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竜の里 ギーメイの工房 『それいけおつかいクエスト』

挿絵(By みてみん)

『着いた。ここだぜ』


 そう口にするメソに俺たちが連れられて来たのは、岩山が抉れて出来た洞窟のような所であった。一見すれば何もない場所のようだが、なるほどギーメイ工房と書かれた立て看板が設置されている。


『俺たちはこの奥までは行けないからな。ここで大声を上げりゃ、運が良ければ奴が出てくるんだが……、まあお前らなら奥まで行けるだろ。俺はここで待ってんぜ』

「色々とありがとうございます!」


 尻尾を伝って慎重に降りながら、俺はメソへと礼を口にする。レオンみたいに飛び降りる訳にはいかないからな。アイツの隣にいると命がいくつあっても足りない気がしてくるよ。


「よし。行くか。ありがとな!メソ」


 先に降りて待っていたレオンと連れ立って、俺たちは洞窟の奥へと進んでいく。


「小鬼って言ってたけど、どんな奴なんだろうな?」

「さぁな。行ってみれば分かるだろ」


 そうして歩くこと数分。俺たちの前に、表の自然丸出しな景観からは想像も出来ない程に作り込まれた工房が姿を現したのである。

 見慣れたテーブルや椅子のような家具から、食器やティーカップのような小物まで、この竜の里には似合わない等身大の光景がそこに広がっている。


「おお、凄ぉい」


 ギーメイの工房こんな感じなんだぁ。と相変わらずファン目線で俺が見て回ろうとしたその時、


「誰だ!」

「ひぃっ!?」


 突然大声を浴びせられ、咄嗟にレオンの背中に隠れてしまった。

俺にとっては今世界で一番安全な場所なのだから仕方ない。

 工房の奥からぬっ、と姿を現したのは、髭の生えた筋骨粒々な色黒の男であった。


「長老に紹介されて来た。アンタがギーメイか?」

「む……なんだ?お前らもひょっとして人間……か……?」

「え……?」


 小鬼、と称されていた相手からの予想外の反応に、構えていたレオンも面食らう。ギーメイ、その真意は果たして。


◆◆◆◆◆


「どわっははは!相変わらずだな竜のジジイめ。ゴブリンと人間の区別もついとらん」

「アンタ、人間だったんだな」


 豪快に笑うギーメイに釣られて、レオンも顔を綻ばせた。しばらく話をした後、俺たちは彼とすっかり打ち解けていた。

 知り尽くしてしまっていると、こういう時に新鮮に楽しめないのがネックだなぁ。記憶を消して楽しめたら、と思わないでもないが、そうしたら俺のアドバンテージがゼロになるからすぐ死ぬだろうな。


「で、竜の牙で剣を、といったか?」

「ああ。今の俺に必要なんだ。どうか頼む」


 真剣に頭を下げるレオン、ギーメイは、


「おうおう。ハートは伝わったぜ!……だがよ、ちょいとそいつは難しいかもしれねぇな」


 と頭を掻きながら口にした。



「難しい?」

「ああ。メインとなる竜の牙が手元にねえ。それから他にも必要な材料がちらほらとな」


 どうしたもんかと頭を抱えるギーメイ。なんと言うか、これ以上ないお使いクエストの前フリである。何か言おうと口を開き掛けた俺だったが、


「分かった。俺たちで取りに行く。場所を教えてくれ」


 レオンがそれよりも早くギーメイへと約束を取り付けていた。それだけ本気だということだろうが、話が早くて助かる。


「おお。そいつは助かる!ちょっと待ってろ、場所を思い出す」


 一応アイテム回収場所については熟知している俺ではあるのだが、ギーメイの教えてくれた内容はしっかりノートに残しておいた。

 その後は勿論、指定された場所に赴いてアイテムを入手する訳だが、そこは別段ドラマがあったりもしないのでダイジェストで紹介しておこう。


「まずはチェゴの花だな。こいつは里の平地に普通に咲いてるぜ。青い花だ」


 花のデザインを見るのは初めてだったが、その通り咲いていたので回収した。青い花弁が一様に風に揺れていて、とても綺麗な光景だった。


「白陽石。こいつは島の北にある火山の麓に転がっている白くてボコボコしたやつだ。思ったよりも軽いから、持てるだけ持ってきてくれ」


 こちらもゲームでは分からなかったが拳の半分ほどの大きさの石だったらしい。二人で百個くらい持ち帰った。(俺は二十個くらい)軽いなんて嘘ばっかりだ。すんごい重かった。


