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エピソード・オブ・バレナ 〜その1〜

 最初に言っておくと、アタシのアイツへ気持ちは、多分恋愛とかそういうのじゃないと思う。


 真っ当にアイツの側に居れたならそうなってたのかもしれないけど、アタシはそうはなれなかった。


 だから、アタシのこの気持ちは、きっと──。


◇◇◇◇◇


「おりゃ~!きゃはははは!」


 花畑にて、その少女は笑いながらチョウチョを追い掛けていた。


「こらバレナ、あんま遠く行くんじゃねーぞ」

「あ~い」


 父の声に適当な返事をしつつも、走る足は止めない。赤髪のショートカットが似合うその少女、バレナはファティスの格闘家である両親の元に生まれたサラブレッドであった。


「おらおら~どけどけ~!」


 乱暴な口調は父親譲り、格闘家になるべく育てられた為に腕っぷしも強く、そんな彼女が地元のガキ大将になるのに時間は掛からなかったと言えるだろう。


「強くあれ。バレナ。鍛え続けて得た強さはいつかきっと役に立つ時が来る。お前自身を救う時が来るだろう」


 父はいつもバレナにそう口にしていたし、バレナ自身もそんな父の言葉を心に宿して鍛練に打ち込んでいた。

 しかし同年代の男子を倒せる程に強くなってしまった故にか、バレナに挑もうという相手はいれど友達は出来なかった。

 そんな彼女が後の勇者であるレオンと出会ったのは、その頃のことである。


「ようクレスト」

「バレットか。久しいな」


 バレナが父親のバレットと出掛けていた折、クレストという男と出会った。

 父の友人だというその男は、短めの黒髪に青い目をしている。父より若干背が高いか、というくらいの中肉中背であり、一日後には忘れていそうな程に、これといった特徴のない相手だった。


「お。子供連れか?」

「ああ。バレナだ。おい、バレナ」


 見知らぬ相手だと人見知りして父の背に隠れていたバレナだったが、あえなく引き出されてしまった。なるべくバレットにくっつくようにして、小さく頭を下げるバレナ。


「なんだお前、照れてんのか?」

「そりゃそうだろ……。まあうちも今日は子連れなんだがな」


 そう言うクレストだったが、彼の傍らに子供の姿はなかった。訝しむバレットの目に気が付いたのか、「ああ」と苦笑するクレスト。


「どうにも一所にじっとしてられない奴でな。……お~いレオン!」


 父の呼び掛けを受けて、遠方より茶髪の少年が走ってきた。


「どおぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁっ!!到着!!!!」

「レオンだ。見ての通り元気が有り余ってるうちの息子だよ」

「おう!よろっくおねがしゃー!──お?誰だ~!?」


 彼なりの挨拶をした後で、レオンはバレナに気が付いたらしく、ばびゅんと距離を詰めると不思議そうに眺めていた。


「……バ、バレナ」

「ババレナ?変な名前だな」

「バレナだよばかやろっ!」

「なんだバレナか。俺、レオンな。じゃああっちで遊ぼうぜ」

「う、うん」


 子供なので、こんなやり取りで二人は遊び始め、それからはちょいちょい遊ぶ仲になっていった。

 当然レオンの家に遊びに行くこともあり、彼の母親であるフィオナは「まあ。レオンがダニエルくん以外の友達を連れてくるなんて」と不思議な喜び方をしていたのだが。

 何度か遊びに行くようになると、フィオナはバレナに手料理を振る舞ってくれるようになった。お世辞にも美味しくはなかったのだが、何ともくすぐったく、嬉しい気持ちになったことをバレナは覚えている。

 遊ぶ中でレオンと喧嘩になることもあったが、驚くべきことにレオンはバレナと互角にやりあえる力量を持っており、そんな所も相まってバレナはレオンにとても気を許していたと言えるだろう。時折変な熊の神様を布教しようとしてくるのには困ったが。


「はい。そこまで。オヤツにしましょ」

「わーい!」


 互角ゆえに膠着状態になっていた二人の戦いだったが、オヤツを持ったフィオナの登場により嘘のように終息してしまった。


「お前、つえーんだな!」

「……お前こそな」


 鼻をこすりながら、まるでライバルのように拳を合わせるレオンとバレナ。そんな二人をフィオナは、


「男の子ねえ」


 なんて微笑ましく眺めていた。


 ……そう。実のところバレナは、レオンとその家族から長いこと、男だと思われていたのである……!

