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魔王城『魔王軍会合その2』

挿絵(By みてみん)

 ルード大陸最北に位置する魔王城。

 魔族たちですら恐ろしくて近付けぬその場所に、何かが地面から現れた。

 土を盛り上げその場に姿を見せたのは、植物の蔓であった。太い蔓が幾重にもより集まり、人間一人なら入れそうな程の大きさの球体を形成しているのである。

 魔王城前に出現した植物球だが、力尽きたようにその場でボロボロと崩れ始めた。すっかり枯れてしまったその中から、ヒトのような影が現れる。

 ピンク色のツインテールに、巨大な黒リボン。魔王軍幹部、エルローズの姿がそこにあった。

 そこに以前の会合で見せたような余裕さは微塵もなく、彼女はひたすら焦っているようだった。アルラウネたちに見送られ、毒沼に浮かぶ城の中へと入る最もその態度は変わらず、エルローズは足早に玉座の間を目指す。

 今日の彼女は、一番にそこに足を運ばねばならぬ理由があったのだ。

 重々しい、しかし確固たる信念を孕んだ足取りで玉座の間へと辿り着いたエルローズ。良かった。まだ他の二人は来ていないらしい。


「エルローズ、ここに」


 誰もいない室内にて、跪いて彼女はそう口にする。

反応はない。その、筈だったのだが。


「あっははは!随分と遅かったねぇ?」


 横合いからの声に驚いて、エルローズはそちらへと目を向けた。そこにいた、いるはずのないシルエットに目を見張る。


「ア、アシュレイン……?なんで、あんたが……?」

「ええ?いちゃ悪い?ぼくも魔王軍幹部なんですケド」


 そこに、十歳程の少年がいた。あどけなさの残る顔をエルローズへと向けて楽しそうに笑っているのは、アシュレイン。四人目の魔王軍幹部である。


「……これまで一度だって顔を見せたことないのに……」


 どうしてこのタイミングで。と憤るエルローズ。残念ながらアシュレインが気まぐれを起こしたのは、このタイミングだからこそ、なのだが。


「いやいや、君を労ってあげようと思ったのさ!スゴかったじゃない魔神、ゲルニロだっけ」

「デルニロよ」


 苦々しくエルローズは吐き捨てる。アシュレインが上機嫌な時はろくなことがないと理解しているからだ。そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、アシュレインはふふ、と微笑んだ。


「いやさ、凄い大活躍だったよね!えっと、なんだっけ?そう!月一の生け贄ってことは、一年で十二人も殺してるんだもんね!すっご~い!!その辺のゴブリンだってもう少し殺してるよねぇ」

「────」

「五百年も掛けて一年に人間十二人殺す装置作るなんて天才だよ!まったく尊敬しちゃうなあ!」


 あっははは!と笑い転げた後でアシュレインは「ふう」と息を吐き出すと、落ち着いてこう口にした。


「馬鹿じゃないの?」

「こいつ!殺す!」


 激昂して掴み掛かろうとするエルローズであったが、そんな彼女の腕は横合いから押さえられていた。


「やめろ。玉座の間だぞ」

「……っ、ギルディア」


 その奥にはシュバルツの姿も見える。いつの間にか、残り二人の幹部も到着していたようだ。


「っ、分かってるわよ」


 拳を収め、エルローズは玉座へと居座まいを正すとその場に平服した。

 そのタイミングを見計らっていたかのように、室内の空気が揺らぐと、玉座に魔力の渦が膨れ上がる。室内を照らす松明の火が、風もないのに揺らめいた。

 魔王がその姿を見せたのだ。

 ギルディア、シュバルツもその場に跪く。アシュレインのみは、「ふうん」と呟いて佇んだままだった。


「き、貴様!平服しないか!」

「──よい」


 魔王からの声を受け、シュバルツが「はっ」とそれ以上の言葉を慎む。魔王はアシュレインへと目を向けると、口を開いた。


「久しいな。アシュレイン」

「ん。そうだね。先代が君に倒された時以来かな」

「……貴様……」


 王に対して口を慎むということを知らぬアシュレインに、苛立つように吐き捨てるギルディア。しかし魔王から諌められている以上、事を荒立てるような真似はせずに平服し続けていた。

