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フィーブの防具屋 カタール『バレナとお出掛け〜勇者を添えて〜』

挿絵(By みてみん)

 デルニロとの決戦を終えて次の朝を迎えた。

 人々の熱気は冷めやらず、町中の酒場が朝から開かれて大にぎわいとなっている程だ。


 そんな中で、町の中でも一番の規模を誇る宿屋、マーブル亭にレオンたちはいた。是非うちに!と町中の宿屋から声を掛けられたのだが、彼の出した条件に見合う場所がそこだけだったのである。


◆◆◆◆◆


 僅かに開けられた窓の隙間から吹き込む風が、レースのカーテンを絶えずはためかせている。

 窓に近い位置に置かれたベッドの上に、リューカが静かに眠っていた。

 回復を担当するスルーズが魔力切れによる疲労困憊状態である為、安静に寝かされているのである。

 そんな室内に、レオンが足を踏み入れた。急遽あつらえた装束に身を包んで寝息を立てているリューカの姿を眺めて、レオンは、ほう、と嘆息した。

 彼女がゆったりと寝れるベッドが欲しい。

 それが、レオンが出した条件だったのだ。


「リューカ、ありがとな……」


 ベッドサイドに置かれた簡素な椅子に腰掛けると、彼女の横顔を眺めながらぽつり、とレオンが溢す。


「リューカが身を呈して守ってくれたから、町のみんなも無事だったし、俺たちもデルニロに勝てたんだ」


 吹き込む風に、ふわり、と鮮やかな金髪が揺れた。ふ、と口許を緩ませてレオンは息を吐く。


「驚いたのも勿論なんだけどさ。本当のことを言うと、俺、嬉しかったんだ。子供の時あんな別れ方になっちまって、ずっと後悔しててさ。再会出来て嬉しくて。でも遺跡から消えちまったって聞いて、心配してたんだよ。ずっと、一緒にいてくれたんだな」


 そう口にして寝顔を眺めていたレオンだったが、不意に顔を赤らめてそっぽを向いた。


「~~~~っ」


 デルニロ戦での裸を思い出してしまったらしい。勝手に照れながらレオンは席を立つと、ナップザックから赤い果実を取り出した。


「りんご、好きだったもんな」


 一つ、二つ、三つ、と取り出したりんごをリューカのベッドサイドにあるテーブルへと並べていく。


「────じゃあ、また来るからな」


 それだけ言うと、レオンは部屋を後にした。



 リューカが目を覚ましたのは、それからしばらくした後のことである。

 ゆっくりと身を起こした彼女は、自身の状況を思い返し、そして周囲を見渡した。


(変ですわ。わたくし、確かデルニロと戦って……)


 意を決して竜の姿へと戻ったことを思い出す。二度とヒトの姿には戻れない。そういう覚悟の上での行動だった筈だ。それが今何故こうしてヒトの姿に戻っているのか。……分からない。


(魔神はどうなったのかしら……。皆様は……?)


 周囲を窺う彼女はそうして、テーブルの上のりんごを見付けた。


「これは!」


 りんごは小さい頃に食べて以来、彼女の大好物であった。しかしあのドラゴンだとバレてしまうことを恐れてか、このパーティにいる間は好きだと言い出せずにいたのだ。


(バレて、しまいましたわね)


 りんごを置いてくれたのはレオンだろう。あの頃から変わらぬ彼の優しさを想うと、顔が火照る。しかし、だからこそ。


(話さなくてはなりませんわね……。今後のことを……)


