フィーブ 『大決戦!魔神デルニロ ~その3~』
少しだけ時間は巻き戻る。
行動の尽くを潰されたデルニロは怒り狂っていた。
(なんで、どーしてボクちゃんがこんな目にっ!)
魔法さえ使えればレオンたちなど一網打尽だろうに、執拗に右手を狙われるせいでそれもままならない。
『だったらァ!』
そう口にすると、デルニロは転がっていた巨大な岩を左手で掴み上げた。警戒するレオンたち。しかし。
「苦し紛れか!?んなもん当たんねーぞ!」
剣を振りかざしながらレオンが言う。彼の言葉通り、デルニロが岩を武器にしたところで前衛の彼らにはまるで影響はなかった。確かに、スルーズの防護があるとはいえそれを叩き付けられたらダメージは免れないだろうが、そもそもがバレナもリューカも、そんなものに当たるような柔な鍛え方はしていない。
「なんのつもりか知らねーけど、来いよ」
手持ちの石をじゃら、と弄びながら、それでも少しだけ警戒してか静かに口にするバレナ。
「何をしようと砕いて差し上げますわ!」
受けて立つ!とばかりにデルニロを待ち構えるリューカ。
デルニロの突飛な行動により、一瞬。一瞬だけ、彼を警戒する空白の時間が生まれていた。しかしそれは些細なもの。デルニロが魔力を蓄えようと右手を動かせば一斉にレオンたちは行動を起こすだろう。つまりそれは、一瞬で消えてなくなるような空白だった。
『ケヒ、ケヒ、ケヒヒヒヒッッ!!』
そんな中でデルニロは、その左手を振りかぶる。
(何をする気だ?)
何か不味いと感じたレオンは、剣を構え直して防御の体勢を取る。しかし次の瞬間、自身を通り越して遠くに目を向けたデルニロを見て、レオンは事の重大さに気が付いた。だが、遅い。
「──ヤバイ!閃光け────」
「だめぇぇっっっ!!」
それは、殆ど同じタイミングだった。レオンの閃光剣は間に合わず、デルニロはその岩を全力で投げ放ち、岩はレオンの前を通り過ぎる。
そして、彼は見てしまう。その眼前で、ミーナが岩の直撃を受ける瞬間を。
「っがッッ!」
一瞬だった。岩と共に吹き飛ばされたミーナは、もんどり打って地面を跳ね、転がって静止する。じわりと、倒れた彼女の周囲に血が広がり始めていた。
『当ったりィ~!あれ?生贄に当たっちゃったヨ。……まあいいカ。なんかアイツ生意気だったしネ。ボクちゃんに変なもの食べさせるし』
デルニロがゲラゲラと笑う。バレナもリューカもレオンさえ、状況に追い付けずその場に固まってしまっていた。
「ぁ……、ああ…………あ…………」
「勇者サマ!」
「あ────」
「レオンッッッ!!!」
怒声に驚き、レオンは目を見開く。
「あーしが行く!勇者サマ!!指示を!」
「──っ!スルーズ!」
少し先にいるスルーズの声で、レオンは我に返った。同時に、敵の眼前で思考を放棄していた自分に気が付いて戦慄する。
「分かった!スルーズ!ミーナを頼む!!バレナ!リューカ!俺たちは今まで通り──」
『ちょ~っと、遅かったナ。キミたちサ』
そう。この致命的な隙をデルニロが見逃す筈がない。故にレオンが気を取り直したその時には既に、デルニロの右手はその準備を終えていた。
『ヒヒッ。【雷撃】』
その言葉と同時に、デルニロを中心とした半径一キロ四方に雷が落とされた。
「っが!?」
「あぎッ!?」
「ぎゃう!」
その範囲内には、当然レオンたちも含まれている。
落雷による衝撃、ダメージはスルーズのサークルディフェンドを上回り、感電してその場に膝をつくレオン。バレナも同様に倒れ込んでいた。
「はぁッ!はぁ……!っは、……ぁ……」
口から煙を吐きながらも、何とか倒れまいとその場に踏ん張るリューカであったが、それでも様子からして、ダメージは深刻であろう。
「……くそ、スルーズ、ウィズ……」
後方へ目を向け、呟く様にレオンはそう口にする。悲しいかな。デルニロの雷魔法は、後衛の二人にも届いてしまっている。
岩に吹き飛ばされたミーナだけは魔法の直撃を逃れている。しかし血溜まりに浮かぶ彼女が今も生きているのかは分からなかった。
「……く……」
何とか立ち上がろうともがくレオンの前で、デルニロは上機嫌に笑っていた。
