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フィーブ 町長の屋敷『 ドレスアップ・ガールズ』

挿絵(By みてみん)

 夕方になり、俺たちは町長の屋敷に集まっていた。

 ちなみにリューカはあの後三十分程で元に戻った。

 吹き飛ばされた町人も怒るかと思いきや、酔っ払っていたせいもあるのだろうが、


「守護竜様じゃあぁぁ!守護竜様が来て下さったぞぉぉぉ!」


 と拝み初め、俺が、りんごが好きですよと入れ知恵したことでみんながりんごを持ち寄ってきたので、リューカも大はしゃぎであった。

 ……まあ、元に戻った後で、折角の服を破いてしまったとしょげていたのだが。

……あ。ちなみに彼女がドラゴンになってる間に大きめのローブを用意しておいたから、裸は誰にも見られてないぞ!大丈夫だ!



「では皆様、着付けを致しますので奥の更衣室までお願い致します」


 俺たちの到着を待っていたのだろう。ぐるりと見渡して全員いることを確認すると、メリーはそう口にした。

 昨日は私服だった彼女だが、本日は町長の屋敷にいるということもあってか他のメイドたち同様にメイド服を着用している。


「こちらに」


 メリーの言葉を受けて、奥の部屋へと通される俺たち。レオンは別部屋らしく、トールに連れられていった。

 用心棒だけじゃなくて執事もやってるの、地味に大変そうだな。


「ミーナさん」

「あ、すみませんっ」


 ぼうっと立ち止まっていたらしい。メリーの声に、俺はハッと我に返って彼女の後を追うのだった。



「はい。ではこちらで皆様の支度を整えさせて頂きますね」


 更衣室、と呼ばれていたその部屋だが、普通に広くて驚いた。以前の俺──南信彦の部屋だって八畳分くらいの広さはあった筈なのだが、体感でその三倍以上の規模である。ちょっとしたホールくらいの広さはあるのではないだろうか。

 そんなことを俺が考えていると、メリーが他のメイドたちの一歩前に進み出た。


「では改めまして。本日皆様の衣装兼、ヘアメイクを担当させて頂きます、メリーと申します。どうぞ宜しくお願い致します」


 そう口にして彼女は恭しくお辞儀をする。メリーに次いで部屋にいた他の女性たちも同様に頭を下げた。

 部屋には俺たち以外に九人の女性がおり、メリーを含めてメイドが五人、そして裁縫担当の女性(お針子というらしい)が四人である。


 そうして挨拶の後、各人一人ずつメイドが着替えを担当して、仕上げをメリーがする、という流れでの作業が始まった。

 始まってから気付いたことではあるのだが。

 そもそもの話、男である南信彦が女性に着替えさせてもらう、というのはちょっと──いやかなり問題なのではないだろうか。

 仲間たちの着替えには正直見慣れてしまった俺なのだが、この状況はなんというか別個の恥ずかしさがある気がする。

 ちなみに俺の担当はメリー女史であった。


「はい、では脱いで頂いて宜しいでしょうか?」

「~~~~~!」


 どんな羞恥プレイだよ!?なんなの風俗なのここ!?いや行ったことねーですけど!


 昨日レオンの前でするっと脱ごうとした光景を思い出し、俺は顔を引きつらせた。

 いや、俺が間違ってました。人前で脱ぐのは良くないね。


 みんなはよく平気だなー。と思ってちらりと目を向けると、同じように顔を赤くしているウィズとバレナの姿が見えた。わわわっ。

 見てはいけないものを見てしまったような気がして思わず顔を戻した。

 でもそっか。俺だけじゃないのか。

 そう思うと少しだけ安心もする。


「……あの?」

「あ、すみません……」


 そう口にすると、ブラウスのボタンに手を掛けて外していく。

 スカートも降ろして下着姿になると、俯いたままその場に佇む俺の姿がそこにあった。

 手は所在なげに腰の付近を彷徨いており、何とも心許ない。

 と、とりあえず臭ってはいないよな……?

