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フィーブ 『大決戦!魔神デルニロ ~その6~』

初となるレオン視点です。勇者として活躍してきた彼が、これまでどう思っていたのかが明かされます。


 初めて会った時から、その少女は変わっていた。


 エルムの森の深域で、その少女はジュエルベアーに追い回されていた。見たところ丸腰で、魔法を使うような素振りもない。みまごうことなき一般人、というのが第一印象だった。

 しかしエルム深域とは恐ろしく獰猛な獣がうようよと生息している場所である。そもそもが一般人がこんな所に来れる筈がないのだ。


 何かの罠か?と思って様子を伺っていたが、明らかに少女は為す術もなく熊に捕食される寸前であった。

 運良くここまで来れてしまったのか。それとも他の理由か。分からないが、そのまま少女を見過ごすつもりはなかった。


(命は平等なのかもしれないが、俺は今、同族の女の子に肩入れさせてもらう。悪いな。クマ公)


 そう思い、ジュエルベアーを一撃の元に斬り伏せると、俺は少女を救い出した。

 そこに疑問はない。故郷で誰も助けることが出来なかったあの日から、俺は自分の手で助けられる命は助けると決めていたから。


「俺はレオン。レオン・ソリッドハートだ」

「……………………」

「──あ、えと、大丈夫か?」

「…………っぁ、いや、そのっ」


 混乱しているせいかしどろもどろになっている少女。まあ狂暴な熊に追い回されていたのだから無理もないだろう。少し気持ちを落ち着かせたらフォスターまで送れば家には帰れるだろうか。

 そんなことを考えていた俺だったが、少女の次の言葉は、そんな俺の脳内の常識を吹き飛ばすものであった。


「っていうか、すっっっっっげえぇぇッッ!!」

「ぉ、おお?」


 今までの怯えた態度は何処へやら。少女は見開いたその目を蘭々と輝かせると、突然距離を詰めてきた。


「さっきのって、飛閃剣だよな!?飛閃剣って直に見るとあんな感じなんだ!すっげぇ~!迫力が違うわぁ……!」


 嵐のように捲し立てた後で、少女は恥ずかしがるように口をつぐんだ。

 ……いや、もう遅いんだが?


 魔王討伐の旅を続けて一年以上経つが、こうして技を誉められたのは初めてのことであった。

 そして何となくではあるが、雰囲気が幼馴染みのダニエルに似ている気もする。


 この時点で、少女は俺の中でも気になる部類の存在になっていたのかもしれない。

 そしてその少女は、ミーナと名乗った。



 その後俺たちの絶体絶命の窮地を救う活躍を見せたミーナは、俺にとってパーティに欲しい存在となっていた。


 ギルディアが撤退した後で彼女を改めて勧誘した。豊富な知識量について、自身を世界学者の卵だと名乗ったミーナは、知見を広めるという彼女自身の目的と合わせて、パーティ入りを受け入れてくれた。

 また女を増やすのかと他の女子たちの視線が怖かったが、この旅に有用だと思ったのだから仕方ない。

 こうしてミーナが加わったのである。


◆◆◆◆◆


 フォスターの町で歓迎会をした夜、俺は彼女を部屋に呼び出した。

 正直に言って、ヤバイことをしたと後になって後悔した。淑女を男一人の部屋に呼びつけるなど、色目的と思われても仕方のないことだ。もしもミーナがそのことを周囲のメンバーに相談していたら、レオンはヤバイ奴だった。として皆から奇異の目を向けられることになるのではないか。衝動的とはいえ、俺はなんてことを。


