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エピソード・オブ・バレナ 〜その2〜

 ダニエルのこと、最初は信用してなかった。こっちにばっかりやらせて自分は奥に引っ込んでる卑怯モンだと思ってたからな。

 でも、ほんとは逆だったんだなって。今になって、分かったんだ。アイツは気に食わねーけど、すごい奴だとは思うから。

 むしろ逃げてたのは――。


◇◇◇◇◇


「野菜ドロボウ?」

「うん。実は一年ほど前から、ベンじいさんの畑の野菜がちょくちょく盗まれてるらしくてさ」


 目を丸くするレオンに、ダニエルが解説する。


「ベンじいさんトコのニンジンはウマイんだぜ。シチューに入ってると甘くてサイコーだよな」

「うん。そうなんだよ。だからこそこの悪事は見過ごせない。僕らで野菜ドロボウを捕まえようよ」

「おお!そりゃすごい!」

「……犯人に心当たりはあるのか?」


 はしゃぐレオンとは対照的に、バレナは冷ややかな目をダニエルへと向けている。グレッグの一件以降、共に遊んではいるがダニエルとバレナの二人の間には溝があるというような感じであった。


「もちろん。結構前から犯人の目星はついてるよ。ただ、いつ犯行に及ぶかが分からなかったからね。それをずっと調べてたんだ」

「それで、何か分かったのか?」

「うん。二人とも、ちょっとこれを見てほしい」


 レオンの部屋にて、ダニエルはそう言うと自身のバッグから二枚の紙を取り出した。


「これは、一年間の月の動きを表した表。こっちは、犯人が野菜を盗んでる日付を書いた表だよ。毎日畑に行って書いたから、間違いない」

「……お前スゲーな……」


 純粋に、心からそう思ってバレナは呟いた。ダニエルが日課のように毎朝何処かへ出掛けていたことは何となく知っていたが、こんなしっかりとした目的があったとは。


「驚くのはまだ早いよ。とりあえず全く同じ感じの並びでに二つの表を作ったんだけど、こちらの紙の、野菜が盗まれた日を切り抜いて……」


 器用にハサミを使いながら、ダニエルは紙に切り込みを入れていく。犯行があったとされる日付のマス目を全て切り取ると、そうしてダニエルは出来上がった紙をもう一枚へと重ね合わせた。


「さて、これで何か見えてこない?」

「これって……」

「…………!」


 言われて覗き込んだ二人が息を飲む。


「ほとんど丸い月の日じゃねーか!」


 そう。これまでの一年に渡る犯行は、例外を除いてそのほとんどが満月の日を狙ってのものだったのである。


「でもそうじゃない時もあるぞ?」

「ああ。うん。そうだね。この日は夜に掛けて凄い雨が降ってたんだ。満月の犯行じゃない時はだいたい天気が崩れてるって感じだね」

「はー!なるほど」


 見れば一目瞭然に、その犯行は満月の夜を狙って行われていた。資料を見ながらダニエルが言う。


「そして次の満月は今夜だ。だからそれを、僕らで捕まえるのさ」

「おお!今までで一番スゲーじゃんそれ!」

「……捕まえるったって、どうするんだよ?犯人誰だか分かってんのか?」

「──まあね。君らもよく知る、グレッグだよ」

「へ?あのグレッグ?」

「ああ」


 驚く二人に、ダニエルが頷く。彼にはグレッグが犯人という確証があるのである。


「結構前からグレッグについては疑っていてね。こないだ君らが追い回されている間に家に忍び込んだんだ。そうしたら案の定、大量の野菜が転がっていたよ。ベンじいさんもグレッグに売った覚えはないって言ってたし、他にあんな立派な野菜が手に入る場所はない。まあ、まず間違いないだろうね」

「そうなのか!スゲーな!」


 はしゃぐレオンであったが、隣のバレナは複雑そうな顔をしていた。


(じゃああの靴に土をってやつは、アタシらを囮にさせる為だったんじゃあ……)


