ殺したらぁッッ!!」


 そうしてバレナがリューカへと飛び掛かり、物が飛び交い周囲のテーブルへと被弾する。


「おう姉ちゃんらよぉ。いい度胸じゃねぇか」

「覚悟は出来てるんだろうなあ!?」


 こうなればもう誰にも止めることは出来ないだろう。

 屈強な男たちも参戦し、店内は大乱闘の地獄絵図と化したのであった。


◆◆◆◆◆


「テメェが野郎共をちぎっては投げちぎっては投げたりするからだろうが!」

「あ、あれは怖い殿方が無理矢理迫って来たりするからですわ。それを言ったらバレナさんこそ、ゴロツキさんをヌンチャク代わりに振り回してたじゃありませんの」

「あっ!あれは近くにいたアイツが悪くてだな!」

「もー。みんなダメっしょ。お酒は節度を持って飲まなきゃ」

「テメェが言うか!?あ゛あ゛!?」

「お姉さんが悪いのよぉぉぉぉ~!」

「それはそうだろお前は少しは反省しろ」

「そうですわね」

「ひぃ~んっ!!」



 案の定店を出禁にされ、更に弁償代を支払わされた一行は寒空の下、やいのやいのと騒いでいた。


「あ、あははは……」


 とんだ歓迎会になってしまったなぁ、とため息を吐き出す俺。

 と、そんな俺の隣に、レオンが歩いてきた。


「無茶苦茶になっちまって悪かったな……。と、とにかくこれから宜しくな」


 苦笑しながら差し出された手を取り、握手を交わす。……ん?


「よーしお前ら!今日はお開きだ!宿に戻るぞ!」

「え~!?」

「スルーズお前な……」


 宣言するなりさっさと先に行ってしまったレオンの背を見送りながら、俺は自身の手のひらを見つめていた。

 そこには小さな紙がある。レオンが握手の際に俺に握らせたものだ。


 小さく折り畳まれた白い紙を開くと、そこにはこれまた小さい文字で、こう書かれていた。


『今夜、皆が寝静まったら俺の部屋に来てくれ。 レオン』


「――――え」


 えええええええええええええええ!?

 それは正に、青天の霹靂であった。


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