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フィーブ 『それぞれの幕引き』

挿絵(By みてみん)

「ぬうぅぅぅっ!!」

「おぉぉぉぉッ!!」


 二人の闘士が再度激突を果たし、轟音にも近い音が響き渡る。身を擦り合わせる程の近接から繰り出すラッシュが、互いの体を何度となく打ち据えていた。


(ぐうっ!?こ、こいつ……!)


 普通に考えるならば、バレナの倍はあろう腕の太さを持つファルクスの方が有利であろう。高い筋力もさることながら、強化魔法によるパワーの増強も合わさって、ファルクスは近接格闘戦においては無類の強さを誇ると言える。

 彼が苦手とするものは遠距離からの魔法攻撃だけであり、こうして殴りあっている以上は、ファルクスの勝利は揺るがない。

 ──筈であった。


「ぐふっ!?」


 バレナの拳が頬を捉え、ファルクスは苦悶の声と共にたたらを踏んだ。


(この女、狂戦士か!?)


 バレナを睨み、ファルクスは強く歯噛みする。

 彼の攻撃は避けられている訳ではない。狙い通りにバレナへと命中している。ラッシュ故に先程より一発の威力は劣るとしても、町娘が浴びれば一発で昏倒するであろう攻撃なのだ。それをまともに浴びながら打ち返して来るなど、正気の沙汰とは思えない。──しかし。


「惜しいな!女の身で根性も技術もこの俺と互角とは。貴様が男ならば、或いはこの俺を打ち倒せていたかもしれんが……」

「何を、言ってんだテメェ……」


 血みどろになりながら、それでも倒れず踏ん張るバレナ。ファルクスが鼻息を荒くしながら言葉を続ける。


「だが!例え貴様が相討ち覚悟で来たとて、女の身ではこの俺を倒すことなど叶わん!!」


 激しく打ち合う両者であったが、彼の言うようにバレナとファルクスの間には、次第に明確なダメージ差が表れていた。


「ぐぬ!ぐっ!」

「ん、ぐぇっ、がふッ!?」


 力もタフネスも上の相手と真っ向から殴り合っているのだから当然であろう。歯は砕け、片目も潰れ、段々弱っていくバレナをファルクスは憐れむ。


「繰り返すが、意地だけは大したものだと認めてやろう。これほど俺と打ち合えた女は貴様が最初よ。だがな、女。意地だけではどうにもならんのだ」


 フラフラのバレナに向けて、ファルクスがカウンターの拳を振るう。

 しかし彼は気付いていなかった。この時点で己が、今のバレナの速度に合わせられていることを。


「────!」


 ファルクスが振りかぶったその瞬間、バレナの瞳がギラリと輝いた。そして彼女自身の最速で拳を振るう。それは今ファルクスとラッシュを打ち合っている拳速とは比べ物にならぬスピードであった。


「────おっ?」


 拳は顎を掠める。ダメージはないものと思われたが、その一撃はファルクスの脳を揺らしていたらしい。彼自身も殴られた自覚のないまま、その巨体は片膝をついていた。


「ぐ、ぅぉ……?」

(なんだ?何をされた?まさかこの俺が急所を打たれたというのか……!?)


「や~っと、殴りやすい高さになったなァ!!」


 立つことの出来ぬファルクスの目の前には、拳を鳴らして近付くバレナの姿がある。


「き、貴様ァ!」

「うるあぁぁぁァァァァァッッ!!」


 そうして間髪入れずに拳の雨がファルクスへと降り注いだ。腹を、胸を、顔を殴られるファルクスは、先程までと段違いの威力に驚愕する。


(こ、この女……!今までわざと威力も速度も下げていたのか!?何の為に?──決まっている。この俺に、大したことないと誤認させる為だ……!まんまと奴の速度に釣られていた……。この俺が!)