 特に問題はないのだが……!



「ダニエル……?誰だ?そいつ」

「俺の友達だよ。面白いヤツでさ~」

「ふーん」


 もう一人の幼馴染みであるダニエルとの出会いは、レオンとの出会いから半年、バレナが七歳になった頃のことであった。

 そんな紹介で、今日はダニエルも呼ぶけどいいか?と言われたら、断る理由もないだろう。少し緊張した面持ちで頷くバレナの前に、そうして三人目の少年は現れた。


「ダニエルです。よろしくお願いします」


 レオンとは真逆に爽やかな空気を漂わせて登場したのは、くしゃくしゃの癖毛が目立つダークブラウンの髪をした少年であった。

 レオンの知り合いだというのだから、コイツも腕の立つ奴なのだろう。そう思ってダニエルへ目を向けるバレナ。


「よ。ダニエル。こっちがバレナだ。この前友達になってさ」

「へえ。よろしくね」

「あ、うん。よ、よろしく」


 睨みを効かせていたダニエルから朗らかな声を掛けられて慌てて挨拶するバレナ。


「……でもレオン、女の子の友達なんて珍しいね?」

「え?女?誰が?」

「いや、その子。バレナちゃん、だっけ」


 ダニエルの言葉にレオンは眉をひそめる。言っていることが理解出来ないといった様子だ。


「バレナが女?何言ってんだ?バレナは男だぞ?なぁバレナ」

「いや、女だけど」

「え?」

「え?」


 そうして三人の間に沈黙と気まずい空気が流れる。ややあって口を開いたのはダニエルだった。


「あ、あー、えーと、バレナ、ちゃん?レオンの奴はこんなだし、無理して付き合うことないんだよ?」


 苦笑混じりにそう口にするダニエルに、バレナも小さく苦笑した。


「いや、アタシもこんな男っぽい見た目だし、気にしてないよ」

「ふうん。そう」

(あれ……?)


 何故か残念そうに鼻白むダニエルの姿に違和感を覚えつつも、そうして幼馴染みグループは三人となったのだが……。



「ちょっと……、はぁ……、二人とも、待って……」

「オイ、置いてくぞ」


 息を切らせて走る二人を追い掛けるダニエル。どうやら運動は苦手らしい。力の強さもレオンやバレナとは比べ物にならず、喧嘩になれば簡単に組み伏せられる体たらくであった。

 しかしながら。じゃあダニエルは弱い人間なのか?と問えば、それは違うと断言出来るだろう。彼の強みは腕っぷしに非ず。簡潔に言うなら、ダニエルはとても頭が良かったのだ。レオンとバレナの二人がどちらかと言うと考えるより動くタイプであった為、ダニエルがチームの頭脳ブレインになることは自明の理であったと言えるだろう。

 実際、何して遊ぼうかと退屈している二人に、ダニエルは様々な面白い提案をしてくれた。



「うーん……。楽しいこと、ねえ」


 レオンから、何か楽しいことないかな。と無茶振りされたダニエルは口元に手をあてがって思案すると、


「あ、じゃあ楽しくて世の中の為になることしよっか!」


 と提案した。


「世の中の為?」

「ほら、そっちに真っ直ぐ行った街角にさ、グレッグさんの家があるじゃない?」

「あのアヒルオヤジだろ?目が合うと誰彼問わずガーガーイチャモン付ける。俺はキライだよ。怒鳴られたことあるし」

「アタシもー」


 苦虫を嚙み潰したように顔をしかめて口を尖らせるレオンとバレナ。彼らの話すグレッグとは、郊外に暮らしている四十代の独身男のことである。レオンの言うように排他的な性格をしており、視界に入った他人に難癖をつけては追い払っているため、好き好んで彼に近寄ろうなどという人間はいない。


