エルムの森『クエスト・オブ・ハート』
俺の現状に戻る前に、愛すべきクエハーについて語らせて貰いたい。
クエハーこと、クエスト・オブ・ハートは今から二十年前に家庭用ゲーム機ソフトとして発売されたゲームタイトルである。発売元はナパーム。
王道ファンタジーを題材としたターンバトル制のRPGであり、分かりやすい剣と魔法の世界、ルード大陸を舞台とした冒険ものとなっている。
これだけならば目新しくもない内容なのだが、クエハーはそこに、ギャルゲーよろしく恋愛シミュレーション要素をぶちこんでいるのである。
要するにヒロインの一人が選ばれることによりそのヒロインのルートへと突入し、ヒロインごとに別のエンディングが存在するマルチヒロイン方式を採用しているのである。
これだけでも新しいのだが、クエハーにおける好感度システムは、従来のギャルゲーや乙女ゲーのそれとは異なり、ヒロインが主人公の好感度を上げる為に頑張るものとなっているのだ。
どういうことかと解説すると、ヒロインとして選べるキャラクターは五人であり、主人公を含めた勇者パーティは六人の人間がいるのだが、まず戦闘に出れるのは主人公固定の四人までである。つまり二人は戦闘メンバーから除外されてしまう訳だが、このゲームにおける好感度は、バトルにおいて敵にとどめを刺したキャラクターのポイントが上昇する仕様となっている。それ以外にも、味方を回復する、キャラ選択イベントにて選ばれる、等でもポイントは上がるが、一番手っ取り早いのはこのバトルにおけるとどめだろう。
故に全体範囲攻撃を持つ騎士のリューカや、強力な全体魔法攻撃を持つ魔法使いのウィズ等は攻略難易度が低く、攻撃力はあるものの単体相手の武闘家バレナ、宣教師のくせに何故か前衛でも戦えるスルーズはそこそこ。逆に前衛職でも攻撃力が低くダメージを与え辛いシーフのミセリアは、物語中盤以降の加入という条件も含めて攻略難易度がとんでもなく高い。
まあこれだけであれば、このゲームがクソゲー呼ばわりされることはなかっただろう。確かに当時としては斬新だったが、RPGプラス恋愛シミュレーションなゲームもそこそこ出ている昨今を思えば、クエハーが名作扱いされる可能性だって十分にあった筈なのだ。いや、実際俺を含めてクエハーが大好きで情熱を注ぐプレイヤーは、全世界含めて数多く存在するのである。
ならば何故、このゲームがクソゲー扱いされるに至ったのか?
それは間違いなく、開発スタッフが難易度調整をミスったからに他ならない。
このクエハー、ザコモンスターの一匹ですらやたら硬く、倒すのに手こずるのである。だがシナリオを進める為にはレベル上げをせざるを得ず、その過程でなかなかの苦行を強いられるのだ。
それだけ頑張って進めたとしても、一部のボス戦においては特定の技を習得し、ヒントも何もない状態でそれを使わないと詰んでしまう初見殺しまで搭載されており、RPGパートの明らかな調整不足を感じさせる。
運良くそれらを突破出来たとしても、極めつけはクライマックスだろう。主人公が一人のヒロインを選んでルートに入った後、ラストダンジョンである魔王城の中で、選ばれなかったヒロイン全員が雑に死んでしまうのである。
それは魔王軍幹部の捨て身の攻撃と相討ちになったり、天井の崩壊から主人公を守ったり、はたまたタイムリミットが迫る中で魔王軍の軍勢を一人で食い止めたりと千差万別ではあるが、どれであろうとそこで退場してしまうことには変わりない。結果として、主人公とヒロインは二人で魔王と戦うことを余儀なくされるのだが、この魔王、明らかに四人のメンバーでの戦闘を想定した強さにされており、二人ではそもそも勝ち目がないのである。
