フィーブの宿屋 キャンバル『決意と記録と自由行動』
結果から言うと、そりゃあバレナには怒られた。
ガチ切れされた。
「だったらその役はアタシがやる。お前よりは動けるだろ」
散々に怒鳴った後でそんなことを言い出したバレナを、町の為、勝つ為だと俺は何とか説き伏せる。説得の内容は前回町長に語ったものと変わらないので割愛するが、何度も説明して、「ぐぬぬ」とバレナを押し黙らせることには成功していた。
「そ、それでしたらわたくしが代わりになりますわ」
次いでリューカもそんなことを言い出すが、
「てめぇのようなでかい生け贄がいるか」
「んまぁ~!」
とのことで、その後はいつも通りのリューカバレナ間で喧嘩が勃発して俺は一安心した。
吹き飛ばされたバレナがテーブルに突っ込んで食器を崩し、弁償費が発生したので何も良くないのだが。
「しかしまぁ。考えたこともそうだけど、それを町長に直談判とか。大それたことするのね、貴女」
若干引き気味にそう口にするのはウィズである。まあ、それはそうなんだけどさ。
「まあ、そうしないと実現出来ないですし」
暖かいコーヒーをちびちびと飲みながら、俺はそう答える。……ああん、にがぁい……!砂糖がっ、砂糖が恋しいよォ……。
でもケーニッヒ町長がすんなりと呑んでくれたお陰で、スムーズに事が運びそうなのは良かった。ゲームにはない展開だし、そこで一悶着あるかもと覚悟はしていたからな。
「ま、ともかく明日はそういうわけで町長の屋敷に行ってきますので。終わり次第こちらに戻りますからね」
そう口にすると、これ以上の問答を避ける為もあるが、他の皆の反応を待たずして俺は二階の宿泊部屋へと引っ込んだ。
「あ!おい!ミーナ!?」
ちなみに説明しておくと、今回の宿は、フィーブの町外れにある宿屋【キャンバル】。店内はお世辞にも清掃が行き届いているとは言いづらく、簡素で寂れた空気を醸し出しているような小さな店だ。
一階には大人数が集まり食事が出来るスペースがあり、飯屋も兼ねているという点ではオーカン亭と一緒なのだが、その雰囲気やクオリティには申し訳ないが天と地程の差があるようだ。
あまり積極的に利用したいとは思えない施設ではあるのだが、今は開いてくれているだけでありがたいと言えるだろう。
何せ今回の魔神騒動が知れ渡った影響で、フィーブから出て行く人間はいれど、わざわざここに訪れようという人間は殆どいなくなってしまったのだ。……そりゃ、魔神のいる町なんて行きたくないわな。
しかし、旅客がいなければ宿泊施設が意味を成さないのも事実であり、フィーブでは殆どの宿屋が今は店を閉めているのである。町長も、流石にそれを強制させることは出来なかったらしい。
そんで、町長の屋敷を使って欲しいと言われたレオンだったが彼はそれを断って、この時勢に店を開けてくれているキャンバルに金を落としたい、とここに滞在しているという訳なのだ。
しかし、店によってこんな格差があるとかゲームじゃ分からなかったな。流石に食事の味とか出て来ないもんなぁ。
「……………………」
待てよ……?
と、そんなことを考えていた俺の頭に、突如として閃くものがあった。
つまり、今俺はどんなプレイヤーも味わう事の出来ない濃密で解像度の高いクエハー体験をしてるって事だろ?だったらそれを纏めないでどうするよ!?
