フィーブ 秘密の丘『二人の約束』
「どうぞこちらでお待ちを」
「失礼します」
正午を迎え、俺は昨日ぶりに町長の屋敷を訪れていた。
レオンが隣におらず一人ということで途端に不安に襲われたものの、勇者がいないので門前払いということもなく、秘書は昨日同様に応接室へと案内してくれた。
相変わらずそこは殺風景で、ソファーはあるものの目を向ける場所がなくて困る。
俺のいた会社の応接室に写真とかパネルとか飾ってあるの、自慢みたいで好きじゃなかったんだが。なるほどお客の目線として考えると、何もないというのも困りものなんだな。
いやこんな所で思い知ってももう手遅れなんだが。
「やあやあお待たせしました」
と、昨日よりも早いタイミングで町長ケーニッヒが登場する。昨日見た彼よりも心なしか楽し気な彼は、紙の束をテーブルに乗せると座るよう俺に促した。
「よろしくお願い致します」
「そんなに畏まらないでいいよ」
頭を下げる俺にケーニッヒが言う。いや、町長に畏まらないとかないから。
「まずは改めて、礼を言わせて欲しい。本当にありがとう」
「いえ、そんな……」
昨日のレオン宜しく困惑する俺だったが、俺の提案したことは町長にとってはそれほどの意味を持つ内容だったのだろう。
そう考えて俺は恐縮するのを止め、小さく頷くにとどめた。
「では早速で申し訳ないが、今日の君の動きを説明させて貰おうか」
そう口にすると、ケーニッヒはテーブルの上の紙を数枚手に取り、生け贄の流れについて解説を始めた。
「まず、町の大時計が十一を刻む頃にはこの屋敷に来ていて貰いたい。そして専用の装束に着替えたら、町の中央広間に向かってほしい。そこに祭壇があるので、その上で待機していて貰いたい。少なくとも、奴が姿を見せるまでは余計な動きはしないで貰えると助かる」
そこまで言い切った後、ゆっくりと息を吐き出すとケーニッヒは紙から目を離してこちらへと顔を上げた。
「何か質問はあるかい?」
「えっと、例えば装束をお借りして、宿で着替えて直接向かうとかは可能なのでしょうか?」
正直仲間との連携も考えると、単独で動きたくはないというのが本音である。そう問う俺に、しかしケーニッヒはハッキリと、
「残念だがそれだけは許可出来ない」
と口にした。
「生け贄の装束は、職人が毎月一着のみ仕上げているものだ。代えはない。それが、魔神から告げられたルールだからだ。だから持ち出したとして、万一君に不足の事態があって時間に間に合わなければ、それはこの町の終焉を意味するということだ。だから予定時刻までは衣装はこちらで預かっておく。もし時間に君が間に合わなければ、当初の予定通りラグリアの娘さんに着てもらう手筈になっているよ」
「────そう、ですか……」
ケーニッヒの言葉は、暗に俺が逃げる可能性をも含めた上でのものだろう。一見無礼にも感じるかもしれないが、その発想に至るのは当然のことだ。いくら勇ましいことを言ったとして、いざとなれば自身の命を惜しんで逃げようとする。それが、人間というものだからだ。
「だからこちらで着替えて貰った後、祭壇まではこちら側の監視役と同行してもらう。ただし今回は配置に就き次第監視役は下がらせるよ。君たちの邪魔になってはいけないからね」