 ドラゴンであることが知られてしまった以上、一緒に旅を続けることはもう出来ないだろう。優しいレオンだからこそ、しっかりと話を付けておかなければ。


「…………」


 そう考えて俯くリューカであったが、その時、再び誰かが部屋を訪れる気配があった。


「勇者様!」


 もしも尻尾が飛び出していたなら、ぶんぶんと振っていただろう。それほどに勇者との邂逅を喜ぶ彼女の前に現れたのは。


「よっ」

「バレナさんっ!?」


 リューカの天敵とも言える相手、バレナであった。

 リューカを、繊細で淑やか、と称するなら、バレナはがさつで乱暴。何かと対極な二人はこれまでも度々反発し合っているのである。


「んだよ水臭ぇな。あの時のチビドラゴンだったなら早く言えよな~」


 笑顔で急接近すると、そんなことを言いながらバレナはバンバンと背中を叩いてきた。


~~~!これだからバレナさんは!これだから!


「もう!なんですのいきなり」


 憤慨するリューカにバレナは、ふん、と鼻を鳴らすと明後日の方向へと顔を向ける。


「ま、なんだ。労おうと思ってよ」

「ねぎ、らう?」

「勝てたのは、お前のお陰だ。あれがなかったらあたしらまとめて全滅してたし、町の人間も助かってなかった。その……ありがとな」


 口早にそう告げるバレナの様子に、呆気に取られていたリューカであったが、ふう、と息を吐き出すと、小さく微笑んだ。


「わたくし最後までお供出来ませんでしたけれど、この勝利はきっと、皆がいなければ得られなかったものですわ」


 リューカの言うように、この戦いは誰が欠けても勝てなかった。それは紛れもない事実であろう。

 身を呈して皆を守ったリューカは勿論、

 デルニロの倒し方という情報を提供したミーナ。

 そのミーナを瀕死の状態から救ったスルーズ。

 与えられた情報を元に、躊躇なく自身の剣を犠牲に最大の好機を作ったレオン。

 ピンポイントでデルニロの口を凍らせる離れ業をやってのけたウィズ。後のない一発の投擲を成功させ、デルニロを打ち砕いたバレナ。

 この六人のみならず、

 皆に呼び掛け町人を立ち上がらせたサラ。そしてそれを煽って火を付けた三馬鹿。チビニロから勇者たちを守ったフィーブの町人。


 誰が欠けても今のこの平和な光景はなかっただろう。

 これは、全員で手にした勝利なのだ。


「まあ、そりゃそうか。いいこと言うじゃねえか」


 リューカの言葉を受けてバレナはヘッ、と鼻を鳴らすと、何かを思い付いたように口を尖らせた。


「けどよォ、お前あんなこと出来たんならもっと早くやってりゃ良かったじゃねえか。今までもさ」

「──わたくしは、もう二度とヒトの姿には戻れない覚悟の上でしたのよ。今こうしていられる理由もよく分かりませんの。……おいそれとは、使いたくありませんわ」

「────冗談だよ。本気にすんじゃね~や」 

「なんですの。もう」


 そんなやり取りを繰り広げた後で、バレナはそっぽを向くと、ばつが悪そうにその表情を曇らせた。


「ミーナのことだ」


 置いてあるりんごを一つ、ひょい、と取ると、バレナは小さく呟く。


「アイツがさ、ずっと落ち込んでるんだよ。ほら、途中でぶっ飛ばされちまっただろアイツ。あれで形勢が逆転されて負け掛けたことを、自分のせいだと思ってるらしくてさ」


 手にした果実を一かじりしながらバレナは鼻を鳴らす。リューカは目を見張った。


「どうすりゃいいんだろうな。こういう時はさ」


 考えても上手くまとまらね~。と困ったように眉根を寄せるバレナ。そんな彼女の言葉を受けてか、リューカが口を開いた。


「──わ」

「あん?わ?」

「わたくしのりんごですわあぁぁぁぁぁッッッ!!」


凄まじい勢いでぶっ飛ばされ、バレナは空を舞うのであった。


◆◆◆◆◆


「っつー訳で出掛けるぞ」


 何故か全身ボロボロになっているバレナにそう声を掛けられ、ミーナはキョロキョロと辺りを見渡した。


「いやお前だよお前」

「ええ!?」


