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フィーブ ラグリア牧場『お菓子を作ろう!』

挿絵(By みてみん)

「人に迷惑を掛けるのが嫌い」


 そう、ミーナはサラに言った。自身のことを、「足を引っ張るだけの屑」とも口にした。

 思えば初めて出会った時からずっと、ミーナは自分に自信がなかった。生け贄の代役なんて大それたことをするくせに、自分は何も出来ないと思っているのだ。

 ……いや、もしかしたら自信がなかったからこそ、自らの命をベットして必死で周囲の役に立とうとしていたのだろうか。

 どちらにせよ腹が立つ。凄いことを成し遂げたのに、自分を褒めようとしない彼女にも、彼女をそんな人間にしてしまった周囲にも。


 不思議な話だ。だってはまだ出会って二日しか経っていないのに、サラはミーナに随分と入れ込んでいる自分に驚いていた。


……でもさ。それは当然なんだよ。


 だってミーナは、死ぬ筈だったサラも、その心も救ってくれたのだ。

 フィーブを、自身を救ってくれたミーナが、自分を責めて暗い顔をしているのが、堪らなく嫌だった。

 苦しみ、痛め付けられ、それでも町の為に足掻いて平和を掴んだのは、ミーナ自身の力だ。デルニロと真っ向から対峙した彼女を、屑だなんて思う人間はいないだろう。

 だのに一番の味方であるべき彼女自身が、ずっとずっと彼女を傷付け、苦しめ続けている。

 なら、せめて私は、ずっとずっとミーナの味方でいよう。サラの脳裏にはそんな想いが渦巻いていた。

 この先どんなことがあっても、私だけは彼女の助けとなる存在でいよう。と。


◇◇◇◇◇


「じゃあ始めよっか。まずは小麦粉ね。これは、ワーズパウダーって呼ばれる目の細かいものを使用します」

「ふむふむ」


 サラに聞いたところ、小麦粉は、目の細かいワーズ、中くらいのプロス、目の荒いグローズの三種類のパウダーに魔法で分類されているのだとか。

 現代でいう、薄力粉や中力粉のようなものだろうか。


「ワーズパウダーをこのかごに入れて、更に細かく振るうのが大事ね」

「なるほど」

「え、それなにしてるの?」

「あ、えっと、サラの言ってる内容を忘れないように書いておこうと思って。……自分でもやりたいし」


 お菓子作りを教わるということで、例のノートとスルーズに貰ったペンを用意していた俺は、サラが口にした内容を本に書き込んでいく。

 人間は忘れる生き物なので、教えて貰ったことをメモしておくことは必要なことだ。と考えた訳なのだが……。

 目の前にはぽかんと口を開けたサラの姿があった。


「え?ど、どうしたの?」

「いや、ミーナ、文字書けるの?」

「え?そうだけど……あっ」


 答えていて思い出した。この世界では読み書きなどの技能は人々に普及しておらず、貴族や教会などの一部を除いて、識字率は十パーセント程だった筈だ。

 故に一般家庭で読み書きが出来る人間は稀なのだ。

 俺はといえば、恐らく女神の力でそれらがさらりと出来てしまっていた為に気にしていなかったのだが、こうして一般的な目線で見ると大変なことらしい。


「おか~さ~ん!ミーナ文字書けるんだって!」

「ちょ、サラ!?」


 あれよという間にリビングへと移動していたエリシアさんに報告されてしまい、ひと悶着起きることに。


「どの程度書けるの」

「文字は読める?」

「計算は?」


 矢継ぎ早の質問が浴びせられる。一応社会人やらせて貰うまでは教育を受けさせて頂いているので、ある程度の計算は出来る。その旨を伝えると、「うーん」と唸って考え事をしている様子のエリシアさんだったが、ややあって。


「ミーナちゃん、うちで働いてくれない?」


 と割りと真面目に提案してきた。


「読み書きに計算まで出来る人間は貴重なのよ~」

「ちょっとお母さん?」

「あの、すみません。お気持ちは嬉しいのですが、決して逃げてはいけない旅の途中なので……」


 認めて貰えたことは、俺にとっても小躍りしたいくらいに嬉しいことだ。例えそれが俺のけれど今は、俺を先に必要としてくれたレオンの為に頑張りたいんだ。


「そうね。分かったわ」

「すみません……」

「だけどね、ミーナちゃん」


 最初のほほんとしていたエリシアだったが、ミーナとの問答を重ねた彼女は、すっかり仕事人の顔になっていた。流石、ラグリア牧場の牧場主だけはある。(ダリオは婿養子。牧場主でございって顔をしているけど婿養子)


