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フィーブ 『手紙を書こう』

挿絵(By みてみん)

 陽が落ちてしまえば、世界は夜の闇に包まれる。そんなことはこの世界に生きる生きとし全ての生物にとって当たり前の事柄である。多くの生き物は視界の通らぬ暗闇を怖れ、安全なねぐらで朝を待っている。そこには人も動物も、魔物すら関係ない。

 しかし、闇を怖れる者がいる以上、当然、闇を利用する生物もいる。闇夜に溶け込み襲撃する魔物。夜行性の動物。

 そして、暗闇に乗じて相手を狙う暗殺者。

イケゴニアのメンバーとして活動するミセリアも、そうした人間の一人だった。


(対象は、眠っている。間違いない。一時間、呼吸のリズムを確かめた。確実に熟睡している)


 眼前にて寝息を立てている、勇者レオン・ソリッドハート。その始末こそが、少女ミセリアに課された使命だった。

 万一にも失敗することが出来ない任務。故にこうして万全に万全を重ねて確実に成功させる状況を作り出したのである。


(確実に、仕留める)


 手にした短剣を握り締めると、ミセリアは足音もなくレオンへと近付いていく。

 音に聞く勇者とやらを仕留めるのなら、至近距離まで接近して首を掻き斬るのが一番確実であろう。そう考えて短剣を振るうミセリアだったが、


「うッ!?」


 いざ行動に移したその瞬間、ミセリアの視界はぐるんと回転していた。気付けば床に倒れて、眼前には対象の顔がある。

あまりにも一瞬のことに、ミセリアでさえ自身が倒されたのだと理解するのに数秒の刻を有した程だ。


(何、が──)

「目的を言え。黙るのなら殺す」


自身を見下ろすレオンの声は、氷のように冷たい。しかしミセリアはそれよりも、レオンの向けてくる目に驚いていた。


(あれは人を殺せる目だ。主様と同じ、人を簡単に始末出来る目……)


その一瞬で、ミセリアは己の状況と取るべき対応を理解すると、口を開いた。


「お前の、暗殺の為に来た」

「依頼人は?」

「言えない」


これで殺されるならそれまで。イケゴニアの不利益にはならないだろう。この世界に暗殺者等、掃いて捨てる程いるからだ。

目的は話したのだから、次の行動を見せろ。そんな思いでミセリアはレオンを見上げている。腕を捻られた際に短剣は落としてしまっているが、腰にあるもう一本は無事だ。今は左手も押さえ付けられているから動けないが、これで少しでも隙を見せるようならば即座に短剣を突き立ててやればいい。……そう、思っていた筈なのに。


「っ、ぁ、か……、ぁ……」


 目を見開き、ミセリアは声にならない声を上げていた。

 レオンに押し倒され──彼に触れたことにより、その脳内にレオンの記憶が流れ込んで来たのだ。

 長く触れすぎた為か、幼少期から始まり、リューカとの出会い、魔王軍によるファティスの壊滅、両親の死、傭兵時代、そして勇者と呼ばれる今に至るまでが一気に脳内になだれ込んで来る。


「ぁが、か、はぁ……ぅ、ぁ……」


脳のオーバーフローにより鼻血が流れて来る。呼吸も定まらず激しく息をするミセリアを、レオンは意思の見えぬ瞳で見つめている。


「な……、ぜ…………?」


自身が暗殺しに来ているという前提であるにも関わらず、ミセリアはレオンに問うていた。何故自分を殺さないのか、と。


「君のその目が、俺に似ていた。生きるために、やりたくもない人殺しをしていた、あの頃の俺に」

「────ふざけ、るなっ!」


レオンの言葉に、ミセリアが激昂する。


「ボクは、お前とは違う!ボ、ボクは私の意思で人を殺している……!」

「そうか」


 それだけ呟くと、レオンはミセリアの上から離れた。急に自由を与えられ、飛び起きつつ驚くミセリア。この男、いったい何のつもりだ?