なのである。人の記憶とは儚いもので、簡素なものなら数分ともたず、焼き付くような濃厚なものであっても、数年もすれば色褪せて穴が空いてしまったりする。
だからこそ人は、それを記録に纏める必要があるのだ。
俺は自身の荷物を漁ると、スルーズから渡された白紙の本を開いた。『ミサンガサギゆるせない』の文字が見えて若干水を差されるも、気にせず俺はペンを取り出した。
『各町の評価』と記し、その内容としてフォスター、ジークス、ドーザ、フィーブと俺が今まで滞在した町の詳細、料理の良し悪し、酒場や宿屋の印象などを細かく記していく。オーカン亭はとにかく美味かった……。
「…………」
ここまでの記録をあらかた書き終えたところで、ふと俺は手を止めた。
魔神と戦うってことは、そういうことなんだよな……。
これは別に今に始まってことじゃない。ジュエルベアーに襲われた時も、ギルディアと対峙した時も船長に迫られた時も、ブラックウルフに囲まれた時も同様に思った事だ。
――――この世界は、気を抜いたら死ぬ。
その後にコンティニューが出来るかどうかなんて分からないし、試す気もない。過酷なこの世界で、レオンたちは命懸けの旅を続けている。
俺はここに、何のために呼ばれたのか。ギルディア戦を経た今なら何となく分かる。
──彼らを勝たせる為だ。魔王を倒すレオンたちをサポートし、あらゆる初見殺しや冒険を阻む壁から、彼らを救う為に俺はここにいるんだ。……多分。
ならば俺は最後まで死ぬわけにはいかない。いかないのだけれど、この脆弱な身体だ。明日どうなるかなんて分からない。
「……………………」
だから俺は白紙の本のページをめくると、そこにこう文字を綴り始めた。
『みんなの為のクエハーメモ』
書くべきことは決まっている。町のこと、人のこと、武器や防具やアイテムのこと、魔族のこと、魔王軍のこと、魔物の弱点とその倒し方、ありとあらゆるクエハー知識をそこに記すのだ。
どれだけ掛かるかは分からないが、それでもやるべきだと思った。
──まずは、デルニロの攻略法から……。
「よーす。何書いてんの~?」
「わひゃあっ!?」
肩口から声を掛けられ、俺は悲鳴とともに本を思いきり閉じていた。なんてこった。いきなり出鼻をくじかれてしまった。
「隠すことないじゃーん」
そう口にしてけらけらと笑うのは、ご存知スルーズである。
「い、いつからそこに!?」
「別に~?今来たところ。で?で?なに書いてんの?」
「教えませんプライバシーの侵害です」
きっぱりとノーを突き付けると、ちぇ、と舌を出すスルーズ。
「まあいっか」
二つの団子に纏めた髪を解きながらあっけらかんと口にする彼女の姿に、思わず俺はどきりとする。
髪鋤いてるだけで絵になるとか正直ずるくない?
「けど、意外でした。正直スルーズさん……スルーズは最後まで下にいると思ってましたけど」
「悪いけどあーしもそんないつも飲んでる訳じゃないんよ」
いやいや、いつも飲んでるやん。
「っさいなぁ。それよか。なんであんなことした訳?」
「あんなこと?」
「生贄だなんだってヤツ」
「いや、だからそれはさっき話したじゃないですか」
バレナを説得するという名目で、さんざん説明したぞ俺は。もう一度話すのは流石に嫌なんだが。
「あれで納得して貰えないと困るんですけど……」
「んー」
しかしスルーズは、腕を組んで訝しむような顔を向けると、苦笑と同時にこう口にした。
「いや、あれは十分な理由だったよ。うん。でもさ、それだけじゃないっしょ?」
見透かすようなその瞳に俺は目を閉じると、はぁ、と嘆息する。この人は本当に敵に回したくないなぁ。
実のところ、本心は違う所にあった。申し訳ないが今まで話していたのは、それらしい建前だ。けれどバレるなんて思ってもいなかった。おくびにも出していなかったのに。
「ミーちんは、まあそうかもね。でもミナミくんとしての理由があるんでしょ?」
ああ、そうだったな。この人は俺を知っちまってるんだ。
「はあぁぁぁぁぁー……」
精一杯の抵抗の印として溜息を盛大に吐き出す俺。スルーズはそんな俺に目を向けたまま、「で、あるんでしょ?理由」と繰り返した。
駄目だなこれ。話すまで見逃してもらえそうにない。
「…………まあ、ありますけど」
「やっぱか。理由、教えてもらえる?」
「ええと……」
どうしたものかと躊躇する俺であったが、スルーズはそもそも全てを話した相手である。今更隠す必要もないのかもしれない。
そう考えると、俺は意を決して口を開いた。
「サラ・ラグリア」
「へ?」
「サラ・ラグリア。明日、私が代わらなければ生け贄にされていた少女の名前です」
その名を口にしようとすると、自然と口が重くなる。
「私の世界のゲームでの彼女は、魔神デルニロに殺される為だけに存在しているキャラクターでした。立ち絵もなく、ちゃんとした台詞もなく、ただ死ぬためだけにそこにいる。手足を引きちぎられ、泣き叫ぶ様を嘲笑されながら彼女の生は終わるんです。そしてその直後にレオンたちが駆け付けて、デルニロとの戦いが始まる。酷い話ですよね」
「………………」
スルーズは何も言うことなく、俺の次の言葉を待っている。ふ、と小さく息を吐き出した。
「私はそれだけは嫌いでした。サラにだって夢も希望も人生もあったのに、それを踏みにじる運命を、許せないとさえ思う。
……だから、絶対に助けたいんです。彼女のことを」
ってぇ!俺なに言っちゃってるわけ!?
