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竜の里 『魔王軍強襲(中)』

挿絵(By みてみん)

 魔族シュバルツは焦っていた。

 デスクロウの群を差し向ければ、ドラゴン族であろうが簡単に滅ぼせる。それだけのことだった筈だ。傍目にはただの鳥にしか見えないこの生物が即死攻撃を供えていることなど。分かり様がないからである。


──それを、あの娘の一言が瓦解させた……。


 デスクロウは、魔王城の付近を徘徊している魔物であり、人間の生息範囲に送り込んだことは一度とてなかった筈だ。それをミーナは、まるで熟知しているかのように解説してのけたのだ。即死という強力な兵器を供えている代償に、デスクロウは遠距離からの攻撃には滅法弱い。現に今も、竜たちの火球によって着実にその数を減らされつつあった。


──魔王様が気に掛けている女。どれ程のものかと思ったが、成る程ただの娘ではないらしい。……しかし。


 ドラゴン族への攻撃は魔王からの指示ではなく、あくまでシュバルツの独断である。故にこの場で滅ぼしておきたかったのだが……。


──下手に生き残らせれば魔王軍の不利益になりかねない。しかし種の割れてしまったデスクロウでは最早それは不可能だろう。


 そう。今回の一件は、逸ったシュバルツによる独断専行がその正体であった。それが失敗に終わりそう故に、彼は今焦っているのである。


──勇者を仕留めている余裕はない。ならば、もう一つの目的を遂げるまでのこと。


 魔王は、探れ。と言った。その上でどうするかは追って通達するとも。エルローズは秘策があると口にしていた。


──だが、そんな回りくどいことをせずとも、捕らえて魔王城に連れ帰ってしまえば良いだけのこと。些かの犠牲も、この娘の身柄と引き換えであれば許されよう。


 そう判断して、シュバルツは乱戦の隙に乗じてミーナの前へと降り立ったのだった。


「ぁ……」


 最初に受けた印象は、脆弱そのもの。今この場で至近距離から氷の矢を放てば簡単に殺せてしまう、その程度のか弱い命にしか見えなかった。


──最低限の身を守る術すら持たぬ。こんな奴を何故勇者は重用する?…………いや、違うか。そうだな。こいつは普通の娘ではない。


 結果だけ言えば、この戦いの戦況を覆してしまったのが彼女の存在によるものだとも言える。デスクロウについての言及がなければ、ドラゴンの大半は仕留められていた筈なのだ。勇者は天性の勘の良さで難を逃れたかもしれないが、しかしそうすれば、残った彼を数で圧し殺すことは容易だっただろう。


 それを、この娘の一言が変えてしまったのだ。魔王様が警戒する理由の一端が、理解出来たような気がする。


「シュバル、ツ……」


 ミーナが小さく呟く。ただ名前を口にしただけなのに、その瞬間シュバルツの心はざわついていた。彼女の声の響きは、ただ耳にした名を繰り返しただけではない。まるで知己に再会したかのような──、


「安心しろ。殺しはせん。……貴様を魔王様の元まで連れていく」

「っ」


 このままでは不味いと判断して、シュバルツはミーナとの会話を避けた。距離を詰めると、じり、とミーナが後退る。

 しかし、決して逃げようとはしなかった。恐怖、もあるのだろうが、それとは違う色を秘めた目で眼前の少女はシュバルツを見つめている。


「何故逃げぬ?恐ろしくない訳ではあるまい」


 それが不可解で、ついシュバルツはミーナに問い掛けていた。ミーナは緊張した面持ちのまま、小さく息を吸うと口を開く。


「魔王軍幹部を前に背を見せて逃げるなんて、無意味でしょ?」

「──ほう」


 その声は震えていたが、その言葉はシュバルツの興味を引くには十分な代物であった。


──成る程。勇者パーティにいるだけはあるな。デスクロウへの知識といい、魔王様が危惧する理由も少しは理解出来るやもしれん


 そう考えると、シュバルツはフッ、と小さく笑うのだった。


◆◆◆◆◆


「魔王軍幹部を前に背を見せて逃げるなんて、無意味でしょ?」


 何とかそう口にしたものの、俺の心臓は破裂しそうな程にバクバクと早鐘を打っていた。何故って、こうしてやり取りが出来ている時点で奇跡のようなものなのだ。いくら頭脳派と言っても彼は魔王軍幹部。その気になれば俺など一瞬のうちに殺せる力は持っているのである。