「……は、はい」

「真面目にね。私はこの牧場経営の将来を考えて、貴女をスカウトしたいと思っているの。きっと貴女たちなら魔王を倒すでしょう?その後のことは考えているの?」


 魔王を倒した後。と、エリシアはそう言った。正直俺は、そこまで考えることは出来ない。

 勇者が魔王を倒せたとしても、そこに俺がいる保証はないからだ。


「いえ……」


 そう神妙な顔で呟く俺に、エリシアは優しく微笑むとこう口にする。


「じゃあ、その後でいいからうちにいらっしゃいな。待ってるからね」

「あ、はい……!」


 流石敏腕経営者。言葉を挟む隙もなく外堀を埋められていく感じがすわ恐ろしい。

 その後で、戻ろうとする俺にエリシアがこんな言葉を掛けてきた。


「ミーナちゃん。いい?もしもこの先、行く宛がなくなるような場面があったら、迷わずうちに来なさいね」

「あ、ありがとうございます」


 そこまで言って貰えるような覚えが俺にはないのだが、それでもそんな言葉を掛けて貰えることは素直に喜んでいいのだろう。俺は頭を下げると、慌ててサラの後を追い掛ける。

 そんなこんなで食堂へと戻ってきた俺たちだったが、


「サラぁ~」

「ご、ごめん」


 楽しみだったお菓子作りを中断させられたことに頬を膨らませる俺。そんな俺に、目の前のサラは両手を合わせて謝っていた。


「でも、ミーナが文字書けるの、本当に凄いと思ったから……」

「そんな……」

「だってミーナが私のレシピを文字にしてくれたら、それって一生残るんでしょ?私がおばあちゃんになって忘れちゃっても、死んでも、ずっとずっと残るの。恥ずかしいけど、素敵だなって……思ったの」

「────サラ」

「だ、だからしっかり書いてよね?私も頑張って説明するから!」


 照れ笑いを浮かべるサラを見ていると、こちらもくすぐったいような、嬉しい気持ちになってくる。頑張ろう。そう素直に思えるのだ。


「分かった。頑張るね!よろしく!」

「うん!」


 そうして今度こそお菓子作りが再開された。

 その様子は音声のみでお届けしよう。


「じゃあミーナは、このバターを混ぜてもらうね。分量は、だいたいこのくらい」

「え!?このくらいって、どのくらい!?」

「このくらいはこのくらいでしょ?」


「卵はよく溶いてね。白身が残らないくらい」

「ひ~ん!」


「バターにボルブ蜜を入れて、よく混ぜて」

「ボルブ蜜って?」

「え?ボルブの花の蜜でしょ?凄く甘くてそのまま舐めても美味しいんだけど、我慢ね」

「そう言いながら舐めてない……?」

「あっ」


「混ぜながら、少しずつ卵を入れて……。そうそう!上手上手!」

「なんか手応えが重くなってきたね」


「そこにワーズパウダーを入れて、さっくりと混ぜるのよ。混ぜすぎないようにね」

「ふぬっ、んぬっ」


「こうして出来た生地を、最後は手でまとめて、絹でくるんで、冷暗所に置いておきます。うちだと地下倉庫かな」

「地下倉庫あるの!?」

「あるよ~?一時間くらいあるし、見学してく?」

「うんうん!」


 そんなこんなでラグリア家を見学させてもらったり女子トークをしたりと楽しい時間を過ごし、頃合いを見てオーブンに入れたクッキーがいよいよ焼き上がる瞬間が訪れた。


「わ、あ、わあぁぁぁ!」


 蓋を開けた瞬間に仄かに鼻孔をくすぐった甘い匂いは、トレイを取り出した時には部屋一面に広がっていた。

 匂いだけで美味しそう。現代でもそんな表現はあったが、正しくそんな感じだ。

 思わず感嘆の声を上げる俺に、サラも腕を組んで頷いている。……師匠ポジの人かな?