これに関してはいかに運が良かろうとどうにもならない鬼畜仕様となっており、対策としては主人公とヒロインのレベルを上限ギリギリまで上げておくしかない。
クリアするためにプレイヤーにそんな苦痛を強いるゲームは、クソゲーと呼ばれても仕方ないだろう。
開発者の一人であり、クエハーのアイデアを構想したというザワメキ氏はそれらの要素について、
「当時はそれしかないと思って作った。今になって考えると、なぜあんなことをしてしまったのか分からない」
とのこと。
しかし、道が苦難であればあるほど燃える俺のような人間には、それらの要素はかがり火でしかなかった。結果、全ルート攻略、最短クリアRTA、低レベルクリア、裏技の発見など様々な記録を打ち立てるに至り、お陰様でクエハーにおいては右に出る者がいないと評される程度の人間にはなることが出来たので、そこそこはクエハーの知名度に貢献出来たのではないかと思っている。
──思いの外長くなってしまったので、ひとまずこの辺で。
……………………。
やっぱりもう少し語ってもいい?クエハーといえば、そりゃもうヒロインズの存在を抜きにしては語れな──、
「──あ、えと、大丈夫か?」
「…………っぁ、いや、そのっ」
「?」
うっかり脳内でクエハー語りに興じていた俺は、レオンの声で我に反った。
そういえば、彼に助けられて名を聞かれている最中だったっけ。クエハーに熱くなるあまり、目の前のクエハーを疎かにするとは情けない。――――っていうか、
「っていうか、すっっっっっげえぇぇッッ!!」
思わず俺は感嘆の叫びを上げていた。そりゃこういう反応にもなるだろう。二十年来遊んでいる大好きなドットゲームの実写映画をいきなり見せられたようなもんなんだぞ?
「ぉ、おお?」
「さっきのって、飛閃剣だよな!?飛閃剣って直に見るとあんな感じなんだ!すっげぇ~!迫力が違うわぁ……!」
ファン目線で一通りはしゃいだ後、俺はハッと我に返って青ざめた。
熊に襲われて助けられた少女のリアクションじゃねーわこれ。
「す、すみません、いえその、なんでもないです……。あ、は、はい名前ですよね名前!俺――、いや、私は、えっと、みなm……」
慌てて自身の名を名乗ろうとして、はたと俺はその場に固まった。
いや、だから今の俺は美少女アバターなんだっての。クエハーは中世ヨーロッパっぽい世界観だし、いくら茶髪?とはいえ、レオンやリューカに交じって南信彦というのはおかしいだろう。男女以前の問題だ。
「────?」
「あ、いや、えと……」
しかしここでまごついていては、レオンに怪しまれてこの素晴らしき実写クエハーイベントが強制終了してしまうかもしれない。あわあわと慌てふためきながら、俺は咄嗟に口を開いた。
「みな……ミ……、ミーナ。ミーナですっ」
「お。ミーナか。宜しくな。──よし、ちょっと離れてろ」
いやはや何とも安直極まりないが、口ごもるよりはましだろう。名を受けて朗らかな笑顔を浮かべると、レオンは俺を遠ざけて手にした自身の剣を天へと掲げた。
「え?」
「閃光剣!」
そうして彼の掛け声と共に、剣を中心として周囲に目映い光が放たれたのである。
「っ」
俺は咄嗟に手で目を覆いながらも、レオンの放った今の技について考察する。閃光剣とは、ゲームにおいてレオンが二番目に覚える初期技である。その能力も、光を見た相手単体の次のターンの命中率を半減させるという、そこまで有用ではない代物であり、俺のプレイングにおいてはほぼ使用されていないという不遇の技でもある。
そんな閃光剣を、何故戦闘でもないこのタイミングで放ったのか。
「眩しかったか?悪い。言っておくべきだったな……。いや~、この技、集合時の目印に便利でさ」
──なるほど!?
