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フィーブ ラグリア牧場『牧場に行こう!』

挿絵(By みてみん)

 翌朝、目を覚ました俺を出迎えたのは、見知らぬ天井であった。

 いや、旅人の身空故に、知ってる天井を見ることの方が少ないのだが……。


「ん……」


 ゆっくりと息を吐き出すと身を起こす。なんか、久しくたっぷりと寝た気がする。デルニロ戦からこっち、丸一日以上寝れてなかったもんなぁ。

 ええと、俺はどうしていたんだっけ。

 上手く回らない頭で周囲を見渡す。テーブルクロスの掛けられた小さなテーブルに、壁にはクローゼット。そして今の自分が寝ていたベッドがあるだけの、随分シンプルな部屋に俺はいたらしい。

 いたらしい、というのは、この部屋に入った覚えがまるでないからだ。そもそもここが何処で、どうして俺は寝ていたのかもあやふやで──、


「あ!起きてる!」


 その言葉にびくりと身を竦める。声の方向へと目を向けると、そこにはこちらを凝視している少年の姿があった。


「お前だろ!?姉ちゃんを夜中まで連れ回してた奴って」

「えっ、と……」


 歳は十一歳くらいといったところだろうか。言葉の意味は分からないが、何やら糾弾されているような空気を感じる。

 姉ちゃん、夜中って──、

 その瞬間、昨晩のことを思い出して俺はハッと目を見開いた。そうだ。俺、サラと町の景色を見たんだ。

 ってことは、この子はひょっとして……。


「アベル、くん?」

「は?なんでお前が俺の名前知ってるんだよ!?」


 どうやら正解だったらしい。アベルはこちらに不審な眼差しを向けている。警戒されてるって感じだ。

 アベル。サラの弟であり、ゲームのクエハーにおいてはサラの死後、ラグリア牧場を訪れた際に話し掛けることの出来るキャラクターだ。

しかしその台詞は姉を救えなかったこちらに対する恨み節しかなく、サラが生きている時の彼を見れるのは初めてのことなのだ。つまりは生アベル。

 にこ、と笑顔を作ると、俺はアベルへと声を返す。


「あ、えっと、お姉さんから、君のこと聞いてたから」

「はぁ!?んなこと信じられるか!……な、なんて言ってたんだよ……?」


 おやおや。悪態をつきつつもまだ子供ですなぁ。俺はニヤニヤ……じゃなかったニコニコと微笑みを崩さぬままに、アベルに向かって口を開いた。


「えっとね、普段はあまり話せてないけど、自慢の弟だって」

「はぁ!?姉ちゃんが!?嘘言ってんじゃねえ!」


 すみません。嘘です。でもサラいい娘だし、多分このくらいは思ってるんじゃないかな。どうなんだろ?

 でも即答されるってことはあんまり仲良くないのかしら。


「なんか気味悪いし、お前もう出てけよ!」


 得体の知れない俺が少し怖くなったのだろうか。若干の照れを隠しながら、アベルが俺の腕を掴んできた。

 その瞬間、様々な映像がフラッシュバックし──、


「ぃやッ!」


 優しく対応してあげるつもりが、咄嗟にその手を振り払ってしまった。アベルは自身の手と俺を交互に見比べて、驚いたように目を見開いている。


「ぁ、ご、ごめんなさい……」


 我に返って俺は謝罪の言葉を口にした。無意識だった。そんなつもりはなかったのに。ミサンガ野郎にサラの父親、そしてデルニロ。いつだって、腕を掴まれるのは怖い目に遭う場面ばかりだった。その時の恐怖が蘇ってしてしまったのだろう。

