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フィーブ 商店街『リューカとお出掛け〜フィーブ食べ歩き珍道中〜』

挿絵(By みてみん)

「あの、リューカさん」

「なんですの?」


 並んで歩きながら、俺は彼女に恐る恐る声を掛ける。若干の緊張が混じるのは、意外なことにリューカと二人きりになる場面がこれまでなかったからだろう。


「リューカさんが元気になって良かったです」

「心配掛けましたわね。もう平気ですわ」


 俺を見下ろす目が優しく細められる。今のリューカは、ガチャガチャした鎧姿ではなく、白いブラウスに茶色いロングスカートといった見慣れぬ私服姿であった。


 あの後、皆に礼を告げて俺は迎えに来たリューカと共にラグリア牧場を後にした。リューカが来たのは、サラの言うように祭りにミーナと一緒に参加するため、とのこと。


「服、新しいやつですね……」


 じいっと見つめる俺の視線に気付いたのだろう。リューカは、


「ああこれですの?これは特注で仕立てて頂いたんですの」


 と、自身の服を示しながらそう口にした。


「昨日採寸して頂いたメリーさんが、これを是非にと。似合っていますかしら?」

「はい。とっても!普段の鎧も勇ましくて好きですけど、今の服もリューカさんの清楚な感じによく合ってますよ!」

「ふふ。嬉しいですわぁ」


 思った通りの感想を口にする俺と、それを受けてほわほわと微笑むリューカ。やっぱりこの人の持ち味は、体格に似合わぬこの可愛らしさだろうなぁ。なんて思う俺だったが、ふと気になったことを思い出して口を開いた。


「……あの」

「なんですの?」


 小首を傾げながらリューカが俺に目を向けた。先程と同じような流れだが、俺は先程よりも踏み込んだ質問をしようとしている。

 小さく息を吸うと、俺は口を開いた。


「どうしてリューカさんが来てくれたんですか?」

「あらまぁ」


 ド直球な質問にリューカも目を丸くする。

 いや、他の四人なら分かるのだ。それぞれ二人きりだった場面もあるし、それなりに絆を深めたとも思っている。

 しかしリューカだけは唯一、俺と二人で会話するような場面がこれまで全くなかったのだ。

 それなのに、何故?


「そうですわねぇ」


 少し考え込むような仕草を見せた後で、リューカは小さく頷くと口を開く。 


「わたくしたちは面識が少ないでしょう?」

「あ、はい……」

「ですから、一度こうして二人でお出かけがしたかったんですの」

「…………」


 そんな俺の、ともすれば無礼に当たりかねない言葉をリューカは真っ正面から受け止め、そして投げ返してきた。

 言葉をつまらせる俺を見てか、更に続けるリューカ。


「貴女に聞いてみたいこともありましたし」


 うぐ。一体何を言われるのか。俺の中に一気に緊張が広がる。そんなこちらの様子を他所に、リューカはふふ、と微笑んでいた。


「ねえミーナ、貴女、勇者様のことはどう思っていまして?」

「へぇっ!?」


 驚きのあまりに素っ頓狂な声を上げてしまう俺。ど、どうって、ええ?


「わたくしは勇者様をお慕いしておりますの。焦がれる想いは日を追うごとに強くなっていますのよ」

「は、はあ……」


 知ってるよ。だって俺は何度も何度も、男の目線であんたらの恋路を見守ってきたんだ。

 リューカは言う。


「……貴女は、どうなの?」


 と。いやいや。急に話を振られて驚いてしまったが、俺がレオンのことをどう思っているかなんて分かりきった事じゃないか。


「それは勿論友達──」


 ──分かった。だったら、何とかしてやる──


「──っ」


 言い掛けた言葉を、しかし俺は飲み込んでいた。あの時のレオンの顔を思い出してしまったからだ。


──何とかするよ。だから、泣くな──


 そう言って、優しく頭を撫でられた。その言葉に、その仕草に、俺がどれだけ救われたか……。

 その後でレオンは、大切な愛剣を躊躇なく差し出して、自身は捨て石となってデルニロを討ち果たした。その姿は今も、俺の脳裏に強く焼き付いている。


「わ、私、は……」


 唇を噛み締める。自身の感情が分からない。俺は結局、彼のことをどう思ってるんだ?だってレオンはゲームにおける俺の分身で、主人公で、二十年来の友人みたいなもので。けど実際に会ってみた彼は少し子供っぽい所もあって、色々抱えてたりもして、けどやっぱり強くてカッコいい勇者様だった。

