竜の里 温泉 『温泉イベントと星の空』
◆◆◆◆◆
「わ、悪い!すぐ出るから──」
「ゆ、勇者様、あのっ」
「──え?」
慌てて退散しようとしたレオンの背に、意を決したようなリューカの声がぶつかった。思わずレオンはその場に足を止める。
「わ、わたくし後ろを向いていますからっ!そ、その、折角ここまで来て頂いた勇者様を追い返すなんてこと出来ませんもの……」
「…………そ、そうか……?」
リューカがそう言うのなら、と、レオンもそろそろと近付くと、恐る恐る湯に足をつける。天然のお湯は想像よりも少し熱目といった程度で、全身を浸すと思わず声が漏れてしまった。
「あ~~~……」
「ど、どうしたんですの!?敵襲!?」
「あ、いやすまん。気持ち良くてつい……」
ぼんやりと星空を眺めながら、レオンはふと、先ほどのリューカとの邂逅を思い返していた。月明かりの下に晒される、一糸纏わぬその身体。レオンより二回りは大きいその身長もさることながら、彼女の頭よりも大きいその規格外のバストが──、
(なに考えてんだ俺は……)
思わず口元まで湯に沈めて、レオンはブクブクと吐息を吐き出した。余計なことを考えるなと自身に言い聞かせる。
「あの、勇者様」
「……ぷぁっ。な、なんだ?」
「星、見ていますか?」
「星──」
その言葉を受けて、レオンは再び夜空へと目を向けた。先ほどは漫然と見上げていただけの夜空は、キラキラと輝いてとても美しかった。散りばめられた宝石とはよく言ったもんだな。とレオンは思った。いや、絶対に人の手が届かない以上、宝石よりも遥かに価値があるだろう。
「ああ、美しいな」
「ひゃあっ!?ゆ、勇者様?」
「星がさ。普段当たり前のように思っていたから、こうして喧騒から解放されなければ、気付かなかったと思う。ありがとな、リューカ」
「へぁっ!?あっ、そ、そう、星。──そうですわね。いつも身近にあるからこそ、その真の輝き──美しさに気付けない。きっとそんなものは、この世界に無数にあるのでしょうね」
「ああ……」
そうして二人は、背中合わせに星空を見上げていた。
~クエハー第二章─竜の里編より抜粋~
◆◆◆◆◆
よりにもよってこの俺が、クエハーのイベントフラグを折ってしまった。
ファンとしてあるまじき失態。万死に値する悪逆非道である。
しかも、明確な理由があった訳でもなく、まるで気紛れのようにやってしまったのだから尚最悪だ。悔やんでも悔やみきれない失態に、失意を抱えて呆然とその場に立ち尽くしていた俺に、そんな事情はつゆとも知らないであろうレオンが口を尖らせてきた。
「なら、ミーナ先に行ってこいよ」
「──へ?」
落ち込んでいる最中だった為に、つい間の抜けた声を上げてしまう俺。すぐにレオンの言葉の意味を理解すると、いやいやいや、と首を横に振った。
「聞いてた?リューカが入ってるんだってば」
「そりゃそこに俺が行ったら問題だろうが、お前ならいいだろ」
「う」
言われてみればそうである。
「ミーナ、リューカとは最近少し話した程度だろ?こういう機会に交友を深めてこい。リーダー命令な」
そしてそんなことを言われて外に放り出されてしまった。くそ、そう言われたら反論のしようもない。……ってか、よく見てんなぁアイツ。
確かに、俺がこの世界に来てからもう二週間は経とうとしているが、リューカと会話するようになったのはフィーブでの祭りを二人で食べ歩いた先日からである。
常にパーティ内の関係に気を配っているのだろうか。俺にはとても無理だなぁ。
兎にも角にも追い出されてしまったものは仕方がない。と、タオル片手に屋敷の奥へと向かうことに。やり込んでいるので、温泉の位置などは手に取るように分かるのだ。
「はー……。なんでオレ、あんなこと……」
未だに先ほどのことを後悔しつつ、最奥へとたどり着く俺。近くにはよく見るとリューカの鎧一式が置かれているのが見える。
レオンもいないし、大丈夫だよな……?けど、リューカとなに話しゃいいんだろ……。
そんなことをぼんやりと考えながら服を脱ぐと、畳んでまとめて近くの岩の上に置いた。
素足になると、石造りの床の冷たさが直接肌を刺してくる。奥の岩戸には人が一人通れるくらいの隙間も開いており、そこからすきま風が絶えず流れ込んで来ているということもあるだろう。なんというか純粋に寒い。裸になった心許なさもあるのだろうが、俺は少し小走り気味に奥の岩戸の隙間を抜けていた。
「さむっ……ぉ、ほぉぉ~っ!」
足の裏の冷たさに加えて外気の冷たさに思わず変な声が上がってしまう。岩戸を抜けて温泉に急ごうとした俺だったが、
「わぶッ」
岩戸を出た途端、別の壁に激突した。いや、壁というにはそこそこ柔らかいけれど、これは────、
「あら?ミーナ?」
「ぶぇっ、へ?リュ、リューカ……さ──」
デッッッッッッッ!!!?でっかぁぁぁ!!!?