こんな歯の浮くような言葉を吐いておいて、レオンにかっこつけなんて言える立場じゃないよな。そもそも南信彦が考えていたのは、そんな高尚な動機じゃなかっただろうが。
言い切った後で、気恥ずかしい空気に耐えられなくなった俺はスルーズに顔を背けると、口をもごもごと動かした。
「あ、いやその。ホントはですね、サラちゃんどんな娘なんだろうなぁ。助けたら仲良くなれないかなぁ。……とか、そんな理由だったりするんですケド……」
「どっちも一緒でしょ」
話を聞き終えてスルーズは、はぁ、と息を吐き出しながらそう口にした。
「結局その子を助けたいからって危険に頭突っ込んでる訳じゃん。ミーちんさ、そーいうとこ結構お馬鹿だよね」
「へぇっ!?」
「でも、そんなキミだからさ、……手伝ってやんよ」
仕方ないなぁ。と笑いながら、スルーズは言う。
「力を貸すよ。ミーちん。うん、あーしはキミに協力する」
「ス、スルーズぅぅぅ~!」
「あひゃひゃその顔なんだし!」
涙目になって顔を歪ませる俺を、スルーズが笑う。し、仕方ないだろ。ここは俺にとって夢みたいな大好きな世界だけれど、それでも怖かったんだから。
「お願いします」
「ん。がんばろ」
そうして俺たちは互いの顔を見て小さく頷くと、拳をコツンと合わせるのだった。
◆◆◆◆◆
翌日になって俺はレオンに呼び出された。
「とりあえず魔神との戦いについて昨晩まとまったことだが」
レオンは小さく鼻を鳴らすと、真面目な顔でそう口にする。
「お前が昨日言ってたのは、魔神は強いから、普通に戦っても敵わないかもしれない。だから自分が生け贄の役をやることで魔神の弱点や対策を見極め、その場で作戦を立てるって話だったよな?で、それから俺たちが動くと」
「ん。まあ、そーゆーことですね」
むむむ。と俺の言葉に目を細めると、レオンは腕を組む。そして何事かを考えた後で目と口を開いた。
「随分と綱渡りな話だが、ギルディアとのこともある。多分そうするしかないんだろうってことは分かってるよ」
「……そうですか」
「だけど危ない目に合わせないように最善は尽くす。それだけは、分かって欲しい」
「────はい」
分かってるよ。お前がそういうヤツだってことはさ。
俺が頷くと、レオンは安心したように息を吐き出した。
「それだけだ。後は夕方に皆でもう一度集まった時に最終ミーティングをするけど、それまでは自由時間にしようと思う」
「……そっか」
昼からは町長の屋敷に行かねばならない俺としては、皆に気兼ねしなくて良いのでありがたい提案である。
「レオン……さんはどうするんですか?」
「俺は、夜に向けて鍛練でもするかな。バレナもそうするらしいし」
俺が聞くと、レオンは苦笑しながらそう口にした。途端に不信感増し増しな目をレオンへと向ける俺。
「お前魔神戦で役立たずにならないだろうな!?」
「なんだよ失礼だな」
前科持ちなんだよお前は!危うく狼に食われ掛けたんだからな!?もっと反省して欲しい。
俺がそうまくし立てると、
「分かった分かった」
と、正直信頼出来ないような困り顔でレオンはそう答えるのだった。
◆◆◆◆◆
さて、夕方までは時間があるということで、パーティはそれぞれ自由な時間を過ごすことになった。
リューカは自身のバトルアックスの手入れ、ウィズは手近なカフェで瞑想をするとのこと。スルーズはよく分からないが、恐らく酒場に行くのだろう。
そして俺はと言えば、フィーブ近くの雑木林にいた。
「っらぁッッ!!!」
隣では、木々に囲まれたその場所で、空中に拳を突き出す女の姿がある。バレナだ。俺は今、彼女の鍛錬の見学に来ているのだ。
「ッッ!!」
