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竜の里 入口『竜の里へようこそ』

挿絵(By みてみん)

 襲撃を除けばスムーズに見える空の旅だが、結局の所到着までには二日ほど掛かっている。それでもドラゴンが最短経路を飛ばしての時間であり、なるほどリューカ一人では帰ることは難しかったと言える。

 かく言う俺も魔力を探知して方角を探る方位魔石がなければ、右も左も同じ景色しか見えない海の上を迷いなく進むことは出来なかっただろう。

 ゲームではこれがあれば時間をロスせずに海の上を進める程度のアイテムであったが、念のために買っておいて本当に良かったと言ったところか。

 途中、リューカの腹ごしらえと皆のトイレを兼ねて、海に浮かぶ小島であるサビエリ島に立ち寄ってレオンが巨大な水牛を仕留めたり等というシーンもあったが、そこは今回は割愛させて頂く。

 そうした紆余曲折を経て、今俺たちの目の前に広がる広大な島こそが、クエハーにおいて竜の里と呼ばれた秘境なのである。


「ついに来たんだな」

「ああ」


 レオンの言葉に俺が深く頷くと、リューカは島の端へと降下した。ゲームでもそういえばわざわざ島の端に降りていたな。傍目には分からないけれど、ドラゴン族にとってのポートとかあったりするのだろうか?


 俺たちが島の入り口に降り立つと、すぐに風を切って一匹のドラゴンが姿を見せた。リューカと同じグリーンドラゴンである。


「ギャアーーン!」


 一際甲高い咆哮が聞こえると、グリーンドラゴンはこちらの眼前へと降り立つ。


「む……」


 隣のレオンが緊張している様子が伝わってくる。突然襲い掛かられる可能性を考慮しているのだろう。

 俺は平気だと理解しているが、確かにこの時点ではそれを知る術もなく、レオンの対応も間違いではないと言えるだろう。


「…………」


 コルルルル……、と竜特有の吐息を漏らしながらこちらを一瞥した後で、そのグリーンドラゴンはリューカへと目を移すと、互いにじっと見つめ合う。

 二匹の息遣いだけが聞こえるような、そんな緊迫の時間が過ぎた後で、相手のグリーンドラゴンはくるりと背を向けるとその場から飛び去って行った。


「……なんも言わずに行っちまったぞ?」


 剣の柄から手を離しながらレオンが口を開く。誤解のないように、すかさず俺がフォローに入る事とする。


「ドラゴン族は、声を出さずとも息遣いとかだけで相手と会話出来るんだよ」

「マジ!?すげーな!」


 興奮したようにそう口にした後で、ふと疑問に思ったのだろう。


「で、何の会話してたんだ?」


 と、顎に手を当てながら口にした。ぐぬ、それは。


「いや流石にそこまではオレも分かんないよ」


 流石の世界学者様でも竜語は理解していないのだ。

 困ったように頭を掻きながらそう答える俺であったが、それに対するアンサーは別の場所より聞こえてきた。


「こちらの素性を伝えて、お母さまとお祖母さまを呼んで頂いたのですわ」

「!──リューカ!?」


 いつの間にか、巨大なドラゴンは消え、人の姿に戻ったリューカのシルエットがそこにあった。

 麻袋に入れてくくりつけられていた着替えまで済ませているという早業っぷりである。


「いつまでも竜の姿じゃ、勇者様とお話し出来ませんものね」


 ふんふんと得意気に鼻を鳴らすリューカ。そんな彼女に、俺は長年の疑問をぶつけてみることにした。


「あの……、さっきの人(?)ドラゴンは知り合いなんです?」


 ゲームではリューカと短いやり取りを交わした後、二度と出てこないキャラクター故、その素性は気になるところだ。名前なんか分かるだけでもファンは大歓喜だからな。

 しかしそんな俺の質問を受けてリューカは涼しい顔をするとこう口にした。


「えっ、知りませんわ。誰?」


 いや知らないんかい!あんな意味あり気に登場してたのに!?


