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フィーブ 『滅茶苦茶楽しんで親密度アップ大作戦』

挿絵(By みてみん)

「という訳でリューカも一緒に出掛けることになったワケだが」


 俺はレオンに目を向けると、口を尖らせた。


「多分お洒落してくるだろうから、ちゃんと褒めるんだぞ」


 今俺とレオンの二人は、マーブル亭の外でリューカを待っていた。リューカにしては珍しく支度に時間が掛かっているあたり、相当気合いが入っているのだろう。

 俺の役割は、そんなリューカのヒロインポイントを上げるサポートをすることだ。その為にこの鈍感男にはしっかりとレクチャーしなければならない。


「褒める、って、どうやってだ?」

「それはお前……、そうだな。オレのことをリューカだと思ってやってみろ」

「むう」


 言った後でごほん、と咳払いすると、仕方なく俺は口を開く。


「勇者様ぁ。お待たせ致しましたわ!」

「うわ似てる!?」

「こら!」


 レオンくんアウト!


「似てるじゃないだろ」

「いやだって似てたんだもん言い回しとかがさぁ」

「そりゃありがとう!でも今はリューカだから。似てるはダメな?」

「お、おう」


 という訳で気を取り直してテイクツー行ってみよう。


「勇者様ぁ。お待たせ致しましたわ!」

「ん。いや、大丈夫だぞ」

「すみません。支度に手間取ってしまって」

「いやいや……」

「いえ…………」

「…………」

「…………」

「──なんの間だ?これ」

「褒めろやぁ!」


 あまりに珍妙な物言いにイラっとして、つい声を張り上げてしまった。


「お前なんっっっっも分かってないよ!リューカがお洒落してくるって言ってるだろうが!お前はそれを褒めるの!」

「う、う~ん。そう言われても……」


 お前リューカじゃないじゃん。と目が訴えてきて、俺は呆れて嘆息した。


「悪かったなちんちくりんで。お前そんなもんは想像力で補えよ」


 演劇の基本だろうが。と言い掛けて俺は口をつぐんだ。いやいやコイツは演劇部ではなかったな。……そもそもレオンに、リューカだと思わせられない己の演技力の未熟さを恥じるべきだった。


「とにかくもう一回やるから。ちゃんと褒めろよ。こういうの、言い慣れてないとすぐには出てこないからな」


 という訳でテイクスリー。


「勇者様ぁ、お待たせ致しましたわ!」

「おおリューカ、その服いいな。似合ってる」


 む。些かタイミングが早すぎるが、褒めたことは褒めたので良しとするか。


「ありがとうございます。普段着なれない服だったもので、少し手間取ってしまって。それでは──」

「お待たせ致しましたわ!」


 と、そのタイミングではつらつとした声が聞こえてきた。本物のリューカの登場のようだ。

「あ、リューカさ……」


 振り返って驚き。なんと彼女は普段の鎧姿であった。


「おおリューカ、その服いいな。似合ってる」


 早速練習の成果を発揮するレオン。だあ!違う違う!いつものやつなんだからそりゃ似合ってて当然だけども!それじゃただの鎧フェチだから!


「へ?そ、そうですの?ふふ。ありがとうございますわ」


 と、思いきや、レオンの言葉を受けたリューカは照れたようにはにかんでいた。お?大丈夫だったっぽい?