なんと俺が正面から激突したものは、リューカの胸であった。彼女のバストが、その体格と相まって規格外の大きさであることはクエハープレイヤーである俺としては承知の上なのだが、それでもリアルで──それも間近で見てしまうとそのあまりの迫力に言葉を失ってしまうというものである。だってあまりにもデカすぎる。片方が俺の頭の二倍くらいあるんじゃねぇの?
「あ、ごめんなさいね。何か物音がしたから確認しようとしただけでしたのよ」
そう口にすると、リューカは微笑みながら固まってしまった俺の体を持って、軽々と遠ざけた。目線にあるのだから仕方ないのだが、彼女の胸ばかり見ていた俺は慌てて顔を上げる。
「あ、すみません……」
「ふふ」
小さく微笑むリューカは、既に温泉に入っていたのだろう。ほんのりと上気した頬に、身体からもほわほわと湯気が出ている。十八禁版のスチルがこんな感じだったっけ。
こんな美味しい状況でありながら、不思議とエロい気持ちは湧いてこなかった。それよりも俺は、リューカの身体に見とれていたのかもしれない。
胸の大きさばかりが取り沙汰される彼女だが、その爆乳が自然に見える程の長身であることも魅力の一つだと俺は思う。レオンを軽々越える二メートルの身長に、その身体を支える説得力に溢れた丸太のような太股。しなやかなカモシカのようなバレナとは違い、大きく太く、を地で行っている彼女は、クエハー人気投票でも一位を取る程にファンが多かった印象があるくらいだ。
「温泉、浸かりたいのでしょう?隣、どう?私、ミーナと話したいことがありますの」
「ぇ、ぁ……、は、はい」
この状況でそう言われてしまっては、断ることは出来ないだろう。俺はリューカに連れられて、湧き出る温泉の端へとやって来た。
何故端かと言うと、そこ以外危険だからである。元来ドラゴンが鋭気を養う為に利用しているものなので、端の浅瀬以外、二十メートル程の深さがある危険地帯なのだ。
しかも別段警告もなく、色の濃いドットの上に乗った途端即死だから質が悪い。直前にセーブされているからそこまでダメージはないものの、興味本意も含めて一体何人のレオンが温泉に沈んだことやら。
「竜の里はどう?ミーナ。……いえその、わたくしも人に尋ねられるほど長く暮らしてはいないのですけれど」
それでも古巣は安心するのだとリューカは言う。俺にとってのそれは、南の家なのだろうか。
リューカの言葉を受けて小さく頷くと、俺は口を開いた。
「とても、良いところですね。平和で、のどかで」
まるでこの世界からここだけが切り離されているかのように。竜の里は争いもなく、魔王軍の影もなく、牧歌的な平和な風景が続いているのだ。
「ええ。ドラゴン族は、魔族と人間との争いに干渉しない、中立を保っているのだと聞きましたわ」
「中立……、でも、それって」
「ええ。わたくしがそれを破ってしまった。お祖母様たちは歓迎してくれていますが、元来わたくしは招かれざる客なのです」
「リューカさん……」