「ぐふぅッ!?ぬぐぅ!ぐがッッ!!」


 バレナはこの好機を作り出す為に、あえてファルクスに殴られ続けていたのだ。その狂気にも近い執念に、暗殺者の身でファルクスは戦慄を覚えていた。


「がばッ!!ぎっ!ぎざまッッ!!」

「テメェみてぇな奴がいるから、レオンは手を汚さなきゃなんねえんだよ……。勝手に祭り上げておいて、勇者なら人々を守れだとか!勇者なら強いんだろうって挑んでくる、テメェみてぇな馬鹿がいるからッッ!!レオンは!!苦しんでんだよ!!!」

「ぐふがはごぼえっがふぁッッ!!」


 これまでとは比べ物にならない怒濤のラッシュがファルクスの顔に叩き込まれ、巨体である彼は遂に吹き飛ばされた。


「────女゛ァ!!」


 だが、そこは彼にも意地がある。次の瞬間にはバネのようにその場に飛び起きるファルクスの姿があった。そしてそのタフネスを、バレナも十分に理解している。


「吠えてんじゃねぇぞ!!」


 だからこそ、ファルクスが跳ね起きたその瞬間には、バレナは次の攻撃準備を終えている。再度顔面を狙うべく、その拳を振るうのだ。


「ぐ!ぬ、うぅぅぅ!!」


 体勢も立て直せていないその様では、迎撃もままならない。それでも咄嗟の判断で拳を突き出す辺りは、やはり闘い慣れしているのだろう。しかし所詮は勢いも何もない拳である。勢い任せのバレナの拳と正面からぶつかれば────、


 打ち負けたのはバレナの方であった。


「────へ?」


 バレナの右拳と、ファルクスの左拳。二つの拳が触れ合った瞬間、突如としてバレナの右腕がねじれたのである。それは関節の可動域を越え、骨を砕き、まるでバレナの腕がバネにでもなってしまったかのようにぐしゃぐしゃにねじ曲げていく。一瞬のうちに、彼女の右腕は一生使い物にならない程に破壊されたのである。


「ぃッッ!?ぎあぁぁぁぁァァァァァッッ!!」


 洪水の様に押し寄せる痛みの前に、バレナは腕を押さえてその場に倒れ込んだ。ファルクスはゆっくりと身を起こすと、フン。と鼻を鳴らす。


「喧闘であればここまでする必要はないと思ったのだがなっ!この俺をここまで追い込んだことを誇るがいい!」

「か、は……。な、にを……」

「何ということはない。風魔法で攻撃しただけだからなっ」

「魔法……?」


 簡単な身体強化魔法であれば、バレナも使用している。しかしそれは無属性で、鍛練を積めば誰であろうと比較的容易に習得出来るものだ。

 引き換え、水、火、風等の属性を持った魔法を覚えるのは、一朝一夕という訳にはいかない。術式を学び理解する頭と、それを寸分違わず再現する、それこそ血の滲むような修練が必要となるのだ。格闘馬鹿な見た目のファルクスから魔法攻撃が来るとは微塵も思っていなかったバレナは、それを真正面からまともに浴びてしまったのである。


「ぁあぁぁぁッッ!!」


 痛みに対する反応で自然と涙が流れ落ちる。そこには、互角に戦えていると思った相手がまだ実力を隠していたことに対する悔しさもあったかもしれない。何れにせよ、今のバレナは右腕を押さえて痛みに悶えることしか出来なかった。未だ腕が千切れていないことが奇跡のような損傷をしたのだから、当然なのだが。


「こうなってしまった以上、楽しい闘いは終わりだ。後は暗殺者らしく、任務を遂行させて貰……う……」


 おもばゆそうに口にするファルクスであったが、その言葉が途中で途切れることとなる。その目は一点、尚も立とうとするバレナへと向けられていた。


「お、おい……。あれでまだやるつもりなのか……?」


 片腕と共に戦意も闘志も砕いたつもりだった。しかしバレナはネジ曲がった右腕をだらりと下げたまま、左の拳をファルクスへと向けている。


「まだ、だ……っ!まだ、アタシは…、終わって、ねえ……!」

「まったく大した女だ……!」


 左腕を振りかぶり、走るバレナ。先程の攻撃への対処すら思い付かない現状でのそれは、ただの無謀な行動であろう。しかし、彼女にはそうする他なかったのである。


(ここから逃げに転じても、このダメージじゃ恐らく逃げ切れねえ……。だったらそんな選択肢はなしだ。奴の腕一本でも潰したらぁ……!)