 しかし、服装がいつものってことは、


「えと、何かトラブルでもあったんですか?」

「いえそれがですね。出発前に少し小腹に入れようと食堂に寄ってましたら、とても美味しかったもので……」


 沢山食べてしまったのだとリューカは言う。いや。いやいやいや。


「これからランチ行くって言いましたよね!?」

「ひゃうぅごめんなさぁぁぁい!!」


 そう。三人のお出掛け予定には、美味しい店でのランチも含まれているのだ。当然リューカもそれは聞いており、その上で出掛けに沢山食べてるのだから始末に負えない。


「ま、まだ食べられますから……っ」

「……そういう問題じゃ……」

「こっちこそごめんな。リューカ」

「え?」


 俺の言葉を遮るように発せられたレオンの言葉に、金色の瞳が丸くなる。小首を傾げるリューカに、レオンは続けた。


「ミーナから聞いたよ。今まで食べるのを我慢してたんだろ?いままでも調子悪そうな場面はいくつか見てるけど、あれはそういうことだったのか?」

「あ、あらまぁ」


 真っ赤になって恥ずかしそうに口許を覆うリューカ。


「じ、実はそうなんですの……。お恥ずかしい限りで……」

「いや。お前は俺たちパーティの戦闘の要だ。いざという時に倒れないためにも、なるべく我慢はして欲しくないんだよ」

「勇者様……」


 ぱあぁ、とその表情を輝かせるリューカ。彼女のこういう素直で可愛いところが、プレイヤー人気の秘訣なんだろうなあ。俺も好きだし。


「……はぁ。でしたらそれについてはもう言いませんけども」


 そう前置いた上で俺はリューカに向けて口を開いた。


「リューカさん。その、いつもの鎧姿もお好きなんですが、今日行くランチ、多分鎧はNGだと思います」

「えっ!?そ、そうなんですの!?」


 そうなんです。サラから教えてもらった、格式の高そうなお店なので……。

 という訳で時間は気にせずにリューカには着替えて貰い、十五分程で私服姿になった彼女がそこに現れた。


「ど、どうでしょうか?」

「可愛いです!」


 間髪入れず拍手しながらそう口にする俺。お世辞ではなく、私服姿の彼女は可愛らしかった。

 ヒラヒラしたレースのついた、ピンクの薄手のブラウスに、白いスカート。お針子シスターズにプレゼントしてもらったものだというその上下は、シンプルながら長身の彼女を可愛らしく飾り付けていた。


「いや、そのなんだ。……マジで可愛いな」

「ひゅっ、ゆゆ、勇者さまっ!?」


 思わず本音が漏れてしまったかのようなレオンの言葉を受けて、リューカが真っ赤になる。

 そのままお見合いのように顔を背けて照れている二人を相手に何とも言えない顔を浮かべると、ぱんぱん、と手を叩いて俺は口を挟んだ。


「と、いう訳で揃いましたし、行きますよ!」

「あ、は、はいっ」

「お、おう……」


 そんなこんなでレオンとリューカ、それから俺の三人でのお出掛けが始まった訳のだった。


◇◇◇◇◇


「作戦を説明しますね」


 時は少し巻き戻り三十分程前、俺とリューカの二人はマーブルのロビーで打ち合わせをしていた。

二人掛けのテーブルには紅茶が置かれ、ほんのりと湯気を放っている。俺の言葉にリューカはごくり、と喉を鳴らした。


「ええ。よろしくてよ。……ところでミーナ、口調が戻っていますけれども」

「すみません、やっぱりリューカさん相手に砕けた話し方は無理でした」


 眉根を寄せながらリューカにそう返す俺。実際フランクな口調で会話を試みてみたのだが、罪悪感が強くて無理だった。クエハーヒロインたちは総じて大先輩であり、タメ語で話すなど言語道断なのである。レオンは――なんでだろうね?まあこの辺り、社会人だった頃の縦社会の影響が強く残っているのだろう。……とまあ、それはさておき、俺はリューカに向かって居住まいを正すとこれからの行動について説明を始めた。


「……では。まずは私の目的である本屋に向かいます。そこではとある本をレオン──勇者様に買って頂くつもりです」

「……ふむふむ」

「そこではリューカさんも好きに本など見られていると良いでしょう。本屋の後は昼食です。絶品ランチのお店があるのでそこで」

「んまぁ!絶品ランチですの!?」


 目を輝かせるリューカに俺は頷いた。内容はその時までのお楽しみだ。


「そこで沢山食べて頂いた後からが本番です。私が理由をつけてその場を離脱して、リューカさんと勇者様を二人きりにします」


 そう。この二人きりにした後こそが重要だと言えるだろう。ゲームでもデートイベントを思い返しながら、俺はリューカに告げた。


「デート内容はズバリ食べ歩きです。フィーブのお祭りはまだ続いていますからね。昨日私と巡った出店を巡って美味しかったものを勇者様と一緒に食べるのが良いのではないかと」

「まあ!」


 驚きの声とと共にリューカが口元を手で押さえる。そこには驚愕よりも大きな歓喜の色が見え隠れしていた。


「それは素晴らしいプランですわミーナ!」


 興奮した様子のリューカは、しっかと俺の手を握るとそれをぶんぶんと振った。わあぁ揺れる揺れる!