 そう思って悶々としていると、果たしてミーナは部屋に来てくれた。


「……失礼します」


 促されるままにベッドの上に上がる彼女は、まるで借りてきた猫のようだった。しかしそれが素でないことは分かっているのだ。


「どうして正体を隠してるんだ?」

「!?」


 だからそれを指摘すると、なんだかんだと悶着があった後で彼女はため息と共に白状した。


「しょーがねーなぁ。そーだよ。これがオレの素だ。……で、それを突き止めてどうするつもりだよ?パーティ追放か?」

「おいおい」


 覚悟を決めたのか、こちらへ強い眼差しを向けながらそう口にするミーナ。俺は苦笑する。


「口調で追放するんならバレナだって追放だろ。そうじゃねえよ。俺はむしろ、今のお前と話がしたかったんだ」


 今のパーティは、言ってしまえば女所帯だ。したくてそうした訳じゃないのだが、成り行きで──気付いたらそうなっていた。

 それを嘆きたいとか、そんな話でもない。みんないい奴らだし、何よりちゃんと強い。魔王討伐の旅になくてはならないメンバーだと、俺も思う。

 だからそこに不満はないんだ。ただどうしようもなく、ヤロー同士で馬鹿なことする時間が恋しいだけで。

ずっと張り詰めた旅の中にいるというのもあるが、皆が俺に品行方正を求めてくるのは、正直に言ってキツい。スルーズにとっておきのギャグとかかましたら、すげぇ顔されたし。

 バレナはその辺分かってくれると思ったのだが、「もうお互いガキじゃね~んだからよー」とか「大人になれよ」とか言ってきやがった。裏切り者め。あととっておきのギャグかましたらすげぇ顔された。