 しまったと思うがもう遅い。俺の拒絶は、アベルを怯えさせてしまったらしい。


「な、なんだよお前……」


 身を縮めている俺にアベルが何か言おうとしたその時、彼の頭に拳骨が降り注いだ。


「あぎゃあっ!?」

「アベルっ!」


 俺からは丸見えだが、アベル少年が振り返るとそこには鬼の形相をしたサラの姿があった。


「ね、姉ちゃん」

「ミーナに何してるの……?」

「お、俺、別に……」

「出てって!」

「え、そんな……」


 サラからアベルへの感情は分からないが、アベルからサラへの矢印は目に見える程である。それ故に、姉に拒絶されて涙目になるアベルであったが……、


「お母さんたちにミーナ起きたって伝えてきて」


 と、自身は役目を仰せつかっての退場なのだと理解すると、


「う、うん。分かった!」


 と若干元気を取り戻して出ていった。アベルを追い出した後で、サラは項垂れながら俺に申し訳なさそうな顔を向けてくる。


「アベルも父さんも、ごめんね……」

「父さん……?」

「昨日も、今朝もさ」


 言われて、ああそうだった。と俺は思い出す。

 昨晩、サラと町の景色を眺めた後、俺は彼女の家族に理由を説明しなければ。と考えた。

 だって、サラは俺の心を救ってくれたんだ。そんな彼女が怒られるのは間違ってる。

 それで、酒場でスルーズに言付けをした後でサラの家を訪ねた訳だが……。


「サラ、良かった……!一体何処に!」


 玄関で俺たちを出迎えたのはダリオだった。この時点でビクッと身を竦める俺だったのだが、


「あ、あの、サラさんは、私の為に……ですね……」


 俺の存在を見るとダリオは目を見開き、そして、


「君か!いやあ君には是非とも礼を言いたいと思っていたんだ!ありがとう!本当にありがとう!!」


 大声で礼を叫ばれ、その両手をガシッと掴まれた。その時、俺の中の何かが許容範囲を上回ったのだろう。

 それ以降の記憶がなく、今に至るのである。


「ミーナ、それで気絶しちゃって……。本当にごめんね」

「サラは悪くないよ。……というか、お父さんも弟さんも悪くないよ。た、多分眠気がピークで、それでだと思うから」


 どちらかと言えば、あれしきで意識を失う俺がおかしいのだ。挙げ句十歳前後の子供にビビるとか、情けないにも程がある。


「でも……」

「あ、そうだ」


 まだ言い淀んでいるサラに、話題を変えようと俺は言葉を掛ける。


「もし良かったらさ、牧場を見学させてくれないかな……?」


 昨日、件のダリオ氏に誘われていたことを思い出してはにかみながらそう告げる。昨日はあんなタイミングだった故に断るしかなかったが、本当は凄く見たかったのだ。だってクエハー世界の牧場だよ!?超見たいに決まってるじゃん!

 南信彦だった頃の牧場体験と言えば、小学生の頃に学校の修学旅行で行ったファミリー牧場くらいだ。都会に住んでいると牧場に立ち寄る機会はとんと訪れないものなのだ。

 無論牧場経営がどれ程大変な仕事か、知識としては知っている。軽々しくこんなことを頼むのは失礼だと分かってはいるのだが、それでも抑えきれない想いに駆られてしまった。


 そんな俺の提案に、サラはぱぁ、とその表情を輝かせた。


「え!?本当!?そんなのめっちゃ案内するに決まってるじゃん!こうしちゃいられない。行くよミーナ!」

「え、ええ!?」


 あまりに早すぎる切り替えに戸惑う俺の腕を掴むと、サラはずんずんと歩き出した。あわわ。


…………あれ?


 先程同様に腕を掴まれた俺だが、全然嫌な感じはしなかった。──ってことは、あれかな。男の人に掴まれるのが恐いのかな。…………俺男なのに?

 そんなことをぼんやりと考えながら俺がサラに連れられてやって来たのは、家の隣にある広い牧場であった。


「うっっっっっわあぁぁぁッッッ!!」


 ごちゃごちゃした悩みなど吹き飛ばすこの衝撃!広い囲いの中を優雅に歩く二十頭程の牛たちを眺めて、俺は子供のようにはしゃいでいた。


「ここで飼育してるのは、乳牛用の牝牛たちなの。牡牛は食肉用だから、別の畜舎にいるのよ」

「そうなんだ」


 のんびりと歩きながら草を食んでいる茶色い牛を眺め、俺は感嘆の息を吐き出す。こんな近くで牛見れるの幸せだなぁ。魔物はこっちのこと積極的に狙って来るから、こんな風に観察出来ないし。


「みんなリラックスしてるね~」

「そりゃまあ、メスだけで集まってるからね。人間だって動物だって、同性同士で集まってた方が気楽でしょ。……なにかとさぁ」


……サラさん?