レオンの言葉にいたく感心して、俺は思わず何度も頷いていた。
クエハーはRPGゲームであるが故に、俺としてはついゲーム前提で物事を考えてしまいがちだ。だがしかし、この世界はクエハーの世界観ではあるがゲームではない。よって、ゲームでは使えないと判断された技にもこのように戦闘以外の役割が与えられているかもしれないのである。
しかし目印かぁ~。成る程なぁ……。俺じゃ思い付かなかったなぁ……。クエハー第一人者だなんて調子に乗ってたけど、俺なんかまだまだだわ。
それから少しして、そんなこんなでずっとはしゃいでいた俺の元に、その声は聞こえてきた。
「ったく、どこまで行ったかと思ったら、こんな奥にいやがったのかよ」
「追い掛けるのも大変だったんですのよ?」
「うーい。勇者さま、生きてるー?」
「もう。レオンがやられる筈ないでしょ」
────!
あまりにも聞き覚えのあるその声に俺は勢い良く振り返り、そして思わずその場に後退さっていた。
「あ、あわわわわわ……」
俺にとってそれは、まるで街中で大人気アイドルグループに遭遇してしまったかのような衝撃であり、心の中で叫ばずにはいられない大事件であった。何故って、決まってる。
クエハーの華、ヒロインズの登場だあァァァァッッ!!
「おいレオン、聞いてんのかオイ!?」
レオンに詰め寄って凄んでいるのは、武闘家であるバレナ。
黒髪ショートヘアと褐色の肌に、尖った歯と鋭い目付き。粗暴な態度と口調が特徴の少女である。
しかし毎日鍛練を欠かさない努力家でもあることは、彼女の持つ鋼の肉体が証明していると言えるだろう。
戦闘スタイルは、主にステゴロの喧嘩殺法がメインであり、メンバーからは武闘家というよりは喧嘩屋だとよくからかわれているツンデレヒロインの代表格だ。基本的に人当たりが悪い為、狂暴な初期の印象でプレイヤーからは嫌われがちな彼女だが、個別ルートに入った後、一番可愛い顔を見せるのもまた彼女であることを俺は知っている。愛称はバレナ嬢。
「バレナさん。勇者様に絡むのはおよしなさい」
「ああ!?」
そんなバレナをたしなめるように口を尖らせるのは、パーティ内でも特に目立つ長身の女性であった。身の丈二メートルはあろうかという彼女の名はリューカ。通称リュカたん。ロングスカートのワンピースの上に鎧を身にまとっている騎士であり、これまた巨大な斧を得物として軽々と運ぶ怪力の持ち主でもある。
お嬢様言葉で物腰柔らかな彼女であるが、その正体は人間と魔族の中立に立つ種族である竜族の末裔。序盤のダンジョンでダンジョンボスとして立ちはだかり、レオン、バレナ、の二人を相手に圧倒するも、レオンの信念に惚れ込んで決着はお預けとし、今では行動を共にする仲となっている。とにかく真面目で清廉であり、ソフトパッケージにも大きく描かれている作品の顔ともいえるヒロインが彼女なのである。
「っざけんなこのデカ女!テメェだって散々文句言ってただろうが」
「んなっ、そ、それは勇者様が心配だったから……って、何言わせるんですのもう!」
「ぶべらッッ!」
恥ずかしさからかリューカにど突かれ、バレナがぶっ飛ばされる。ただのツッコミでこの迫力とは、流石は竜族といったところか。
「てんめぇッ!」
「もうやめなさいよ二人とも」
バレナとリューカに声を掛けるのは、背中まで伸びた長い茶髪の女性。前髪をサイドに流し、まとまった毛は外巻きのパーマにしているのが特徴であり、垂れ目と、右の涙袋にある黒子がチャームポイントの彼女はパーティ内のお姉さん、魔法使いのウィズである。通称ウィズ姉。
一癖も二癖もある女子達のまとめ役を担っており、ここぞという判断はしっかりと出来るのだが、普段は暴れる彼女らに振り回されることが多い。
主人公に対しても大人のお姉さんぶってリードしてこようとするのだが、中身は誰よりもうぶな少女であり、そのギャップがとても可愛らしい。
ちなみにとんでもない爆乳の持ち主でもあり、本編発売後にPC用にと売り出された十八禁版ではとてもお世話になりました。
「……………………」
そしてもう一人、ウェ~イ系プリースト、宣教師スルーズことスーちゃん様を紹介したいのだが…………。
「……………………」
──見てる。めっちゃこっち見てるよォこの人!?
