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空『波乱万丈空の旅』

挿絵(By みてみん)

 フィーブを飛び立って半日。俺たちは海の上──空の上にいた。

リューカの背は割と振動も少なく、船でのウィズのように酔ったりすることもなく快適であった。

 出発してからこっち、色々な話をしていたレオンと俺であったが、猛烈な眠気に襲われた為、レオンに見張りを任せて眠ることにした。

 硬い鱗の上に横になると、まるで気分は寝台列車に揺られる旅行者だ。


 ぼんやりとした頭で考える。


 このクエハー旅行も、今や中盤戦に入ったんだなぁ。

 竜の里編を経て、イケゴニア決戦編。ゲームだとこれまで以上にレベリングが大切になってくる部分だ。

しかし俺が今頑張るこの世界には、そもそもレベルといった概念がない。ゲームではないのだから当然ではあるのだが、目に見えるステータスがない分、心配になる気持ちも当然ではないだろうか?

 大体……、

…………

……



「ミーナ!起きろ!」

「へぇ!?」


 今にも寝入りそうな瞬間に叩き起こされて、俺は思わず間の抜けた声を上げてしまった。訳も分からずに慌てて身を起こす俺だったが、頭の中は大パニックである。な、なに!?なんなん!?大パニックとタイタニックって似てるよね?

 そんな混乱の渦に叩き込まれる俺だったが、次のレオンの言葉で目が覚めた。


「敵!敵来てるぞ!」

「敵だぁ!?」


 どこの世界に飛んでいるドラゴンを襲おう等という阿呆がいるのか。どんな奴だ?と目を凝らすと、周囲に並ぶ様に飛行する鳥の様な姿があった。ぎゃあぎゃあと鳴きながら、確かにこちらに敵意を持っている様子が伝わって来る。……しかし。


「エンペラーコンドル?なんで……?」


その姿からどんな相手か瞬時に理解した上で、俺はぽつりと呟いていた。そう。こいつらは中級魔物のエンペラーコンドル。だが、ここにいるのは不自然なのだ。


「──どうした?」

「こいつらは、ガルム山脈を根城にした鳥なんだ!特に縄張り意識が強くて、ガルム山脈以外には行かない筈なのに……」


 エンペラーコンドルがガルム山脈から出ない理由については、攻略本の解説にもわざわざ書いてあったくらいだ。それがこうして外れた事にショックを隠しきれない俺なのである。


「だが今ここにいる事実は消えないだろ?だったら倒すしかない!ミーナ、コイツらの特性は分かるか?」

「あ、うん……!」


 どんな時でもレオンの判断は的確だ。今は攻略本の外れについて動揺している場合じゃない。彼の言葉を受けて俺は改めて顔を上げると、敵の戦力を観察する。


「二十一、二十二……、およそ二十体以上……!?ま、間違いなく群れだ!なんでそんな……」


 ゲームでは表示の限界か最大で六体しかまとめて戦ったことがない為、この規模の軍勢に目が白黒する。──しかし、だからといって対処法がない訳ではない。


「エンペラーコンドルは群れの中にリーダーがいて、そいつが他の個体に指示を出しているんだ。いくら数がいようと、リーダーを倒せば他の連中は引き返す……!」


 ゲームでも、『コンドルリーダー』という彼らのリーダーにあたる別キャラが存在しており、それを倒すことで他のエンペラーコンドルたちが逃げ出して強制的に戦闘を終了させることができるのだ。どうして彼らがドラゴンを襲おうということになったのかは分からない。あまりに飢えて空の獲物を手当たり次第に狙っているとか?事情は分からないが、それでもそれが群れのリーダーの意思であることは間違いないだろう。ならば倒す価値はある筈だ。


「なるほど……!そいつの見分け方は?」

「リーダーは他の個体よりも一回り大きく、頭に冠のようなコブがある!」

「それだけ知れりゃ結構!」


 そう口にするや否や、レオンは俺の首根っこを掴むと強引にリューカの背に押し付けた。


「っあ!?」


 いきなり何を──!?そう言おうとした俺の頭上を強い風が吹き抜ける。高速で飛来した何かが、今まで俺のいた場所を通り抜けたのだ。


「ひっ!?」


 突き抜けて旋回しているのは、エンペラーコンドルの一羽である。あの一瞬で急降下してきたのだ。もしも立ったままだったらその瞬間にやられていた?その事実に小さな悲鳴が俺の口をついて出る。逆に言えば、一瞬で俺を伏せさせる判断を下したレオンが流石ということなのだが。