 命を相手に握られている。

 いつ殺されてもおかしくない状況なのだ。発狂して逃げ出すことだって俺が取りうる選択肢としてはおかしくないものだったろう。

 しかし、それをすれば絶対に殺されるという確証だけは俺の中にハッキリとあった。故にこの場は対話を試みるより他になかったのである。


「──ほう」


 そしてそれは正しかったようで、シュバルツは楽しそうにそう口にした。ひとまず、この場で殺される、ということはなくなったと見て良いのだろうか?いや──、


「どうあれ、貴様は魔王様の元に連れて行く。大人しくしてもらおうか」

「ぇ────」


 そう口にしたかと思った次の瞬間、シュバルツの姿は俺の眼前から消えていた。どこに──、なんて考えている暇もなく、首に食い込む圧迫感に俺はうめき声を上げることとなる。


「ぁぐっ!?」

「大人しくしろと言ったぞ」


 背中から声が聞こえる。背後に回ったシュバルツの腕によって首をホールドされているらしい。喉を潰される程ではなく少し苦しい程度だが、それでも身動きは取れず、そこから自力で抜け出すことは不可能であろうということは確かだった。


「舌を噛みたくなければ黙っていろ」


 そしてそう告げられた直後、俺の体はぶわ、と浮き上がった。シュバルツが俺を押さえつけたまま空へと舞い上がったのである。


「ひッ!?」


 強制的な浮遊感、そして足元に何もない恐怖に小さい悲鳴が口から漏れる。まだリューカや皆の姿がしっかりと見えるあたり、そこまでの高度には達していないのだろうが、それでも落ちたら問答無用に死ぬ高さであることに代わりはない。

 先程の比ではない程に、今の俺の命は背後の魔族によって握られていた。何せシュバルツが気まぐれに腕を弛めれば俺は人生の終わりに向けてまっ逆さまなのだ。


『むう!嬢ちゃんが!』

『なんだって!』


 リューランドたちがこちらの様子に気付いて声を上げるも、シュバルツが先手を打ってそれを制した。


「近寄るな!それ以上寄ればこの娘は即座に殺す」


 その言葉と共にヒヤリとした感触が首筋に当てられる。思わず声を上げてしまいそうになるも、俺はそれを必死に飲み込んだ。

 だって首に突き付けられたそれは、氷の刃だったのだ。騒げば刃が刺さってしまうかもしれない。


「ミーナ……!」


 レオンたちもこちらを見ているが、シュバルツの言葉を受けて手が出せずにいるようだった。

……あれ。俺これどうなるんだろ。

 勿論クエハーにこんな展開はない。俺の存在がないのだから当たり前だが、それ故どんな展開になるのか全く読めなかった。

 一般市民でしかない俺が魔王城に運ばれてレオンたちと再会出来る可能性はまずないだろう。十中八九殺される。

──やばい。どうしようどうしようどうしよう。

 今更ながらその事実が怖くなった。皆を救えるという道が見えたばかりなのに。こんな中途半端に終わる訳にはいかないのに。

 しかし、だからといって現状の俺に出来ることなんて──、


「────」


 その時俺の目に、遠くから近付いて来る小さな影が飛び込んできた。……あれは……。


 間に合ったんだ。そんな思いと同時に、小さな勇気が沸き上がる。──そうだ。今黙っていても何も好転しない。それなら好きに動いてしまえ。


「レオーンっ!」


 取り押さえられている身でありながら、俺は眼下のレオンへとあらん限りの大声を上げていた。レオンが、リューカが、更にはシュバルツさえも驚いて目を見張る。


「ヤバそうだからっ!今すぐ助けてーっ!」

「ミーナ……!?」


今シュバルツから、動けば彼女を殺すとの宣言があったばかりなのに、何を考えているのか。恐らくレオンはそう思っているのだろう。だが、こちらとて酔狂で言っている訳じゃない。じっ、と彼の目を見つめると、それだけで伝わってくれたらしい。


「リューカ!行くぞ!」


 と、再びリューカの背に掴まって飛び立った。これに舌打ちするのはシュバルツである。


「……人質としての在り方をもう少し覚えた方が利口だぞ……?」

「────か、は……」


 腕にぎりりと力を込められ、首が絞まる。苦しい。確かに苦しいが、殺すとまで言っておきながらこの程度の仕置きですんでいるということは、やはり俺の読みは正しかったらしい。


──シュバルツは、俺に極力危害を加えないようにしている──


 魔王様とやらからそういう命令があったのかどうかは分からないが、とにかくあまり傷つけずに魔王城まで連れて行きたいのだろう。

 故に、俺にもつけ込む余地がある……!