何故かスルーズは神妙な顔を俺の方へと向けていた。……いや、何故かじゃないか。ちょっと考えれば、確かに今この場にいる人間の中で異分子なのは俺ただ一人なのだ。そりゃ見られてもおかしくはないだろう。
真正面からガン見されて思わずたじろぐ俺。そんな俺の様子を眺めてか、スルーズは口を開いた。
「ねぇ勇者サマ。その子、どしたの?」
その言葉に、他の三人からの目が一斉に俺へと向けられる。
まるで見るものを射殺すかのような鋭い視線を受けて、冷や汗が一斉に噴き出した。なんだこりゃ。マジでこえぇんだが……!?
「お?ああ、ミーナだ。グリーンオーブを回収して帰ろうとしたら、ジュエルベアーに襲われてるのが見えたからな。ちょっと助けたところでさ」
「ったく、お前はそうやってまーた女拾ってよぉ」
レオンの言葉に、頬をぽりぽりと掻きながらため息を吐き出すバレナ。「また?」という部分にウィズとリューカがぴくりと反応を示すも、当のバレナは気にする様子もなく、俺の方へとずかずか歩いてきた。
「ぁ、ぇっと、ミーナ、です。宜しくお願いしま──」
冷めきった空気は怖いが、大好きなヒロインズが相手である。頭を下げて自己紹介しようとした俺だったが、しかしいきなりバレナによって胸ぐらを掴み上げられていた。
「ぅぐぇっ……!?」
「ちょ、バレナ!?何してるの!」
「てめぇ。自分が何してるか分かってんのか?」
ウィズの制止にも耳を貸さず、バレナは持ち上げた俺を睨み付ける。
「ぇ、ぁ……」
「エルムの森の奥に入っちゃいけねぇなんてこたぁ、ガキでも知ってらぁ」
圧倒されて言葉も出ない俺にバレナはそのままの勢いで言葉を続ける。
「てめぇが自殺志願者ってんなら知らねぇけどよ。そうでねーならこうして他人サマに迷惑掛けてんだ。二度とすんじゃねぇ!」
ぐうの根も出ない立派なご高説だが、突然こんな森に放り出されて熊に襲われて叱られている俺の身にもなって頂きたい。……まあ、言ったら言ったで怪しまれそうだから言えないけど。
「バレナ。手を離してやってくれ。そう一方的に怒鳴っても仕方ないだろ。相手にだって事情があるんだ」
「事情?……どんなだよ」
レオンの言葉にバレナが仕方なく手を離すと、俺は脱力してその場に座り込んだ。こちらを見下ろしているであろう視線を頭に受けながら、小さく咳き込んで俯く俺。
……さあ大変なことになったぞ。
何せ皆が納得出来る事情を今から考えなければならないのだ。恐らく回答を誤れば、勇者パーティとの関わりはそこで途切れて終了だろう。
しかも、そこで夢が終わるという保証もない。下手すればそのまま家なき娘として一生生きていかなければならない可能性だってあるとくれば、こここそが分水嶺だとイヤでも分かるだろう。
「……ぇっ、と……」
まず大切なことは、自身の出身を示すこと。そして、森に入っていた分かりやすい理由を示すこと。この二点だろう。近場の町はダメだ。送り届けられてお別れになる確率が高い。……となると……。
「わ、私は、ラスティアに暮らしていました……」
そうして私は俯いたまま、静かに語り始めた。……ちなみにラスティアシティとは、最も魔界の側にある宿場町で、クエハーにおいては最後に利用する人間の町でもある。
「ラスティア……?」
「セタンタのずっと北西にある町ですわ。確か少し前に魔王軍に襲われたとか……」
よく分かっていないらしいレオンにリューカが解説する。流石竜族だけあって、彼女は実に博識だ。
「……はい。父も、母も殺されて、家も失いました。私は故郷を逃げて、一人宛もなく旅をしていました。どこかの町に落ち着きたかったけれど、どこに行っても私みたいな女一人じゃ、雇ってもらえなくて……」