 再びエルローズへと目を向けると、アシュレインが笑う。


「しっかし、ろくに戦果も上げずにやられちゃったんでしょ?ホント、なんの為に五百年も掛けて作ったんだって話だよねえ。今日の会合もそれでしょ?」


 嘲るようなアシュレインの言葉に、エルローズが顔を紅潮させる。

魔王は、よせ。と口にした。


「アシュレイン。言葉を慎め。かの魔神は、人間を殺す目的ではなく、いかに人間を殺さず我ら魔王軍に従わせるかという実験の為に運用させていたものだ。そもそもの前提が違う」

「へえ。随分と人間にお優しいこと」

「アシュレイン!」


 止まることを知らぬ暴言。口が過ぎると判断したのかシュバルツが咎めると、流石に面倒になったのかアシュレインは「はいはい」と嘆息して引き下がった。

 それを確認してか、魔王は小さく頷くと口を開く。


「してエルローズ。何があった?デルニロは無敵だと豪語していたお前がその様とは」

「申し開きのしようも有りません……。全ては私の──」

「申し開きせよと言っている!」

「っ!」


 いつになく強い口調に、エルローズはびくりと跳び跳ねた。彼女を見下ろす魔王は、ふ、と息を吐き出すと、その声色を平常へと戻した。


「前回のギルディアと同じだ。我は貴様を責めているのではない。何があったのか、真実が知りたいのだ。感情を込めず、事実だけを述べよエルローズ」

「は、はっ」


 深く頭を下げた後で口をわなわなと動かすと、エルローズは呼吸を整えて喋り始めた。


「奴等は、勇者レオンたちはまるでデルニロの討伐方法を熟知しているかのように動いていました。徹底して魔法攻撃を阻止され、途中反撃こそしましたが結局は本体を見抜かれて討ち取られました……」

「ふむ。それは偶然か?それとも?お前の目にはどう映った」

「連中の中に、知恵者がおります。そいつが勇者たちを先導していたようです」

「知恵者、だと?」


 魔王の言葉に、エルローズはこくんと頷いた。


「女です。生け贄に扮して紛れており、デルニロの弱所を観察して後方から勇者たちに指示を出しておりました」

「女……」

「偶然そいつを倒せたのですが、その後勇者たちは連携が崩れ形勢を逆転することが出来ました。このまま勝利かと思ったのですが……」


 苦々しく、吐き捨てるようにそう口にするエルローズ。彼女にとってもデルニロを失ったことは相当な屈辱なのだろう。


「突然現れた竜に時間を稼がれている間に知恵者を復活させられ、結局は本体を狙われてデルニロは倒されました。……あいつさえ、あいつさえいなければ……!」


 まるでその場で見てきたかのように口にするエルローズだが、事実として彼女は戦況の全てを目の当たりにしている。遠巻きに戦場付近に待機していたアルラウネの目を通して全てを見ていたのだ。


「その女の姿は出せるか」

「……こいつです」


 その言葉を受けて、エルローズは懐から水晶玉を取り出すと魔王へと差し出した。そこには、生け贄衣装に身を包んだミーナの姿が映し出されていた。


「ミセリア……ではないな。見たこともない奴……、むう、何者だ……?」


 呟くようにそう口にする魔王の言葉に、エルローズがぴく、と片眉を上げた。訝しむように魔王へと目を向けた後で、表情を戻すとエルローズは口を開く。


「魔王様。どうか、どうかこの私めに挽回の機会をお与え下さいませ。次こそ、次こそ必ずや奴等を討ち取ってご覧に入れます……!」

「ふむ。本来であればお前には休息を与えようと思っていたのだが……。その口振りからして、何か策があるようだな」

「は。我がとっておきの秘策にて」

「──ふむ」


 考え込むようにそう口にした後で、魔王は首を縦に振った。


「……いいだろう、エルローズ。この謎の女の始末も含めてお前に任せよう」

「──ありがとうございます」

「ただし。ここまで大口をきいたのだ。二度目の失敗は許さんぞ。…………そのつもりで動くがいい」

「──は。必ずや……」


 恭しく頭を下げるエルローズの姿を見届けると、魔王はちらりとシュバルツに目を向け、


「それでは、本日の会合はここまでとする」


 と、終了を宣言したのだった。


◆◆◆◆◆


「……エルローズ」


 玉座を離れ歩いていたエルローズは、背後からの呼び掛けに足を止めていた。


「……何よ」


 ぎり、と歯噛みしながら、振り返らずに言葉を漏らす。魔王の前では貞淑に振る舞っていたが、やはり手塩に掛けた魔神を潰された憤りは、そう簡単に消えるものではなかったようだ。

