フィーブ 『大決戦!魔神デルニロ ~その1~』
魔神デルニロ。ピエロを思わせる外見やひょうきんな口調とは裏腹に、その趣味嗜好はどこまでも残虐で残酷だ。
(こいつが、みんなを。そしてサラを……)
『アハハハハァ!やややぁ?キミ、なかなか可愛いじゃなぁい!?』
ずい、とその巨大な顔を寄せて来るデルニロ。間違いない。ゲームで何度も何度も見た顔だ。見慣れているのだから、いちいち怖がる必要もない。──その、筈なのに。
は、早く、観察、しないと……、
「はぁ-、はぁ、は、ぁ……はぁ……」
呼吸が荒ぶる。同時に歯がカチカチと音を立てている。ああ、まずいなこれ。
本物のデルニロを目の当たりにして、どうしてか俺は恐怖に包まれてしまったらしい。
怖い、怖い怖い怖い……。
デルニロがその気になれば、俺の命なんて一瞬で消し飛ばせる。俺は実質、命を奴に握られているに等しい状態なのだ。その事実に、今更ながら俺は怯えていた。
『だんまりかぁい?それは好ましくないなァ。もっとぴぃぴぃ怯えてくれた方が好みなんだけれども』
「ぁ……ぅぅ……は、ぁ……」
駄目だ言葉が出ない。思考もまとまらない。ちゃんとやらなきゃいけないのに。ちゃんと……、あ、れ?何を、するんだっけ……。
恐らくその時の俺は、パニックに陥り掛けていたのだろう。真っ白になっていく頭に、
──デルニロを、倒せますか──
その言葉がよぎっていた。
「────っ!」
サラ。……そうだ。俺は彼女と約束した。約束したんだよ。デルニロを倒すって!
──誰一人、死んでいい子なんていなかったよ──
──私は生きたいと願う彼女たちを、死地に送ることしか出来なかった──
頭を、次々と言葉が通り過ぎる。ああ、と息を吐き出す俺。
ありがとうサラ、トール。もう大丈夫。落ち着いたよ。俺が為すべき事も、思い出したから。
『声が出せないパターンかァ。仕方がないなァ。こうなったら無理矢理にでも……』
「デルニロ、様……」
『おやァ?』
俺が声を発したことに驚いてか、デルニロは丸い目を更に丸くした。
『なんだ喋れたんじゃなァい!どうしてだんまりしてたのサ』
「申し訳ありません……。あ、貴方……様の神々しさに我を忘れておりました……」
実に苦しい言い訳であるが、デルニロはお気に召したようで、『ほほほォ』と歓喜の声を上げている。
『キミ、分かってるじゃなァい!やっぱりボクちゃん、神々しさが隠せないんだなァ』
食い付いた。単純野郎め。内心で舌を出しながら、俺は魔神へのおべっかを続けていく。
「と、特にその、右手?から、凄い力を感じます……。これは、魔力、でしょうか?」
『へへへェ~。そこまで分かっちゃう?大したもんだネ、キミ。そうとも。ボクちゃんの右手は魔法の右手なんだヨ。何でも出来ちゃうのサ。左手に関しては聞かないでくれると嬉しいけどネ』
その言葉に確信する。──やっぱりな。デルニロの能力は、ゲーム版クエハーと同じだ。
クエハーにおけるデルニロは、右手で魔法攻撃、左手で物理攻撃を繰り出す遠近共に隙のない強豪である。
ギルディアよろしく特定の倒し方は存在するものの、気を抜いたら普通に負けかねないくらいには、クエハーの中でも真っ当に強い相手だと俺は思っている。
「流石、ですね……」
『いやあ~。こんなに言われると気持ちいいねェ。け・ど・サ?』
その言葉とともに、デルニロの左手が俺の左腕を掴み上げた。片腕だけで宙吊りにされる俺。デルニロの所業を知っているだけに、一瞬で根元的な恐怖がぶり返して悲鳴が口から漏れそうになる。
「っ……」
『ボクちゃん、称賛よりも悲鳴が聞きたいんだよネ。キミ、ボクちゃんのファンみたいだし、協力してヨ』
腕、ちぎられ……、怖い怖い怖────っ
俺は思いきり、自身の舌を噛んでいた。……いっつ……。
口の端から血が垂れる。痛いが、お陰で思考はクリアになってくれたようだった。
「あの……、最後に、一つだけ、宜しいでしょうか……」
『……ここまでされて叫ばなかった奴は初めてだヨ。キミ、ホントにタフだね。何かな?』
俺を持ち上げたまま、デルニロが問い掛けてくる。俺は右手を腰のポシェットに回すと、その中にある玉に触れ、片手でシールを探ると剥がし取った。
そして、デルニロにこう告げる。
「調子に乗るなよデルニロ。お前はもう終わりだ」
『は?へ?』
急に豹変した俺の言葉について行けず、口をポカンと空けて間の抜けた声を上げるデルニロ。
その口の中に、俺は魔法玉を放り込んでいた。
『なっ?なんだァ!?』
「よく味わえよ。今までお前が悪戯に殺していった命の為にも、この町の為にも、お前はここでぶっ倒す!!」
そして俺の言葉と同時に、デルニロの口の中でマジカルボムが炸裂する。
『あ、あばあぁぁぁァァァーーッッ!!?』
爆音とともに目と口から閃光を放つデルニロに、「ざまあ見ろ!」と俺は吠えた。同時に空中へと放り投げられるが──、
あ、あれ?これ下祭壇だよな?結構滞空してる気がするんだけども。──もしかしなくても、ヤバい……?