 レオンと二人で町長の屋敷から帰ってきたばかりのミーナは、驚いたように声を上げた。まさか自分が呼ばれるとは思ってもいなかった様子だ。


 二人で買い物にでも行けば元気が出るんじゃありませんこと?

 何だかんだとリューカからアドバイスを貰って実行に移したバレナ。彼女らが二人きりになるのは、デルニロとの決戦前、バレナの特訓を見学した僅かな時間のみである。


「い、嫌ならいいんだけどよ」


 ふい、と顔を背けながらそう口にするバレナに思うところがあったのだろうか。

 小さく息を吐き出すと、ミーナは、


「あ、い、行きたいです。宜しく御願いします」


 とぎこちない笑顔を浮かべてそう口にするのだった。




 時間帯は、午前十時頃といったところか。喧騒に包まれたフィーブは、昨日までと同じ町とは思えない程に生き生きとした活気に満ち溢れていた。

町を歩く人々は、心の底から安堵した笑顔を見せている。恐らく町を包む霧も晴れたのだろう。魔神の支配を解かれ、ようやくフィーブは元の姿を取り戻したのだ。


 そんなフィーブの町中を、バレナとミーナの二人は並んで歩いていた。


「あのよ。アタシ隠し事とか苦手だから言っちまうけどさ」


 その言葉を受けて、ミーナは小首を傾げた。頬を掻きながらバレナは言葉を続ける。


「お前、悩んでんだろ?」

「えっ、ど、どうして?」

「んなもん見りゃ分かるっつうんだよ。安心しろ。その悩み、アタシが何とかしてやっから」


 バレナの言葉に、ミーナは驚くように彼女の顔を見た。自信に溢れたように頷くバレナ。


「つまりさ。お前はデルニロにぶっ飛ばされちまったことを気にしてんだろ?」

「────」


 思い詰めたように口を結んだ後で、ミーナが頷く。だよな。とバレナ。


「つまりはあれだ。今のお前にゃ足りないものがあるんだよ」

「足りないもの、ですか……」


 困ったように笑うミーナの姿は、本当に元気を失っている様子であった。そのタイミングで、バレナが足を止める。目的地である店にたどり着いたのだ。

 しかし、これは。


「ああ。お前に足りないもの、それは──」


 目を丸くするミーナ。そしてバレナは胸を張りながらこう告げた。


「防御力だ!」

「…………へ?」


 二人がやってきたのは、フィーブにある防具屋【カタール】の前であった。


「防御力が低いからあんな岩に押し負けんだよ。防御力があれば問題なかっただろ」

「そ、そうですかね。……そうかなぁ?」


 ミーナは半信半疑の様だったが、冒険の仲間として防御力の低さは由々しき問題だとバレナは思っていたらしい。

 そうして二人はカタールへと足を──、


「ちょっと待ったあぁぁぁぁぁ!!」


 と、そこで突然二人を呼び止める声があった。驚いてそちらへと顔を向けると、そこには。


「ってオイ!?レオンじゃねえか!」


 いやにノリの良いポーズを決める勇者レオンの姿があった。


「んでお前がここにいんだよ」

「いや、お前がミーナの防具選ぶって聞いて、走って追い掛けて来たんだ」

「はぁ!?」


 発言の意味が分からず声を荒げるバレナ。ミーナも、「どういうことですか」とじと目を向けている。


「いやだってよ。こんな面白そうなイベント二人きりとかずりーじゃん」

「はぁ?」

「俺もまぜろよー!選びたいんだよカッコイイ鎧をよー!!」

「お前なあぁぁ……」


 じたじたしている勇者の姿に、バレナはため息を吐き出した。ミーナはそれを見て、二人きりの時のレオンみたいだな。と、ふと思う。

……バレナ相手にも見せるんだな。そりゃそっか。幼馴染みだもんな。


 兎にも角にも、店先で騒いでいるのは失礼だろう。


「中行きますよ」

「わわ。待って待って」

「ったくコイツはよ~」


 ミーナが言うと、レオンとバレナの二人も後に続く。そうして店内へと足を踏み入れる三人だったが、


「うっわあぁぁぁ、すっっっっげー!」