 怒りに震える彼女を後ろから呼び止めたのはギルディアであった。


「アシュレインの言葉は、まあなんだ。気にすんな」

「…………」


 口を結んでその場に立ち止まるエルローズ。ギルディアは言葉を続ける。


「俺はその、あの魔神はスゲェと思ったよ。お前の所為じゃねえ。だから──」


 ギルディアは、彼にしては珍しくエルローズを慰めようとしていた。そんなギルディアの気持ちを受け取ってか、エルローズはゆっくりと振り返ると──、


「────は?」


 と口にした。


「え?」

「何であんたにそんなことフォローされなきゃならない訳?デルニロは私が作り上げた最高の芸術品。例えすぐ壊されたとしたってその価値は微塵も曇らない。当然でしょ?」

「は?いやお前、オイ」

「きっも。何なのあんた。障壁壊された負け犬風情が調子に乗らないで」

「っ貴様…………!」


こんな奴に気を使ったら己が間違っていたと、ギルディアは普段の調子に戻って激昂する。それを見てエルローズはふん、と鼻を鳴らした。


「あんたはそれでいいのよ」

「……エルローズ」

「まあ見てなさい。このエルローズを虚仮にしたこと。何倍にもして返してやるわよ」


こちらも普段の調子を取り戻した様子のエルローズに、ギルディアはニッと笑みを浮かべると、


「おう。やってみろ」


と口にするのだった。


◆◆◆◆◆


「────さて」


魔王以外誰もいなくなった筈の玉座にて、魔王が暗がりに向かって声を上げた。


「いるか。シュバルツ」

「────ここに」


すると暗がりになった一角から、声と共に黒い影が姿を見せた。背に翼を生やし、黒い鳥の面を付けたその男は、先程まで他の幹部と並んで鎮座していたシュバルツである。


「うむ。シュバルツ。よくぞ……」

「魔王様、しかし私のみをお残しになられたとは、何用でしょうか?」

「うむ……」


 会合の終了時、魔王に目を向けられたシュバルツはその行為を、お前は残れ。という意図だと理解し、それは事実としてその通りであった。

 シュバルツの言葉を受けて魔王は頷くと、ゆっくりと口を開いて彼にこう告げた。


「エルローズだけでは心許ない。例の勇者の仲間の女とやら、貴様も探れ」

「……なんと?では、機会があれば殺しますか?」

「いや、殺すな。あくまでも素性を探って我に報告せよ。始末するかどうかは追って通達する」

「は」

「では行け」


 魔王の言葉にシュバルツは平服すると暗がりへと身を引き、そしてその姿を消していた。


「……障壁に続き、魔神デルニロを討ち果たした勇者たち。そして謎の女。……間違いないだろうな」


 今度こそ他に誰もいなくなった玉座の間にて、魔王がぽそりと呟いた。


「その女も転生者だ。それも、貴重なクエハープレイヤー。……やはり、あの女神の仕業か……」


 そんな小さな声が、虚空へと消える。


「さて、エルローズはどう踊ってくれるか。今はそれを楽しむとするか」


 そうして、護衛の一人もいない、たった一人きりの魔王城にて、魔王は渇いた笑いを浮かべるのであった。


◆◆◆◆◆


「ふうん?」


 そんな魔王城を見下ろすように空に浮かびながら、アシュレインもまた、小さく呟いていた。


「クエハー?テンセイシャ?何のことか分からないけど、これは面白そうな種、掴んじゃったかも」


 そうして楽しそうに笑うと、彼もまた魔王城を離れていくのだった。


「やあ!僕アシュレイン!可愛い僕の活躍は【エピソード・オブ・ウィズ〜その1〜】を見てね!」

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