「それでさ」


 そんなバレナの心情はさて置き、得意気な顔のままダニエルは人差し指を真っ直ぐに立てるとこう口にした。


「二人にやってもらいたいことがあるんだ」


◆◆◆◆◆


「で、なんで二人で落とし穴なんか掘らなきゃなんねーんだよ?」

「俺だって知らねーけど、ダニエルが必要って言ってたろ?」


 ややあって、スコップを手に憤慨するバレナの姿がそこにあった。ダニエルからのオーダーは、「指定した場所に二人で一つずつ落とし穴を掘れ」というもの。意味が分からない。とバレナ。


「ダニエルの指示だぜ?ぜってー何か意味があるんだって」

「ん~~……」


 そう言われても、また囮にされるのでは、と不信感を募らせているバレナには響かない。そんな眉をひそめる彼女に、レオンはやれやれと嘆息した。


「あー。ダニエルが言ってた通りだわ。「バレナは多分文句だけ言ってやらないと思う。まあやってもレオンの半分も掘れないとは思うけど」って」

「あ?」


 びきり、と空気が凍った。怒りの形相のまま、バレナはスコップを地面に突き立てる。


「じょーとーじゃねーか!やってやんよ!」

「お!やる気になったな!けど俺の方が深く掘れるからな!」

「るせー!吠え面かくなよ!」


 流石はダニエル。どう煽ればバレナを最大限動かせるか、その歳で理解しているらしい。まんまと乗せられたまま、バレナはザクザクと土を掘り始める。


「よーし!俺も負けねーぞ!」


 レオンも負けじと手を動かし始め、そして────。


◆◆◆◆◆


「たすけてぇ~」

「出してくれ~」


「何で出れなくなるまで掘るかなぁ!?」


 ダニエルが様子を見に来た時、そこには五メートル程の深さの穴が二つと、その中で助けを求める二人の声があった。掻き出された土がうず高く積まれて山のようになっており、どれだけ二人が夢中で掘っていたかが分かるだろう。


「もー。深けりゃいいってもんじゃないんだからね?……こんなこともあろうかとロープを持ってきてはあるけど」


 そうして二人は無事に救助され、その後三人で土を片付けつつ仕掛けを作り何とか落とし穴は完成したのだった。


「さ、後は夜に作戦決行だよ。二人ともいい?」


 夜に決行ということは、つまるところ親に内緒で家を抜け出してこいということを意味している。大丈夫かと問うダニエルに、二人も強く頷くのだった。


◆◆◆◆◆


 果たしてその日の夜、満月の明かりの下に三人組の姿があった。


「母さんもエディも早寝だからね。二人が寝てるのを確認して普通に出てきたよ」


 にべもなく口にするダニエル。ちなみにエディとは、彼のおしゃまな妹の名だ。


「うちはあれだ」


 次いで口を開いたのはバレナである。


「ファティス内を一週走ってくるって言ったら許可が出たぞ。多分明日の朝に帰っても問題ねぇな」

「……バレナの家ってちょっと変わってるよね?」

「んぁ?そーか?」

「俺も大丈夫だったぜ」


 最後に自信たっぷりに口にするのはレオンである。


「何か言われたけど、大丈夫!って飛び出してきたから」

「え」

「いや、それ大丈夫じゃないんじゃ……」


 イヤな予感はするものの、だからといって中止にする訳にもいかない。そうしてダニエル指揮の元、野菜泥棒捕獲作戦が決行されることとなった。


◆◆◆◆◆


「ふいぃ」


 ファティス郊外にて。グレッグが何時ものように一仕事終えて歩いていると、近くの茂みから、がさり、と音が聞こえた。


「ん?」

「あいててて……」


 警戒する彼の前に飛び出してきたのは、レオンであった。茂みから転がるように出てきたレオンとグレッグの目が合う。一瞬驚くグレッグであったが、相手が馬鹿な糞ガキだと分かって胸を撫で下ろした。


