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スーイエの宿屋 イズマの宿『とある家族の話』

 出立の準備を整えていたミセリアが動きを止めたのは、正午を迎えてすぐのことだった。

 スーイエの町外れにある定食屋兼宿屋【イズマの宿】は人気もなく寂れた場所であり、ミセリア以外に泊まっている人間もいなかった筈なのだ。

 そんな宿屋内に突如現れた気配を察知してナイフを握り直すミセリアであったが、それが知り合いのそれであると判明すると、彼女なりに安堵の息を吐き出した。


「……なにか用事?――アラクラ」


そうして手元の荷物へと目を向けたままそう口にした。ミセリアは客室のドアの前に、ドアを正面に座り込んでおり、誰かが入って来れば即座に分かる。しかしそんな様子は微塵もなかったと言うのに、ミセリアの背後──部屋の中から別の誰かの声が響いた。


「相変わらず鋭いのね」


声の主はミセリアの同胞にして、彼女が姉と呼ぶ女、アラクラであった。自身の気配を気取られたことに驚いた素振りも見せず、アラクラはミセリアへと言葉を送る。


「フィーブに向かう前に、話があると父様から貴女に言伝てがあったの」

「……主から?……分かった」


 それだけ伝えたかったのだろう。ミセリアが小さく呼吸を調えた次の瞬間には、室内からアラクラの気配は消えている。


「主が……」


 ミセリアは噛み締めるように、そう小さく繰り返すのだった。


◆◆◆◆◆


 イズマの宿とは対岸、スーイエの北西最端の郊外には、そこそこ大きな屋敷がある。十年程前の魔王軍との戦いで家主を失い今や誰も寄り付かぬ廃墟となったそこに、数人の人間が集まっていた。


「あっ。ミセリアお姉様!」


 その中で、ミセリアの姿を見付けて一番に声を上げたのは室内でありながらフードを被った少女、ミラリスであった。


「ミラリス。お前も来てたの」

「ミセリアお姉様が来るって聞いたから、待っていたの。ね、ワールトくん」


 はしゃいだ様子のまま、ミラリスは彼女の隣に立つもう一人の誰か──青年へと声を掛けた。ぼさぼさな金色のショートヘアを撫でつけながら、へらへらと軽薄そうに笑っている青年こそが、ミラリスからその名を呼ばれたワールトである。


「あー。まあそんなトコですかね。……正しくは、うちらも父上に呼ばれたからなんですけど」

「あー!なんで言っちゃうの!」


 ネタばらしされたことが余程ショックだったのか、食って掛かるミラリスと笑ってそれをいなすワールト。そんな二人のやり取りを尻目にミセリアは屋敷の奥へと向かう。

 食堂の最奥、長いテーブルの端に、果たしてその姿はあった。


「やあ。来てくれたのかいミセリア」

「はい。我が主。ミセリア、ここに」

「うん」


 灰色掛かった黒髪をアップバングにしているその男は、ミセリアの姿を見付けて小さく頷いた。年齢は五十代だろうか。柔和そうな物腰とは裏腹に、どこまでも底の読めないその瞳がミセリアを捉えている。

 彼こそが、皆が父と呼び、そしてミセリアが主と呼ぶ彼らのボスであった。


「私としては、いい加減に父と呼んで欲しいのだけれどもね」

「それで、用件は何でしょうか?」

「ははは。無視かい?ミセリアらしい」


 軽く笑った後で男は目を細めると、小さく息を吐き出した。


「例の勇者一行のことさ。ミセリア。私は君に監視を頼んでいただろう?」

「──はい。ですので今から向かうつもりで出立の準備を整えておりましたが……。あの、何か問題が……?」

「ああ……」


 そう短く口にすると、男は口ごもる。まるでどう伝えたら良いか考えあぐねているかのようだった。ややあって、彼は口を開いた。


「どう伝えたものか……。実はファルクスが、部下も連れずに単身でフィーブに向かってしまったんだよ。『一番槍は俺だ!噂の勇者とやらの力を試してやる!』とかなんとか言ってね。無論止めたんだが、言って聞くタマでもないからね」

「成る程」


 男の口からファルクス、と名前が飛び出し、ミセリアは頷いた。ファルクスは今この場にいない仲間の一人であり、直情型の性格をしたむくつけき大男だ。成る程彼ならば言ってもおかしくない言葉だろう。


「まったく。今勇者とコトを起こすなど何の意味もないというのに。勇者には魔王軍を倒してもらわなければならないのだからね。……すまないがミセリア。君もフィーブに赴き、ファルクスの手助けをして貰えないかい?恐らくファルクスでは勇者には勝てない。しかしこんなところで大切な家族を失うわけにはいかないからね」


 出来るかい?と念を押され、ミセリアは改めて頷いた。


「分かりました。我が主」

「出来れば次からは、父と呼んで欲しいのだけれど……、まあいいか。宜しく頼んだよ」


 苦笑しながら柔和な笑顔でそう口にすると、男は念を押すようにこう告げるのだった。


「我々は助け合わなければいけない。イケゴニアは、家族なのだから」


◆◆◆◆◆


 時を同じくして、祝祭ムードに沸くフィーブの街に、一人の男が足を踏み入れていた。

 中央に寄せられた銀色の前髪を鎌のように尖らせたその男は、自身の髪型に負けない程にその目を鋭くギラつかせている。


「フィーブは久し振りだな」


 暗殺者に似合わぬ筋骨粒々かつ大柄なその男こそ、件のファルクスであった。

 そうしてファルクスは不敵に笑うと、誰ともなしに吠えていた。


「さぁぁて!一丁腕試しさせて貰おうか!!」


 彼が、この街に今勇者がいないと知るのはもう少し先のことである。


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