 直前にスルーズに浄化魔法掛けて貰ったから、汚れてはいないと思うのだが、女性はそういうの敏感だろうし、ちょっと怖い。


「それじゃあ、着せていきますからね。楽にして下さいね」


 そんな俺の緊張を察したのか、メリーは俺を落ち着かせるように優しく声を掛けてくれる。


「あ、ど、どうも……」


 照れたように声を絞り出す俺に、何を思ったかメリーは「……あの」と小さく耳打ちしてきた。


「え?」


 不意打ちに驚いて腕を縮める俺に、彼女が言う。


「下着もあつらえさせて頂いたものがあるのですけれど、試されます?」

「ほあっ!?」


 なんてこと言うのか。流石の俺も、これには真っ赤になって、


「おっっっ!お構い無くっっっ!!」


 と言わざるを得ないのであった。


◆◆◆◆◆


 そうして着替えの時間は過ぎていき──。



「────」


 俺は、鏡に映るその姿を見て息を飲んでいた。


 体を覆うスカイブルーのドレスは、フィッシュテールというものらしい。体の前面は丈が短く、背面は長いそのドレスは、なるほど魚の尾ひれのようにヒラヒラとしている。それでフィッシュテールか。

 俺の言葉にメリーが頷く。


「はい。フィッシュテールはご覧の通り前後で長さの違うスカートが特徴的でして、動きやすく、しかしながら女性としての可愛らしさもあるデザインとして最近人気なんですよ」


 可憐なミーナ様にはお似合いですよ。と笑顔で続けられ、なんだかむず痒くなって俯いた。

 それでも、鏡に映るそのドレスがあまりに綺麗で、上目使いに見てしまう。

 それにしてもなんというか、昨日選んだときと随分違くないか?……こんなに派手だったっけ?


 透き通るような美しい青の生地にはレースが重ねられ、白や薄桃、淡い紫などの色をした繊細な花や葉の刺繍が施されており、昨日よりも華やかで可憐なものに仕上がっていた。


「こちらの花は、ドレス生地と同様のオーガンジーで作らせて頂いたものなんですよ」


 胸元に付けられている白い花飾りを示唆してメリーがそう口にする。花の種類には詳しくないのだが、その白い花にはなんとなく見覚えがあった。

 確か、マーガレット、だったかな。


「ミーナ様は初めてドレスをお召しになるとお伺いしましたので……、つい気合いが入ってしまいまして」


着付けを手伝ってくれているお針子さんたちが、うっとりした様子で口を挟む。


「ミーナ様のドレス、ご本人の素材が良いので可憐さを引き立てたいって、我先に皆で刺繍を入れたんですよ!」

「初恋の人の瞳と同じ色のドレスって浪漫ですよね……!きゃーっ青春~!」

「僭越ながらマーガレットの花は私が作らせて頂きました。花言葉は『秘めたる愛』です」


 一斉に喋り出したお針子さんたちの言葉に付いていけず、くらくらする。

 ……何かすげー恥ずかしい勘違いが聞こえた気がしたんだけど、きっと気のせいだよな?というか、よく見たらお針子さんたちの目の下、めっちゃ隈出来てるじゃん。……深夜テンションだこれ……!


「あら!」


 と、横から声が掛かる。驚いて振り向くと、そこに居たのは────、居たのは、


「ウィズ、さん……?」

「とっても可愛いドレスね!」


 そこに居たのはウィズであった。

 身に付けているのは、深い藍色に銀糸の繊細な刺繍が入ったロングドレスであり、所々に散りばめられた銀のラインストーンが、まるで夜空に光る星のように瞬いている。

 胸元には大きなフリルが飾られ、彼女の大きな胸を隠している。これはウィズの意向を汲んだものらしい。胸の部分の露出を控えている代わりに肩と腕が出ている仕様となっているが、白いレースの長手袋が優雅で清楚な印象を与えていた。


「どう、かしら?」


 照れたように微笑みながら、癖で髪を撫でようとして、慌ててその手を止めるウィズ。俺もそうだったからよく分かるが、メリーから触らないように注意されていたのを思い出したのだろう。