「おいガキ、こんな夜に何してる。さっさと家に帰れ」


 追い払えば特に支障はないと、そう思っていたのだが。次にレオンの口から飛び出した言葉は予想外のものであった。


「俺見たぞ!ベンじいさんの野菜を盗んだのはグレッグだ!」

「は!?おい馬鹿やめろ!!」

「グレッグが野菜ドロボウだ~!!」


 叫びながら茂みに飛び込んで姿を隠すレオン。グレッグは突如として混乱の渦に叩き込まれて顔面蒼白になりながら、荷物をその場に捨ててレオンの後を追い掛け始めた。


「グレッグが野菜ドロボウだ!!」

「黙れ!!黙らねえとブッ殺すぞ!!」


 郊外ともなれば地面も舗装されてはおらず、土の上を二人は走る。大人と子供の走力ならば簡単に追い付けるかと思いきや、


(なんだこのガキ……!やたら速ェぞ!?追い付けねぇ!こ、このまま逃げられたら不味い……!)


 遮蔽物もない直線を走っているのに、どんどん離されていくのである。次第に焦りの色を見せ始めるグレッグであったが──、


「あでっ!」


 石に脚を取られたか、レオンがその場に盛大にすっ転んだ。思わず胸を撫で下ろすグレッグ。


「ハァ……糞ガキ、手間ァ掛けさせんじゃ、ねえぞ……、ハァ……」


 先日のようにただ痛め付けただけじゃ、すぐに騒ぎ出して危険だ。こうなったら事故に見せ掛けて殺してしまう他ないだろう。

 そう決意して、転んで倒れるレオンの背を踏みつけるグレッグ。そして。


「どりゃあぁぁぁ!!」

「おっと!」


 突然振り向くと、背後から奇襲を仕掛けたバレナの拳を受け止め掴み上げた。


「あっ!?」

「二人いたもんなぁ!仕掛けてくると思ったぜガキの浅知恵でよォ!」


 ここまでは上手く行っていた筈だった。レオンが挑発してグレッグを誘い出し、指定の場所でバレナが攻撃して落とし穴に突き落とす。二段構えの計画だったのだが、その実グレッグに読まれていたのである。


「ここで俺を転ばせようとしたってことは、この不自然に枯れ葉が詰まれてる場所は落とし穴か何かかぁ!?」

「はっ、離せぇ!」


 バレナの腕を持ち上げながら声を荒げるグレッグ。落とし穴すらバレてしまい、今や完全に形勢はグレッグに傾いたと言えるだろう。


「それならてめぇらをその穴にぶち込んでやるぜ!そのまま丁寧に埋めてやれば、俺の足がつくこともねえ。てめぇで掘った穴なんだからなァ!不幸な事故ってやつだ!」

「や、やめろ!やだ……!」


 もがいても、バレナの力ではどうにも抵抗出来ない。踏みつけられているレオンも起き上がることは出来ず、状況は万事休すと言えるだろう。二人ならば、ここで完全に終わっていた。