 そう。バレナは玉砕覚悟で目の前の敵へと挑んでいるのだ。それを理解してか、「見事」とファルクスは唸る。


「その心意気、天晴れだっ。ならば俺も敬意を払ってお前を殺すとしよう!」


 そうして先程同様に、拳に魔力を溜めていく。


「はあぁぁぁッッ!!」

「おおおおおっ!!」


 遂にバレナの左拳が突き出されようというその瞬間。


「【デュアルウィンド】!」


後方から、凛とした声が響き渡った。


「なにっ──!?」


 ファルクスが咄嗟に声を上げるも、時既に遅し。バレナの拳の前に生み出された風の渦は、ファルクスの風と逆回転のそれであった。二つの風が二人の間で激突し──、


 互いを巻き込んで消滅した。


「【ハイブースト】!」


 そしてそのタイミングを狙ったかのように、もう一人の声がその場に響く。声と同時にバレナの左拳が赤い輝きを放ち始める。

 しかしバレナは、自らを巻き込む状況の変化を一切気にしていなかった。向かい風に曝されようが追い風が背中を押そうが、彼女のやるべき事は変わらない。目の前の敵を殴り飛ばす。ただ、それだけだからだ。


「だああぁぁぁぁァァァァァァァ──!!」


 そうしてバレナは左の拳をファルクスへと叩き付けた。


「ま、待────」


 一方のファルクスは、勝てる筈だった必殺の風魔法を消されたことで、焦りの極地であった。何しろ絶対に勝てると踏んでいた為に、彼はバレナの拳に対するそれ以外の迎撃を何ら用意していないのだ。咄嗟に情けない声を上げ掛けるも、それすら届かず──、


「ぐべェッッ!!」


 その顔面に強化された拳が突き刺さった。そして。


「──ァァァッりゃあぁぁぁッッ!!」

「があァァァァァッッ!!」


 渾身の力で殴り抜けると共に、ファルクスの体が浮き上がり、そして吹き飛んだ。先程と違い、直ぐ様立ち上がる様子もない。バレナの拳が、遂にこの強敵を大地に打ち倒したのである。