 ウィズの髪は、編み込んでアップにした部分に細い銀の鎖で繋がった真珠やダイヤモンドのような白い髪飾りが付けられ、キラキラと輝いていた。ほっそりとした白い首筋やうなじが見え、そこには上品なのにしっとりとした色っぽさがある。 首には、サファイアを中心に小さなダイヤモンドがまわりを飾っている銀の鎖の星空のような首飾りがきらめいて、まるでプリンセスみたいだと俺は思った。


「私は、その、凄く気に入っているのだけれど……」


 顔を赤らめ、もじもじとしながら聞いてくるウィズ。お針子の皆さんは涙を流してスタンディングオベーションである。


「最高です!やっぱりラインストーン散らして良かった!」

「満天の夜空をイメージしてるんです!藍色のドレスならきっと合うと思ったから……!」

「あの、あひゅっ、やば……、さいっこ、ひゅっ、はひ……」


 一人過呼吸起こしてないか?大丈夫か?

 そんな心配をしつつも、俺もウィズに目を向けると、素直な感想を口にした。


「めちゃめちゃ綺麗でびっくりしました!その、私なんかが言っても伝わらないかもですけれど、本当に美しいって感じで……!」

「ありがとう。でもミーナちゃんだって凄く可愛いわよ?私なんか、なんて言わないこと」


 メリーさんに失礼よ。と言われ、そうだった。と反省した。今の俺のこの姿は、彼女たちの努力の賜物なのだ。


「二人とも、よく似合っていますわよ」


 そんなやり取りをしているそこに、リューカが横から言葉を挟んできた。目を向けて、またまた驚く。

 リューカは翠のドレスに身を包んでいた。ウィズとは逆に胸の大きさが強調されており、改めてその大きさに驚かされる。

 しかしウィズとリューカの二人に挟まれていると、こう、なんか自分が小動物になった感じだよね。……主に胸的な意味で。


「こちらはワンピースタイプのプリーツドレスなんですよ!」

「袖の代わりに白いフィンガーレスグローブがアクセントになっていまして!」

「首元のシルバーネックレスはホワイトクローバーデザインなんですよ!」


 相変わらずテンションの高いお針子ーズが解説を挟んでくる。


「ふふ。ちょっと回って頂いても宜しいでしょうか?」

「あ、はい。こうですの?」


 メリーの言葉を受けて、リューカがその場で踊るようにくるりと回転する。フラットヒールの白いパンプスが床を蹴ってコツコツと音を立てると同時に、三つ編みに結われた金髪がふわりと舞い上がる。その光景にお針子ーズからは黄色い悲鳴が上がった。


「こちらの解説は私が。首元のネックレスに合わせて、マーガレットや白薔薇、オルレア、アネモネといった白い花を花飾りにして三つ編みに飾らせて頂いているんです」


 うふふと微笑みながら髪をたなびかせるリューカ。その頭には白いレースの意匠が凝らされたカチューシャが付けられており、普段髪に隠している竜の角も、同じ柄のレースが巻き付けられて装飾品であるかのように飾られていた。