空中のある点、正確に一点を狙って突きを繰り返すバレナ。その所作に無駄はなく、空に放たれた拳は風すら容易に切るほど鋭さを増していた。
……まじですっげえな……。
「――――ふん」
ひとしきり体を動かしたバレナは、一本の太い木に体を向けると貫手を放つ。まるで紙を突き破るかのようにサクッと幹に差し込まれた指。彼女はそれを引き抜くと、素早く反対の手で貫手を放つ。
「シッ!シッ!シッ!」
そんな行動を何度も繰り返していると、あっという間に木の幹には大量の穴が開けられていた。
「だらららららァッッ!!!!」
そして、穴の少し下を目掛けて何度も蹴りを打ち込んでいくバレナ。 その度に木は、細かい木片を飛ばしながら細くなっていく。 削られ、細くなった木はついに自重に耐えられなくなり、バサバサと大きな音を立ててその場に倒れ込んだ。まるでバレナの頭上だけが別空間に移動してしまったかのような異様な光景。それを彼女は、ものの十数秒で作り上げてしまったのである。
ふぅー…と一息つくバレナ。気を張った状態から一転してリラックスした状態になる。僅かな休憩の後、彼女はこちらを向くと声を掛けてきた。
「で、こんなもん見てどうするつもりだよお前」
「いや、私も少しくらい戦えればと思って、その、参考にと思ったんですけど……」
無理でした。人間業じゃないです。俯いてそう告げる俺に、はっ、と笑うバレナ。
「そりゃ当たり前だろうが。人には出来ることと出来ないことがあらぁな。アタシはずっとチビの頃から鍛錬を続けてる。そのおかげで、少しは周りに食らいつけるくらいにはなってるとは思う」
いや、少しはとかいう程度じゃないと思うけど。
「けどアタシにはお前みたいな知識はねえ。お前がどれほどの勉学を積んでるのかは知らねえけど、そういうのがつまるところ、人それぞれってやつなんじゃねえの?」
バレナは俺を気遣ってくれているのだろう。しかし彼女の言葉に、俺は若干の胸の苦しみを覚えていた。だって俺の知識は、勉強とか研鑽とかそういうことじゃなくて、クエハーで遊んでいた故のものなのだから。言ってしまえば異世界知識で無双するとか、そういった類のチートな訳で。努力してその位置にいる貴女には、及ぶべくもないのです。というかあれはヤバイ。
「でも、それにしたって凄いですよバレナさん!」
「あ?何がだよ」
あんな人間離れした技を放っておきながら、本人自覚がないらしい。俺は目を輝かせると、先ほどの光景を思い出して興奮気味に捲し立てた。
「だってすっごいじゃないですか!あれだけ強いのに、まだ常に上を目指して鍛錬してるんですから!」
「お、おう。そ、そうか?」
興奮気味に褒めまくる俺に若干気圧され気味のバレナ。頭を掻きながら何事かを考えると、彼女は、珍しく歯切れが悪そうに口を開いた。
「常に上……か。どうだろうな。――強いて言えばさ、これだけがアタシの唯一の取り柄なんだよ。戦えること。敵を倒せること。アタシがこのパーティーにいる価値はそれぐらいしかねぇ。それがなくなったらダメだろ。だから、強くならなくちゃなんねえんだよ」
「そんなこと、ないです」
「んなっ!?」
気付いた時にはそう言い切っていた。他でもない彼女自身がそんな勘違いをしていることが許せなかったのだろうか。
「バレナさんは誰よりも気が使えて、周りを見て動ける人です。貴女が周囲の空気を読んで適切な行動を取っているから、レオンさんやリューカさんも伸び伸びと戦えるんです!それに、まだ出会って日数の短い私にも、すっごい優しくしてくれてるじゃないですか!」
「え。そ、そうだったのか!?」
俺の言葉に目を丸くするバレナ。いや、自覚なかったの?あんなに分かりやすく優しくしてくれてて?