「ぐっ、うっ……」


 拳の勢いに振り回され、バレナも地面に倒れ込む。彼女は既に満身創痍の身であり、このまま意識を手放すかと思えたが──。

 すんでの所でその体がふわりと抱き止められた。


「────」

「ごめんなさい。バレナちゃん、こんなに無茶させて……」

「バレっち!ごめん!あーしのせいで……」


 ぼんやりとした視界でよくは分からないが、ウィズとスルーズの二人が助けに駆け付けたらしい。


「へ、へ。やって、やった……ぞ……」


 そう口にして、微笑むと同時にバレナは拳をぐっと握りしめた。


「凄いわ。本当に」


 バレナを抱き止めたまま感嘆の声を上げるウィズであったが、彼女の右腕へと目を向けるとその表情を曇らせた。スルーズは、間髪入れず治癒魔法の準備を始めている。しかし。


「待てぃ女ども!まだこの俺は負けちゃおらんぞぉっ!」


十数メートル離れた先からの大声に、三人はびくりと反応して顔を向ける。倒れた姿から半身だけを起こして吠えるファルクスの姿がそこにあった。


「てめ……、ま、だ……」

「バレナちゃんは動いちゃダメ!ここは私が……!」


 とどめを刺さんと手をかざすウィズ。今まさに立ち上がらんとするファルクスであったが、両者の動きはそこで止まることとなった。

 ファルクスの眼前に、いきなり刃物の切っ先が現れたからだ。


「残念だけどこの場はお前の負けだよファルクス」

「むっ!?」


 暗闇から小さな声が響く。正確には、彼の背後から組み付いた誰かが、ナイフをその眼前スレスレへと突き付けているのである。


「えっ?」

「なっ!?」


 ウィズたち三人にとってもその光景はあまりにも突然であった。唖然とする三人に代わって、ファルクスが口を開く。


「何の真似だミセリア。悪ふざけというのなら許さんぞ」


 その背に取り付いているのは、イケゴニアの少女ミセリアであった。ファルクスに名を呼ばれ、ミセリアも口を開く。


「それはこちらの言葉だよファルクス。随分と遊んでいたみたいだね」

「何を言う!キッチリ仕事は果たす予定だったぞ!お前こそ邪魔をすると──」

「分からないかな。主がお前に怒っていると言っているんだ。これ以上の独断を許せば、組織全体を危険に曝す。従わないのなら排除するしかない。──ボクとやり合う?」

「ぬうっ!」


苛立ちを隠さぬ荒々しい声と共に、ナイフが更に右眼球へと寄せられる。現時点で目とナイフとの隙間は一ミリもなく、瞬きすればまぶたを傷付けそうな距離であった。流石にこれはファルクスにとっても無視の出来るものではなかったらしく、「待て待て!」と焦った声が飛び出した。


「分かった分かった。従う!どうすればいい!?」

「ボクも調べたけれど、ここにターゲットはいないみたいだね。撤退だよファルクス。もう一度言うけど、お前の負けだ」

「ぐ、ぬうぅぅぅぅ……っ!!」


 こんな危機的状況であっても、すぐには認められないのだろう。数秒ほど唸っていたファルクスであったが、観念したのか「分かった」と呟いた。


「分かったから得物を退けてくれ。これではうっかりくしゃみも出来ん」

「……そうだね」


 ファルクスに反抗の意思がないことを理解すると、呟きとともにミセリアはナイフを引っ込めた。


「生きた心地がしなかったぞまったく」


 言いながらファルクスはその場に身を起こす。あれほどのダメージを負っておきながら当たり前の様に立つその様に、思わずバレナは舌打ちしていた。


(どんだけタフなんだ、あの野郎は……)