「うん。僕も嫌いだね。町の人間も、彼を好きな人はいないんじゃないかな……。で、そのグレッグさんの家の前に、彼のブーツが置いてあるの知ってる?」


 ダニエルの言葉に、レオンとバレナの二人はそちらへ顔を向けた。彼にしては珍しく、悪戯っぽく笑うダニエルの顔がそこにある。


「あのオンボロ靴だろ?知ってるけど……」

「靴になんかすんのか?」


 二人の反応に小さく微笑んだ後、ダニエルは頷いた。


「そ。出歩いては周りに迷惑を掛けるんだから、そのブーツに目一杯土を詰め込んで花でも植えた方が世の中の為になると思わない?」

「なっ、それスゲーな!」

「おー!面白そうじゃん!」


 実にくだらない悪事の提案だが、こういうイタズラが大好きなレオンとバレナは、ダニエルの提案を前に目を輝かせている。そうして話はトントンと進み、昼過ぎにはグレッグの家の前に小さなスコップを持つ二人の姿があった。


「よし、やるぞ~」

「負けねーからな!」


 レオンとバレナはそう意気込むとそれぞれが片方ずつブーツの前に陣取り、掘った土を流し込んでいく。ダニエルは別動隊として待機しており、ここにいるのは頭の足りない二人だけである。


「うんしょ、うんしょ」

「ふんすっ」


 その為か、いや、子供である故の未熟もあるだろう。楽しくなってきた二人は、イタズラであることを忘れて騒ぎ出してしまった。


「俺の方が速いもんね!」

「なにを!じゃあ一回に沢山土入れてやる!──あ!」

「こぼしてやんの~!」

「うるっせえ!」


いつもの調子でギャーギャーと騒ぐ二人だったが、その内に人の気配を感じてゆっくりと顔を上げた。


「オイ、何やってんだぁ……?ガキども」

「「あっ……」」


 地獄の底から響き渡るようなその声の主を二人が知らない筈もない。


「グ、グレッグ……!」


 家主であるグレッグが、鬼の形相で二人を見下ろしていた。家の前でやんややんやと騒がれたら当然の反応ではあるのだが。


「こんの糞ガキどもがぁぁぁぁァァァァ!!!」

「「ぎゃあぁぁぁぁ!!!!」」


 裸足のグレッグが家から飛び出して、レオンたちを追い掛けてきた。あまりの恐ろしさに泣きながらその場を逃げ出す二人だったが、そんな時の為にまだ打つ手は残されている。


「バレナ!こっちだ!」

「お、おう」


 レオンが向かった先は袋小路である一角。通常ならば万事休すな場所選びだが、今は違う。


「よし!あった!」


袋小路の突き当たりに、上からロープが垂らされていた。実はその場所の上は小高い丘になっており、待機しているダニエルが近くの木にロープを結んで脱出用にと準備していたのである。


「バレナ!先行け!」

「え!?で、でもこんなの登ったことないし……」

「大丈夫大丈夫!」


 どうやら脱出プランについて知らされていなかったらしいバレナが尻込みするも、レオンに圧されてロープへとしがみついた。何とかよじよじと登り出すも、木登り等は得意でないバレナ。そのスピードは芋虫のように心許なかった。


