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エピソード・オブ・リューカ 〜その2〜

 レオンたちの元からリューカが去って、十年の歳月が流れました。

 その間に彼の故郷であるファティスの町には魔王軍の襲撃があり、町も半壊し、レオンは両親を失うこととなります。激動の日々は、少年を戦士へと変えていました。

 傭兵として、各地に赴いては魔物を討伐していたのです。中でもレオンの剣の腕は相当なもので、比類なき強さと周囲に謳われる程でした。


 ある日、これまでの功績を称えられレオンは首都セタンタにある王城へと招かれます。

 そこで王は彼と集まった傭兵たちに、新たな魔物の討伐命令を下しました。

 それは、遺跡に住む邪竜の討伐。これまで何人もの探掘家や兵士たちが被害に遭っているとのことで、レオンも気合いを入れて挑むことになりました。


 道中、彼は今回の討伐任務のリーダーである傭兵長と話をしていました。


「邪竜……と言っていましたが、今回の相手はどんな奴なんですか」

「うん。俺も話に聞いただけなのだが、緑色をした巨大なドラゴンなんだそうだ。被害者の話だと、見るも恐ろしい外見だとか」

「生存者がいたんですか」

「ああ。奴は追い払えば俺たちの命になど興味がないのか、歯牙にも掛けないらしい。死んだやつの話はとんと聞かないな。……あ、いや一人いたぞ。超高齢の魔術師が、あまりの見た目に一目見た瞬間ショック死したとか」

「……それは、自業自得なのでは……」

「あん?」

「あ、いえ。それで竜はどんな悪事を?」

「どんなって、だから人間を襲うって話だ。そんなデカブツがいたら探索もままならんからな」

「…………」

「とにかく気を引き締めて掛かれってこった」

「……はい」


 レオンは小さく息を吐きながら、傭兵長の言葉に頷きました。

 彼は思います。正直これは、人間による侵略行為だ。と。


 竜の住みかに土足で踏み入り、ただそこに暮らしていただけの竜を、家捜しの邪魔だという理由で殺そうとしている。


 これじゃあ、魔王軍と変わらないじゃないか。と。


 彼の両親は六年程前、レオンが十五歳の頃に、ファティスの町に押し入った魔王軍との戦いで亡くなりました。町の子供を逃すために盾となったのだと、レオンは近所の人間から後になって聞かされました。しかし、どれほど立派であろうとも、それよりももっと生きていて欲しかった。その命は戻らないのです。だから侵略という行為がどれ程罪深いものか、レオンにはよく分かっていたのです。


 果たして彼らが目的地にたどり着くと、そこには息をすることさえ忘れる程の光景が広がっていました。

 それはそれは巨大なドラゴンが、彼らの眼前に眠っていたのです。

 噂通りの緑色をしたその竜は、頭だけでレオンよりも大きく。なるほどこれに睨まれたら、恐怖に動けなくなってもおかしくはありません。


「寝ているとは好都合。今のうちに首を斬り落とすぞ」

「いや、ちょっと、待っ……」


そう周囲に号令を掛ける傭兵長に、異を唱えたのはレオンでした。傭兵長が訝し気な顔をして彼を睨みます。


「どうしたレオン」

「あ、いえ……その……」


 勢いで口を挟んでしまったものの、本来彼に傭兵長を止める権限はありません。しどろもどろになってしまうレオンを、傭兵長は呆れた目で見つめました。


「貴様まさか臆病風に吹かれた訳じゃあるまいな?」

「兵長!」

「貴様はいつもそうだ。やれ殺すな、盗むなと。この非常時に貴様のような軟弱な奴はいらん。上に掛け合って俺の部隊から──」

「兵長!!」

「なんだ騒々しい!俺は今、大事な、はなし、を──……」


 他の傭兵の強い呼び掛けを受けて振り返る傭兵長でしたが、その言葉は最後まで言い切られることなく消えていきました。

 何故かって?巨大な金色の目が、彼を見つめていたからです。


「こっ、こいつ、起きて──っ!」

『ゴギャアァアァァァァァァァッッッ!!』


 正しく耳をつんざくような叫びが、室内に響き渡りました。所詮、小さいものは大きいものよりも弱いのです。不意を突くどころか不意打ちを受けたかのように陣形を崩し、傭兵たちは一目散に逃げ始めました。