 ……いや、これ以上は駄目だ。よそう。


「勇者様は、私の命の恩人なんです。だから、世界学者として恩を返せるよう、頑張る所存です」


 結局、俺はミーナのスタンスをそう定義付けた。あくまで恩人。そう、それでいいのだ。下手なこと言うとリューカにも悪いし。


「そうですのね。分かりましたわ」


 リューカはそれきり問答を打ち切り、俺たち二人は無言で道を歩いていた。

 何とも言えない気まずい空気が流れていく。



「あ、あの……」


 ややあって、俺が沈黙に耐えきれず何か言おうと口を開いたその時、


「あっ!ミーナ!あれですわ!」


 と、同時にリューカも大声を上げていた。


「え!?」


 言われて、彼女の示唆する方向へと目を向ける。するとそこには、様々な出店が立ち並ぶ商店街と、そこに集う人々の姿があった。

 本当に、お祭りなんだな……!


「ささ。行きますわよ!」

「あ、はい!」


 リューカに手を引かれ、俺もその人だかりの仲間入りをすることに。

 町の至るところに、手書きで記されたフィーブ解放記念、という旗が立っている。聞けば、昨日のうちに町長が突貫で仕上げたとのこと。俺は昨日レオンと立ち寄った際の、忙しそうな──しかしどこか楽しそうな町長の姿を思い出していた。……あのおっさん、地味に頑張ってるんだな。


「はあぁ!ミ、ミーナミーナ!あれを!」


 と、またしてもリューカが騒ぐ。何だろうと目を向けると、それは串焼きの屋台だった。


「ステーキ串……?」


 見ると、十センチ四方はあろうかという大きな肉が三枚程、棒で突き刺されて連結していた。それを鉄板の上で焼いたものを銀貨一枚で提供しているらしい。肉は牛のものだろう。正直この世界でこれは破格だ。


「それじゃあ買ってみましょうか」


 俺の言葉にリューカがこくこくと激しく頷く。余程お腹がすいていたのだろうか。


「ステーキ串二本ください」

「まいど!」


その場で炙ってもらった串を銀貨と交換し、その一つをリューカに手渡す。


「はあぁぁぁ!」


 待ってましたとばかりにリューカはそれにかぶり付くと、ぱあぁと表情を輝かせた。


「おい、おいっ、美味ひいでふの~!」


 あまりにも美味しそうな食べっぷりに、なんだなんだと人が集まってくる。見とれていた一人である俺も、自分の分を食べようとかぶり付いた。──の、だが。


(かっ……、硬いっ!)