「分かりました」
何とか彼の言葉を飲み込んで、俺は頷いた。ぎり、と、膝の上に置かれた拳に力がこもる。
今回は、と町長は言った。つまりこれまでは、監視役が生け贄役の側を離れることはなかったということだろう。
そして監視役という立場の人間がどういった役割を帯びているのかも、大体分かる。
──逃げようとする生け贄の拿捕。拘束。
だってみんな人間なんだ。理由もなく殺されるなんて受け入れられる訳がない。それも、未来ある若い少女たちにそんな運命を背負わせようとしているのだ。そりゃ、直前に怖くなって逃げ出したって当たり前だ。
けれど、それを許せば町は滅びてしまう。どれだけの人間が犠牲になるか分からない。
だから、例えどんな手を使おうと監視役は少女を祭壇の上に乗せなければならないのだ。少なくとも、その命が魔神によって食い散らかされるまでは。
……そんなの。地獄だろ。どっちも。
「……………………っ」
眩暈のような感覚を覚えてふらつくも、俺は頭を振って体勢を立て直した。――馬鹿。俺がそんなことでどうすんだよ。
「君、大丈夫かい?」
「あ、へ、平気です……」
俺が愛想笑いを浮かべて元気を装おうとしたその時、町長の背後からそっと近付いた秘書が彼に声を掛けた。
「町長……。ラグリア様ご一家が到着致しました」
「……そうか。ここまで連れてきて貰えるかい」
「かしこまりました」
「────ふう」
「っ」
俺は思わず息を飲み込んでいた。このタイミングで、サラと彼女の家族が町長の屋敷へと訪れたらしい。いや、そもそも町長が彼女たちをここに呼んでいたというほうが正しいか。ともかく、まだ心の準備も出来てないうちにサラと対面してしまうという事実に心がざわついて仕方がない。
──サラちゃんと会えるんだ。生きてる、彼女と。――けど。
矢も盾もたまらず、俺はその場に立ち上がっていた。
喜びはある。勿論だ。ずっと彼女と話をしてみたかった。けれど今は、それ以上に彼女に何を言われるのか分からないことが怖い。
しかしそんな俺の葛藤なぞお構い無しに、その瞬間は訪れてしまう。
「どうもケーニッヒさん。……そ、それで、その娘さんは?」
秘書に連れられて応接室へと入ってきた三人の男女。そのうちの一人、恰幅の良い中年男性が挨拶もそこそこにケーニッヒへと詰め寄った。
禿げた頭の両サイドから後頭部に掛けてモジャモジャとした茶色い髪が乗っかり、大きな鼻と立派な口髭が目立つ男を、勿論俺は知っている。
フィーブ唯一の牧場であるラグリア牧場の経営者にして、サラの父親でもあるダリオ・ラグリアだ。
「あなた」
「あ、す、すまん。つい……」
隣に立つ彼の妻に窘められ、ダリオは恐縮した。「良いんですよ奥さん」とケーニッヒ。
「誰だって子供の事となれば冷静でなどいられません。お話しの通りです。こちらのミーナさんが身代わりを申し出てくれまして……」
「君が……!」
急にケーニッヒから紹介され、俺はびくりとその場に飛び跳ねた。ダリオの目がこちらへと向けられる。
「あ、え、えっと、はい……。宜しく、お願いします」
とりあえず頭を下げる俺だったが、ダリオはそんな俺にずんずんと近付くと、両手をしっかと握ってきた。
わっ!?あいっ、いたたっ!?ちっ、力強っ!