 まあとにかく、そんな事情があったのだ。飛閃剣に目を輝かせた少女にダニエルの面影を見るのも、仕方のないことだろう。


「普通はおしとやかな方がいいんじゃねーの?」

「んー」


 少し思案した後で、俺は思ってたことを口にする。


「なんつうか、今のミーナはこう、話してて気が楽なんだよ。昔隣の家に住んでたダニエルと話してる感じを思い出すというか……」

「いや誰だよダニエル」


 それだよ。それ。その間髪入れない突っ込みだよ。そういうのが欲しいんだよこっちは。

 やはり彼女との会話は、俺の思った通り男友達同士のような心地よさがあった。


 その後も他愛のない会話で笑い合い、語り合った。

 そして話題は本題へと移り、



猛虎昇竜撃もうこしょうりゅうげきってのはどうだ」


 その時の俺の感動は、ここには書き記せないだろう。


◆◆◆◆◆


 そんな彼女を、傷付けてしまった。

 実の所、猛虎昇竜撃を極めたくて毎日鍛練を続けていた弊害で、滅茶苦茶眠かったというのはある。──だが、しかし。

 色々あってジークスの宿屋に泊まれることとなり、久々にミーナとの雑談に花を咲かせた俺。話しながら寝落ちしてしまった彼女をベッドに運ぼうと持ち上げた。

 その身体は簡単に折れてしまいそうな程に華奢で、軽かった。俺の前であんなに男勝りに振る舞っている彼女も、こうしてしまえばあどけない少女でしかなかった。


「ぁん……」


 ベッドに寝かせてすぐ、ミーナは吐息を漏らしながら体をくねらせた。


「っ」


 それは不意打ちだ。女を感じさせる艶かしい動きを目の当たりにして、俺は思わず顔を背けていた。あれはまずい。このまま見とれていたら間違いが起きかねない。

 慌てて俺もその場に横になるが、先程の光景が頭をぐるぐると飛び回り、眠れそうになかった。

……何回か処理したけど、ダメだった……。


そんなこんなで、俺は朝まで殆ど眠れずに過ごした。朝日が出る頃になって、ようやくうとうとしてきたのだが……


 不意に触れられた感覚があり、俺は目を見開いた。

 目の前には、怯えて顔を引き攣らせたミーナの姿がある。


「っ、ミーナ?」


 なんだ?どういう状況だ!?混乱する俺であったが、一瞬の後に自身が彼女を床に組伏せているのだと気が付いた。


「っ、悪い。つい野営の時の癖で」


 そう口にすると、何でもないように俺は彼女から離れた。

 バクバクと鼓動が早鐘を打つ。やってしまった。という感覚が脳裏を駆け巡るが、それを極力表に出さないよう、つとめて冷静に声を出したつもりだ。

 これは恐らく傭兵時代の癖だろう。あの頃は単身で魔物がうようよいる場所に潜伏することも多かった。それ故に、如何なる時でも反撃出来る術が身に付いてしまったのだ。


「ウィズ、ウィズ来てる!なんとかしろ!」


 ミーナも、それどころではなかったというように表情を戻すと、小声で必死に呼び掛けて来る。どうやらウィズが部屋の前まで呼びに来ているらしい。


「あー、すまん。今行く」


 とドアに向かって声を掛けると、背中から、


「ウィズ連れて先行っててくれ。様子見て後から行くから」


 と小さな声が飛んできた。振り返るとそこには、すっかり普段の様子に戻ったミーナがいた。


 特に、気にはしてないのか?


 そうだといいなと思いつつ、支度を整えると部屋を出る。


「もうレオン、いくら久し振りの宿だからって寝坊は駄目よ」

「ああ。悪かった。気が抜けてたみたいだ」


 口を尖らせるウィズと一緒に酒場の客席へと足を運ぶと、バレナ、リューカ、スルーズの三人は既に揃って席についていた。


「あー。悪い遅れた」


 何か言おうとするバレナに先んじて謝ると、ばつが悪そうに彼女は顔を歪ませた。


「まあ、最後じゃないから別にいいけどよ」


バレナが言っている最後とは、ミーナの事だろう。それについてはウィズも眉をひそめている。


「ミーナちゃんは私も起こしに行ったんだけれど、反応がなかったのよね」

「弛んでんなぁ」

「ではわたくしが起こしに行きましょうか」

「あ、いや待て俺が行こう!」


 そんなやり取りをしていると、そこに噂の彼女が現れた。


「す、すみません……」


 ぺこぺこと頭を下げながら登場したミーナの顔を見て、俺は心臓を握られたような感覚に襲われていた。

 彼女の顔は、泣き腫らしたように赤くなっていたのだ。

 バレナに叱られながら奥の席に移動してしまった為にそれ以上は見れなかったが、俺が部屋を出る時は普通だったことは確かだ。

 じゃあ、その後で泣いたのか。そう思うと胸が締め付けられる。全然平気じゃなかったのに、俺に悟られまいと平然と振る舞って見せたのか。


 ああ。と後悔が押し寄せる。友達になれると思ったのに。俺自身がぶち壊してしまった。


 船に向かう道中、バレナにその事を相談した。バレナは眉間にシワを寄せて聞いていたが、「なるほど」と納得したように声を出した。


「すまん。フォローして貰えないだろうか?今俺が近付くと、余計怖がらせそうで……」


 現に先程から若干距離を取られている感じがする。そう伝えるとバレナは表情を険しくして、俺の腹に拳を打ち付けた。


「なんであたしがお前の尻拭いしなきゃなんねーんだよ!お前がやっちまったんだろうが。そういうのはテメェでなんとかしろ!」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 そう言われると返す言葉もない。何とか話し掛けようとするも結局避けられたまま、俺は幽霊船の船長と一騎討ちをすることとなった。


 正直に言って勝てない相手じゃない。つばぜり合いの後で俺は船長の一撃を下から跳ね上げると、バランスを崩した相手に渾身の一撃を────、


その瞬間、怯えるミーナの顔が脳裏を過った。


「……っ!」


 自分でもそんなつもりはなかったのに、俺は攻撃の手を止めていた。

 恐らくだが俺は、本気の顔を見せるのが怖かったんだと思う。ミーナを押し倒した時、自分がどんな顔をしていたのかは分からない。けれど間違いなく、相手を仕留める為の形相にはなっていただろう。それが彼女を傷付けた。そう思った故に、心が知らぬうちに体にブレーキを掛けていたのかもしれない。

 一瞬の隙を突かれて船長に逆襲された俺は、思わぬダメージにその場に座り込み、動けなくなっていた。

 さてどうしたものかと思う。敵は、とどめを刺しに近付いて来るだろう。そして船長の態度や口振りには、相手が口ほどにもなかったという油断が見える。ならば必ず奴は間合い内に入って来るだろう。こちらの反撃など気にせず戦いを終わらせようと動くだろう。上からの大振りか、はたまた心臓狙いの突きか。何れにせよ、こちらの間合いに踏み込んだ瞬間、閃光剣によって目を潰し、その首を撥ね飛ばす。