「オイ早くしろよ来ちゃうだろ!?」

「んなこと言われてもこんなのやったことねーもん!」

「しょーがねーなー」


 レオンもロープにしがみつくと、頭でバレナの尻をぐいぐいと押し始めた。


「きゃあ!ちょ、やめろお前何してんだ!」

「いいからさっさと登れって!」

「やめろってそんなグイグイされたら、あっ!?」

「うわっ!?」


 すったもんだの末に、二人はロープから落ちてしまった。


「あたたたた……あっ」


割かし低い位置で騒いでいたために怪我はなかったのだが、袋小路に落ち込んだ二人の前には、怒りの形相をたたえたグレッグの姿がある。


「さぁて、覚悟は出来てるんだろうなぁ?ガキども……!」


 恐怖にカチカチと歯を鳴らして震えるバレナであったが、そんな彼女を庇うように前に出ると、レオンはグレッグへと啖呵を切った。


「へっ!覚悟するのはそっちだぜおっさん!」

「……なんだと?適当言ってんじゃねぇぞガキッ!」

「ガキじゃねえ。レオンだ!へへ。このロープはなんだと思う?」


 上から垂らされたロープを手にして勝ち誇ったようにレオンが口を開く。「なんだそりゃ」とグレッグ。


「そいつで逃げるつもりか?だがそんな時間はねえぜ?」

「逃げるんじゃねえ。コイツは合図さ。俺がこのロープを引っ張れば、ダニエルの奴がお前にウンコ爆弾を投げ落とす」

「なぁにを言い出すかと思ったら」


 レオンの言葉を受けてグレッグは口の端をつり上げる。


「実にガキの発想だな。……ダニエル?ああ、ブラウンの坊か。あそこのお坊っちゃんがてめぇらみたいな糞ガキとつるむ筈ねぇだろうが!」

「はっ!吠えてろよ!俺がこの紐を引いたときがお前の最後だ!」

「……おいレオン、そんなこと言って大丈夫なのかよ」

「大丈夫だ!ダニエルは必ず奴にウンコ爆弾をぶち当てる!」

「いやなんの自信だそりゃ……」


 心配になったバレナに横から耳打ちされて尚、レオンは不敵な表情を崩さずにロープをしっかりと握りしめると、ついにそれを引っ張った。


「頼むぞダニエル!ウンコ爆弾発射だ!」


 意気込んだ声と共にぐいっ!とロープが張られる。一応は警戒をして身構えるグレッグであったが──、


「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………あれ?」


 特に何事も起きる様子がない。二度、三度とロープを引くレオンだったが、丘の上からはうんともすんとも応答もアクションもありはしなかった。


「……もういいか?」

「ま、待った!もう一回だけ!」


 引きが足りなくて上に合図が届いていなかったのかもしれない。レオンは息を吸い込むと、渾身の力を腕に込めた。


「行っけえぇぇぇぇ!!!」


 全身を使って抱き込むようにロープを引く。すると、確かな手応えがあり、そして──、


しゅるっ……ぽす。


 度重なる引っ張りに耐えかねて結び目がほどけたらしくロープそのものが上から落ちてきたのだった。


「あれま」


「…………」

「…………」

「…………」


 そうしてレオンとバレナ、そしてグレッグの三人は顔を見合わせると、


「この糞ガキィィィ!!」

「ぎゃあぁぁぁぁ!!!」

「うわーッ!!!」


 ついにグレッグが二人に襲い掛かり、袋小路は大変な大騒ぎになるのであった。


◆◆◆◆◆


「ごめんねレオン。まさかそんなことになってるとは」

「ひでー目にあった……」


 ぼこすかに殴られたレオンとバレナの二人を見て、ダニエルが謝罪の言葉を口にした。


「……お前は何してたんだよ。言い出しっぺのくせに」


 ダニエルが助けてくれなかったことを受けて、じと目を向けるバレナ。そんなバレナにダニエルはそっけなく「別に」と返した。


「僕は僕でやることがあってさ。お陰で収穫はあったよ」

「そうなのか?ダニエルはスゲーな」

「ぐぬ……!レオン、コイツ裏切り者だぞ!?アタシらに危ないことさせて、自分は逃げてたんだ!」

「へえ」


 バレナの言葉にダニエルは目をすぅ、と細めた。


「僕そもそも騒ぐなって言ったよね?静かにやれば大丈夫だからって。騒いでたのは誰かなぁ」

「な、なんだよ!アタシが悪いってのか!?」

「うん」

「~~~~!」


 今にもバレナがダニエルに掴み掛からん一触即発な空気であったが、そこで「待った」を掛けたのはレオンであった。


「二人ともやめろ。バレナ、俺はダニエルのこと信じてるんだ」

「なんでだよ!?だってコイツは──」

「ダニエルは、やるとなったら必ずやる奴だって、知ってるからさ」

「…………ぅぅ」


 そう力説されても、その時のバレナにはまるでピンとこない。

 しかし半年後になって、その言葉の意味を思い知ることとなるのだった。


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