「と、とにかくリューカさんの為すべきことは、ここが美味しかった、こういう感じに美味しかった、と、気持ちを隠さずに勇者様に伝えることです。勇者様も多分そうしているリューカさんの方が好きだと思いますよ」

「い、いいのかしら。そんな楽しい思いばかりして」

「え?」

「わたくし、デートというものはもっと頑張らないといけないものだと思っていましたわ」

「……それ、違いますよ」


 ふ、と小さく微笑んでリューカへと目を向ける。こちらを見つめ返してくる金色の瞳に向かって、俺は静かに口を開いた。


「お互いが楽しんで、幸せな時間を共有する為にやるのがデートなんですから」


 クエハーにおけるデートは、プレイヤーがヒロインの好感度を一番手軽に選択して増やすことの出来るイベントである。

普段の好感度上げは、戦闘におけるとどめのキャラクターを調整する必要があるためなかなか面倒なのだが、デートだけは問答無用で選択したヒロインの好感度が増えるお手軽イベントとなっているのである。

 ルートに入るのが難しいスルーズやミセリアにとっての救済措置とも言えるだろうか。


「というわけで今回のデートの目的は、滅茶苦茶楽しんで新密度アップ大作戦!これでいきましょう!」


 そしてリューカに向けて俺は人差し指を立てると、そう力強く宣言するのであった。


◇◇◇◇◇


 というわけで俺たちは最初のスポットへとやって来た。【フィーブ中央書店】フィーブの町に一店だけ存在する書店である。


「結構広いんだな」


 店内を見回しながらそう呟くレオンに、そうだろそうだろと俺も頷く。リューカはと言えば、料理本コーナーに陣取り、描かれている料理の数々を食い入るように見つめている。


(料理本か。やっぱりこの世界だと情報って貴重だもんな。そりゃレシピなんて欲しい奴がごまんといるわ)


 そもそもこの世界においては本自体が超のつく貴重品であり、一冊一冊が金持ちの嗜好品みたいな値段で売られている。その為、そもそもがとても庶民に手の出せるような代物ではないのである。それでも店としてやっていけているのは、高くとも金に糸目を付けず魔導書を欲しがる魔法使いや情報を欲しがる金持ちが多いことと、セタンタの王立図書館と提携してそこに定期的に本を貸し出しているからだろう。それ故の広さであるとも言える。

 そう。この店は魔導書も扱っているのだ。ならば欲しいのはそれだろうか?……否。今回の目的はそれではない。


「あの~、◯◯◯◯な本ってあります?」


 店に入ってすぐに店員にそう尋ねると、果たしてそれは時間を置かずに見つかった。じっくり本を探すというのも書店の醍醐味であるのだが、今日の主役はそこではないので、短縮出来るところは短縮するのである。


「はい。こちらでお間違いありませんか?」

「…………。あ、はいこれですこれです」


 店員から本を受け取ると、俺はリューカが離れていることを確認してレオンの元へと駆け寄った。


「というわけで、買って欲しいのはこれなんだが」


 俺がその本を見せると、レオンは目を丸くした。


「……ドラゴン画集?」

「しっ!声が大きい!」

「ああ、悪い……」


 そう。俺が欲しかったものはズバリこれ。ドラゴンピンナップことドラゴン画集である。


「どれどれ……?──うわ!かっけェ!なんだこいつ滅茶苦茶強そうじゃんか!なんなんだこの本……?へぇ。イボックって人が描いてんのか!」

「静かにしろって!ってかオレまだ見てないんだから自重しろよ!」


 内容は至極単純明快。ドラゴンの絵が沢山描かれている画集なのだ。ゲームではこれがこの後控える竜の里編で重要な役割を果たすことになるので、今のうちに買っておこうと思ったのだが、だが……。

 そりゃそうだよ!ゲームでは分からなかった中身が見れるじゃん!ずるいずるい!俺も見たい!