彼女が疑問に眉をひそめた次の瞬間、その頬に拳が突き刺さっていた。


「ぶげえェっっっ!?」


 間の抜けた声と共にミセリアは壁まで吹き飛ばされてしまう。彼女を殴り飛ばしたレオンは、拳にふっと息を吹き掛けると口を開いた。


「だとしたら判断が遅すぎる。俺が手を離した瞬間に狙うべきだったな。……どちらにせよ無理だったろうが」

「ぐ、ぅぅ……」


 口から血を流し、壁を背によろよろと身を起こすミセリア。殴られた頬はじんじんとした熱を帯びて赤く腫れ、その足取りも震えておぼつかない。

 腰の短剣をレオンへと向ける彼女に、レオンは嘆息した。


「やっぱり暗殺者には向いてないよお前。今だってそうだ。俺に武器を向けていながら、俺を殺すことを考えていない。今のお前の心は恐怖でいっぱいだ。殺されたくない。そう思ってるんだろ?」

「黙れ!」


 図星だった。ミセリアの心は今、恐怖によって支配されている。レオンの放つ殺気が、彼女の心を鷲掴みにして離さないのだ。

 仕方なくだろうと、必要とあらば躊躇なく他者の命を奪える。レオンのそういった人となりを、ミセリアは知ってしまっている。


「は、はっ、はっ、はぁ、は……」


 呼吸が乱れている。これでは最早、暗殺など望むべくもない。レオンはそんなミセリアへと目を向けたまま、こう口にした。


「先程の音を聞いて、間もなく俺の仲間がここに駆け付ける。そうしたらいよいよお前は終わりだ。そうなる前に窓から出ろ」

「……ぇ?」


 レオンはそう告げると、部屋の窓を開け放った。早く行け。と口にして窓から離れるレオンを、ミセリアはじっと見つめる。


「行け。と言ったぞ。その頬が治る前に仲間の元に帰れば、返り討ちに遭ったことを疑うやつはいないだろ。帰って仲間に伝えろ。ちまちましたやり方に意味はない。やるなら全員で来い、とな」

「────っ」


 言い返したくも、本格的に時間がない。ミセリアはレオンを一瞥すると、窓から飛び出していくのであった。


 そう。これが、クエハーにおけるレオンとミセリアの初邂逅だ。

 この後も何度も暗殺失敗を繰り返すミセリアと、彼女の所属する暗殺チームからの刺客を次々と撃破していくレオンは遂に最後のぶつかり合いを経て、鎖に囚われていた彼女の心を解放することとなるのである。