「シュバルツーッ!」

「──フン。煩い蝿が!」


 そんな俺の目に、リューカに乗った状態で突撃してくるレオンの姿が飛び込んできた。ナイスタイミング……!

 しかしそれを目障りと感じたのか、シュバルツは自身の周囲に氷の矢を展開させた。それも一発や二発ではない。百を越える鋭い氷の結晶が浮かび上がり、レオンとリューカにその切っ先を向けているのである。


「落ちろ!」


 シュバルツの号令に呼応するように一斉に射ち出されたそれは、まるで弾幕となって二人に襲い掛かる。


「っリューカ、ここは一度──」

「ぎゃうっ!」


 レオンが撤退を指示しようとしたその時、しかしリューカは逆に勢いを付けるとその背を跳ねさせ、レオンの体を氷の範囲外である宙へと打ち上げたのである。


「な、リュッ、リューカっ!?」


 逃げに徹しなければ、リューカの体躯であの矢は回避出来ない。まさか、捨て身で──。

 青醒めながら何とか視線をリューカへと向けるレオンが見たものは。


「ふんぬっ!」


 氷が着弾する寸前で、瞬間的に人間へと戻るリューカの姿であった。


「リューカっ!」

「でぇえいッ!!」


 百発を越える氷の矢と言えど、遠方から人一人を狙うことは困難であろう。その殆どは彼女の横をすり抜けていく。それでも数発、当たりそうなものはあったのだが、そこは武人であるリューカ。気合いの声と共に何処からか手にしたバトルアックスで打ち砕いていた。


「す、すげぇな!?」

「これが、先程口にした面白いこと、ですわ!ふふ」


 そう口にした次の瞬間にはリューカはもうグリーンドラゴンの姿に戻っており、上昇して自由落下を始めるレオンをその背に受け止めていた。


「ぎゃあん」

「はは!最高だリューカ」

「ぎゃうっ、ぎゃうぅん!」


 楽しそうにする二人とは対照的に、シュバルツはギリ、と歯噛みした。


「おのれ、小賢しい真似を……」


 レオンとリューカが来る。しかしいよいよとなれば、シュバルツは俺の命を盾に二人を下してしまうだろう。そうなったら俺たちの敗けだ。だからここからは、俺の番だ。


「あな、たに……ききたい……こと、が……ある……」


 窒息と戦いながら、俺はなんとか言葉を絞り出した。しかしシュバルツは微動だにしない。


「私には話すことなどない」


 目線はレオンたちに向けられたまま、ぶっきらぼうに言い放たれた。予想通り、俺に興味など微塵もないのだろう。当然だ。……しかし、そういう訳にもいかない。嫌がおうにも持ってもらうぞ。興味を。


「貴方に、聞きたい、の。シュバルツ。……シュバルツ・フォン・グリードラス……」

「っ!?」


 息を飲む音と共に、彼の目が俺へと向けられたことが感覚で分かる。そりゃ驚くだろうな。魔貴族である彼の正式名称は、誰にも明かしていないという設定なのだから。

 それを、こんな何処の馬の骨とも知らぬ小娘に呼ばれたら、さぞや驚きと恐怖に襲われていることだろうさ。


「貴様、どうして……。何故、その名を……」


 偶然で片付けられることではない。シュバルツの疑念を一身に浴びながら、俺はそれには一切答えずに別の話を切り出した。少しシュバルツの腕の力が弛んだようで、呼吸出来る今がチャンスなのだ。


「どうしても、貴方に聞きたいことがあるの。……けほっ」


 見上げると、紅い瞳がこちらを見つめていた。シュバルツは黙ってじっと俺の言葉を待っている。この得体の知れない小娘が何を口にするのか、気になって仕方がないのだろう。

 俺は小さく息を吸うと、再度口を開いた。


「シュバルツ。どうして貴方は魔王に従っているの?魔王に故郷を滅ぼされて、レイヴンの街で反逆の準備を整えていた筈の貴方が、どうして魔王様なんて呼んで従っているの?」