 三人に背を向けてその場を離れようとするファルクスとミセリアの二人に、声を張り上げたのはウィズである。


「待ちなさい!ここまで好き勝手して、逃げるつもり……?」

「……俺としてはまだまだ暴れ足りないんだがなぁ。オヤジから言われちゃあ仕方がない」


 ウィズの言葉を受け、頭をぽりぽりと掻きながらファルクスはそう口にすると、勝ち気な笑顔を浮かべた。


「口惜しいが、まあそのうちまた遊べる機会もあるだろう。楽しみにしておくといいっ」

「そ、そういうことを言ってるんじゃ……」

「別に追ってきてもいいよ」


そんなファルクスを急かしながら、ミセリアが小首を傾げてそう告げた。目を見張るウィズを、感情のこもらぬ瞳が捉えている。

 数秒の後、視線をふい、と外すとミセリアは、


「まあ、命の保証は出来ないけどね」


 と口にして、ファルクスと共にその場を離れていった。


 ウィズは、動けなかった。臆病風に吹かれたからではない。彼女の服を、バレナがしっかりと押さえていたからだ。


「だめだ……、い、くな……」


 二人は危険だと言いたいのだろう。自分は一人で何とかしようとしていたくせに。ウィズは嘆息すると、膝の上に横たわるバレナの頭を優しく撫でた。


「馬鹿ね。どこにも行かないわよ」


 静寂を取り戻した夜の町中で、月明かりが三人を静かに照らしていた。


◆◆◆◆◆


 夜が明けて。バレナたちから遠く離れた竜の里の入り口に俺たちはいた。


『ホントに行ってしまうのかの?』


 寂しそうに声を掛けるリューランドに、リューカがにっこり微笑んだ。


「お祖父さま。大丈夫ですわよ。魔王を倒して世界を平和にしたら、わたくしきっと帰って来ますから」


 その場には里のドラゴンたちが皆集まっており、レオンやリューカのことを遠巻きに見守っている。『うう……』とリューランド。


『やっぱり残っちゃくれんか?寂しいんじゃあ』

「里長さん。気持ちは分かります」


 そんなリューランドに、今度はレオンが言葉を返す。彼の気持ちを汲んだ上で、だけど。と続けるレオン。


「だけど、リューカを預けちゃくれませんか?彼女は俺にとって欠け代えのない仲間なんです。彼女がいなければ魔王討伐は果たせないし、何より俺たちここから帰れません」


 小粋なジョークまで挟んで、ほんと外交になるとトーク力あるなぁ。俺と二人の時はファティ熊だのアホなことばっかり言ってるのに。

 俺の感想はさておき、レオンの言葉を受けて尚、リューランドは『でもぉ』と食い下がる。


『ほ、ほらあれじゃ。うちの母ちゃんかメイちゃんを連れていくといい。きっと立派に戦ってくれるじゃ──あいだ!』

『アンタ。何を言ってるんだい?』

『お義父さん……?』

『あ、いやそのこれは……』


 横合いからどつかれたリューランドが顔を向けると、そこには恐ろしい形相のリューミリア、リューメイがいた。何とか言い訳しようと後ずさるリューランドであったが、時既に遅し。


『なぁにを自分の妻差し出しとんじゃこのボケ里長が!』

『孫馬鹿が!』

(おっ!なんだなんだ?)

(里長をぶちのめしていいらしいぞ)

(やったぜ!)


 嫁姑ペアに袋叩きにされるリューランド。そこに普段から里長に不満を抱いていた連中や、騒ぎに便乗したい連中も加わって、想像以上にリューランドはボコボコにされている。


『アンタら、今のうちに早く出ちまいな。ほら、この孫馬鹿は私らが押さえておくから』

『リューカ、しっかり頑張って来なさいね』

「お祖母さま、お母さまも!ありがとうございます!わたくし、行って参りますわ!」


 バタバタした状況ではあるが、母と祖母に促されてリューカはふんす、と意気込んだ。そして言葉が終わると同時にその体が光を放つと、一匹のグリーンドラゴンがその場に現れる。


「ぎゃあぁぁん!」

「ああ。それじゃミーナ、行くぞ」


 体勢を低くしたリューカへと向かいながら、レオンが俺に向かって声を掛けてくる。名残惜しくはあるが、とうとう帰る時がきてしまったらしい。しかし。


「うん。……ごめん、ちょっと待ってて」

「おん?」


 一つだけやり残したことを思い出し、レオンにそう告げた。不思議そうな顔をする彼をその場に残したまま、俺は取り押さえられているリューランドの元へと向かう。


『おお、お嬢さん……。この憐れな老いぼれに何か用ですかな……』


 すっかり痛め付けられて殊勝になっている里長に苦笑すると、俺は面と向かって深く頭を下げた。


「ありがとうございました。お陰で目指すべき道が見えました」

『────ふむ』


 情けない姿勢のままではあるが、その声を里長のそれへと戻してリューランドは静かに息を吐き出した。


『──娘さん。我ら、直接の手助けは出来んがの。お前さんがたの行く末が明るくなるよう、祈っておるよ』


 そうして目を細めると、リューランドは最後にこう付け加えた。


『それを、忘れずにな』

「はい!」



 そしていよいよ別れの時がきて。


「それじゃあ!また!」

「お世話になりましたー!」


飛び上がるリューカの背に乗った俺とレオンが、里の皆へと手を振る。すると──。


『ほらみんな、行くよっ』

「ぎゃあぁぁァァァァァん!!」


 リューミリアの号令と共に、数多くのドラゴンが大地を蹴って飛び上がったのである。


「えっ!?」

「うぉ!?」


『リューカ!しっかりおやり!』

『元気でね!無茶はほどほどに!』

(がんばれよー!)

(里のこと忘れんなよ~)

(リュカたん、推せる……)