『アッハハハハハハァ!!オヤオヤ!一発で逆転かなァ!?けどそれじゃあ物足りないよネェ?折角ここまで頑張ったキミたちだし、もっともっと見せてあげちゃうヨォ』
そう口にするデルニロの右手には、既に次の魔力が蓄えられている。そしてそれは、間髪入れずに皆に向けて放たれることとなる。
『【重撃】』
「ぅぐあっ!?」
頭上から圧し潰すような力を受けて、レオンはその場に潰れるように倒されていた。
技の名前からして、重力を操る魔法だろうか。まるで見えない手に押さえ付けられるように、その体はびくとも動かない。
「ぅ……ぐ…………」
リューカも、その力の前には身動き一つ取れないらしい。嫌らしいまでに凶悪な攻撃に、レオンはなるほど。と苦笑した。右手を使わせるなってのは、こういうことか……。
「──畜生……!」
ぎり、と音がする程にレオンは自身の歯を噛み締めていた。その心にはどうしようもない焦燥が募っている。
スルーズも倒されてしまって、誰もミーナの元に向かえない。このままじゃ彼女が──、いや、この魔法攻撃を続けられたら、そもそも俺たちは全滅だ。
そう考えても、今のレオンにはデルニロを睨み付けることしか出来ない。
『おお、怖い怖い。でも許してあげないヨォ?コイツで遊んであげるのサ。──【分撃】』
対するデルニロは愉しそうに笑うと、三度目となる魔法を行使する。何が来るのかと歯噛みして待つレオンであったが、攻撃は訪れず、むしろ爆発に包まれたのはデルニロの方であった。
「──な」
『『『『『『イヤッハァ~!』』』』』』
何が起きているのか。疑念の声はすぐさま驚愕のそれへと変わっていた。煙の中から、十体以上の小さなデルニロが飛び出して来たのだ。
『キッヒッヒ!ヨワイモノイジメ、ダ~イスキ!』
一体の大きさは、レオンの半分程度しかない。しかしそれらが総勢十五体、一人に三体掛かりになるよう襲って来たのである。
「ぐ……、く、ぅ……」
デルニロが分体魔法を行使したことにより、重力の影響は消えている。しかし感電によるダメージに加え、押し潰されたダメージも残っているレオンは、颯爽と迎え撃つことは出来なかった。何とか身を起こそうとしたその腕に、強烈な蹴りが叩き込まれる。
「っぐぁッッ!?」
『キャハハハハッッ!!ザ~コザ~コ!!』
苦しむレオンを、小さなデルニロ──チビニロが嘲笑する。
『コッチニモイルゼ~!』
そうしてべしゃりと崩れた彼の背を、飛び上がっていた別のデルニロが思いきり踏みつけた。
「がはぁっ!?」
『ヒヒヒッ!コイツヨワスギ~!!』
波状的に襲い来る暴力の嵐と、それに耐えることしか出来ないレオン。最早それは戦いと呼べるものではなく、ただのリンチであった。
「かは……く、ぁ……」
腹を蹴られて激しく咳き込むレオン。
(っ、みんなは、無事なのか……?)
痛みに耐えながら、何とか周囲へと目を向けると、そこには自身同様に痛め付けられる仲間たちの姿があった。
『キッヒヒヒ~!!オラッ!オラッ!』
「ぶッ!ぐッ!」
無理矢理立たされて、何発も殴られ続けるバレナ。
「……っめえッッ!!」
『アタンネ~ヨォ』
『コッチコッチ~』
反撃しようと振り回した拳も空を切り、バランスを崩したバレナを嘲笑うようにその顔や体に拳、蹴りを打ち込んでいく。
「がふっ、や、やめ……」
『オネンネニハハエーゾオラッ』
手で体を押さえ、倒れ込みそうになる彼女。そこにチビニロの一体が近寄ると、無防備な股間に蹴りを叩き込んだ。
「っぎゃあぁぁぁッッッッ!!」
『ヒャッハハハハハ~!!』
その場に崩れ悶絶するバレナをチビニロたちが笑う。その奥では、リューカが四体のチビニロにまとわり付かれていた。
「この、邪魔、ですわよっ!」
『ヒヒヒ~!!ジャマシテルンダモ~ン!』
四方から死角を狙って攻撃を繰り出すチビニロ。「ぐ、くっ」とダメージを受けているリューカであったが、
「捕まえましたわよ!」
『シマッタァ!』
まだ動く力が残っていたのか、そのうちの一体をその手に捕獲していた。周囲のチビニロたちも警戒して距離を取る。
捕獲したチビニロに力を込め、詰め寄るリューカ。