「本当に、本当にありがとう!!」
「私からも、どうかお礼を言わせて下さいね。……ありがとう」
ダリオも、彼の妻であるエリシアも両目に涙を浮かべて俺への礼を口にする。ゲームでは、塞ぎ込んだ姿、そして魔神討伐後の「娘の仇を打ってくれてありがとう」という台詞しか知らない彼らだけに、こうして生きた感情をぶつけられて俺は少なからず困惑していた。
「あ、あの、そんな……」
「ありがとう、ありがとう」
ひとしきり手を握られた後で、ダリオは俺の手を離すと彼の背後へと振り返った。
「サラ。お前からも」
「っ」
その名前を受けて、必然的に目がそちらへ向けられてしまう。そして同時に、今まで自分が意図的にそちらから注意を逸らしていたことに気付かされる。
サラ・ラグリア。母親譲りのプラチナブロンドを肩口まで真っ直ぐに伸ばした少女の目が、真っ直ぐに俺を捉えている。青い宝石のような瞳に見据えられると、俺の浅はかな心など見透かされているような気分になる。
「私からも紹介させてほしい。こちらはサラさん。娘の友達だったお嬢さんだ」
「はじめまして。サラ・ラグリアです」
俺の前に歩み出た彼女がそう名乗る。彼女の姿を見るとどうしても引き裂かれた姿が浮かんでしまう俺は一瞬言葉を詰まらせるが、
「あ、ど、どうも。ミーナです」
と間をおいて名乗りを返した。
こうして面と向かい合って初めて、彼女が均整の取れた顔立ちであることが分かる。
……この娘が、この娘がサラちゃん……。
ほとんど初対面に近い彼女に抱いた第一印象は、“冷静”だった。
彼女の瞳に、贄から解放されて命が長らえたことに対する喜びの色は見えない。怒りも悲しみも、何一つ感じさせることなく、その目は真っ直ぐに俺へと向けられている。
「……っ」
思わず息を飲む俺に、サラが口を開く。
「デルニロを倒せますか」
「────え?」
「確実に、デルニロを倒せますか?」
つとめて冷静に告げられるその言葉にも、一切の感情の色は見えなかった。その心の在処を見せぬまま、サラは言葉を続ける。
「これまでも沢山の町の人、兵隊、冒険者の方々がデルニロに挑みました。けれど誰一人として、かの魔神を倒せた者はいません。その度に多くの血が流れ、命が奪われ、町が傷付いただけでした」
淡々と、事実だけを述べているかのようにサラは言う。だというのに、その言葉の奥底に潜む気迫に、俺は圧倒されそうになっていた。
「だからもう一度言います。──魔神デルニロを、倒せますか」
サラちゃんは、俺の言葉を待っている。ええいくそ!俺は何のためにここにいるんだ。彼女を安心させる為だろうが。だったら動揺してる場合じゃない。
小さく深呼吸をすると、気持ちを落ち着かせ、彼女と同じようなトーンで俺はこう告げた。
「──はい。倒します。その為に来たんですから」
「────」
俺の言葉にサラは目を開くと、「──分かりました」と頷いた。
「では、私たちに出来ることがあれば言って下さい。家は牧場ですから、牛や豚であれば出せますので」
「そ、そうだとも」
一応、先程の言葉を信じては貰えたのだろうか。家畜の使用を提案するサラに、ダリオも追随する。
「魔神を退治してくれるとあっちゃ、協力は惜しまんよ。何でも頼ってくれ」
「あなたそんな。私たちの今後はどうするの」
「魔神がいる限り俺たちに今後なんかないだろうが!」
「っ」
苦言を呈する妻を一喝すると、ダリオは改めてこちらへと向き直る。
「あんたは俺たちの恩人だ。恩には報いるのが筋ってもんだろう」
「あ、ありがとうございます」
デルニロを倒さなければ未来はない。それはこのフィーブの町の人々の総意だろう。ダリオの言葉に、俺の心も熱くなる。
……けど。
彼らの気持ちはとても嬉しいし、励みにもなる。けど残念ながら、俺たちに牧場の支援を受けているような時間の余裕はないのだ。
「今回は、お気持ちだけ頂きます」
故にそう口にして微笑む俺であったが、
「いやそう言わずよ。牧場だけでも見ていってくれや。な?な?」
どうにもダリオは諦めない様子。このタイミングでそんなに牧場を見せたいのはどうにも不思議である。
……いや、こんな緊急事態でもなければ喜んで着いて行くのになぁ。
現世でも本物の牛を見たのなんて小学校の移動教室くらいだったし、牛舎とか行ってみたいじゃん。
けれど今はそれどころではないのだ。残念ながら。
「あ、あの。私、一度皆の所に戻らないといけないので……、申し訳ありませ──」
「なんだとッッ!?」
「ひッ!?」
急にダリオが怒声にも近い大声を上げたので、俺は思わず悲鳴を上げてしまった。だって恐いじゃん!急に怒鳴るおっさんは社会人の天敵なんだよぉ!