──そう。二人ならば。


バシャッ、と音がして、泥のようなものがグレッグの顔にぶち撒けられた。


「ぶわッ!?な、なんだこれ────」


 ただの泥ならば、そこから反撃することも可能だったかもしれない。しかし残念ながら、それはただの泥に非ず。


「くっ、臭ぇ!!?ぐあぁぁァァァ!?なんじゃこりゃあァァァ!!!」


 その泥は、大の大人であっても悶絶する程に激烈な臭いを放っていた。その威力は絶大で、たまらず放り出されたバレナでさえあまりの臭気にえずいている程である。

 そんな状況下で、暗闇から声が響いた。


「ジュエルベアーの糞は効くでしょ?──バレナ!今だ!!」

「っ!」


 嗚咽を漏らしていたバレナだったが、その声に正気を取り戻すと、目の前で悶えているグレッグへと改めて立ち向かう。


「っおぉぉりゃあァァァッッッ!!」


 そして渾身の回し蹴りがその体に命中すれば、


「うわ、がっ!?」


 遂にグレッグは体勢を崩して落ち葉の上へと倒れ込んだのである。そしてそこは彼の読み通り、深い深い落とし穴の上だ。


「うぉわぁぁぁァァァ!!!」


 断末魔のような叫び声と共に、グレッグの姿は落ち葉と共に穴の中へと消えて行くのであった。



「やった、のか……?」


 まだ実感が湧かないのだろう。困惑した様子で小さく呟くバレナ。対照的にレオンはやっとのことで身を起こすと、振り返ってはしゃいでいた。


「ダニエル!あれウンコ爆弾だろ!?ウンコ爆弾!ついに完成したんだな!ウンコ爆弾!!」

「何度も連呼しないで欲しいなぁ」


 暗がりから姿を見せたダニエルは、鼻と口元を布で覆っていた。実際ジュエルベアーの糞はとてつもない臭気を放つ為、こうでもしなければ近寄れない程なのだ。

 これが、ダニエルの作戦であった。レオンとバレナの二段構えと見せ掛けて、それが防がれた時のために三段目を用意していたのである。

 万一にグレッグに気付かれる訳にはいかなかったので、レオンとバレナにも内緒だったのだ。


「ぉんまえ!あんなくせぇもん投げ付けるなら言っておけよ!」

「あはは、ごめんごめん。……それよりグレッグはどうなった?」

「……なんか、静かだな」


 恐る恐ると穴の周囲に近寄る三人。ロープがなければ脱出出来ない程に深く掘ったこともあり、打ち所が悪ければひょっとして危ないのでは。なんて緊張感が走り出すも、


「くぉらガキども!!ここから出しやがれ!!ぶっ殺すぞゴラァァ!!」


 中から響いてきた怒声に胸を撫で下ろした。


「元気そうだな」

「みたいだね」

「さて、どーしてくれようか。散々踏んでくれたお礼をしなきゃな」


 悪戯な笑みを浮かべるレオンはその場でズボンを下ろすと、何と穴の中へと放尿を始めた。


「聞いてんのかガキども──わぷッ!?なんっ!?や、やめろ!!!」

「おしっこ攻撃だ!あースッキリした。……バレナもやるか?」

「やんねーよ!!」


 騒ぐ二人であったが、突如思いきり身を引いていた。とんでもない臭気が近付いて来たからだ。


「グレッグさ~ん。反省してる?」


 穴の縁からひょい、と顔を覗かせたのはダニエルであった。


「野菜泥棒の件、反省してるかって聞いてるんだけど」

「あ!?てめぇ何寝ぼけたこと言ってんだぁオイ!!?」

「そっかぁ。それは仕方ない」


 グレッグの言葉を受けてニコニコと笑顔を浮かべると、ダニエルは小さな手桶を持ち上げた。びくりと身を震わせるグレッグ。


「オ、オイちょっと待て。そりゃあなんだ」

「なんだ、って、さっき言いましたよ?ジュエルベアーの糞を溶かして発酵させた液体ですけど。反省するまで掛けてあげますからね~」

「ま、待て!やめ、やめ……、ぎゃあぁぁぁ!!!」


そうしてまるで断末魔の如き絶叫が轟き、バレナはダニエルを敵に回すことの恐ろしさを改めて思い知ったのだった。


◆◆◆◆◆


「おーい!」

「あっちから声が聞こえるぞ!」