「リューカ、俺からもいいか?」


と、そこに言葉を挟んできたのはレオンであった。「なんですの?」と首を傾げるリューカに、彼は告げる。


「いや、人間の姿になっちまったらお前の家族に分かるのかなって。言葉とか通じるのか?」

「    」


 その瞬間のリューカの顔は筆舌に尽くしがたいものがあったという。目に見えて青ざめると、頭を抱えるリューカ。


「た、確かにこの姿じゃお祖母さまに分かりませんわ!?い、今すぐドラゴンに戻りませんと!」

「落ち着け!着替えはあと一着しかないんだぞ!?」

「ですけれども──!」


 やいのやいのと騒ぐ二人を前に、俺は高みの見物であった。この後の展開を知っているからだ。


「…………」


 顔を上げて空を眺めていると、遠くから大きな何かが近づいてくるのが見えた。それは近くなるに連れてその大きさをどんどんと増していく。

 いよいよおいでなすったらしい。そう俺が思った次の瞬間、俺たちの頭上から声が降り注いできた。


『案ずることはないよ。リューカ』

「えっ!?」


 突然の声に驚き顔を上げるリューカとレオン。そして彼らは見ることとなる。

 白ずんだ薄緑色の鱗に覆われ、見上げる程の体躯をした美しい竜の姿を。


『ヒトの言葉くらい、私にも話せるんだからね』

「お祖母さま!」


 ドラゴンになったリューカの三倍はあろうかという巨体に圧倒されるレオンの隣で、リューカが歓喜の声を上げている。そう。彼女こそ、リューカの祖母であるリューミリアであった。


(わあぁぁぁぁ……)


 大きいということは、ゲームのグラフィックでも知っていた。しかしこうして、まるで山のようなその姿を目の当たりにすると、あまりの迫力、そして美しさに言葉すら失ってしまう。

 リューカや、先のドラゴンとは何もかもが違う。まるで大自然そのものを相手にしているかのような荘厳さが彼女にはあったのだ。

 そんなリューミリアに俺もまた、レオン同様に圧倒されるばかりであった。


『リューカ……。すっかり姿が変わってしまっても、私にゃ分かるよ。ふふ』


 人間の姿となった孫にも全く動揺することなく、リューミリアは言葉を口にする。驚くリューカ。


「お祖母さま、ど、どうして私がリューカだと?」

『いくら変身しようとも、匂いは変えられないからね。簡単さ』


 クエハーにおけるドラゴンという種族は嗅覚に優れており、大人ともなれば、数百キロメートル先から獲物の匂いを嗅ぎ分けると言われている。確かにそれなら、自身の孫の匂いを間違えることはないのだろう。


『少し見ない間に、随分とたくましくなったもんだねぇ。リューカ』


 そうして孫へと視線を向けると、感慨深げに目を細めるリューミリア。そんな彼女に、レオンが口を開く。


「いや、リューカはあっちなんだが……」

「お祖母さま……?」


 悲しいことに今までの全ては、レオンに向けて発せられた言葉であることが判明した。竜族の嗅覚とは何だったのか。


『い、いやだよこの子は。ちょっとしたジョーダンに決まってるじゃないの』

「そうですわよね!流石お祖母さまはお茶目ですわ」

『あっはっはっは』


 とぼけたやり取りに眉をひそめる俺とレオンであったが、リューカが気にしていないのならばこれ以上言うまい。と顔を見合わせて嘆息した。


「それで、あの、お祖母さま……、わたくし……」


 笑い合った後で、しかしリューカは表情を曇らせた。十二年もの間家出状態になってしまったことを謝りたいのに、変に意識してしまって上手く話せないのだろう。そんな彼女を見下ろして、リューミリアは口を開く。