 何かを思い出したかのように重々しい言葉で締めるサラ。そういえば、フィーブの若い女子が殆どいなくなってしまったせいで、死ぬ前に彼女を手込めにしようとするクズ男たちから言い寄られて辟易としてたって、キャラクターマテリアルに書いてあったっけ……。

 う~ん。サラも大変なんだなぁ。


「それにしても、本当に自由にしてるんだね!?」


 余談はさておき、牛たちの様子を眺めて俺はそう口にした。個人的に牧場の牛と聞くと、もっと沢山の頭数を区分けスペースで飼育しているイメージがあったからだ。


「そう?そんな飼育してる牧場って聞いたことないけど。だってこの子たちだけで町に売る牛乳は賄えるし」

「でもあんなに美味しいんだから、もっと他の町とかに売り出しても……、あっ!?あの!サラ、昨日貰った牛乳すっっっっごい美味しかったの!ありがとうって言いたかったのに伝え忘れちゃってごめんね!はぁぁ美味しかったぁ」

「ミーナ、分かったから落ち着いて」


 俺の騒ぎっぷりにサラは苦笑すると、「喜んでもらえたなら良かった」と微笑んだ。


「気持ちは嬉しいけど、牛乳って保存が難しくてね。夏場はすぐ腐っちゃうのよ。他の町に売るのは難しいんじゃないかな」

「そ、そっかぁ」


 そういえばこのクエハー世界。シャワー関係が充実している一方で、冷蔵庫などについては未発達な部分が多いのだった。

 ゲームでは確か、セタンタに住む魔導具師の女性ソフィア・バーキンスが氷の魔石を利用した魔導冷蔵庫を開発しており、エンディング後の世界ではそれが普及していた筈だ。つまり魔王軍さえなんとかすれば食料保存問題は進歩するってことなんだよなぁ。

 しかし今それを言ったところでどうにもならないことは確かであろう。俺はサラに相づちを打ちつつ、魔王討伐の意志を改めて固めるのだった。


ンムォ~


 柵の中で、牛が鳴いていた。


◆◆◆◆◆


 その後サラは、ニワトリの鶏舎まで案内してくれた。更には産み立ての卵を使った卵料理まで出してもらい、あまりの美味しさに感涙に咽び泣くことに。


「大袈裟だよ」


 そう言ってサラは笑っていたが、美味しいものは美味しいのである。作って貰ったのはシンプルなオムレツだが、それだけに卵の良さが引き立っている感じだ。

 リビングルームにて、食後のミルクコーヒーをちびちびと飲みながら、俺は改めて料理の余韻に浸っていた。

 サラの家には古びた柱時計がある。時間を見ると、正午を回った辺りだった。牧場の見学をした時間を差し引いても、十時近くまで寝ていたらしい。……ああ、なんてご迷惑を……。


「でも、本当に美味しかったなぁ」


 そんな呟きが漏れる。何しろこの世界では卵は貴重品だ。市場価格は銅貨七枚。大半の農家は鶏を放し飼いに育てている為、蛇や犬に食べられたりと卵の回収効率が現代より遥かに悪いのだ。

 そんな中でもラグリア牧場は室内での鶏の多頭飼いに早くから取り組んでおり、餌などにもトウモロコシを与えたりと気を使っている。その為フィーブは他の町よりも安く美味しい卵が手に入る町として有名なのである。

 実際ゲームでもここの卵は特製卵という別アイテム扱いであり、回復量も通常の卵より多いのが特徴な逸品だ。

 よく料理してくれているウィズにここの卵買って帰ったらどんな反応するかなぁ。


「……ええ、と……」


 なにやらこちらをじーっと見つめる視線を感じる。ちらりと目を向けると、どうやらアベルが壁の隅からこちらを覗っているらしい。……隠れているつもりなのだろうけれど、残念なことにこちらからは丸見えなんだよねぇ。