……でもあいつ、敵なら女の子でも容赦なく殴るのな。


◆◆◆◆◆


「夢……か……」


 何気なしに体を起こした後で、呆けた頭のまま俺はそう呟いた。

 クエハーの夢を見るのなんていつぶりか。少なくともこの世界においてはなかった筈だ。……それにしても。


「ミセリアね……」


 夢の中でレオンと対峙していたその少女の姿を思い出して俺は吐息を漏らした。

 彼女の夢を見た理由については何となく分かる。クエハー最後のヒロインであるミセリアのエピソードがスタートするのが、デルニロを倒した後──今このタイミングだからだ。

まあ、実のところもう一つイベントはあるのだが、それを挟んでミセリア、イケゴニア編が遂に始まろうとしているのである。……と。

 トントン、と部屋のドアがノックされた。

 朝っぱらから誰だろう?なんてふにゃふにゃした頭で考えていると、もう一度ノックの音が聞こえ、


「ミーナ、起きてるか~?」


 レオンの声だ。起きてるかなんて、そんなの勿論──、


「ひゅっ」


 その瞬間俺は、昨夜の事とか諸々を思い出して息を吸い込んだ。

 いくら祭りだからとはいえ、ちょっとアレな行動だったのではないだろうか。変な奴だと思われてないかな。あ、待ってそもそも今こんな寝起きのところ見られたら死ぬる。


「ちょ、ちょっと待ってぇ!」


 ということで、何もないところで転んだりと大慌てしながら、俺は朝から超速で支度を整えることになるのであった。許すまじレオン。



「いや、支度長くね?」

「誰のせいだ!これでも急いだのー!」


 五分ほど待たされたらしいレオンがパンを手に口を尖らせているが、このくらいは許してほしい。

 ちなみにパンはマーブル亭で購入したもので、朝飯代わりの手土産とのこと。うむ。殊勝なやつよ。


「それで、用件は?」

「ああ。ミーナって文字書けたよな?本に何か書いてるって聞いたし」

「文字?そりゃ、書けるけど」

「実は、手紙を書いてほしくてさ」


 レオンが訪ねてきた理由は、手紙の代筆を依頼する為であった。別にその場で引き受けても良かったのだが、何となく気になって俺は口を開いた。


「なんでオレなんだよ?ウィズだってスルーズだって読み書きは出来るだろ?」


 まあ、何となくなんだろうけど。

 そんな俺の意地悪な疑問に対してレオンは明確な答えを持っていたらしく、「ああ」と強く頷いていた。


「手紙はダニエルに送りたくてさ。ダニエルのこと知ってるのミーナかバレナくらいだろ?バレナは文字書けねーから……」

「ダニエル?」


 急に飛び出した名前に首を捻る。あー、なんだったかな。確かフォスターでの駄弁りの最中に聞いた気もするけど。あ、何となく思い出してきたぞ。


「……ダニエルって、レオンが前に言ってた隣の家の幼馴染み?オレに似てるとかいう」

「おう。すげー頭のいい奴なんだ。よく知ってるなミーナ」

「いや、オレの知ってる情報、さっきので全てだったんだけど」


 それは果たして知っていると言えるのだろうか?と眉根を寄せる俺であったが、


「で、書けるか?」


 と改めて聞かれたので、「やるよ」と首を縦に振った。別段断る理由もなかったしな。……あ、いや、待てよ?


「代わりに一つ頼みたいことあるんだけど、いいかな」


 ふと頭に閃いたことがあり、俺はレオンにそう尋ねた。


「ん?なんだ?」

「ちょっと買って欲しいものがあるんだよ。本なんだけどさ」

「……ああ。そのくらいなら全然構わないぞ」

「よっしゃサンキュー!」


 そのくらい、とか言っているが、この世界では本は高級品、嗜好品であり、どれも現代価格にして一万円程度したりする。

 俺が買っても良いのだが、レオンのために必要な経費でもあるし、ここは自分で何とかしてもらうとしよう。


 とにかくこれで言質は取ったな。よしよし。なんて思いつつ、俺は手紙を書く準備を始める。俺もレオンも随分とのんびりしているが、それで良いのだ。

 そもそもここまでの道中が、サラの生け贄というタイムリミットがある故にノンストップで突き進んでいたのだ。それも解決した今、そこまで大慌てで旅路を急ぐ必要はなくなった。それでも魔王討伐という大目的の為に進まねばならないが、とりあえず今日一日は安息日として各人自由を満喫する日、ということになったのだ。そして今こうして二人で手紙なんて書いてたりするわけである。


「えーとだな。まず挨拶を入れて、それから魔神を倒してフィーブが平和になったことを伝えたい。ダニエルフィーブのこと気にしてたからな」

「ふむ。こうかな『ダニエル様、お元気ですか。私は元気です』」

「あ、いやもっと砕けた感じで」

「『おっすオラレオン!いっちょやってみっか!』」

「いや砕けすぎ……」

「なんだよ~。じゃあお前が言えよ~」


 わあわあとやり取りを重ねながら文面を整えていく。ふと、胸の内に疑問が湧いて俺はレオンへと目を向けた。


「ところでさ。ダニエルはなんでフィーブのことを気にしてたんだ?」


 クエハーにこれだけ浸かっている俺でさえ、レオンの幼馴染みであるということ以外、ダニエルという存在については何も知らないのである。

 俺の言葉を受けてうーん、と腕を組むと、レオンはこう口にした。


「ダニエルは商会をやってるんだ。ブラウン商会……だったかな?ってところの会長でさ」

「へえ。ブラウン商会ねぇ──ブラウン商会!?」


 何気なく返事をしようとして、俺は盛大に吹き出していた。その名前にあまりにも聞き覚えがあったからである。


「知ってるのか?」

「知ってるも何も、ブラウン商会ったらルード大陸のあらゆる商品の四割程を担ってる超大手じゃん!」


 魔法武器から世界地図から日用雑貨に至るまで、あらゆるモノを手広く扱っている商会だとクエハーでは語られていた。まさかそこの会長がダニエルだったとは……!ゲームじゃ何のイベントも……、あ、そうか。