『リューカ。私からも言わなきゃいけないことがあるんだよ』

「え?な、なんですの?」


 何を言われるのかと怯えるリューカを相手に、リューミリアはふんふん、と鼻を鳴らすと、こう告げた。


『人間の船が来ていると言ったでしょ。危ないから次はあまり遅くならないうちに帰りなさいな』

「────へ?」

『────え?』


 あまりにも普通の発言に目を丸くするリューカ。驚かれたことに驚くリューミリアとしばらく見つめ合い、そして。


◆◆◆◆◆


『あらごめんなさいねぇ?』


 大空をゆったりと飛行しながら、リューミリアは自身の背中へと声を掛けた。

 そこにはリューカ、レオンと俺の三人が乗せられている。「お祖母さまなら大丈夫ですわ!」との孫の強い後押しもあり、命綱はない。


『このトシになると時間感覚が短くなっちゃって。十年なんて昨日のコトみたいなものなのよ』


 ほほほ、と上品に笑うリューミリア。なんと彼女は、リューカが十二年もの歳月行方不明になっていたことを何とも思っていなかったのである。

 散々悩んでいたリューカがプリプリと怒るのも無理のない話だろう。


「まったく、酷いですわっ」

『それにしても、リューカが勇者と一緒にいるなんてねぇ。そっちの方が驚いたよ。変身まで会得しているし』

「わたくしが十二年いなかったことより!?」


 祖母の呑気っぷりにショックを受けるリューカはさて置き、俺たちは今この竜の里の最奥にあると言われる大神殿を目指していた。

 山のようなリューミリアが暮らす場所というだけあって、とんでもないスケールを誇るというそこで、リューカの祖父である長老に会うのが目的だ。

 長老、ゲームでのキャラクターは知っているが、果たして実物はどんなものなのか、興味は尽きないのだがそれよりも……、


「わっはぁ~……!」


 俺はリューミリアの背から見える竜の里の景色に目を奪われていた。

内部に広大な洞窟が広がる岩山。夕陽を反射してキラキラと輝く湖。大地には緑が繁り、所々で眠っているドラゴンの姿が見える。ゲームではお馴染みの光景だが、こうして実物として目の当たりにすると、えも言われぬ感動が胸の内に渦巻いていく。これこそ、この世界で最も美しい光景かもしれない……。

…………いや、違うよ?違うのよサラ。フィーブは別格だから。フィーブは外して考えたらって話だからね?

 脳内でじと目を向けてくる友人にこれまた脳内で言い訳をかましていると、不意に肩を叩かれた。


「おい、ミーナ。あれあれ」

「えっ?」


 驚きと共にレオンが示唆する方向──前方へと目を戻すと。

 そこに、捻った円柱の様な超巨大な建造物が現れた。


「うわぁ!?でっっっっか!」

『そろそろ到着だよ。落ちないように気を付けな』


 リューミリアは案内と同時に高度を下げると、緩やかな飛行で大地へと舞い降りた。

 そう。降り立った、ではなく舞い降りた。まるで風に舞う葉のように、静かに、そして柔らかく心地のよい着地であった。


 リューカのフライトも飛行初心者にしては抜群に上手いと思っていたが、やはり年季の違いといったやつだろうか。


『さ、降りとくれ』


 声と共にリューミリアはその首をなだらかに下げ、顎を地面へと乗せた。首のカーブが丁度滑り台を描くようなカタチとなり、どうやらそこから降りろという合図らしい。


「あ、は、はい」


 その言葉を受けて慌てて首へと向かおうする俺。足取りが慎重なのは仕方ないだろう。なにせうつ伏せで体を低くした状態で尚、リューミリアの背から地面までは五十メートル程の距離があるのだ。

万一うっかりと足を滑らしたならば命はないだろう。

 故に産まれたての小鹿が如く一歩、また一歩と恐る恐る歩く俺であったが、なんとそんな俺に声を掛ける存在がいた。


「ミーナ、ちょっといいか?」

「良くないっ!今集中してんだから話し掛けんな!」


 当然、会話に付き合っている場合ではない。集中力が切れて落っこちたらどうする気なんだと憤慨する俺に、しかしレオンは気にする様子もなく平然とした態度で隣のリューカへと声を掛けていた。


「そっか。リューカは降りられるよな?」

「勿論ですわ!とうっ」


 なんとリューカ、レオンにそう言われるが早いか、二つ返事で五十メートルの高さから飛び降りたのである。


「はえっっっ!?」


 これには思わず俺も素頓狂な声を上げてしまった。いかにリューカの正体がドラゴンで体が頑丈であろうと、今は人間の体なのだ。こんな高さから落ちて無事な筈が……。

 そう呆気に取られた次の瞬間、ドン、と耳を震わせる程の轟音がその場に響き渡った。


「リューカ!?」


 流石に心配が勝ったらしい。俺は足を震わせて歩いていたことさえ忘れて、慌てて端へ駆け寄ると、身を乗り出して地面へと目を向ける。するとそこには、


「お二人とも~!」


 元気に手を振るリューカの姿があった。ウソだろ!?