「うわあぁぁぁぁ!?」

「こっ、殺されるっっ!!」

「あ!?待て貴様ら!!」


 部隊の人間たちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまい、残された傭兵長は激昂します。


「くそ!こうなったら俺一人でも……!」


 正確には、レオンもその場に残っていました。しかし彼には戦う意志がなかったのです。


「うおぉぉぉぉ!」

「あっ!隊長、待って……!」


 レオンの呼び掛けむなしく、雄叫びを上げて単身ドラゴンへと突撃した隊長でしたが。


『ぎゃう』

「んぶっっ」


 ハエでも払うように無造作に振るわれた尻尾によって、壁に打ち付けられて沈黙してしまいました。


「へっ、兵長!!?」


 慌てて駆け寄るレオンでしたが、傭兵長は意識を失っているのみで、命に別状はないようです。レオンは一先ず、ほっと胸を撫で下ろしました。

 そんな彼を、金色の二つの瞳が見つめています。


「…………」


 本来ならば、兵長のカタキだと武器を手に立ち向かうべき場面なのでしょう。しかしレオンはそうせず、ドラゴンに向き合うと自身の両手を上げました。


「すまなかった。降参だ。君と戦う意志はない。家を荒らして悪かった」


 彼は決して、臆したのではありません。その気になれば目の前のドラゴンを相手取れる力は持っているのです。しかし、レオンはそうしませんでした。戦う理由がないと思ったからです。


「兵長だけは回収させてもらうぞ。それじゃ、達者でな」


 必要以上に縄張りに近寄らなければ、襲っては来ないだろう。そう考えていたレオンでしたが、それは甘い考えでした。

 背を向けた彼に、口を開けたドラゴンが猛然とその長い首を寄せて来たのです。


「なっ!?」


 腰の鞘へと手を伸ばすレオン。しかし彼は、その手をぴたりと止めていました。そして次の瞬間。


 べろり、とドラゴンがレオンの頬を舐めたのです。


「どわ!?なんだ?」

『きゃうっ』


 見ればドラゴンは、レオンを見てその尻尾を左右にぱたんぱたんと揺らしていました。心なしか、機嫌が良いようにも見えます。


 その様子を眺めていたレオンでしたが、どこか既視感が……と思った次の瞬間、まるで雷に打たれたかのように彼は思い出しました。


「緑の体に金色の目……!お前、あの時のチビ竜か!」

『ぎゃあう』


 そう。遺跡に暮らすドラゴンとは、リューカのことだったのです。

 目を細め、嬉しそうにリューカは鳴き声を上げました。彼女は目の前の相手があの日の少年だと、一目見た時から気付いていたのです。


「大きくなったなぁ~!」


 再会を懐かしむようにレオンも声を出します。


「確かりんごが好きだったんだよな」


 そう口にして手持ちを漁るレオンでしたが、早々都合の良いものは──、


「あ、これがあったな」


 そう言いながら彼が取り出したものは、りんご──のような形をした果実でした。形だけならばりんごそのものなのですが、なんというかこう、光輝いています。光沢ではなく、発光、といった感じで。


『ぎゃ?』

「以前ミルチッド山に登った際に、頂上で見付けたんだ。俺も落ちてたやつを食べたけど、美味かったぞ」


 首を傾げるリューカに、レオンは光る果物を投げ渡しました。


『きゃうっ』


 口でそれを上手にキャッチすると、リューカは上を向いてりんごを口の中に落としました。そしてそれをしゃくしゃくと咀嚼すると、ぱあ、と分かりやすい程に顔を輝かせています。


『ぎゃうっ!ぎゃうぅん!』

「旨いか。それなら良かった。そっか。お前ここで暮らしてたんだな」


 はしゃいでいるリューカの姿にレオンも目を細めると、よっ、と傭兵長を担ぎ上げました。


「じゃあ、これ以上平穏を脅かせないよう、なんとか王は俺から言い含めておくから。達者でな」


 そう口にすると、レオンは部屋を後にします。美味しい~とはしゃいでいたリューカは、しばらくしてから自分が一人に戻っていたことに気が付きました。


『ぎゃ!?ぎゃあっ!?ぎゃうぅぅん』


 レオンどこ!?どこ!?とキョロキョロ見回してしていたリューカでしたが、もういないと気付くと焦って鳴き声を上げます。


『ぎゃあぁぁ~ん!!』


 部屋から出ようとしますが、焦って壁にぶつかったことで入り口が崩れ、出られなくなってしまいました。


『きゃあぁん!きゃあぁぁぁん!』


 必死に鳴くリューカ。その時です。彼女の体が突然、目映い光を放ち始めました。


『ぎゃ?』


発光はあれよと言う間に部屋全体を覆い尽くす程となり、あまりの眩しさにリューカは目を回してしまうのでした。


『きゅうぅん……』




 どれ程経ったでしょうか。リューカは部屋の中央で目を覚ましました。


「あ、ぇあ……」


 おや、どうしたことでしょう。声が変です。

声だけではありません。なんだか自分の体が変です。鱗がなく、ツルツルとしています。

 それに、部屋そのものがとっても大きくなっています。


「ぇあ、ぁぇぇ……」


 身を起こそうとしましたが、なんと尻尾もありません。リューカはバランスを崩して転んでしまいました。


(なんですの?これは……)