 そう考えていて思い出した。

 クエハーのゲームではセタンタの町にブラウン商会に本社があり、周囲の人間から前述の評判を聞くことが出来るのだが、肝心の本社でのイベントが何もなく、いつ訪れても、


「会長は外出中です。アポイントはお取りでしょうか?」


 と受付嬢に言われて門前払いにさせられるだけなのである。

 故にプレイヤーからは、イベント製作が間に合わなかったのでは……。なんて囁かれていたのだった。


「そのブラウン商会の会長がまさかレオンの幼馴染みだったとは……」

「そうなんだよ。忙しく世界中を飛び回ってる奴でさ。中々会えないから手紙だけでもと思って」

「なるほど」


 そういう事なら納得である。その後もわいきゃいと盛り上がりながら、手紙に向かうのであった。


~~~~~


 一時間後、そうしてその甲斐あってか、(ちょっと書き損じはあるけど)無事に手紙は仕上がった。……のだが。

挿絵(By みてみん)


「レオン」

「ん?なんだ?」

「お前が描いたこの落書きはなんだ」


 台詞っぽく吹き出しを添えて、「本当だよ!本当!」と言っている熊のようなイラストはレオンが描き足したものである。まあ台詞はレオンの指示で俺が書いた訳だが。


「本当ってえらい強調し過ぎてて、これ逆に胡散臭くねーか?」

「なんだミーナ、ファティグマ知らないのか?世界学者なのに」

「むっ」


 世界学者──ひいては俺のクエハー知識を馬鹿にされたようでカチンとくる。どうやらこの腹立たしい顔をした熊のキャラクターは、ファティグマというらしい。

 しかし思い出そうにも、ファティグマなんて全く聞き覚えがないのだから仕方がない。熊の魔物と言えばジュエルベアーと、その上位種のグリスタルズリーくらいだし、そんなモンスターいなかったと思うのだが……?


「……くそ、世界学者でも知らないものはあるんだよ」

「そうかそうか。じゃあ教えよう。ファティグマってのはだな──」


 レオンの言うことによると、ファティグマというのはファティスの町の守り神であり、真偽に悩む人々の前に現れてそれが正しかったら「本当だよ!本当!」といって肯定してくれるらしい。

……なんか守り神って部分と肯定してくれる部分が噛み合ってなくない?っていうかなんか変じゃない?

 しかしそれがファティスに伝わる伝承というのなら、やはりしっかりと存在する設定なのだろう。それを知らないということは、悔しいが俺の読み込み不足だ。クエハー愛を誰よりも謳っていながら、何という体たらくか……。くそ!俺のクエハーへの情熱はその程度だったのかよ……!

 そんな落ち込む俺に、レオンは朗らかに笑いながらこう付け加えた。


「ま。俺が考えたんだけどさ」

「   」


 その時の俺の顔は、後々までレオンのトラウマとなったらしい。曰く、勇者だけど殺されるかと思ったとのこと。


「何が世界学者なのにファティグマ知らないのか?だ!こォのアホんだらぁッッッ!!!お前のオリキャラなんぞ知るかァァァァァァ!!!」

「ぎゃあ~ッ!!」


こうして俺は生まれて初めて人をばちぼこに殴ったのだった。


◆◆◆◆◆


「そ、それじゃあこの手紙、飛ばしちゃうな……?」


 そう口にして、無傷のレオンが俺に声を掛けてきた。手首を捻り拳を痛めた俺は、涙目で(さっさとしろ)と頷く。いてて。なんつー頑丈な奴なんだ……。


「はいよ」


 レオンはそう呟くと懐から小さな石を取り出した。子供の手のひらに包まれる程度の大きさのそれには、ダニエル、と傷で付けたような名前が彫られている。


「その石……」

「ああ、これか?昔ダニエルに貰った奴だな」


 そう口にしてレオンは石を、便箋の表面をなぞるように動かす。そうすると便箋そのものが、モヤッとしたオーラに包まれた。

 そして次いで彼は窓を開けると、


「そら。飛んでけ!」


 とそれを空に投げ放ったのである。俺の常識では有り得ない光景だが、便箋は地面に落ちることなく空中に留まると、何処へともなく飛んでいってしまった。


──これが、この世界における手紙の出し方だ。

 まず大前提として、この世界に住まう人間は赤子から老人まで等しく体内に魔力を持っている。そしてその魔力は、長く身に付けていたものに痕跡として残るのである。基本的には、五年間肌身離さず所持していれば確実に移るとか。