「今回立ち寄ったのは仕方ありませんが、次は魔王を倒すまでは帰れませんわね」
自嘲ではない。強い決意に満ちた眼差しを遠くに向けたまま、リューカはそう口にした。しかし俺が見つめていることに気が付くと、ふっ、とその表情を緩めた。
「堅いお話はそこまでにして。……ミーナ、わたくしが聞きたいのは別のことでしてよ」
「別の、こと……?」
「ええ」
リューカは楽しそうに笑いながら、そしてその言葉を口にした。
「貴女、勇者様のことをどう思っていますの?」
何となく、蒸し返されるような気はしていた。だからあまり乗り気ではなかったのだ。むっ、と表情を険しくすると、俺はぶっきらぼうに言葉を放つ。
「それはもう答えました」
「そうだったかしら?忘れてしまいましたわ。もう一度教えてもらえる?」
「なんでですか……」
「前にも言いましたけれど」
言いよどむ俺へと目を向けて、リューカが微笑みながら口を開いた。
「わたくしは勇者様をお慕いしています。小さいときに助けて頂き、そして再会したあの日からずっと……、愛していますの。彼の助けになるのなら、この命を賭けることになんの躊躇いもありませんわ」
全く淀みなく言いきった彼女の真っ直ぐな瞳に捉えられ、思わずたじろいでしまう。
その上で、リューカは再度俺に問う。
「ミーナ、貴女は、どうなの?」
「ですからっ、私にとって勇者様は──」
──だから、泣くな──
あの笑顔がまたしても脳裏をよぎり、どくん、と心臓が跳ねた。
「わた、オレに、とって、レオンは──」
震えているように、かちかちと歯が鳴る。二人で部屋で必殺技を考えたこと、船長相手に必殺技を叩き込む姿、町長の屋敷前での蹴り合い、バレナたちから一緒に逃げた祭りの夜、彼にだけ見せたカーテシー、ああ。レオンとの思い出ばかりがリフレインしている。……まさか、そんな。
本当は心のどこかで気付いていたのだ。けれど俺は、ずっと気付かないふりをしていた。
──俺、レオンのこと好きなのか──
元より、クエハー主人公のレオンは好きだった。でもそれは、プレイヤーである自身の写し身としての姿に感情移入していたのだ。けれど、今の俺の抱く気持ちは多分違う。
────彼に、恋をしている。
認めたくはない。だが、そう考えてしまえば納得はいく。
リューカとレオンが二人でレストランで笑っている姿を見て、どうしようもなく心がざわついたことも、温泉イベントを無意識にぶち壊したことも、つまり全部、俺の嫉妬心が原因だったというわけだ。…………はは。なんだそれ。
こんな紛い物の、女ですらない俺にヒロインの邪魔をする資格なんてないのに。俺が選ばれたら、世界を救えない。みんなを救えない。ヒロインのみんなが死んじまう。許されないことなのに。
けれど思い返せば、俺はずっとレオンと彼女たちが仲良くなる機会を奪ってたんじゃないのか?
友達みたいなものだからと言い訳して、事あるごとにレオンにべったりくっついて。
──もっと言ってしまえば、レオンに気に入られるやんちゃな性格を、俺は最初から演じていたんじゃないのか?