「それから鉄鉱石も必要だ。こいつは旧鉱山跡地に沢山ある。十個ほど頼むわ」


 こちらも指定された場所に赴くとびっくりするほど簡単に手に入った。もう持てないからレオンに持たせた。


「それから剣の素材となる竜の牙。こいつがなきゃ話にならん。これは、竜の墓場に行けば転がっているが、古すぎるやつは朽ちちまって使い物にならないから気を付けろ」


 竜の牙。普通のRPGならドラゴン系モンスターを倒して手に入れそうなアイテムだが、クエハーではご存じの通り仲間にドラゴンがいるため、こうやって手に入れる他ないのである。

 唯一戦える竜系モンスターにはギルディア配下のワイバーンがいるが、比較的小柄故に牙はドロップしない。

 俺が見繕ったものをレオンに持たせた。


「最後に、メインブドウの実だ。崖の中腹に自生しているんだが、こいつを三房ほど持ってきてくれ。もっと多くても構わない」


 メインブドウ!こいつが一番難関だった。現実世界のぶどうによく似た果物で、ゲーム内でも取りにくい場所かつノーヒントということもあり、手に入れるには一苦労する代物なのだ。そもそも崖の中腹ということなのでドラゴンでも迂闊には近付けない。

 ということなのでゲームでの正解通り、島の入り口に置いたロープを回収してそれをメソの尻尾にくくりつけ、レオンがロッククライミングして回収する運びとなった。

 回収自体は三房でいいとの話だったが、俺の頼みで六房取ってきて貰った。レオンに持たせると潰しそうだったので仕方なく俺が持つことに。


◆◆◆◆◆


「おお、すげぇじゃねぇか。全部取ってくるたぁ」


 驚いた様子のギーメイに、俺はフフンと鼻を鳴らす。


「どんなもんですか。これで剣を作って貰えますよね」

「……殆ど持ち運んだの俺だけどな……。ま、いいけど」


 後ろで何やらレオンがぼやいているが気にしない気にしない。俺の言葉を受けると、ギーメイはふふん。と口の端をつり上げた。


「ああ。最高のものを仕上げて見せるぜ」

「ところで、それぞれどんな用途で使うんだ?」

「ん?」


 取ってきた素材をしげしげと眺めながらそう呟くレオンに、ギーメイはむう、と立派な顎髭を撫でながら口を開く。無口な職人のような出で立ちをしているけれど、これで意外と彼、おしゃべりなんだよな。


「チェゴの花を煮詰めると、ドロドロとした青黒い蜜になってな。これを幾重にも塗り固めることで、元からあった耐熱性を更に上昇させるのよ。あと強度も抜群に上げる効果もある」