「アベルっ!!!」


 サラにドヤされてアベルは一目散に逃げていった。可哀想に……。


「何の話してたっけ?……あ、そうだ。オムレツすっごい美味しかったよ!何回も言うけど!」

「気に入ってくれたなら良かった。まあ、そうだとは思ってたんだけどね!うちの卵使って作ったお菓子とか、友達への評判良かったし」

「えっ!」


 卵を売ってもらおうかな、なんて思っていた俺だったがその言葉を聞き流すことが出来ず、気付いたら俺はサラの手を取っていた。


「お、お菓子作れるの!?」

「え?そ、そりゃあ。ケーキとかクッキー焼いたりなら人並みに……。ミーナ、そういうの好きなの?」

「え、あ?えっと、いや、……別に……」


 びく、と手を引っ込めながら否定し掛けた俺だったが、昨晩サラに助けて貰ったことを思い出し、俺は改めて口を開いた。


「うん。好きなの。でも、私自身が出来る訳じゃなくて、あの、うちだとそういうことさせて貰えなかったから、憧れてるっていうか……」


 白状すると、南信彦は可愛いものが好きだった。動物の雑貨ものや、プリンセスの着せかえ人形や、キラデコなシール。そういったものに強い憧れがあった。恐らくは二歳上の姉の影響だろう。

 自分も遊びたいと親に頼んだが、ダメだった。男は男らしく。まだそれが主流な時代だった。


「軟弱なことを言うな。男なら外で遊んで来い」


 軟弱、というのが父の口癖だった。小遣いを貯めてこっそり買った人形を捨てられ、滅茶滅茶に怒られたこともある。学校で手作りのクッキーを持ち寄る女子たちが羨ましかった。

 それでも抵抗を続けていた俺だったが、そんな折に例の事件があり、以降は逆らうことはしなかった。そうして、俺は今に至るのだ。


「もし良かったら今度、焼いてるところを見せて貰えたら、なんて……。あ、いや、ごめんね急にこんなこと言って。なしなし。忘れて忘れて」


 我ながら、何を言っているんだと驚いた。身の上を話すのは構わないが、お願いをするのは違うだろう。みすみす迷惑を掛けるようなことをしてどうするのか。

 たはは。と頭を掻く俺の顔をじっと見ていたサラだったが、


「──うん。じゃあ、作ろっか」


 と、そう口にした。


「えええええ!?」


 驚いたのは俺である。突然何を言い出すのか。


「いや、冗談だから!真に受けなくていいんだよ別にそんな」

「ミーナ。今貴女がそれをして、怒る人はいるの?」

「えっ」


 言われて考える。レオンは、まず怒らないだろう。リューカは、「完成したらわたくしにも食べさせて頂けますかしら……?」言いそう~。バレナは、好きにしろよって感じだろうし、ウィズは……、

「え?お菓子?いいわね~!私もよくやったわ。よければお手伝いしようかしら?」

 こんな感じだろうな。それから最後にスルーズは────、

うん。飲んでるだけだな。多分。


「……いない、です……」

「じゃあいいじゃない」

「で、でも、案内までしてもらったのに、これ以上なんてサラに迷惑掛けちゃうし……」

「迷惑じゃない。はい、もうないね?はいじゃあやりましょう」

「うう、サラ、強引だよう……」

「やりたいって顔に書いてるくせに、すぐ我慢しようとするミーナがいけないの」

「そ、そうかなぁ」


 レオン相手にはイケイケな俺も、何故かサラ相手には全く敵わないようで。


「お母さ~ん!ミーナとクッキー作りたいんだけど調理場使ってもいいー?」


 キッチンに向かって呼び掛けたサラの言葉に、洗い物をしていた母のエリシアからは「いいわよ~」との声が返ってきた。


「おっけーだって。ミーナ、まだ嫌?」

「そんなの……」


 ニコニコとこちらに目を向けるサラに、仕方ない。俺は観念して目を輝かせた。


「滅茶滅茶嬉しいっ!」


 こうして俺の、初めてのお菓子作りがスタートするのだった。


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