「綺麗──」


 そんな声が、俺の口から漏れていた。焼き上がったクッキーは、型を使っていないから均一な丸ではない。現代日本を基準にするなら、とても成功品とは言い難い出来なのだろうが。


「味、見てみなよ」

「──うん」


 サラの言葉に俺は恐る恐る手を伸ばし、中でも特に見てくれの悪いものを口に放り込んだ。


「ん、んん……」


 バターに含まれる塩気と、蜜の甘味が口の中に広がる。食感こそボソボソしているが、その味は確かに俺がよく知るクッキーだった。

 ああ。ちゃんとクッキーじゃん。スゴいな。美味しいよ。

 思わず口角が上がり、口元が弛む。駄目だな。こんなの、ニヤケちゃうに決まってんじゃん。


「えへへ。美味しい。すっごい美味しい。夢がさ、叶っちゃった」


 だらしのない笑顔を浮かべながら、同時に目頭も熱くなる。喜ぶ俺の眼前で、サラは、


「わあぁぁミ゛~ナ゛ァァァ!よ゛がっだね゛ぇぇぇぇ」


 何故か俺以上に大号泣していた。これには思わず涙も引っ込むというものである。


「えっサラ!?どどどどうしたのっ!?」

「ぶえぇぇぇぇ」


 というわけで何故か泣き出してしまったサラを落ち着かせるという流れで、俺のお菓子作りデビューは幕を閉じるのだった。


◆◆◆◆◆


「お見苦しいところをお見せしました……」

「いやいや」


 ややあって、泣き止んだサラと俺はリビングのテーブルを囲んでいた。

テーブルの上にはボルブの蜜とミルクが入ったミルクコーヒーと、沢山のクッキーが皿に乗せられていた。

 先程のものよりも遥かに見てくれの良いこれらは、サラが焼いたものだ。コーヒーカップを手に取り、サラが微笑む。


「それじゃ改めまして。ミーナのお菓子作り記念にかんぱ~い!」

「いや、もっと大切な記念日があるんじゃないかなぁ?」


 突っ込みを入れつつ、しかしここでデルニロ討伐記念に乾杯するのも変だな。と思い直して俺は口をつぐんだ。とにかくめでたいということで、と、コーヒーに口を付ける。


「はー!おいっし!」


 クッキーの甘味としてもよかったが、ボルブの蜜はコーヒーとの相性も抜群らしい。余韻に浸っても良かったのだが、手を止めることが出来ず、クッキーを摘まんでしまう。


「はあぁぁぁ!?なにこれうっま!!?」


 俺のだって美味しいと思ったのに。サラのクッキーは別格であった。塩味と甘味のバランス、味のまとまりもさることながら、やはり形が均一な円形になっているお陰で、食感もしっかりとしたクッキーのそれにまとまっていた。残念ながら先程食べた味見のものとは雲泥の差だ。


「くやしぃ~!こっちの方が断然美味しい~!」

「そりゃ作り続けてますから。負けたら商売上がったりよ。むしろ一回目であれほどのものを作ったミーナが凄いんだって」

「ぐやじ~」


 俺の手作り品は、パーティみんなに配るという名目で、袋に入れてナップザックに閉まってある。

 故にサラの焼いたクッキーを頂いているのだが、これはこっちを上げた方が喜ばれるんじゃないだろうか?


「ミーナが焼いた方がいいに決まってるでしょ」

「うう……」


 恥ずかしいけど、それはそうなのだろうと諦めてサラのクッキーをつまむ。


「おいしい~!」


 まあ、この絶品クッキーはラグリア牧場に来た俺だけの特権ということで許してもらおう。


 美味しいものを食べ、自然と笑顔がこぼれる。俺たちの幸せな時間は、そうして流れていくのだった。



「……ミーナはこの後どうするの?」

「うーんと……」


 それから三十分程過ぎた頃、サラに尋ねられて俺は首を捻った。

 ちなみにクッキーとコーヒーは既に店じまいしており、二人とも手持ちぶさた、といった感じである。


「夜に町長さんのお屋敷に行くんだけど、それまでは特にはないかなぁ」

「そうなんだ。じゃあさ──」


 サラが何かを言おうとしたその時、玄関の方からエリシアさんの声が聞こえてきた。


「ミーナちゃんにお客さんよ~!」


「ミーナに?」

「私に?」


 いったい誰だろう? 窓から玄関見えるよ。とサラに教えてもらい、身を乗り出した俺が見たものは。


「あら!ミーナぁ!迎えに来ましたわよ~!」

「リューカさん!?」


 こちらを見つけて手を振るリューカの姿であった。


「町!町に繰り出しますわよ!」

「え?町?」


 言われていることがよく分からず目を丸くしている俺の背中で、サラが「お誘いが来ちゃったかぁ」と肩を竦めている。


「でもうちも店出すし、後で会えるかもね」

「え?サラ?どういうこと?」

「あれ?ミーナ、知らないの?……あ、そっか。ミーナ寝てたもんね。」


 町がどうしたというのか。こくこくと頷く俺に、サラはふふん。と得意気に鼻を鳴らした。


「朝イチでお触れがあったの。今日はフィーブの、お祭りだよ!」


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