「見せろよ~!」

「あ、こらやめろ」


 レオンの後方から無理矢理隣に頭をねじ込むと本を覗き込む。成る程確かに構図やタッチもあってか、本の中の竜はどれもまるで飛び出して来そうな迫力を醸し出している。


「(うっわ!すっご!)」

「(だろ?……てかなんで小声?)」

「(リューカに聞かれたらまずいからだよ)」

「(なんでだよ?)」

「(いやー。この本、竜族から見るとグラビア雑誌みたいなもんらしくてさ。こんなの見てるの知られたらぶっ飛ばされちゃうじゃん)」

「(あー。そういう……)」

「二人ともなに見てるんですの?」

「わひゃあぁぁぁぁぁぁぁッッ!?」


 急に背後から声を掛けられて、俺は思わず飛び上がらんばかりに仰天して大声を上げてしまった。これには店員も眉間にシワを寄せて咳払いをすると、


「お客様。そういったことは買ってからお願い出来ますでしょうか?」


 と苦言を呈した。当たり前である。とりあえず俺は本をさっと隠すと、


「じゃ、じゃあこれくださ~い!」


 とレオンを引き連れ逃げるようにカウンターへ向かうのであった。


◆◆◆◆◆


「リューカは本はいいのか?」


 誤魔化しも兼ねてレオンにそう聞かれたリューカだったが、彼女はぱぁ、と表情を輝かせていた。


「それが、美味しそうと沢山描かれた料理を見ていたらお腹が空いてしまいまして……」

「出掛けに沢山食べたとか言ってたのに!?」

「あう。すみませんですの……」

「はは。リューカらしいな」


 申し訳なさそうにしているリューカに、レオンは笑うと、「それでいいよ」と頷いた。


「この後飯だからな。……ミーナ、確かそういう予定だよな?」

「ん。あ、そうそう」


 急に話を振られて慌てる俺であったが、そこは当初の予定通りなので頷いた。リューカも知ってることだしな。


「じゃあ、ちょっと早いけどもうご飯に行っちゃおうか」

「いいんですの?……あ、そ、そうですわ」


 俺の言葉に再度リューカがその目を輝かせるも、彼女はハッと何かを思い出したように声を掛けてきた。


「ちょっとミーナ、よろしくて?」

「え?あ、はい」


 レオンから離されて二人きりになると、リューカがその口を尖らせた。


「わたくしのお願い、ちゃんと分かってますの?なんだか勇者様と距離がとっても近いように見えましたけれど」

「へ?そうでした?」


 リューカにそう言われてもよく分からなかった。レオンとは普段からあんな感じだし。


「……はぁ。もういいですわ。とにかく次は宜しくお願いしますわね」

「勿論です。次が本番ですからね!」


 そう。俺の目的はここで果たされたのだ。なので次からは全力でサポートに回れるという訳である。

 そんな俺たちの暗躍を露とも知らないレオンは、蚊帳の外にされて小さなあくびをするのであった。


◆◆◆◆◆


「と、いうわけでやって来ました。パスタ専門店【スパラッキー】でございます」

「「お~!」」


 俺の言葉に諸手を上げて喜ぶレオンとリューカ。美味しい店を予約したと事前に言っておいたのでその喜びもひとしおであろう。

 そしてここで俺の策が発動されるのだ。


「二人ともいいですか。ここのパスタはミートソースが嗜好ですからね!(サラ情報)他のとは格が違うらしいですよ!(サラ情報)あとラグリア牧場のミルクは天下一品!(突然の広告)」


 そう口をすっぱくして二人に告げた後、先に確認するから、と俺は一足先に店に入った。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