そう思った次の瞬間、小さな衝撃と共に俺の体は受け止められていた。
「よくやった。間一髪だったな」
「レオン……」
その声、その顔に強烈な安堵感を覚えて俺は涙ぐむ。自分から言い出したことだけど、やっぱり一人は怖かったんだな……。と。
「と、とにかくだ。何か分かったか?」
俺を手早く立たせると、レオンはふいっとそっぽを向いてしまった。……どうしたんだ?
怪我でもしたのか……?
そう心配し掛けて、後ろから見る彼の横顔が赤いことに気が付いた。──あ!違うこれ!俺のエッチな衣装に照れてやがんだコイツ!
そう思ってよくよく見てみれば、デルニロとのゴタゴタで羽織っていた衣が吹き飛んでしまったらしく、今の俺は布面積が少ない扇情的な衣装に身を包んだ痴女のような姿になってしまっていたのである。た、確かにこれはレオンには刺激が強いよな……。いやそんな照れるなよ折角覚悟決めたのにこっちまで恥ずかしくなってくるだろーが。──って、それどころじゃないっ!
「分かりました!前衛のみなさん!奴の右手を狙って下さい!とにかく右手です!!」
俺はレオンと、周囲にいる筈の皆に向けてそう言い放った。
ここから先は躊躇している暇はない。時間との戦いなのだ。
「了解ですわ!!」
そんな俺の言葉に呼応して、暗闇から踊り出た一人の影が祭壇の灯りに照らされる。
「リューカさん!」
「ぜあぁぁッッ!!」
鎧に身を包んだ大柄なその姿はリューカであった。祭壇の石段を蹴って跳躍すると、手にしたバトルアックスをデルニロの右手へと叩き付ける。
ザシュ!と鈍い音がして、浮いていたデルニロは地上近くまで叩き落とされる。霧を噴き散らしながら、その手の甲には深い傷が刻まれていた。
『うっギイィィィィ!?なっ!?なんなんだお前はァ!?』
驚愕し叫ぶデルニロ。彼もまさか、自身が奇襲を受ける等とは思ってもいなかったのだろう。
これまでは全てが思うままだったもんな。全能の神にでもなったつもりだったか?残念だけどなデルニロ。今夜贄にされるのはお前の方だよ。
「もう一発っ!」
『ぐぎぎぎぃッッ!!不敬っ!仮にも神であるボクちゃんに不敬だヨッ!!』
デルニロに追撃を入れようと、リューカは再度バトルアックスを振り上げる。
激昂しながらも、それを受けてはまずいと理解しているのだろう。慌てて右手を退かせようとするデルニロ。しかしそれは許されなかった。
「逃げてんじゃねーよッ!!」
退いた先に待ち構えていたバレナの飛び蹴りが、右手に命中したのである。
『あぎゃッッ!?』
勢いよく蹴られたことにより、退く前の位置まで強制的に手を戻されてしまうデルニロ。そしてそれが意味することは。
「ぜえぇぇぇぇいッッ!!」
まるでデルニロがそこに来ると分かっていたかのようにバトルアックスが振り降ろされ、その右手を先程よりも深く切り裂いていた。
『ぎいぃぃぃぃィッッ!!こ、の!いい加減、にッッ!!』
リューカたちの猛攻に、デルニロは苛立ったような声を上げてその左手を振り上げる。
タイミングを同じくして、ウィズが俺に問い掛けてきた。
「私は、私はどうしたらいいのかしら?」
「ウィズさんは──」
動き出した戦況を目で追いながら口を開く俺。
「左手に魔法攻撃をお願いします!」
「オッケーよ!」
詠唱自体は既に済ませていたらしい。ウィズはその場で腕を突き出すと、デルニロ目掛けて声を張り上げる。
「【フレアバースト】!」
彼女の手のひらに生み出された炎の球は一瞬で肥大化すると、今正に振り下ろさんとするデルニロの左手へと撃ち出された。
『な、エ?』
横からの魔力を感じた時にはもう遅い。魔法で編まれた炎の球は、デルニロの左手に炸裂するとその場で爆発炎上したのである。
『しぎゃあァァァッッ!!?』
これが、俺のたどり着いたデルニロ攻略法である。強力な魔法を放てる右手に常にダメージを与え続けることによって魔法攻撃を阻止し、一方的にこちらが攻撃を加え続けるという戦法だ。
そうなれば当然左手による妨害が来るが、物理攻撃を主体とした左手の弱点は魔法であり、ウィズ一人で迎撃可能という訳である。
『ぐぐ、ぐぬうぅぅぅ!』
ここまで良いところもなく、デルニロは完全に押さえ込まれた状態であった。
……ここまでは、予定通りだ。