だって、南信彦はあんなに砕けた性格じゃない。ぶっきらぼうで寡黙で、人付き合いは苦手な方だった筈だ。それじゃあ、今の俺は──。
「わた、し、私は──」
ああ。ダメだ。俺、酷い顔してる。リューカに見せられない。
「ミーナ?ど、どうしたんですの?」
未来を知っている俺が、それを利用して彼女たちの邪魔をしたのだ。その時点で、例えこの気持ちを認めたとしても、対等ではいられないだろう。悔しさと焦燥で瞳が潤む。感情がぐちゃぐちゃになってる感じだ。……くそ、何の涙だよ。そんな資格ねーんだよ。
「えっと、今日の夕食なのですけれど、お母様が頑張って獲物を仕留めてきたとのことで、ごちそうですの!楽しみですわよね~」
俺の様子を見て気を使っているのだろう。リューカが話題を変えてくれているらしいのだが、俺の耳にはまるで届いてはいなかった。呆けたまま、思考を手放してしまいたい気持ちに苛まれている。
ただぼんやりとしながら、どうすればいいんだろう。と小さな呟きが漏れていた。
◆◆◆◆◆
その後、リューカに慰められながら風呂を後にした俺は、彼女の紹介してくれた個室にて一人、気持ちを落ち着かせることとなった。リューカは俺の涙の理由を問いただそうとは決してしなかった。あれだけ迷惑を掛けた俺を、だ。本当に、彼女には敵わないな。
結局一時間ほどそこにいただろうか。涙の跡が消えた頃合いで、丁度リューカが言っていた夕食会が開かれることとなった。皆を交えての豪勢なものだ。
リューメイが仕留めたという巨大な草食動物、自身の頭よりも大きな角が特徴の【ガフスルー】の丸焼きが置かれ、周囲には香草が散りばめられている。
「腕によりをかけましたとも」
「それを言うなら口によりを掛けて、だろうに。……やれやれ」
「お、リューカ特訓うまくいったのか?」
リューメイに向かってため息を吐くリューミリア。リューカはというと、レオンに尋ねられ小さく頷いている。ちなみに彼女は風呂からこっち、人間の姿のままだ。
「おかげさまでバッチリですわ!面白い技も開発いたしましたのよ」
「え!なんだそれ見てぇー!!!!」
「ふふ。後のお楽しみですわ」
「そか、そうだな」
そう言いながら、レオンは見たこともない歪んだ刃物で肉を強引に切り分けていく。……いや、待て。なんか見覚えあるぞあの柄の形。
「ちょ、それロングソード!?なんでそんなおかしな形になってんの!?」
そう。それはレオンがフィーブで代用品としてもらい、使用していたロングソードであった。俺の言葉にハハハ、と笑うレオン。
「いやぁ。炎の剣が待ち遠しくってさ。ミーナが風呂に行ってる間に火魔法の練習しててんだ。それが思いの外上手くいってよ」
「……そのドロドロに歪んだ剣身を見れば分かるよ。……スゴいな」
まだウィズの本格指導を受けた訳でもないだろうに、独学で火魔法を成功させてしまったらしい。身体強化魔法を無意識に使っていたことを考えても、やはりレオンはその辺りのセンスが抜群なのだ。
勝手に自身の現状唯一の武器を溶かしてしまったことには一言入れるべきなのだろうが、それよりも炎魔法を発動させた事実を誉めるべきだろう。
「よせって照れるな。あ、じゃあ後で、部屋でちょっと試してみるか?」
「……いくら石造りだからって、他所様の家の部屋ん中で魔法をぶっぱなすのは常識がなさすぎるだろ。やるなら外で──、レオン。お前それ、さっき言ってた自主連も勿論外でやったんだよな?」
「あっ、やべ。肉が冷めちまう!」
こいつ室内でやりやがったな。前言撤回。帰ったらウィズに言い付けてやる。
俺にそんなことを思われているとは露知らず、レオンはガフスルーを「うまいうまい」と堪能していた。俺も少し貰ったが、牛肉に近くて美味しかった。……と、思う。正直食事を堪能出来る精神状態ではなかったのだ。
「美味しいです。本当にありがとうございます」
持ち前の演技力で普段通りに振る舞ってはいても、ふとした拍子に思い詰めてしまう。流石にこのままでは皆に失礼だろう。
──どこかで一人になりたいな……。
だから俺は、結論が出るまで一人で悩み抜くことにした。食事の礼を告げると、外ならいいだろ?火魔法のチェックしてくれないか?とそわそわしているレオンに断りを入れ、
「はー。ここかぁ……」
単身、屋敷内の庭園へと足を運んでいた。
リューカの家の庭園は、クエハーのゲームでも訪れることが出来る場所だ。まるでジュラ紀を思わせるシダ植物に似た大きな植物が栽培されており、いくつかの黄色い実をつけている。確かこれは、ココモの実とか呼ばれているリューミリアのおやつだったかな?