「な、なに言ってるんだ!?戻る!?駄目だそんなこと!」
「ぇっ?えっ?」
急に分からないことを叫び出したダリオが、俺の腕を力強く掴んできた。
「ぃっ……!」
先程の握手とは比べ物にならない力に、苦痛を感じて顔が歪む。抵抗しようと力を入れても地力が違いすぎてびくとも動かない。
「ゃ、め……」
「お父さんっ!」
その時、応接室に凛とした別の声が響き渡った。俺もダリオも、その場の誰もが声の方向へと目を向ける。
怒りの形相を自身の父へと向けているのは、サラだった。
「お父さん離して!」
「ぉ、おお……」
娘のあまりの剣幕に思わず手を離すどころか両手を上げてしまうダリオ。
サラは怒声が飛び交い完全にすくみ上がってしまった俺の手を取ると歩き出した。
「ミーナ、行こ」
「ぁ、ぇ?」
「ケーニッヒおじさん。ちょっと外行きますね」
サラの言葉に、これまで静かに成り行きを見守っていたケーニッヒが、「ああ、いいよ」と手を振って応える。
混乱の極みにいる俺は、彼女に手を引かれるままに歩き出していた。
助かった……のかな……?
町長の屋敷を出て、目的地も分からぬままに俺は手を引かれたまま歩いていく。隣には、鼻息荒く歩いているサラの姿がある。
「……あの、サラちゃ」
「サラ、でいいよ。私もミーナって呼ぶから」
「う、うん……」
そう言われてしまうと、逆に話し掛けづらくなるものだ。そのまま無言で進む俺たちであったが、ややあってサラは俺の手を離すと、小さく呟いた。
「ごめんね」
「…………ぇ?」
「腕」
言われて自身の左腕に目を向けると、先程強く掴まれた部分が、指の形の痣になっていた。……余程の力だったんだろうな。
「お父さん、普段はあんな人じゃないんだよ。……だけど」
申し訳なさそうに目を伏せているサラに、俺はううん。と首を横に振る。
「大丈夫。サラちゃ……、サラのお父さんの気持ち、私にも分かるから」
「……気持ち?」
「私がもし帰っちゃって、そのまま逃げるかもって思ったら、怖かったんだよ。サラのこと、すっごく大事に思ってるんだね」
育ててきた自分の子供が殺されることを受け入れられる親なんている筈がない。サラの両親にとって俺の身代わりは、最後に降って湧いた希望なんだ。何があっても手放したくないと思うのは不思議でも何でもない。
三十代だった俺に子供はいなかったが、もしもいたなら、この世界を楽しもうなんて気にはなれなかったかもしれない。それくらい、親が子を想う気持ちってやつは強いんだ。……きっと。
「……………………」
俺の言葉に、思うところがあったのだろうか。サラはこちらに背を向けると、自身の胸をぎゅう、と押さえていた。
「……サラ?」
「ごめん。ちょっと、苦しくなっちゃった。だって私、親不孝ものだから」
そう口にして歩き出した彼女の斜め後ろに、俺は付いていく。ぽつり、とサラは語り出した。
「今、このフィーブの町にはね。若い女の子って、もう殆ど残ってないんだよ」
「──ぇ?」
「みんな、町の外に出ていっちゃった。……当然、だよね」
そりゃ、この町にいれば生け贄に選ばれることが確定しているのなら、留まる理由がない。……けれど。
「そう、なんだ……」
「私ね、この町が好きなの」
静かに歩きながら、サラは言う。
「通りを行き交う人々も、いつも時間を知らせてくれる大時計も、本屋も、学校も、掃除しているクランおじさんも、パン屋のマールおばさんも、友達も、牛も豚も、お父さんもお母さんも弟のアベルも、この町の全部が好き」
様々な感情が入り交じった表情でそう告げる彼女の横顔は、とても美しかった。
歌うようにそう口にする彼女の言葉に、しかし俺は口をぎゅっと結んだ。受け入れたくなかった。だって。だってさ。君の両親も俺も、それでも君に生きていて欲しいんだよ。