「……そうよね」
噛み締めるようなウィズの声。表情は分からずとも、似たような境遇の彼女は共感してくれているのだろう。
「でも、生きていくにはどうしてもお金が必要で……。それで、道中で聞いたこの森の話を思い出したんです。エルムの奥深くには、宝石が沢山落ちてるって……」
ど、どうだこの完璧な理由付け!いきなり聞かれてこんな世界観に沿った完璧な回答出来るやつ、そうはいないだろ。これでうまくいけば、ラスティア辺りまで送ってもらえるんじゃなかろうか?家の問題はほら、その過程でなんとか考えるとして。
どや顔が表に出ないように細心の注意を払いながら、俺はそっと顔を上げる。俺の会心の過去語り(捏造)に心打たれたのかしばしの間押し黙っていた一同であったが、ややあってバレナが口を開いた。
「ジュエルベアーが死んだら結構な量の宝石が取れるからな。ない話じゃねえ。……事情も分かる」
「……バレナ」
「けどそりゃ、手慣れたシーフの連中が複数人でやってんだよ。まかり間違ってもお前みたいな町娘が出来ることじゃねぇんだ。」
「そだね。確かにお金は大事かもしれないけど、それも命あってのモノダネってやつじゃん?」
バレナの言葉に賛同して頷くスルーズ。そんな二人とは対照的に、ウィズとリューカの二人は瞳をうるうると濡らしていた。
「そうよねぇ、大変だったわよねぇ~」
「その若さで、どれだけ辛い目に遭ってきたか……。察するに余りありますわ……」
二対二でヒロインズの意見が割れる中、レオンはというと、
「……そっか。魔王軍に家を……。────そうだ。なあみんな!」
「ダメだ」
言い掛けたその言葉を、しかしバレナによってピシャリと切り捨てられていた。
「んまぁ!血も涙もありませんわ!」
「どうしてダメなの!?」
やんややんやと騒ぐ二人に、しかしバレナは更に目付きを鋭くする。
「テメェらなぁ!一時の感情でモノ言ってんじゃねぇぞ。分からねぇなら言ってやろうか?こいつみたいな人間、世の中にはごまんといるぞ。ウィズ、レオン。お前らだって分かってんだろ」
「……それは……」
「その都度パーティに入れるつもりか?それとも次の奴は入れないで見捨てるのか?そうじゃねぇだろ。アタシらに出来ることは、とっとと魔王とやらをぶっ倒して、こいつみたいなガキを世の中から無くすことだろうが!足手まとい増やしてる場合じゃねぇんだよ!」
う、ぐ、ぐぐぐ。まさしくグウの根も出ない正論である。
しかし、やはりバレナはここまで周囲のことをしっかり見て考えてくれているのだ。作品のファンである俺としては、彼女の本質を垣間見れたことは嬉しい限りではあるのだが、いかんせん今はタイミングが悪い。
「悪いけど、あーしもばれっちに同意かな。あーしらと一緒にいる方が、その子にとってはずっと危険だよ。乱戦になっちゃったら守りきれる自信もないしね」
スルーズもバレナの意見に同調したことで、他の皆もそれ以上の反論を失ってしまっていた。
かー!同情を誘う作戦失敗かぁ!ここまで言われちゃ俺が食い下がる訳にもいかないし、ここまでか俺のクエハーライフ……。
出来ればラスティアまで送ってもらうくらいのイベントが発生してほしかったのだが、これはもう潔く諦めるより他ないだろう。……でもなあ。
そんな理由で気落ちしてる俺の前で、バレナはフン、と鼻を鳴らした。
「だいたいこの森は熊だけじゃねぇぞ。今回は何とかなったかもしれねぇけど、狂暴な大蛇だっているんだからな。お前みたいなのなんて一飲みにされてもおかしくねぇんだ」