そんな植物たちに囲まれた中央、月明かりに照らされたそこに、これまた大きな岩が鎮座している。高さは五メートルほど。リューミリアにとっては小石程度だろうが、俺にとってはちょっとした山登りだ。
怪我をしないように慎重に大岩によじ登ると、俺は座ってゆっくりと周りを見た。隣にも緑に苔むした大岩があり、周囲にはシダの大葉が生い茂る。そして見上げた空には──、
「はー……」
思わず吐息が漏れる。すっかり陽も落ちて、そこには満天の星空が広がっていたのだ。
(綺麗だなぁ)
ぼんやりと、そんなことを考える。空はあまりに広大で美しく、俺の個人的な悩みなんてどうでもいいじゃないかと言われているような気持ちになってくる。大自然に触れると小さな悩みなんて吹き飛ぶと聞いたことはあるが、あながち間違いでもないのかもしれない。
(ただ、まあ)
俺の悩みだって、この美しい夜空に負けず劣らず大きなものだという自負はあるのだが。
『お嬢さん。何かお悩みかい?』
「わあぁっ!?」
突然隣の大岩が喋りだして、俺は思わずずり落ちるところであった。
「な、ぁ、ええ……!?」
『すまんの。驚かせるつもりはなかったのだが、昔からここに来るやつは、一人になりたいという者が多くての』
大岩ではない。ゆっくりと立ち上がったそれは、なんと里長──リューランドであった。俺が来る前からここにいたのだろう。そう言われて思い返すと、食事会の終盤には『先に失礼する』と食卓を抜けていたっけ。ゲームではいなかったような気がするけどなぁ。……しかしここにこうしているということは彼にもまた、星空の下で悩みたいことがあるのだろうか。
「リューランド様も一人になりたくてここに?」
俺の問いにリューランドは笑うように目を細めると頷いた。
『ああ。お主に貰った本をもう一度堪能しようと思っての。うひひ』
おい。全っ然違うじゃねーか。一緒にすんなジジイ。
『本の礼じゃ。何か悩みがあるなら、この年寄りに話してみい』
しかしリューランドは大真面目だったようで、悩み相談に乗ると口にした。むむ……、と悩む俺。
リューランドは五千年以上の刻を生きるドラゴン。この世界でも生き字引の類いであろう。ならば彼に相談することは普通に有りなのかもしれない。
「もし、もしもの話です。もし私に未来を見通す予知能力があったとして、大切な仲間が殆ど死んでしまう変えようのない未来を知ってしまったら、どうしたら良いのでしょうか……」
だから俺は、今まで自身が抱えていた最大の悩みの種を打ち明けることにした。レオンへの恋心云々は話しても仕方のないことだしな。
この世界は、俺が知る最推しゲーム『クエストオブハート』に酷似した世界であり、今のところゲームイベントの通りに物事が起きている。
そしてゲームでは、勇者レオンと彼に選ばれたヒロイン以外の仲間は最終局面で皆死んでしまうのだ。
そんな状況を分かっていながら、俺はずっとそれについて考えることを先送りにしていた。
『お、おお?予知、とな』
突拍子もない話だ。流石にリューランドも面食らった様子で目をぱちぱちとさせていたが、ややあって落ち着くと、ふむ。と唸った。
『娘さん。お前さんは変えようのない未来と口にしたが、それは本当にかい?』
「細かく変わっているところはあります。……けど、大筋は変わっていないと思います……」
ラドナ遺跡に潜らないで解決、なんて一幕もあったことはあった。しかし、オーブを回収するという結果が変わった訳ではない。オーブはしっかり集めたし、幽霊船での船長とのタイマンや、デルニロとの決戦。ゲームと同様のイベントはしっかり起きてしまうのだ。だとすれば、どうあがいても先に待つ彼女たちの死は回避出来ないのだろうか。
『本当に、そうかの?』
「え?……ですが──」
『本当に何もかもが、予言の通りの結末となったのかの?不幸に見舞われる筈だった誰かの運命を変えたりはしておらぬのか?』