「……サラは、逃げようと思わなかったの?」
俺がいなければ、デルニロに引き裂かれる運命を背負っているサラ。
何故を問う俺に彼女は前を向いたまま、
「――思ったよ」
そう小さく呟いて、それ以降は口を閉ざしてしまった。
◆◆◆◆◆
「着いた」
それから二人とも無言のままもう少し歩き、たどり着いた場所は小高い丘の上だった。
「ここは……」
「ここはね。この町が一望出来る場所なの。ユリアとよくここで遊んだ、私の一番好きな場所」
弾むように言うサラの言葉を受けて、俺は小さく頷いた。
「そうなんだ」
彼女の示唆に従って丘から町に向かって目を向ける俺であったが、どうにも天気が悪いのか、白いもやに包まれているかのように町はぼやけて映っていた。
「あ、えっと、その、今日は霧が……」
「ううん」
サラは首を横に振る。
「この一年、ずっとこうなの。魔神の影響なのか、町そのものが薄い霧の中に閉ざされてるの。気付かなかった?」
「ぜ、全然……。そうなんだ……」
霧は、恐らくデルニロの魔力の副産物のようなものだろう。それがどのような効果をもたらしているのかは分からないが、良いものでないことは確かだ。
「嫌なことがあったりしたら、私もユリアもここに来て、町を眺めてたの。それだけで、心が楽になるような気がしたから。」
──また、その名前……。
「ごめん。ユリアさんって?」
「──私の、一番の友達だよ」
顔を上げ、何処か遠くを見つめるような仕草をしながらサラが答える。
「ユリアは美人で頭もよくて、何でもてきぱき出来るような凄い娘なの。曲がったことが嫌いで、困ってる人を見過ごせなくて、それで自分が損をしても笑ってるような、そんな娘」
「す、凄い人なんだね……」
「うん。ユリアは凄いの。責任感が人一倍強くてね」
聞くだけでもしっかりした人物像が浮かんで来るユリアさんは、本当に凄い人なのだろう。
嬉しそうに鼻を鳴らすサラ。そして彼女は小さく息を吐き出すと、
「だから一番最初に死んじゃった」
と寂しそうに笑いながら口にした。
「────ぇ、ぁ」
声が震える。最初って、それは。
サラが彼女の左へと目線を移動させる。無意識にそれを追った俺は、見てしまった。
「ユリア・F・オオグ。デルニロに最初に殺された、私の親友」
彼女の口にした名が刻まれた墓標が、そこに立っていた。
──町長の、娘さん──。
デルニロの最初の犠牲者が町長の娘であることは間違いない。そして町長もサラのことを、娘の友達だと紹介していた。じゃあ、この人が。
「――――っ」
その光景に圧倒されて、思わず息を飲む。一つではない。合わせて十を数える墓標がそこに並んでいた。それが何を意味しているかなぞ、今更考えるまでもないだろう。
「ユリアの意思なの。自分は骨も残らないかもしれないけど、せめてこの場所からみんなのことを見守っていたいって」
そして彼女の死後、他の女の子たちもその意思に続き、この場所に自らの墓を遺すことを望んだのだという。
「私も、それに続くつもりだったんだけどね」
思い詰めたような表情でサラはそう口にする。俺は、掛ける言葉を失ってその場に呆然と佇んでいた。
墓標の名前を一つ一つ丁寧に眺めながら、サラは言葉を紡いでいく。
「アンジェリカとリンダは、家が近かったからよく知ってる。アンジェリカはとても大人しい娘だったけれど、編み物が大好きで一度作り始めたら何時間でも没頭していたの。リンダは活発でスポーツが大好きな女の子で、いつも男の子たちに混じって泥だらけになってた。でもボーイフレンドが出来たって凄く嬉しそうにしてて……」
「…………」
「他の女の子のことは知らないけれど、これだけは言える」