 食中毒対策かしっかりと火の通されたビフテキは物凄い弾力であり、俺の小さな顎ではまるで歯が立たないようだ。

 四苦八苦の末に何とか力尽くで噛み切るも、今度はそれを飲み込む為に苦労することに。

 これを平気で食べれる人たちは顎が強いんだろうなぁ。

 これは俺、下手したら喉に詰まらせて死ぬのでは。

 ぐにぐにと噛み続け、ようやくひと切れ食べれたのは五分後のことだった。

 流石にこれ以上はまずい気がするので、残りのステーキ串はリューカに託した方が良いだろう。


「あの、リューカさん、残り食べてもらってもいいですか?」


 言いながらおずおずと顔を上げる俺であったが、そこには。


「まあ!いいんですの?」


 両手の指という指にステーキ串を挟んだリューカの姿があった。


「────え?」

「うまうまですわぁ」


 最初に彼女が食べていた一本の姿はない。俺が苦心してひと切れ食べている間に、どうやら追加で八本程購入していたらしい。


「あの、それ……、全部食べるんです……?」

「あっ、いえその……、えっと」


 一瞬皆へのお土産かとも考えたが、どうにもそんな感じでもない。俺の問いに焦っていたリューカであったが、やがて観念したように嘆息した。


「あの、わたくしが竜であることは、ミーナも知っていらっしゃるのよね?」

「え、ええ。まあ」


 実は最初から知ってたんですけどね。まあ

言いませんけど。


「それで、多分元が竜の体だからなのでしょうけど、実は普段からお腹が減っていまして……」


 リューカの言うことによれば、普段の食事量では足りず、しかしあまり食べたら怪しまれると思って、常に空腹感に苛まれていたとのこと。


「で、ですからもう正体もバレていますし、沢山食べても許されるかな……って……」


 ダメかしら?なんてこちらにチラリと目を向けてくるリューカ。開いた口が塞がらないといった感じの俺であったが、気を取り直すと思わず叫んでいた。


「ぉ……、おバカ~っ!!」

「ひゃいっ!?」

「何で我慢してるんですか!ダメに決まってるでしょ!!」


 常に空腹ということは全力など出せる筈もない。実力に蓋をしていたようなものだ。


「気なんて使わないで食べなきゃ死んじゃいますよ!そんなことで本気で勇者様の為になると思っているんですか!?」

「!!!」


 ガガーン!と、まるで雷でも落ちたような衝撃を受けて固まるリューカ。まったく困った人である。


「これまでのことは仕方ないにしても、これからはしっかり食べてくださいよ」


 そう言いながら串を渡すとリューカは、


「きゃうぅぅん。ごめんなさいですの~」


 とほろほろ泣きながらムッシャムシャとステーキ串を頬張っていた。つよい。

 はぁ。とため息を吐きつつも、始まったばかりの祭りをより堪能するべく俺は周囲に目を向けた。

 リューカが串を全て食べ終えるまでは結構掛かるだろうし、その間に他を見ようと思ったのだ。


「はい!いらっしゃいいらっしゃい!この近辺には咲いてない珍しい花だよ!」


 そう客に声を掛けてるのは花屋か。色とりどりの植物が鉢植えに入って売られている。おお。テツロもあるし、あ、ガナリモもあるじゃん!ふむふむ。……と、


「──!こ、これ、レッドハーブでは!?」


 その中の一つ、赤い葉の植物を見付けて俺は声を上げた。店主であろうご婦人は、あら。と驚いた様子を見せる。


「分かるのかい?これは特に珍しい植物でね。花を咲かせるのは至難だけれど、とても綺麗なんだよ。昔北の方を旅していて見つけたものを育てているのさ」

「なるほど……」


 レッドハーブはシナリオ後半、魔王軍支配地域に入ってから手に入るアイテムであり、万能薬の原料となるものなのだ。もし今のうちに手に入れておけるなら、買ってウィズに預けておくのも手かもしれない。


「値段?そうだねえ。金貨一枚でどうだい?」


 うん!やはりここは様子見でいいよな!他の店も見たいしな!


「なんだい買わないのかい」


 ぶつくさ言ってる店主を尻目に、俺は他の店へと目を向ける。


「ミサンガいらんかね~」


 げっ。他他。


「世界に一つのランタンはどうだい?」

「ランタン……?」


 次に目についたのは、照明器具であるランタンを売っている店であった。世界に一つというだけあって、形が不思議だったりステンドグラスを使っていたりと、なるほど確かに通常の物とは違うらしい。


「へえ。こんなのあるんですね」


 興味を引かれてしげしげと眺めていると、店主のお姉さんが話し掛けてきた。


「あら。旅人さん?」

「あ、はい。……分かります?」


 一目で見抜かれるとは、田舎者のオーラでも出ていたのだろうか。そう告げるとお姉さんはあはは、と笑った。


「そうじゃないわ。ランタンっていうのはね。フィーブの特産品なの。どこの土産屋でも売っているし、一家に一つは自分たちの作ったランタンを持ってるのよ」


 そう口にしながら彼女は手にしたステンドグラスのランタンに灯りを点す。昼間だが、ぼうっと揺らめく火に照らされたそれは美しい輝きを放っていた。


「今日の夜はすっごいわよ。多分何処の家もランタンを出すから、この世じゃないみたいに美しいと思うの」

「はあぁぁ。なるほど……」


 そう言われて、確かにフィーブの町にはランタンが多かったことを思い出していた。けど台詞での言及はなかったと思うんだよなぁ。俺もまだまだってことか。

 ランタンを一心不乱に眺めている俺に、お姉さんは苦笑しながらこう付け加えた。


「ごめんなさいね。本当はもっとも~っと沢山のランタンがあったのだけれど、つい先日、全て買われてしまったのよ」

「全て?」

「そうなの。随分と気前のいい客でね?ランタンが全部欲しいって。他の店のも買い占めてたみたい」


 それは相当なランタンマニア……。しかしこれも俺には初耳の話である。そこまで人気のランタンと聞いて後ろ髪引かれる思いはあるのだが、夜は忙しくてランタンを持って歩く余裕はないだろうな。と購入は断念することに。