 リューカが頑丈なことは知っていたが、これ程とは。驚きのあまりに目を見張る俺だったが、その体が突如としてふわりと浮いた。


「──へ?」


 レオンに持ち上げられたのだ。訳も分からず目を白黒させている俺を抱え直すレオン。あれよという間に、所謂お姫さま抱っこの体勢で俺は彼に抱かれていた。


「────何、してんの?」


 今こんな状況でなければもっと別のリアクションもあったのだろうが、今はダメだ。嫌な予感しかしない。

 青ざめる俺に目を向けると、レオンは朗らかに笑ってこう口にした。


「何って、決まってんだろ。飛ぶぞ。舌噛むからじっとしてろ」

「えっ?」


 言葉と同時に、レオンの脚に魔力反応が現れる。驚いて目を向ける俺であったが──、


「とりゃっ」

「おい待て飛ぶってそんにゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?」


 言うが早いか次の瞬間レオンが俺を抱えたままその場から飛び降りたため、口を閉じる事さえ忘れて絶叫するはめになったのである。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」


 感覚としては、遊園地の垂直に落ちるアトラクション──フリーフォール系が近いだろうか?いや、違うか。

 南信彦として行く機会などもう十年以上なかったが、俺は別にジェットコースターの類いが嫌いな訳ではないし、普通に乗れていた筈だ。だが、それは安全が確約されていることが分かっていたからだったのだろう。

 落ちて死ぬ。という根元的恐怖を味わわされている今とは状況がまるで違う。


「ひいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」


 永遠に続くかのような地獄の先に、大地が待っていた。


──あっ。死ぬ──


 そんな言葉が頭をよぎった直後、どん!という衝撃が身体を駆け抜けた。


「────っぁ」


 しかしそれは、覚悟していた程のものではない。確かに衝撃はあったが、せいぜいが子供の頃にジャングルジムのてっぺんから飛び降りた時のような──、その程度のものであった。


「ふう。ミーナ、口閉じろって言っただろ?舌噛んだら大変だったぞ?」

「ぁっ、ばっ、ばかっ、ばかやろ……!こわ……、ぉまっ、しっ、しぬかとっ」


 相変わらず平然とした様子のレオンに対して俺は相変わらず小鹿のように震えたままである。

 浮かんだ涙を隠すように、精一杯の抵抗の意思として俺はレオンをぽかすかと叩いていた。


「ほんっ、おま、ばかぁっ!」

「悪い悪い。立てるか?」

「むりっ、むりっ」


 申し訳ないが腰が抜けてしまっている。ふるふると首を横に振る俺。あまりの恐怖に、途中のサビエリ島でトイレに行っていなければそのまま漏らしていたかもしれない。


「悪い。ミーナ、変なところで度胸あるから平気かと思っちまった」

「むりぃ……!」


 そんなことを言われてもどうにもならないものはどうにもならないので、結局はレオンが俺を背負うことに。まあコイツのせいなんだから当然だな。


『さて、いいかい?』

「お二人とも。行きますわよ」


先に飛び降りていたリューカが、リューミリアの言葉を受けて先導するべく歩き出した。


「おお」


 俺を背負ったまま、レオンもその後に続く。しかし平然と歩くリューカとは別に、俺とレオンはそれを見上げざるを得なかった。


「────」


 何しろ、体長五十メートルあろうかというリューミリアが通り抜ける場所なのだ。その入口だけで、ミルチッド山もかくやという大きさなのである。


「二人とも~?」

「あ、ああ……」


 リューカの催促を受けて、視線を戻すと後を追うレオン。一方の俺は、その背にもたれて未だに建物を見上げていた。

 初見で、これが家だなどと思う者はいないだろう。クエハーでもダンジョンだと錯覚したくらいだ。

 息を飲む。これから始まるイベントこそが、竜の里のメインイベントなのだ。


 そうして俺たちはいよいよリューカの実家、竜の神殿へと足を踏み入れたのである。

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