「な、ぁ……?」


 開いた口が塞がらない様子のシュバルツ。こちらはゲーム本編からの知識だ。魔王に反旗を翻す機会をずっと狙っていたシュバルツは、魔王軍に占拠された街レイヴンにて反乱軍を立ち上げる。

 レイヴンに訪れ実情を知ったレオンから共闘を持ち掛けられるも、シュバルツはプライドからこれを拒否。軍を挙げてレオンたちと戦うことに。

 結果、シュバルツはレオンに敗れることとなるのだが、同時にギルディアの軍がレイヴンを襲撃する。魔王はシュバルツの謀反を知っていたのだ。

 そうして軍も何もかも失った彼は、こうなったら魔王と刺し違えんと魔王城に単身突撃するのだが、数多の魔王軍兵士の物量に圧されてやがて力尽き、魔王に会うことも叶わないまま惨めな最期を迎えるのである。

 それが、俺の知るシュバルツという魔族の全てだ。


「き、きさ、貴様は、何なんだ……?」


 声を震わせながら、シュバルツが言う。これも当然、小娘が持ち合わせていい知識ではないのだから当然だろう。レオンたちには話せない。何度も言うがここまで魔王軍幹部に詳しい人間なぞ、魔族のスパイを疑われても文句は言えないからだ。


「どうなの。シュバ──っぐ」

「やめろ。それ以上の言葉を吐くな」


 更に畳み掛けようとした俺だったが、それは出来なかった。シュバルツは俺を懐から引き離すと、首を潰さんばかりに力を込めて空へと吊るし上げたのだ。


「か、は…………」


 シュバルツが竜の里に現れるなどという展開は、クエハーには存在しなかったものだ。もしかすると、俺がこの世界に来たことによって展開に変化が起きているのかもしれない。もしそうであるのなら、今後俺のクエハー知識は役に立たなくなっていく可能性もあるだろう。

 しかしそれでも、作品の根幹──キャラクターの深い設定は変わらない筈。そう踏んでのカマ掛けだったが、シュバルツの焦り様を見るに、それは間違っていなかったようだ。


 ……まあ、窒息して死に掛けているこの時の俺にはそんなことを考えている余裕はなかったのだが……。


「小娘!貴様は──」

「ぅ…………ぁ……」


 窒息死か首をへし折られるか。俺の命は風前の灯火だったが、その作戦は成功していたと言えるだろう。何故ってシュバルツには今、俺しか見えていない。この土壇場で彼は、迫り来る脅威を失念してしまったのである。そしてそれは、この局面において致命傷となる。


「っは!?」


 ほぼ同時だったろうか。間近に風を感じてシュバルツが右へと顔を向けるのと、


「らぁッッ!!」


 リューカを蹴って飛び出したレオンの拳が、シュバルツの顔面を打ち抜くのとは。


「ぶぐえェェェッッ!?」 


 殴られた勢いそのままに吹き飛ばされるシュバルツ。同時に解放された俺は空へと投げ出されて落下──、


「っ!」


 することなくリューカの背に受け止められていた。見ればレオンも隣でリューカの背をクッションに倒れ込んでいる。


「げほッ、げほッ!」


 何か言おうとして、俺は激しく咳き込んだ。今まで締め上げられていたので無理もないだろう。むせながら、しかし息が出来るという当たり前のことに安堵さえ覚える。


「ミーナ!大丈夫か?」


 すぐさま身を起こしたのだろう。レオンが駆け寄ってくる。どんな時も本当に優しいな。


「だっ、だひじょ、うぶ……げほっ」

「お前また無茶してただろ!危ない真似しやがって──」


 シュバルツとのやり取りを見ていたのか、レオンが口を尖らせる。そのまま小言を言おうと彼が再度口を開いたその時、


「ぎゃうっ!」


 リューカの声がその場に響いた。


「リューカ?何を──、って、おいおいマジか」


 リューカの声に反応し彼女が見つめる先へと目を向けたレオンが、そう声を絞り出した。

 俺もそちらへと目を向けて、「わぁ」と呟く。


「……ここで潰す」


 リューミリアレベルの大きさ──つまり山の如き巨大な氷の塊を自身の頭上に掲げるシュバルツの姿がそこにあった。

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