「気を付けろ!この鳥結構獰猛だぞ!」


 言いながら剣を抜くレオン。勿論それは彼の愛刀ではなく、何処の武器屋にもありそうな一般的なロングソードである。


「すりゃあッッ!!」


 飛来するエンペラーコンドルの一匹に狙いを付けて剣を振るうレオン。しかし敵もさるもの。まるで自動回避機能でもあるかのように、高速で突っ込みながら剣撃を避けたのである。


「なに!?」

「ぎゃうぅぅっ!」


 レオンが驚いて声を上げたその瞬間、リューカの声が響いた。そちらに目を向けると、数羽のエンペラーコンドルがリューカの顔にまとわりついて、近付いたり離れたりを繰り返しながらその鋭い足の爪で攻撃を繰り返していた。


「リューカ!」


 リューカも噛み付こうと頭を動かしているのだが、エンペラーコンドルの空中軌道に翻弄されてダメージを蓄積させていく。このままではまずい……!


「くそ……!」


 ままならない現状に歯噛みするレオン。リューカの首元に救援に行こうにも、ロープで結ばれてしまっている状況ではそうもいかないだろう。加えて、

 ちらりとその目が一瞬こちらに向けられる。


「…………」 


 レオンは、自分がこの場を動けば俺が狙われると考えているのだろう。故にその場で踏ん張ることしか出来ないのである。

 くそ、どうすりゃいいんだ……。

 そんなつもりはなくとも、俺は心のどこかで、空の上でドラゴンを襲う魔物なんていないだろうとたかを括っていたのかもしれない。だからといって、またも足手まといにはなりたくないのだ。何か出来ないかと俺は必死に頭を巡らせる。

 今この場で出来ることはなんだ?手持ちの荷物に何か──、

 そう考えて、俺はハッと息を飲んだ。あれだ。あれなら、俺でも何とか出来るかもしれない……!


「レオン!考えがある!この辺りの鳥共を引き連れて少し前方に移動してくれ!」

「なに!?──分かった!」


 俺がそう口にすると、レオンも意図を組んでくれたらしい。


「おら!こっちだ鳥公!」


 と剣を振り回しながらロープの届く範囲ギリギリの前方まで走り出した。黙って這いつくばっている俺よりも、騒いでいるレオンに惹かれるのだろう。エンペラーコンドルたちはギャアギャアと騒ぎながらレオンを追跡していく。


「──よし」


 これにより、俺の視界にいるのはたった一匹のエンペラーコンドルのみとなった。他の個体よりも一回り大きく、そして先程から攻撃に参加していない個体。十中八九、連中のリーダーだろう。リューカが十数匹に襲われ、レオンも手こずっている現状はじり貧だが、リーダーさえ倒せば形勢逆転──勝利なのだ。

 俺は意を決すると、その場にゆっくり立ち上がった。そして――、


「わわ、ど、どうしよう……」


 おろおろとレオンを見つめながら、へっぴり腰で震える俺。弱々しい姿を演出してみたが、ちょっとやり過ぎだったか?

 意図がバレないように、俺は視界にリーダーが入らないように注意しながら情けない態度を続けていく。


「どうしよう、どうしよう……」


 その手に何かを握りしめたまま、うわ言の様に繰り返す。ついでに腰もぷりぷりと振ってやる。弱くて容易そうな感じ出るかな?

 これだけやれば流石に反応あるだろう。そう思って視界の隅でリーダーを確認しようとするも、既にその姿はなく──、


「へ?わあっ!?」


 油断したその瞬間、頭上を巨大な質量が通り抜けて俺はその場にしゃがみ込んでいた。風が吹き抜けた先を目で追うと、エンペラーコンドルのリーダーが旋回する様が映り込んでくる。一度目の奇襲で耐性をつけていなかったら危なかった……。しかしどうやら掛かってくれたらしい。