「いやだってよ、最初にあんなことしちまったし、嫌われてるもんかと……」
いやまあ確かに俺の『好き』にはゲーム全体を通しての思い出補正も含まれてはいるけども!それを抜きにしたってミーナとしての俺にも彼女の優しさは伝わっている。
「強いだけじゃないです。バレナさんの魅力は!百個だって言えますよ!!」
「わ!わあったわーった!!!もういい!!!鍛錬続けるからどっか行ってろ!!!」
「あいたー!?」
と、そんな感じでバレナの鍛錬を見学に行った俺だったが、早々に蹴り出されるのであった。可哀想な俺の尻……。
◆◆◆◆◆
「るん、るん、るん」
さて、視点代わってこちらはスルーズ。
彼女はその頃、酒場にいた訳ではなかった。そもそもが今のフィーブで尚且つデルニロの現れる日ともなれば、開いている店のほうが稀であり、町を出歩く人間も殆どいないのだ。
──と、なれば。必然的にこ~なるよねぇ……。
町を歩くスルーズは、自身を付け狙う二人の人間の反応を感じていた。普段の彼女であればそのような手合いは簡単にいなしてしまうのだが、今日は違った。
後ろからの気配を何となく察知して、逃げるように急ぎ足で移動を始めたのである。
「へっ、へへ……」
スルーズを追跡するように歩いているのは、柄の悪そうな二人組の男たちであった。
彼らは逃げようとするスルーズを追い込むように、ピッタリと彼女の後ろに付けて歩き続けている。
「──っ」
いよいよ走り出したスルーズが、男たちから逃れるように近場の路地に入り込む。
男たち二人は顔を見合わせると、上手く事が運んだことを確信してニヤリと笑みを浮かべた。
女はまるで自らの意思で路地に逃げ込んだと思っているのだろうが、そうじゃない。そう動くように二人で誘導したのである。
そうして、路地の奥には三人目の彼らの仲間が待ち構えている。残念ながら、彼女の運命はこれで終わりと言うことだ。
……好き放題やっても、今日ばかりはおとがめなし。どいつもこいつもそれどころじゃねぇときたもんだ。まったく魔神様々だぜ。
しかも、スルーズは男たちにとってこの辺りでは見たこともないくらいの上玉だった。あれを今から好き放題に出来るなど、考えただけで心が踊る。と男はほくそ笑む。
「けけ。恨むならこんな日にのこのこフィーブを出歩いたてめえの馬鹿さを恨むんだな……!」
そうして男たちは路地へとその身を踊らせる。
仲間に取り押さえられているであろう女に、どんな嘲笑を浴びせようかと期待に胸を弾ませていた彼らであったが、
「────へ?」
そこに広がっていたのは、まるで予期せぬ光景であった。
「ぁ…………が…………」
締め上げられている。女が、ではない。待機していた筈の彼らの仲間である男が、スルーズに首を掴まれてそこに立たされていた。
男の顔はボコボコに晴れ上がっており、一瞬で戦意を喪失する程のダメージを受けていたことは明白であった。
しかし、追い詰めていた筈の女がそれをやったという事実がどうしても結び付かず、男たち二人はその場に固まってしまう。
「ふふ。何処の世にも居るんですよね。こういった皆の危機に付け込んで、私欲を貪ろうという方々は」
「な、なな、なんなんだ……?て、てめぇ……」
「お、おい、何をしたんだ」
「──おや、ご理解頂けませんでしたか?お忙しい勇者様に代わって、私が誅罰を下して差し上げると言っているのです」
首を掴んだ男を無造作にその場に放り捨てると、スルーズは二人へとゆっくり振り返る。
「あ、う、ぅぐ……、ぅ……」
蛇に睨まれた蛙のように動けぬ二人を眺めて、微笑むスルーズ。
「残念ながら、私から逃げることは出来ませんよ。──喜びなさい……。汝の痛みを愛しなさい。痛みは生の証──。安心なさい。貴方たちの血も骨も肉も大地になるのです。さあ、祝杯を。貴方たちもまた神の子なのですから……」
その手にしたメイスのトゲがギラリと光ると同時に、路地裏の影に包まれたスルーズの目が輝きに包まれる。
震え上がる男たちに、スルーズが微笑む。
「恐れることはないのですよ。────全ては神の御心のままに……」
「ひ、い……!ヒイィィィィィィッッ!?」
そうしてその日、フィーブの町から数多くの悪の芽が消え去ることとなるのだった。合掌。