 最初にその光景に目を奪われたのはミーナだった。店内に広がる数々の本物の防具に、その翠の瞳を輝かせている。


「だろ!?その反応が見たくてさぁ」

「いや、これはヤバイわ。上がんね」


「まぁた。お前たまに口調おかしくなるよな」


 ミーナの様子を眺めて我が事のようにはしゃぐレオン。

 興奮のあまりスルーズのような口調になってるミーナ。

 そんな二人に嘆息しながらも見守るバレナ。と、三者三様の反応であった。


 しかし、驚いているのはミーナばかりではない。


「うわわわわ!?ゆっ、勇者!?アンタあれだろ!デルニロを倒したっていう……!」


 カタールの店主である中年の男、ボーグもまた、店内に姿を見せた客に仰天していた。騒がれてまんざらでもないのか、照れたように手をパタパタと振るレオン。


「投擲の勇者バレナ!」

「「うおいっ!」」


流石にそれには、レオンとバレナの二人とも漫画のようにずっこけた。


「ちげーよ!あのなおっちゃん」

「訂正して下さい」


 苦笑しながら訂正しようとするバレナの前に、割って入ったのはミーナであった。


 いつにも増して真剣な目でボーグへと訴える。


「勇者は、こちらのレオンです。彼がいなければデルニロは倒せませんでした。どうかお間違えのないよう」

「お、おう。すまなかった」


 普段の砕けた雰囲気を微塵も感じさせない様子に、レオンも「いいから」と言葉を挟むのが精一杯だった。


「何にしても勇者様から金は取れねえ。好きなもん持っていってくれや」

「いや、それは駄目だ。アンタは店主で、この店を守る義務がある。俺は客なんだから、きっちりと払わせてほしい」


 気さくに笑うボーグであったが、そこはきっちりと否定するレオンである。


「そうかい?俺は助かるがな」

「ああ。とびきりのを選ばせてもらうぜ」



 そんなこんなで、防具選びが始まった。……訳なのだが。

 ……ここから先は、ミーナの目線で語った方が良いだろう。


◆◆◆◆◆


「カッコイイ防具と言ったらこれに決まってるだろ!」


 そう言ってレオンが紹介してきたものは、銀色に輝く全身甲冑であった。

いや、分かるよ?確かにカッコイイけどさ。


「……これ、着れますかね……」


 言いながら、甲冑にそっと触れる。ひんやりとした鉄の質感が、ずしりとした重量を感じさせてくる。少なくとも俺には無理だと思うが、これを着て戦っている人たちもいるわけで。

 ……どんな筋力してたらそんな真似出来るんだろ?

 そう想いを馳せずにはいられないのである。


「やってみなきゃ分かんねえぜ!」


 訝しむ俺に、店主の協力を得て鎧を着せようとするレオン。

 しょうがないなぁもう。


「お、おい?ミーナ!ストップストップ!」

「へ?」


 ソフトレザーとブラウスを脱ぎ、スカートを下ろそうとした所でバレナに止められた。

 なんで?服に鉄の匂いついちゃいそうだから脱いでおきたいんだけど……。


「ばかやろう男もいる目の前でいきなり脱ぎ出す奴がいるか!」


 あ、ああそういう!下着より恥ずかしい生け贄衣装見られてるから気にしてなかったわ。麻痺しちゃってたなその辺。


 そうしてバレナに怒られたりなんだりとあった後暫くして、全身甲冑を着こんだ俺──フルアーマーミーナが誕生した訳なのだが……、


「い、一歩も動けない……」


 予想の範囲内というかなんというか。残念なことにフルアーマーミーナはその場でプルプルするだけの生き物だった。

 頭は重いわ体は重いわ腕は重いわ脚も重いわで、冗談抜きに一歩も動けなかったのである。

 そんな俺の無様な姿を見て、あちゃー。と頭を抱えるレオン。


「駄目かぁ。こんなにカッコイイのに……」

「無理です~」


 兜の奥から声を絞り出す。戦闘の役に立つどころか、これではまず店から帰れない。


「うう、重かった……」

「無念だ……」

「どう考えても無理だったろうが」


 とりあえずフルアーマーミーナはなかったことにして、嘆いているレオンを一刀両断したのはバレナであった。どうやら彼女も店の何かを持ってきたようだ。