「きゃあぁぁぁ!」


 わざとらしく悲鳴を上げてうずくまると、リーダーは俺にしっかりと狙いを定めて急降下してきた。


「ミーナ!?」


 レオンの声も聞こえるが、他の鳥を引き付けている最中の彼では救援は間に合わないだろう。しかし問題ない。──そういうタイミングを狙ったのだ。


(弱そうな奴が一人はぐれて、格好の狙い目だよな……)


 渾身の演技まで披露した俺の狙いは、エンペラーコンドルのリーダーが単身俺を狙う状況を作り出すことにあった。

 そして今、その通りになろうとしている。


「ケェーーーー!!」


 俺の悲鳴を受けて、リーダーは一際甲高い声を上げながら突っ込んで来る。先程の威嚇とは違う、俺本人を狙った本気の一撃だ。絶体絶命の危機的状況下で、しかし俺は不敵な笑みを浮かべていた。


(今だッッ!!)


 そうしてリーダーが接触する寸前、俺は握り込んでいた魔法玉をリューカの背中へと叩き付けた。玉が壊れてその場に魔法の煙がぶわりと広がる。


「ギャッ!?」


 突如発生した煙幕に驚くリーダーだが、勢い込んだ急降下は止められず、煙の中へと突っ込んでしまう。

 そうして煙が晴れると──、


「グエッ!ゲッ!」


 その場に浮かんでふわふわと漂うリーダーの姿があった。浮遊魔法の効力を浴びて、推進力を失って風に流れる風船も同然になってしまったのである。


「っしゃ!」


 なんて喜びの声を上げている俺だが、こちらも同様にふわふわと浮いている。足元から煙を浴びたのだから、当然と言えば当然だろう。紐で繋がれたまま浮かんでいるのは、まるで凧みたいで微妙な気持ちになるのだが。


「レオン!」


 故に、俺はレオンへと大声で呼び掛けた。彼ならば、この状況を見れば一瞬でその意図を組んでくれるだろうという信頼もあってのことだ。

 とどめを頼む。そう言おうとして首を傾けた俺が、果たして見たものは。


「うぉぅ!?なんだこりゃあぁぁ!?」


 同じようにロープに繋がれたままふわふわと浮いている勇者の姿であった。思わず目もひん剥くというものである。


「いやなんでっ!?なんで巻き込まれてんの!?」


 一瞬、魔法玉がそれ程広範囲なのかとも思ったが、他のエンペラーコンドルたちが平気な様子を見るに、そうでもないらしい。


「ミーナがヤバそうだったから、咄嗟に戻ったらなんかこうなって……」


 なんと、あの僅か数秒で、それもリューカの背の上で、百メートルはあろう距離を走り抜けてしまったらしい。呆れた足の速さである。嬉しくないと言えば嘘になるのだが、この状況下では褒められた行動ではない。


「何してんだお前!考えがあるって言っただろ!」

「いやだってよ、その策の内容を聞いてねーんだから、それが成功してるかどうかなんて分かんねえじゃん。万一失敗してて襲われたらひとたまりもないだろ。ミーナ」

「う。それは……」


 お互い浮きながら言い争いをしているのは中々に面白い光景だが、確かにレオンの言うことは尤もである。時間がないとはいえ、エンペラーコンドルのリーダーをわざと引き付けてもろとも魔法玉で浮かせるという概要くらいは伝えておくべきだったのかもしれない。言葉の通じる敵だったならまだしも、鳥な訳だし。


「それは、ごめん……」


 そう思って素直に謝ると、レオンはハハハと苦笑した。


「大丈夫。気にすんな。あいててて」


 朗らかに微笑みながら、その頭をガスガスとエンペラーコンドルたちにつつかれているのだが。


「うわあぁぁぁ!?レオン!?」

「いででで!?この!くぬ!」


 剣をぶんぶん振り回すも、浮かんでいる状態では狙いも付けられないらしく、格好の的にされている。間抜けな絵面だが、俺たちにとって割と危機的状況であることは間違いない。


「この、くそっ……!」


 リーダーはロープで繋がれてはいない為、風に流されてふよふよと何処かへ運ばれていく。……まずい。数分もすれば魔法玉の効果は消える。そうなればもうあのリーダーは俺たちに近付こうとはしないだろう。そうなれば戦況はいよいよじり貧だ。