「さぁ他の連中に攻撃をやめさせなさい!さもないと──」
『──ぶッ』
「っぁッ!?」
脅迫しようとしたリューカの目に、チビニロは口の中に溜めていた黒い液体を吹き掛けた。猛毒である。
「ぃッ!いやあぁぁぁぁぁァァァ!!目があぁぁぁぁぁっっ!!」
目を押さえて倒れ込むリューカにチビニロたちが殺到すると、その鎧を引き剥がしに掛かった。
『コンナモンハイジマオウゼ~!』
『スクラップニシテヤラァ』
「やめっ!やめなさいっ!!やめてッ!」
目が見えない中で、身を護る鎧を奪われる恐怖に叫ぶリューカ。そんな彼女をチビニロたちは嘲笑う。
「ぁ、ぐ……、くぁ……」
『タテ!オラッ!』
遠くでは、スルーズとウィズの二人も襲われていた。動けない彼女たちに、容赦ないチビニロたちの攻撃が突き刺さる。
「あ、ぐ……」
『キャハハハハ~!』
無理矢理起こされたスルーズの左腕に、容赦のないチビニロの蹴りが打ち込まれた。べぎぃ、と嫌な音を立てて、彼女の二の腕が真ん中から折れ曲がる。
「ぃぎゃあぁぁぁぁぁッッッッ!!」
痛みに絶叫するスルーズを、二体のチビニロが追撃する。殴られ、蹴られ、凄惨な暴力が続けられ、口から血を垂らして遂にスルーズはその場に倒れ込んだ。
「ぁ……ふ…………」
「やめ、来ない、で……」
『キヒヒ~。ドウシヨウカナ~』
チビニロたちの魔の手は当然ウィズにも伸ばされている。物理的な戦闘が苦手なウィズは体を丸めて逃げようとするが、
『ハイダメ~!』
圧倒的な力によって捕まり、チビニロに後ろ手を押さえられていた。
「っ、う、動けな、い……」
全く身動きの取れないウィズに二人のチビニロが近付くと、
「ゃ、やめ……」
『ウラァッ!』
その豊満な胸に拳を叩き込んだのである。
「っはあぁぁッッ!痛いッッ!!」
ぶるんっと跳ねる左右の胸を、チビニロ二体は面白がって何度も殴り付けていた。
『キャハハッ!!オモシロイオモシロイ!!』
「痛いぃ、いやぁぁぁ!!やめてぇ!」
どこもかしこも、集団リンチの光景が繰り広げられている。逆転出来るような要素も見受けられず、このままであれば全滅は時間の問題であった。
「かは……」
『コイツモウアキタナ~』
血を吐いて倒れたレオンを足蹴にしながら、チビニロの一体がそう口にした。
『ソレナ。ア。アッチニマダヒトリイルゾ?』
どうやら標的を変えるつもりらしい。チビニロたちが示す方向に目を向け、レオンが青ざめた。
『アレ、イケニエジャネ~ノ?』
『マアイイジャンナンデモ』
チビニロたちが狙いを定めているのはミーナであった。既に瀕死の彼女が彼らの暴力に曝されれば、恐らく命はないだろう。
「めろ……。や、やめろッッ!!」
『ウルセ~!』
「っぐ!」
無理矢理立ち上がろうとしたその背に再び両足が突き刺さり、レオンはその場に潰される。
『イクゼ~!』
『キャホ~!』
その隙に、二体のチビニロはミーナ目掛けて突進していた。
「うわあぁぁぁ!ミーナ!ミーナァァァ!!」
レオンが叫ぶが、最早彼にもどうすることも出来ない。絶望の光景を見守ることしか許されていないのだ。そうしてチビニロたちは倒れて動かないミーナへとその凶刃とも言うべき腕を振り上げ──、
「うおぉぉぉぉッッ!!」
『ブギィッ!?』『ウゲェッ!?』
突然現れた男によって殴り飛ばされていた。
『ナ!?ナンダァ!?』
レオンの背を押さえるチビニロが、眼前の光景に声を上げる。
「…………!?」
レオンもまた、その光景を理解出来ずに息を飲んでいた。
現れたのは、黒い服に身を包んだ屈強な大男だった。
大男は唖然とした様子のレオンにちらりと目を向けると、口を開いた。
「私はトール!遅くなってすみません!我々も共に戦います!!」
『ワレワレェ……?』
「我々……」
チビニロとレオンの言葉が重なる。
ゆっくりと身を起こし振り返ったレオンは、そしてその光景を目の当たりにする。
「俺たちも行くぞォ!」
「うわぁぁぁ!こえぇぇぇ!!」
「魔神がなんぼのもんじゃい!」
「うぉぉぉぉ!!」
「俺たちの町を取り戻すぞ!!」
そこには、武器を手に続々と集う、フィーブの人々の姿があったのだった。




