フィーブ 『大決戦!魔神デルニロ ~その2~』
「デルニロ、なのか……!?」
呟くようなレオンの言葉が周囲に響く。皆も一様に固まっていた。
それはそうだろう。今全力で倒したと思った相手がいきなり自身の十倍の大きさになって復活したら誰だってビビる。俺だって、実物を見てそのあまりの迫力に言葉を失っているくらいなのだから。
『なんだァ?ボクちゃんの真の姿に声も出ないのかぁい?威勢が良かったのは最初だけみたいだネェ』
「何を──言ってますのッ!!」
デルニロの売り言葉に、いち早く反応したのはリューカであった。自慢のバトルアックスを振りかざし、巨大なデルニロの脚目掛けてそれを渾身の力で叩き付ける。
「────リューカさん!ダメ!そいつは──!」
遅れて俺が叫ぶも、その時には既にリューカはデルニロに攻撃を行っていた。バトルアックスがデルニロの右足首を捉え──、
──ギィン!
と、まるで金属同士が打ち合ったかのような音を立ててリューカのそれは弾かれていた。
「な────あ…………!?」
デルニロの体は、先程までは霧を固めて形作られたものだった。リューカが驚くのも無理はないだろう。
更に、その一撃で研いでいた筈のバトルアックスの刃が欠けてしまったことも、リューカの驚愕に拍車を掛けていたと言えるだろう。
「リューカさんっ!恐らく今の奴に物理的な攻撃は効きません!」
「そんな……!わたくしの斧が……。それじゃあ、ど、どうしたら……!」
先程までの戦法が通用しないと身をもって味わい、困惑するリューカ。それはレオンやバレナも同様であろう。ならば俺は、そんな彼らに道を示さなければならない。
「奴の弱点は必ず見付けます!だから皆さんは、どうにかして奴の右手を狙い続けて下さい。何でも構わない。とにかく奴の右手を自由にしないで!」
この無敵デルニロも、右手で魔法を操り左手で物理攻撃を繰り出すことは変わらない。それも、魔法に至っては行使してくる種類が格段に増えているのだ。先程の第一形態では火、水、土、風の四属性の魔法を使用していたが、この第二形態においては、雷、氷、闇、更に小さな多数のデルニロに分身する魔法等、とにかく多様な魔法を使用してくるのだ。
俺は一度デルニロの使う魔法を全て見てやろうと意気込んだことがあったが、恐らく全てを確認するまで八時間程コンティニューを繰り返す羽目になった。
それだけでも、どれだけ多種多様の魔法を覚えているかが分かるだろう。
そう。つまりここから先は、奴にいかに魔法を使わせずに耐えきるかという、言わば耐久戦なのだ。
俺の言葉を受けて、「ちっ」と舌打ちするバレナ。
「面倒強いるじゃねぇかよ!ああいいぜ。やってやらぁ!」
「やるって、バレナちゃんがどうやって攻撃するのよ!?」
未だ混乱の最中、困惑したようにそう口にしたのはウィズであった。確かに格闘家であるバレナはその名の示すようにゴリッゴリの近接格闘タイプだ。接近戦こそが彼女の本領であるとも言える。だからこの場のウィズの疑問は尤もなのだが、
「ああ、バレナはな」
その疑問に口を開いたのは、バレナ本人ではなくレオンであった。そしてそれと同時に、矢のような速さで何かが一直線にデルニロへと向かい、その右手に命中した。
『あてッッ!?な、なんだァ?』
そうしてレオンは誇らしげに口にする。
「石投げが上手いんだ。昔から。」
「へっへ。命中命中!」
デルニロを見据えて不敵に笑うバレナ。そう。彼女は近くにあった石をデルニロの右手へと投げ付けたのだ。
『こんな、こんなちんけなものでボクちゃんを──あいて!あ、いててっ!』
「石なんていくらでもあるぜ?デルニロさんよ……!」
『~~~~!』
余裕を見せていたデルニロの顔が怒りに歪む。正直言ってこの一連の流れには俺も驚いていた。──バレナにそんな特技あったの!?
ゲームでは投石なんて技はないから、俺もバレナとリューカには専ら防御しかさせていなかった。しかしこれでバレナが攻撃に参加出来るようになり、こちらの勝利はグッと近付いたと言えるだろう。
右手を封じている限りはデルニロに遠距離攻撃の手段はないのだ。
「おら!こっち来いやアホニロ!」
抱えられるだけの石を抱えたまま、バレナがデルニロを挑発して走り出した。警戒せざるを得ないデルニロも、そちらを追って動き出す。
他の人間を巻き込まない為に、自ら囮を買って出たのだろう。こちらも、何としても彼女の頑張りに報いらねば。
「レオンさん!あの、魔法とか使えますよね!?」
俺はレオンへと顔を向けると、興奮気味にそう口にした。
レオンは魔法剣士だ。バランスよく育成すれば、両方の良いとこ取りの強さを得ることが出来る。簡単な回復や、自身の強化などを同時使用出来るというのが、レオン・ソリッドハートのキャラクターとしての強さなのだ。逆にどちらかに一極化させようとしても、ウィズやリューカのステータスを上回ることは出来ないのである。
「……え?」
しかし。そんな俺の言葉を受けて、レオンは驚いたように固まっていた。あれ?なんかおかしなこと言った?