 そんな魔力の性質を利用して産み出されたのが、この手紙のシステムなのである。

 人々は、親しい相手と自身の魔力の移ったアイテムを交換し合う。そして特殊なマジックアイテムである手紙に他者の魔力を反応させることで、自動で持ち主の元に辿り着く魔法の手紙となるのである。これは対象が出掛けていようと失踪していようと、生きている限りは必ず本人の元に届くということであり、通信機の存在しないこの世界においては何よりの連絡手段として重宝しているのである。

 まあ電話みたいな魔道具もあるっちゃあるんだけど、あれはクッッッソ高いから一般人には手が出せないんだよね。なので除外するとして。

 話が逸れたけど、だからこの世界の住人は、他者への名刺代わりとして渡せるよう、絶えず何かしらの小物を身に付けて生活しているのだ。


「手紙が飛ぶの、初めて見たなー」

「へぇ。そうなのか。意外だな」

「けどあれな。封筒には入れないんだな」

「あっ」

「え?」


 どうやら剥き出しの便箋を飛ばしたのはレオンのやらかしだったらしい。そんな会話をしながらマーブル亭の食堂へと向かうと、そこには数名のパーティメンバーが既に寛いでいた。


「あら。レオン?どうしたの?さっき部屋に行ったけど居なかったけど」


紅茶を片手に席に座っていたウィズが、小首を傾げながらそう口にした。彼女も本日は優雅な一日を満喫するつもりらしく、いつも以上にリラックスした空気を醸し出している。


「ああ、それはすまん。朝からミーナの部屋に行っててさ」

「は?」


 ぴしっ、と、何かが割れるような音と共に、その場の空気が凍り付く。ウィズの優雅な時間も強制終了してしまったようだ。


「それ、どういう……?」

「誤解を招くようなこと言うなこのアホ勇者!」


 このままなら一触即発になってしまいそうな空気だったが、すぱこんっとレオンがぶっ叩かれたことで弛緩した。皆が驚いて平手の主へと目を向ける。

 ふんす、と鼻を鳴らしているこちらへと。


「ったく。なんでこうかね……。わざとやってるんじゃないだろう……な…………、あれ?」


 何故か皆が此方へと驚いたように目を向けている。何だろう?と首を捻ったところで俺は「あ」と声を上げていた。

 そういえばこの口調はレオンの前だけだったっけ。やっちまった。


「いやお前その口調……」

「ゆ、勇者様をひっ叩きましたわ!?」

「ミーナちゃん……?」


 昨日までは「そうですか?はい。私もそう思います!」みたいな口調で喋ってた訳だし、そりゃみんなびっくりするよね。

 どう誤魔化したもんかと焦る俺であったが、


「なんだよそっちが素かよ。今度からそっちにしろよな。いつまでもよそよそしい態度なの、気にしてたんだからよー」

「そ、そうですわね!敬語よりも自然体で良いかと思いますわ。それはそうと勇者様を叩いてはいけませんわよ」

「私は前のミーナちゃんの方がいいと思うんだけど……」

(あーしは酒場に行ってまーす)


と、バレナからは意外にも好意的で驚いた。


「え、こっちの口調でいいの?失礼じゃない?」

「もう何日一緒にいると思ってんだよ。仲間だからいいんだよ。失礼とか気にしなくても」

「……あ、ありがと」


 何とも気恥ずかしくなり、俺はそう小さく呟くのだった。


「私は前のミーナちゃんの方が……」


◆◆◆◆◆


「ミーナミーナ。聞きましてよ!」


 食堂を出た後、俺の後を追ってやって来たのはリューカであった。


「ほえ?リューカ、さん?」

「ふふ。リューカで良くってよ。それより聞きましたわ。勇者様とお買い物に行くそうですわね」

「え、あ、うん。そうだけども」


 それがどうしたのか?と訝しんだ顔を向ける俺に、自信満々な様子で大きなその胸を張ると、リューカが言う。


「わたくしも一緒に行って構いませんかしら?」

「へ?あ、うん。別に大丈夫かと」

「ふふ」


 嬉しそうに笑いを含ませると、リューカは言葉を続ける。


「ミーナ、昨日言ってましたわよね。勇者様への気持ちは恩返しだって」

「さっきからなんなのさ?それとリューカの同行に何の意味が──」

「ねえミーナ。わたくしと勇者様の仲の進展に、協力してくださらないかしら?」

「────へ?」


 楽しいお買い物の時間が、今始まる……!



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