「いつでも来てね」


 そう言うお姉さんにお礼を言って、さてリューカはどれくらい食べ進めたかな。と振り返ると、


「あらミーナ、もういいんでふの?」


 そこには野菜の刺さった串を沢山抱えている彼女の姿があった。


「違うもん食べてる!!」


◆◆◆◆◆


 リューカと並んで、色々な店を巡った。腸詰めウィンナーやら焼きトウモロコシやら、見つける度にリューカは大量購入して、美味しそうに食べ歩いていた。

 そういえば道中で店を出しているダリオ氏に出会った。どうやら牛串を売っているらしく、俺としてはもう牛はいいかな。と思っていたのだが、リューカが沢山欲しいというので買うことに。ダリオ氏は俺に負い目でもあるのか、タダでいいなどと言っていたが、それは俺がしんどいのでしっかり払わせて貰った。


「ミーナも食べなさいな」

「……じゃあその、ひと切れだけ……」


 そう口にして串を受け取ると、口の中に入れて恐る恐る歯を立てた。勿論、先程の硬い肉を警戒してのことだったのだが……。


「やわらかっ」


 驚いた。歯で簡単に噛みきれるじゃん!?

 しかも肉汁はたっぷりで、塩味がいい具合に牛肉の旨味を引き立てている感じさえある。

 焼き方も上手いのだろうが、そもそもの肉の良さが段違いな気がする。


「あの!美味しいですこれっ!」

「そうかい。そりゃあ良かったよ」

「あっ!ミーナ、ひと切れって言ってましたのに!」


 俺の言葉にダリオ氏も表情を弛める。気付いたら、一串丸々食べてしまっていた。リューカも先ほどの牛串よりも更に美味しくて驚いているようだった。十五串食べた。

 牛乳も美味しかったし、うーん。もしフィーブで株を買うならラグリア牧場の一頭買いだなぁ。


 その後も俺たちはあちこち食べ歩いた。と言っても主に食べていたのはリューカの方だが、そんな中でも面白かったのは……。


「あ、あれは!」


 それを先に見つけたのは俺だった。店先で売られていたその食べ物に見覚えがあったからだ。

 螺旋状にカットされたじゃがいもをバネのように引き伸ばし、それを油で揚げてフライドポテトにした一品。

 地元の縁日で見たことがあるやつである。──その名も。


「ドラゴンポテト!」

「おっ!お嬢ちゃんよく知ってるね」


 俺の声に、店主である男が反応する。えっ

、マジでドラゴンポテトなの!?


「そうとも。こいつぁフィーブの守護竜サマにちなんだ食べ物でな。串に巻き付いたように見えるこのじゃがいもが、かのクソッタレ魔神に絡み付いた守護竜サマを表してるってワケだ」

「ははあ……」

「十個くださいな!」

「マジで!?」


 流石に十個いっぺんには用意出来ないとのことで、揚がるのを待ちながら半分の五個を受け取ることに。俺も一本貰ったが、なるほどこれは塩気がきいていて美味い。


「おいひいでふわねぇ……」


 傍らではフィーブの守護竜サマがドラゴンポテトをモリモリ食べている訳だが、まあ、いいか。


 そんなこんなで俺たちの食い道楽は続いていく。

 道中、りんご棒なる串に刺さったりんご(そのまんま!)を見つけたリューカは目を輝かせ、次の瞬間には二十本買っていた。


 一本銅貨三枚……。絶対普通にりんご買った方が安いだろうとは思うのだけれど……。


「きゅわあぁぁぁぁ!たまりませんの~」


 リューカのりんご好きは、過去に密航した船で食べて美味しかったのと、レオンに貰ったのを覚えているからなんだよな。回想シーンで何度も見たから覚えてるぞ。

 ニコニコ笑顔で道を歩きながら、次々りんごを食べていくリューカ。芯まで残さず食べ尽くしてしまうため、次々と彼女の手にはただの串が増えていく。いや、好きに食べて下さいとは言ったけど、これ普段からやられたら食費でパンクしそうだなー……。

 ……楽しそうだから、ま、いっか。


◆◆◆◆◆


 さて、食べながら商店街を進んでいった俺たちは、中央広間へとやって来た。


「へぇぇ。喉が乾きましたわ……」

「あんなに食べるから……」


 中央広間には噴水があり、ここはその名の示す通り町の丁度中央に位置した場所である。町に広がる様々な通路を連絡しており、それらの中継点といった意味合いの場所といえば分かりやすいだろうか。

 なんて言ったかな。あー、すべての道はローマに通づる。みたいな?