 リューカを追うように大空に舞い上がり、口々に彼女を応援する仲間たち。その中でレオンに声を掛けるのは、メソとその背に乗ったギーメイであった。


『ごっそさん。ブドウ、美味かったよ』

「俺の剣、大事に使えよな。叩き折ったらただじゃおかねぇぞ」


「分かってる!大事にするよ!ありがとな!ギーメイのおっさん!」

「ありがとうございましたっ!」


 剣を掲げてぶんぶん手を振るレオンの隣で、頭を下げる俺。そしてリューカは首を後方へと向けると、


「きゃあぁぁぁん!!」


 と、一際高い声で鳴いていた。

 声援を受けながら海の上へと飛び出していくリューカ。色々あった竜の里編も、これで堂々のクリアである。



「ミーナ、帰り道も分かるのか?」


 島を発ってしまえば、あっという間に周囲は海に囲まれてしまう。不安気なレオンの額を、大丈夫。と指で小突いた。


「あてっ」

「ちゃんと用意はしてるよ。……それっ」


 言うと、リューカの背から便箋を放り投げる。すると便箋は海には落ちず、ある方向へと真っ直ぐに飛び進み始めた。


「これは……」

「ウィズから預かった石を擦り付けた手紙だよ。……リューカ、これを追ってくれ!ウィズの元に向かってる筈だ」

「きゅわぁん!」


 リューカは強く鳴き声を上げると、空飛ぶ手紙を追って飛んでいく。


「おお、こりゃすげえ。でも途中で休めないんじゃないか?」

「そう思って、おかわりが十通はありまーす」


 ナップザックを明けて中の手紙を見せると、レオンは目をぱちくりとさせた後で、ぷっ、と噴き出すと小さく呟いた。


「やっぱスゲーな、お前」

「よーし!帰るぞー!目指すはフィーブ!」


 俺の声に反応して、リューカが「キュワンキュワン!」と相づちを打つ。こうして俺たちは竜の里での騒動を終え、帰路につくのであった。

 ビバ!竜の里!


◆◆◆◆◆


 ルード大陸にあるガルム山脈の岩肌すれすれを、よろめきながらシュバルツが飛んでいた。


(あの女は危険だ。魔王様にすぐにでも進言せねば……!)


 人間が知り得る筈のない情報を、己の名前も野心すらも何故か知り得ていたミーナの姿が頭にちらつき、シュバルツは苦悶の声を上げる。

 アレは野放しにしておくにはあまりにも危険すぎる存在だ。何とか排除を────、


ドヒュッ


「──!」


 突如目の前に何かが勢いよく降り注ぎ、シュバルツはその場に脚を止めていた。


「なんだ……!?──上かッ!?」


 見上げた上空に、小さな影が浮かんでいた。


「あ~あ。避けられちゃった」


 目の前に降り注いだのは、魔力で生み出した杭のようなものらしい。イタズラがバレちゃった。とでも言うように舌を出している少年の姿をした存在を、シュバルツは知っている。怒りに表情を歪ませて、彼はその名を口にした。


「何のつもりだ?──アシュレイン」

「何のつもり?愚問だね。前から嫌いだった魔王の飼い犬を仕留めるチャンスを逃したくないだけだよ」


 そこにいたのは、シュバルツと同じ魔王軍幹部の一人であるアシュレインであった。空と空の間で、シュバルツと視線がぶつかり合う。


「貴様。こんな真似が……ぐ、許されると思っているのか……!?」


 幹部同士の争いなど、魔王軍にとって何の益もない行為であり、当然御法度であろう。しかしそれを指摘されてもアシュレインは肩をすくめて子供のように笑うだけだった。


「そうかもね。でもキミを消しちゃえば問題ないでしょ?」

「何──を────」


 シュバルツが言葉を終えるよりも早く、彼の眼前の岩影より、巨大な何かが姿を現した。それは狼であったり熊であったり、はたまた人であるような、あらゆる生き物を練り合わせたような醜悪な姿をした怪物で。


合成獣キメラか……!完成させていた、とは……!」

「お褒め頂きありがとう。じゃあ、死んでね」


 言葉と同時に怪物がその巨大な腕を振り下ろす。


「おのれアシュレインッッ!」


 魔力の刺を生み出しそれを迎撃せんとするシュバルツ。二つの力がぶつかり合い、轟音と共に山肌が崩れていく。



 ──今ここでこの激突の顛末を語ることは出来ないが、一つだけ言えることがあるとするならば。


 この日より魔王軍シュバルツは表舞台よりその姿を消すこととなる。



 静かになったガルム山脈を、アシュレインが歩いていく。


「ぼくはステキなアーシュレイン、魔王軍のはいぱーぐれーと大~幹部~」


 上機嫌に鼻歌を歌いながら、やがてその姿は山あいに消えていった。



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