 グレッグの叫びを聞き付けた大人たちが現場に到着したのは、それからしばらくしてのことだった。


「レオン!ここにいたのか!」


 先頭に立って陣頭指揮を取っていたらしいレオンの父クレストは、息子の姿を見付けると駆け寄った。


「あ!父ちゃ~ん!こっちこっち!……いでっ!?」


 駆け寄るなりげんこつを頭に落とされ、頭を押さえて悶えるレオン。


「いで~……!」

「いきなり家を飛び出してなにやってるんだお前は!」

「あの、おじさん」

「ダニエル君、説明して貰えるかい?」


 自身の息子にこの手の解説が無理なことは分かっているのだろう。クレストに問われて、ダニエルはこれまでの経緯も含めて状況の説明を始めるのだった。



「……なるほど分かった。それならば大人の代表として、君らには一発ずつお仕置きをしなければいけないな」


 そう口にしたクレストによって、ダニエルとバレナの二人にもげんこつが落とされる。レオン曰く「世界で一番痛い」一撃を受けて頭を押さえる二人。


「うう……」

「いって~……」

「子供だけで危ないことをするんじゃない!何かあってからじゃ手遅れなんだぞ。……あとやりすぎだ。こんな深い穴、下手したら死んでしまう」


 そう言われてしまっては、レオンたち三人には「ごめんなさい」と謝る他ない。

謝罪の言葉を聞き届けるとクレストは屈み込んでレオンたちに目線を合わせ、ニヤリと笑みを浮かべてこう口にした。


「大人としてやるべきことは果たした。後は俺個人からの言葉だが、──よくやったなお前ら!」

「え?」

「お手柄だ。野菜泥棒にはみんな手を焼いていたんだよ」


 わしわしと髪を撫でられくすぐったそうに笑うレオン。そして朗らかな笑みを浮かべた後で、キッ、と表情を険しくすると、クレストは穴の中へと声を掛けた。


「グレッグさん。しかしまぁ、あんたが野菜泥棒だったとはな」

「ぐへ……ち、違ぇよ!ガキどもがそうやって俺を犯人に仕立て上げようとしたんだ!俺がやったという証拠でもあんのかよ!?」


 汚物まみれになった姿のまま、苛立ち叫ぶグレッグ。クレストは、そうか。と呟いた。


「だ、そうだが、ベンさん、本当かい?」

「いいや。俺ぁ見たぞ。グレッグ、お前さんがうちの畑を荒らしてるところをよ」


 そう口にしながらクレストの隣に顔を出したのは、野菜盗難の被害者であるベンじいさんことベンだった。ぎらりと鋭い目を向けるベンに、流石にグレッグもたじろぐ。


「う、ぐ……」

「そこなダニエル坊やから、今晩畑を見張れ。ただし声は出さずに見送ること、と言われていてな。その通りにしたらノコノコとお前さんが現れたというわけだ」

「それは、だが……」


 しかし、そこまで言われてもグレッグは自身の罪を認めようとはしなかった。そんな彼を見下ろしながら、クレストはため息混じりに口を開いた。


「グレッグさん。あんた自分の立場が分かってないみたいだな。ここで素直に罪を認めて謝罪するのなら、子供らにもこっぴどくやられたようだし、見逃してやるとベンさんは言ってるんだ」

「く……」

「しかしどうしても認めないというのなら、この場で多数決を取ってあんたをセタンタ駐屯騎士団に引き渡さなけりゃならん。奴等は過激だとの噂だぞ。拷問で口を割り、犯罪者には刺青を入れて二度とまともな職にも人生にもありつけなくさせるそうだ」

「────」


 身も凍る発言に、グレッグは言葉をなくして青ざめていた。そんな彼へと感情のない瞳を向けて、クレストは言う。


「『人間を裁くのは別の人間に非ず。それは己が人生によって裁かれるものである』昔ある男が俺に語ってくれた言葉さ。さてこれから決を取るが、誰かがあんたを擁護してくれるといいなぁ?グレッグさんよ」


 その言葉は、他者を疎ましく思い拒絶し続けてきたグレッグにとっては、とどめとなる一言であった。己を擁護する人間が誰一人いないであろうことは、他ならぬグレッグ自身が一番分かっているのだ。