 こちらも一撃は受けてしまう可能性はあるが、相討ちには持ち込めるだろう。

 そんな勝ち方をさせてもらうつもりだった。だったのだが。


────ぱん。


 突然視界が塞がれると同時に、頬の痛みで俺は我に返った。


「っ!?──ミーナ!?」


 目の前にいたのは、俺を避けていた筈の彼女だった。なんで、ここに。

 しかし俺が何か言うよりも早く、彼女は口を開くと自身の言葉を俺へと叩き付けていた。


「ばかやろ───ッッ!!!!俺に!気を遣ってんじゃねえぇぇぇぇッッ!!!!」


 ハッとして、俺はミーナへと顔を向けた。翡翠のように輝く瞳が、潤んでこちらを見つめている。ああ、そうか。彼女には全てお見通しだったのか。


「お前の強さを、オレに見せろよッッ!!!!」


 ミーナの言葉は、俺の芯に響くものだった。そうだ。レオン、お前は何の為に毎日鍛練を続けていた。


「邪魔すんじゃねえ!!!」


 船長が、一騎討ちを邪魔したミーナへと武器を向ける。


「っ」


 しかし俺はそれを、間髪入れずに下から弾き上げた。

 そうだ。そうだよ。俺の鍛練は、誰かを守る為のものだ。相討ちなんぞしてる場合じゃねぇ!

 よろける船長を前に、俺はその場に立ち上がる。


「レ、レオン──っ」

「見損なうんじゃねえ。……お前の相手は俺だろうが!」


 船長へ啖呵を切ると、隣のミーナへと顔を向ける。


「ミーナ、ありがとな。もう大丈夫だ。下がっててくれ」


 誰よりも力がないくせに、俺に発破を掛ける為だけに敵の眼前に飛び出してきたのだ。それはあまりにも無謀過ぎる行為だ。しかし眼前の少女は、そんな不安など二の次といった様子で、笑顔を見せながら俺にこう告げる。


「おう。信じてっからな。やっちまえ」


 やってやるよ。見せてやる。お前が名付けてくれたこの技で、俺はお前を守ってみせる────!


 そして、俺は猛虎昇竜撃を完成させ、船長へと叩き込んだのだった。


◆◆◆◆◆


 その後は、爆睡して皆に迷惑を掛けてしまったらしい。

 皆のお陰で起きることが出来たらしい。あいつらには感謝しないとな。


 ということで、いよいよ目的のフィーブの町に着いた俺たち。まずは俺とミーナの二人で町長の屋敷に挨拶に行くことになった。なんでも、町長に話したいことがあるらしい。何だろうか?皆目見当も付かない。

 そうして屋敷にて町長に挨拶した俺たち。デルニロが現れるのは明日の夜ということで予定などの確認をしていたのだが、いざ帰ろうという段になってミーナが町長にこんなことを言い出した。


「その生け贄役、私に出来ませんか?」

「────え?」


 間の抜けた声が口から漏れてしまった。何言ってんだ!?

 何でもミーナの言うことによると、

①生け贄の娘を守りながら戦うのは大変。

②倒すためにデルニロを間近で観察する必要がある。

③万一失敗しても、自分が生け贄になれば俺たちはもう一度デルニロと戦える。


 と、こういうことらしい。


「フィーブの人々を救うために動くこと。勿論これは勇者様のご意志でもあります」


 そこまで言われては、違うなどとは言えない。押し黙る俺だったが、その心には怒りが渦巻いていた。


 フィーブを救う。それは大義だ。勿論俺もそのために全力を尽くすつもりだ。けれど、問題はそれじゃない。ミーナが救いたいものに、彼女自身が含まれていないことが気に食わなかった。