「お、俺魔法使うなんて言ったっけ?」
あっ!しまった。いつもゲームで当たり前に使ってたから、つい。
「ぇあ?あっ、以前ちらりと言ってましたよ。それで……」
「レオン、魔法使えるの?」
慌てて取り繕う俺の背後で、これまた驚いたようにウィズが目を見開いていた。え?ウィズも知らないの?え?つまりどゆこと?
「……………………」
思い詰めたように目を閉じて眉間にシワを寄せるレオンだったが、その目を見開くとデルニロに向けて手をかざす。
「大地に生まれ、生きとし生ける全ての命よ。全てを包む恵みの炎よ!今一つの形を作りて我が力とならん!」
レオンがその呪文を口にすると同時に、彼を中心として風が渦巻いていく。魔法を行使する際に発生する魔力風だ。そしてそれがレオンを中心に収束すると、果たして彼はその魔法の名を口にする。
「ファイア!」
勇ましい声と同時にその手のひらに真っ赤な炎が生み出され──、
そしてそれは、ポンッという可愛らしい音とともに消え失せた。
「────へ?」
「────え?」
「見ただろ?」
驚く俺とウィズを余所にレオンは小さく息を吐き出しながらそう答える。
「俺、実は魔法はてんでなんだよ……。師匠曰く、鍛えりゃ使えるようにはなるらしいんだが、俺は筋トレの方が性に合ってたみたいでさ……。恥ずかしながらご覧の通りだ」
こ、こいつ……!魔法剣士のくせに筋力全振りかよ!!俺でさえそんな脳筋縛りプレイなかなかしなかったぞ!?
ガッカリしている俺の反応に気が付いたのか、「見損なうんじゃねー!」とレオンは吠えた。
「魔法が無理でも出来ることはあるだろ!」
そうして止める間もなくデルニロに向かって走り出すレオン。はぁ!?あいつ遠距離攻撃もない癖に何するつもりなんだ!?
『煩いハエどもが~!!』
邪魔なバレナを蹴散らさんと左手を叩き付けるデルニロであったが、その手がギィン!と再度弾かれる。
『ぎぃッッ!?』
「っらぁッッ!!」
リューカが、無敵上等でバトルアックスを叩き付けたのだ。
打ち合う度に、彼女の自慢の斧の刃がこぼれていく。しかし、時間を作るためにあえて彼女はその道を選んだのである。
「ふんっ!!何度来ても、打ち返して差し上げますわよ!」
「上等だリューカ!」
その隙を狙って、更に石を飛ばすバレナ。しかし流石にデルニロもそれは読んでいたのだろう。
『そう何度も当たってやるかヨォ!!!』
右手を高く掲げて回避すると、間髪入れずにそこにエネルギーを集中させていく。
『そんなにボクちゃんの魔法が怖いんなら、今すぐ見せて──』
「デルニロ!」
『あん?』
足下から声を掛けられて、デルニロはそちらへと顔を向けた。そこにはデルニロへと剣を突き付けるレオンの姿があった。そして次の瞬間。
「閃光剣!」
レオンの持つ剣の刀身が、目を覆うほどの強い輝きを放ったのである。
『ぬぎゃあァァァッッ!?』
間近でそれを浴びてしまったデルニロは目を押さえて暴れ悶えるしか出来ず、魔力の集中どころではないだろう。
仲間との集合の合図に比べれば、これはよっぽど正しい閃光剣の使用法だ。
「──ここで閃光剣か。なるほど……」
「ミーナちゃん」
「ふぇ?」
感心して思わず呟く俺に、別方向から声が掛けられた。振り返った先で俺に強い目を向けているのはウィズである。
「右手に集中させないってことは、私の魔法を当ててもいいのよね?」
その言葉に俺が深く頷くと、ウィズはその場から駆け出した。魔法の有効射程範囲まで寄ると、デルニロの右手目掛けて魔法を撃ち放つ。
「【アイシクル・ソーサー】!!」
氷のカッターがデルニロの右手を狙い、そこにぶつかる。
『うっぎィィィィィィィィッッ!!』
それも、ダメージの通らぬ攻撃だ。しかし着実にデルニロの集中を阻害している。まるで思い通りに動けず、苛立ちから大声を上げるデルニロ。よしよし。いい兆候だ。
「っし。そろそろみんなの防御切れるから、張り直してくるわ」
そしてのタイミングで、傍らで戦況を見守っていたスルーズがそんなことを口にした。
ちらり、とこちらに目を向けるスルーズ。
「ミーちんは?」
「私は大丈夫です。それより皆さんをお願いします」
「おけ!」
そうしてスルーズが前線に移動すると、俺は改めてデルニロに目を向ける。
散々に皆に翻弄され、本来の力も発揮させて貰えないフラストレーションが溜まり続けているであろうデルニロ。
そんな彼にそろそろ、目に見える兆候が表れる筈なのだ。そして俺はそれを待っている。
「【サークルディフェンド】!」
スルーズによる防御結界が仲間たちに掛け直され、そうしてウィズの魔法、レオンの目潰し、バレナの投石が矢継ぎ早にデルニロに浴びせられていく。
どう贔屓目に見ても、こちらの優勢は揺るがないであろう光景がそこに広がっていた。
『ぐ、ぐががががッッ!!キサマらッッ!いい加減にしろヨォッッッッ!!』
そしてデルニロが何度目か分からない咆哮を上げたその時、遂にその兆候が表れた。デルニロの白塗りの顔が、ほんのりと赤みを帯び始めたのである。
(──来たっ!赤ニロ!)