真っ直ぐな青い瞳が俺を見据える。呼吸さえ忘れてしまった俺に、サラはそしてこう告げた。
「誰一人、死んでいい子なんていなかったよ」
「────っ、っ……」
気付けば俺は、その場に膝を着いて嗚咽を漏らしていた。押さえても、涙が溢れて止まってくれない。
デルニロの生け贄となった十人の少女については、俺も知識としては勿論持っている。
可哀想だとも思う。けれどどうしてもそれをどこか、実在しないものとして考えてはいなかっただろうか。
ゲームのイベントを盛り上げる要素として見てはいなかっただろうか。
そんな甘い考えを砕くように、目の前の光景は無情な現実を突き付けていた。
そこにあるのは明確な死だ。確かに少女たちは生きていて、そして理不尽に命を奪われた現実だけがそこにはある。
「私、私……」
この世界はゲームじゃない。そう考えていたつもりだったのに、心の何処かで俺はゲームの延長だと思っていたのではないか。その事実をまざまざと突き付けられた気がした。死んでいった彼女たちは、もう帰ってはこない。どうあっても助けられないのに。
「っ……ひぐっ……」
それが堪らなく悔しくて、気付けば俺は声を上げて泣いていた。
サラが、そんな俺へと目を向けて口を開く。
「……泣いて、くれるの……?」
違うよ。サラ。これは君の思ってるような涙じゃないんだ。
「ありがとう。私の涙はもう、渇れ果てちゃったから……」
そう口にする彼女に俺は優しく肩を抱かれ、そうして時間が流れていった。
◆◆◆◆◆
「どうして、ここを教えてくれたの……?」
二人で横並びに座りながら、俺がサラに問い掛ける。だってそうだろう?俺にとってはサラはよく知る存在だが、彼女にとってのミーナは初対面だ。
だからサラがどうして自身の一番大切な場所を教えてくれたのか、俺には分からなかった。
「貴女が、デルニロを倒すと言ってくれたから」
俺の問いに、サラはそう口にした。
「もう町の誰もが諦めて、緩やかな滅びを受け入れていて……。そんな中で、貴女たちが来てくれて、嬉しかった。……だから」
そこまで口にして言葉を区切ると、サラは膝を抱えて俺へと顔を向ける。
「ごめんなさい。貴女を傷付けることになるって、分かってたけど。それでも、どうしても知ってもらいたかったの。必死に戦っていた彼女たちのこと。──火は、今尚燃え盛っているんだってことを」
「────うん。分かった。……伝わったよ。みんなの想い」
サラの言葉にそう答えると、俺は膝を抱えたまま空へと目を向けた。
魔神デルニロを倒す。少し前まではそれをゲームの攻略のように考えていた。しかし今は違う。
町を守るため、──そしてこの町を守った彼女たちの魂の安らぎのために、奴を絶対に許さない。許しちゃいけない。
これはそういう戦いなんだ。
「ミーナ」
「……なに?」
「これ、受け取ってもらえる?」
「――え……。これって……」
サラから渡されたそれは、一振りの短剣だった。
「私もね、ただで殺されてやるつもりなんてなかったの。刺し違えてやるってね。無駄かもしれないけど、一矢報いれたら素敵じゃない?」
「…………そう、だね」
「だからこれを、貴女に託したいの。……あ、別に刺し違えろって意味じゃなくてね?こう、心を託す的な……。ああなんかこう難しい……」
「大丈夫。伝わってるよ」
優しく短剣を撫でながら、俺は彼女へとはにかんだ。
「……そっか。良かった」
サラも、初めてその顔に小さな笑顔を咲かせる。ああ、笑うとこの娘はこんなに可愛いのか。
サラが口を開く。
「──ミーナ。約束して」
「デルニロを倒すってこと?」
「ううん。そうじゃなくて。──絶対に、死なないでね」
「────うん。……約束する」
そうして、秘密の場所で俺たちは、二人だけの約束を交わすのだった。