 歩き方の感覚も今までとはまるで違うのです。それでも、部屋が大きくなったお陰で外に出れると理解した彼女は這いずって外を目指しました。

 途中で水のみ場に通り掛かったリューカ。何倍も大きくなったそこで、いつもの感覚で水を飲もうと首を伸ばした彼女は、そして見てしまいます。


(うそ、こんな……)


 そこに映っていたのは、人間だったのです。


◆◆◆◆◆


「やっと外に出れた……」


 気を失った傭兵長を背負いながらレオンが遺跡の外へと姿を見せたのは、夕方のことでした。途中道に迷ったこともあり、脱出が遅れてしまったのです。


「へ、兵長!?ご無事なのですか!?」

「レオン!邪竜は、邪竜はどうなったんだ!?」


 外でやきもきと待っていた傭兵仲間たちが、一斉に質問をしてきました。彼らにも、我先にと逃げ出してしまった負い目があったのでしょう。


「え、ええと、それはだな……」


 倒すつもりもないのでそのままにしてきた。なんて言える筈もありません。どう説明したものか、とレオンが考えあぐねていると。


「うおお!やったなレオン!」


 と、なんとレオンよりも後に、遺跡から飛び出して来た傭兵がいました。

 彼の言うことには、恐ろしいドラゴンの姿を見て慌てて逃げようとして、足をくじいてしまい影に隠れていたんだとか。


「え゛」


 じゃあ見逃したことも見られてしまったんじゃ。そう焦るレオンに、しかしその傭兵は鼻息荒く興奮気味に捲し立てた。


「物影だったからよくは見えなかったんだが、お前があのドラゴン野郎に一人で立ち向かったのはうっすら分かったよ。その後、ドラゴンが暴れて部屋中を滅茶苦茶に破壊し、白い光が部屋中を照らしたと思ったら静かになった。俺は怖くて、足のこともあってしばらく動けなくてな。やっと動けるようになって部屋を覗いてみたら、緑の鱗が散らばっているだけで、あのドラゴンは跡形もなく消えちまってた。レオン、お前なんだろ!?」


 彼の話に、レオンは眉をひそめていました。


(白い光?あのドラゴンが消えた?)


 白い光というのは、自身があげた果物のことかな。とも思うレオンでしたが、消えてしまったことに心当たりはありません。おおかた、他の部屋に移動しただけではないかと思うレオンでしたが、待てよ。と顎に手を当てて思案します。

 見逃したことにしてしまったら、これからもドラゴンは人間たちに狙われ続けます。それならいっそ……。


「ああ、激しい戦いだったが、何とか討ち滅ぼすことが出来たよ」

「やっぱりそうか!すげえよお前は!」


 竜殺しの名を、あえて被ることに決めました。


「ただ、仕留めたドラゴンから、毒の含まれた物凄い障気が溢れ出してな。遺跡の中に広がっちまった。お前も危なかったな。浄化の光を浴びてなかったら死んでたぞ」

「そ、そうだったのか!?お前浄化も出来たのか!でもそれならもう大丈夫なのか」

「い、いや、たまたま浄化出来るアイテムを持ってただけだ。それも効果は一瞬だけだ。この遺跡は立ち入り禁止にすべきだろうな」

「なるほど。何にしてもやったなレオン!」

「はは……」


 嘘を嘘で塗り固める結果となってしまったが、あのドラゴンが守れるならばそれも良いだろう。レオンはそう思ったのでした。


◆◆◆◆◆


 そして、竜退治の話は王にも伝わることとなりました。その功績を称えた王はレオンに勇者の称号を与え、改めて魔王討伐を任命することとなったのです。


 嘘の勇者だと心を痛めるレオンでしたが、それもこれも自身になついてくれたあのドラゴンを守る為です。

 彼はそれを受け入れ、勇者としての長く険しい旅に出発しました。


 そして一年後、大きな斧を携えた金髪長身の女が彼を追い掛けてパーティ入りするのですが、それはまた別のお話ということで。


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