「うし、次はあたしな」


 そう口にする彼女が抱えているのは毒々しい紫色をした兜であった。


「こ、これは……!毒の兜!?」

「お。知ってんのか」


 毒の兜とは、ゲーム版クエハーにおいてもフィーブの町でしか入手出来ないユニーク装備である。

 頭に嵌めるフルフェイスタイプの兜で、その特殊効果は、……衝撃を受けると周囲に毒を撒き散らす……。


「なんで離れてるんですか二人とも」

「いや、別に……」

「けどこれなら攻撃受けても一安心だろ?」


 遠くから言われても説得力ないんだが……。


「こんなの危なくて普段使い出来ませんよ……」

「駄目かぁ……」

「お前自信満々に言っておいてその程度とは情けねぇなあバレナ」

「あんだと!?」


 レオンに煽られて怒り心頭のバレナ。正直レオンもどっこいどっこいな気がするんだが……。


「ふ。俺はもう次を用意している。これだ!」


 そうして見せられた黒色の手甲は、勿論俺にとって既知のものであった。


「漆黒のガントレットですね。装備者の魔力を増幅させるという」

「え、そうなの?なんかカッコイイから選んだんだが」


 お前の基準全部カッコイイかどうかだな。まあ分かるけどもさ……。


「お嬢ちゃんよく知ってるなぁ。そいつはどこぞの魔法使いが作らせた一級品でね。実力は保証するぜ」

「……流石は世界学者……」


 ボーグの言葉を受けて、しみじみと呟くレオン。

 神妙な顔でこちらを見ている彼がなんか鬱陶しかったので、さっさと手甲を嵌めてみた。

 なるほど確かに、何か不思議な力が沸き上がってくるのを感じる。感じるのだが……。


「腕が、上がりません……」

「駄目かぁぁぁぁぁぁ!!」


 重力に負けてだらりと垂れ下がった両腕は微塵も動いてくれる様子がなかった。こんな重いの誰がどう使うんだよ!?ウィズとか付けられるのかなぁ?

 頭の中でマッスルになったウィズが、「魔法は筋肉よ!」とか訳のわからないことを言い出したのでぶんぶんと顔を振って消しておいた。


「っしゃ次!次いくぞ!」

「負けるか!」


 そんなこんなで次々と防具を装着させられる俺であったが、どれもこれも重くてとても動けたものではなかった。

 何とかフォローしてくれる二人であったが段々と申し訳なくなってきて、ついに俺は、


「もう、いいですよ」


 そう、吐き捨てるように口にしていた。

 他意はない。そうだとは分かっている。分かってはいるのに、どうしても自分が如何に無力かを突き付けられているような、情けなさ、惨めさに目を覆いたくなってしまったのだ。


「ミーナ……」

「無理です。私には。……すみません、帰ります」


 二人の顔を見ることも出来ず、俺は足早に店を退散する。


「おい、待てって!」


 店の外に出たところでバレナに肩を掴まれた。怒りじゃない。俺を本気で心配している声に、涙が溢れそうになる。ああ、本当にバレナは俺が知ってる通り、最高にいいやつなんだな……。


「────っ」


 振り返ってバレナを見ると、彼女は俺の肩から手を外して後退っていた。

 俺は今、どんな顔をしていたのだろう。分からないが、きっと酷い顔だと思う。


「……先に、戻ってますから……」


 俺は再び背を向けると、足早に歩き出した。


 酷いな。俺。こんなのただの八つ当たりじゃん……。

 バレナもレオンも、俺を元気付ける為にやってくれてるだけなのに、こんな態度取ったりして。

 そもそも、落ち込んでるってなんだよ。町を苦しめてた魔神が倒れて、町中がお祝いのムードなのに、一人で拗ねて空気悪くしてんのほんっと最悪じゃん!

あー。くそ。どうすりゃいいんだよ……。


 意味のないことだと分かってはいても、自身の心は抑えられない。

 ぐちゃぐちゃな心のまま、俺は宿へと戻るのだった。



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