「それ、は────」
何かを言おうとした俺の脳裏に、瞬間、その顔が浮かんだ。
──ミーナ!──
「サラっ!」
その一瞬、隣に誰かいることすら忘れて俺はその場で声を張り上げていた。
『むぉ?』
「ぁっ、すっ、あのっ、一人、いたんです!助けられた、友達が!」
サラ・ラグリア。ゲームではどうあってもレオンの到着が間に合わず、助けることの出来ないモブキャラだった少女だ。
この世界に来るまでは、彼女の人となりも好きなものも、何一つ知らなかった。けれど、二人で秘密の丘に行き、家に招かれてお菓子も作って。今は色々なサラを俺は知っている。
そうだよ。俺サラを助けてるじゃん!クエハーで出来なかったことをしてるじゃん!どうして今までそこに思い至らなかったんだろう。
『心当たりがあるようじゃな。ならばお前さんが言う予言とやらも絶対ではないということではないかの?』
「はい。────はい!」
一度目は反射的に、二度目は力一杯に頷いた。リューランドの言葉は、俺にとっての希望そのものだ。
イベントそのものを防ぐことは出来なくとも、それによって死ぬ運命にある誰かを助けることは出来るかもしれない。
……そっか。俺、助けられるんだ。頑張ればきっと、みんなを助けられるんだ。
気付けばぼろぼろと涙が零れていた。先ほどの風呂でのものとは違う、これはきっと、嬉し涙。
「あは。助けられるんだ。全員生存エンド、目指していいんだ」
ごしごしと手で拭っても、涙が後から後から溢れてくる。本当にこの体は泣き虫だ。……けど、今は存分に泣いても許されると思う。……レオンとリューカには内緒だけど。
『少しは、悩みも晴れたかの?』
ややあって。朗らかに笑うかのように目を細めるリューランドに、俺は感謝を込めて頭を下げていた。
「ありがとうございます。お陰で私の進むべき道が見えました……!」
今やっと気付いたのだ。
ゲームじゃないこの世界で、大切な仲間たちを死の運命から救うこと。それが俺がここで為すべき使命なのかもしれない。と。
決意して、俺は星空へと目を向ける。
魔王を倒し、みんなで笑い合う最高の結末を、この手に掴むんだ。
「────え?」
ふと、輝いていた星が消え、俺は眉をひそめた。唸るような低い音と共に、夜空に黒い影が差したのだ。
『む……?あれは……』
リューランドも顔を上げる。音がその大きさを増すと共に、黒い影はぐんぐんとこちらに近付いてきた。近付くにつれて、それが生物の群れであると分かる。────いや。
「あれは、デスクロウ……!?」
カラスに似ているが、体のところどころが腐り落ち、頭の半分が白骨化しているその姿。赤い目を輝かせ、闇をまとったその姿は生きとし生ける動物のそれではなく、魔物と呼ばれる魔族が生み出した生物の仲間である。
そのデスクロウが、空を埋め尽くす程の大群でこの屋敷を囲んでいるのだ。俺もリューランドも、突然のことに言葉を失っている。
「そこでいい。止まれ」
空に低い声が響くとデスクロウたちの群れが左右に別れ、そして長髪の黒髪を携えた一人の男が姿を見せた。
カラスたちの何倍もの大きさの黒い翼を持ち、黒衣を纏った赤い目の彼を俺は知っている。知っている、けど……!
男が、こちらを見下ろしたままゆっくりと口を開く。
「お初にお目にかかる。我が名は魔王軍幹部が一人、【シュバルツ】以後、お見知りおきを」
「シュバルツ……」
『……娘さん、これも、あんたの予知にあったことかい?』
「……いえ。知りません、こんな……こと……、まさか」
リューランドに問われ、俺は首を横に振る。
あんな決意をして早々なのだが、俺はこれから思い知らされることとなる。
「早速だがこちらの要求を伝えよう。勇者とその女、そして魔王軍に楯突いたドラゴンを一匹、差し出して貰おうか」
この世界が、俺の知るクエハーとは変わり始めているということを。