 フィーブの町中でも少しグレードが高い店というだけあって、店内には大衆というよりはもう少し品格のありそうな客が静かに食事をしている様子が見て取れる。


「あ、三人なんですが、実はその……」


 店員の男性に声を掛けられた俺は、彼に何事かを説明する。そして。


「二人とも、大丈夫ですよー」


 と表で待つレオンとリューカに声を掛けた。


「お。良かった」

「楽しみですわねぇ」


 人気店ということで入れるか若干不安だったらしい二人が安堵した様子を見せる。二人が店内に足を踏み入れた所で、俺は「ただし」と付け加えた。


「三人の席は取れなかったみたいですので、二人と一人に別れましょう」

「そうなのか?じゃあミーナとリューカが──」

「というわけで私、一人席の方に場所を取っておきましたんで。二人はお店の人の指示に従って下さいね」

「え?おい……?」


 レオンならそう言うだろうと思って先手を打っておいたのだ。言ってそそくさと移動してしまった俺に、流石のレオンもそれ以上は言えなかったようで、リューカと二人で店員に誘導されていった。ありがとう無茶を聞いてくれたお店の人。

 ちなみに俺の席からは二人の様子がばっちりと観察出来る。どうやら緊張しているらしく、しどろもどろになりながら店員に注文を伝えている。と。


「お客様、ご注文はお決まりですか?」


 俺の方にも水の入ったコップを運びながら店員が声を掛けてきた。


「あ、ミートソースパスタをお願いします」


 誕生日に一度だけ連れて行って貰ったことがあるというサラのオススメを注文すると、俺は二人へと目を戻すのだった。


◆◆◆◆◆


 結論から言おう。滅茶苦茶美味かった。

個人的見解だと現代でもこんなスパゲッティ食べたことないってくらい美味かった。……まあ俺が美味いパスタ店に行ってないからだろ。と言われると何も言えないのだが。

 俺がよく知るミートソースは、挽き肉やら野菜がドロドロのペースト、正にソースになっているレトルトのものなのだが、この店のミートソースはみじん切りにされた野菜の形がしっかりと残っており、挽き肉と合わさってそれぞれの旨味が凝縮された最高のソースに仕立て上げられているのだ。

しかし、パスタを食べている筈なのに野菜が美味いという感想が出てくるのは、実に不思議なものである。

 パスタ一皿で銀貨三枚は高すぎじゃないかとも思っていたが、この味なら納得の値段と言えるだろう。


(二人は……、あ。良かった。美味しかったみたい)


 レオンとリューカの二人も、パスタを食べて笑顔を浮かべている。美味しかったなら良かったな。と思っていると、リューカの前に別の皿が運ばれてきた。


(えっ!次行くの!?)


 恐らくあれはナスとトマトのパスタだろう。俺がミートソースの次に気になっていたパスタでもある。


(いーなー。後で感想教えてもらおうっと)


 そのままパスタを食べ終えた俺は、ワイングラスに注がれた水を飲みながら何とはなしに二人の様子を眺めていた。二人はずっと楽しそうに食べながら談笑している。


(何の話してるんだろ。……リューカ、楽しそうだな。協力して良かった)


そんなことを考えながら、俺はほうっ、と息を吐き出した。


(……へえ。レオン、あんな顔で笑うんだ。俺の時と違うな)


 俺に向けるレオンの表情は、男が男友達に向けるそれに近い気がする。思案して、そりゃそっか。と俺は嘆息した。


(そうだよな。だって俺、本物の女の子じゃないもん。紛い物だから……。もし俺が本物の女だったら、俺にもあんな風に──)


 と、そんな言葉が脳裏に浮かんで、俺は自身の思考に驚愕した。


(──今、何を考えた……!?)


 咄嗟に自身の胸ぐらをぎゅう、と押さえる。おかしいだろ。なんで俺、こんな感情になってるんだよ……!?


 頼まれた身として、レオンとリューカが仲良くしているならそれは大成功であり、喜ぶべきことだろう。だというのに今の俺は、笑い合う二人の姿を見て言い様のないモヤモヤとした気持ちを抱えている。それも、リューカに対する負の感情を。


(……俺、まさかリューカに嫉妬してんのか?レオンにじゃなくて?……こんな女もどきが?)


 ……言ってて泣けてくる。そもそも、俺はレオンとヒロインの皆を見守る立場だった筈だ。それが何を自我なんて出してんだ?だいたい俺は、一ヶ月前までは男だっただろうがっ!