これこそが勝利への布石。傍目には気付かぬ程度の変化を俺は見逃さず、そして声を上げる。
「ウィズさん!スルーズさん!こっちに!最後の作戦です!」
「──ミーちん!」
「──分かったわ!」
デルニロの対処を前衛三人に任せ、駆け寄ってくる二人。ここまで、何の問題もなく、順調な筈だった。何故って右手さえ封じていれば、デルニロに遠距離攻撃はないのだから。
……そう。ゲームではそうだった。
────。
ふと、そのことに強烈な違和感を感じて俺は顔を上げる。
そして、見てしまった。
こちらに向かって走るウィズ、スルーズ。攻撃の手を休めないレオン、バレナ、リューカ。そんな中でデルニロが、こちらへと目を向けていた。いや、正確には、ウィズへと狙いを定めているというべきだろうか。そしてその左手には、
「っ!」
左手には、人間大であろう巨岩が握られていた。
────投げる気だ。
俺は、馬鹿だった。バレナが投石による遠距離攻撃を果たしているというのに、どうしてそれがデルニロには出来ないと思い込んだのか。
デルニロが振りかぶる。駄目だ。ウィズが死ぬ。
その時俺は、何を考えていたのだろうか。……いや、多分何も考えてなかったんだろうな。だって気付いたときには走り出していたのだから。
「だめぇぇっっっ!!」
全力で疾駆し、驚いて固まるウィズに体当たりをぶちかます。
「え──?きゃあッッ!?」
いくら俺が小柄であろうとも、勢いのついた一撃はそれなりの威力にはなった様で。
ウィズは悲鳴を上げて数メートル吹き飛ばされていた。
──良かっ────、
しかし、考えなしに動いた代償を無くすことは出来ない。己の知識を過信した報いは、必ず受けなければならない。
「──っがッ!?」
ウィズへと目を向けた俺は、安堵することすら許されず、次の瞬間物凄い衝撃に襲われていた。
ぐしゃ、と嫌な音が頭の中に響き渡り、視界がぐるぐると目まぐるしく回転する。痛みも苦痛もそこにはなく、ただ衝撃だけがあった。
二度、三度と衝撃を受け、漸く止まった時、俺の視界には夜空が広がっていた。
◇◇◇◇◇
ああ、そうだった。
働かない頭を精一杯巡らせて、俺はこれまでのことを思い出した。
……本当に、自分が情けなくて嫌になる。あれほどゲームじゃないと言い聞かせていたのに。ゲームでは出来ない数々の行動を目の当たりにしてきたのに。
……どうやら俺は、ポカしてやられちまったらしい。
結局俺は、レオンたちの存在に安心して、どこかで舐めてたんだ。デルニロのことを。
「……ぅ………………」
声を出そうとしても、口が上手く動かない。いよいよ身動き一つ取れなくなり、俺は小さく呼吸を繰り返しながら天を仰ぐことしか出来なかった。
……寒い。どれだけ時間が経ってるのかも分からない。寒い。頭がぼーっとしてきた……。
寒い。寒い……。
────ふと、誰かがこちらを覗き込んでいるような気がした。
ぼやけた視界では、それが誰かということまでは分からない。何か一生懸命叫んでいるようだけれど、俺にはもう、聴こえない。
けど、どうしてかそれが、サラなような気がして、俺は口をはくはくと小さく動かした。
サラ、だめだよ。こんなところにいたら、あぶないよ……。
そうして、底のない沼に沈むように、俺の意識は闇の中へと溶けていくのだった。