何度も言うが、対デルニロ戦の必勝法とは、デルニロに何もさせないこと。何せ全体魔法攻撃を一発でも受けてしまっては、その瞬間に戦況そのものをひっくり返されかねないのだ。
俺はここぞとばかりに口を開くと指示を出す。
「スルーズさんは切れそうなタイミングで全体の防御支援を!レオンさんは──」
俺の言葉にレオンがこちらへ目を向ける。俺は頷くと、言葉を続けた。
「レオンさんは高いところで待機!次に名前を呼んだら、奴の顔に攻撃して!目でも鼻でも口でも構いません!」
「了解だ!」
その言葉を待っていたのだろう。俺の言葉と同時に走り出すと、レオンは祭壇の段上へと駆け昇った。
そこからリューカたちの猛攻を浴びるデルニロを見下ろすと、素早く目線を動かしながらその位置にあたりを付ける。
「………………」
レオンは無言のまま、自身の剣を抜き放った。彼の愛用の剣。セタンタの武器屋で購入した鋼の剣だ。
そうして静かに時を待つ。眼下では、デルニロが怒濤の攻撃を浴びて発狂していた。
『あああ煩いんだヨォ!このボクちゃんをこんな目に遭わせやがってェェ!』
怒り狂った所で戦況が覆る訳ではない。翻弄されるように右に左に吹き飛ばされながら、右手を蹴られ、裂かれ、左手を魔法によって焼かれていく。
『チッ!クショォォォォ!!』
そしてすぐにその時は訪れた。デルニロが一際大きな声を上げるのと同時に、その両手が次々と黒い霧となって霧散したのである。
『あ、あ!?ボ、ボクちゃんの手があぁッッ!?』
未だかつてここまでの醜態を晒したことはなかったのだろう。デルニロはパニックになったように叫んでいる。
もう、身を守る術はない。俺はそこまでを見届けると、祭壇の上に待つレオンに向かって声を張り上げた。
「レオーンッッ!!今だっ!!」
「────」
こちらにちらりと目を送り、レオンは小さく頷く。そして息を吐き出すと、彼はその場から飛び降りる。
その目は真っ直ぐにデルニロへと向けられ、剣を構えたまま狙いを定めて一直線に飛び込み──。
『!?』
それと同時に、俺の声に驚いたデルニロがこちらへと見開いた目を向けてくる。──残念だったな。上だよ。
『一体何を──あ』
デルニロが何かを言い掛けたその時、その右目に剣が突き刺さった。
『ぎぃやあぁぁぁぁぁァァァッッ!!』
断末魔にも近い悲鳴を上げ、剣を突き刺されたデルニロの右目から霧が噴き出してくる。
『おのれッ!おのれおのれおのれェッッ!!』
その叫びと共にデルニロの体中が霧に変わっていく。完全にその姿が夜の闇に溶けると、レオンは支えを失って地面に降り立った。
「終わった、のか……」
「な~んでぇ。でかい口の割には大したことなかったな」
けっけっと笑うバレナ。戸惑いつつも弛緩した空気が流れそうになる中、俺は声を張り上げていた。
「まだです!!魔力反応が消えてません!!」
「っ!」
「なっ……!」
皆が息を飲む。そうだ。デルニロがこんな簡単に終わるような奴なら、そもそもフィーブはこんな風になってない。
風に巻かれて散った筈の霧が、一ヶ所により集まると再び形を作り始める。
攻撃を仕掛けようにも嵐のように吹き荒れる風に邪魔されて、近寄ることすらままならない。その間にも霧はその色と形を強めていき、次の瞬間には、そこに再びデルニロの姿を作り上げていた。
しかしその姿は先程のそれとは若干異なっている。今しがた倒したデルニロは手と目と鼻と口、それぞれのパーツのみで構成された姿だったが、今度は手がなくなり、その代わりに顔の輪郭が出来ていた。白塗りを思わせる真っ白な顔も相まって、よりピエロのような印象を与えられる。
「な、なんだ。驚かせやがって。さっきと変わんねーじゃねえか──」
バレナがフラグのような台詞を口にする。勿論それで終わる訳もなく。
そこから始まるデルニロの変化にバレナを含めその場の全員は言葉を失っていた。
『ボクちゃんをここまで怒らせたのはサァ』
くぐもった重苦しい声が、頭上より降り注ぐ。
『キミたちが初めてだヨォ!!』
そこには首から下の体が生え、身長十五メートル程の巨人となったデルニロがこちらを見下ろしていた。
これがデルニロ第二形態。フィーブの町の平和を賭けた、最終決戦の始まりであった。