俺を森に近付けないよう、脅かす意味合いでの言葉だったのだろうが、実に愚かなことに俺はその言葉に引っ掛かりを覚え、
「蛇って、メギドスネークのことですか?あはは。それなら心配いりませんよ」
こんなことを口にしてしまっていた。言った後で、しまったと口を押さえるももう遅い。
「あ?どういう意味だテメェコラ」
次の瞬間には、俺は再びバレナに襟首を掴み上げられていた。
「ちょっとバレナさん!」
「どういう意味だって聞いてんだよ!」
分かっちゃいるけど初期バレナに凄まれると恐い。あわあわと目を回しながら、俺は説明の為に口を開いた。
「ぇ、えとえと、メギドスネークは凄く臆病な蛇なのでっ、獲物の小動物ならまだしも私たち人間相手には、こちらから攻撃しない限りは手を出してはこないので……!」
「────は?」
言われてもピンと来ないのか、バレナはリューカと顔を見合わせる。
「そうなん?」
「え、いえ、そんなこと気にしたことありませんでしたし……」
これは、ゲームをやり込んだ俺の経験則である。エルム深域のモンスターは強敵揃いだが、その中でメギドスネークだけはダメージを与えない限りずっと様子を見る行動を続けて来るのである。なので最大限バフを盛ってから戦闘に挑めるありがたい敵であり、ミセリアのレベル上げの際には本当に助けられたのだった。
「でも待て、さっき普通に襲って来たじゃねぇか」
「あれはうぃうぃが尻尾踏んだからじゃね?」
「ごめんなさいねホント……」
何やらワイワイと雑談を始める一同であったが、その間俺は掴み上げられたままである。そろそろ離してほしいかなって。
「あ、あのぉ……」
「あ?……ってかテメェ、なんだってそんなこと知って──」
恐る恐る声を掛けた俺にバレナが再度凄もうとしたその時、空にふっと影が差した。
「──!全員、戦闘体勢を取れ!」
何だろうと思う間もなく、いの一番に声を張り上げたのはレオンであった。釣られて空を見上げる俺の目に映ったのは、空を多い尽くさんばかりの竜の群れ。
「ワイバーンだ!奴等が来た!」
その瞬間、俺の頭の中をパズルのピースの如く情報が駆け巡る。
エルムの森深域、グリーンオーブ、ワイバーン……。
くそ!なんてこった。俺としたことが失念していた!
これはエルムの森でグリーンオーブを回収した帰り道に発生する強制イベント。
────魔王軍幹部の襲来!
周囲の生き物が一匹残らず逃げ出す程の禍々しい魔力が周囲に渦巻いていく。
群れの先頭、一際大きな黒いワイバーンに跨がり、漆黒の鎧を身に纏った赤髪の男が、こちらを見下ろしてニヤリと笑みを浮かべていた。
ミーナのクエハーメモ①
ジュエルベアーについて。
ジュエルベアーはその名の通り体から水晶体のような物体を生やした熊である。大きさは現代のヒグマ程だと思って貰えれば分かりやすいだろうか。
この水晶体は実は内部が空洞になっており、水分が貯えられてジュエルベアーの体の水不足を補う役割がある。
宝石は、両肩に大きなものがある他に小さなものが無数に体表から飛び出している。
これらの宝石は『涙石』と呼ばれて貴族たちの間で人気を博し、大変高値で取り引きされている。
ジュエルベアーに水分を渡した後、宝石は勝手に抜け落ちる。それを狙う人間も多いが、中に水がないものは値段がぐっと下がる。
つまり高値の涙石を得るにはジュエルベアーを倒さねばならず、通常はシーフの集団などが狙う狩りなのである。
俺がこの世界に来て初めて生で見たモンスターだな。獰猛かつ好戦的であり、人間も襲って食べてしまう凶暴な相手なので、絶対に一人で出会いたくない一匹だ。