 船長の時にも思ったことだが、ミーナはどうしてか自身を蔑ろにする傾向があると思う。自分が死んでも次に繋がるなんて発想、正直に言って嫌いだ。確かに死によって残せるものもあるだろう。けれどそれが全ていいものだとは限らない。死んだ本人は終わりだろうが、周囲はそうじゃないんだ。後に残された人間がどれだけ辛いか。どれだけ苦しいか。家族を魔王軍に殺されたミーナだってそれは分かっている筈なのに。

 気に食わなかった。なんなら、彼女がそう提案した途端、心持ち明るくなった町長の態度もそうだ。

 自分の町の人間じゃなければ死んでもいいのかよ。

 勇者と呼ばれている身として、そんなこと考えるのは間違っているのだろうが、それでも気に入らないものは気に入らなかった。

 ミーナもミーナだ。もし彼女が本当に自分の命などどうでもいいと思っている破滅主義者だったのなら、身代わりなどすぐにやめさせて彼女をパーティから切っていたかもしれない。

 しかしそう力強く宣言するミーナの手は、小さく震えていた。……本当に、バカだと思う。

 怖い癖に、なにかっこつけてんだよ。言えよ。怖いなら怖いって……。


◆◆◆◆◆


 翌日は、夕方までそれぞれが好きに時間を過ごすこととなった。

 俺とバレナの二人は鍛練組だ。といっても共同で組み手などする訳ではなく、各々が別の場所で剣と素手の腕を鍛えるだけなのだが。

 キャンベルの裏手にある雑木林を進むと、少し開けた空間が現れる。周囲は木々で囲まれている為に木漏れ日が漏れるその場所で、俺は腰に下げた自身の得物に触れた。


「随分と、使い込んだもんだな」


 鋼で出来たロングソードを鞘から抜くと、それを眺めて小さくそう口にする。

 長いこと使い続けた剣はあちこちが歯こぼれしており、何度も研いだ影響もあって全体がガタガタになっていた。


「悪いが最期まで、付き合ってくれよな」


 今回の魔神との戦いで折れてしまうかもしれない相棒に、俺は声を掛けた。俺の命を守ってくれた相棒だ。本当はこれ以上使うべきではないのかもしれないが、どうしても俺はコイツを手放せなかったのだ。


「ふッッ!」


 そうして俺は、来るべき戦いに向けてその場で素振りを始めるのだった。 


◆◆◆◆◆


 そうして、今に至る。




「ミーナ。落ち着いてくれ。機会が一度と君は言った。けど知りたいのはそれじゃない。デルニロを倒す方法だ。その一度の機会に何をどうすれば奴を倒せる?」


 起きたばかりのミーナの肩にそっと手を触れながら、俺は彼女にそう尋ねた。静かに、語り掛けるように告げると、過呼吸を起こしていた彼女の呼吸も、段々と落ち着きを取り戻してくる。ミーナが、小さく口を開く。


「っ、開いた口の中に、なんでもいいから攻撃を叩き込めば、勝てる、と思う。……でも……」


 話しながら、その双眸からぽろぽろと涙が零れていた。倒し方は分かっても、その方法が分からない。その顔はそう告げていた。……分かるよ。悔しいよな。


「────分かった。だったら、何とかしてやる」


 そう言うと、ミーナは顔を上げてこちらを見た。ゆらめく翡翠が俺へと向けられる。ああ、駄目だな。あれだけ頑張って、なんとかしようと足掻いている姿を見ちまった。その結末がこの涙なんて、そんなのは駄目だ。


「何とかするよ。だから、泣くな」

「ぇ────」


 彼女の頭に手を置くと、そっと撫でる。ミーナは俺の言葉に驚いたようで、慌てて自身の目を擦っていた。泣いていたことにさえ気付いていなかったらしい。


「じゃあ、そこで待っててくれ。終わらせる」


 そう口にすると、俺はミーナに背を向けて歩き出した。

 遠ざかり小さくなるその背中に、声がぶつかってくる。


「待って!レオン!駄目!」


 その声を振り切って俺は進んでいく。この戦いを、終わらせるために。

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