「「ほー」」


 レオンと一緒に感心した声を上げる俺。ゲーム中にもこの説明はあったが、改めて本人の口から聞くと感慨深いと言うか……。


「次に白曜石か。これは剣の刃を研ぐための研ぎ石として使うんだ。竜の牙はそこいらの鉄なんぞ比較にならない程頑丈だからな。普通の研ぎ石じゃまるで役に立たんのよ」

「鉄鉱石も同様だな。こちらは加工してハンマーに使うんだが、すぐに壊れちまうから、十個くらい予備が必要でな」

「なるほどなぁ……、あっ」


 どれも必要な理由がしっかりしていると感嘆の声を上げるレオンだったが、ふと、何かに気付いて声を上げた。


「じゃあその果物──なんとかブドウは何に使うんだ?」


 最後まで紹介されなかったメインブドウについて気になったのだろう。首を傾げながら尋ねるレオンに、ギーメイは初めての笑顔を浮かべて口を開いた。


「がっはっは!そりゃ俺のおやつだ。好物なんだが取りに行くのが面倒でなぁ。三房もありゃ十分だから、後はお前らで食べていいぞ」

「 」


 命懸けでメインブドウを取らされたレオンが、何か言いたそうな顔でこちらを見てくるのだが、知らん知らん。


「とにかく俺はこれから仕事に入るぜ。今夜には仕上げて見せるから、明日取りに来てくんな」

「こ、今夜ぁ!?」

「なんだ?不満か?」

「いえ、そういう訳ではなくて……、仕事が早くてびっくりしたと言うか……」


 子供の頃は何とも思わなかったが、よくよく考えてみれば一晩で剣を仕上げるって割ととんでもない話だよな。

 俺の言葉を受けるとギーメイはガハハと愉快そうに笑った。


「このギーメイのモットーは、安心、安全、迅速、だ。ま、期待してろや」


 そうして次の瞬間には、彼は職人の顔付きへと変わっていた。一切の無駄口が消え、黙々と鍛冶の準備を進めていく。


「……帰ろっか」


 レオンに向かってそう口にすると、「ああ」と短い返事が帰ってきた。しかしその目はギーメイの仕事に釘付けであった。新しい剣が気になって仕方がないのだろう。

 分かる分かる。けどそのままだと何時間だって居そうだからな。ぼうっと立つ勇者を無理矢理に引っ張って俺は工房を退散した。


 ちなみに、余ったメインブドウは俺とレオンと、あとメソにもあげて三人──二人と一匹とで食べた。めちゃくちゃ美味しかった。


◆◆◆◆◆


『おお。帰ったか。ギーメイには会えたかの?』

「はい。剣は作って貰えそうです」


 時間は分からないが、景色からして夕方を過ぎて日が沈もうとしている頃。リューカの自宅に戻って、俺たちはリューランドと話をしていた。


『そうか。変わった奴ではあるが、腕は立つからの』


 うむうむ。と目を細めた後で、リューランドはこう口にする。


『おおそうだ。お前たちの部屋は用意してある。その道を入って左の所だ。好きに使うと良いぞ』

「お。やった!ありがとうございます」


 何だかんだと疲れたので、部屋があることは嬉しいのだろう。小躍りしているレオンに俺も付いて行こうとすると、背中から声を掛けられた。


『それと、この道を真っ直ぐ行った突き当たりに、温泉が沸いている。疲れを癒すと良い』

「温泉……だと……!?」


 リューランドの言葉にレオンの目が見開かれる。あー!そういや温泉イベントここだったか!


「レオンは、温泉って初めて?」

「師匠から聞いてはいたけど、入ったことはねーよ。自然に湯が沸きだしてんだろ?ミーナはあるのか?」

「え?あっ、いや、き、聞いたことはあるけど、は、初めて……かなっ」


 南信彦だった頃に入ったことはある。別にそれくらいは言っても良かったのだが、咄嗟に嘘を吐いてしまった。

 ……俺、嘘ばっかりだ。

 出自もそうだが、世界学者だという大嘘を初めとして、俺はずっと皆を騙し続けている。いつかきっと大きなしっぺ返しを受けるのは分かっているが、今更どうしようもない。


「で、言われた部屋に来たんだが……」

「一部屋、だな……」


 聞き直したところによると、人間でも使えそうなサイズの穴蔵がここしかなかった、とのこと。


『他はワシら竜サイズでな。それで構わんなら用意できないこともないが……』

「あ、いえ、これで……」


 そう言われては妥協するしかない。流石にドラゴンサイズの部屋では移動だけで大変すぎて休まるものも休まらないだろうし。

 けど、二人相部屋ってのは流石に──、


「ま、いっか。必殺技談義出来るしな」

「…………」


 俺がやきもきとしているというのに隣のレオンは全く気にしている様子もない。それはそれで何とも腹立たしいのだが。それはさて置き、問題は彼の次の発言であった。


「それよか温泉だぞ温泉!うわぁぁぁ超行きて~!ミーナ。悪いが先行かせて貰うわ。我慢できねーし!」


 興奮冷めやらぬといった様子ではしゃいでいるレオンを眺めながら、俺は小さく嘆息した。竜の里での温泉イベントは、リューカシナリオの中でも特に重要な位置を占めるイベントである。

 竜の里にて観光を済ませたレオンが疲れを癒す為に紹介された温泉に行くと、先に入っていたリューカとばったり鉢合わせてしまい、ドッキドキの混浴タイムが繰り広げられるのだ。

 全年齢版では色濃く広がる湯気が十八禁版ではなくなって丸見えというのもこのシーンの特徴……って何を言っているんだ俺は。

 とにかくこのイベントはリューカをヒロインに選ぶなら必須のものとなっており、これを見ないで竜の里編を終えてしまうと、その後どれだけ頑張ってもリューカシナリオには入れないのである。


「どーぞどーぞ」


 ラッキースケベ、頑張って来いよ。なんて思いながら部屋を出ようとするレオンの背中をぼんやりと見送る。


「よっしゃ~!温泉だ~!!」


 リューカ、凄いんだよなぁ。この世界が全年齢版かどうかは知らないけど、童貞男子には刺激が強すぎるだろうなぁ。

 ゲーム内で何度も見た光景が脳内をよぎる。

 慌てる二人、帰ろうとするレオンに、後ろを向くから入らないかと提案するリューカ。星空の下で、心臓の鼓動が速まると共に、二人の距離も近付いて──、


「今、リューカ入ってるぞ」


 何故かは分からない。気が付いたらそんなことを口にしていた。慌てて自身の口を押さえるも、もう遅い。


「え。そ、そうなの?じゃー後にするかぁ……」

「ぇ、ぁ……」


 今度はすごすごと引き下がるレオンの横顔を眺めて、俺は呆然とその場に佇んでいた。

 今尚、自分の行動が信じられなかった。


 俺は今、自らの意思でクエハーの重要イベントをぶち壊したのだ。

この小説のOPが出来ましたので、第二部一話にて紹介しています!

よかったら聴いていただけると嬉しいです!

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