 ひょっとしたら彼女が普段より上機嫌であるように見えるのも、普段の抑圧から解放されたという喜びが含まれているのかもしれないな。と俺はなんとなしに思っていた。


「セットが崩れますから、あまり動かないで……!」

「あ、ご、ごめんなさい……」


 叱られているリューカを尻目に、俺は部屋の隅へと目を向けると、そこには。


「嫌だ!やだ!そんなの着るなら死んだ方がマシだあぁぁぁ!」

「もう!昨日は着るって言ってたじゃないですかあぁぁっっ!ああもう!凄い力っっ!?」

「イヤだー!イヤだあぁぁぁぁぁぁ!!」


 何時もの威勢は何処へやら。壁に引っ付いて離れないバレナの姿があった。


「まったく、困りましたわねぇ」


 そんなバレナの様子を眺めてリューカはため息を吐く。


「バレナさん?貴女ともあろうものがそんな情けない──」

「るせえぇ!!誰が何と言おうと着ねぇ!!」


 取り付く島もない態度に、リューカもやれやれというジェスチャーをする。俺たちの困惑した様子を察知したのか、メリーが慌てて声を掛けてきた。


「バレナ様は何とか致しますので、皆様はこの後の挨拶の練習をして頂けますでしょうか?」

「挨拶、ですか?」

「はい。この後町民の方々の前でケーニッヒ様が挨拶をして、皆様を紹介するのですが、その時に皆様にも何かご挨拶を頂けたらと」


 俺たちは顔を見合わせる。そもそも俺はこんな格好してること自体恥ずかしいのに、人前で挨拶とか余裕で死ねるんだが。


「こう、かしら?」


 そんな不満顔の俺とは対照的にウィズはドレスの裾を摘まむと、片足を後ろ斜めに下げ、もう反対の足は膝を軽く曲げて姿勢を低くした。

 あっ、これ!見たことある!なんか貴族がやってそうなやつ!名前は知らないけれど!


 その所作に、お針子シスターズから黄色い悲鳴が上がり、一人は意識を失って倒れ付した。


「お。カーテシーじゃん。滅茶苦茶上手いね」


 ウィズの所作はよく分かっていない俺から見ても綺麗に見えたが、この世界の住人から見てもそうらしい。

 横から口を挟んで来たのはスルーズであった。なるほど。カーテシーっていうんだアレ。


「スルーズさん」

「ん」


 スルーズは青のロングドレスに身を包んでいた。他の面子に比べると装飾品の少ないシンプルなドレスについては、お針子三人が解説してくれる。


「が、頑張ったんですけれど、顔が良すぎて装飾が沈んじゃうんです……」

「もうこれならいっそシンプルな方がいいかなって……」

「我々の力不足ですみません……」

「いやいや、あーしは気に入ってるよ。これ。ロングにしては動きやすいしね」


 そう口にするスルーズの髪型は、ピンクゴールドのセミロングをシニヨンと三つ編みでまとめた見慣れぬものになっており、確かに彼女の顔の良さを引き立たせているようだった。


「あら、その挨拶ならわたくしも知ってますわ」


 と、ウィズのカーテシーを見てリューカも反応する。


「わたくしの恩人である貴族の女性が、この所作がとてもお上手でしたのよ」

「貴族……。うん、やっぱりそうだよねえ」


 リューカの言葉を受けてスルーズが頷く。


「庶民に出来る挨拶じゃないんよなぁ。……うぃうぃってさ、もしかして良いとこのお嬢様だったりする?」

「え?」


 驚いたようにスルーズに目を向けるウィズ。


「私、孤児よ。まあ故郷を魔王軍に焼かれたのは十七の時だったから、子供でもなかったし教育はちゃんと受けさせてもらったけど……」

「あ、うん。ごめん……」


 いたたまれない空気に包まれて謝罪するスルーズ。……ウィズさんや。流石にそれは何も言えませんて。

 でも流石の慧眼というか、貴族令嬢だった過去を持つウィズのことを知っている俺からすれば、スルーズも大したものだと思うけどね。


「あ、えっとですね」


 そんなやり取りを見てか、メリーが言う。


「町民の皆様への挨拶ですので、カーテシーは必要ないかと。あれはあくまで目上への敬意を示すものですので……」

「えっ?」


 不思議そうに声を出した後で、ウィズは静かに口を開いた。


「フィーブのみんなは私たちがデルニロに負けそうになっていた時に助けてくれた命の恩人だから……敬意を払うのは当然じゃないかしら」


 そう口にするウィズに、お針子三人も目頭を熱くして感激しているようであった。ちなみに倒れたままの一人は放置されたままである。誰か助けてあげろよ。


「そうですか。失礼致しました。では皆様、カーテシーでのご挨拶ということで」

「え゛」


 思わぬ言葉を受けて、俺は顔を引きつらせていた。俺が、あれやんの……!?


「離せーっっ!!」

「しつこい!!」

「応援を!指離してぇ!」

「イヤだー!!!」


 一方その頃、バレナはまだ壁に張り付いていた。


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