 結果、そこまで意地を張っていた彼も陥落し、


「お、俺がやった……。俺がやったんだぁ……!」


 そう声高に叫んで、この一件は決着を見るのだった。


「……なるほど」


 そしてそれは、遠巻きに行く末を見守っていた子供たちにとっても決着である。クレストの言葉を聞きながら、噛み締めるように呟くダニエル。


「人気がないと分かっている相手だからこそ、多数決を盾にした脅しが有効、と……。参考になるなぁ……」

「なに言ってんだ?ダニエル」

「あ、いやいやこっちの話ね」

「おー?」


 さっぱり分からん。という顔をしているレオンの隣で、気恥ずかしそうに頬を掻きながらバレナがダニエルへと声を掛けた。


「あの、よ。さんきゅーな。助かった。……あんな風に前に出てくる奴とは思ってなくて……。悪い」

「ああ、そのこと?──へへ。僕もやるもんでしょ」


 バレナの言葉をきょとんと聞いていたダニエルであったが、自身への賛辞だと理解すると、鼻を擦って照れ顔を見せた。そうだそうだ!とレオンも賛同する。


「俺も助かったぞ。ありがとな!それにしてもダニエル、メチャクチャ怒ってなかったか?あんな容赦ないの初めて見たぞ」

「怒ってた?……そりゃそーでしょ」

「だってさー、ベンじいさんが丹精込めて育てた野菜を何の苦労もしてない奴が盗んでたんだよ?野菜を食べられるくらいになるまで育てるのって本当に大変なんだよ……」


 過去、父が持ってきたトマトの苗を全滅させたことのあるダニエルだけに、その言葉には確かな実感が込められていた。


「そのベンじいさんの労力や時間を侮辱したんだ。当然の報いでしょ」

「……お前、結構熱いやつだったんだな」

「僕のことなんだと思ってたのさ?っていうか、もういいでしょ!おわりおわり!」


 自分のことを口にするのが気恥ずかしいのか、赤くなって話を打ち切ろうとするダニエル。そんな彼とバレナの二人を前に、レオンは拳を突き出すとニカッと笑ってみせた。


「とにかく、作戦成功!俺たちの大勝利!だな!」


 その屈託のない笑顔につられてか、ダニエルもバレナも、気付けば笑顔になっていた。


「──だな」

「ま、当然の結果だね」


 そうして拳を合わせる三人。最初から二人を信頼しているレオンには関係のない話だが、バレナとダニエルにとっては、今この時こそが三人が本当のチームになった瞬間だった。


◆◆◆◆◆


 そうしてレオンたち三人組は、それからも沢山の出来事を経験することとなる。三人で遊んだり、悪戯したり、時には腹ペコのドラゴンの世話をしたことも。バレナもこれまでは招待されていなかったダニエルの家に招かれるようになったのだが……。


「それでね?エディのこと、パパは世界で一番カワイイって言ってくれるの」

「お、おう。そか。良かったな」

「バレナちゃん髪短くてつまんなぁい。もっと伸ばした方がいいよ?」

「あ、うん」

「あともっとカワイイお洋服にした方がいいと思う!ママに頼んであげよっか?」

「いや、いいからいいから……」


 バレナはひたすら、ダニエルの二歳下の妹であるエディに絡まれていた。バレナの栗色の髪はあちこちにリボンがつけられおかしな風体になっている。


「いや~。バレナがエディと仲良くなってくれてホント嬉しいよ。じゃ、部屋に行こうレオン。ファティ熊の話の続きを書きまとめないと」

「よっしゃ~!!」


 そうして遊びに消える二人を横目に、バレナは一人ごちるのであった。


「やっぱ苦手だわアイツ」


◆◆◆◆◆


 そうして、彼女たちの少年時代は過ぎていく。しかし。だが、しかし。

 平和の宿命か。その時間の終わりは、目前に迫っていた。

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