 しかしどうやら今日は、そんな広間が大賑わいのようだった。


「──これ、店?」


 広間にはところ狭しと椅子やテーブルが並べられ、男たちが酒を飲み交わしている。


「エールの追加だ!頼む!」

「こっちもエールだ!」

「はいはいよっと」


 注文を受けて慌ただしく酒を運んでいるのは、柄の悪そうな三人の男たちである。

 どうやらここは、簡易の酒場らしい。


「はいはいエールご注文あざま~す!おらガトー、伝票追加忘れんなし」

「へい姐さん」


 と、何やら聞き覚えのある声を耳にしてそちらへと顔を向けると、


「スルーズ!……さん!」

「んぉ?おーミーちん。昼帰りとはやりますなぁ」

「それはどうでもいいですけどっ!」


 簡易酒場の一角に設置されたカウンターに、スルーズの姿があった。何をやってるのかと詰め寄る俺に、スルーズはあっけらかんと笑う。


「いやー。ガトーたちがさぁ、何か店やりたいけどアイデアないかってあーしに聞いてきたもんだから、一肌脱いであげようかとね」

「そうだったんですか」


 へえ。案外優しいところあるんだなぁ。なんて思っていた俺だったが、


「しかしよぉ姐さん、売り上げの六割ってのはやっぱり取りすぎじゃねえか?」

「働いてるのは俺たちばっかりだしよ」

「おだまり!これも君たちの更正の為!社会貢献をさせようっていうあーしの計らいなんだよ?あとアイデア出さなきゃそもそも売り上げだってなかったっしょ」

「な、なるほど!さすがは姐さんだぜ!」


 うわー。これはひどい。

 そんな店員たちの揉め事はさて置き、店は満員御礼大した繁盛振りであった。みんな昼間から町中で飲めるってのがそんなに良いのかね。


「しかしこんな町中でキンキンに冷えたエールを飲める日がくるとはなぁ」

「長生きするもんだぜ」


 その時ふと、エールを煽る二人の男たちの会話が耳に入ってきた。

……ん?キンキン?

 何か嫌な予感がして、スルーズがいるカウンターに改めて目を向ける。

 カウンターに設置された巨大な樽の更にその奥に、誰かもう一人の姿が見える。……もしかしなくてもそれは。


「やっぱり!ウィズさん!!」


 座った状態で樽を冷やしているウィズの姿があった。慌てて駆け寄る俺。


「あらミーナちゃん。昨日はよく眠れた?」

「あ、それはもう気絶するように……、じゃなくて!」


 手を樽にかざしたまま朗らかに笑うウィズに、苦虫を噛み潰したように眉根を寄せる俺。


「あのー、嫌なことは嫌って言った方がいいですよ……?どんな弱味を握られてるのかは知りませんが、あの手の悪党は付け上がりますからね?」

「おい。悪党ってあーしのことか?おい」

「ふふ」


 スルーズの声は無視して、ウィズは微笑んだ。


「大丈夫よ。私がしたいから手伝ってるの。みんなが喜んでくれるから」

「それなら、まあ……」

「ちょっとぉ。こんな清楚可憐な美少女宣教師捕まえて悪党って」

「しつこいなぁ……。あ、そうでした。スルーズさん、何か酒以外の飲み物あります?リューカさんが喉乾いたらしくて……」


 俺がそう口にした時だった。


「いよっ!ねえちゃんいい飲みっぷりだね!」

「くー!豪快だ!気持ちいいね!」


 そんな声が聞こえてきて、俺はそちらへ目を向けると、それを見開いていた。


「あわ、わわわわわ……」


 リューカが男たちに囲まれ、エールを一気に煽っていたのである。

 俺の脳裏に、フォスターでの悪夢が甦る。


「にゅふっ。おいしいですの~。ういっ」


 顔を赤くして上機嫌なリューカ。しかし暴れるような素振りは見られない。……こ、今回は大丈夫なの、かな?


「あー、食べ物は美味しいし、お酒も美味しいし~」


 そんな俺の眼前で上機嫌に微笑むと、リューカは声高に叫ぶ。


「しゃ~わせでしゅわぁぁぁぁ!!」


 その瞬間、彼女の体が光り輝いた。は?え?

 そして俺が口を開く暇すらなく、次の瞬間そこにいた筈のリューカの姿が消え、巨大なドラゴンが広場に出現していた。

 風が巻き上がり、人々は吹き飛ばされ、椅子もテーブルも同時に吹き飛んでいく。


「ぎゃあぁぁぁぁん!」


 なんということか。リューカはまたしてもドラゴンの姿に戻ってしまったのである。


「あーしの店があぁぁぁぁァァァッッ!!!」

「貴女のじゃないでしょ……」


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