俺の場合、女に転生して人生をやり直した訳でも、ある日突然前世の記憶を思い出した訳でもない。

本当に、気付いたらこの体でこの世界にいたのである。

だから俺の状況は、女の体になって一ヶ月弱、という状況な訳で。

中身が男のくせに、リューカに対してモヤモヤしているのはおかしいと自己嫌悪するのも無理ないだろう。


(……折角サラやみんなに助けてもらったのに。こんなことで暗くなって馬鹿みたいだ)


 二人が仲良くしているのが気に食わないなんて、まるで子供だ。俺がどう思ったところで、先に進めばヒロインは決まるのに。


(……そろそろ、考えなくちゃいけないんだよな)


 そうして俺は、ここまで先送りにしていた問題を思い返していた。

 それはすなわち、レオンと結ばれたヒロイン以外の皆が、魔王城で命を落とすという決定事項のことだ。

 ここまではデルニロ戦におけるサラの生贄、という時間制限を優先して極力思い出さないようにしていたのだが、その憂いもなくなり、いよいよ考えなければならなくなった。といった所だろう。しかし。


(……考えたって、みんなが死ぬのを受け入れられる訳ないじゃん)


 なのである。気のいい仲間たちは全滅するよ。それは決まってるよ。そう告げられて、はいそうですかと呑み込める筈がない。


「────はぁ」


 ニコニコ笑顔で二杯目を食べ終えそうなリューカを遠巻きに眺めながら、俺は息を吐き出した。


(そもそも、そんな状況で真っ先に死ぬのは俺だろうが)


 仲間の死よりも先に、己の命の危機を考えるべきなのかもしれない。魔王城死亡イベントは半部外者である俺にも適用されるのか。それを回避するためにはどうすればいいのか。考え出せばキリがない。


(直前にパーティを離脱する……?いや、それだけは駄目だ……。考えろ。クエハーをやり続けた俺が今ここにいる理由────)


「──駄目だぁ」


 そう自身に言い聞かせようとして、俺は匙を投げた。考えたところで答えは出ないし、何か今とてもじゃないが考える気になれない。


(くそ~。なんなんだよ俺……!)


 抑えようとすればするほど、心のざわざわは大きくなる。これ以上自分の心に振り回されるのは御免だと、俺はため息を吐き出して決意した。


(……あー、やめやめ!これ以上やったら自分が嫌な奴になりそうだからやめます!店を出たらすぐ帰ろう!)


◆◆◆◆◆


「美味しかったですわぁ~!」

「いや、あれは高いだけあったな」


 昼食を終えて幸せ気分に浸る二人を前に、俺は笑顔を浮かべていた。


「いや、ホントに。ここにして良かったです」

「それで、この後は」

「ああ。えっと」


 レオンの言葉を受けて俺は一瞬言葉を詰まらせるが、


「私は用事も終わったし帰りますね。お二人は町の散策でもされては?」


 と提案した。「そうなのか?」と首を捻るレオンと、「そ、そうですわね」と顔を赤くしてはにかむリューカ。


「…………」


 俺は「それでは」と告げると踵を反した。ああ、やっぱりリューカは可愛いなぁ。

 ゲームのデートイベントでも、リューカはずっと可愛くて、レオンはそんな彼女をしっかりとエスコートしていた。二人は絵になるくらい魅力的で。


「────っ」

(もう、やめろよ考えるの……!早く帰って────)


 二人の返事も聞かずに足早にその場を離れようとする俺だったが、突如その背中に光がぶつかった。


(──へ?)


 背後からの強い光の直後、どん!という轟音と共に衝撃が俺の背を押した。


「な、なんだっ!?」


 何が起きたのか分からず振り返る俺の目に飛び込んできたものは。


『キャアァァァ~ン!!』


 天を仰いで鳴き声を轟かせる、巨大なグリーンドラゴン、もといリューカの姿だった。

 そんな彼女の衝撃に弾き飛ばされたのか、逆さまの姿で壁にめり込んでいるレオンは、


「やっぱ絵より実物の方がすげぇな」


 とまるで他人事のように呟くのであった。

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