「くそっ、何とか──」


 必死に体を動かそうとするも、空中を漂うばかりで狙った方向には進めない。そのうちに、エンペラーコンドルの数匹がこちらにも狙いを付けて迫ってきた。


「っ!」


 焦る俺だが、今この状況下で出来ることはないらしい。腕をぶんぶん振って牽制するくたいだろうか。そうしていよいよ進退窮まろうかというその時──、


「ぎゃうっ!」


 巨大なドラゴンの頭が、漂うエンペラーコンドルのリーダーをばくりと食べてしまったのである。


「!?」


 俺もレオンも、エンペラーコンドルたちも。皆が驚愕の面持ちでそちらに目を向けている。

 リューカはもぎゅもぎゅと口を動かした後でそれを飲み込むと、口を開けて「ギュアァァァ」と鳴き声を上げた。

 空っぽの口の中、少しだけ残る血の跡が生々しい。それが効いたのか、エンペラーコンドルたちはまるで蜘蛛の子を散らすように我先にと一目散に逃げ出していた。

 いや、これは恐いわな。

 喧しい鳥たちがいなくなり、静寂が戻る。空の上でこちらを襲おうという存在は、とりあえず他にはいないようだ。一先ず危機が去ったことを理解して、俺は浮かびながら嘆息するのだった。


◆◆◆◆◆


「だぁから!悪かったっつってんじゃん」

「お前ホント……。こんな間抜けな絵面であわや全滅の危機だったんだぞ!」


 ややあって、リューカの背の上で俺とレオンは言い争いをしていた。


「んなこと言ったって、さっきも言ったけど俺には絶体絶命な場面にしか見えなかったんだっての。ミーナの作戦内容知らされてないし。そもそもお前、無茶して死に掛けた前例があんだからな」

「うぐ……」


 それを言われると弱い。弱いのだが、どうやら俺は突っ掛かった手前、後に退けなくなってしまっていたらしい。レオンの方が正しいと理解しつつも、更にその口を尖らせていた。


「……それは、ホントごめん!でもだなぁ、お前だって──」

「なんだとー!?」

「キャアァァァン」


 と、俺たち二人がぎゃいぎゃいと言い争いを続けているそのタイミングで、飛んでいたリューカが一際甲高い声を上げた。そこに心なしか歓喜の色を感じて俺も前方の海へと目を向け、──そして理解した。


「おお!」


 何故って、いよいよその島が肉眼で捉えられたのだ。

 緑に溢れ、ルード大陸程ではないが、上空から見ても中々の大きさを誇るその島こそ、リューカの故郷にしてゲーム版においても重要な意味を持つ拠点、竜の里に他ならないのである。


「きゃあん!きゃあん!」


 完全にはしゃいだ様子のリューカに釣られて、俺まで顔が綻んでしまう。

 しかしそれも仕方のないことだろう。何故って――、


「竜の里だあぁぁぁぁ!!」


 待ちに待った竜族の秘境、神秘の島がそこにあるのだから。


◆◆◆◆◆


一方、海上にて。ギャアギャア鳴きながら飛び去るエンペラーコンドルたちの前方に何者かが浮かんでいた。黒い外套に、風にたなびく黒い長髪。そして顔には、黒い鳥顔の仮面を付けている。正しく全身が黒づくめな彼こそ、魔王軍幹部が一人『シュバルツ』であった。


「しくじったか……」


 直立不動で海上に浮かんだまま呟くその声は低く、そして重い。仮面の奥の表情を見せぬまま、彼は小さく言葉を漏らした。


「事故という体で死んでくれれば申し分なかったのだがな。魔王様はまだ殺すなとのことであったが……」


 ふん、と鼻を鳴らすと、シュバルツは鼻白んだ様子で自身の長髪を撫で上げた。

 ミーナが疑問に思ったように、ガルム山脈から出ることのないエンペラーコンドルたちが海上でドラゴンに襲い掛かるような無謀な真似をしたのは、魔王軍幹部であるシュバルツが命じた故のことであった。元々期待するほどの策ではなかったものの、いざ正面から打ち破られると面白くないものである。


「さて、どうしたものか」


 誰ともなしにそう小さく口にすると、シュバルツはその場から姿を消すのだった。

むむ。なんか一月に一話更新になっちゃってるなあ……。もうちっと専念しないと。

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